山口県 角島、佐賀県 祐徳稲荷神社、そして福岡県 金印公園/管理人U

かつてクラウゼヴィッツだかカントだかの『絶対~』の用法に対して、名著『軍学考』で兵頭先生は疑問を呈された。
『一体何が絶対なのだ?』と。

20年近く遅れて私も同じ疑問に至る──アニメ『Fate/Grand Order─絶対魔獣戦線バビロニア─』を観ながらだ。
一体、何が『絶対』なのだ?
※『軍学考』(掛け値なしの名著です)に書いてあったと記憶しているのですが、違ったり、そもそもそんな事は書いてない、とかだったらスイマセン。

それはともかく、私は福岡出身である。

福岡へ旅行する人によく聞かれるのが『どこを観光すれば良い?』だ。
『中洲の屋台』は大抵、彼或いは彼女の観光リストにはあるようだ。
『屋台は観光地か?食事する所だ』──と言いそうになるが、ではどこを観光すれば良いのか?

無いのである。リコメンドする観光地が福岡には無いのである。
付言するなら地元が福岡市内の私ですら、中洲の屋台には4、5回しか行った記憶がない。

例えばフィリピン・アンヘレスのアストロパーク北に点在する屋台ならば、300円あればそれなりに楽しめる。

しかし中洲の屋台は安いわけでも清潔でもない。
旨いラーメンや天ぷらなら屋台でなくて他にある。
率直に言って、行く理由が福岡出身の私にはわからないのである。

けれど、雰囲気なのだろう。
バンコクのナイトマーケットの屋台なら、私も雰囲気が好きである。

タラートロットファイ・ラチャダー ナイトマーケット※撮影 同行した知人

だから屋台へ女性だけで行くという場合『屋台で適当にオッサンに話しかけて下さい。ゲームです。奢ってもらえたら貴方の勝ちです。勝率は普通……』──彼女の年齢や容姿、性格に応じて率を変えて提案している。

夜に屋台に立ち寄るのも良かろう。メインの食事は、天神の大名近辺なら失敗の確率は低い筈だ。中洲のキャバクラや風俗店は、私はわからないが。

問題は昼である。普通観光は昼にするものだ。
福岡の東か西へ車で出る事を私は提案する。

どちらも朝9時頃福岡を出れば、昼食を楽しんで15時には戻れる筈だ。

東へ行けば山口県 角島。

山口県 角島

ここは結構有名だと思う。けれども角島には、言うては何だが何も無い。
しかし途中、下関で食事をすれば美味しい魚は食べられる。

西へ行けば佐賀県 祐徳稲荷神社。

佐賀県 祐徳稲荷神社

タイのドラマの舞台になったとかで、タイからの観光客が増えていると聞いた。
私が行った時には、タイ人は見当たらなかった。

公共交通機関で行けない事もないが、レンタカー使用を推したい。その方がストレスがないし、たぶん楽しい。

帰路に時間が余れば、福岡市東区の金印公園で海を眺めても良いかもしれない。

本当に何にもないが、金印(レプリカ)が置いてある。

春や秋には良い風が吹く。夜の街へ繰り出す準備も整う筈だ。

(管理人U)

フィリピン アンヘレス・スービック、パンダノン島/管理人U

クラーク空港から車で20分程度。
アンヘレス市自体は学生街ともいえるし、郊外には工場もある。
とはいっても、観光客にとってアンヘレスはやはり風俗街だろう。

アンヘレス ウォーキングストリート入口

当初はクラーク空港からスービックへ直行するつもりだった。
しかし風俗街を眺めながらお酒を呑みたくなったので一泊する事にした。

ウォーキングストリート内

ウォーキングストリートから西へ向かえば、昼も営業している店の多いプリメタ地区。
本当に『風俗のためだけ』に存在しているような一帯だ。
タイ パタヤのような観光気分は全く味わえない。

マニラに比べれば治安は良い。無論、裏道へ入ればそうとも言えないけれども。
白人を除けば韓国人が特に多い。彼らは風俗店や韓国料理屋も経営する。

アンヘレスは日本から行きにくい。
だから日本人観光客はあまり多くはない。
偶然話した26歳の日本人男性は、日本で働いた金でアンヘレスの売春エリアに沈没──を繰り返していると言っていた。
まだ若いのに良い趣味だ。私も26歳の頃そうしておけば良かった。

韓国人の力の強いアンヘレスだが、日本と縁のある土地でもある。
郊外のマバラカット飛行場は特攻隊が飛び立った場所。

特攻隊のモニュメント

カミカゼイーストはこの像の他、これといって見るものがない。
カミカゼウエストにも記念碑はあるそうだが、行くのに骨が折れすぎる。
私有地内に存在するため、入る事を拒否される事も多いそうだ。
私は途中で、行くのをやめた。プールで泳いでビールが呑みたかったのだ。

スービックにはSM シティ・クラークからバス。
オロンガポで降車。ここまで1時間半程度。
海の見えるエリアにはジプニーで向かう。

スービック。なんだか殺伐としている。

なんだか殺伐とした感があるが、それでも海があるだけで観光気分になる。

ぷらりと立ち寄ったホテル併設のレストランで昼食。
レストランの女性管理職がなぜかお酒の相手をしてくれた。
彼女だけアフタヌーンドレスを着ている。
他の職員は制服だ。
図抜けた美人。中南米との混血。

植民地人を使う行政官みたいな威厳はその所為かと、勝手に納得。

スービックは雨。レストランから海を眺める。

所変わってセブ島からボートで1時間程の距離にあるパンダノン島。

パンダノン島

やる事がなくてセブシティのオスメニア・サークルをぷらぷらしている時、ツアーを知った。
混成グループとなるが1人でも参加できる。

パンダノン島へ向かう途中で、初心者向けダイビングも少し体験させてもらえる。昼に到着して、夕方までずっと海を眺めて寝ていた。

いくつもの島の狭間を越えてやってきた風が心地よい。

もっと、ずっと寝ていたかった島。また行こう。

(管理人U)

大坂 十三、京都 嵐山そして四条大橋/管理人U

大坂観光で十三に立ち寄る人はそうそういないと思う。
東京 鶯谷ほどではないにしろ、ラブホテルばかりが並ぶ一角のある街だ。
風俗街という規模ではないが、大阪におけるデリヘルのメッカではある。

たぶん違法な中国人マッサージの店が、駅を中心に点在している。

行儀の良い街でない事は確かだ。

駅を出て、キャバクラが並ぶ通りへ向かえばファミリーマートが見つかる。

酒を呑むためのテーブルがある


店の前にはテーブル。
立ち飲みをしているオッサンをよく見かける。
横の小道はには中国人マッサージが並んでいる。
昼でも夜でも店の前を歩けば「全部(本番)できるよ」と声をかけられる。

食べ物屋は多い。
路地裏にはそこそこお洒落なお店もある。

淀川の向こうに梅田が見える。

ただ、川を隔てて望む梅田には大差をつけられている。

思いっきり肝硬変になりましょう、と言わんばかりの値段だが実際には欲しくもないのに一品頼まねばならない。薄味のビール。

しかし、十三。
京都観光に向かうのなら新大阪でJRに乗るよりも、十三から阪急電車を使う方がオススメだ。
JRよりも阪急電車の方が風情があるよ。
電車はこだわりのマルーンカラー。

私は京都に2年住んだ。もう住みたくない。
ただし、観光地として『見ドコロたくさん』なのは理解している。
東京を案内するよりウケは良い。

嵐山。もし貴方が一人なら、近所のコンビニでお酒を買って、座って橋を眺めつつ呑んでみよう 。

新大阪からJRで京都駅に行ったところで、結局嵐山や先斗町へ向かうのが普通である。
東西の本願寺を観る向きもあろうが、それだったら四条大橋から京都駅まで引き返しながら見ても良い筈だ。

四条大橋から鴨川を眺める

歩くのが辛いなら自転車だってレンタルできる。
外国人を案内するならレンタル着物なんて喜ばれる筈だ。

私のイチオシルートはまず嵐山を目指す。
そこでぷらついた後に電車で京都河原町へ向かう。
夜だったら先斗町で呑んでも良いし、昼なら昼で鴨川を眺めながら食事でも良い。

現在私は大阪に住んでいるので、暇つぶしにたまに散歩する。

住みたいとはもう思わないが、歩き疲れたらお酒を呑む所が沢山あるので、観光地としては年々洗練されていると思う。

JR新大阪駅と京都駅の間にある山崎駅には工場見学もできるサントリー山崎蒸溜所があるよ。

観光地として特化されすぎかもしれないけども。

(管理人U)

東京 中野(麦酒大学)、西荻窪と小説と/管理人U

兵頭先生が小説を執筆中だそうである。
どんな小説なのだろう。

ところで、私は一度だけ小説を書いた事がある。
『フランス書院文庫官能大賞』へ応募した。まさかの官能小説。
私は今に至るも一冊も官能小説を読んだ事がない。
にもかかわらず書き上げて応募。この蛮勇。
まさに兵頭流軍学の徒の鑑である。

一次選考は通過した。
たぶん、体裁が整っていれば一次選考は誰でも通過するのではないか。

マニラ湾の夕陽に包まれて、ヒロインに看取られながら主人公が死ぬラスト。
『官能小説ってこんなんだっけ?』と思ったが、そもそも読んだ事がないのだからいまだに答えを知らない。

だけど、結構良い作品だった気がするんだけど……自画自賛。

定期購読雑誌(電子書籍だけど)は『SIX SAMANA』だけの私である。
一次選考に通過しただけでも万々歳だ。

もっとも、定期購読ったって『Kindle Unlimited』に入っているから個別に買っているわけですらないけど。

小説、本。
東京には本が似合う街が多い。神保町は無論だろうが、中野だってそうだろう。
私がイチオシする街は中野からJR中央線で10分程度の西荻窪。

しかし、今回はただ一つのお店をもって中野をおすすめしたい。

麦酒大学。

キリンラガービールを注ぎ方だけで13種類の味わいへ変えるという離れ業。
神業と言い換えても良い。

上記のルポが秀逸だと思う。
知人に連れられて入ったのだが、びっくりした。
一時期は2週間に一度くらい通っていた。

注ぎ方だけでキリンラガービールをコロナビールの味わいに変える『爽快注ぎ』は衝撃だった。

食事も美味しい。(食べかけの写真でスイマセン……)

泡だらけのビール。アルコールは泡に多く含まれているそうだ。知らなかった。

13種類の全てに共通するのは驚きと、美味しさ。

変わり種のホットビールなんて文字通り熱したビールも、美味しいのである。

このお店があるだけで、私は中野を推す。
19時以降に入るなら予約は必須である。

中野は他にも良い店が多い。

偶然東京で連絡を取った、謎の女と麦酒大学で呑んだ事がある。
2軒目は小さな居酒屋へ入った。
彼女の何が謎といって、中学校の同級生の筈なのに、私自身も含めて名前を憶えている人間がいないのである。

2人で呑んでいたのだが、目の前にいるのに実在を疑ってしまう雰囲気の女。

仕事は昼は事務員。夜は政治家相手の占い師。
高級ホテルの一室で政治家相手に占いをしているのだという。口コミだけで予約が入るという。
……『さあワタシを怪しんでちょうだい』と言わんばかりの自己紹介である。

胡散臭い事この上ない。

私の隣に座っていた20代前半の女の子2人組に彼女はやたらと話しかけた。
赤の他人だ。

しかし職業『占い師』。女の子は話に乗ってくる。
私も会話に加わって女の子のうち1人と連絡先を交換した直後──女が私の両の眼を覗き込んだ。

自分ですら忘れた記憶を見透かすような真っ黒な瞳。

「U。オマエがこの娘と付き合う事はない」
室温が下がった気がした。
カウンターの向こうで焼き鳥を焼いていた店員の手も止まったように思えた。
彼女は続けた。
──「だが、この娘の向こうには、無限の出会いが待っている」

何の出会いもありませんでした。

愉快でインチキくさい連中もぷらぷらしている中野。

3軒目で西荻窪まで行くのも新宿に出るのもすぐである。

西荻窪。焼肉屋とバーが沢山ある。私が大好きな街だ。

良い街だと思う。
吉祥寺よりも私は西荻窪や中野が好きだ。

吉祥寺。ハモニカ横丁入口の有名店『ポヨ』
通りを眺めながら呑むモヒートは沁みる。ローストチキンも旨い。

一生暮らしたいかと問われると、もう少し静かな所が良い気がする。
だけれども、お酒好きなら良い街だと思う。中野も、西荻窪も。

(管理人U)

タイ アユタヤ/管理人U

私はアユタヤが好きである。

破壊されたアユタヤ王朝の遺跡と、現在を生きる人々が混在した街。

ビルマの侵攻によって破壊された

草原に立って遺跡を眺めると、MMORPG『ラグナロク・オンライン』や、ドラクエの世界に紛れ込んだような錯覚を覚える。

死ぬまでここに住みたいかと言われると答えに窮するが、1年間滞在しろというのなら快諾する。

バンコクからの行き方は車よりも電車がオススメ。片道1時間半~2時間程度。
ツアーなら車でアユタヤまで行く事になるのだろうが、電車の方がやはり情緒がある。

バンコクの上野駅とも称
されるファランポーン駅。
王宮に行く時にもここで降ります。

しかし、普通列車よりは素直に特急へ乗る事を更にオススメしたい。
快適さが違う。
バンコクの上野駅と称されるファランポーン駅から何本も電車は出ている。
迷う事は無いと思う。

アユタヤの駅。ちなみに当サイトのトップページ画像もアユタヤの駅。

アユタヤ遺跡は街中に点在しているため、徒歩での観光は不可能ではないが困難である。
何せ野犬が多い。
住民には襲い掛かってはこないらしいが、観光客は追いかけられる事もしばしばだ。

アユタヤの駅から街(遺跡群も集中する)へ行くにはには渡し船を使う。
徒歩でも行けるがだいぶ遠回りになる。
川を渡る前にも自転車は借りられる。ただし自転車分の船賃がかかる。
川を渡った後にレンタルするのがおすすめ。

タクシーやトゥクトゥクをチャーターするというのも一つの手だし、家族4人などならそれも良いのだろう。
が、一人旅や恋人と2人ならばレンタル自転車を推したい。
レンタルにはパスポートの提示が必要だが、コピーでも問題無かった。

私は自転車でウロウロしている時に偶然話した、福岡在住の日本語学校教師の女性と観光した。
こういう偶然に誰かと知り合う機会が自転車での観光にはある。
それは旅行で最も贅沢な経験だと思う。

おしゃれなタイ料理屋も散在しており、食事に困る事は無い。

遺跡巡りの途中立ち寄った食堂。美味。
一眼レフを首から下げた可愛らしい女の子がウエイトレスだった。

繰り返すが、本当にファンタジーRPGの世界に紛れ込んだような錯覚を覚える街だ。

私は古都アユタヤが好きである。

(管理人U)

大坂 あいりん地区 2018年12月・2019年6月/管理人U

『年老いたら住みたい街を探すためにたまに出かける』なんて馬鹿ノマドみたいな事を書いておいて、第1回目はマニラ。第2回目は大阪は西成区のよりによって『あいりん地区』。

前言撤回。すみません。嘘をついておりました。単なる好奇心で出かけています。

私は10数年前から時折、西成区──あいりん地区を散歩している。

2019年6月『あいりん総合センター』。
『大阪社会医療センター付属病院』フロアはまだ運営されている。

東西のドヤ街といえば東京の山谷、大阪のあいりん地区が挙げられる事が多い。
前者は昔の地名で、後者は正式なものではない。風俗街である吉原、飛田新地へ隣接している事は共通する。

閉鎖前される前の1F部分(2018年12月)
2018年12月。施設2F部分。 たくさんの人が寝ている。こんな労働支援施設は他に無い。
2019年6月。『労働支援施設部分』は閉鎖。寝泊まりするため
のバスが停車し『ハウス』ができている。
カップ麺をつくるためのお湯も支給可能で、ハウス内には本棚まである。

東西を代表するドヤ街とはいえ、現在ではその景観は全く違う。
山谷ではホームレスは目立つ存在ではないし、歩く人もまばらだ。
あいりん地区のように日雇い労働者の集団を見かける事も少ない。

あいりん地区を歩くと身が引き締まる。

午前11時を少し過ぎた頃。
新今宮駅前からあいりん地区の象徴たる『あいりん総合センター』を眺める。

目の前で立小便をしている男がいた。50歳前後か。

爆撃から逃げてきたように、服は所々破れている。
小便を終えてなお数秒間は股間を晒して止まったままだ。
ズボンを履いた。 股間の破れたズボンを。
地面に置いたストロングチューハイを手に取り、彼はどこかへ歩いて行った。

ああはなるまい。なってはいけない。

お酒は控えよう。タバコは吸うまい。ギャンブルなんてもっての外。ドラッグなんてダメ、ゼッタイ!

目の前の光景が『ちゃんと生きるとは何か』、と脳髄へ問いかけてくる。

近所の商店街。通天閣に近くなるほど人が多くなる。カラオケ居酒屋がたくさんある。

今この地区は変化のただ中にある。

なぜか?
前述した『あいりん総合センター』の労働支援施設部分が閉鎖されたのだ。
その上には『大阪社会医療センター付属病院』がまだ存在するが、いずれ移転される。

ただし、道一本隔てた南海電鉄高架下へ労働支援施設は仮設されている。
機能そのものが消えてなくなったわけではない。

閉鎖前の2018年12月の夜。段ボールハウスしかこの頃は無かった。

2025年に現在の『あいりん総合センター』の場所へ、新たにセンターが新設される予定だ。そのための施設閉鎖・仮施設への移転なのだ。

これがいまだに揉めている。

以前はホームレスが寝ていた道路脇に、今ではどこかの活動家の手配したバスが停車し何人もが寝泊まりしている。
段ボールではなく立派な『ハウス』も建っている。
『あいりん総合センター閉鎖反対』が旗印だ。

一体何でこの施設を守りたいのか。
ホームレスが雨露をしのげる場所が必要という擁護論があるが、それがどれほどの正当性を持つのか私にはわからない。
なにせ他の都道府県にはこんな施設は無いのである。

商店街を歩けば中国人女性が営業するカラオケ居酒屋が何十軒もある。
外から歌う姿も見えるし声も聞こえる。
この形態の店がこれほど集まったエリアを私は他に知らない。

これからも増え続けるだろう。

ホルモン焼き。こう見えても美味しい。

明らかに高齢化が進行しているあいりん地区。
山谷と同じく多くの老人が歩いている。
ただし山谷は既に変化を終えた感がある。店も少ない。

あいりん地区はなんというか、いまだ変化しているのだ。

外観はともかく、美味しいお店もたくさん。

良い方か悪い方かどちらへ変化していくのか──それを見つめるのは面白いと思う。

(管理人U)

フィリピン マニラ(2015年・2019年)/管理人U

私(管理人)は現在、大阪に住んでいる。
同じ都道府県内での引っ越しも加えるなら、この20年間は5年と同じ所に住んでいない。
転居の理由は主に転勤だ。

年老いたら住みたい場所を見つけるために時折ぷらぷらと出かける事がある。
このカテゴリー『街歩き』はその記録。

2015年 路上でバスケットボールをしている若者が多い

先日、ストレスから逃げるように出かけたマニラで驚いた。
街が変わっている。
建物が変わったのではない。もっと足元。ゴミが明らかに減っている。
マニラの銀座と呼ばれるグリーンベルト付近は別として、数年前の2015年でさえ道路も海もゴミだらけだった。

2015 年 マニラ湾 ゴミだらけだが泳いでいる人もいる
2015 年 中高生と思しき少年少女のボート大会のようだ。日本なら絶対開催できない水質な環境だと思う。それは良い事なのだろうか?
2015 年 ゴミで埋まった海面へ釣り糸を垂らす、無力な太公望といった風の人たち

車は信号など無視していた。平気で逆走すらしていた。

それが、ベイエリアではゴミ拾いのワーカーが何人も歩き、車は交通法規をまがりなりにも守っているのだ。

エルミタ地区のバーの店員に、道端のゴミがなくなっていて驚いた事を伝える。
彼女は即答した──『ドゥテルテ大統領が変えた』

高度に情報化した現代でも、たった一人の改革者が国民の人心までも変える事ができる。

もっとも驚いたのは、空港から外に出た瞬間に鼻に入る甘い匂い。
(今回はクラークから陸路でマニラへ向かったのだけど)
何の匂いなのかよくわからない。
その匂いが、2019年には消えていた。

街の匂いすら消える変化。

常に甘い匂いがしていたが、無くなった。無くなるものなのか?

まだまだ貧富の差が激しい国だ。裏道へ入ればストリートチルドレンが寄ってくる。
それでも、確実に変わりつつある。

海岸沿いでは以前だったら『ただ寝ていた』多くの貧困層が、『マッサージ』の看板を出して寝ている。

誰が彼らから道端でのマッサージを受けるのかはわからないが、少なくとも労働をしているのだ。ただ寝ているだけとの何という違いだろう。

『兵頭二十八の放送形式』紹介されていた、WIRED誌の『Empty Planet』著者2人へのインタビュー。
フィリピンでは2003年から2018年に出生率が3.7から2.7に減少したという。

製造業の雇用が少ないフィリピンでは、人が多すぎると所得の上昇が抑制される。
にもかかわらず法律で堕胎を禁止している。背後には強いカトリック勢力がある。

しかしそれでも出生率が下がっているのだ。

これからフィリピンは更に変化すると思えた散歩。

治安の問題と、これといった観光地がないため旅行先としてはあまり人気の無いマニラ。
が、東南アジアの変化を実感したい方にはオススメである。
現在と数年後を比べてみるのも、面白い経験になると思う。

マニラ湾の夕陽

(管理人U)