大坂 あいりん地区 2018年12月・2019年6月/管理人U

『年老いたら住みたい街を探すためにたまに出かける』なんて馬鹿ノマドみたいな事を書いておいて、第1回目はマニラ。第2回目は大阪は西成区のよりによって『あいりん地区』。

前言撤回。すみません。嘘をついておりました。単なる好奇心で出かけています。

私は10数年前から時折、西成区──あいりん地区を散歩している。

2019年6月『あいりん総合センター』。
『大阪社会医療センター付属病院』フロアはまだ運営されている。

東西のドヤ街といえば東京の山谷、大阪のあいりん地区が挙げられる事が多い。
前者は昔の地名で、後者は正式なものではない。風俗街である吉原、飛田新地へ隣接している事は共通する。

閉鎖前される前の1F部分(2018年12月)
2018年12月。施設2F部分。 たくさんの人が寝ている。こんな労働支援施設は他に無い。
2019年6月。『労働支援施設部分』は閉鎖。寝泊まりするため
のバスが停車し『ハウス』ができている。
カップ麺をつくるためのお湯も支給可能で、ハウス内には本棚まである。

東西を代表するドヤ街とはいえ、現在ではその景観は全く違う。
山谷ではホームレスは目立つ存在ではないし、歩く人もまばらだ。
あいりん地区のように日雇い労働者の集団を見かける事も少ない。

あいりん地区を歩くと身が引き締まる。

午前11時を少し過ぎた頃。
新今宮駅前からあいりん地区の象徴たる『あいりん総合センター』を眺める。

目の前で立小便をしている男がいた。50歳前後か。

爆撃から逃げてきたように、服は所々破れている。
小便を終えてなお数秒間は股間を晒して止まったままだ。
ズボンを履いた。 股間の破れたズボンを。
地面に置いたストロングチューハイを手に取り、彼はどこかへ歩いて行った。

ああはなるまい。なってはいけない。

お酒は控えよう。タバコは吸うまい。ギャンブルなんてもっての外。ドラッグなんてダメ、ゼッタイ!

目の前の光景が『ちゃんと生きるとは何か』、と脳髄へ問いかけてくる。

近所の商店街。通天閣に近くなるほど人が多くなる。カラオケ居酒屋がたくさんある。

今この地区は変化のただ中にある。

なぜか?
前述した『あいりん総合センター』の労働支援施設部分が閉鎖されたのだ。
その上には『大阪社会医療センター付属病院』がまだ存在するが、いずれ移転される。

ただし、道一本隔てた南海電鉄高架下へ労働支援施設は仮設されている。
機能そのものが消えてなくなったわけではない。

閉鎖前の2018年12月の夜。段ボールハウスしかこの頃は無かった。

2025年に現在の『あいりん総合センター』の場所へ、新たにセンターが新設される予定だ。そのための施設閉鎖・仮施設への移転なのだ。

これがいまだに揉めている。

以前はホームレスが寝ていた道路脇に、今ではどこかの活動家の手配したバスが停車し何人もが寝泊まりしている。
段ボールではなく立派な『ハウス』も建っている。
『あいりん総合センター閉鎖反対』が旗印だ。

一体何でこの施設を守りたいのか。
ホームレスが雨露をしのげる場所が必要という擁護論があるが、それがどれほどの正当性を持つのか私にはわからない。
なにせ他の都道府県にはこんな施設は無いのである。

商店街を歩けば中国人女性が営業するカラオケ居酒屋が何十軒もある。
外から歌う姿も見えるし声も聞こえる。
この形態の店がこれほど集まったエリアを私は他に知らない。

これからも増え続けるだろう。

ホルモン焼き。こう見えても美味しい。

明らかに高齢化が進行しているあいりん地区。
山谷と同じく多くの老人が歩いている。
ただし山谷は既に変化を終えた感がある。店も少ない。

あいりん地区はなんというか、いまだ変化しているのだ。

外観はともかく、美味しいお店もたくさん。

良い方か悪い方かどちらへ変化していくのか──それを見つめるのは面白いと思う。

(管理人U)