中野浩一氏が英国製自転車の技術革新力について言及していたので、調べてみた。

 Simon Bromley 記者による2021-8-2記事「A new Hope | The inside story on Team GB’s radical Tokyo 2020 track bike」。
    2019年10月、英国ランカシャーにある自転車メーカー「ホープ・テクノロジー」社は、新製品の「ホープ HB.T トラック・バイク」を、自動車メーカーのロータス社と協同で完成させたことを発表した。

 フロント・エンド、および、シートステイのデザインは、他に類似品の無い、革新的なものだった。

 この零細な自転車メーカーが製造したハイテク自転車が、東京五輪の自転車トラック競技に出場する「チームGB」に供給されているのである。

 さかのぼると1989年、前のロールズ・ロイス・アエロスペース社の技師2名――イアン・ウェザリルとサイモン・シャープ――が、彼らの私物のマウンテンバイクのカンチレバー式ブレーキに不満を抱いたのだという。
 彼らはトライアル用の自動二輪車も持っていたが、そこにはディスク・ブレーキが使われていた。それと比較して、ダメすぎるじゃないかと思ったわけだ。

 そこでこの2人、彼らのマウンテンバイク用に、ディスクブレーキとハブを設計してみた。

 彼らはこの部品を、友人たちにも供給してやった。そこから次第に評判となり、ついに1991年、「ホープ・テクノロジー」社の設立となったのである。

 ランカシャーに「ホープ・シェッド」という工場スペースがあったので、そこから社名がつけられた。

 1年後、彼らはアナハイム市で開催された「1992 インターバイク」(米国で年に1回開かれる、世界最大の自転車国際見本市)に、ストックありったけの14個のブレーキ部品を出典した。

 これはセンセーションを呼んだ。彼らはただちに加州に支店を開設して、北米市場へ売り込みをかけた。
 すぐに、数値制御マシンで削り出し、陽極酸化処理を施した高機能部品のメーカーとして、その名は上がった。

 2012年頃、ホープ社は、自転車のほぼすべての部品を手がけるようになっていたが、いよいよ炭素繊維でマウンテンバイクのフレームを製造しようと決意する。

 こうして2017年に発売されたのが「HB.160」であったが、市場ウケは悪かった。高品質ではあったものの、見た目デザインが古臭かったのだ。会社は、設計をやり直す。

 「HB.160」の開発中に、英国自転車競技連盟(ブリティッシュ・サイクリング)の技術部長、トニー・パーネルが、ホープの工場にやってきて、炭素繊維フレームの製造工程を見学した。

 英自転車競技連盟は、「ケルヴェロ」社と提携して、「T5GB」という、トラック競技用の自転車を共同開発。それは2016年のリオ五輪での「ティームBG」の好パフォーマンスに結実している。

 その協力が、2020東京大会までも継続されるはずであった……のであるが……2者の関係は、ギクシャクしてしまった。

 2020大会までに「新車」が間に合わぬ公算となり、英自転車競技連盟は《プランB》を模索していたのである。

 パーネルの初回立ち寄りから数ヶ月後、ウェザリルがパーネルとまた面談した。

 パーネルは、英自転車競技連盟内であたためている、革命的なトラック競技用自転車(すなわちこれが、プランB)について、ウェザリルに語った。

 ロータス社は、1992年バルセロナ五輪で表彰台に上がったクリス・ボードマン選手のためのトラック競技用自転車「Type 108」を供給したことで有名であった。
 その自転車の原型は、マイク・バロウズが設計している。
 今回もその同じ原型から出発することはオプションのひとつであった。しかしパーネルは、ホープ社に、斬新な新車を製造してもらうことに賭けた。

 炭素繊維製のパーツをつくるときの大問題は、鋳型(モールド)のコストである。これを特注でひとつこしらえるのに3万ポンドから5万ポンドもかかるのだ。
 しかし、合金加工と炭素繊維の双方の経験を有していたホープ社は、この新車のフレームのためのモールドの内製をなしとげた。外注しなくて済んだので、トータルのコストは抑制できた。

 のみならず、完全内製であるから、微妙な手直しも、臨機に自在に試すことができる。
 トライ&エラーの回数は、ライバル・メーカーの何倍にもできた。これはホープ社の製品のアドバンテージになった。

 《プランB》は《プランA》に昇格した。英自転車競技連盟は、東京五輪の英国自転車チームのために、ホープ社が炭素繊維製自転車を供給してくれるように打診した。

 新車は、2019年の自転車トラック競技のワールドカップの前には、完成してくれていなくては困る。
 また、国際自転車連盟のルールにより、競技に用いる自転車は、東京五輪の本番前に「市販」されていなければならぬ。

 ホープ社内の設計技師、サム・ペンドレッド(23)は説明する。
 フォークと、シートステーを、2つのタイヤからできるだけ引き離す。そうすれば空力的に好いのだと。

 フォークが前輪の回転面から離れていれば、空力的な相互干渉がなくなり、摩擦が減る。
 と同時に、前輪部フォークによって気流を整え、それが選手の両脛に当たるときの抵抗を減らすように彼はデザインした。

 この脛の空気抵抗の大きさは、強調しすぎることはない。自転車本体をいくら薄くつくっても、従来は、乗り手の脛のために、効果が帳消しになっていたのだ。

 ウェザリルによると、この新案フォークによって、空気抵抗は3%も削減されたそうだ。

 国際自転車連盟は2017-1に規則を変えた。すなわち、〔フレームパイプの?〕チューブ断面形状を、「縦巾3」対「横幅1」の比率にしてよい、とした。

 規則はまた、フレームやフォークのチューブは8cm×8cmの四角柱より大きくなってはならず、巾はすくなくとも25ミリなくてはならぬ……等と定めた。

 自転車の製造業界では、最高の性能の炭素繊維の使用には、まだ及び腰である。なにしろグレードの高い材料を欲すると、コストが高くなりすぎるからだ。しかしホープ社は、最高性能のカーボンファイバーを使うことにした。それは、高額だが、軽くて強靭なのである。

 ホープ社は、チタニウムの3Dプリンティング部品も使っている。ただし、フォーク・ヨークはアルミ合金の3Dプリンティングである。これらのプリンティング部品に関しては、ホープ社とロータス社は、専門メーカーのレニショー社(英国)の助けを借りた。

 ホープ社の自転車のフォークにはキャンバー角もついている。やはり空力上の必要からだ。

 ※ロータス社の技師たちは、ガソリンエンジンが禁止され、F1が開催されなくなっても、自転車業界で食っていけるのだろう。いやその前に、航空エンジンのロールスロイスから自転車産業に転身するというキャリアがあることが面白い。今次の五輪で、自転車文化の成熟していない中国・韓国からは、ほとんどトラック競技への参入も無かった。いろいろと、のびしろのある分野じゃなかろうか?