※このエッセイは、「water_dog」さまからの有償仕事依頼に応じて、兵頭二十八が書いています。
●なぜ中国は敢えて原油輸入を半減させ、石油の戦略備蓄を大放出しているのか
『アトランティック・マガジン』のロジェ・カルマ記者による2026-7-29記事「中国石油の謎」が、鋭い疑問を投げかけていました。
いわく。
――ホルムズ海峡封鎖の結果、西側諸国は、原油価格がもうじき1バレル200ドルになっちまうぞと大いに焦ったのに、現実には、かれこれ5ヵ月近くも、そうなってない(100ドルちょい止まり)。
じつは、封鎖前にはアメリカの輸入量の2倍もの原油をホルムズ経由で調達していた中国が、2-28の戦争勃発の数週間後からその原油輸入量を著しく絞り始め、ついには戦前の半分に。
削減量としては1日500万バレルで、これはインド1国の購入量にも匹敵する。そのおかげで、国際油価の暴騰が抑制されているのだ。
データを、エムザリ・ゲラシュヴィリ記者による2026-4-16記事「ホルムズ海峡封鎖はイランの問題ではなく、中国の問題だ」によって補足します。エピック・フューリー作戦以前、中国はホルムズ海峡経由で1日あたり535万バレルの原油を受け取っていた。それが今や約122万バレルに激減。
カルマ記者によると、石油市場アナリストのプロも、誰も中国のこんな対応を予想はしていなかったという。
中国国内では、エネルギー消費は今も自粛されていない。それは、交通渋滞を宇宙からモニターしていれば把握できる。
またエネルギー構造を急にグリーン化したわけでもない。そうしようとするつもりもないことは、石炭火発工事増に注目していれば自明だ。
またロシアからこっそり石油を輸入して隠匿しているということもありえない。それは単純に、隠せない。だいたい、そんなことをする手間に、中味入りのタンカーを世界市場から堂々と買い集めることができるし、そのタンカーを備蓄アセットとして沿岸に係留すればいいだけなのだ。原油はLNGと違い、長期備蓄は安く簡単に可能なんだから。
専門家はまた、中共が、本土内に分散的に戦略備蓄していた、有事用の軽油やガソリンを、もっか、放出させている可能性が考えられるという。
だがそうだとすると、こんどは、なぜ彼らがそんなことをするのかが、まったくの謎であるという。
この謎の答えのヒントは、次の記事ではないでしょうか。
ロイターの2026-8-4記事によれば、米陸軍は、中東戦争用に前から備蓄していたATACMSとPrSMミサイルをほぼ全数、イラン向けに発射して枯渇させてしまったそうです。
その穴は、他戦域用のストックを輸送することで埋めるというのですが、どうでしょうか。
セントコム麾下の米海軍や米空軍は、SM-3/6、トマホーク、JASSMもとめどなく射耗し続けています。加えて陸軍は、ペトリオットやTHAADなどのSAM類も、後顧の憂い無しという調子で使い果たす勢いだ。
これらのミサイルは、1発納品するのに、工場での作業が2年も必要なのです。なんらかの米中間の密約がなければ、これはとても正気じゃないでしょう。
何かおかしいぞと勘付いた記者さんもいました。
ダニエル・W・ドレズナー記者による2026-6-1記事「トランプ政権の東アジアからの不可解な戦略的撤退」。
いわく。
イランとの戦争を開始して以来、トランプ大統領は中国を批判することに消極的だ。
外交問題評議会会長のマイク・フロマンも、こう話す。政権は今後、中国に経済戦略の変更を促す試みはもはや重視しない方針だと。
トランプ政権は、就任1年目の大部分を占めた対中全面貿易戦争から撤退しつつあるようなのだ。
エルブリッジ・コルビーは、米軍は欧州と中東から撤退して、戦争資源を対支用に温存し、とにかく対支に集中すべきだと唱え、それを政権も受け入れていたはずだ。
しかし今、政権は中国よりもイランに多くの戦争資源を費やしている。「そのような優先順位付けが理にかなうような米国の壮大な戦略は存在しない」。
●中国は、台湾侵攻の意図が無いことをトランプに証し立てるために、軽油とガソリンの戦略備蓄を半減させたと考えられる
さて、では私(兵頭)の見立てを説明しましょう。
石油のアウタルキー(自足)を得られていない上に、マラッカ海峡をいつでも米軍の機雷によって閉塞されてしまう、きわめて弱い立場である中共は、たとえ短期であっても米軍と交戦することは、政体の即時崩壊につながると、正しく認識しています。
ダラダラと低烈度の長期戦をするのもダメ。エネルギーのアウタルキーが無い国には、それもまた自殺に他ならないのです。(イランは、それができる立場です。)
中共は、陸上や海上に、油脂燃料を厖大に備蓄しても、戦争には勝てません。そのリアリズムを、ウクライナがロシア相手に実証しつつあるところです。トマホークの数十分の一のコストで大量生産され得る無人特攻機が、確実に、陸上や海上の油脂貯蔵タンクを燃やしてしまえるからです。
トマホークは1発製造するのに2年かかりますが、無人特攻機は2ヵ月しないで納品される。イランとは違って、中共は、無人機攻撃の損害をもちこたえられません。GDPがやたら大きいのに、エネルギーのアウタルキーがない中共は、平時の宣伝でいくら虚勢を張っていても、実戦では弱いのです。長期戦でも短期戦でも、勝ち目がない。それがいよいよハッキリするばかりなのです。
ほんとうならば中共軍は、1941年12月のハワイの米海軍がそうであったように、大深度地下に秘密裡に巨大な燃料タンクを構築しておくべきでした。彼らはようやくその問題を認識したろうと思いますが、今からいくら工事を急がせたところで、最低でも2年間は間に合う話じゃありません。中共は、あと2年間は、ぜったいに米軍と戦火を交えるわけにはいかないのです。
そこで、米中の新密約が成立したのだと、私は思う。
中共は、暫くは、原油の戦略備蓄を積み増さない。同時にまた、石油製品(ガソリン、軽油)の戦略備蓄は放出してしまう。そうすることで、米政権に対して、台湾をめぐって対米交戦する意思が中共には当面ないことを、確証しているのです。
燃料備蓄が無いとなれば、人民解放軍の少壮幕僚がいくら「2027年の台湾解放」を呼号したって、それは暴虎馮河の愚行だとして、中共中央は「開戦」を禁ずることが正当化される。おそらく戦略備蓄石油製品の何割かは、軍人がいつのまに闇市場に転売していたことも、棚卸ついでに判明するでしょう。中共軍は、もう、黙るしかないでしょう。
習近平による対軍粛清の激しさについては、ロブ・ピアース記者による2026-3-19記事がまとめています。今年の1月には最高司令官を解任。3月にはさらに粛軍が加速しています。米国のホルムズ戦争を好機として台湾方面で中共軍が妄動しないために有益でしょうね。
米政権は、こうした中国のムーヴを見て、安んじて、対イランに全ミサイルを消費することができるのです。しかしイランには燃料のアウタルキーがありますから、おそらく長期戦が続くでしょう。中共中央は、米軍がイランの泥沼にはまって無制限に消耗することを期待しつつ、じぶんたちのための時を稼ぐ。大深度地下の備蓄タンク群だけでなく、チベットの巨大水力発電ダム工事や、モジュール式小型原発の実用化も、同時併行的に急ピッチで進めるはずです。
米中のどちらにとっても、当面、メリットのある話なのです。
中国が原油購入量を半減したおかげで、米国内のGSのガソリン小売価格はかろうじて抑制されています。これは習近平がトランプに対して売りつけている大きな「恩」でしょう。しかしもし米中首脳会談前後にトランプがふざけた真似をしたならば、中共は、11月のアメリカ中間選挙前に、世界中の「中味入りタンカー」を市場で公開買い付けして、米国内のガソリン価格を暴騰させてやり、米共和党を大敗させてやることができるでしょう。
――《令和八年八月五日・記》――