※このエッセイは、「water_dog」さまからの有償仕事依頼に応じて、兵頭二十八が書いています。
パティ・ニーバーグ記者による2026-8-20記事「ギャンブラーたちは、軍事作戦に関するPolymarketの賭けで800万ドルを稼いだ」。
たとえば《米軍はこれから1週間以内にイランを爆撃するか》といった、政治外交上の丁半博打にカネを賭けられるオンライン・サイトがあるそうで、なぜかそこで連戦連勝している参加者が152人もいるのだという。そやつらの獲得賞金を合わせると800万ドルにもなるという。
まずこやつらの正体は米軍やイスラエル軍のインサイダーなので、いずれ司直の手が及ぶと想像できるが、問題は、中国やロシアの分析官がこの賭けサイトをモニターしていたなら、おのずと、米軍とイスラエル軍の次の行動が予見できてしまったということ。
それだけじゃない。AIを使って、こういう他国軍隊内部の閑居小人どもをひっかけるグレーゾーンの洗練された賭けサイトを某国や某々国が設営し、もっとシステマチックに網羅的に、他国の軍事・外交上の秘密を解析できるようになってしまうという未来は、まちがいなく、やってくるだろう。
現行のわが国の法制度が、この類のギャンブルを合法化しないのは、わが国の安全保障上も、とても正しかったわけだ。
●自治体は、民営の賭場の誘致なんぞを妄想している暇があったら、既存のテーマパークを改善する方法を募りな
ウォルト・ディズニーが欧州旅行中にチボリ公園で得た着眼は、ぼっち野郎がそこで特に何もしなくとも居心地好いような特別な空間を創造しなくちゃダメなんだということだった。
今のTDLがその衣鉢を正しく継いでいるかどうかは判定の別れるところだが、多数の客がアトラクションを待っている長い行列の時間をいかに退屈させないかの演出に注力していることは、誰もが認めるだろう。
客の大半を「屋内」に収容できないタイプの、面積の広いテーマパークさんは、大の大人が、ただ座ってぼんやりと休憩しているだけで、炎天にも炙られず、ゆっくりと――時速4km未満、すなわち常人の徒歩スピード以下で――園内をゆるゆると循環できる「動き続ける屋台」を導入してはどうか。
もちろん、「日覆い付き」で、夏は適宜にミストも噴霧するとよかろう。
この屋台は、それ全体が台車のトレイン。動力は、人力とする。「縦列2輪荷車」の「押し棒」と「ハンドル」を先頭台車の前端にとりつけたらよかろう。
客は、台車上の固定椅子に、ず~っと、座ったままでよい。急加速も急減速もないから、乗り降りは随意だ。
車椅子でもそのまま台車へ上がれるようにしたら可い。
ぼっち野郎が、何もせずにくつろいでいても、退屈はせず、罪悪感もない。
ウォルト・ディズニーも膝を叩いて納得してくれるはずだ。
●何もしなくとも「維持コスト」が飛んで行くような商売は、「いつか来た道」でしかない
昭和16年の帝国海軍の主力艦艇は、その動力が、重油焚きの蒸気ボイラー&タービンだった。もし、いったん罐の火を消し、ボイラーを冷やして蒸気圧をゼロにしてしまったなら、その状態から再起動させるのには、半日以上も必要だった。おそらく、30ノットを出せるほどの罐圧に上げるためには1日がかりだっただろう。
だから、これらの軍艦は、平時、軍港内に静止しているときでさえ、のべつまくなしに、少しずつ、重油を燃やし続ける必要があった。蒸気圧を最低限、維持していないと、いざ鎌倉というとき、緊急の行動命令に応ずることができぬ。最悪、敵から殴り込みの奇襲を受けたときに、動くことができないで、なすすべなく、魚雷や爆弾のマトになってしまうからだ。
海軍全体だと、この「待機消費重油」の総量は、とほうもないオーダーであった。
だから、米国政府から全油種の対日禁輸制裁を喰らうや、日本の海軍省と連合艦隊には、《1日も早く開戦》する以外に、もはやオプションなどなかったのである。
重油燃料のアウタルキー(自給自足)体制が存在しなければ、蒸気タービン動力の日本海軍には、対米戦争はさいしょから不可能だった。
その致命的な不自由の構図を抜本から変える方法は複数あった(詳しくは兵頭の複数の既著に譲る)。
しかし日本海軍のエリートは遂にそこに本気の努力を注入しようとしなかった。大きな構造的な弱点が、政治の大きな危機に直結すると思わず、問題を余所事のようにとらえていたのだ。
戦前の日本国の権力は、陸軍と海軍とで折半していた。政府(民間)と天皇は、もし陸軍統制派による専制が昂進すれば、日本の国体は「ソ連化」すると見抜いていたので、海軍の力が弱まることには反対だった。だから、海軍が《開戦しかない》と主張すれば、政府と天皇はそれを支持するしかなかったのである。さもなくば日本はソ連化したであろう。
今日、北朝鮮やイランは、昭和16年の帝国海軍のような、不便すぎる一線兵器には頼っていない。そのおかげで、ポスト冷戦期のアメリカ政府が、いくら昭和16年式の制裁圧力をこれらの国に向けてかけても、暴発を誘うことができなかったのである。
しかし米国政府の当路者は、なぜ昭和16年に日本が対米開戦に踏み切ったのか、いまだに当時の構図がよくわかっていない。勝手なストーリーを捏ね挙げてそれを成功の道と単純化しているものだから、「なんでイランは屈服せんのかな~」と、首をかしげるばかりだ。
いや、他国のことはどうでもいい。
日本各地の今日の赤字鉄道は、「保線」のためだけに、何もしなくとも多額の維持費が毎日、ふっとんでいく経営を、漫然と、続けているだろう。
その道は、ぜったいに持続不可能であるから、早く、不自由の構図を抜本からあらためなくてはダメ。それが言いたいのである。
――《令和八年八月二十三日・記》――