自分がいちばん詳しいと思っていることで大間違いをしでかすのが人の常であります。
先日はこんなことがありました。
日露戦争に従軍したある歩兵が入営一年目、まだ開戦前で平時なのに、一等兵から上等兵になった、と自分で書いているくだりが目にとまったのです。
「これはおかしい。著者は記憶違いをしているのではないか」と、わたくしはその書籍の編集部に注意を促しました。じつは、その書籍は日露戦争当時の日記の翻刻で、わたくしは巻頭の解説文をひきうけていたのです。
昭和2年以前の徴兵は陸軍の場合3年満期です。そこでわたくしは思った。常識で考えて一等兵には2年目で、上等兵には3年目でなるもんだろうと。2年目で上等兵になってたまるかと。だったら平時なのに半年で一等兵かよ、と。
これが、ぜんぶわたくしの無知誤解なのであります。自衛隊の陸士長の感覚で旧軍の上等兵を語ることはできない。旧軍の上等兵は特別だったのであります。陸士長は2年いたら誰でもなれるものであります。ありがたくない。二者は似て非なるものなんであります。
調べるほどにこういうことが判明しまして、冷や汗をかいたわけであります。
そして突如、あるシーンが蘇りました。
「のらくろ二等卒」の最後に、こんなエピソードがあったんです。新兵が一斉に昇進する日です。だいたい1年目ですね。その朝、ブル連隊長がモール中佐に「のらくろは上等兵にしてやろう」と言うんです。ところがその日、のらくろだけ起床してきません。耳元で喇叭を吹きならしてもぜんぜん起きないので、連隊長は怒り、三ツ星の上等兵にするのをやめてしまって、他の新兵同様、二ツ星の一等兵の階級章をつけてやる。誰かが言います。「こいつ、星をひとつ損したぞ」……。
わたくしはこれを読みました当時、「二等兵から上等兵にしてやるというのはあくまで猛犬聯隊の世界のつくりごとで、帝国陸軍じゃありえないことなんだろ」と思っていた。別に旧陸軍の制度に詳しいわけじゃなかったんですけどね。
ところが、この「のらくろ」の二等卒→上等兵は、全くアリだったのです。陸軍では、中隊の中の特に優秀な二等卒(昭和7年から卒が兵と呼びかえられる)は、一等卒になると同時に上等兵に任ぜられたんです。
嗚呼、おそるべし、猛犬聯隊。
だってそうでしょう。のらくろは新兵時代に早くも重営倉に入れられてるんですよ。これは軍隊手牒に記録されちゃってるでしょう。八丈帰りの前科者みたいなもので。そのあとどうリカバーしたって、もう模範兵じゃあり得ないわけですよ。それが2年後であるとはいえ、ちゃんと上等兵になるんですから。
モノホンの兵隊だったらヤケおこしてますます素行が悪くなって、師団の陸軍刑務所、果ては姫路の懲治隊送りになる可能性すらありましょう。しかし猛犬聯隊では、失敗のリカバリーが可能なんですよ。大尉ですよ、最後は。さすがに親も分からぬ捨て犬じゃ、陸大は受験できなかったでしょうけどね。
そこでまた思うわけです。このマンガがウケたのは当然であると。戦前の日本社会は、失敗には不寛容でした。内務班の新兵ともなりゃあ、息詰るような緊張に浸りきった毎日ですよ。工場の見習いや、商店の小僧も、程度の差こそあれ、そうだったんじゃないですか。
それが、猛犬聯隊にはないんですよ。アナザー・ワールドなんです。
田河水泡という人は、落語の新作もなさっていた真の文人です。デッサンもプロで、その腕でデフォルメしていたから、上手いし、技巧も各所に凝らしてあるんですね。
こういう人は、たぶん江戸時代からいたんでしょう。
「のらくろ」の戦後バージョンには、アナザー・ワールドの魅力はもうなくなりました。なんでかというと、敗戦で、日本社会そのものが「しくじり者」となった。みんなで重営倉にぶちこまれ、釈放されて、それじゃあ、やり直しのリカバーをしようと、面の皮を厚くしていた時代になったからです。現実世界の緊張が、すっかり砕けてしまったんですね。だから逆に猛犬聯隊に戻ると息苦しくてしょうがない。昔の秩序だけはある。が、将来の大事件は何もあり得ない世界。
「のらくろ」の戦後版は、描くべきじゃありませんでした。でも芸術家も霞を喰っては生きられないですからね。