気どられるなっ

 ベビーカーに子供を乗せて外出すると「外気浴」とか言って、良い気晴らしもになると思うんですが、女というやつは、そこで念入りに「準備」をしてしまうんですよね。
 男だか女だか分からぬ日常のベビー服を他所行き用に着替えさせたり、自分が着替えたり。おまえ、それヤメレと。
 そうやって親が「いそいそ」としだすと、生後1ヵ月の乳幼児といえども、雰囲気の変化を敏感に察して、不安になったりするわけですよ。不安になると、乳幼児は泣く以外に意思表示はできないわけですよ。
 何の準備もせんで、パーっともう出て行ったらいいのですよ。プロはそれができてプロなのですよ。そうしたら子供もアーウーとうるさく泣きはしないのです。何も分からないうちに事が終わる。
 わたくしは中学〜高校と実家の屋内で小型犬(雑種・牝)を飼っていたから、よく知っているんです。犬といえども、「この飼い主は今から自分を散歩に連れ出そうとしているな」と、人間様の心を読み、目を合わさないのにテレパシーで覚るわけです。するともう、寝ていたやつが起きだしてきて、もう玄関の内側のタタキでくるくる回って、ワンワンギャンギャン、わんわんぎゃんぎゃん、わんぎゃん戦争〜! ……みたいなことになってしまうわけです。たいへん手間取るわけです。
 犬が「えっ、まさか今……」とあっけにとられているタイミングで、紐をスパッと装着して、バーッと寝巻きにどてらのまんまで「余に続け!」とドアを開け放ち戸外に飛び出していくのでなければ、これは成功しません。これが出来てプロの飼い主と申せましょう。
 そこでサマワの陸自ですよ。
 彼らにプロらしい撤収はできるか? これには障碍があります。資材など一切は、現地に潔く捨てて、サクッと立ち去らねばなりません。名残を惜しんではいけない。何の事前の準備もやってはいけない。それをやると、犬より敏感なテロリストどもに気取られて、待ち伏せされてあぼーんです。撤収こそ、電撃的、奇襲的、不意急襲的でなければならない。
 「秋の大運動会+カラオケ大会をやりま〜す」みたいな前宣伝をして、その準備をしているフリをして、直前に消える。地元民が弁当もって運動会場に歌詞カードを握り締めつつひしめいて、ステージに目を凝らしているその最中に、ヘリとC-130で離脱。「ハハハハさらばだ諸君」と上空から声……。こうでなくちゃいけません。
 ところが防衛庁も役所だから、資材を捨てるのは会計処理上問題があるとか、そういうことを言い出しかねない。そうなったら、もう撤収はできない。永久に釘付けですよ。
 竹下勇という海軍大将が、ポーツマス会談のときの小村寿太郎を讃えています。とにかく用意周到、いつでも訓電一本で即、会議を切り上げて帰国する準備を整えていたと。洗濯物などはホテルにそのままにして、手荷物はボーイに後送させることにして、パーッと全員で帰国してみせる肚だったと。
 だから女はこういう折衝の全権にはなれない。洗濯物を放置したままチェックアウトできなければダメなのです。
 こんどの六カ国協議でアメリカ代表はそれをやるつもりだったのかもしれませんが、事前にそれを漏らして交渉材料にしようとしたのが愚かです。シナに見事に返し技され、一本負けのようです。小村は偉かったですね。比べて今の外務省は……。
 さて、買ったきりで長い間、積んであるだけの1冊に、中田一郎訳『ハンムラビ「法典」』というのがあるんです。
 この最初の数ページ目(までしか読んでない)で分かったのは、古代バビロニアでは、捕虜を獲得するための「会戦軍」と、捕虜を後送するための「占領管理軍」が別建てになっていたらしい。
 イラクに必要なのは「占領管理軍」でしょう。自衛隊は「会戦軍」です。