チラ裏はどこまで続くのか【それも朝から】

 よく不祥事が発覚いたしますと、テレビ局の報道クルーが「渦中の人」の出勤時を捉えまして、駐車場から勤め先ビルの玄関入り口までのわずかな間、「突撃&喰らいつきインタビュー」が試みられます。「○○さんですよね。談合は本当にしていたんですか!?」……なんてね。
 たいていの「被疑者」氏は無言のまま、困った表情を浮かべつつ、できるだけ足早に歩き過ぎて、その「晒らされ」状況から逃れ去ろうと焦ります。インタビュアーもわざとらしく息を切らして小走りに追いすがる。それをカメラが重ねて撮って行く、揺れたフレームの映像が、非日常的な切迫感・臨場感を茶の間へ伝えてくれます。
 ところで、これがもし、性格の非常にひねくれたテレビ好きの人物だったら、どうするであろうか。
 「○○さんですね。談合は本当にしていたんですか!?」──と突然横あいから声。そして指向性マイクが突き出される。インタビュアーの背後にはカメラマンとバッテリー持ちも見える。出勤予定のオフィスの表口まではあと50mの距離がある。
 その瞬間、男は急に歩度を落とす。
 一歩約70センチの歩幅は変えないが、その一歩を踏み替えるのに、たっぷり4秒ぐらいづつもかけるのだ。無名戦士の墓を警護する衛兵の動哨よりもゆっくりとである。手の振りは、あくまでナチュラルに足の動きに合わせる。だからロボット風マネキンのぎこちなさはない。表情は固い。そして、何を聞かれても「無言」……。
 どうせインタビュアーは2段階くらいの「問い詰め」の言葉しか、あらかじめ考えてきていない。
 だから、一歩に4秒もかけられると、ご当人が3歩も進まないうちに、第三、第四の「問い詰め」を発せねば間がもたなくなり、もし同じ言葉をくりかえせば、とても間抜けに見えるだろう。
 しかも50m先の玄関に消えるまで、たっぷり280秒、あと4分半ははかかる計算である。
 インタビュアーは、この己れの無能が全国の茶の間に無様に曝されかねぬ絶体絶命のピンチを、いかにして乗り切るであろうか……?
 このいやがらせは一発目は有効だろうが、翌日、もう一回やってみせると、危ない。こんどは彼は有名人になっているので、「あっ、あそこでまたやってるぞ」と見物人が蝟集してくる。また、人気に便乗した他の局のクルーも合同で彼を取り囲むこととなるだろう。
 すると群集心理でインタビュアーは次第に意味もなく強気になり、激昂し、怒号し、怒漲し[これはしてはならない]、テレビの中継では言ってはならないような罵言を浴びせるようになる。「死刑だ死刑!」「こっちだって寝てないよ!」「豊○商事を覚えとらんのかこの糞ガキゃワレ!」「人が死んでんねんでん腸捻転やでん!〔※どこの人ですか?〕」……と、本当に殴りかかっていき兼ねない。嗚呼、街道でイク。マスコミも時に墓穴を掘るという、諸刃の剣のお話ですた。