書評余禄・他

 今日あたり、『別冊正論』の創刊号が書店に出ているかもしれません。書店にない場合は、amazonなどで註文できるでしょう。じつはわたくしもまだ現物を手にとっておらず、他の寄稿者の方々がどんな話をしているのか、知りません。
 みなさんのご感想はいかがでしょうか。
 この前、小川和久氏著(聞き手・坂本衛氏)『日本の戦争力』(アスコム2005-12刊)を、読みました。
 特記すべき目新しい主張は発見できませんでしたけれども、これまでの小川氏の活動の総解説のようになっており、編集者の手間のかかった概括的でハンディな資料集とお見受けしました。
 本書は05年9月の総選挙の直後に編集されたようです。2001年4月初旬の『産経新聞』の企画への寄稿では、小川氏は野中広務氏を次期首相に推し、ついでに野中氏の対北朝鮮政策を世間に対して弁護していました。しかし本書の「はじめに」のところをみると、「私は、構造改革を実現し、国際水準を超えた日本のリーダー・小泉首相の伝記が、世界の若者に読まれる日がくることを心から願っている」と書かれています。小川氏は03年11月以降、メソポタミア湿原の復元工事をして現地の雇用を創出すればよいと官邸に説いていて、04年以降はその提案は公明党の一つの看板提案になっているのですが、後継総理が登場する今年後半は一体どうなっているでしょうか。
 政策提言とその実現の間のカベの高さを最も痛感している軍事専門家が小川氏ではないかと思います。
 本書は小川氏の単著ではないようです。そのため例えば、朝鮮戦争があたかも北の侵略ではなかったかのような歯切れの悪い記述が見られる(23頁)。キューバ危機の最中に完全武装で待機した体験をもつ元自衛官の小川氏が、かかる折衷的な金日成擁護を弁じたことは聞かないので、これは相方の編集者氏の奇妙な情念が反映されていると見るべきでしょうか。
 本書268頁~270頁に、次のような記述が見られます。
 「そこでアメリカは、小型戦術核ではなく地対地のパトリオット・ミサイルを使うシステムの導入を図っています。湾岸戦争で活躍したパトリオットは飛んでくる航空機やミサイルを撃つ『地対空』ミサイルですが、これを地上から敵の地上部隊を撃つ『地対地』ミサイルに転用するものです。すでにシステムの開発は終わっており、近々配備が始まる予定です。《改行》敵の大砲や多連装ロケットが初弾を発射すると、その瞬間にレーダー(対砲レーダー)でキャッチして発射地点に撃ち返すというのは、どこの陸軍でもやっていることです。」「米軍の新構想では、そのように、撃ち返す手段にパトリオットを使うわけです。パトリオットはマッハ5で飛んでいき、ピンポイントで発射地点を直撃します。これによって、戦術核を使わなくても、せいぜい数千門が1発目しか撃てずに終わってしまいます。ですからソウルは火の海になりません。」「やや問題なのは、北朝鮮の240ミリ多連装ロケットでしょうか。」「これは鎌首をもたげて一連の発射(20発)が終わるまでに44秒かかり、……《中略》……約4分で次の発射準備が整うわけですが、この4分間以内にパトリオットが命中するというのがアメリカの構想です。」
 このようなシステムが本当にあるのかどうか、兵器オタクではないわたくしはとても気になりましたのでグーグルで調べたところ、一件だけ、次のようなテキストがヒットしました。ある企業広報誌の2004年1月号の対談記事です。
 「小川    だから『ソウルは火の海だ!』という話になると、みんな『うわあ!』と思う。けれども、攻撃の兆しが出たらアメリカは、今までなら核攻撃をする。北朝鮮に伝え、中国の了解も得ている。中国に近いところでは核兵器は使わない。しかし核兵器を振りかざすのはイメージがよくないから、今は通常兵器による抑止システムで、来年から配備する予定のパトリオットという地対空ミサイルの地対地型が出来た。北朝鮮には長距離火砲や多連装ロケットがたくさんある。その一発目を発射する。すると、発射した瞬間に対砲レーダーがピンポイントで発射地点を割り出すわけです。その場所にパトリオットが全部ピンポイントで飛んで行く。北朝鮮は一発目は発射することができる。ただそれを発射した直後に、もう次は撃てなくなる。」
 このパトリオットの地対地型については英文での検索も試みてみましたが、どうもよく分かりませんでしたので、知人の軍事マニアのT君に手紙で尋ねてみました。彼はたちまち次のような情報を教えてくれました。
 ──冷戦末期の1988年の春頃、米陸軍の軍団レベルのSSM案として、パトリオットを改良する「T16」という地対地ミサイル案が、「ランスII/T22」(MGM-52「ランス」の改良案)とともに、存在した。後者は射程250kmで、高度な自律慣性誘導装置によりランスの6倍の精度を持たせる。前者もそれと同等の性能を目指したと思われる。この二つの案がその後どうなったかは不詳。確かなのは、2003年10月1日に、ソウル近郊ソンナム空軍基地とソウル市内で行なわれた韓国軍創設55周年記念軍事パレードにおいて、韓国陸軍の装備として米国製のMGM-140「ATACMS」が初公開された。これは射程が150~300km(弾種による)あり、DMZから平壌の敵司令部まで到達可能で、米陸軍では、射程130km、CEP150mのLanceの後継SSMと位置づけている。自走発射機はMLRSをそっくり流用して2発連装で搭載する。韓国がいつからこれを持っていたかについては、『軍事研究』1998年2月号に、韓国は99年8月までにATACMSを111発購入する予定だと報ずる記事がある。さらに2000年7月に講談社から出た『最新朝鮮半島軍事情報の全貌』には、確かにそれらしい白黒写真がある、と。また03年のパレードには電子光学センサー搭載の国境警戒用無人偵察機も参加しており、これとATACMSがリンク運用される可能性もあるだろう──。
 いやはや、マニアは凄いものですね。わたくしのおつむりでは到底これらを記憶しておくことはできないのであります。しかし、要するに、塹壕陣地から発砲を始めた敵砲兵を即時に制圧できるような非核兵器はアメリカの最新技術力をもってしても実現し得ないのである、という、かねてから抱いておりました「相場値」は、これで再確認できたような気がいたします。
 『オール・ザ・キングズ・メン』という1949年の米国映画の中に、州知事選挙に立候補した男が「Figures(数値)」と「Facts」を並べて有権者に語りかけるものの、それが少しも大衆にはウケない、というシーンが出て参ります。小川氏が80年代に発表した在日米軍に関する「数字」には、たいへんなインパクトがありました。あれ以来、庶民も少しは啓発されたのでしょうか。そのせいなのか、さいきんでは小川氏の挙げる数字や事実のインパクトが漸減しているのかもしれません。
 シナと日本の未来戦争の劇画の原作の仕事が舞い込んで来ました。いきなり単行本のようです。版元は、個人的に信用しているところです。しかしわたくしの過去の経験から申しますと、企画の最初の段階で作画家が決まっていないような話は、まず確実にポシャるものです。
 一体、作画家は誰なのか? 来週、面談して確かめるつもりです。
 脚本の仕事はけっこうな時間を喰われるものですので、賃金に結びつかなかったときのダメージがデカい。三十代独身で著述業の駆け出しの頃なら『すべては勉強じゃ!』と割り切ることができましたが、子持ちの世帯主になってしまいますと、もうそんな余裕はカマしていられません。さて、どうなることでしょうか。