安倍源基の「官製ボイコット運動」報告書・他

 大正15年に、シナ南部の広州で、すごい反英運動が起きた。
 蒋介石の国民党が大衆を煽動しての対英経済絶交運動であり、英貨排斥運動であった。
 当時から日本外務省は、ロクな仕事をしていなかった。日本政府には、シナで起きているこのような排外運動の糸を引いている者が誰であるのか、さっぱり分からなかった。むしろ、三井物産の上海支店の方が、事情には詳しかった。
 排外運動は、北伐が進展すれば、英国ではなく日本をターゲットにするようになることは、現地の商社にはとうぜんに予測ができ、懸念された。シナの商圏が、英国資本は南支~中支、日本資本は中支~北支と、わかれているからだ。
 問題は、シナ指導層の誰が大衆ボイコット運動を指揮しているのか、であった。幹部が分かれば、狙いも見当がつく。
 そこで内務省(いまの警察庁)では、暴動の現地に若手を長期駐在させて排外運動調査に乗り出そうとした。
 すると外務省が、自分の無能を棚に上げ、なわばり根性から、その調査に大反対をした。内務省はかまわず、安倍源基の出張派遣を強行した。
 安倍が広州の街頭で観察したところ、騒ぎの指導権は、すっかり共産党の手に握られていることが分かった。国共合作といっても、その実態は、モスクワの命令を受けている白人の工作員/指導員に、国民党の組織が挙げて盲従させられているのである。
 昭和2年2月、安倍は、広州の嶺南大学の附属小学校の教室をのぞいてみた。
 そこには、日本と英国の国旗に、シナの少年が銃剣をもって突撃する図など、児童が「排英排日」をテーマに描かされた絵が、壁一面、はりつけてあった。
 安倍は戦慄する。
 これらの小学生が、十年後に青年になったときに、どうなるのか――? (案の定、昭和12年に支那事変が始まったのである。)
 やがて、とうとう北京まで占領することに成功した中国国民党は、上は大学から下は小学校にいたるまで、排日教育をもって塗りつぶした。たとえば算数の教科書の中にさえ、「日本の奪取した台湾と関東州の面積の和は如何」という設問を並べた(以上、安倍源基・著『昭和動乱の真相』中公文庫2006年刊による。いずれ「読書余論」でとりあげたい)。
 ところで先日たまたまテレビをつけてみたら、大金をかけた自動車のけったいなCMをやっていて印象深かった。(ふだんTVを視ない人にとって、いちばん興味深いのはCFである。他はすべて学芸会にしか見えない。)それは開発中の未来の安全運転システムのようだった。
 ――四輪車の運転席から直視はできぬ、道路左側前方のビルの向こう側の蔭。そのビル蔭から本線車道へ直交的に、いままさに飛び出して来ようとしている人車のシルエットを、本線車道の進行方向彼方に設けられている街角監視カメラのこちら向きのモニター画像を、走っている自動車側でリアルタイムに受信し且つ反転処理することによって、あたかもドライバーの視座から死角を「透視」し得ているように、フロントガラスにヘッドアップディスプレイしてやれ――というコンセプトらしい。
 このCFを既に視た日本人はおそらく何百万人もいると思われたが、いったい誰も疑問には思わぬのだろうか、というところが最も興味深い。
 わたしはこの疑問を、6~7年前に米国発の「軍事における革命」が日本に翻訳紹介されたときにも抱いた。
 当の指揮官や兵隊にとって役に立つ緊要情報と、ノイズィなだけの余計なスパム情報を、リアルタイムに選別できるプログラムを、どこの誰が書けるのか、という疑問だ。
 自動車メーカーが、「ビル蔭接近中動体透視表示システム(仮称)」を、街角監視カメラとのリンクとあわせて、ついに実装したと想像してみよう。
 まさに横合いから本線車道に全速で飛び出してこようとしている大きなドブネズミ。これを、街角モニターは見事にとらえている。さて、そこへさしかかった、進行中の自動車側のソフトでは、その受信情報をフロントガラスにディスプレイするのかしないのか? 
 それがドブネズミではなく、小猫であったら?
 あるいは、強風に吹かれて転がっている、生暖かい液体の入ったペットボトルだったら?
 あるいは、低空をソアリング中のハシブトガラスだったら?
 あるいは、小学生が遠隔操作するラジコンカーだったら?
 幼児が突っ放した、無人の三輪車だったら?
 そのことごとくを表示すれば、フロントガラスはスパム情報で飽和してしまうだろう。
 ヘッドアップディスプレイの左側に注意力を拘引される結果、道路ぎわで静止しているが、いまにもヨロけて荷崩れしそうなコジキの段ボールへの注意力が、逸らされたり薄められてしまうかもしれない。
 あるいは、道路中央のマンホールの蓋が外れているのを、見逃してしまうかもしれない。
 ある辻では、街角監視カメラのモニター情報が(何らかの、想像はできるがつきとめられぬ理由によって)受信ができない。そのため、直進中の自動車のフロントガラスは、断続的に、何の警告も表示されない状態となる。ではドライバーは、警告がされ得る状態になっている間は、とりあえず直前のビル蔭には何の脅威も存在しないのさと、安心しながら運転して良いだろうか?
 それで安心できるという人が、他国がくれる情報頼みのMDのことを「核の傘」などと呼んで信心できるのだろう。
 すべての自動車ドライバーが、何が横から飛び出してきても対処できる速度と注意力を維持して常に運転することを、道路交通法は要求している。出あい頭の事故は、この法規が遵守されていないことから起きている。
 そもそもスピードさえ出ていなければ〈物蔭透視情報〉が得られずとも大概の衝突は防止または緩和が可能であり、スピードが過剰なら、いかなる情報がドライバーに与えられたところで、致命的な事故を防げない。
 危険で違法なことを敢えて行なっている当為者に自省を強いるものは何か? すくなくとも、ハイテク情報伝達システムではない。
 むしろ「この街では、すべての路地裏は24時間、複数の視角から撮影され、録画されていますよ」というサーヴェランス・ソサエティの実現の方が、交通事故全般を早く抑制することだろう。