『嫌韓流』を読んだ自称評論家のわたしがきましたよ

 人様が働いているときに遊び、人様がゆっくりしているときに働くのが自由業の醍醐味ですが、田舎では家事が増えて参りますとなかなか外に出られなくなるのが辛いところです。というのはどこに行くにも自動車でないと追いつかない。まさか月に一回しか書店に行かない生活が44歳のこのわたくしを待っていたとは、どうして予測できたでしょうか……。
 それで本日、東京から『マンガ 嫌韓流』を送ってくれた人が居た。そう、これも買わねばならん、読まねばならん、と思いつつ、月に一回立ち寄る書店で見当たらないため、困っていたんですよね。ありがとうございます。
 PHPの活字ゲラを見るのも後回しにして、一読しました。いやぁ、たいへんな労作なので、頭が下がりました。
 内容は行き届いているなと感心しました。わたくしは2002年はTV無し生活をしていましたもので、ワールドカップはこんな有様だったのかよと、今更ながら驚きました。
 絵がヘタだとか文句たれてる人がいるんですが(これを送ってくれた人も)、キミたちはもっとマンガ業界の実態を知りなさい!
 昔『メスよ輝け』とかいう医学劇画がメジャーな青年コミック誌であったでしょう。原作のレベルと作画のレベルが全くマッチしていなくて、これじゃ原作者は泣いてるだろうなと同情したものです。(その欲求不満を解消するためか、原作者はあれを小説に仕立直したらしい。小説という活字メディアの良いところは、フィクションの創作が商品としてリリースされるまでの間につきあわねばならぬ介在者が少ないので、ストレスも小さくて済むことです。)
 つまりですよ、メジャーなコミック誌編集部でも、良質の作画専門家を探すのには苦労してるのです。日本では絵が描ける人は同時にストーリーも考えられるんだから、一人だけで売れるなら版元は万々歳、作画家も10%の印税を原作者と山分けする必要がないのですから、面倒くさい分業なんか誰もやりたがらないわけです。
 書き下ろし単行本マンガの作画だけに徹することを納得してくれる手隙の名人職人が見つかったら、それは奇跡です。(その意味で、小松直之さんの偉大さが分かってくれますか、皆さん?)
 どうやらこの本が売れているらしい模様であるのは祝着至極です。江湖に広く推奨したいと思います。(p.s. 版元さんへ。初刷りを送ってくれれば雑誌上で宣伝もできたんですがね……。)
 ところで多忙の余り買ったは良いが読めないでいる新刊(ちくま新書)に、佐藤卓己氏著『八月十五日の神話』があります。拾い読みしたところでは、米国は9月2日をVJ-dayとしている、と書いてあります。
 ところが、タダで視聴できるウェブ版のCBSテレビのニュースは、たぶん現地時間の8月14日の放送で、VJ-day特集をやってるんですよ。一体、いつから米国のテレビは8月15日にこういう特集をやるようになったのか?
 近年からであるとしたなら、それは某外国のウィキペディアあたりの宣伝工作が成功した結果なのでしょうか。はいはい、こわすこわす。

北京は「叩き逃げ」をしたいだけのお子ちゃま

 シナが八・一五の内閣総理大臣の靖国参拝を殊更に問題視するのは、それが八・一三のシナ人にとっての侵略開戦記念日(上海総攻撃発起の日、一九三七年)祝賀ムードに対する日本からの「叩き返し」のように映るからです。面子の問題だと捉えていますので、これは「説得」によるいかなる納得もありえません。
 「反近代人の面子なんざ知ったこっちゃね〜んだよ」と、近代人は思っていることが肝要です。シナ人を特別扱いしてはいけません。反近代人とは、そもそも付き合っちゃいけません。
 兵頭は、前からあちこちに書いてきましたように「八・一五は大東亜戦争としか関係の無い日である。靖国神社はそもそも戊辰戦争という日本近代の始まりとともにある廟堂である。日本が反近代に逆戻りしない限り、靖国神社もあり続けていく。だから、近代化後の忘れられない大勝である奉天会戦や日本海海戦の記念日に、そこでイベントを執り行なうことならば許されもしよう。しかし近代日本史の一エピソードでしかない大東亜戦争の、そのまた敗北とのみリンクする記念日にこの靖国境内で、戊辰戦争記念日以上の大パフォーマンスを執り行なうことは、現在の自衛隊の総指揮官である現役内閣総理大臣として見識を疑われる」と思っております。
 ちなみに、一部「保守」派言論人が公式参拝日として推奨しています、春と秋の「例大祭」も、戊辰戦争開戦記念日(旧暦一・三)と比べれば「重み」はほとんど無いことについては、過去に『武道通信』に長い文章を寄稿しましたから、未読の方は是非その号を買ってお読み下さい。歴史的にまるで空虚な例大祭などに勅使を派し続けねばならぬとは、帝室もおいたわしい限りなのです。
 閣僚級の政治家は「歴史秘書」を一人づつ抱えて、国会図書館の地下の行灯部屋にでも下宿させといたらどうでしょうか? こんなことは、物事のスタート時点からじっくり調べれば、ぜんぶ分ることなのです。最近は「評論家」まで、この手間を惜しんでいるのです。
 過去の閣僚にまともな「歴史秘書」が専従していたら、あんな教科書問題も無いし、慰安婦問題もありはしません。
 さてシナ人の次の祝賀ムードは九・三でしょうか。ミズーリ号上での降伏文書へのサインは九・二でした。小泉首相は九・四以降に靖国神社に参拝することで、反近代人どもには付き合う意志のないことを体現してやれるでしょう。

自民党は「新格差対策」を早く打ち出せ

 極東の軍事バランスは急速に動いています。
 また、石油需給の急変で、米国経済も刻々とヤバい方向に転がっています。ブッシュ政権は永遠に続くわけではありません。
 ところが困ったことに日本の国会は意味もなく2院もありやがり、決断が遅いんです。そして国政選挙は毎年行なわれてはくれないと来ています。
 このために、もしたまたま行なわれる国政選挙に、有権者がイージーで阿呆な選択をやっちまいますと、その後5年とか10年くらいも、怖い祟りが続くんです。日本の国権が、とんでもない危機にさらされることになるのです。過去の対米関係、対支関係を思い出してください。この次は、あんなものでは収まりません。
 今回は、間違ったコースを選ぶわけにはいかない。まさにみんなで自殺することになるでしょう。
 プロ・コイズミ派の候補者は、過半数ではなく、衆院議席の2/3以上の圧勝でなくてはなりません。そうなれば「全特」も「創価」も恐るべき集票マシンではないことが立証されます。「連合」も同じです。つまり今までの悪い民主党も丸焼けになって、小沢、鳩山、菅、岡田、横路といったゾンビ世代は皆、党内放逐されて、「真人間の第一野党」に生まれ変わる好機も到来するのです。健全な二大政党政治と改憲の実現のためにも、今ここで、自民党は「ダメ押し」の政策を出す必要があります。
 ひとつは「国民健康保険と国民年金保険の合計月額を最低1万円にまで減額する」と公約することです。とうぜん、財源は消費税率を上げ、税金を突っ込むことで補わねばなりません。
 わたくしも貧乏暮らしが長いので分かりますが、国保と国民年金の合計月額が3万円前後(最低線)になってしまっている現状では、定職恒産の無い人は国家への信頼をどんどん失います。月々3万円は、アベレージ以下のスキルしかない、何の取り得も無い若い男女の負担限界を、軽く超えているのです。払えないものは払えません。
 この現状を放置していけば、日本社会はとても悪い姿に変貌してしまうでしょう。そして不可解な慣習により脱税を公然見逃され、その公平ならざる資本金のお蔭で権勢を得たよこしまな勢力がますます羽振りをきかせる、そんな愛するに足りぬ反近代国家になってしまいます。そうなっては、もはやわたくしたちはシナの奴隷に落ちぶれる他に無いでしょう。誰も日本を防衛しません。
 もうひとつは、高校の廃止です。より正確には、大学の受験資格から「高校卒業またはそれと同程度の云々」という要件は外してしまう。日本国民ならば誰でも中卒からすぐに、入試に合格しさえすれば一足飛びで大学に進学して良いことにするのです。
 これで何が良くなるかというと、貧乏な家庭からも国公立大学に子供を上げられるようになります。現状では、豊かな家庭の子弟しか国公立大学には行けていません。貧乏家庭は「中学+高校」の6年間も、子供の塾通いの月謝や私立通いの授業料を捻出できるものではないからです。しかし短期決戦なら、無理をすればなんとかしてやれる。それが親です。
 超人的な詰め込みは、高校生にはたいがい不可能ですが、中学生なら十分可能です。高校を、制度として固定するのは、はじめから間違いだったのです。小役人統制の、最もよくない遺物です。
 DQN家庭の子は、遅くとも高校の段階で人生DQNループ決定でしょう。しかし中学3年生に大学受験の選択肢を与えれば、1年間本気になってそのループから自力で抜け出そうとするDQN家庭の中学生は必ずいる。そいつらです。そいつらが、日本を強い国に生まれ変わらせてくれるに違いない。
 中学生のうちなら、まだ間に合うのです。高校では遅すぎる。小役人にはここが分かりません。
 高校が制度としては廃止されても、高校教諭は皆失職するわけではない。塾講師とカテキョーのマーケットは数十倍に拡大するでしょう。これも民活です。

遠くで選挙カーの連呼を聞くと血が騒いでしまう人

 サンケイのニュース速報によれば、東京都の杉並区が扶桑社の歴史教科書(中学一年生用)を採用に決めたそうで、関係者の皆さんはおおきにお疲れさまでした。
 さらに将来の話をいたしますと、「どの教科書を使うか」は、常に都道府県知事の選挙の争点となるように、いまの制度を変えるといいですね。
 つまり、教科書の選択は、都道府県単位で決めるように改めるべきです。
 教科書を市区町村の大部分のしょーもないレベルの密室で決めさせていると、それは教科書会社の賄賂工作、反日勢力の暴力脅迫をあまりにも簡単に許してしまう。マスコミのチェックも働きにくい。
 また、市町村のブロック単位で全体が斉一に一種類の教科書を決めねばならないという、「教育委員会」の設立の精神とは違背する制度も即廃止せねばなりません。それでは「住民自治」ではなく、小役人統制になります。
 歴史の教科書が、都道府県単位で決まるようになれば、審査の過程の透明性は増し、教科書会社の賄賂攻勢も、左翼の脅迫活動も、メディアによって世間に伝わり易くなり、抑制されます。
 都道府県単位の「歴史色」も打ち出されるはずだ。
 日本の教科書出版会社は、明治時代の前半からこぞってダーティな商売をしてきました。それが政治家の贈収賄スキャンダルになったこともあったんです。それだけ美味い儲け口だということです。
 最も住民の批判が反映されやすい、公立学校用教科書の採択単位を考えましょう。それはわたくしは都道府県単位だと思いますから、自民党には今度の選挙中にこういう話もブチ上げて欲しいですね。
 小泉総理がまた靖国に参拝するとかしないとか騒がれているようです。小泉氏にとっては、これは信条の問題ではない。「どうするのが権力闘争上、有利か」でしかありません。こんどの選挙の作戦の一環として考えれば、8月15日ではタイミングが早すぎる。その後の展開が読めません。ですから、8月中の参拝はせず、ただし「しない」とも明言せず、大いにシナ・朝鮮と国内の反日メディアをヤキモキさせておいて、9月に入ったら「そろそろ参拝する」と言い出し、さらにメディアと評論人共をヒートアップさせ、結局9月の9日か10日に参拝することになるでしょう。このタイミングですと、内外の反日勢力が示し合わせて「そったく」同時のコオペレイト・バッシングをすることは不可能です。
 あるいは安倍氏あたりを首相の代参人として8・15(の深夜か早朝)に靖国に派遣することもあるかもしれません。しかし御本人の「ショー・タイム」は投票直前でしょう。
 政治家は、壮大な国事のために瞬間的に命を捨てようと思うこともあるでしょうが、日々の闘争精神を持続させている燃料源は、私怨です。そして、そのこと自体は必要悪なのです。私怨なくして永田町で活動はできません。
 山縣有朋にも吉田茂にも誰にも私怨があった。その私怨のエネルギーが、国家全体に結果的に良い方向で作用してくれたなら、国民にとってはオーライなのです。政治は結果です。
 小泉氏の私怨とは「旧田中派をヌッころす」に他なりません。しかしこれは堂々とは口にできません。だから「郵政民営化」と言っているのです。小泉氏にとって、民営化の方法や結果はどうでも良いのです。しかし、どうでも良くないこだわりが、しっかりとある。「それによって旧田中派はヌッころせるか否か」の一点です。
 小泉氏はこの一点にこだわり続けています。それを、兵頭は応援したい。旧田中派が日本国から一掃されれば、シナの対日工作は当面壊滅するでしょう。結果として、これほど大きな国民の安全保障はありません。
 また、選挙の応援を一度でもやってみればわかりますが、代議士で創価学会が好きになる人は一人もいません。共産党が好きになる人もいません。普通の代議士やその候補なら、みんなこいつらの「組織的行動様式」を憎んでいます。『蟻かこいつらは。いつかアリメツで滅ぼしてやりたい』と心の中で願っています。自民党が公明党と組んでいるのと、当事者の好悪の感情とは別なのです。旧田中派が一掃され、プロ・コイズミが支配的勢力に躍り出れば、「創価は煮られる」でしょう。
 消費税をどんどん上げていけば、パチンコも宗教も同和も、脱税の方途は無くなります。不公正な捕税行政によって経済的に頭を抑えられてきた、正直者の納税者が、経済的な「比較不利」をはねのけ、驥足をのばす。糧道を押さえられた「人権擁護サンセイ」の連中は相対的に元気を失うでしょう。そこに、ますますフェアーな「機会均等」が実現するはずです。政治は、結果だけがすべてでしょう。
 ここで全国のヒキコモリ離脱志望者に告げん。各候補の選挙事務所は、選挙期間中にアルバイトの募集をするはずです。募集広告を見掛けずとも、選挙事務所にちょくせつに押しかければ、即日に雇ってくれます。ポスターを貼ったり、選挙カーに随行したり、いろいろな仕事があります。
 時給に拘泥せず、いっぺん、これをやってみなせえ。
 無給のボランティアでもいいと言って、やってみなせえ。(コッソリと弁当代だけは出ます。)
 世の中にこんな勝負の世界があったのか、だから政治家はやめられないのか──と、人を見る目、世の中を見る目が変わりますぜ。

ど〜か〜た〜と〜せいの〜おいらが、かけェ〜たァ〜

 もしソクラテスその人が蘇り、ギリシャ都市で独裁政治を始めたとしても、プラトンの理想国家は実現しなかったでしょう。二千数百年間の世界史はこれを教えてくれます。
 昭和十一年に石黒忠悳が書きました。大臣になってから能力が落ちなかったのは、児玉源太郎と陸奥宗光だけだと(『懐旧九十年』)。
 では仮りにこの二人が総理大臣になっていたら?
 これまた歴史の証するところ、野[や]にあって賢であることは、堂に登りて全能であることを、ほとんど意味しません。
 独裁者になるためにも多数派工作が前段階として必要なんです。人をまとめるためにはまず自分から妥協しなければ始まらないのです。
 「妥協ゼロ!」を最初から貫こうという政治家が、独裁者となれる道理はありません。スターリンも金正日も、強い者へは妥協を繰り返しています。妥協をして味方を増やせば、自分が少し強くなる。するとちょっとは自分の好みを政策に反映できるようになる。この繰り返しが政治です。
 弱い者はこの成功者を妬んで「独裁だ」と騒ぐ。笑止です。
 多数派を糾合できなかった勢力は、他者の説得に失敗したのです。それを権力闘争の敗者と言うのではありませんか。
 さて9月中旬以降のはるまげ小泉内閣。旧田中派ねだやし大作戦の次には、何をしなくちゃいけないでしょうか。
 オプションとして、相続税の全廃があります。旧田中派は、ながらく公務員と結託して、「日本国民である限り、家族に一番安心をもたらしてくれる職業は、上級の公務員様だ」という空虚な国家経済を作り上げてしまいました。つまり、家族を思う孝行息子はいかに事業の才能があってもまず官僚をめざし、天下り余生を送ることが美徳になるのです。
 この旧田中派式のネオ社会主義では、やがて外国とは競争・戦争ができなくなってしまいます。有能な人材が自由に腕をふるえない国家ではどうしようもありません。近年、シナが強気に出てきたので、国民にも漸く「これじゃマズい」と分かってきました。
 しかし頭の良い公務員が自分の利権のために結託している牙城を、一代の内閣で簡単に攻略できるほど国内政治は甘くないです。
 そこで、搦め手から攻める。その戦法が、相続税の全廃です。税収は消費税の増税でカバーするのが、パチンコ利権対策にもなり、公平感を増すでしょう。
 次に社会防衛です。警察官を増やさなくてはいけません。警察官を増やすことにより、自衛隊も強化できる。シナ・朝鮮との闘いは、半永久戦争です。
 次に「公明党よりも自民党の方が弱者のことをまじめに考えてますよ」というアピールです。
 地方の養護学校を見直しましょう。養護学校はどうして市心になく、あんな山の中にあるのでしょうか。十歳の子供がどうして毎日バスで1時間も通わなければならないんですか? 少年犯罪者や、キレる児童らとはぜんぜん違うでしょう。養護学校の子供たちは、それ以上悪くなることはないんです。なのに、なぜ刑務所よりも社会から隔離された扱いを受けねばならないのか。自民党がこれを是正しなくてはなりません。
 プロ・コイズミが圧勝すれば、次は創価も切れます。
 狡兎死せば、走狗煮るべし。
 これまでのほとんどの選挙で、一票は無価値でした。しかし、9月11日の衆議院選挙に関しては、誰の一票も、とてつもない価値があります。

はるまげ半魚●●

 旧田中派絶滅戦争が遂にファイナル・カウントダウンに入った模様です。この政治闘争に小泉氏が勝利しますと、それはそのまま「暴支防遏戦争」へ直結し、輝かしい未来がわたくしたち日本国民を待っています。
 もし今日の政界地図のまま、衆議院議員総選挙の投票が行なわれるとしましょう。シナと戦争して勝ちたいと思っている諸賢は、「プロ・コイズミ」の候補に投票する以外に、合理的選択はありません(ただし堺市の住民だけは除く)。
 目下の情勢で「アンチ小泉」の候補に貴男が投票しますと、それは旧田中派をこれから何十年も延命させることになってしまいます。結果、日本は最終的にシナの奴隷になります。裏ODAは底なしに増大し、核武装は永遠にできません。
 議会政治の“ART”とは、多数派工作です。評論家は床屋談義は達者にしますが、海千山千のナマのオッサンたちを相手どっての年中無休の多数派工作はできません。これを苦にしない、これが得意であるという特別な人間が、国会議員を職業として続けていられるわけです。
 貴男も、わたくしも、その特別な能力を持っていないのです。ヘタレなのです。
 だから、既に多数派をまとめにかかっている有能な誰かを、見込みに基づいて、選ばなくてはなりません。贅沢な選択はしていられません。
 人の利害は千差万別ですから、貴男やわたくしを100%満足させてくれる法律も政治家も無いのです。あったらそれは、貴男がスターリンのような独裁者である場合です。
 しかし貴男はスターリンになる気は無いですね? わたくしもありません。ヘタレです。
 とすれば、既製の政治家の中から、だれか一人、選ぶほかありません。
 選びましょう。日本がシナと戦争できる国になるには、どの政治家に強い権力を持たせるのがとりあえず良いのかを考えましょう。
 そして排除しましょう。日本をシナの奴隷にしたがっている勢力は誰であるか。彼らは「アンチ小泉」の発言をするので明瞭です。
 おそらく歴史的に記念される選挙になる9月11日に、「プロ・シナ派」を有利にするだけの「棄権」をする人はいないですよね? 9月11日に朝から遊びに出かけたい人は、9月の初旬に、不在者投票をしましょう。とても面白いゲームに参加したことになるでしょう。
 小泉氏は「旧田中派をヌッころす」とは言えないので「郵政民営化を進めます」と言い換えているだけです。旧田中派とそのお友達が壊滅すれば、シナも終わりです。こんなことはテレビも新聞も解説できないので、評論家が投票日前にインターネットで説明しておく義務があるでしょう。
 シナ問題に比べれば朝鮮問題は小さなものです。シナは現に数百発の核兵器で日本の大都市を攻撃できるのです。これ以上に大きな問題は、日本人にとってありません。
 いまから1ヵ月後の9月11日に、「プロ・シナ」の政治勢力が総選挙で一掃されてしまえば、小泉内閣はパチンコ問題にも手をつける余裕が得られましょう。
 だいぶ以前にわたくしは、名物雑誌『マガジン・ウォー』のコラムに「インターネットで賭博を国営しろ」と提言しました。
 パチンコという民間の違法営業が日本の国権を危殆に瀕せしめてきた歴史は、戦後政治の恥部という外ありません。半島がシナと並ぶ大量破壊兵器で武装してしまう前に、反日勢力への資金の流れを断たねばならないでしょう。
 そのためにも、今ここで「プロ・コイズミ」は落とせない。というか、旧田中派や民主売国党などを勢いづかせるわけには行かない筈なのです。合理的に考えましょう。
 今日からちょうど1ヵ月後に、ハルマゲドンが始まります。

暑中お見舞い申し上げます。

 すがすがしい八月を迎えております函館市でございます。これから役所に子供の名前を登録に参ります。
 おかげさまで昨晩、わたくしは「父」になったのであります。これから毎年、八月九日を祝うのであります。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば総選挙が面白そうであります。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば、スペースシャトルが無事であったとか。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば、PHPの別宮先生との対談本は九月以降ですかね。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 女の子でしたので、音楽業界で働かせようと思っております。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 これから物入りになるな〜。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しく、宜しくお願い申し上げます。
 朝からお騒がせ致しております。今日最後のお願いです。
  みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しく、宜しく、宜しくお願い申し上げまして、本日のご挨拶とさせていただきます。
 みなさま、決して……。

小賢しき卑怯者たちについて

 あらゆる国家間の揉め事は、自国単独で解決するほかないです。これはレトリックでもなんでもありません。
 「甲国」が「乙国」に戦争を仕掛けられたときに、圧倒的強者ではない「甲国」は、同盟関係にあるA国の助太刀で危機を切り抜けることがあるかもしれません。
 また、甲乙両国よりも軍事力の卓越した第三の大国に、調停をたのむこともあってもいいでしょう。
 しかしどちらの場合でも、その前提条件は、「甲国が単独でとことん乙国と戦争をし抜くガッツが具体的に発揮されていること」です。
 そうでなかったら、A国にしろ、第三の大国にしろ、あとで自分が馬鹿を見てしまうことになるのは歴史の智恵に照らして明らかだからです。
 たとえば今、米国が、シナの脅威に曝されている台湾に、あまり本気でコミット(肩入れ)をしていないように見えているでしょう。これは、台湾国民が、そのガッツを具体的に示していないためなのです。
 否それどころか、シナが攻めてきたならいつでも速攻で逃げ出す準備を万端整えている台湾国民ならばゴマンと観察ができるでしょう。
 これではさしもの米国でも「救いようは無い」のです。「台湾は日本の同盟国になる」などと夢を公言するわが国の「保守」言論人が多いんですが、その貧弱な学習能力は戦前の「大アジア主義者」から一歩も隔たりがないと諸外国から観察されてしまっても、わたくしは反論はできない。
 イスラエルが台湾などと異なりますのは、イスラエル国民は周辺国と戦争になったらあくまで受け持ちの塹壕を死守するぞというガッツを具体的に示している。このガッツが、イスラエルに有利な国際慣習を創造していくのです。このガッツが、アメリカから一定の後援を引き出します。
 少し前、「沖ノ鳥島は、島か岩か」の問題について、わたくしは「受験生式の問題解法を見つけようとするなよ」と訴えました。国際慣習は、ガッツある国民によって常に創造されるもので、既製の国際慣習をガッツのない国民が守ろうとしても、その国民の利益はけっきょく誰によっても守られることはありません。
 日本の核武装問題も、これはわたしたちのガッツの問題だけなのです。
 NPTと日米安保とマック憲法とサンフランシスコ講和条約と東京裁判は5枚綴りのセットメニューです。綴りのどれか1枚でも変えようと思ったなら、必ず他の4枚も同時に無効にしなければ話は前に進まないようなスキームができています。
 そしてアメリカはこれまでにもう何度も「日本国憲法の第9条はおかしいから改憲して自衛隊を国軍に昇格させたらどうだ」「日米安全保障条約は片務的だから真の攻守同盟に改めようではないか」「シナや北鮮に対抗するため日本が核武装するのもやむをえない」といったメッセージを発してきていますね。5枚綴りの1枚を変えろと誘っているのです。
 それは何を意味するのかといえば、他の4枚の変更(破棄)も、このさい黙認するよ、と言外に語っているわけですよ。
 さすがに「東京裁判が間違っていた」とはアメリカ合衆国の方から公然と認めてしまうわけには参りますまい。しかしそれも黙認いたしましょうとまで示唆してるんです。そこまでガッツを示せば、NPT脱退もクリアできる。国際慣行は、一国民が示すガッツの後から、ついてきます。
 このあたりが全く読めない人に幼稚なコメント(たとえば「日本の核武装をアメリカが認めるわけがなかろう」云々)を、一応のクオリティマガジンで、書き散らして欲しくはないんですよね。それは外国の情報機関に向け、「日本の知識人にはからきしガッツがありませんっ!」と声を大にして叫んでいるようなモンなんで、国権をすすんで減殺しているに等しい愚行です。
 「アメリカの助けがなくとも日本は核武装してシナと対抗する。北鮮には軍隊を送って同胞を奪還し、外道どもに裁きを下す」と実際の行動を以て示す。これができて、初めて米国の指導層も「やはり日本はイスラエル以上に頼れる」と観察し、核武装を認めるんです。ガッツが無いと、この順番についても分かりますまい。
 だからわたくしは、一方で核武装の話をすると同時に、もう一方では大いに昔の武士の話をし、武術について調べ、そのエトスの再生を期するのです。武士には少なくともガッツはあったからです。
 武士は家を出る前に、「もしも自分が今日、路上で、あるいは職場で、かくかくの最悪事態にとつぜん巻き込まれたら、自分としてはその場でしかじかの行動を選び、ここから先は決して譲るまい」と幾つものシミュレーションを脳内で練り、予め肚を括っていきました。
 変事が突発したとき、他人はどうあれ、自分だけはどうするのか、咄嗟に迷ってとりかえしのつかない失態を見せ、後悔せぬように、すっかり決めていた。特に、敵がどうしても我が主権を傷つけんとするのであれば、こっちから刀を抜くと決めていた。その結果、自分が死ぬようなことになっても、仕方がないと。どこまで我慢し、どこからは我慢してはならないか、平生によく考えていたのです。
 だから維新政府の外交には、致命的な誤りはありませんでした。あきらかに侵略的だった清国やロシア帝国に対する開戦も、正しいタイミングを逸しませんでした。
 自分の領民がX家に誘拐され、人質になっている。これはそのX家が自分に戦争を仕掛けたのと同じことですね。ただちに警告を発し、武器を持って押しかけなければなりません。維新政府ならばとっくに平壌に自衛隊を送り込んでいるはずでしょう。
 このあたりまえのガッツがないから、「6カ国協議」とは名ばかりの「米支2カ国ヤミ協議」に、日本は馬鹿面をさげて延々とつき合わされていくのです。

政局はやってくる

 西村真悟議員はなんで自民党ではなく民主党なんかにいるのですか──という誰でも感ずる基本的な質問に、西村事務所のウェブサイトはどうも「ガツン」と一発答えておらぬように見受けます。そのため、全国の隠れ支持者が混乱を覚えている。
 そこでまったくの大きなお世話ですがわたくしがちょっとだけ解説を加えましょう。
 むかし、民社党という中道政党があったんです。支持基盤は、全国の右寄りの労働組合でした。「右寄り」ってことは、反日スタンスをとる共産党や社会党なんかには死んでも忠誠を誓わない。そういう真人間路線の労働組合は今でもあるわけです。
 で、その民社党の委員長で西村栄一さんという代議士がいらした。この次男だか三男だかであったのが、西村真悟氏である、というヒストリーの重みがあるわけなんです。血筋はカリスマを構成する要素です。
 民社党は、概略ですけれども、今の民主党に吸収されています。ですので、真悟議員が自民党に入っちゃったら、栄一氏の遺徳を慕う右寄り組合の間では、真悟議員のカリスマ性が薄れてしまうかもしれないでしょう。
 次に大衆が抱く二番目の大きな疑問は「なんで西村議員は選挙区が堺市なのに、いつも全国区の話ばかりするのですか?」ではないでしょうか。
 裏をかえすと、「今や日本にとって得難い国策リーダーの一人となっている真悟氏には、全国区の問題提起に集中し続けて欲しい。しかるに今の小選挙区制では真悟氏のような代議士キャラの選挙戦は不利であって、公明や自民を向こうにまわしての勝負となっては落選の危険が高すぎる。だから、近いうち自分で首相になる気があるというなら衆議院にこだわるのも仕方ないのだけれども、もしそうでないなら、いっそ、任期6年の参議院から立ってくれ。そうなりゃー全国から票は集まる。楽々と当選できるから、同胞奪回作戦発動や核武装の大仕事に専念して貰えるんじゃ〜」という期待です。
 これなら兵頭は諸手を挙げて賛同いたします。
 ところで、<平成17年7月17日「真悟の会・堺」西村真悟国政報告会>の録音テープがウェブで公開されているのですが、これは今の国会運営の裏話に興味のある向きには必聴の内容になっています。
 この講演の冒頭および最後のところで西村議員は、郵政民営化法案が8月の参議院で否決されれば、自民党は分裂し、総選挙となり、そうなれば、民主党も分裂する、と示唆しています。ばら色の未来、と評せますでしょう。
 これを兵頭の勝手な想像力でさらに大胆にホンヤクしますと、人権擁護法案に反対する正気の自民党議員が造反し、志を同じうする──すなわち旧社会党の売国メンタリティは大嫌いな──民主党議員がそれに投合し、漸く待望の「パトリオットのまっとうな新党」ができあがる。それに、そろそろ知事には飽きてきた石原慎太郎氏が衆議院議員となって加入する……。
 これが現実的であり得るのは、まさに、西村議員が民主党の中に居て、民主党の若い議員を説得しやすい立場にいるからこそ、であるのです。西村議員が自民党員でしたら、こんな新党、現実味も無いわけですよ。

これぞ戸山流の真実!

 「抜刀の真実」を本にまとめるために町田市の天満宮の神楽殿でかなり「濃い」実験をいろいろとしてもらってきたところです。
 文献や間接証言ばかりではラチの開かない「日本刀は切れたのか?/切れなかったのか?」論争に、ついに終止符が打てるのではないかと、いま原稿を書きながら思っております。
 その取材のついでに、悪ノリして、わたくしみずからが、真剣での試し斬りも試みてしまいますた(当方M流居合初段……ってことは素人同然ですが)。
 ハッキシ言ってこれは、一回やると癖になりますね。辻斬りしようとした人の気持ちが分りました。
 その次の日(すなわち本日の昼間)、新宿で『ヒトラー/最後の12日間』を観賞しました。案内してくれた人に感謝。感想は、これは『日本のいちばん長い日』と同じです。事実をそのまま再現すれば、ドラマチックな脚本はいらない……というか却って有害になるという好見本でした。
 それにしても、起承転結なしで、三時間近く緊張感が持続するのだから、役者の威力はすごいものです。ひきくらべて今の日本の映画俳優たちときたら……。とても戦争映画なんか作れるとは思えません。
 その帰り道に新宿の「緬通」という讃岐うどん店に案内して貰ったんですが、こんなコダワリのうどん屋があったんですねぇ。某『Sマガジン』時代、善通寺の自衛隊を取材に行った帰り、長距離バスを待つ間に啜ったうどんの味を思い出しました。あんときゃまだ、大阪へ渡る本四架橋はできていなくて、バスごとフェリーでしたっけ。なつかしい。