アフガンの戦いはまさにトムとジェリー。

 APのERIC TALMADGE記者による2010-2-2記事「US troop surge focuses attention on roadside bombs」。
 タリバンはIEDのサイズをどんどん大きくしている。
 IEDの原価は、なんと、タッタの50ドル。
 2009には無慮7000発が発見された。2003には81発だったのに。
 2009にアフガンのIEDで米兵129人死亡。
 米兵の全死傷者の3/4はIEDだろう。
 アフガンでは建物の近くにも仕掛けられている。起爆は単純な simple pressure plates である。
 2010-2-2の警報。「Somalia, Pirates Use Hijacked Ro-Ro」という記事をみると……。
 『Asian Glory』という、青い船体塗装でブリッジは白色塗装の自動車運搬船が、海賊に乗っ取られ、海賊船となってインド洋をウロチョロしている可能性あり――だと。速度は14ノット。
 APの2010-2-1のSTEPHEN SINGER記者の記事「 Next in military technology: Unmanned Black Hawk?」
 シコルスキー社は、イラクとアフガンに対応すべく、無人でも飛行可能なブラックホークをつくると公言。
 コパイをなくして一人操縦できるようにすれば経費節約になる。さらに、決まりきった輸送任務ならば、無人運転にしてしまいたい。
 すなわち、2名、1名、0名を選択できるものにする。
 無人デモ機は2010に飛ばす。2015には販売したい。調達価格は、今のブラホが1500万ドルだが、こいつは1700万ドルになろう。しかし1人操縦や無人操縦で、用途廃止までのトータルのランニングコストを節約できるのだ。
 スティーヴン・ザロガの分析。航空産業はリセッションだが、UAVだけは景気が好い。世界のUAV市場は、今年は $2.9 billion だが、2019には $5.5 billion になりそうだぜ。
 次。
 『タイム』にKayla Webley 記者が2010-2-2に載せている記事「A Brief History Of Gays in the Military」。
 プラトンは『饗宴〔シュムポジオーン。これが今の「シンポジウム」の語源なのだ〕』に書いている。
 同性愛者で編成された部隊は、それより人数の大きい敵部隊よりも強い。
 同性愛こそが、戦場で、臆病者を勇者に変えてしまうのだ。
 しかし14世紀初め、テンプル騎士団は、その同性愛指向により、宗教的に迫害された。多くのメンバーが同性愛の咎で焚刑に処されている。
 ※ところで「三銃士」はどうして「四銃士」と言わないのか不思議に思ったことはありませんか? デュマの構想では、あくまで三銃士を主人公にして長い長い話を連作していく予定が、そのうちの一エピソードにゲスト的に登場させたダルタニャンがキャラ立ちし過ぎてしまい、とうとう初期構想と整合がつかなくなったとか。大作家にして然り。
 ナポレオンとの戦争中であった1816に、英国軍艦『Africaine』において、 同性愛の水兵たちが絞首刑にされたり鞭打ちに処された記録あり。
 ジョージ・ワシントンだって1778に一人の米兵を同性愛で軍法会議にかけた。
 明文の禁止は米軍に関しては1916に示達されている。しかしWWIIまでそれは適用はされず。WWIIでは1200万人が徴兵されたが、終戦までに4000人の男が、同性愛の咎で追放された。
 ベトナム戦争中、これを逆手にとって徴兵をのがれようとするケース多し。しかるに1968にミズーリ州の19歳の青年は、正真正銘のゲイで、それを申告書に記載したのに、徴兵され、あとで問題になっている。
 今日、カナダを含めた25カ国が軍隊内の同性愛者を容認。
 ※地球が温暖化するとしたら22世紀はカナダの時代になるね。土地はシナより広いし、耕地は無尽蔵だし、電力資源も他国に売るほどもあり余っている。シナ人が移住したがるのは合理的でしょう。
 2009にイスラエルの軍事雑誌の表紙に二人の兵隊が抱き合っている写真が使われた。同国軍には1993以降、いかなる同性愛禁止もないのだ。
 ロシアでは、戦争期間中だけ、同性愛者の従軍は容認される。


汁男爵

 JOHN REED記者の200-2-1付け記事「Singapore Airshow: Steady Growth in Asia UAV Market Expected」。
 アジアのUAV市場はこれから6年間、4.4%のレートで成長する。
 安いUAVが売れる。
 プレデター相当クラスのmedium-altitude-long-endurance UAVは、グロホ級超高級UAVの仕事を奪い、顧客も奪うだろう。
 各国ではUAV需要が切羽詰ってくるので、もう国産とかこだわっていられなくなるだろう。外国から〔プレデター級を〕買うしかないのだ。
 アジアでUAV開発の先頭を走っているのは、豪州、シンガポール、韓国の3国である。第二集団として続いているのは、日本、シナ、インドである。第三集団は、マレーシア、インドネシア、タイである――。
 次。
 「Ares」に Bill Sweetman 氏が1-29に投稿して、ロシアの新鋭試作機を「ラプトルスキー」と紹介していた。みんなおもしろがっているということはよくわかった。
 しかしオレ的にはそれよりも印象深かったのが、Maxim Pyadushkin氏による2010-1-26付記事「Russian Military Plans MALE UAV Development」。
 ロシアでは Tupolev しか 本格的なUAVをつくれそうなメーカーがない。しかたなくロシア国防省はイスラエルからUAVを買って、運用法を研究中だという。
 ツポレフは1960年代からUAVをつくってきたそうだ。
 だとしたらそれはベトナムから回収した偵察機型ファイアビーのコピーだ。やっぱりあの三角翼巡航ミサイルみたいなのは、ファイアビー/同IIの後退翼を、三角翼形にしただけなのか。としたら硫黄島の4機と「兄弟」だろう。日本は無人機ではとうとうロシアに追いついたのか。これは「バンザイ!」だよね。
 日本の無人機は米国GPSの1m精度を利用するから自動着陸ができる。ロシアはグロノス利用だからそこまではできまい。しかし実戦でGPSジャマーが作動したら、日本の無人機はもう何もできなくなる。対するロシアの無人機はオペレーションを継続可能だ。
 冒頭の紹介記事で華僑系シンガポール人の評論家が概説的に的確に予言してるけど、日本もプレデター級UAVを結句輸入するしかなくなるだろう。それはF-4の後継機などよりも緊急の課題になるだろう。これまで日本の役人と評論家と航空マニアがみんなアサッテの方向を向いていたために、日本のメーカーはMALE-UAVをつくりそこなった。富士重工の回転翼機も、硫黄島の三角翼巡航ミサイルも、プレデターの代用機能を果たすことはできないのだ。回転翼機や高速機では、燃費が悪すぎ、必要な滞空時間(最近の米軍ではUAVの滞空を「オービット」と表現するようになった。24時間在空が常識化しつつあるからだ)を実現できないのだ。そしてイスラエルですら、プレデターの同格機は未だつくれないでいるのだ。
 次。
 Graham Warwick記者の2010-1-29付記事「High Speed An Option For Long-Range Strike」。
 マッハ6の偵察機や巡航ミサイルができそうだ、と。
 また、それとは別に、まだ飛んでいないマッハ3のミサイルが、ハープーンを2014会計年度から更新開始するかもしれない
 DARPAでは別な対艦ミサイルも考えている。これはシナの対艦弾道弾のアウトレンジから交戦する。※どうもよくその「図」が見えて来ん。
 これは識別や誘導のためにGPS衛星などの外部情報にはほとんど頼らないようにする――という。
 次。
 英国の『サンデー・タイムズ』の2010-2-1のOnline版。Richard Lloyd Parry記者の「Feng Zhenghu, the Chinese dissident living in airport limbo, set to return home」という記事によると、成田空港のさまよえるチャイナマン馬正虎氏がやっと上海に戻れるみたいだね。
 オレは日本のON-LINE新聞は『東京新聞』しか見てないんだけど、馬正虎氏の記事は見出しで見た覚えが無い。他のメディアは、これをスルーしていたのだろうか?
 ひとつ言えることは、北京とわたりあう方法を学びたくば、とりあえずシナ人の反体制家を見習えってことだな。『予言 日支宗教戦争』も読んでくれ。
 次。
 NICHOLAS D. KRISTOF氏による2010-1-30のNYTのOp-Ed へのコラム寄稿「Orphaned, Raped and Ignored」というタイトル。
  WWII以降、コンゴではハイチの30倍の人命が奪われているのだが、誰もコンゴに注目しない。
  難民は hills west of Lake Kivu に集中している。
 そこに Hutu militia がやってきて女たちを襲う。連中は remnants of those who committed the Rwandan genocide である。
 ちなみに同国では、処女は山羊20頭分の結納に相当するが、……but if the girl has been raped, two goats.
 この記事に感じた素朴な疑問は、山賊が定期的に襲ってくるような地域で、どうして住民の「警戒・警報・自衛」網が発達しないのかってことだ。満州でもニューギニアでもアフガンでも、村は自衛システムを自然に構築する。なぜアフリカにはそれが生じない?
 最後にオマケ。2009にオバマ大統領は、米国の課題の当面の優先順位を、「エネルギー」>「医療保険」>「教育」だと列挙した。
 ゲイツもこれがわかっているから、空軍参謀長に、はじめて(正確にはルメイという例外を除き)戦闘機出身でない男を起用した。
 中東石油はどんどんなくなる。オイルのピークは2008に過ぎた。そして世界にはあと12年で、今の「シナ+インド」とそっくり同じだけの人口が加わる。
 「1リットル1万円時代」が来、「訓練飛行」は不可能になり、有人機の時代は終る。


◎「読書余論」 2010年2月25日配信号 の 内容予告

▼防研史料 内田大佐資料『潜水艦 航空 関係』
▼防研史料『伊号第十四潜水艦兵器簿』航海長主管 S19-10
▼防研史料 『潜水艦に依る輸送~』S19-7 つゞき
 ※この前半を摘録した手帳が見当たらないのでとりあえず後半だけ。
▼防研史料 『荒天ニ於ケル被害状況報告』S10-9-26時点 龍驤
▼防研史料 『昭和拾年度乙種戦闘飛行所見』龍驤 S10-9-7
▼防研史料 『本邦油槽船発達経過・概要』S17-5 海軍省軍需局
▼防研史料 『決戦輸送(虎の巻)』(第一版) S19-1 船舶管船部
▼小島直記『三井物産初代社長』1985中公文庫
 ここに明治期の武器輸出の話や、別荘学が出てくるのだ。
▼檜山幸夫『日清戦争――秘蔵写真が明かす真実』1997
 各戦役の開戦作法についてくわしい。各戦役の病死者数も。
▼石光真清『城下の人』S33
 神風連から日清戦争に至る目撃談/体験談は貴重。
▼A・N・ステパーノフ著『旅順口』袋一平&袋正tr.、上中下巻、1972~73刊。
 この小説がWWIIの真っ最中に出版されたのは、スターリンが対日戦を決意したことと関係があったのだろう。
 陸戦で使われた魚雷発射管についての、最も詳しい記述あり。
▼笠原保久『軍旗美談』M40-10-20pub. 東京・武林堂
 近代軍と軍旗の関係を知るにはナポレオン時代のエピソードまで遡らねばならない。山縣有朋はここに書いてあることと同じことを学んでいたのだ。
▼松 美佐雄『軍旗物語』M44-4-28pub.
 乃木のエピソードでは、河原林の名を変えてある。
▼陸軍省『軍旗略歴』M39
▼日本航空株式会社調査課『日本民間航空輸送小史』
 WWII中の南方航空路の結節点はサイゴンだったのかと分かる。
 最長路線は、横浜~淡水の2100km。おそらく2式大艇使用。
▼内藤初穂『海軍技術戦記』〔後半〕 1976
 ※2008-1-25配信の〔前半〕の続き。
▼小松和博『江戸城――その歴史と構造』S60
 とにかく図版が充実している。水路系まで調べてある。
▼『柳田國男全集 23』1990 ちくま文庫
 灯火用の油の歴史。
▼稲垣栄洋『身近な雑草のゆかいな生き方』2003
 走って逃げることのできぬ植物のサバイバル術。「戦略」を学ぶ者ならこの著者の本を1冊は読むべし。
▼北川 衛『謀略列島日本』S44-6
 海外工作機関は、なぜかカネに困っていて、副業に大いに精を出したものらしい。S34に殺されたスチュワーデスはじつは特務機関の密輸屋だった。
 ベトナム戦争時代に米国で徴兵された日本人学生たちの話。制度上、拒否は可能なのだが、永住権がほしいため、皆入営した。
▼亀山章・他ed.『最先端の緑化技術』1989
 甲子園球場のツタは、大13に、西日除けが目的。
▼慶大附属研究所『斯道文庫論集 第8輯』S45所収、阿部隆一「三略源流考」
▼『金沢文庫研究』通巻166号(1970-2)所収、阿部隆一「金沢文庫本『施氏七書講義』残巻について」
▼本郷健『戦争の哲学』1978、原書房
 クラウゼヴィッツ研究者は1回読まねばならない本。
▼東洋経済新報社ed.『軍政下の香港』S19
▼小川和久『戦艦ミズーリの長い影』S62
 田中角栄は、T-2/F-1をやめてF-5に代えさせようとした。※中共最高のエージェントの面目。
▼水谷國一『第八路軍及新編第四軍に関する資料』南満州鉄道株式会社調査部S14
▼日本輸出入銀行海外投資研究所『ソ連・東欧諸国の経済に関する論文集』
▼ドクトル・ルウィル『十九世紀のアジアに於ける英露の角逐』S19
▼日本貿易振興会海外経済情報センター『英国の対東欧政策』
▼長野敏一『英国経済空間の探究』
▼山梨勝之進『歴史と名将』S56
 生涯をかけた英海軍研究がこの1冊に凝集。死後、弟子が講義メモをまとめた。なぜ江田島にネルソンの毛髪が「ご神体」として祀られているのか、これを読まないと理解はできまい。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 1935年のポーランド軍には、演習終了時に少中尉を胴上げする風習があった――などという、どうでも可いような知識が、グングン身に着いてしまいます。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は200円です。
 バックナンバーも1号分が200円で、1号分のみでも講読ができます。
 2008年6月25日号以前のバックナンバーのコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
http://www.budotusin.net
 の「告知板」をスクロールすれば、確認ができます。
 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
sugiyama@budotusin.net
 へどうぞ。


まだまだたくさん生きていた全共闘の残党老人連。

 シンポジウムとは、またそのコーディネーターとは、いったいどうやるものかを一度見学しておくため、函館国際ホテルの原子力シンポジウムにでかけたっけ……事前に何も宣伝していない「大間原発」の説明会だったんかよ!
 「もう海岸に軽水炉というのは古いから、夕張にHTTR炉をつくったれよ。泊より電送距離も短くなるし」、とか高度な質問してやろうと思っていたが、とてもそんな雰囲気じゃありませんですた……。


沖縄問題もヤクザ問題。

 人間はカネのためなら人も殺せるのだから怖いものだ。そしてカネが嫌いな人間はおらず、殊に政治家は大好きである。一方に最高のホラー。そして他方に、命の次に大事なインタレスト。これで動かぬ地方の政治などどこにあろう。仕組みの上でこれを芟除しないかぎり、中央の政治までかならず腐敗するようになっているのである。
 米国もほんの60年くらい前まで、州や市のレベルでは相当に政治と利権の腐敗が見られた。しかし連邦レベルではWWI前後からそんなものはなかった(数少ない例外は「ティーポットドーム海軍リザーブ油田」醜聞)。
 秘密は何だったか? 米国東部の法曹エリートは、土建を政治利権にさせないコツを「連邦陸軍工兵隊」で学んだのである。治水事業が構造的に腐敗していたら、州を越えた大人災につながってしまうから、彼らはこれを軍隊に仕切らせたのだ。ウェストポイントはじまっていらいの優等生マッカーサーが陸軍工兵隊に任官したのも、そこではクリーンな土建政治実務というものが学べたからであったろう。
 日本では幕藩制時代から、臨時に大量に必要になる土木作業員の人集めと管理を、殿様が地場のヤクザの親分に頼まなくてはどうにもならなかった。米国は土木作業の機械化(スチーム動力化)を急速に進展させることで土木作業を近代会社化してしまったのだが、日本ではこのヤクザの親分と殿様とその部下の現場事業監督幹部のもちつもたれつの腐れ縁が、機械力の導入(すなわち省力化と工期短縮)に抵抗し、維新以降も、土木事業の近代化を妨げ続けたのである。
 WWII中、米軍は、シービーズ(海軍設営隊)が南の島のジャングルに上陸してわずか1週間以内に、爆装F-4Fが離着陸できる立派なストリップを施工し得た。日本軍がおなじ作業をするには数倍の人夫と数ヶ月の工期が必要だった。
 戦後、自衛隊の機械化された施設科部隊が各地の飛行場や学校グラウンドの建設に用いられた時期があったが、たちまち、地方の政治ボス(しばしば土建会社経営と地方政治の二足のワラジを履いていた)が、「民業妨害だ」と騒ぎ出し、中央の政治家をつきあげ、今ではこのような施設科の運用は見られなくなってしまった。
 米国ならば、地方の土建屋や政治家がいくら私益の顧慮から反対を唱えようと、陸軍工兵隊を投入すれば、パナマ運河のような大工事すら、できてしまうのである。しかし日本では、たかだか二千数百mの滑走路を新設することすら、地方のヤクザの反対に遭っただけで、不可能になるのだ。
 しばしば地方の親分と中央の与野党の政治家は、利権誘導の利害で共謀関係にあり、あたらしい滑走路が造られそうだとなれば、その利権誘導の工作資金撒きや、思惑買いの投資を、勝手に先行させてしまうものである。だから、いまさら「浮航体方式にする」などと大臣が発言しようものなら、数人の与野党の政治家や秘書が、交通事故に遭ったり、ホテルで不審死せずにはおかないだろう。
 愚生は一貫して沖縄に海兵隊など要らない理由を語ってきたので、ここでは、その主張はいささかも変えずに、八方まるくおさまる良い方法を、民主党のために提言しよう。
 米国が、米国の国防予算で、沖縄の海兵隊のための、長さ3000m×幅400mの「バージ」を、日本の造船メーカーに発注する。
 これは「浮かぶ滑走路」ではない。エンジンを有する「船舶」である。したがって不動産ではなく、動産である。ただし形態として、最上甲板はフラットであり、機能としてF-18が離発着でき、普天間飛行場の代用になる。
 日本政府と日本の造船メーカーは、これが台風などで損傷した場合には、即座に日本外務省の予算でメンテナンスすることを約束する。これはなかなか破れそうにない契約であろう。
 この巨大動力筏を、沖縄県の辺野古沖に「遊弋」させる。ただし速力は時速0.000001ノットである。
 ひょっとして沖縄県民のいやがらせが、この筏に加えられるかもしれない。海兵隊様が辺野古沖が厭になったら、このバージはグァム島へ勝手にタグボート&プッシャーボートにエスコートされ移動するだろう。「サヨナラ」だ。
 普天間の跡地整備事業で、地元土建業界は、酬われるだろう。なにしろ、かなり悪い土地だそうで、変な物質も置き土産としていろいろ埋まっているだろうから、さぞかし、長年にわたり、直し甲斐があることだろう。
 台湾政府が有事に即座に動員できる地上兵力は、優に陸上自衛隊よりも多いのである。それでシナからの特殊部隊の攻撃が自力排除できないというのなら、そんな国はとっくに独立を失っているだろう。
 シナは間接侵略によって台湾を事実上、併呑することができる。かたや米国政府は、「人民元は紙屑だ」と、本当のことをアナウンスするだけで、シナ財政を崩壊させてやることができる。
 2012年時点でも米海軍は正規空母を10隻も維持する予定である。沿岸戦闘艦(LCS)も続々と就役する。
 海兵隊の出番など、もうアフガン以外にどこにもありはしないのである。……あっ、沖縄の地方自治体が間接侵略にやられて中共のエージェント化したら、暴徒から嘉手納基地を防衛するために、残っている必要があるかもな!


皆様へのお詫びとお知らせ 並びに「一サポーター」宣言

 きのうJSEEO事務局から電子メールで、2月6日の設立大会の案内チラシの草案が送られてきて、そこにわたくし兵頭の肩書きが「理事長」となっていたので驚いた次第です。
 わたくしは事務局の池田洋一君に対し、この機構の代表を本年中に辞任するという意思を、1月12日の電子メールでお伝えしてあるのです。にもかかわらずこのような案内チラシを作って既製事実のように「理事長就任」を宣伝されては、甚だ困惑いたす他にない。辞めるつもりになっている人間を理事長なんかに立てて世間を欺いて良いわけがない。
 それで、わたくしの代表辞退および「一サポーター」宣言は、設立大会当日までその公表を待つつもりでおりましたけれども、急遽、この場で「設立準備室代表」としての説明責任を果たしておかねばと思い直しました。決断が万事遅くて、まことに恐縮であります。
 もちろん設立大会までは「設立準備室代表」として、当日の演壇でも、かたがた退任のご挨拶もさせていただければ幸いだと思っております。
 わたくしが当機構の正式発足後の「理事」または「理事長」就任をお断りしたい理由は、大きく二つあります。
 一つには、当初見込んだほどの「賛同者」の人数が集らず、このままでは事務局の赤字が累増して行き、いろいろな人に迷惑がかかる可能性があるとわたくしが判断していること。
 二つには、わたくしの目指すインターネット・ラジオ事業には池田君がまるで関心がなく、反対に、池田君が志向する「シンクタンク」的活動にはわたくしが懐疑的であることです。つまりは同床異夢であったと悟りました。
 わたくしは、機構の収支赤字が黒字に転換する見通しがない以上、甘い楽観を続けずに、即刻、組織や活動を縮小すべきであると思います。たとえば、事務所は整理すべきではないか。しかし、池田君は違うお考えのようです。これは非常に大事な問題だとわたくしは思っております。この大事な点で池田君の同意を得られなかったことは、わたくしの遺憾とするところであります。
 もし、浄財の喜捨が十二分にあつまりましたならば、二つめの問題なども、問題ではなかったかもしれません。してみますと、「賛同者」をごく僅かしかあつめられなかったわたくし兵頭二十八の徳の無さこそが、現今の根本の蹉跌因でありましょう。この点につきましてわたくしは、支援者の皆様、発起人の皆様および事務局、殊には事務所立ち上げの全費用の赤字分を個人で負担している池田君に、深くお詫びを申し上げます。そして真剣な反省から、わたくしは機構の監督者的な立場からは身を退くべきであるし、可及的すみやかに、別などなたかが機構の代表になるべきだとも確信をいたすのであります。それは、いろいろな経験を積み、見識も高い、池田君自身でもよいのではなかろうかと、個人的に思います。
 いずれにいたしましても、わたくしではないどなたかが、当機構を率いてくだされば、それが、あらたな「賛同者」を吸引することにつながるに違いありません。わたくしが代表などで居る限り、これ以上、賛同者も浄財もあつまらないでしょう。どうか、発起人の方々や顧問の先生方と事務局とで、十分にご相談をなさり、新たな機構の方向を定めてくださることを祈念します。もちろんわたくしも、設立大会後は、一サポーターとなりまして、北海道からJSEEOを声援して参る所存です。
 もし、「この人ならばJSEEO理事長にふさわしいのではないか」というお心当たりの候補などがおられましたなら、是非、JSEEO事務局までお知らせくださればと思います。まだ、電子メールアドレスもFAX番号も電話番号も住所も、生きております。
 皆様からの有り難い喜捨のおかげによりまして、これまでJSEEOとして数度の講演会を開催し、日本の国防問題について啓発する独自な言論運動を、ささやかなりとも展開することができました。これは手前味噌ながら、有意義であったと思っております。2月6日も、おもしろいシンポシウムをお聞かせできそうですので、どうぞこぞってご来場ください。末筆ながら現在の支持者の皆様にはあらためて御礼を申し上げます。そして、どうかこれからも引き続いてJSEEOを宜しくご支援くださいますよう、伏してお願いを申し上げます。


それは「ハイテク」か「地味テク」か?

 Bob Bergin記者が『Air & Space Magazine』のために人民解放軍の退役パイロットの Yang Guoxiang 氏に昆明市でインタビューした「One of China’s top test pilots recalls the H-Bomb that almost backfired」という記事がシナ軍関係のブログに転載されていたのを読んだ。これは面白い。以下、摘録。
 Yang 氏は雲南のド田舎出身。対日戦中に成長した。1948-11に反・国民党の暴動に加わり、山岳地に逃亡し、共産系ゲリラになった。1949 に正式に人民解放軍に加入。
 同年、中共の新空軍が創設された。まもなく、朝鮮戦争勃発。
Yang 氏は1000人の航空学生志願者の中からたった1人、選ばれた。
 1950-2に北京の飛行学校へ。教官は旧帝国陸軍の捕虜パイロットたちが志願していた。旧国民党の者もいた。
 飛行機は、旧日本軍のものと、「米国型」で、WWIIからもちこされているもの。実戦部隊に配属されるまで、教育期間は3ヶ月。
 70時間の飛行後に、対地攻撃機部隊に配属された。機種はソ連製の「イリューシン10」。シュトルモビクの後継機だ。原隊はシナ北西部にあった。
 北鮮に進出せんとしたが、北鮮内の航空基地がF-84によって破壊されてしまい、部隊は進出ができなかった。
 やむなく満州内の基地にとどまった。そこからは、北鮮上空でのF-86の乱舞が見えた。
 中共は1953休戦後に「ミグ15」を対地攻撃用にカスタムした。
ソ連からの援助機はとにかくエンジン寿命が短かった。
 対ソ関係が悪化したので、1958に、国産の対地攻撃機を開発することに決まった。
 燃料不足は深刻だった。1958以降も、年に40時間しか飛行訓練ができない。それで飛行学生募集が何年も中止された。
 初国産の超音速対地攻撃機「Qiang-5(Q-5)」の主任設計者は、元国民党の将校である。彼、Lu Xiaopeng は米国留学帰りであった。蒋介石が台湾に逃げるときに、彼はついていかなかった。
 設計者は、ソ連の「MiG-19」をもとにして、航続距離を伸ばしたりしているうちに、「F-4 Phantom」みたいなもんができあがった。それが「Q-5」だ。
 Yang は1965に Q-5 のテスパイに選ばれた。それまで超音速機に乗ったことがないので、まず MiG-19 で慣熟した。
 1966 から 1967にかけ、Q-5で 200 回、飛んだ。
 1967の会議では、党のお偉方を前に、操縦系の油圧が低くて応答特性が悪すぎると指摘。
 すべてのテストは1969-12に終わった。量産も始まる。Yang は山東省の第19飛行師団長になった。
 このQ-5のテスト飛行中、お偉方から、「この機で〔小型化した新型の〕水爆を運搬できそうか」とたずねられ、ヤンはできると答えた。
 このプロジェクトを現場で指揮する党の担当者は、周恩来だった。
 それ以前の核爆撃機「Tu-22」は6人乗りの重爆である。しかるに、Q-5は単座の攻撃機だ。〔単座機に水爆の実弾を搭載するとなると、パイロットが1人であるために党には心配がある。それをソ連へ持ち逃げされたり、近くの都市や軍事施設に落とされないという保証がないからだ。そこで、〕政治思想が十分に信用できたヤンが、水爆投下実験のパイロットとして指名された。
 水爆は、長さ2m、重さは1トンあった。
 それをQ-5の胴体下に吊るすことにした。胴体には少しリセスがある。フックは2点で懸吊する。
 リリース(トス爆撃法)後に爆弾がまた機体にぶつかってこないような装置もとりつけた。この改善型を「 Q-5A」と称す。
 どうやら1970末には投下実験できそうだった。
 Q-5の水爆投下は、落とすのではなく、投げ上げるのだ。トス爆撃である。
 まず高度300mを時速900キロで水平飛行しアプローチ。
 そして破壊目標から距離12kmまで達したなら、45度で急上昇開始。正確に高度1200mに達したところで、爆弾をリリースする。
 すると水爆は惰性で高度3000mまで投げ上げられ、そこから抛物線落下する。
 リリースから60秒で爆弾は空中炸裂する。
 もちろん投下機はリリース後はすぐに反転して遠ざかる。
 ヤンは、鉄とセメントで重さを再現したダミー爆弾を200回、投弾して練習した。
 200m直径の標的に対し、10回投弾すると、だいたい1回は、50m以内に落ちた。
 ところが1970にロプノールで小型(重さ1トン)の新水爆の静爆が不成功におわってしまった。
 それで実弾投下実験も無期延期に。
 ……と思っていたら、1971-9の林彪墜死をうけて、毛沢東は、士気鼓舞のために水爆実験を年内にやれと命令した。
 いよいよ実弾投下は、1971-10-30と決まった。
 離陸はロプノールから300km離れた基地だった。
 この水爆には、5重の安全装置があった。
 爆弾を飛行機につるしたときに1つめが解除される。
 離陸後15分で、2つめが解除される。
 目標区域に達したところで、3つめが。
 パイロットが投下決定をしたところで、4つめが。
 そしてリリースから60秒で自動的に5つめが解除される。
 標的の12km前で、45度上昇を開始。高度1200mでリリースした……つもりだったが、なんと爆弾が機体から離れねえッ!
 リリース・メカニズムは念のために3系統あり、すべてを使ったのだが、無駄だった。
 それで旋回してもういちどやりなおした。やはり離れない。
 3度試みたがダメ。燃料がなくなった。ヤンは決断を迫られた。
 ヤンは爆弾を抱いたまま、基地へ戻ることにした。機体ごと捨てても良いといわれていたのだが。
 これはリスクがあった。飛行基地には1万人がいたからだ。
 爆弾と地面のクリアランスは、たったの10cmしかない。
 なお、この実験中、地域の他の無線は一切禁止されていた。
基地には周恩来がいて、全将兵にトンネルに退避しろと命じた。昼飯時なのに全員ガスマスク着用で退避。このため無人化した厨房の炊飯器から火事になっている。
 というわけで、ひとっことひとりいない滑走路に見事に着陸した。
 なお、水爆には、静電気を遮断するゴム衣なしでは誰も触れないことになっていた。水爆貯蔵庫内の鉄柱〔鉄格子?〕には銅被覆がされていた。
 北京で原因を解明したところ、本番用のシャックルを温かい室内で整備・保管したままで、冷気にさらした実験をしておらず、それを本番で急に低温にさらしたために動作不良を起こしたのだとわかった。
 次の投下の試みは1972-1-7だった。基地には雪が降っていた。
 こんどは初回でリリースがうまくいった。すぐ旋回し、コクピットにシールドを展張した。
 大きな閃光に続き、ショックウェイヴを感じ、機体が荒波の上の小舟のように揺れた。彼はキノコ雲を見た。その時点で爆心から20km離れていた。
 基地では雪模様のため、誰も閃光もキノコ雲も見ていなかった。
 ヤンの名前は1999まで秘密にされていた。
 彼は50歳で退役するまでQ-5を飛ばしていた。
 引退後は昆明に住んでいる。
 そしてQ-5はいまでもシナ空軍の現役機である。
 ※1972-1-7実験については、従来は次のような解釈が西側でなされていた。いわく。この実験は8キロトンのプルトニウム原爆で、低出力であった。F-9戦闘機から投下されたので、戦術核だ。重さは700kgであろう、と。今回のインタビュー記事が真相を伝えているならば、こうした観測はいろいろと間違っていたことになる。
 ※兵頭の見たて。それまで5、6、8、9月に核実験するのが常だった中共が10月とか1月に大気圏内実験を命じたのは異例。2度目は、2月のニクソン訪支にむりやり間に合わせたのだろう。毛沢東のあやつりであった周恩来が、ニクソンと対等に交渉するためだ。とすれば、この実験が強調したのは、シナはF-9でトスできるくらいの軽量な水爆をもうつくれるんですよ、というデモンストレーション以外にない。それまでのシナの水爆は重さが2.2トンあり、長征に載せられるかどうかは疑問だった。しかし1トン未満の小型水爆があるなら、それを長征に載せれば、シナ本土からニューヨークを脅威できるという蓋然性が認められる。だから米支はいまや対等だと周恩来も胸を張れるわけだ。じっさい、シナの対米攻撃用ICBMは1980に実戦配備されたようだが、その水爆弾頭技術は、1972-1-7の小型軽量水爆を、何年もかけて洗練したものだったのであろう。配備当初も、水爆としてはかなり威力の低いものだったのであろう。


〈機械虫〉同士の空中戦を制するのは、やはり蜻蛉か、それとも…?

 THくん。早速応募ありがとう。しかしファイルは開けなかったよ。フリーソフトの「GOM PLAYER」とやらをダウンロードしてみたがやっぱりダメだった。機械音痴で申し訳ない。しかし君の熱意はしかと承まわった。是非とも声優として活躍してもらおうじゃないか。企画は、数ヵ月後に本格始動するので、そのときに直接、ご連絡します。
 さて、狂言に「蚊相撲」という演目があって、蚊が人間に化けて相撲を挑んでくるのだが、そいつがなぜかやたらに強い(河童の相撲みたいだ)。しかし、扇で煽がれると、負けてしまう……というオチだ。
 マイクロUAVが屋内に入り込んでくるようになったら、こんどはこの「機械羽虫偵察機」を防除する方策を講じなくてはなるまい。
 ざっと思いつける手段には次のようなものがあろう。シリアスに考えてみたい。
一、「トンボ型」無人戦闘機。
 トンボは6本足を籠のようにして蚊などを空中でホールドし、頭からガリガリ齧ってしまう「プレデター(肉食)昆虫」なのだ。それゆえ英語ではドラゴンフライ(龍蝿)などというおどろおどろしい名がついている。このトンボの構造・機能、とくに捕食し得る「生き餌」を判断して追いかけてキャッチするまでのアルゴリズムや、オス同士のなわばりをめぐる空中マヌーバーを解明することが、侵入してくる「機械羽虫」に対するインターセプター開発に直結するであろう。
二、「蜘蛛の巣型」の阻塞装置。
 カスミ網です。それを発射するものでも良いだろう。つまり「射ぐるみ」です。
三、「スプレー型」の防空兵器
 スズメバチすらイチコロというすごいジェットがあるらしいが、相手は無生物だから神経ガスは効かない。雑誌編集部で愛用されている糊のスプレーが有効かもしれない。羽の浮力がなくなるだろう。
四、「蝿叩き」型の高射兵器
 カメレオンの舌のような瞬発性が必要だ。しかし敵機に「自爆」機能があると、この防衛ラインはスウォームで突破される。
五、「うちわ型」の気象兵器
 要するに市販の扇風機で廊下に風速数mをつくってやれば、羽ばたき式のマイクロUAVはもはや飛翔は続けられぬはず。これが「オフ・ザ・シェルフ」の最も安価な対策となるでしょう。


「パン籠」ならぬ「虫籠」が新世代のクラスター弾になる

 米空軍の chief scientist である J.A. Dahm 氏に michael hoffman 記者がインタビューしてまとめた2010-1-18付『ディフェンス・ニュース』記事:「USAF Chief Scientist Looking To Change Game」。
 2月に、2030年の米空軍技術がどうなっているかを予測する短いリポートを空軍トップに提出する。その中味をざっと語ってくれた。
 いまから20年後の米空軍の目玉は、「マッハ6で飛ぶ巡航ミサイル」と「ビル内をくまなく飛び回って偵察してくれる大きさ10cm以下の羽ばたき式UAV」。
 空気が存在する中をマッハ6で飛ばすには、一定時間、どうにかしてエンジンを冷却して、熱で溶けてしまわないようにする必要があった。石油系燃料の分子がバラけるときに熱を奪う機能が着目されている。
 ※つまり一時有望視された水素燃料は単純なニコイチ結合分子だからそのような冷却機能が見込めず大気圏内超音速エンジン用としては実用的ではない、ということなのか? いずれにせよ、爆弾じたいがマッハ6ですっ飛んでいってくれるのなら、ステルス攻撃機にどんな必要があろうか。
 超音速エンジンは、まず巡航ミサイルに搭載される。ついで、偵察機に。ただし、その時期は明言できない。
 キーワードは、無人化、小型化、自動化。自動化は、人の意思決定を高速化する方向で貢献しなければならない。
 精妙で凝ったものから、組み合わせ的なシステムへ。すなわち単機能目的兵器はもう古い。 Dell 社がカスタムPCを個人客の注文から数日後に配達してくれるサービスを見習うべし。
 ある司令官が「偵察衛星がひとつ欲しい」といったら、数年後ではなく、数週間後にそれが届けられるようにすべきなのだ。
 UAVはトンボより小さいサイズに進化する。 Micro Air Vehicles(MAVs)という。
 すでに、ひとつのビルの中をくまなく捜索できる10センチ大の羽ばたき「機械虫」が完成寸前である。
 2009の空軍リポートでは、 このようなMAV は 2015までに導入されるとしていた。
 ※これも最初は市街戦のための屋内偵察用に単機で用いられる(つまりパックボットの空中浮揚化)として、その次の段階がどうなるかですよ。スウォームになり、且つ、リーサル・ウェポンに進化し、理論上、コラテラル「ゼロ」の戦略兵器となるのはもう必然ですよ。そこまでを、レムの小説『砂漠の惑星』は予言していたのではないですか。くわしくは『もはやSFではない無人機とロボット兵器』で確かめ、かつ考えましょう。


「シャドウ」UAVも2000機以上、売れまくっているようです。

 Grace V. Jean 記者が『National Defence』2010-2月号に寄稿している記事「Army’s Shadow Unmanned Aircraft Receiving Upgrades For Longer Missions」。
 陸軍と海兵隊はすでに無人機「シャドウ」の部隊115システム分を発注している。1システムが4機のRQ-7Bシャドウを定数にしている。
 シャドウは滑走路に自動着陸する〔前に落下傘回収とか書きましたが大間違いです。すいません〕。
 いまのところ戦地には76システムが配備済み。うち陸軍分が69システム、海兵隊が7システムである。
 2015までには、陸軍は102システム、海兵隊は13システムを手にする。だいたい、月に1~2システム増えていく。
 工場では月産10機。
 エンジンは稼動250時間ごとに総分解整備の要あり。
 これまでのシャドウの墜落原因の筆頭が燃料供給系と潤滑油関連なので、電子制御のインジェクションに変更した。〔ピエゾをつかった、コモンレールのようなものでしょう。〕
 潤滑オイルは冬季の高山の高空でも粘性が増さないものに変更。
 より重いペイロードが要求されているため、2010中に翼長を延ばした機体で更新を開始する。片翼につき3フィートづつ長くする。これで、5時間だった滞空時間が8時間に伸ばせる。増槽でさらに2時間のばすことも将来はできる。
 さらなる提案。 Shadow 7C を、主翼だけでなく胴体も大きくする。そしてエンジンを灯油(heavy fuel)で回す〔これはターボプロップにするという意味ではなく、ディーゼル自動車のコモンレール技術を使えば、ガソリン・エンジンを直噴式の灯油エンジンにもできるのだ。ミニ・ディーゼルという可能性もわずかばかりあるが〕。
 ※さらに余談。なぜまぎらわしくも「ヘヴィ・フュール」が英語では灯油のことを意味するのか? 想像してみるに、ガソリンやナフサは揮発する=軽い。それらすべてが原油から揮発してしまうと、残った灯油や軽油や残滓油(日本語で所謂「重油」)は揮発性が比較的にわずかな上、比重も大なので、ひっくるめて「ヘヴィ」だと言えるわけか。なかでも灯油(ケロシン)が、ガリシア油田が商業活用され始め、かつまたガソリン・エンジンが未だ普及していなかった19世紀末には、照明ランプ用の「灯油」として中心的な商品価値を占めていたからか。しかし、つくづく、日本語の「揮発油、灯油、軽油、重油」という区分け表記は、混同事故防止の上で、すばらしい発明ではないだろうか。
 このシャドウのシステム(4機1組)を運用するためには、いまは22人の地上チームが必要だが、提案中の拡大型では29人を要するようになるだろう。〔「無乗員」機は、「無人」兵器に非ず!〕
 地上車両や、アパッチ・ヘリの中のラップトップPCで、複数のシャドウからのビデオ映像を随意に受信しモニターできるシステムも用意。画面の一点をポイントすれば、シャドウのカメラがそれをズームする。