グテングテンのテングの仕業じゃ〜(ついでにアフリカの陰謀も)

 早朝の一仕事を終えてテレビを点けたら、どこも暑苦しい選挙の解説を延々くりかえしていてうんざり致しましたので、パンをかじりながら、小学生いらい久しぶりに『トムとジェリー』を視てしまいますた。ここで大発見!
 わたくしはこのカートゥーンは当時はとてもつまらないものだと思っていました。裏番組に日本のアニメがあったら、絶対にそっちを視たでしょう。
 すなわち、日本アニメ式ならば、猫が超苦戦の末に鼠を獲って大団円のカタルシスで終わるストーリーが期待されるところなのです。
 が、トムとジェリーの間には、どうやら深刻な葛藤は無い。したがって、ドラマにも終わりが来ない。それとまた、頭を固いもので思い切り叩かれてもどちらも怪我一つしないという西洋伝統の野蛮なスラップスティックが兎に角気になりまして、「遊びの芸」の部分にはまだ着目ができなかったわけです。
 しかし今では、これはドタバタのお約束コメディの世界なのだと最初から分かって余裕で眺められる。すると、日本のアニメには薬にしたくとも無い芸の細かさ、観察眼の深さ、日本のアニメ作家陣には期待すべくもない「教養」までが見えてきて、案外良質な、何段階ものチェックを経て作られていた番組であったことに、いまさら気付かされました。これは子供に見せるべき番組ではなく、仕事で疲れた大人が深夜にビデオで楽しむソフトではないでしょうか。やはり、子供には理解ができなかったのです。
 目の前に堂々と展開されていることが、「意味」として理解できないことはよくあるでしょう。わたくしが大学院生のときに国政選挙があったんです。平成元年の参院選か、平成2年の衆院総選挙のどちらだったかは忘れちまいましたが、翌日の研究室で江藤淳先生が来客との懇談中、「こんどの有権者は、変化を恐れた。だから現状の変化に抵抗する勢力として社会党に入れた」というような意味のことを仰った。それを立ち聞きしておりまして、わたくしは「嗚呼、評論家とは偉いものだ」と痛嘆したのです。
 まさにそれはわたくしが漠然と感じておりました世間の空気でした。しかし、それをうまく、ぴったりな日本語には変換はできなかった。江藤先生は、あっさりとその変換ができてしまうのです。「膝を打つ」という表現がありますが、これを聞いた瞬間、ほんとうに膝を打ちたくなりました。
 その直後の諸雑誌を調べればどなたでも確認ができることですが、こんなシンプルな「国民の気分の分析」を明快に言語で残されたのは、けっきょく江藤氏だけでした。あまりに適確すぎ、却って今の人にはどこが凄いのかピンと来ないのではないかと思います。
 あれから十数年経つのですが、このわたくしが、選挙に関して文を綴るようになるなどとは当時は想像もできませんでした。「おまえが江藤淳のようなコメントができるわけがないのだから選挙の話などヤメレ」という内なる声に「いや、それでも、抱いてくれるか不敏なこの子に赤いべべなど買うてもやらねば……」と浪曲子守唄を歌いながら書かせていただいております。
 小選挙区制とは、単一の争点について、たった二人の候補の間で烏鷺(黒白)の争いをしてくれという制度です。小選挙区にふさわしい単一争点がなければ、政党や候補者は、それを創り出さなければなりません。
 今回、北朝鮮制裁やスパイ防止法や国立戦没者霊園などを、自民党も民主党も争点にしませんでした。小泉総裁にとって、それでは勝てないというよりも、それでは投票率が上がらないからだったでしょう。投票率が上がらなければ、創価や特郵や労働組合やその他の集票マシーンが生き残ってしまう。そこで小泉氏は、投票率を上げるためのいろいろな演出をして奏功しました。逆に民主党は、投票率が上がらない方が好都合と判断していたでしょう。しかし投票率を下げさせる演出というのは、相手が小泉氏のような巧者の場合は、難しいものですね。
 いままで、一票の価値は無価値だったと思います。創価のような擬似コミュニティに所属していない個人にとって、一票の使い途などはなかったのです。それが、今回は違うと有権者に認められた。その演出をしたのは小泉氏です。
 民主党は小選挙区による二大政党制という国政システムにまったく対応できていないことを、戦いを始める前から証明していたのではないでしょうか。こんご万一小沢氏が党首になっても、この欠陥は少しも直りますまい。有志の方々には、早く党を分解してしまうことを希望します。そして「北朝鮮に制裁するか、シナと戦争するか」等を争点に掲げられる真正の「確かな右翼」政党がスピンアウトすることを期待いたします。
 北海道では民主党が強かったですね。江藤先生のコメントを、わたくしは思い出しております。中央からの補助金が「所与」の地域ですから、誰も現状は変えたくないのでしょう。
 自民が勝てば官僚の天下だという評論家もいましたが、官僚が恐れるのは、圧勝した総理だけでしょう。
 それにしても、9月のある時点で所によっては選挙運動が燃え上がり過ぎ、暑さで頭をやられた奴がとんでもないことをしでかすだろうと兵頭は気を回していました。それで月刊『正論』に「日本刀による襲撃」の話を書いて各候補者の事務所に警報をしておいたのですが、大外れですた。
 うまく台風が投票日を避けてくれたのは、天佑神助でしょう。
 西村先生、ご当選おめでとうございます。
 シナ・朝鮮の方々には、どうもお生憎様です。いまごろ祖国は、戦々恐々としていることでしょう。工作員のみなさんも、ご苦労様でした。
…つ【おしぼり】

復興の跡

 雑誌『北の発言』の連載のための取材で、今日は空自レーダーサイトの付け替え工事中の奥尻島に行ってきました。
 平成五年から十二年……。青苗地区の海抜ゼロメートル家屋は高燥地に移され、仮設住宅は消えていました。莫大な義捐金と補助金が注入されたことが偲ばれました。
 興味深い話の数々は、二ヵ月後の『北の発言』をご覧ください。

「保険の統合」は役人側ニーズなのに九官鳥のタラズ党共

タラズとは北陸の方言でidiotのことです。
 昨日までの時点でほとんどの政党が、まず公務員の共済年金とリーマンの厚生年金を統合する、次にそれと自営業の国民年金を統合する──とTVカメラの前で語っていました。
 もうね、アホかと。馬鹿かと。stupidかと。
 今の日本社会はフリーターとプータローで若者のほぼ半分ですよ。ということは国民年金こそが最大唯一の問題です。しかも、それは保険金じゃなくて保険料の問題。それが払えない。厚生労働省という役所の問題じゃなくて、国民の問題なんですよ。これは健康保険も同じこと。若い国民が払えなくなっている。役所が「集められない」から問題なんじゃないんだ。
 それをなんですか、まるで役所のスピーカーではないか。政党人に九官鳥を越える頭脳は無いのでしょうか。
 「このままでは破綻。だから統合だ」と厚労省の二流役人は言いますよ。そりゃ言いますよ。役人には自分の省の経営しか眼中にない。総合政策なんか考えつけないようにできているのです。
 それを党幹部が鸚鵡返しに党の方針にしますと語って、どうするんですか。
 むかし選挙投票日前に大蔵省と取引のつもりか、大蔵の一セクションの要求そのマンマの拡声器になって「増税しなければ」と公言して、自爆した馬鹿総理が一人か二人、いましたよ。そこから何を学んでるんですか。
 政党人の頭は、どのように使うべきなのか?
 たとえば、間接税を上げたら、直接税は同時に下げると公約する。
 税金を上げるから、保険料は据え置けよとマスコミの前で役人に命令する(パフォーマンスでOK)。
 有権者のみなさん、わが党は、保険料をすぐに下げたいので、その手当てとして消費税をどのくらい上げたらいいか検討する、と、こう言えなきゃダメなんですよ。選挙前の政党ならば。
 ところがこれまでの与党は、間接税を新設すると同時に直接税を激減する、いくつかの特別税は廃止する、そういう劇的な演出が打てなかった。
 大蔵省のために税率を増してやった直後に、厚生省も保険料を増してくる。そんなふざけた真似を認めてしまった。
 そして今、消費税を上げなくちゃならんといいながら、「プータロー階級の保険料はグーンと引き下げます」と言えないと来た。
 もう役人に翻弄されて役人に統帥権干犯されて自滅しかかっているんじゃないのですか。政党は。
 これらの税金、保険をとりしきる役所は異なります。また役所の中にもセクションがあって、課レベルのめいめい勝手な都合を政党に言って来ます。
 その一つだけをとりあげてそのマンマ採用したら、そりゃ国民にソッポを向かれるにきまってるじゃないですか。あたりまえじゃないですか。その政党は一体どっちに顔を向けてるんだと。一省庁、一局・一課の言うなりかよ、と。そんなの頼りにならんぜよと思われても仕方がない。
 厚労省も財務省も、手前の役所・部局の都合だけ満足させる要求を、てんでバラバラ勝手に政党につきつけているのみ。それを聞き置いて、独自の発想で統合し、なにより政治家を選んだ有権者のためになり、また同時に、国家の未来のためにもなるスーパーソリューションを考えつくのが、良い政治家じゃないんですか。
 もしその智恵が出ないというのなら、政治は役人に丸投げしたも同然。それこそ戦前の幕僚ファッショと変わりない。「幕僚統制」という名の無統制。たちまち亡国です。シナの餌食です。シナ人エリートには忠誠心はゼロだが、政治工作力は日本の役人よりも遥かにある。忠誠心ゼロの人間を動かす訓練を積んできていない日本の才子など、ハナから敵ではありません。
 日本をシナと戦争できる国にするには、今度の選挙ではプロ・コイズミに圧勝してもらう以外に国民の選択はあり得ません。戦争を堂々とうけて立てる国であって、初めてシナ人との共存も考えられるのです。
 プーの保険料は、年金と医療とあわせて月々1万円まで引き下げますと公約しなさい。穴は税金を突っ込んで埋めると言いなさい。その財源の手当てとして、消費税を15%以上に上げると言ってしまいなさい。この15%は、宗教にもパチンコにも投網がかかるものです。日本国政府への草の根の信頼を元から腐らせつつある「法の下の不平等」の現状が是正されることになります。
 ガソリン税や自動車税は将来、廃止したいと言いなさい。プータローの関心はクルマしかないんだから。そこをアピールしなさい。
 三種類の保険の統合など、その後でも良い話だ。有権者は誰もそんな話に興味は持ってません。そもそも理解してません。自分が月々納めねばならぬ保険料が、実感として払える金額まで下がるのかどうか。それだけが関心です。
 松原隆一郎先生は、日本の消費がどんな手を打っても回復してこないのは、みな老後が心配でたまらず、貯金を崩せないからだ、と仰っていましたね。説得力があると思います。
 プー共の保険料を毎月1万円の納付まで引き下げてやることで、老後に対する国民の漠とした不安感は緩和されます。それによってしか、消費は復活しないでしょう。
 「消費税が上がれば消費は冷え込む」と叫んでいる人々は、老後に何の不安もない、自分さえよければ良いという小金持ち階級の人々でしょう。そして反日最左翼政党の共産党がその尻馬に乗っていることは間違いありません。皆さん、悪質なプロパガンダに騙されないようにしましょう。

 


もっと可能性があるNシステム

内地のみなさんはこの季節には一部自動二輪/四輪車の騒音でお悩みではないでしょうか?
 北海道は冬はオートバイどころではなく、高価な二輪車を買っても投資の回収には内地の2倍かかってしまうと計算されるせいか、あまり売れません。まあごく少数の人が夏の間に走るだけです。
 それに比べますとわたくしが以前に住んでいた横浜の国道1号線沿いなんてムチャクチャでしたね。
 集団暴走行為が、シナ人の石投げゴミ投げのように、反政府暴動のガス抜きの役に立っている……といったプラス面は、日本では皆無です。ぎゃくに住民が国家や警察を信じなくなる雰囲気が国じゅう瀰漫するだけでしょう。
 Nシステムやネズミ捕りに、集音マイクも付加すると良いのでしょう。つまりスピードだけでなく、法令に違反する騒音を感知した場合にも映像をしっかり撮影しておいて、後日の検挙の一資料として役立てるのです。
 さて本日、福田和也さんの新刊が届きました。『俺の大東亜代理戦争』(角川春樹事務所)。まちがいなく投票日の前には書店に並んでいるはずですから、過去数年間の日本の政治をてっとり早く振り返っておきたい人は、第三章だけでも読みましょう。
 本書の内容は要するに『マガジン Wooooo!』の何年にも亘る連載コラムを集めたものなのですが、この頃、遺憾にもこの雑誌を読んでいなかったわたくしには一つ発見がありました。
 この文章を書くために江戸落語のテープを聴き続けてきたと思われる福田氏の地道な努力の成果があがってきているのではないかということです。
 継続は力ですね。
 インターネットに没頭している人たちは、長期連続して自分を鞭励する、そういう努力が嫌いな人が多いのかもしれませんが、文章の道に王道は無いです。
 それから、九月の一日、二日。このあたりに出る月刊オピニオン誌では、いわゆる「保守」系の言論人も、「9・11」総選挙について考えていることは一つではないという、興味深い読み比べができるのではないかと、期待をしております。果たして誰の言うことが、いちばん説得的でしょうか?
 そうそう、本日の報道で、岩国沖にメガフロートでNLP用滑走路をつくるという政府のアドバルーンが揚がってました。これは、小泉政権は土建利権は切っていく、鉄鋼メーカーは喜んでください、というメッセージですね。普天間の移転事業がストップしてるのも、なぜか防衛庁施設利権に土建屋勢力が食い込んでいたためで、彼らがメガフロート案を早々と潰しました。防衛庁はいろいろな醜聞をうけて機構改革をしてきましたが、それと連動しているのかもしれません。この間、小泉政権が斥けた政治家たちがいます。彼らと防衛土建利権は結びついていたのかもしれません。

 


不明瞭座標と、反対に位置バレバレの諸施設について

 昨日の報道によると、竹島の経度が修正されたそうですね。日本政府がこの領土問題をいかに先送りし続けていたかが、分かったような気がしました。
 竹島の東方では、韓国のADIZ、すなわち日本の外側ADIZでもある線が、日本のFIR(すなわち韓国のFIR)の線よりも日本本土側に食い込んでいます。
 竹島の南方23マイルでは、両国FIRと両国ADIZは交差します。
 そして竹島の南西では、こんどはADIZがFIRより韓国側に張り出しています。
 この複雑な位置関係をビジュアルで把握しようと思ってインターネットで検索しても、うまく出てきません。航空会社の人に個人的に頼んでチャートを見せて貰うしかない。それにしても見易い地図ではありません。ADIZやFIRが屈曲するポイントの座標が必ずしも書き込まれていないのです。
 日本政府の公式ウェブサイトで、この関係が一目で分かる地図を掲示すべきではないのでしょうか? 現状では、政府はヤル気を疑われても仕方がないですね。特に、世界の航空界を仕切る米国に対する広報宣伝としては、O点です。
 これに対して防衛庁は真面目に仕事をしてるのは良いんですが、同庁だけが真面目で、政府の危機意識が全般に低いと、困った情報ギャップが起きます。
 たとえば、防衛庁が制作して航空会社に配布している冊子『航空路図誌 低高度用』(平成16年9月15日号)を繙いてみましょう。
 この八九ページから九一ページにかけ「飛行規制」の一覧表が載っているんですが、な、なんと、日本にあるすべての原子炉の炉心位置が、北緯・東経ともに「何度何分何秒」までご丁寧に明記されているのです。
 たとえば九州電力玄海原子力発電所の4号炉は、北緯33度31分00秒、東経129度49分57秒に炉心がある──と、たちどころに判ってしまう。「もんじゅ」や「ふげん」の座標まで載せちゃっている。
 もちろん「ここを避けて飛びなさいよ」という指示なんですが、GPSでミサイルを誘導している時代に、これはマズいんじゃないですか?
 しかも、動力炉だけではない。ウラン加工施設や、廃棄物埋設施設、廃棄物管理施設、再処理施設、研究炉、臨界実験装置まで、悉く座標網羅ですよ。いやあ、けっこう大学の研究炉が町の近くにあったりするんですねえ。しかし、これじゃ北朝鮮のSSM担当者に「これをインプットどうぞ」と進上してるようなモンじゃないんですか?
 もちろんスパイが根気よく調べたなら、こんな座標はいずれ判ってしまうのでしょうけどね。しかし、一体、他の国でも同様なんでしょうか? とても気になります。
 注記によれば、こうした原子力施設の周辺には、黄色の閃光式灯火が設置されているそうですね。てことは、小型特攻機は、光度10万カンデラ、毎分40〜60回点滅の黄色い閃光で囲われた地点を目指して深夜に超低空で接近すればよいわけでしょうか?

わたしたちが九月上旬に注意すべきこと

 また不毛猿芝居の6ヶ国協議とやらが9月2日から「再開」されると報道されております。
 この会議期間中に間違いなくシナは、対日心理戦をドドドーン、ゴゴゴゴゴ……と打ち出してくるでしょう。
 狙いは、言うまでもありません。
 旧田中派や対支「友好」諸党に属する売国候補者を声援し、またすべての立候補者が「北鮮に経済制裁をすぐ行なえ」とは声明しにくい雰囲気を作り出し、9月11日の有権者の投票行動にダークサイドの影響を与え、旧田中派と対決モードが続いている小泉氏の「9・11」以後の権力基盤を揺るがせてしまおうというのです。
 9月上旬のシナの工作に対して、9月上旬売りの日本の各雑誌では、本格反論が間に合いません。つまりは審判不在なのですから、もうワールドカップの韓国人の反則なみにエグい工作が炸裂しまくるでしょう。TVなどは、勿論あてになりません。広告代理店と旧郵政省の役人人脈には、既にシナの「阿片」が効いています。
 この9月11日に向け、わたくしたちは、シナ発のいかなる宣伝、演出、脅迫にも動じないようにしましょう。
 シナ大好きの旧田中派が過去に人脈を扶植してきた、現国交省、および総務省内のスパイ官僚による世論工作に、厳重な注意をいたしましょう。
 ネット上の仮面を被ったスパイ、工作員たちを見破りましょう。
 以上、隣組の回覧板ですた。

心ならずも拉致された人たちがこの夏、すっかり忘れられた件について

 前の参院選挙で、出陣前の合同演説会の応援弁士として都内の某所に出かけた折のことです。泡沫候補を立てまくっていた自由連合の徳田党首がテーブルを回り「いい候補はいませんかねえ」と言うのです。すると、わたくしがたまたまお呼び立てしていた光文社の編集者さんが「だったら横田めぐみの父を出せ」と強く迫りました。
 わたくしは『なぜそれをもっと早く思いつかなかったか……』と己れを恥じたのでありました。光文社編集者氏、GJ!
 徳田氏は、秘書の人にその場で、すぐコンタクトをとってみろと命じていました。しかし皆さんもご存知のように、これまで横田家のご両親は被選挙人となってはいません。その理由はなぜなのかは分りません。残念なことだと思います。
 わかりにくいことと言えば、ライブドア社長の堀江貴文氏は、なぜ「無所属」で出馬なのか? これは、小泉氏には広島6区の亀井氏を本気で潰す気は無く、広島県連とは妥協したのだということでしょう。これで6区はもう亀井氏で決まりですから、有権者の皆さんは9.11にはずっと家に居ても同じことでしょう。
 亀井氏は創価学会票をほとんど恐れておらぬ(つまり広島6区という小選挙区に関していえば、集票マシーンとしての学会は初めからヘタレであった)、有力な権力基盤を保持する代議士です。小泉氏は、そこに何らかの将来の利用価値を見たのでしょう。
 片山さつき氏の財務省ご退職と立候補は、どういう風の吹き回しなのでしょうか。財務省の偉い人の心の中を読めば、『この職員は使えんから、出て行って欲しい』ではないでしょうか。そこで小泉氏は財務省の偉い人に「貸し」を作ることにしたのでしょう。この取引が世間から察知されるのも迷惑ですので、財務省のスポークスマンは「OJTその他に多額の国費を投じている職員が早期退職して選挙に出るのは困るな」などと心にも無いリップサービスを記者クラブを通じて書かせたのでしょう。
 しかし片山氏が過酷なドブ板選挙を戦う過程で、自分の限界を知り、一皮剥けて社会人として成長を遂げるという可能性も億万分の一くらいはあるかもしれないので、そこに多少期待したいと思います。
 甲子園決勝進出を決めた駒大苫小牧にはどんな勝利法則があったでしょうか?
 野球はゲームバランスが洗練されている球技で、運の要素が大きく介在します。必勝の法則などありませんので、このチームが強運であることは確かでしょう。
 ただし強運の前提として、機会均等の実現があります。ビニールハウスのバッティングケージ、屋内のジムと投球練習場……。日本全体がリッチになり、高校運動部の全天候施設が充実した結果、このごろでは逆に、暑苦しく土地の狭い西日本の固有事情がハンデとなりつつあるのかもしれません。

とーいソルジャーとちかいソルジャー

 拉致議連の筆頭者であり、人権擁護法案にも明確に反対している現衆議院議員の平沼氏が、プロ・コイズミに叛旗を翻したことを、わたくしたちはどう評価すべきでしょうか。
 これは「小さな好悪」と「大きな好悪」の選択になるしかありません。
 拉致議連で次席格となっている民主党の西村議員と平沼さんを、一部の政策思想だけあげつらって比較するのは良いことかどうか分かりませんが、事実として次のような点を指摘できます。
 西村さんは、国会での戦争謝罪決議などふざけるな、北朝鮮には制裁を加えろ、日本人は贋の歴史観を刷り込まれているぞ……等々と、マスコミに向かってだけ発言してはいません。なんと、地元の小選挙区で、まったく同じ内容を、団地の前にハンドマイクを持って立ち、一棟一棟、諄々と演説してるんです。
 平沼さんはどうでしょうか。地元で「人権擁護法案反対」などという話ばかりしていたら、平沼さんの今の議席は無いでしょう。ここに、歴然とした「志の高下」があるだろうと、兵頭は思わざるを得ない。
 ちなみに、拉致議連の事実上の立ち上げ人だって、本当は西村さんです。しかし西村さんは、政権政党の議員が筆頭者にならねば北鮮にも総連にも圧力をかれられぬと判断し、平沼さんを立てているのだと仄聞しております。
 わたくしは西村さんには明日にも小泉氏に代わって日本国の内閣総理大臣になってもらいたいものだと思っております。またもし平沼さんに意外な根性があって、速攻で自民党を捨て、拉致議連を中核とする「ニュー・ライト」を糾合した新党を作ってくれるなら、わたくしはプロ・コイズミの声援を止めるかもしれません。
 しかし、議会政治には別な The Name of The Games があるでしょう。有権者は、選挙に臨むときに「どのグループに多数派をとらせたいか」を、好悪の感情に優先しなければ、もう1年もしないうちから、悪い結果が、良い結果を上回るというアウトプットになってしまいます。ですから「今」ではなく、「次の総選挙までの多数の国会」を、中期的に予想せねばなりません。
 今回の選挙でプロ・コイズミが圧勝すれば、プロ・コイズミ自民党は、次の選挙では「集票マシーン」と絶縁することができるのです。集票マシーンとは、特定郵便局やら創価学会やらヤクザやら何やら、「票は集めてやるが、その見返りとして、こっちのどす黒い要求を容れて貰おうか」と迫る連中です。
 議会制民本主義の下では、こうした取り引きもしないと多数派は握れない。多数派を握れないと、悪いこともできないが、良いこともできやしません。
 「コイズミは、アレがダメだ、コレがダメだ」とのたまう有名評論家の諸君。諸君がその正論だけを掲げて今度公示の選挙に立候補したら、何十万票も獲得して、代議士に当選できる見込みがありますか? そんな芸当ができるのは、衆議院では西村さんぐらいなものでしょう。
 そして西村さんですら、党内で、そして国会内で、多数派は領導できないのです。これが議会政治の現実であります。
 だったら、「小さい好悪」を捨てて、大きな選択をすべきでしょう。
 まともな政治家で「人権擁護法案」が素晴らしいと思っている人はいません。しかし、今の日本の民度では、集票マシーンや派閥のボスに頼らなければ国会で権力を行使する、その足がかりすら得られないのですから、各方面と少しづつ、部分的な取り引きに応ずるしか、議席を維持する方法は無いわけです。
 そして、とりあえず、その日本の古い集票マシーンを一つづつ滅ぼしていく流れを作ろうというのが、今回の総選挙でのプロ・コイズミのテーマです。集票マシーンが亡びれば、まともな議員や派閥のボスは、どす黒い要求に「ヨイショ」する必要がなくなるでしょう。
 ところで、日本で一番朝鮮人を嫌っている組織は、警察ではないでしょうか。
 わたくしは、20代で自衛隊の新兵訓練キャンプに参りましたとき、全国から選ばれて来ているかなり優秀な陸曹助教たちが「なんだおまえは、チョーセンの兵隊か!」と、怒鳴って笑いをとりますのに接しまして、ポリティカル・コレクトネスに一切頓着の無い、脳内でなんのためらいもなくスポーンと飛び出してくるそんな言葉遣いに、驚き且つ感動を喫したものです。
 わたくしは旧軍関係の本も少し読んでおりますが、旧軍の新兵教育でドリル・サージが「チョーセン」を笑わせのボキャブラリーにしていたと推測させる記述を、今まで一つも見たことがありません。戦前の日本では「内鮮融和」がポリティカリー・コレクトだったからです。
 それで最近ふと思うのですが、あれは、戦後の警察予備隊から始まっている「伝統」だったのではないでしょうか。
 つまり、わたくしはインサイダーにはなったことがないのですけれども、日本の警察の文化が、戦後に自衛隊に流入したのではないか。
 だとすれば、「人権擁護法案」なるものの原案通りの成立に、水面下で最も抵抗するのは警察組織だと信じられるのです。しかし残念ながら警察の人たちは口が堅いので、この辺どうなっているのか、情報を貰うことはできません。
 わたくしは横浜に住んでいた時期に、神奈川県の同和関係の某機関紙にコラムを提供したこともあったんですが、そのとき聞いた話で、同和と朝鮮は、もうとっくにフュージョンしているのだそうです。
 また警察という組織は、警察出身の代議士立候補者の応援は絶対にしないのだそうです。この事情は平沢勝栄氏の自著に具体的に書いてありますが、残念なことです。
 このため、警察出身の議員が、逆にダークサイドの集票マシーンからの誘惑に抗し切れないことになったりするのでしょう。ジェダイの堕落……なげかわしいことです。
 プロ・コイズミが圧勝するということは、これらの集票マシーンと日本人は訣別できるということです。

『嫌韓流』を読んだ自称評論家のわたしがきましたよ

 人様が働いているときに遊び、人様がゆっくりしているときに働くのが自由業の醍醐味ですが、田舎では家事が増えて参りますとなかなか外に出られなくなるのが辛いところです。というのはどこに行くにも自動車でないと追いつかない。まさか月に一回しか書店に行かない生活が44歳のこのわたくしを待っていたとは、どうして予測できたでしょうか……。
 それで本日、東京から『マンガ 嫌韓流』を送ってくれた人が居た。そう、これも買わねばならん、読まねばならん、と思いつつ、月に一回立ち寄る書店で見当たらないため、困っていたんですよね。ありがとうございます。
 PHPの活字ゲラを見るのも後回しにして、一読しました。いやぁ、たいへんな労作なので、頭が下がりました。
 内容は行き届いているなと感心しました。わたくしは2002年はTV無し生活をしていましたもので、ワールドカップはこんな有様だったのかよと、今更ながら驚きました。
 絵がヘタだとか文句たれてる人がいるんですが(これを送ってくれた人も)、キミたちはもっとマンガ業界の実態を知りなさい!
 昔『メスよ輝け』とかいう医学劇画がメジャーな青年コミック誌であったでしょう。原作のレベルと作画のレベルが全くマッチしていなくて、これじゃ原作者は泣いてるだろうなと同情したものです。(その欲求不満を解消するためか、原作者はあれを小説に仕立直したらしい。小説という活字メディアの良いところは、フィクションの創作が商品としてリリースされるまでの間につきあわねばならぬ介在者が少ないので、ストレスも小さくて済むことです。)
 つまりですよ、メジャーなコミック誌編集部でも、良質の作画専門家を探すのには苦労してるのです。日本では絵が描ける人は同時にストーリーも考えられるんだから、一人だけで売れるなら版元は万々歳、作画家も10%の印税を原作者と山分けする必要がないのですから、面倒くさい分業なんか誰もやりたがらないわけです。
 書き下ろし単行本マンガの作画だけに徹することを納得してくれる手隙の名人職人が見つかったら、それは奇跡です。(その意味で、小松直之さんの偉大さが分かってくれますか、皆さん?)
 どうやらこの本が売れているらしい模様であるのは祝着至極です。江湖に広く推奨したいと思います。(p.s. 版元さんへ。初刷りを送ってくれれば雑誌上で宣伝もできたんですがね……。)
 ところで多忙の余り買ったは良いが読めないでいる新刊(ちくま新書)に、佐藤卓己氏著『八月十五日の神話』があります。拾い読みしたところでは、米国は9月2日をVJ-dayとしている、と書いてあります。
 ところが、タダで視聴できるウェブ版のCBSテレビのニュースは、たぶん現地時間の8月14日の放送で、VJ-day特集をやってるんですよ。一体、いつから米国のテレビは8月15日にこういう特集をやるようになったのか?
 近年からであるとしたなら、それは某外国のウィキペディアあたりの宣伝工作が成功した結果なのでしょうか。はいはい、こわすこわす。

北京は「叩き逃げ」をしたいだけのお子ちゃま

 シナが八・一五の内閣総理大臣の靖国参拝を殊更に問題視するのは、それが八・一三のシナ人にとっての侵略開戦記念日(上海総攻撃発起の日、一九三七年)祝賀ムードに対する日本からの「叩き返し」のように映るからです。面子の問題だと捉えていますので、これは「説得」によるいかなる納得もありえません。
 「反近代人の面子なんざ知ったこっちゃね〜んだよ」と、近代人は思っていることが肝要です。シナ人を特別扱いしてはいけません。反近代人とは、そもそも付き合っちゃいけません。
 兵頭は、前からあちこちに書いてきましたように「八・一五は大東亜戦争としか関係の無い日である。靖国神社はそもそも戊辰戦争という日本近代の始まりとともにある廟堂である。日本が反近代に逆戻りしない限り、靖国神社もあり続けていく。だから、近代化後の忘れられない大勝である奉天会戦や日本海海戦の記念日に、そこでイベントを執り行なうことならば許されもしよう。しかし近代日本史の一エピソードでしかない大東亜戦争の、そのまた敗北とのみリンクする記念日にこの靖国境内で、戊辰戦争記念日以上の大パフォーマンスを執り行なうことは、現在の自衛隊の総指揮官である現役内閣総理大臣として見識を疑われる」と思っております。
 ちなみに、一部「保守」派言論人が公式参拝日として推奨しています、春と秋の「例大祭」も、戊辰戦争開戦記念日(旧暦一・三)と比べれば「重み」はほとんど無いことについては、過去に『武道通信』に長い文章を寄稿しましたから、未読の方は是非その号を買ってお読み下さい。歴史的にまるで空虚な例大祭などに勅使を派し続けねばならぬとは、帝室もおいたわしい限りなのです。
 閣僚級の政治家は「歴史秘書」を一人づつ抱えて、国会図書館の地下の行灯部屋にでも下宿させといたらどうでしょうか? こんなことは、物事のスタート時点からじっくり調べれば、ぜんぶ分ることなのです。最近は「評論家」まで、この手間を惜しんでいるのです。
 過去の閣僚にまともな「歴史秘書」が専従していたら、あんな教科書問題も無いし、慰安婦問題もありはしません。
 さてシナ人の次の祝賀ムードは九・三でしょうか。ミズーリ号上での降伏文書へのサインは九・二でした。小泉首相は九・四以降に靖国神社に参拝することで、反近代人どもには付き合う意志のないことを体現してやれるでしょう。