「読書余論」 2010年9月25日配信号 の 内容予告

●「読書余論」 2010年9月25日配信号 の 内容予告
▼尾上正男『独ソ不可侵条約論』S37-11
 「間接侵略」という言葉の意味をいかにソ連が破壊してしまったかが学べる。
 リトビノフはかつて、締約国の一方が第三国に対して侵略を行なった場合の協定停止を謳っていないような不侵略条約は、実は侵略後援条約にほかならぬと演説。しかしまさにそれこそが独ソ不可侵条約の正体であった。
▼広瀬彦太ed.『榎本武揚 西比利亞日記』S18-7
 M26の福島中佐のシベリア単騎横断の15年も前に、馬車行列の大名旅行だが、1万3000kmの陸の旅をやってのけていた。
 併収の「渡蘭日記」は、海軍技術中将の澤鑑之丞の父が貰い受けて残っていた。太郎左衛門=『開陽』を江差で自沈させてしまった大間抜け艦長その人である。
 オランダへ行く途中で無人島に漂流してしまったが、やってきたマレーの海賊たちを逆に日本刀で脅し上げて洋行を続行す。
 露都で入手したフランス人宣教師の『朝鮮事情』を榎本は即翻訳。これは公刊された。
▼実業之日本社ed.『あなたも手の届く別荘地入門』S43-7
▼富樫敏『日本の別荘地』1973
▼離求庵『さらり~まんに別荘が建つ』1993-10
▼古島敏雄・校注『百姓伝記』上下、1977イワブン
▼三枝博音『復刻 日本科学古典全書 5』S53repr. 原S19
 ※「大砲鋳造砲」と「反射炉日録抄出」には特記事項なし。
▼木下桂風『釜の歴史と鑑賞』S54repr. 原S27
▼須藤隆仙ed.『箱館戦争史料集』1996-8
 「新開調記」、「箱館軍記」、「説夢録」、「衝鋒隊戦争略記」(大鳥の幕末実戦史の附録とは別バージョン)、「峠下ヨリ戦争之記」、「遊撃隊起終録」、「人見寧履歴書」、「北洲新話」、「苟生日記」、「函館脱兵諸士書簡」(『野史台維新史料叢書』第6冊で公刊済み)、「蝦夷錦」(2種類あるうちの、荒井宣行の書いたもの)、「戊辰戦争見聞略記」、「星恂太郎日記」、「函館戦記」が収められている。※箱館戦争の日記類は、じつは牢内で互いに見せ合いながら修正された回想が多い。それらの日付けすらが事実と相違しているため、参照する者はえらく苦しむ。そこで「苟生日記」のように、誰のチェックも受けず、他人の回想も参考にしなかった成り立ちの、書きたい放題の記録が、ウルトラ貴重となるわけである。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
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なぜかメールが通じないようなので、この場を借ります。

MHさま。そちらからの8-15メールが届きました。どうもこちらからのメールがそちらに届かないようです。8-13作文は13日朝と14日朝の2回送信しています。わたしはMHさまが休暇に入ったと思っておりました。以上、この場を借りてご連絡を申し上げます。ファンサイトの管理人さま、恐縮です。

新刊紹介:『誰も語らなかった防衛産業』(並木書房)

●新刊紹介:『誰も語らなかった防衛産業』(並木書房)
 桜林美佐さんの新著が届いたので拝読しました。
 例によって手間のかかった取材であります。(1年くらいかかっているのではないでしょうか。)
 しかも、わたしなんぞの入り込めないところを幾つも取材しておられます。
 「……防衛関連産業を取材させてもらったが、取材するにあたり相当の手続きが必要だった」「一般に防衛産業への取材は、かなりハードルが高いといえるだろう。町工場レベルであっても情報管理は徹底している……」(p.75)。
 まさにその通りでありましょう。
 これを、小生らグータラなロッキングチェア批評家どもの代わりに桜林さんが身を挺してやってくれたというところが、じつに貴重なのであります。
 たとえば、三菱長崎機工。たしか旧海軍の魚雷を造っていたところじゃありませんでしたっけ? 今でもかなり「秘度」の高い工場のはずですが、その中に入って取材をしておられる。よく許可が出たもんです。脱帽です。
 日本製鋼所の室蘭製作所。この中に日本刀を鍛刀しているセクションがある……という話は聞いたことがありましたが、正面から取材を申し込んでみる気力が、ワタシにはありませんでした。それを桜林さんは、北海道住民でもないのに、サクッとやってしまっています。脱帽です。
 原子炉の圧力容器を作れる工場だからこそ、こんどのヒトマルの砲身だって、完全国産ができたんですなぁ。(つまり、ヒトマルTKは輸出の制約も少ないってことだ。)
 弾薬メーカーの旭精機。オレはこの会社にインタビューできるなら聞きたいことが山とある。しかし取材のカベがいかに厚いかも分かっているから、ハナから諦めているわけ。ところが桜林さんは何かマジックをもっているらしく、この会社にもあっさりと入り込んで取材をなすっておられる。脱帽です。
 下請け工場の取材もまたすごい。
 極端な話、〈百種類の部品を1個づつ納品してくれ〉と迫られてしまう下請けの特技工場さん。10個のロットで不具合が1個ならば予備の感覚で乗り切れるが、1個の発注しかないのにその1個が検品に不合格だと、それを作りなおすためには、2倍の労力・資材を投入せねばならない。
 これではとてもやっていられないという本音。同情できますね。
 防衛大綱が決まるまでにあと半年というグッド・タイミング。多くの人に読んでもらって、日本のダメさ加減についての認識をあらたにしてもらいたいですね。特に、〈日本の兵器技術は世界一〉だとか迂闊に思い込んでしまう、昔の石原慎太郎氏式な夜郎自大たち。もう日本の武器なんか欲しがる外国はいないんだよ。こっちから営業かけて売り込まぬ限りはね。それもオフセット条件(部品の国産工場まで建ててターンキーでひきわたしますとか、その兵器を装備する部隊の訓練までぜんぶ面倒みますとか)付きじゃないと、インドだっていまどき武器を買ってくれやしないのです。
 こういうすぐれた取材本を読んだ上で、ネット上に流れているリーク情報に気をとめていると、事態の真相にいくばくか接近できる気がしますね。たとえばアパッチの件で富士重工が防衛省を訴えたのは、当然、防衛省の方から「訴訟にしてもらった方が、手続き的に、補償がしやすい」というサゼッションがあったんでしょ? 大手マスコミはそういう真相を報じないから、まるで富士重工と役所がバトルを始めるみたいな印象しか与えませんけどね。
 あとぜんぜん関係ないんですが、ネットで『ガンズ&アンモ』をみていたら、米国で売られている「AR-15」自動小銃(ただしフルオート機能無し)用に、ニコンがすごいスコープを市販してるのな(M-223 シリーズとかいう)。ビミョーに兵器周辺的な器材なら、日本のメーカーは、すでに国際的な売り上げ実績を積んでいるわけですよ。パナソニックのラップトップもIED処理ロボットの遠隔操作用に使われてるしね。
 軍用に転用できぬ民生品などない。これを日本人は知るべきだね。
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読書余論 2010-8-25配信分の内容予告

▼小島直記『洋上の点――森恪[つとむ]という存在』S53-4
 田中義一内閣の実質外相だった、元・三井の商社員。S18の山浦版伝記が不満なので一から調べなおした評伝だという。山内万寿治は57ミリQF閉鎖機など発明しておらず、それは英国メーカーの贈賄の手口だった、等々面白し。
▼A・H・S・ランドー著、戸田祐子tr.『エゾ地一周ひとり旅』1985、原1893
 M23に146日間で単身北海道一周をやってのけた冒険野郎。20年前の箱館戦争当時の交通事情がどれほど劣悪だったかを推知するよすがとして貴重な証言。アウトドアズマンも必読。
▼金田一京助『古代蝦夷[えみし]とアイヌ』平凡社ライブラリー 2004
 東北のえみしと北海道アイヌは同じであったことを論証。それがいつしか別民族としか思われなくなった理由は、大和朝廷が完全同化策をとったのに対し、松前藩が最悪の差別支配を続けたから。地名語源詮索も面白し。
▼山辺安之助・述、金田一京助ed.『あいぬ物語』大2
 京助は春彦の父。
▼日本歴史地理学会ed.『奥羽沿革史論』大5-6
▼鳥居 民『昭和二十年 第一部=6 首都防空戦と新兵器の開発』1996
▼善波 周[まこと]『弾巣』S18-3
 青龍刀のシナ兵と真剣勝負した体験談あり。
▼会田雄次ed.『世界の名著 16 マキアヴェリ』S41
▼『太田耕造全集 第一巻』S58 亜細亜大学pub.
 平沼内閣の書記官長(今の官房長官)。英字新聞を読んでいた反戦家は多くとも、英字新聞を読む攘夷家は稀少であったから、いろいろ参考になる。「三S」は遅くとも昭和5年には言われていたようだ。
▼防研史料 『和田秀穂史料』
 海軍のマッドマックス型の「號星拳銃」など。
▼防研史料 『爆撃精度向上ニ関スル研究(第三回報告)』S14-9~S15-10
 中攻による公算爆撃に関する、数字てんこもり資料。
▼竹長 吉正『日本近代戦争文学史――透谷・漱石・花袋・伝治を中心に』S51
▼(社)日本ねじ工業協会『日本におけるねじの始まり』S57
▼(社)日本ばね工業会『日本のばねの歴史』S59
▼陸軍文庫『砲兵陣中必携』M8
 4斤砲について詳しく分かる。
▼防研史料『大東亜戦争以前に於ける陸軍鉄兜に関する技術資料綴』
▼山下弥三左衛門『潜水奇談』S39
 米軍が戦時中に、酸素とヘリウムの混合気をホースで送り、200mでの長時間作業を可能にしていたこと。
▼黒石茂喜『潜水記』1966
 WWIに地中海で沈められた八阪丸の金塊をどうやって引き揚げたか、など。
▼坂ノ上言夫『拷問史』大15-8
 手術道具がないときにどうやって手足を苦痛なく切断し得るかが分かる。
▼田口【迎のシンニュウをサンズイにした字】三郎『音と戦争』S18-12
▼『史論叢録 上』大7、興亡史論刊行会pub.
 エリス・バーカー著の「和蘭興亡史論」の抄訳を収載。オランダは民主主義ゆえに没落した、とする。
▼森鉄之助『ゴム製造法』S18-9
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札幌講演無事終了のお知らせ。【2010-7-18作文】

 暑中お見舞い申し上げます。
 おかげさまで、「かでる」の7-17講演は盛会裡に終了いたしました。
 ご参加のみなさま、どうも有り難う存じます。
 音声ファイルをひょっとしたら「ポッドキャスト28」でリリースできるかもしれません。未定です。
 それと、2010-7-13~7-15に、平成22年度の防衛省オピニオンリーダーの部隊見学が千歳を中心にあったのですが、今回、わたくし兵頭は、参加を見送りました。したがいまして、恒例の写真を紹介するコーナーは、22年度分はございませんので、どうぞご承知くださいまし。
 お中元をくださった皆様、ありがとうございます! この場を借りまして御礼申し上げます。
 (ところで、いままでLEDが一個も届いていないって、どーゆーこと???)
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7月17日の朗報!

 札幌での兵頭講演会ですが、入場料は、大人¥1,000円、ただし学生は無料だそうですよ。
 しかも、大人の方でも、払えない人は払わなくとも可いそうです。
 なんて太っ腹なんだ、主催者の田中清元さん!
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今年のお中元は「LEDかんけい」をお願いしたいッ! byコジキ

 何人かの皆様からかたじけなくも頂戴した商品券を使いまして、従来愛用しておりますPCデスク用の丸電球スタンド(クリップ式)と、炬燵デスク用の書見スタンド(工事現場用のクリップ式・金網被せ型ライトバルブを、100均の木製ミニ帽子掛けに固着し、ラップ用アルミホイルにてフードをこしらえたもの)の電球を、それぞれ、交換いたしました。
 購入しましたのは、まず、東芝ライテック製の、消費電力6.4ワット、直下照度で白熱灯100W相当の「LDA6N」。これは最近出てきた製品のようですが、2830円也。
 もうひとつは、台東区の燦坤[サンクン](FORA)というよく知らないメーカー製で、少し前からドラッグストアの店頭で見かけていました、消費電力4ワット、直下照度で白熱灯40W相当の「TK-BE014W」。これがはやくも特価になっており、1680円也、であります。
 近頃、家電量販店で、丸電球型の蛍光灯球がおそろしくダンピングされているな~、と、いぶかしく感じておりました。じつは、いつのまにかものすごい勢いで、新式のLED電球のラインナップが増加していたというわけですね。
 それらはまだ1球が2000円台から7000円台(このクラスは調光器にも対応)と、箆棒に強気の価格設定なのですけれども、すぐに半値以下に落ちてくるであろうことは確実です。
 それならば、なにゆえにワタシは買い急ぐのか……?
 暑いんですよ。
 部屋でクーラーをガンガン利かしておられる方々には無縁の心配かもしれませんけども、関東での木賃アパート暮らしの時分から、わたくしは、夏は扇風機だけで凌ぐべしという主義を貫徹しております。ですので、北海道に移住してからもなお、「完全なる冷光」を求める気持ちには、切なるものがあるという次第なのです。
 北海道南部でもそろそろ室温が29度くらいに上昇するようになってまいりました。こうなりますともう、高熱を放射する蛍光灯スタンドが、これから長時間のデスクワークをしようかな~という気力を、殺いでしまうことがある。
 白熱灯や蛍光灯のような高熱を放散しない、つまり〈理想的な冷光〉のLEDが得られるならば、盛夏シーズンの間もデスクワークが大いに捗るでしょうから、イニシャル調達コストの高いのは、トータルで十分にペイされる――と踏みました。
 ……で、買ってきて初めて気付きました。LEDバルブの後半部分は金属製で、空冷式機関銃の放熱フィンみたいなものがついているんですよ。
 そして、消費電力6.4ワットの「LDA6N」の方は、その後半部分が、点灯と同時に、ミニ蛍光灯球に負けぬくらいの高熱を発するのです。触ってはいられないくらいに熱くなる。
 また、4ワットの「TK-BE014W」の方も、点灯後数十分しますと、やはり指で触っていられないくらい、後半部分の一部が熱くなっています。
 さすがに、両者とも、光を放射しているバルブ部分では、ほとんど熱は感じませんけどね。これはグレートな進歩なのですが……。
 LED灯は、バルブの前方に対しては冷光を放射しているのですけれども、バルブの後半からは(蛍光灯よりはずっと少ないはずですが、やはり若干)熱気が立ち昇るものなのだな~、と、いまさらのように了解しました。
 まあもちろん冷涼感は同照度の蛍光灯などよりも格段に上々です。愛用しようと思っています。
 この次にデスク用のスタンドの電球を交換するのは、箱書きの宣伝文句が正確ならば、使用4万時間の後となるはずです。たぶんその頃には、後半部分も熱くならない、真に冷たいLED球が、できているのではないでしょうか?
 余談ですが、日本で蛍光灯をいちはやく導入したのは、帝国海軍の潜水艦ではなかったでしょうか。そのときも、白熱灯などに比べて「冷光」であることが、買われたと思います。当時は、赤道直下の作戦でも、潜水艦にはエアコンなんてありませんでしたからね。
 あと、LED球の知られざるメリットは、爆風や衝撃波でバルブが割れて消光してしまわぬことです。地下鉄の駅を核シェルターとして使う際に、これは、死活的に重要になるでしょう。蛍光灯ですと、地下鉄の入り口から吹き込んでくる爆圧で、ぜんぶ割れて消えてしまうそうです。
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「読書余論」 2010年7月25日配信号 の 内容予告

▼渡辺銕蔵『反戦反共四十年』S31-5、自由アジア社pub.
 若い人が、国会図書館で軍事系のタイトルを捜索すれば、「渡辺経済研究所」とは一体何者だ、と一度は不思議に思うであろう。その謎が氷解します。
 本書の「戦前篇」は、終戦直後の『自滅の戦ひ』を収録したもので、そっちは中公文庫になっている。だから白眉は後半の戦後篇にあるが、前半も読んだことのない日本人が大半だろう。「お腹一杯」になることは請合います。
 以下、摘録のそのまた要約。
 ハンガリーは遅れた国だが、畜群や機械や処女地には不足していない。比べて、日本の都市では毎年30万人が出生。田舎では、50万人。ために強度の土地不足感あり、シベリアやオーストラリアを占領したくなるのだ。世界のどんな製造業も、50年の間に4000万の人口増は養えない。
 農民が多すぎ、かつ農民の租税負担が過重。商人や工業家の2倍率だ。
 日本の陸軍兵士の3/4は農民からなり、大将にいたるまで、反資本主義。
 シナ軍の武器弾薬は大部分ドイツより提供されたことを調べたのが、渡辺経済研究所の『中国への武器弾薬供給國』。
 オットは中野正剛と1937秋に関係をつけ、1938夏に中野の手下の村田タダヲをドイツ大使館で雇った。つまり中野の東方会は、ナチス党の日本支部と化した。
 皇紀2600年に日本にナチス帝国が建設されたのだ。
 ドイツは日本よりも早く、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、フランス国内で、こうした工作をしてきた。そうした国から日本にやってきた外国人には、ドイツの目論見が手に取るようにわかるのだ。
 近衛が全体主義政権をつくらないなら、ドイツは日本の対蘭印政策に協力しないとオットーは伝えた。
 スターマーは400万円をばらまいて、三国同盟締結の閣議を実現させた。
 ドイツがキエフを占領すると、東條陸相の鼻息は荒くなった。
 1930~1935のあいだに、世界の貿易総額は1/3に激減。米仏独は1/3だし、英国は1/2になった。しかるに日本のみはこの期間に貿易総額が2倍弱に伸びた。ブロック経済の開始といわれたオタワ会議の年から年々累増した。日本からインドへの輸出は、S6には1億円、S12には3億円。ニュージーランドに対しては12倍。英帝国総体では、日本からの輸入が3倍も増えたのだ。
 S7~S12は日本が経済的な大躍進を謳歌できた、輝かしい日本の時代だった。それは英帝国が日本から品物を輸入してくれていたおかげなのだ。その事実をナチスの手先の反英宣伝が、大衆の目から隠した。
 1940-5以来の英空軍の対独爆撃はまったく報道されず。ハンブルグの損害がちょっと報道された程度。
 日本はシナ大陸に2~3万の自動車を動かしている。ドイツ軍は数十万台。
 橋田邦彦が敗戦で自殺したのは、マイン・カムプの宣伝文書『臣民の道』を配布した責任。
 GHQ=極東委員会のS21-12の方針。労働争議と団体交渉は無制限に合法化。官公吏の労働組合の結成はもちろん、全国の教員に労組をつくらせろと高橋誠一郎文相を通じて各府県知事に通牒。
 教員組合の赤化資金は、砧撮影所から出ていた。これが東宝争議の背景。
 ゼネストは英国では戦前とっくに違法化されていた。社会を困扼させて政府を強制する企図を有するものは違法。それを開始することも、それに金銭を支出して援助することも違法(p.312)。
 砧の撮影所の従業員1100人中、650人が共産党であった。300人は正式党員。他は秘密党員と青年共産党員。プロデューサーや監督の中にも有力な党員がいた。カメラ部、照明部は大部分が党員。若い俳優は、党員にならないと役がつかないといって加入。
 アカの宣伝臭い映画に他社の3倍の費用をかけてオール共産党スタッフで映画をつくっていた。費用の多くは豪勢な食事に消えていた。
 東宝赤化の元祖、大村英之助プロダクションでS23春に、『大森林の女』という映画を北見でつくりたいという。調べてみると、ソ連軍が上陸したとき迎え入れる地盤をあらかじめつくるために地元の組合にカネをばらまくのが目的と分かった。
 占領軍司令部の映画主任のコンデイというのが東宝の共産党を養成し、みずから撮影所に乗り込んで、ストライキを煽動指導した。徳田球一が世田谷区を選挙区に選んだのは、砧の資金と運動員をあてにするため。つまり、当時、この東宝砧撮影所こそは、実質上の共産党本部であったのである(p.322)。
 憤慨して、大河内伝次郎らが分裂して反共の新会社として立ち上げたのが「新東宝」。
 12時5分前にブルドーザーが正門に前進すると、労組は所内から退却した。
 「最後まで頑張つたのは結局朝鮮人連盟であつたとのことである」(p.332)。
 翌年、文藝春秋が東宝争議の記事を書いてくれというので書いたら、原稿を返してきた。「彼等は反共の原稿を載せるのが怖いか損だと思つてをるのであらう」。
 米国では労組としての教員組合はシカゴにただ1つ。35000人の会員があり、CIOに属していた。定款の第一条に、労組幹部のいかなる要求があっても、ストライキには参加せぬ、と。
 つまり米本国でもゆるされない教員労組を、GHQは高橋文相に押し付けた。
 反逆者に憲法上の保障を与えたり、公民権を与えることは、他の善良なる国民の権利を損害する。
 自衛隊の陸上兵力は15個師団、26万人が必要であるとの結論を最初にまとめ、吉田総理宛てに提出したのは、渡辺が創った「防衛研究委員会」。これが保安庁の参考にされる。
 日本における新憲法改正に関する意見公表も、渡辺のつくった「憲法改正研究委員会」が嚆矢。
 マック憲法第9条2項は、「ポツダム宣言の受諾證」または「無条件降伏の詫証文」。「九条二項は『戦争放棄』といふよりはむしろ『独立放棄』の規定である」(p.363)。
 日本が既に独立し、かつこれを堅持しようとする以上は、9条2項の削除または改正とともに「前文も解消せねばならぬ」(p.364)。
 日共と社会党が9条を死守せんとすることは、日本をソ連の支配化に導こうと企ててをるもののように察せられる。
 渡辺はS25-4まで、政府の公職資格審査委員、すなわち追放解除の委員。そこで驚いた。戦中にトンデモ言説で日本の対米戦争を煽りまくっていた「学匪」たちが、敗戦後に公職追放されていないのだ。
 追放リストは、占領司令部の情報顧問に共産党の伊藤律が居り、また、政治部に二世の共産党員・塚原太郎というのが居て、かれらによって作成されていた(p.393)。
 よってマルキストは全員、免れたという次第。こやつらは、戦中のトンデモ言論活動の時点でじつは筋金入りマルキストだったのだ。日本を破滅させるための煽動を担任していたのだ。
▼生田花世『銃後純情』S15-11
▼吉植庄亮『稲に祈る』S19-4
 わざわざ政府が玄米で配給したコメを、庶民は嫌って、例の一升瓶で搗いて精白し、栄養をなくする作業をしていた。
▼辻新次『文部省廃止スルヘカラサルノ意見』M36-8
 じつは英米には文部省が無かった。
▼土方成美『戦時の財政と経済』S14-2
▼大日本文明協会ed.『戦時及戦後の経済』大5-7
▼塩沢昌貞『戦争と経済関係』大8-10
▼小南又一郎『法医学と犯罪研究』大14-6
▼戸伏兵太『日本武芸達人伝』S30-11repr.
 ◆  ◆  ◆
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札幌講演会の場所が決定したようです。

 2010年7月17日(土曜日)夕方開催予定の兵頭講演は、「北海道立道民活動センター」(愛称「かでる2.7」)になったそうです。
 住所は 〒060-0002 札幌市 中央区 北2条 西7丁目
 電話は 011-204-5100
 JR札幌駅から歩いて10分くらいのようです。
 ……地図をみますと、これは「北大植物園」の温室の向かい側ですね。早く行きすぎた人は、この植物園内で時間を潰せば好いわけですね。
 また、道警本部の西隣でもあります。
 この、道民活動センタービルの会場を、午後6時から午後9時までとってあるとのこと。
 予約とか申し込みとかは、不要のようですね。こりゃ気楽でいいや。
 それ以外の詳しいことは、まだハッキリしません。分かり次第、続報いたします。
 兵頭は当夜の22時ちょうど発の急行で函館に戻る予定です。これが最終の汽車なんスよ。つまり講演後の懇談の時間はほとんどなさそうなのですが、開演前ならなんとか都合をつけますので、遠路いらっしゃる方は、どうぞご連絡をください。
 いまのところ、テーマは、軍事情勢の話ばっかりとするつもりでいます。国内政局の話は、特に会場からご質問なき限り、しないでしょう。
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そら球最新報告。

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 わたしが最初に「そら玉リポート」を掲載したのがいつであったか忘れてしまいましたが、2007-4頃でしょう。
 そこにも書きましたように、わたしが最初に買った、売価二千数百円也のソーラーライトが、I社の「やたらに明るそうな灯篭型(ポール付)のソーラーライト」でした。白色LEDが2ケ光るやつです。
 そして、期待をしていたこいつの発光持続時間のあまりの短さがいかにも不満であったことから、わたくしのソーラーライト・クエストの長い旅が始まってしまったのだよな~、と回顧されます。
 で、この最初に買った製品ですけれども、じつはまだ庭に固定してあるのです。しかし最近では晴天の日の夕方にも、短時間発光してすぐ消えてしまうようになりました。いよいよ充電式電池の寿命の末期に来たように思われますので、取り外してバラしてみることにしました。
 開けてみて感心致しましたのは、電池ボックスおよび回路の心臓部分には、虫も湿気も侵入していないように見えたことです。また、透明プラスチック部分は、数年間の紫外線でも透明度を劣化させていません。この2つの点は褒めなくてはならない。
 傘の張り出している庇の下面のリセスにだけ、虫の残骸がこびりついていました。この部分は、清掃し易い形態に改めるべきでしょう。
 それと、太陽電池パネルのスペース(透明プラスチック天井で蓋がされている)内に結露が認められます。完全密封ではないためでしょう。
 電池(600ミリアンペアのニッカド単三×2、メーカー名の記載が何もない黄色いもの)の1本からは緑青を吹いていまして、確かに寿命であるように見えました。ただ、これと同じスペックのニッカド電池は、いまどきヤマダ電機では売ってないのです。そこで、最寄りのヤマダでも入手可能だった、もっともアンペア数が近い単三である、ソニー製の950ミリアンペアのニッケル水素電池に充電器で充電したあと、暗い室内にて挿入テストしてみましたら、一瞬点灯したあとで消えてしまい、あとはウンともスンともいいません。これは相性が悪かったようです。
 そこでこんどはパナソニックの単四の750ミリアンペアのニッケル水素電池×2本(以前から買っておいたもので、今年もまだ売っているかどうかは不明)を、やはり充電器で充電させた後に無理やり装填してみましたら、こちらはオニ快調です。
 夕方は早々と点灯し、翌朝は朝日が昇るまで消えません。2日目までは、「こいつは『商品X』を超えたか?」と一瞬思ってしまったほどでしたが、さすがに3日目以降は、マルチカラーのソーラーボールよりも早々と、夜半に消えてしまうようになりました。
 それでも、新品で買ったときよりも1~2割は、発光時間が伸びたのではないでしょうか。この電池は優秀ですよ。
 やはりLED2灯であるために急速に電力を消耗してしまうことと、外環境の明るさを計るセンサーの調整が合理的ではなくて、夕方のあまりに早すぎる薄暮時から点灯してしまい、且つ、白明時にも充電が利かないのがネックだろう――というのが目下の観察です。
 それと、こういうことなのかもしれぬとも思いました。日本のメーカーは、家庭用ソーラー・ライトを設計するときに、「最初にまず電池がフル充電される」ことを前提としているのではありますまいか。だからほとんどの商品の説明書きにも、〈最初は夜も点灯させないでまず太陽の直射に7時間以上当てて電池をフル充電させてくれ〉とか書いてあるのでしょう。なのに、非常に安価な、おそらくはシナ製のエンプティの電池を同梱している。これが、大きな間違いなのかもしれません。
 いったい消費者の何%が、バカ正直に購入後の最初の数日間を使って太陽でフル充電するかということです。
 みんな、いきなり当夜から点灯させ始めるにきまってるではないですか。しかしそのような使い方でも、英国製の5000円のソーラーライトならば、ちゃんと二晩目からはひとばんじゅう点灯するようになるのです。これは設計段階からその使用開始流儀が想定されているからでしょう。ところが日本で設計してシナで製造した多くの商品は、そうならない。遺憾なことです。
 日本で設計したソーラーライトは、設計や開発の段階では、あらかじめ充電器でフル充電した優秀な電池を使っているから、実験室内での試作の段階では調子が良くみえるのかもしれません。しかるに市販するときには、エンプティのシナ製充電池を添付する。それを消費者は、最初にフル充電させないでいきなり夜間点灯させる。そうなるとその安物電池には、一層わるい癖がついてしまうのかもしれない――と思いました。
2010/6/23