チラ裏日曜版──なあに、反日免疫力がついて、心配のしなさすぎではないか。

 クリミア戦争から第一次大戦まで、戦争と革命を焚き付けたメディアは新聞(パンフレット)でした。戦間期は新聞とラジオと映画です。第二次大戦後はテレビが取って代わりますが、焚き付ける効果と同時にインドシナやソマリアから米軍だけ撤退させる影響力も発揮しました。
 テキスト系やオーディオ系のメディアの場合、真に効いた工作は、自国民の文言が自国民に向けて発せられたときです。隣国のアナウンサーの絶叫に感応して祖国を裏切ろうという気になる住民集団は、ほとんどいません。尤も、すでに祖国を裏切っても良いという気になっているマージナルな個人に海外から語りかけるラジオ工作は有効です。が、それをやったら必ずジャミングをかけられますし、外交問題にもなります。
 そこで、対外工作の基本は、「現地人を雇ってそいつにやらせろ」となりました。戦前、モスクワ・コミンテルンが日本国内で雇ったのが、尾崎秀実その他でした。今日、NYTが反日記事を載せたいと思ったら、朝日新聞社の記者を雇わねばなりません。ただし編集デスクにおいて、東京から入稿された英文にリライトをかけているのではないかと思います。あの新渡戸稲造ですら、ネイティヴの妻が英文をリライトしてくれていたので、その発言内容が米国のインテリ層にうまく受け入れられたのです。
 現地人をパッケージの製作段階で密接な協力者として雇う必要がなく、それでありながら外国に持ち込んで通用させ易いメディア工作の有力なものが「テレビで放映される番組」です。米国のようにケーブルで多チャンネル化が進んだ国でも、人気映画や高視聴率ドラマはやはり「大勢の人が同時に視る」ことになります。これこそ大衆が最も満足する体験です。まして日本のようにチャンネル選択幅の狭い国では、連続ドラマを放映させることが強力な宣伝になります。
 その代わりの難点として、宣伝教化媒体としてのTVドラマや映画には、もし真に宣伝したいイデオロギーを直截的に盛り込むと、テキメンに娯楽的でなくなってしまい、大衆が悦ばなくなるという特性があります。そこをさりげなく処理していくテクニックは、ハリウッド以外では未だどこも完成の域には達していません。