宇宙兵器の条約は2つある。外宇宙での核実験を禁止した1963条約と、大量破壊兵器の軌道周回を禁じた1967条約。

 ストラテジーペイジの2020-7-12記事。
  日本政府が地ージスを買うと決めたのは2017末。その前年に、ルーマニアで最初の地ージス基地が運開していた。また2018にはポーランドにも運開した。

 ルーマニアに地ージス基地がつくられたときは、まず2014にニュージャージーで施設を完成させておいて、それをバラバラにして60個の「40フィート・コンテナ」に詰め、ルーマニアへ輸送した。

 次にポーランドに同じ地ージスが持ち込まれた。さらにハワイにも。
 これら3箇所の地ージス基地は、各々、24発のミサイルを擁する。
 それらの開設コストは、1基地あたり、7億6700万ドルであった。

 地ージスのSM-3は、ブロック1だと、水平射程が700km。だがブロック2になると、その三倍。
 SM-3の到達高度は200km以上である。
 SM-3は四段式ミサイルである。

 米海軍はABM能力のあるイージス艦を約40隻、もっている。
 ABM能力のないイージス艦は米国内外に100隻以上ある。
 ABM能力のないイージス艦にABM能力を付与する工事には3000万ドルかかる。米海軍はその改修をどんどん増やすつもりである。

 ※2019に北鮮がイスカンデルもどきを発射して、非抛物線投射を実現した時点で、地ージス構想の理論が破綻した。イスカンデルは、通常の抛物線軌道の頂点に達する前に、高度60km未満で水平飛行になり、緩降下。その高速エネルギーと空力フィンを使ってターゲットの少し手前で再度上昇し、落下はほぼ垂直。射程が600kmでも山口県には届き、山口県の基地は破壊されてしまう。そもそも地ージス基地が山口と秋田に2ヵ所あれば日本全土をカバーできる、とする説明の前提は、敵の弾道弾が通常の放物線弾道で飛来し、そのミッドコースにおいて探知とトラッキングと未来位置予測が比較的に容易であることであった。この前提が消えてしまった。「低高度滑空跳躍型」だと、ブーストフェイズでの早期探知と落下点予想ができなくなり、ミッドコースの未来位置も予期至難。だから、探知のためのレーダーはもっと前に(日本海上に)出す必要があるし、逆に迎撃ミサイルは緊要防禦点のすぐ近く(太平洋側)に、分散的に配するしかない。ターミナルフェイズ迎撃しかできないのだ。

 次。
 Matt Jancer 記者による2020-7-12記事「Can Sugar Destroy a Car’s Engine?」。
    自動車のガソリンタンクに砂糖を混入するとその自動車は壊れるのだろうか。
 じつは、砂糖はガソリンには溶けない。だから、投入された砂糖は、ざらめ状に底に貯まるだけである。

 砂糖の結晶のサイズは200ミクロン程度だ。エンジンの手前にセベラル個あるフィルターの目は、200ミクロンよりも小さい。したがって砂糖はシリンダーの中まで到達できない。

 インジェクション式が主流の今日、それは当然である。
 古いキャブレター式であっても、複数のフィルターで事前に阻止される。

 理論的には、砂糖がフィルターを目詰まりさせることによるトラブルはあり得るが、それで発火したりすることはないだろう。

 大量の水が燃料タンクに混入すればエンジンは燃焼しなくなる。しかしちょっとの量ではダメだ。ピッチャーで注ぎ込んだぐらいでは。

 米国のGSでは、エタノール混じりのガソリンが1990年代から売られている。10%とか15%、稀には85%もエタノールを混ぜたガソリンも売られていることがある。
 エタノールは吸湿性が高い。だからみんな、水混じりのガソリンで車を走らせているようなものなのだ。それでエンジンが壊れることはない。

  ※砂糖がクルマを壊すというのは都市伝説だが、この記事は、砂糖の混入が生コンクリートをダメにするかどうかには一言も触れていない。

センサー破壊力がある、車載移動式の対衛星レーザー銃が、中共から世界に輸出されるようになるのは、時間の問題だろう。

 Mark B. Schneider 記者による2020-7-11記事「Arms Control, the ICBM Force, and Ballistic Missile Defense」。
      米露の間には「New START」条約という戦略核制限条約があるが、米国はこの条約が穴だらけになっているので、中共も引き入れた新条約をつくりたい。しかしロシアの方はそれに不賛成で、単に「New START」条約を延長させるだけにしたい。

 記者が望む新条項。ICBMやSLBMのランチャーをMD用としては使わない。
 ICBMのロケットをMD用に使うことも禁じたい。

 ミニットマン3をベースに新ABMであるGBSDをつくるという構想は、よくない。
 20年前、クリントン政権は、ミニットマン3をGBIに転用しないことにした。

 ICBMとABMのブースターを共通にすると、発射時の赤外線特性や挙動が同じなので、敵の早期警戒衛星が混同する。

 次。
 Brian G. Chow and Henry Sokolski 記者による2020-7-10記事「U.S. satellites increasingly vulnerable to China’s ground-based lasers」。
     DIAは2019-1に、中共が2020にレーザー砲を設置して衛星を攻撃するだろうと警告した。
 今日、中共領内の5箇所に、対衛星用のレーザー砲の基地がある。

 新疆には4つの大きな建物がある。うち1つは衛星追跡用。3つはレーザー砲台だ。

 大きな5箇所の他に、セベラル個の小規模基地がある。そこにはレーザーによって周回衛星の高度を測る設備がある。また、車載式で移動できるレーザー銃設備も2つある。

 衛星高度を測るレーザーの出力は2.8ワットである。
 上海にあるスペースデブリを観測するレーザーは60ワットである。

 こういう計算がある。1ワットのレーザー銃は、地上から1000回発射すると、衛星のセンサーにダメージを与えられるチャンスがある。
 40ワットのレーザー銃だと、そのチャンスは2倍になる。

 他国の、解像力10cm級の偵察衛星のセンサーを破壊したくば、中共は、撮影されたくない地上施設から10km以内に、威力のあるレーザー高射砲を据えておく必要がある。
 ぎゃくにいうと、レーザー設備が複数所在するエリア内には、中共がどうしても他国から隠したいモノがある。

 2010年にロシアと締結され、2021-2に期限が切れる「New Strategic Arms Reduction Treaty」の次の条約に、こんどは中共を引き込みたいと考える人がいる理由も、このへんにある。相互に核戦力を検証する手段、つまり戦略偵察衛星に対する妨害を禁止するという条項を盛り込みたい。
  ※中共が約束を守ると考えている時点で、非現実的だ。

 次。
 Sebastien Roblin 記者による2020-7-9記事「Missile-Armed Chinese Drones Arrive In Europe As Serbia Seeks Airpower Edge」。
    セルビアは中共から6機の攻撃型無人機「CH-92A」を調達した。
 欧州軍隊として、中共製のコンバットドローンを最初に配備することになる。

 CHは Cai Hong (Rainbow) の頭文字である。6機はイリューシン78輸送機に搭載されて7月1日に届けられた。兵装である「FT-8C」レーザー誘導ミサイルも18発、ついてきた。

 同機は3機がひとくみで運用される。したがって、いちどに飛ばせるのは2組=2機である。
 ことしじゅうにさらに6機のCH-92Aが届けられる。最終的には24機になるだろう。

 セルビアの大統領によれば、セルビアは「Pegaz-011」という国産のドローンを攻撃型に仕上げたい。そのために、セルビア人の技師たちが今、中国留学しているそうである。

 CH-92Aは滞空8時間、上昇限度16400フィート、最高時速124マイルである。
 滑走路に着陸させて回収するのが本義だが、パラシュートで軟着陸することもできる。
 ペイロードは165ポンド。

 FT-8Cは、全重44ポンドのミサイル。レンジは5.5マイルである。もっと小型軽量のFT-18Dというのもある。レンジは3マイルだが、重さ17.6ポンド。

 ところで、1機の CH-92A が、2020-1にカンボジア南部でパラシュート不時着している。いったいそこで何をしていたのかは、不明。

 Pegaz-011 という国産ドローンをセルビアは2011に初飛行させている。サイズはやや小さいものの、外見はCH-92に類似している。双胴でプッシャープロペラ式だ。
 Pegaz は12時間滞空し、高度は9840フィートまで行ける。レンジは62マイル。

 ドローンはできたが、兵装運用技術がなかった。その技術を、中共から移転してもらう。
 将来は、機体をもっと大きくし、ミサイルまでも国産したい。

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 STARS AND STRIPES の記者による2020-7-11記事「Service member tests positive for coronavirus after arriving on Guam via Patriot Express」。
      ひとりの米軍人がシアトルタコマ国際空港からグァム島に赴任したが、アンダーセン基地に到着したところで新コロ陽性と判明。
 この便は米政府のチャーター便だった。他の乗客、全員が、グァムの軍の施設内に隔離されることになった。民間人も含めて。期間は最短14日間である。

 7-4までにグァム島では312人の新コロ陽性が見つかり、5人死んでいる。202人はすでに解放されている。105人はひきつづき症状がある。
 312人のうち軍人が286人、民間人が46人である。

アフガンでA-29スーパーツカノが墜落したが、米人教官は射出座席のおかげで無事。

 J.P. LAWRENCE 記者による2020-7-10記事「US Air Force pilot safe after plane crashes in northern Afghanistan」。
   もうひとつの座席にアフガン人が乗っていたのかどうかについては、発表がない。

 先月、ペンタゴンが議会に報告したところによると、29人のアフガン人パイロットが、15機のA-29ライトアタック機を飛ばせるようになっている、と。
 アフガン人に対する米国内基地での操縦者錬成訓練は昨秋に中止されており、すべてアフガン国内で行なわれている。

 次。
 James Kraska 記者による2020-7-7記事「China’s Maritime Militia Vessels May Be Military Objectives During Armed Conflict」。
     昨年、米海軍作戦部長のジョン・リチャーズ提督は、中共海軍のカウンターパートに警告した。
 漁船からなる海上民兵のアグレッシヴな行為があればそれらは中共軍の一部であると看做して米海軍は反撃すると。

 中共の海上民兵は、一個の統一団体ではない。地方の各レベルから、無数の組織が重畳している。
 ほとんど漁業しかしていない団体もあれば、ほとんど漁業などしていない団体もある。

 中共は世界最大の漁船保有国である。2015統計によれば、非動力漁船は37万艘。動力付漁船は67万2000隻ある。これでは違法出漁&無届&根こそぎ操業が促され、沿岸資源がたちまち涸渇したのも尤もだ。

 2014-5には中共はベトナムのEEZに巨大試掘リグを持ち込み、その周囲をPAFMM(シナ海上民兵)の29隻のトロール漁船で輪形陣をつくって取り囲み、ベトナムの公船を寄せ付けなかった。「キャベツ戦術」と称する。

 2016-3には、百隻以上のPAFMM漁船団がマレーシアのサラワク沖EEZにあるラコニア礁に押し寄せた。これらの漁船には、その所属を示す旗や標識が一切なかった。そして中共のコーストガード船×2隻によって指揮されていた。

 中共がPAFMMの用法に味をしめたのは、1974に西パラセル群島をベトナムから奪った時である。米軍艦の介入をこれなら避けられるという手ごたえを掴んだ。

 こんにち、最も優秀なPAFMM漁船は、海上人民戦争の尖兵たるべく、機雷、高角砲、そしてミサイルで武装されている。
 海上民兵の漁船は有事には、敵国の商船の拿捕活動にも、従事するであろう。

 国際法上、沿岸漁業用の小型漁船は、所属国の海軍をアシストしていない限りにおいては、戦時に敵国から攻撃を受けることはない。これは1900年の『Paquete Habana』号事件の結果、判例になった。そしてハーグ条約の11章、アーティクル3に成文化されている。
 サンレモマニュアルや、米海軍指揮官用マニュアルでも、同様である。

 だがそうした漁船も戦時には臨検の対象となるし、敵国海軍指揮官が目視距離内から指図をする制限には従わなくてはいけない。

 遠洋漁船も、漁業だけしている限りにおいては、攻撃されない。
 しかしサンレモマニュアルは規定する。その漁船が機雷を敷設したり、兵員を乗せていたり、ISRに組み込まれていたり、指揮管制していたり、こちらの臨検という「belligerent right(交戦者の権利)」に抵抗したり、個人自衛用とはみなせない兵器(例えば高射機関銃)を備えていたりすれば、こちらの軍艦からの攻撃対象となる。

 またサンレモマニュアルによれば、その漁船に何の瑕疵がなくとも、戦時には、中立国領海の外では、拿捕の対象になり得る。

 次。
 Paul D. Shinkman 記者による2020-7-9記事「How the Coronavirus Has Changed the Way America Prepares for Nuclear War」。
      地下60フィートのICBM発射管制室に交代で勤務する空軍将校たち。
 新コロの流行で、スタイルを変える必要に迫られている。
 2週間連続で、地下に籠もりっぱなしにするしかない。

 げんざい米空軍は、2200名の新コロ陽性を把握している。これには民間契約者も含む。
 そのうち、ICBM関係部隊の者の比率については、敵に有益情報を与えないために、秘密である。

 2週間シフトにするのは、理由がある。次のシフトで地下に潜る待機組もまた、地上の隔離施設で14日間、外部の者とは接触を断つわけだ。
 このようにすることにより、地下サイロに新コロウイルスが持ち込まれてしまう最悪事態を、予防することができる。

 隔離待機期間や、地下サイロに詰める期間中、隊員を退屈にしないように、インターネット接続環境を、空軍は、改善する。待機組には、ビデオゲームも許す。

 次。
 Michael Shurkin 記者による2020-7-8記事「Modern War for Romantics: Ferdinand Foch and the Principles of War」。
       1903年に仏元帥のフェルディナン・フォッシュは『戦争の諸原則』という本を書いている。
 フォッシュをわかりやすくたとえると、WWII中の米陸軍のアイゼンハワーと、南北戦争中の北軍のグラント将軍をあわせたような役割を、WWIにおいて果たした。

 陸軍大学校の教官であったフォッシュは、いかなる犠牲を払っても攻勢を取れ、という主義を定着させた人物と思われている。その主義は、1914から1915の西部戦線で、天文学的な戦死者を仏軍に強いた。

 1916年までにフォッシュは考えを改めた。5歳年下のペタン元帥が主張した、重砲尊重主義に傾いた。

 ただし、ペタンの守勢主義にはくみしなかった。
 ペタン主義の間違いは、1940年に証明されているだろう。1940年にはフォッシュ主義が必要だったのだ。
 それで、フランス降伏後にボーフル将軍が、フォッシュ主義を再構築したのである。

 フォッシュは保守派で、いちど、カトリックに熱心である咎によって陸大教官の座を逐われたこともある。ドレフェス事件では、ドレフェス方を敵視した。

 1870年の普仏戦争の敗北を、フォッシュたちは、意志の敗北だったと考えた。当事者が負けたと思ったとき、その会戦ははじめて敗戦になるのだ、と考えた。これを最初に言った人物は、カトリック哲学者の Joseph de Maistre で、よく引用された。それにフォッシュはこう付け加えた。当事者が退却を承認しなかったなら、その会戦は、勝ったのである、と。

 一人で二兎は追えぬ。これはラテン語の警句である。
 ナポレオンはこう言っている。少数部隊で大軍と対したとき、わたしは全力をもって敵の一翼だけに集中し、敵を混乱させ、ひとつ、またひとつと、敵軍の一部だけを局所的劣勢に追い込んで殲滅し続けた。そうすることにより、トータルでは少数であっても、多数の利を手にできるのである。

 フォッシュは前衛部隊は独断専行しなければならないと信じており、みずからその主義に殉じた。1914-8-20に、動くべきではない部隊を敵陣攻撃に投入して、悪い結果になった。

 フォッシュは心理戦を重視した。戦略的奇襲とは何のためにするのか。敵人をして恐怖させ、麻痺させるためだ。ただしそれには物理的な殺傷は必須ではない。敵人が、じぶんたちは全く無力だと思い込むようになれば、それが奇襲の成功ということなのだ。

ルーマニア中部にある旧ソ連空軍基地を米軍用に大拡張しようというプランが進む。

 Andrew Gillen 記者による2020-7-8記事「A Better Solution for Student Loan Defaults」。
    米国で学生ローンの返済ができずに破産者になる人が多い。新コロで、ますます増えるだろう。
 そこで2種類の新制度が模索されている。どちらも、市場型の学生ローンだ。

 ひとつはISAs=インカム・シェア・アグリーメンツ。
 出資者が、某学生の将来の、ある決められた時期の期間収入に対し、先行投資する。その代価として、出資者は、その学生の卒後の某時期の収入の、決められた割合を「配当」として貰う(投資回収せんとする)。このような仕組み。

 もうひとつは、豪州と英国ではすでに実施されているLCL(=稼ぎ次第に返せばよいローン)。借りた学生は、卒後、たとえば10年間、年収の10%を返納し続ける。その期間の長さは、借りた額の全額が返せるぐらいに設定される。そのような仕組み。

 どちらの制度も、奨学生が卒後に年収が激減したときは、返さねばならぬ額もそれに比例して減る。1年間失業していた場合は、その年に返す額も「ゼロ円」に自動的になるので、崖っぷちには追い詰められない。

 記者は、このうちでも、ICLの方が、ISAsより優れた仕組みだと考える。
 理由の一。

 じぶんは卒後に高収入人生を歩むはず――と自信満々な学生は、ISAsを選ぶわけがない。なぜなら返納額が上限なしに比例加重されてしまう仕組みだからだ。したがって「逆選好」が働き、有能学生ほどISAsを忌避するはずだ。となれば投資者の側からも、この制度は魅力的には見えまい。

 理由の二。
 奨学生は卒後、高給ばかりを目当てに就職するとは決まっていない。給料は安いが休日が多い会社を選んで就職するかもしれない。そうなってもICLの方は、制度がダメージを蒙ることはない。
 また、ISAsの受給者は、卒後、じぶんの真の総収入を低く誤魔化したいという強い誘惑に駆られるだろう。モラルハザードが予定されているのである。

 理由の三。
 ICLは、それを提供する機関同士の自由競争が最後まで継続される。つまり某ICLの利用者は、その返済の途中で、別なICLに鞍替えしてもよい。奨学生の方で自由に馬を乗り換えられるわけだ。健全な自由競争が、ずっと続く。かたやISAsでは、学生が、どのローン機関を選ぶかの競争は、最初の一回でおしまいである。

 理由の四。
 ISAs は、どうみても奴隷契約に類してしまう。これはミルトン・フリードマンが指摘している。したがって、機関の側から世間に宣伝するときに、うしろめたい。
 それにISAsの契約では、奨学金希望学生が男か女かによって必ず、露骨な違いが生じてくるであろう。出資者の側としては、現役の婦人が出産のために仕事を中断することをとうぜんに望まない。これで宣伝になるのか? ICLでは、約款は男女にかかわらず同一だ。

 次。
 Sydney J. Freedberg Jr. 記者による2020-7-7記事「‘A Golden Age For Collaboration’ On Lasers & Microwaves: But Watch The Cheetos!」。
    これから四年以内にできる見込みのレーザー砲。

 米陸軍の短射程防空(SHORAD)プログラムは、50キロワットのレーザー砲で、8輪のストライカー装甲車にマウントする。対象は敵のドローン。2022年に試作予定。

 陸軍の間接火力防禦能力(IDPC)プログラムは、100キロワットから300キロワットを発生させる代わりに車載はできない。装輪牽引車で、陣地から陣地を移動させる。破壊対象は、亜音速の巡航ミサイルや、地対地ロケット弾。2024年に試作予定。

 米海軍の艦載兵器としては、60キロワットから150キロワットの実装を考えているところ。

ウクライナ・ゲートでトランプに不利な証言をした元補佐官の中佐、陸軍を出て行くことになりそう。

 Steve Forbes 記者による2020-7-8記事「New Developments Show US Ready to Compete with China on 5G」。
     OpenRANとよばれる、ソフトウェアベースの無線アクセス技術を推進させることで、米国は、ハードウェアベースの中共5Gの世界制覇を阻止できる。

 次。
 STARS AND STRIPES による2020-7-8記事「Marine Corps shutters Camp Hansen on Okinawa ‘until further notice」。
     沖縄県金武町にある米海兵隊のキャンプハンセンが臨時閉鎖された。閉鎖期間は、別命がある迄。理由は一切公表されていない。
 この閉鎖命令は、普天間でセベラル人の新コロ陽性が出た4時間後に出された。

 次。
 T.S. Allen 記者による2020-7-6記事「War Books: How to Win a Land War in Asia」。
    記者は米陸軍の大尉だが、WWII中の英軍のスリム将軍に関する回顧録類を読んで、いたく感心している模様。
 英第14軍の司令官、スリム将軍は、日本軍によるインパール攻勢を押し戻し、そのままラングーンを回復し、終戦時にはシンガポールで降伏式に臨んだ。
 米軍より装備は劣っていたのだが、そのハンデを非物質的な能力によって見事にカバーし、他国籍軍をマネージして勝利した。

 1935年、スリムはグルカ小銃聯隊を率いる少佐であったが、給与が少ないのが不満で離任し、ペンネームで小説を書いている。こういう英軍人は多かった。

 記者は『ビルマの竪琴』の英訳版も参照している。

恵山の不明者捜索ではなぜ犬が使われなかったのだろう?

 仙台市の風船事案で天体望遠鏡が動員されなかったのと合わせて、この国の公的システムには「?」が多い。

 次。
 Jenessa Duncombe 記者による2020-7-6記事「Five Things Spy Satellites Have Taught Us About Earth」。
    1971年から86年まで運用されていた写真偵察衛星KH-9ヘキサゴンが撮影した厖大な画像をNRO(米国家偵察局)は2002年に公開した。

 これまで、いろいろな研究者がこの画像を分析して、そこからいろいろな新発見をしている。

 まず驚くのがその解像度。今のグーグルアースより良い。幅60センチ以上ある地表物ならば、カメラは捉えていた。
 アングルはクォータービューである。直上からではない。したがって同一場所を写したヘキサゴンの画像を経時的に追って行くと、氷河がどのように溶けたかなどの貴重な3D情報が得られる。

 ある研究者はヒマラヤの氷河をヘキサゴン画像から3D化して、その40年間の変化を可視化した。
 同地の氷河は、アラスカ氷河などと違い、過去のデータが得られていなかった。その空白が埋まった。

 結果、1975年から比べてヒマラヤ氷河の厚さは75%に減ったと分かった。
 しかも、薄くなるペースが、加速していることも。
 2000年までは毎年25センチずつ薄くなっていた。それ以降は、毎年50cmだ。

 フィンランドのトナカイの群が、1960年代以降の同国の工業化によって広域移動をさまたげられつつあることも、ヘキサゴン画像分析で分かった。

 森林が切り開かれると地衣類が消滅する。つまり冬のトナカイの餌がなくなってしまうのだ。

 ペルーの西南地方では、谷地の地すべりが農業を脅かしている実態が、ヘキサゴン画像集から浮かび上がった。

 その原因は、斜面でいろいろな農業開発をすすめていることだった。それで地盤が不安定化したのだ。

 イランにはときどき活断層の大地震が起きる。1978年9月16日のマグニチュード7.8の地震ではタバス村の住民1万1000人のうち85%が死んだ。過去数千年、その村には地震がなかった。
 そこで、ヘキサゴン、スポット2、スポット6の写真をぜんぶ並べて比較したところ、断層を境にして地面がズレていた経過が把握できた。この地では3500年に1回、地震が起きるはずだとも突き止められた。

 アイスランドのクラフラ火山の地下ではマグマの源が遷移していることも、ヘキサゴンおよびスポット5の写真解析から分かった。

1階の怖さ。

 Alexandra Witze 記者による2020-7-6記事「How humans are altering the tides of the oceans」。
     ユトレヒト大学のポスドクであったタルケ氏は2000年代なかば、オランダのエムス川について調査していた。数十年前、この川底を深く掘る土工がなされて、新造船がドイツまで遡上できるようにされた。

 ところが浚渫をしたことで潮汐パターンが変わってしまった。干満差が、120年前と比べて、5倍になってしまった。

 げんざいカリフォルニア州立ポリテクニック大学の海洋学者であるタルケいわく。じつは潮汐は、いとも簡単に変化するものであったのです。

 そして変化の原因が、人類による土木工事であるという場合もあるのです。
 潮汐パターンの変化は、ごく小さなケースもある。しかし、沿岸に住んでいる人々は何百万人だから、どんな変化だろうと、人々への影響は、大きい。

 1899年、エムス川下流の浚渫をした技師たちは、仕切り堰よりも上流へ遡上する満潮波が強くなるであろうことを予測していた。しかしその予測以上に、満潮波はもっと大きくなった。

 月や太陽が地球におよぼす引力のパターンは短時間で変わるものではない。しかし河口地形が変われば、潮汐への影響はてきめんに現れる。特に、満潮時に河口から遡上する波に。

 ノースカロライナのケープフィア川も1880年代に浚渫されたのだが、その結果、中流のウィルミントン市で観測される干満差は1.55mになった。浚渫以前の2倍だ。
 同様の現象は、フロリダ州ジャクソンヴィル市が面するセントジョンズ川についても観られる。

 加州のサクラメントでは、1800年代後半に、満潮遡上波がなくなってしまった。ゴールドラッシュでズリ石が川に捨てられ続けたためだった。
 そののち、河筋を浚渫したところ、サクラメント川には満潮波が復活した。

 ロンドンを貫流するテムズ川も、何世紀にもわたり、狭く、深く、改修工事されてきた。結果、ローマが支配していた時代に2mだった干満水位差は、ヴィクトリア時代には8mになっていた。

 地形によっては毎日11mもの干満差が生ずるところもある。たとえばカナダのファンディ湾。

 2016にタルケは予測した。ケープフィア川を浚渫して深くすると、カテゴリー5級のハリケーンが来たときにウィルミントン市は1.8mの高潮にみまわれると。
 2018にカテゴリー1のハリケーンが実際にウィルミントン市を襲った。満潮線を1.1m上回る高潮となった。

ジョージ・ワシントンが槍玉に挙げられるのも時間の問題か?

 彼はプランター層の利益を代表して、英軍から逃亡黒人を取り戻そうとした。誰でも知っている歴史だ。

 次。
 Brendan Borrell 記者による2020-7-3記事「Australia Has a Flesh-Eating-Bacteria Problem」。
    メルボルンがある豪州ヴィクトリア州で、またしても、生きた人間の組織を栄養にするバクテリア「ブルライ・アルサー(Buruli ulcer)」の患者が報告された。

 この菌は、最近知られたものではない。アフリカで19世紀に発見されている。

 この細菌に感染すると、たとえば脚部に銃創のような開口傷ができる。今日の治療としてはまず、強力な2種類の抗生物質を投与する。あまりに強力なので患者の尿がファンタオレンジのような色に変わるという。

 ブルライとは、もとウガンダにあった地名である。ナイル川の源であるヴィクトリア湖の西岸だ。

 アフリカの湿熱地では、住民がこの菌に冒されると、死亡率は高くはないのだが、患者はまったく労働などできなくなる。村からは追放され、見棄てられた乞食となるしかなかった。

 豪州ではブルライ菌症は1930年代から報告されている。2017年に患者数が100人を越えるまではあまり注目はされていなかった。
 それいらい、340人の豪州人がこの菌にやられていると診断された。

 このバクテリアは顕微鏡で見ると桿状である。しかし染色にはコツが要る。
 ミコール酸(mycolic acids)という脂肪の一種でじぶんを防禦しているのだ。だから手強い。
 結核菌や癩菌も、同じマイコバクテリアに類している。

 このミコバクテリウム・ウルケランスは、華氏91度〔摂氏32.8度〕、だいたい人の皮膚表面の温度で最もよく増殖する。それより高温になると弱まるので、幹部に熱パッドを巻いておくと、患者はセベラル週でよくなる。

 WHOは2010年いらい17ヵ国で2万5919人の患者が出たと把握しているが、ナイジェリアやパプアニューギニアなどの機能していない統計もあることを想像すべし。

 この病気について最も早く報告したと思われる英人医師は1897年にウガンダの症例についてこう見ている。鋭い棒などで皮膚を引っ掻いたときに、この病気に罹るようだ、と。
 さらに分かってきたのは、湖や川で水浴びすると、この病気にとりつかれる。

 結核菌などと違い、ブルライ・アルサーは人から人へは簡単に伝染しない。

 1990年代なかばに豪州で症例が増加しはじめた。
 ある者が察した。ヴィクトリア州のモーニングトン半島と6マイル沖のフィリップ島が橋梁で結ばれたのが理由ではないか?
 また、リサイクル水を貯水してある池からゴルフ場に潅水されている、そのシステムが元凶ではないか?
 じっさい、ゴルフ場の潅水システムを改めたら、病気は収まった。その時は。

 その後、豪州では、菌を運搬している犯人として、有袋類の、尾に輪状の模様がある、クスクス(ポッサム)が疑われるようになっている。人家の天井裏に棲み着いたりするやつだ。

 アフリカでは、巨大な川虫(ジャイアント・ウォーター・バグ)が疑われている。こいつはよく人のつま先を刺す。

 次。
 Emine Saner 記者による2020-7-5記事「The death of the bra: will the great lingerie liberation of lockdown last?」。
   ロックダウンで何が変わるか。
 ケイト・モスのようにブラを着けないと宣言していた人以外にもその風潮が広まる。
 装着する必要はない、とじぶんで分かってしまった人が増えたのだ。

 特にワイヤー入りが不評である。
 100年前にブラはなかった。コルセットだった。

 人間の皮膚は1.6倍までは伸ばしてもまた戻る。しかし1.6倍を越えるとダメージを蓄積する。乳房には筋肉がついておらず、皮膚で引っ張っているだけ。そこを、身体を活動させるときに支えておかなかったら、ダメージが蓄積されてしまうはずだというのが、背景の理論。

 2013年にはフランスからこういう報告も出てきた。若年時からブラを着けない人は、胸部の構造がしぜんに強化されるので、後年、垂下しない、と。

 しかし、科学的な比較実験が難しいのが、この論争の決着を、長引かせている。

被牽引のトレーラー部分が、4輪付きで船外機付きの硬式ボートになっているような、水害派遣用の装備が必要かも。

 2020-6-30記事「Forbes has censored Michael Shellenberger’s sensible critique of eco-alarmism」。
   『タイム』誌上で、気候温暖化について30年間、ず~っと警鐘を慣らしていたマイケル・シェレンバーガーが、転向表明して謝罪した。気候変動は起こり続けるものなのであり、それは世界の終わりを意味していないと彼は結論したのだ。IPCCにとっては身内からの反乱である。

 この投稿が最初に掲載されたオンライン版の『フォーブズ』は、何の説明もなしに、常連寄稿者であるシェレンバーガーの記事を削除した。これは検閲であろう。

 シェレンバーガーの主張は、近々、その新刊の『アポカリプス・ネヴァー』で詳しく語られるだろう。

 次。
 J.P. LAWRENCE 記者による2020-6-4記事「Military experience inspires Harvard professor’s nanofiber body armor research」。
     ハーバード大のバイオ工学と応用物理学の教授、キット・パーカーは、アフガンに4回も派遣された陸軍予備中佐である。彼は銃弾と熱傷の両方を防ぐことが可能なナノファイバーの開発チームを率いている。そのきっかけは、兵士の急所を爆圧からプロテクトする方法はないかと考えたこと。

 彼は2013年に大問題を発見した。兵士のボディアーマーが股間をプロテクトしていないので、IEDの爆風で多くの兵士が股間をやられていたのだ。

 長いナノ繊維をスパゲディ状にからげて、空気スペースも含ませる。かくすることで、同じ防弾力でも軽量化ができ、しかも、ブロートーチの熱に30分も耐えてくれる。

 これを使えば防弾「マスク」もできるし防弾「さるまた」も可能になるのだ。

何か仕事ないですかね

 Lisa Hix 記者による2017-7-3記事「Kaboom! 10 Facts About Firecrackers That Will Blow You Away」。
        七月四日の米独立記念日には、打ち上げ花火ばかりではなく、地上で爆竹も鳴らされる。この爆竹が輸入される前は、銃器の発砲や、鉄床発射(アンヴィルを2個上下に重ね、その隙間に黒色火薬を装填して導火線によって爆燃させると上側のかなとこが宙に舞う)などで景気付けをしており、とても危なかった。

 米国が独立してから最初の11年は、記念日に花火は使われていない。窓辺の蝋燭、大篝火、鐘、マスケット銃の空砲、パレードはあった。

 ついで、鉄床飛ばしが登場した。これはもともと英本国でやってた。
 飛ばされる方のアンヴィルは、天地をさかさまにして載せる。炸裂音は隣村にまで轟いた。群集は、落下してくるかなとこを避けなければならない。それが馬鹿騒ぎ向けで、面白かったようだ。

 1787年に、清国から戻った貿易船が、爆竹を積んでいた。初めて、ファイアークラッカーが米国に輸入されたのである。

 南部諸州では、7-4イベントは1930年代より前には盛大に祝われることはなかった。というのは、彼らはアンチ連邦主義者だからだ。

 南部ではそのかわりに、1830年代以降、クリスマスシーズンに爆竹が鳴らされた。

 クリスマス期間には、奴隷の黒人たちが、爆竹を買って鳴らした。
 そのカネが無い場合には、豚の膀胱に空気を入れて火にくべ、破裂させた。

 南部のプランテーションのオーナー達にとって、奴隷労働者が集まって独立記念の気勢を上げるのは怖ろしい。そこで、やるならクリスマスにやれ、ということにしたのである。キリスト教の神は、人々を平等にしてくれるが、それは死んだ後である。だから荘園領主たちには都合が好かった。ゆえに、当時の爆竹の商品ラベルにも、よくサンタクロースが描かれている。

 爆竹は北米で製造してもまったく商売にならなかった。というのは19世紀のシナの家内工業は、1人1日17時間、7セントという工賃だった。それが週に7日なのだから、まるで競争になるわけがない。

 爆竹は誰が作っても似たようなものなので、差異化のために、木箱の表紙絵に工夫が凝らされた。1910年代にシナに持ち込まれたリトグラフ印刷機が、その競争に拍車をかけた。今日、コレクターの手に、さまざまなボックスアートが蒐集されている。

 シナでは紙の入手は一苦労だった。常に不足していた。それで1920年代に、古新聞で爆竹の筒を巻けばいいというリサイクルを誰かが思いついた。

 米国では当時、古紙回収はボーイスカウトや教会の仕事であった。
 米国で回収された古新聞が、爆竹を積んできた商船の空いた船倉に積み込まれて、またシナまで運ばれた。このパターンは1970年代まで続いた。

 爆竹の黒色火薬にアルミ粉を混ぜると、強烈な閃光を放つ。これは1916年以降の製品で、シアトルの企業が考えて、シナで量産させた。

 1912年の辛亥革命は、白人の工場オーナーをシナ領内に居づらくした。そこで欧米資本の爆竹工場の、あるものは香港に、またあるものはマカオに移転した。1925年までに。

 1972年にニクソンが、シナ本土の工場からの対米輸出を解禁(朝鮮戦争いらい経済制裁をかけていた)するまでは、マカオ製の花火が米国市場を席捲していた。

 1974年までに、米国で売られる爆竹はすべて中共本土製となった。価格競争力が段違いだからである。

 爆竹で子供が大怪我したり家が焼けるという報道は米国では1875年からある。
 1950代に再びそれが大問題になり、1発の薬量が50ミリグラム以下に規制された。

 「セフティ・ヒューズ」も工夫された。これは導火線の中央部や根元からいきなり点火することがむずかしくしてある。端からしか点火できない。
 成分として、塩化カリウムや硫黄の追加もできないようにされた。爆発力を抑制するため。

 1967年には、大型爆竹である「M-80」や「チェリーボム」の売買は「重罪」とされた。
 今日、18の州では爆竹そのものが所持禁止品である。

 その他の州で売られている爆竹は、長さ1.5インチか、「八分の七」インチかのどちらかに収斂している。