■次期戦闘機の長期開発事業を、「量子センサー」技術が攪乱し始めたかもしれない

 ※このエッセイは、「water_dog」さまからの有償仕事依頼に応じて、兵頭二十八が書いています。

 イギリス政府が、「日英伊」共同の次期戦闘機開発プログラムのために合意していたはずの出資金を、約束の期限までに用立てないかも――という報道が、聞こえてきました。
 (ボリス・グルケヴィチ記者による2026-6-2記事「イタリアと日本が懸念したのは正しかった:英国はGCAP資金提供を延期する見込みで、プログラム全体に後退の恐れがある」。)

 すぐ私が想像をしましたのは、英国内で密かに、何かとてつもない「量子センサー」関連技術の進捗が報告され、その趨勢を大観した英政府は、もはや有人戦闘機の時代は終わってしまうと判断をしたのではないか・・・という《穿ち》でした。
 ……しかし、どうも表向きの説明は、現・労働党政権がたんじゅんに国防費を増やすことに「政治的資源」を使う意欲が低い――といった話であるようです。
 (英国の財政が惨憺たるありさまになっている実情とその由来の深刻さについては、イドリース・カフルーン記者による2026-6-10記事「イギリスはどのようにしてミシシッピ州と同じくらい貧しくなったのか 自己破壊に関する事例研究」が、解説してくれています。)

 高市総理がちょうど訪英していますので、正式契約がどうなるか、おのずとハッキリしますでしょう。
 ただ、世界のあらゆる新型戦闘機の開発が10年から20年がかりの長期計画となるのにはおかまいなしに、量子関連技術の展開は脱兎のスピードであることは、間違いのないことです。

 これについては最近、2つの注目すべき記事が公開されています。

 まず、アタルヴァ・ゴサヴィ記者による2026-6-6記事「米陸軍、戦場で無線信号の位置を特定する《画期的な》量子センサーを開発」というもの。
 私の脳みそで要約いたしますと、米陸軍の戦闘能力開発コマンド(DEVCOM)直属の研究所が、わずか数センチメートルほどのサイズしかない、一種の量子センサー(ルビジウム蒸気を充填した微小カプセル内にレーザーを照射し、原子をリュードベリ励起状態にするもの)によって、長波からマイクロ波までのあらゆる帯域の電磁波が到来する方角を、誤差2度で三次元的に捉えることに成功した、というのです。

 これが本当ならば、敵軍機編隊間の「リンク16」等のやりとりを手がかりに、各機の現座標とベクトルを遠くから三次元的に推計してしまう、パッシヴ・レーダーもどきが作られるのは、時間の問題かもしれません。
 また現状、「リンク16」等はデジタル暗号化されていますが、やがてそうした信号スクランブルをマシーンが瞬時に戻してしまえるようになる未来をも、量子技術やAI技術は、いまから数年以内に、もたらすことでしょう(後述)。

 とりあえず「方探」として実用レベルな量子センサーを、たとえば、超長射程の地対空ミサイルもしくは空対空ミサイルの弾頭に組み込むことも、いずれできるようになるはずで、そうなった暁に、有人の高額なステルス戦闘機に、チャンスはあるでしょうか? 20年先のことを考えますと、私は、チャンスは無いと思います。

 もうひとつの記事は、さらにショッキングでした。
 2026-6-4に、Burak Oktenli 記者(若手の院生らしいです)による「アメリカの自律型兵器開発における量子時計は既に時を刻み始めている」という興味深い記事が公開されました。
 それによりますと、今、世界の先進国軍は、仮想敵の陣営内でやりとりされている暗号通信を、網羅的に傍受してその記録をひたすらに溜め込んでいる最中なのだそうです。
 今は、それらの信号の解読はまだ無理なのですけれども、量子コンピュータが実用化される数年後には、それを解読してしまえるようになることが確実なので、そのコンピュータさえ他国に先がけて概成してしまえば、溜め込んだデータが一気に平明化されて、たなごころを指すが如くに敵陣営の「脆弱性」を衝いてやることが、思いのままとなる。

 これは何を意味するかというと、2030年代まで使うつもりの「暗号規格」は、今すぐに抜本的に見直す必要が、出てきてしまったのです。
 次期戦闘機の通信システムも、一から考え直さなければ、せっかく完成させたそのシステムが、一夜にしてサンク・コスト化してしまうだけでしょう。多士済々の英国指導者層の中には、そこまで読める者がいるでしょう。そして、そこまで読んでいることを他国に対して隠すために、国防大臣が憤然と辞表を叩きつける演技は、有効じゃないかと、私は思います。

 続きましては、ウクライナ情勢です。

 ハワード・アルトマン記者によるインタビュー取材記事「ウクライナのAI搭載ドローン作戦の内幕:ロシア軍の兵站拠点を標的に 敵陣深くへ」が、2026-6-9に公開されています。

 長期戦争において侵略者の兵站活動を漸減してやろうと防禦国側が欲するのなら、反撃用の片道攻撃無人機の航続距離は長ければ長いほど好い。その理由が分かりやすく説明されています。
 だいたい彼我対峙線から50kmくらいまでは、ウクライナ戦線では「短距離」の扱いです。

 彼我対峙線近くでは、敵側の補給物資は、一人一人の兵士が担いでいます。それを漸減してやろうと思ったら、一人一人の兵士を爆撃する必要があります。

 しかし、彼我対峙線から向こう側へ距離が遠ざかるほど、敵の兵站物資は、集積度が高くなる。それはトラックになり、中間貯蔵所になり、長蛇の貨物列車になり、さらにもっと奥まれば、そこには生産工場の大規模倉庫があるでしょう。集積されたものを爆砕してやった場合の効果は、甚大です。

 短距離の攻撃ができる固定翼無人機(具体例として、1年前から受領している「ホーネット」)を、それ以遠の「中距離」(現状では250kmまで)に飛ばしてやるための、アゾフ部隊内での改造が、うまく行きつつあるそうです。
 並行して、1機ごとの弾頭の炸薬量や「指向性」も強化されてきており、たとえば列車の機関車に1機が直撃すれば、それを破壊できるようにもなってきました(他のソース参照)。

 都合のよいことに、こちらが狙える目標のオプションが敵領土の奥地へ及べば及ぶほど、敵側としては、どこを守ったらよいのか、見当がつけられなくなります。300平方キロメートルの範囲にある道路や鉄道線路のすべてを濃密に防空することなど、露軍にもできません。

 記事によれば、優先されるべき破壊目標は、敵の燃料補給手段です。敵軍に燃料不足を強制してやることで、敵はドローンを最前線に車両で届けることもできなくなり、また、ドローン運用に不可欠な「発動発電機」を回すこともできなくなる。結果として、敵のUAV作戦は鈍化し、宇軍の無人機が、特定戦線に於いて数で露軍を圧倒できるようになる。

 米軍への教訓。最前線の各師団もしくは各旅団内において、このアゾフ部隊がしてみせているような、無人機の独自改造ができるようになっていなくては、これからの戦争では、にっちもさっちも行かないであろう――とのこと。

 ついでにロシア関係の余談です。2026-6-6頃に、プーチンは、ロシア国内では12歳から就労ができるようにしようとしているという速報がSNSに出ています。調子は全般に悪そうです。

 続いて、ミサイル防衛に関する、注目の記事。
 サイエダ・タリーム・ブハリ記者が2026-6-11に「飽和戦時代のミサイル防衛」を公開しています。

 2026年にイランは、地対地弾道ミサイルの弾頭部をクラスターにしたものを使用した。これは今後、流行するだろう。
 これをABMで迎撃しようと思ったら、飛来するミサイルが小型爆弾多数を分離する前に破壊をしなければならない。

 それは非現実的である。高高度で迎撃しようとすればそのABMは箆棒な単価になる。低高度で子弾を迎撃しようとすれば、すぐシステムが過負荷に陥って機能しなくなる。

 アイアンドームのようなシステムは、もはや時代遅れになったのだ。

 この記事いわく。飽和攻撃型の戦争では、防衛網が突破される可能性は統計的に確実である。したがって、国家のレジリエンスは、攻撃の阻止だけでなく、迎撃が失敗した場合の社会混乱の最小化にもますます依存する。

 続いて、「シャヘド」型の固定翼特攻無人機を空中で阻止する「インターセプター」(迎撃ドローン)のトピックスです。
 アルテム P.記者による2026-6-12記事「迎撃ドローンがテープとアルミホイルで覆われているのはなぜですか?」。

 補修のためでなく、レーダー反射を強化するためのテーピングを、宇軍の最前線の迎撃部隊が、インターセプターに施しているそうです。
 これは、味方の地上レーダーに映りやすくしてやることで、空中で「シャヘド」と会敵するための地上からの誘導が、やりやすくなるからである、とのこと。

 「シャヘド」迎撃は、自国領空でするのだから、こっちのインターセプターをステルスにする必要度は低いわけです。

 これに関連して、アパッチ墜落の一件の真相。
 『ディフェンス・エクスプレス』の2026-6-11記事「シャヘドのドローンがAH-64アパッチを撃墜した可能性:史上初の事例の一つ」。

 ホルムズ海峡でイランのSAM/MANPADSが米陸軍のAH-64アパッチ攻撃ヘリを撃墜したのかと、世界は一瞬思ったが、乗員2名が無事だったということは、これはアパッチ・クルーが未熟だったのだ。
 アパッチは高速なので、易々とシャヘドに追いつき、近距離からチェーンガンを当てたのだろう。シャヘドの90kgの炸薬が轟爆し、その爆圧をくらって、AH-64は海上に不時着するしかなくなってしまったのだろう。

 この一報を承けてトランプ大統領が怒りのコメントを脊髄反射式に公表していました。私(兵頭)が惟いまするに、もしもヘグセス長官が、真相を伏せて大統領に報告し、あたかもIRGC(イラン革命防衛隊)がアパッチを狙い撃ちに撃墜したのだとボスに思わせたがったのだとしたのならば、憂うべき行動だと評されるでしょう。

  ――《令和八年六月十五日・記》――


■国家情報会議(国家情報局)と《報道ウィルス》

 ※このエッセイは、「water_dog」さまからの有償仕事依頼に応じて、兵頭二十八が書いています。

 2026年5月27日、参院本会議にて、国家情報会議設置法が成立しました。この新法に基づいて、7月にも、内閣情報調査室を発展的に解消して「国家情報会議」が設置されるだろう—と報道されています。

 わたしはこの旧組織にも新組織(国家情報局? JCIA?)にも、ほぼ、関心が無いです。せっかくですので、ここでその理由を語ろうと思います。

 高市総理は、首相になる前から、わが国にセキュリティ・クリアランス制度を早く導入しないとダメだぜという覚醒した認識をお持ちで、自民党内の旗振り役でした。

 わたしが「セキュリティ・クリアランス」に関する海外の事案を「放送形式」で初めて紹介したのは、検索してみますと、2010-9-2です。いらい、つごう数十回は、関連の英文報道を抄訳してきたでしょうか(いまやグーグル翻訳を誰でも使えるのだと理解して後は、私は断然この無料サービスから撤退をしておりますこと、皆様ご案内の通りです)。この問題に関心のある方なら、既掲載分には、すべて目を通しておく価値があるでしょう。

 現実的には、わが国に米国式の透徹したセキュリティ・クリアランス制度を移植しようとしても、バックグラウンド・チェックに必要な人手すらもぜんぜん足らず、どうにもなるまい、と想像をしています。

 おそらくじっさいに、こうなってはもはや、のんびりやっている場合じゃないという政府内の焦慮から、とりあえず出席者全員に守秘義務を課す「国家情報会議」を設けて、米国政府の要路者に対して「この会議のメンバーならば、貴国のハイランクのセキュリティクリアランス保持者とほぼ同等ですよ」と――ちょっと苦しいけれども――言い得るようにするのが、新法の背景にある政治的要請でしょう。

 「擬似セキュリティクリアランス」が法環境的に担保されることで、ようやく、米政府内の要路者は、緊要な情報を、求められるスピードで、米国内法に抵触することなく、提供してくれる道筋が、見出されるでしょう。(クリアランスを何も持っていない日本人公務員に対して機密を教えたら、それだけで刑務所行きとなる可能性が、現状では、ある。)

 「国家情報局(もしくはJCIA、もしくは日本版ОDNI)」が開店したあとの日本の社会に、何か変化はあるでしょうか? 何もないだろうと思っています。

 いますでにある傾向が、強まる蓋然性はあるでしょう。具体的には、過去に海外に旅行して、いつ、どこで、誰と会って何を語ったか、「身上履歴書」に細かく書き出せない者は、「擬似セキュリティクリアランス」を得にくくなって、「国家情報会議」に顔を出せるポジションから、あからさまに厳然と遠ざけられるでしょう。すなわち、重要省庁の最高幹部には、出世できないことを、それは意味します。政府与党の最高幹部にも、なれません。

 そういう人たちは、古い野党や、オールド・メディアに就職して、「国家情報局(もしくはJCIA、もしくは日本版ОDNI)は、悪の陰謀組織だ!」と、さえずり続けるしかないでしょう。攻撃対象が「秘密」なので、何とでも、いかようにも、難癖はつけられます。かたや、秘密を守らねばならぬ組織や個人の側からは、秘密を開示しての反論は許されませんから、あたかもコンピュータ・ウイルスが日々、手口を進化させて絶滅の運命を拒むのと似て、この《報道ウィルス》は、半永久に蔓延することが確実です。

 健全且つ平穏な精神活動を《報道ウィルス》などに掻きまわされてしまう日常は御免こうむりたいな、と、あなたが思うのであるなら、メディアの世界で「秘密」がどう処理されるのかについての「リテラシー」を身につけることです。
 こればかりは、AIに即興で問い合わせたってダメで、過去の論筆者たちが、何かの真相に迫ってやろうと思っていろいろなことをさんざん調査してまとめた書籍を、大量に読むことでしか、身にはつきません。

 一例として、ウィリアム・マンチェスター著、宮川毅tr.『ある大統領の死』(上巻S42-4、下巻S42-6、原1967)を挙げましょう。わたしは中学生のとき『ダラスの熱い日』という当時(1973~74)最新の陰謀論の映画を、田舎の善光寺下の映画館で観て、そんなこともあったんだろうなと空想をしていました。が、この古本を通読すれば、すでに1967年の時点で、オズワルトの単独犯行だったことが、十分な説得力を伴って、1人の調査報道記者によって明らかにされていたんだと知ることができる。この本以降の陰謀論は、何なんだ? と問い詰めたくなるレベルです。大衆世間は何度でも陰謀論のエサに喰いつくから、好い商売なのでしょう。しかし、あなたは、そんな無限ループから解脱することができます。保証はしませんがね。

 もうひとつ。2023年に満100歳で大往生したヘンリー・キッシンジャー氏のことを、私はよく想像します。現役の閣僚だったとき、この人はさんざんに「密約」外交を推進した。
 現役閣僚を退いて以降の数十年間、この人には国家最高レベルのセキュリティ・クリアランスは、付与されていないはずです。
 けれども、現役時代に、「秘密」がどのようにハンドルされるのかを見覚えた人だったら、おそらく、その後も、公開情報を耳にしただけで、今、リアルには何が進行しているか、あるていど、推測することができたでしょう。

 こんな玄人のリテラシーの域に、近づくことはできるでしょうか? 意欲のある若い人は、秘密外交について書かれている過去の著述を、ぜんぶ読むことができますよね。一生のうちに読みこめる情報量として、それはキッシンジャー氏の見聞に劣るでしょうか?

 今日、「プロジェクト・グーテンベルグ」や「オープン・ライブラリ」にある外国語の書籍を片端からオンラインで閲覧して、AI翻訳させたら、原文が何語だろうと、日本語に直して速読することができるのですから、こんな恵まれた時代はないですよ。修行僧のように国会図書館や防研図書室に日参する必要も、今の学生さんには、ないんじゃないですか?

 最新の、セキュリティ・クリアランス関係の外国ニュースをフォローしたいがどうしたらよいかわからない、という人は、まず手始めに「realcleardefense.com」の記事タイトルを眺めることから一日をスタートすることを、おすすめします。トップ画面で記事タイトル一覧が出てきます。それを、グーグルに訳させれば、関心領域の記事があるかないか、絞り込める。そこで目についた記事の本文を開いたら、それも、たちどころに全訳されるんですよ。そういうことは皆さんの方が、御詳しいだろう。

 私がさいきん、注目したところでは、フレッド・フライツ記者による2026-5-29記事「ODNIの完全廃止と、CIAによる米国情報機関の主導権の回復が必要である」が有益でした。この記事も「リアルクリアディフェンス」の姉妹ウェブサイト(外交や経済など多岐)を案内口として、辿り着けたと記憶します。

  ――《令和八年六月四日・記》――


■このごろ注意を惹いた軍事ニュース ならびに兵頭二十八によるその考察

 Sofiia Syngaivska記者による『Defense Express』の2026-5-59記事「Engine Noise Gives FPV Drones Deadly Advantage Over Motorcyclists」。
  記事の要点は、内燃機関エンジンを回して真っ昼間に一本道を高速疾走しているライダーの耳には、後上方から接近する「自爆型クォッドコプター」(おそらく有線リモコン)のドローンノイズが聞こえず、そのため回避チャンスはほぼゼロだ、というもの。証拠のビデオ・シーン複数が添えられている。

 この添付動画、数分間の尺のなかに数十例の、各種露軍車両に対する宇軍FPVドローン攻撃の成功事例が詰め込まれていて、ぼんやり眺めているだけでもすこぶる有益だ。私は、このビデオから、もし自衛隊車両が走行中、敵の特攻無人機の接近に気付いた場合に、どうすれば生残確率を高められるかのヒントを得てしまった。それは、低速「盆踊り」だ。

 このビデオには、地上で「円運動」を続ける車両にFPVドローンがヒットする例が、1つも含まれていない。このことは、ドライバーがそのような回避策を咄嗟に講じた車両に対しては、特攻機はことごとく失中したのであろうことを示唆している。

 旧海軍は、大型軍艦が敵機から空襲されたときに、面舵一杯または取舵一杯で高速転回を続けることを「盆おどり」と称した。
 陸上車両の場合、高速でハンドルを切りすぎれば横転してしまう。したがって、「円運動」をしたければ、低速でするしかない。
 低速におとすということは、「お客さん」の歩兵たちが、随意・随時に車外に飛び降りられるようになることをも同時に意味する。また、オープントップの荷台上から、銃撃等による積極防禦策を試みやすくなることも意味するだろう。

 軍用車が低速円運動を続けることによって、果たして、FPVドローンの最終突入を有意にかわせるのかどうかは、「実験」を24回以上やってみて、データを集めることで、統計的に明らかにされて行くだろう。

 以下、余談あり。
 日本の四大オートバイ・メーカーは、昔のBMWが採用していた「水平対向2気筒内燃エンジン+シャフト・ドライブ」の相似型商品をそれぞれ1車種だけ、国内のどこかの小規模ラインにて細々と製造維持するように、国策によって要請されるべきだ。そのエンジンは、有事には、そのまま、プロペラ駆動式の固定翼UAVの動力として転用できるから。
 シャフトドライブ式でない(つまりは現在ほとんどの)オートバイ用エンジンは、エンジンからのトルクを出力する回転の軸と、プロペラのスピナー軸とが、位相が90度ちがってしまうために、とても面倒な「リレー」を付け加えないかぎりは、固定翼無人機の動力として、使い物にならない。これでは、せっかく月産数万台もあるエンジン量産ポテンシャルを、近未来の無人機戦争に活用することができかねるのだ。

 さらに余談。
 日本の防刃衣類メーカーは、戦場ライダーが着込むことによって、FPVドローンの近距離爆発の毀害をすこしでも抑制できるようなデュアルユース商品を、早く製品化すべきじゃないか? 「母衣/保呂」が復活するかもしれないと思う。実験あるのみだ!

 次のニュース。
 コルトン・ジョーンズ記者による2026-5-27記事「DARPAは、バンカーバスター兵器の物理学を根本から変革しようとしている」。
  記事の梗概は、イランが再建していると伝えられる大深度地下の核工場を破壊するための、まったく異なったメソッドが米軍内で模索されているが、衝撃波を利用するという以外、その詳細は隠されている、というもの。

 誰でもピンと来るだろう。これは「腎臓結石を超音波パルスの多軸からの一点集中照射によって破砕する」技術の、軍用版であろう。
 炸薬を使うのか、無炸填のソリッド徹甲弾の超音速衝突エネルギーだけを使うのかは、どちらもありだと予期しておくべきだろう。

 さらに、余談あり。
 こんな技術が実現可能だとすれば、わが国は、まったく無炸填のソリッド徹甲弾だけをIRBMの頭部に詰め込んで、「敵国」のICBMサイロの周囲にその複数弾頭を「同時弾着」させ、そこから放散される「衝撃波」を敵のサイロに一点集中させることで、それを粉砕することが、可能になるかもしれない。

 次のニュース。
 ロイターのイ・ソンヒョン記者による記事「習近平が平壌に行く理由」。
  記事の要点は、習近平が近々、平壌を公式訪問しそうだというもの。

 いったい何を要請するのかだが、私おもうに、それは海底ケーブル/海底パイプラインの切断工作を、これまでのように中共船ばかりが担当するのは面白くないから、これからは、お前らが手先となって大いにやりなさい、と迫るつもりではないか。しかし北鮮にはそのための船がないゆえ、中共から安価に譲渡するなど、便宜は図りましょう、というのではないか。

 中共は対米AI戦争に勝てるとは思っていない。しかし米国のAIにかろうじて対抗することならばできる。ひとつの手段は、究極有事となったとき、中共は海底ケーブルをすべて切断しても堪えられるが、米国や日本や韓国は堪えられない、その戦略的な非対称を梃子として役立てること。

 これに関連するニュース。
 フランツィシェク・コプチェフスキ記者による2026-5-24記事「アラミドシールド:能動的な海底防衛のための捕獲ドローン」。
  バルト海で海底ケーブルやガスパイプラインを破壊しまくっているロシア&中共船を速攻で捕縛するために、ケブラー綱で商船のスクリューを絡め取るという方法が可能だ、と論じている。

 さらにこれに関連するニュース。
 エリック・バーガー記者による2026-5-26記事「中国の使用済みロケット弾に関するアナリストの見解:『事態は悪化の一途を辿るばかりだ』」。
  要点は、衛星投入ロケットの第二段より上の処理が、中共の場合、非常に無責任で杜撰であるというもの。宇宙のゴミを減らそうという考えが少しもない。

  私おもえらく、スターリンクが周回高度550kmに数万機のインターネット中継衛星を回すなら、中共は同じ高度帯に数百万のデブリを流し込める。それこそが「宇宙のパールハーバー」になるだろう。そしてイーロン・マスクは一度、プーチンから低軌道核爆発によるスターリンク破壊の脅しを受けて屈した過去もあるのだ。

 次の注目ニュース。
 ディフェンス・エクスプレスの2026-5-24記事「ウクライナのホーネット無人機は、クリミア回廊を標的に、気球を展開することでより遠く、より長く飛行できる可能性がある」。
  固定翼の自爆無人機を気球から逆さに吊るした姿で放球し、季節風にのせてロシア軍支配地の奥深くまで到達させ、高度8000m以上から自動的にリリースしてやると、ほとんど電池でプロペラを回す必要もなく、滑空だけで敵の発電所やガス関連プラントまで到達できることが、実験で確かめられたという。

 ペイロード5kgくらいの、至って安価な無人機であるところがミソ。これが高度8000mでやって来ているのを露軍がレーダーで探知できたとしても、それを撃墜するには、気球+無人機の値段の数十倍もするSAMを消費するしかないのだ。

 次の注目ニュース。
 ジョセフ・トレヴィシック記者による記事「超大型空母USSジェラルド・R・フォードが陸上施設向けの浮体式原子力発電所として機能へ」。
  この記事が列挙している、過去の実例の参考価値が高い。

 「MH-1A」という、洋上原発があった。WWII中に戦時標準商船として大量建造された「リバティー・シップ」の1隻を改造した。当初は『SS Charles H. Cugle』と名付けられ、後に『Sturgis』に改名。
 出力 10 MW で、米国陸軍工兵隊 (USACE) が主管。1968~1975年に、パナマ運河に電力を供給した。

 AI時代に陸上原発が不足するのはもう明らかなので、活路は浮体原発となるだろう。
 小さなものを多数こしらえるのが、合理的だろう。敵は必ず、エネルギー関連プラントを狙って攻撃してくるから。


■湯倉神社(函館市湯川町)に現存する石碑について

 「バイトが見つかりますように」と願を掛けに行ってみたところ、境内の向かって右手に、古そうな忠魂碑が聳立していた。
 「忠魂」の揮毫の主として「勇作 書」とだけ、表面の左下に彫られている。
 これは、あるいは「上原」とあった、その上の部分が剥落してしまって、そこを復刻しないでセメントか何かを塗ってしまったのか?

 確かめるために、碑の裏側を見ると、明治44年9月に建てたことが、刻まれた文字から、かろうじて判明する。
 上原勇作はM41末からМ44-9-6まで「第七師団長」であったから、符合すると思う。


■イラン事変はこれからず~~~っと長引きます――とベッセント氏は来日して説明をするのだろう。

 ホルムズ封鎖が長引くと、中共こそが大弱りになって、AI開発ペースが遅くなる。それは米国、ひいては日本の安全保障にとっても悪い話ではないので、当分のあいだ、エネルギー国際価格の高止まりを我慢してくれ――という主旨の説得であろう。

 さてそうなるとわが国はボヤボヤしていられない。

 標高差のある国立公園内に、急いで「人工池」を無数に開削造成し、そこに雨水と雪を溜めて、湖底の地中パイプから落とした水流で発電する土木事業を、全国一斉に数十箇所で始めるべきだろう。この水力発電は、まず小規模なシステムを「2~3年」の超特急スケジュールで運開してしまって、そのあとから追加工事でどんどん「池」も「タービン・プラント」も大きくして行くという方法を採れるから、エネルギー安保の緊急担保策としては、中期的に最善のオプションと思う。
 当然のこととして、国立公園内の「山容」はまさに一変することになる。が、国民の生活水準の維持のためには、これは忍ぶしかないのである。そのくらいの本格的な国難が迫っているのだ。

 もうひとつのオプションは、排水量1万トン前後のバージ(自航できない筏)上に、小規模の石炭火発プラントを載せて、そこで起こした電力を、洋上風力発電施設用の海底集電線網に接続すること。
 この「沖合バージ火発」は、航洋タグボートによってどこへでも移動させられるので、将来の広域激甚大災害発生直後の電力インフラのピンチを、機動的に救ってくれるだろう。
 バージは、コンクリート函を集合させた浮体構造にしてもよい。スチール材料の手当が間に合いそうにない場合、その検討を躊躇すべきではなかろう。

 今次イラン事変においてIRGC(イラン革命防衛隊)は、その所管する中距離弾道弾の命中精度が、かなり佳良であることを証明した。
 しかも彼らは、弾道ミサイルの7割をまだ温存しているのだという分析もある。

 アラビア半島の陸上に敷設されているGCC諸国のパイプラインは、いつでも、イラン発の弾道ミサイル/巡航ミサイル/片道無人特攻機によって直撃され、損壊させられてしまうのだ。この脅しに迫真性が伴っているゆえ、いまやサウジなどは、米軍が自国領空から対イラン空爆作戦を続けることに反対するしかないのだろう。

 精油所にミサイルが降って来るのも、もちろんGCC諸国としては痛い。限られた「拠点」を防空ミサイルで厳重に守ることは理論上、不可能ではないが、蒸留塔などの骨幹設備にたった1発(/1機)でも被弾してしまえば、その修繕は半年~数年がかり。だから現実的にはこれからGCC諸国は、外国から中距離ミサイルをおびただしく買い付けて、イランに対する「同害報復能力」をせいぜい構築するしかないはずである。

 わが国は、GCC諸国に対して、「大深度に完全地下化したパイプラインの有償工事協力」ができますよ、と申し出ることができるだろう。

 ここでお知らせ。
 兵頭二十八は、バイト探し中でございます。雑用・雑役 大歓迎! ご連絡をお待ちします!

  令和八年五月十一日


パブリックドメイン古書『小説 スペインにおける陸戦』(1887)を、ブラウザ付帯で手続き無用なグーグル翻訳機能を使って訳してみた。

 原題は『The Bravest of the Brave — or, with Peterborough in Spain』、著者は G. A. Henty(1832~1902)です。
 例によって、プロジェクト・グーテンベルグさまに御礼。
 図版は省略しました。索引が無い場合、それは私が省いたか、最初から無いかのどちらかです。
 以下、本篇。(ノー・チェックです)

*** プロジェクト・グーテンベルク電子書籍『勇敢なる者、あるいはピーターバラとスペイン』開始 ***

勇敢な者の中でも最も勇敢な者
または、スペインのピーターバラと共に

GA・ヘンティ著。

コンテンツ

序文

 第1章 継承戦争

 第2章 強制徴募

 第3章 家庭内の騒動

 第4章 軍曹の話

 第5章 海賊の拠点

 第6章 任務

 第7章 バルセロナ

 第8章 街の騒乱

 第9章 バレンシアへの進軍

 第 10章 山岳地帯での冒険

 第11章 バレンシア

 第12章 非正規戦

 第13章 フランス軍輸送船団

 第14章 捕虜

 第15章 バルセロナの救援

 第16章 恩知らず

 第17章 故郷

序文
親愛なる若者たちよ:

ピーターバラ伯爵ほど、その生涯と功績が完全に忘れ去られてしまった偉大な指導者はほとんどいない。将軍としての彼の経歴はわずか1年余りと短かったが、その間に彼は比類なき戦術の才能を発揮し、騎士道精神の指導者たちに匹敵するほどの勇敢な偉業を成し遂げた。

彼らが歴史にほとんど名を残さなかったのは、いくつかの理由による。まず第一に、彼らはマールバラ公の栄光と成功の陰に隠れてしまった。また、彼らが戦ったのは、イングランドの利益とは言い難い大義であり、国民の関心も比較的低かった。さらに、彼が戦った目的も達成されず、戦争自体も失敗に終わったが、それは彼の責任ではなかった。

しかし何よりも、ピーターバラ卿がその才能と勇気によって本来到達するはずだった英国の偉人たちの地位に就けなかったのは、その才能が確固たる目的や目標に導かれていなかったからである。ピーターバラ卿は、まさに歴史上、才能と能力が浪費され、確固たる信念の欠如と他者と協力する能力や意思の欠如によって人生を無駄にした最も顕著な例の一つである。彼はあらゆる政党と、接触するほぼすべての人々と次々と争い、自身の意見は絶えず変化していたにもかかわらず、その時々の自分の意見と異なる意見には一切寛容ではなく、自分と意見の異なる人々に対する軽蔑と嫌悪を、最も露骨で攻撃的な方法で常に表明する用意があった。彼の奇行は甚だしく、傲慢で尊大、短気で情熱的であり、神を否定し、国王と争い、国内のあらゆる政党から徹底的に嫌われる存在となった。

しかし、この奇妙な男には、実に多くの善良さがあった。彼は度を越して寛大で温厚な心を持ち、部下には親切で、彼を慕う兵士たちには思慮深く思いやりがあり、危険に際しては冷静沈着で、困難な状況では賢明で、普段の衝動的な性格とは全くかけ離れた忍耐と平静さを必要に応じて示すことができた。敵を欺くために、戦争において一般的に許容される範囲をはるかに超える欺瞞を行うことを躊躇しなかったにもかかわらず、彼は約束を守り、日常生活においては極めて誠実であった。

私が述べた歴史的出来事、そしてピーターバラ伯爵の行動や性格の詳細については、主にC・ウォーバートン氏が著し、約30年前に出版された伯爵の回想録を参考にしました。

第1章:王位継承戦争
「あいつは怠け者の放浪者だ!」と、善良な町サウサンプトンの市長は激怒して言った。「ろくでなしで、生意気な子犬だ。アリスさん、もしまたあいつと口論したり、うなずいたり、あるいはあいつの存在を意識しているようなそぶりを見せたりしたら、お前をパンと水だけの食事にして、6ヶ月間私の妹デボラの元へ送り込むぞ。デボラなら、きっとお前を正気に戻してくれるだろう。」

サウサンプトン市長は、娘のアリスにこのような言い方をした時、相当腹を立てていたに違いない。アリスはたいていのことに関しては自分の思い通りにしていたからだ。特に、妻であるアンソニー夫人の目の前でそう言ったことから、市長の怒りは明らかだった。アンソニー夫人は、家族に関するあらゆる決定において、決して軽視できないほどの発言権を持っていたのだから。

しかし、彼女は賢明な女性だったので、流れの速い川を止めようとはしなかった。ましてや、夫がすでに自分の思い通りにしようと並々ならぬ決意を示していた問題だったのだからなおさらだ。そこで彼女は黙って作業を続け、14歳の娘が自分に送る訴えかけるような視線にも気づかなかった。しかし、彼女は何も言わなかったものの、夫は彼女の沈黙の中に、言葉にならない抗議の意思を察した。

「メアリー、この件で君があの悪党の味方をしても無駄だよ。私は自分の思い通りにするつもりだし、リチャード・アンソニーが一度決心したら、何があっても動かないってことは町の人たちもよく知っているんだ。」

「リチャード、私には彼の味方をする機会が全くなかったのよ」と妻は静かに言った。「あなたが5分前に帰ってきてからずっと怒鳴り続けていて、私は一言も口をきいていないわ。」

「でもメアリー、あなたも私に同意してくれるでしょう?――同意せざるを得ないはずです――サウサンプトン市長の娘が、庭の門前であんな無一文の若い悪党と話しているなんて、まさにスキャンダル以外の何物でもない、と。」

「アリスはそこで彼に会うべきではなかった」とアンソニー夫人は言った。「しかし、彼女はまだ14歳で、少年は16歳、しかも彼は彼女のいとこにあたるのだから、それほど衝撃的なことではないと思う。」

「あと4年で、アンソニー嬢は20歳になり、彼女は18歳になります」と市長は深みのある口調で言った。

「そうでしょうね、リチャード。私は数字に強い方ではありませんが、それくらいは計算できます。でも、今はまだ14歳と16歳ですから、それほど大きな問題ではないと思います。少なくとも、それほど重要ではないでしょう。アリス、自分の部屋に戻って、私が呼ぶまでそこにいてください。」

少女は何も言わずに立ち上がり、退室した。ウィリアム3世の治世下では、子供には絶対的な服従が求められていた。

「リチャード、あなたはいつものようにこの件を深刻に捉えすぎていると思うわ」と、娘がドアを閉めた後、アンソニー夫人は続けた。「そうでなければ決して思いつかなかったような考えを娘に植え付けているなんて。アリスがジャックを好きなのは当然よ。彼は彼女のいとこだし、2年間もこの屋根の下で一緒に暮らしてきたのだから、当然のことよ。」

「アンソニー夫人、私は愚かでした」と市長は怒って言った。「あの件であなたの説得に屈したとは。もちろん、あの少年の父親、つまりあなたのいとこマーガレットの夫が、他の何千人もの聖職者と同様に、宗派主義者によって聖職を追われたのは不幸なことでした。チャールズ王が帰還した時に彼が復職しなかったのは、さらに不幸なことでした。しかし、結局のところ、それはマーガレットの問題であって、私の問題ではありません。もし彼女が愚かにも貧乏人と結婚し、しかもその男が彼女の父親と言ってもおかしくないほど年上だったとしても――まあ、先ほども言ったように、それは私の知ったことではありませんでした。」

「リチャード、彼は貧乏人ではなかった。君も知っているだろう。教師として十分な収入を得て、3年前に体調を崩して亡くなるまで、自分とマーガレットを快適に暮らさせていた。かわいそうなマーガレットは、その1年後に後を追うように亡くなった。彼は良い人だった。あらゆる面で良い人だった。」

「まったく!彼が悪い男だったと言っているわけではない。ただ、善悪はともかく、それは私の知ったことではなかったと言っているだけだ。それなら、あの少年を呼び出して私の仕事に関わらせるしかない。そして、彼はとんでもない騒ぎを起こした。怠け者で、いい加減な見習い、布商人、特に市民から尊敬され、故郷の市長への道を歩んでいたような男に逆らう者など、誰もいなかった。」

「リチャード、彼はそんなにひどい人間ではなかったと思うよ。君はあの少年に対して決して公平ではなかったと思う。」

「それはずるいよ、メアリー!君には驚いたよ。一体どこがずるかったんだい?」

「リチャード、あなたは悪気があって言ったわけではないと思うけれど、最初から少し――ほんの少しだけ――彼に対して偏見を持っていたのよ。だって、あなたが彼に自分の仕事の見習いをさせようという申し出に飛びつく代わりに、彼は船乗りになりたいと言ったから。」

「奥様、それは私にとっても十分偏見の理由になります。この町には、そのような申し出に飛びつくような、由緒ある市民の息子が何十人もいるのに、この無一文の少年はそれを鼻であしらうのですから。」

「確かに愚かな行為だった、リチャード。だが、あの少年は提督や航海士の伝記を読んでいて、生命力と気概に満ち溢れていたのだ。それに、彼の父親も航海に出ることを承諾していたと思う。」

「元気と気概に満ち溢れているんですよ、奥様!」市長は先ほどよりもさらに怒りを込めて繰り返した。「いいですか、元気と冒険心に満ち溢れている連中こそが絞首台に送られるんです。当然、私は腹を立てましたが、あなたに約束した以上、それを守りました。サウサンプトンの誰もが、リチャード・アンソニーの言葉は彼の誓約と同じくらい信頼できることを知っています。私は彼を徒弟として雇いましたが、その結果はどうなったでしょう?私の親方であるアンドリュー・カーソンが、店の真ん中で仰向けに倒れてしまったのです。」

アンソニー夫人は笑いをこらえようと唇を噛んだ。

「もうその話はやめましょう、リチャード」と彼女は言った。「だって、もし話したら、きっと言い争いになってしまうでしょうから。ご存知の通り、私の考えでは、そしてずっとそうだったのですが、カーソンはあなたをその少年と対立させようと故意に仕向けたのです。彼はいつもあなたに、その少年に不利な話をしていたのです。確かに、少年が彼を殴った時に突き倒したのは非常に間違った行為だったと認めますが、もし私が彼の立場だったら、同じことをしたでしょう。」

「それでは奥様」とアンソニー氏は厳粛な面持ちで言った。「あなたは彼に起こったこと、つまり首と鞭を路上に投げつけられたことに対して、当然の報いを受けたのです。」

アンソニー夫人は、その件について発言権を持つべきだという意思表示として、力強くうなずいた。しかし、夫の今の機嫌を考えると、これ以上何も言わない方が賢明だと判断し、彼女は仕事に戻った。

この会話が続いている間、庭の裏門で娘と話していたところを市長に見つかり慌てて逃げ出したジャック・スティルウェルは、波止場まで降りて行き、そこで薪の山に腰を下ろし、足元から遠くの水面まで続く泥の帯を物憂げに見つめていた。彼の境遇は実に羨ましいものではなかった。アンソニー夫人が言ったように、彼の父親はイングランド国教会の聖職者で、リンカンシャーの小さな教区の牧師だったが、議会派が優勢になった時に追放され、その聖職は宗派の説教者に渡ってしまった。長年の貧困の後、チャールズ王が即位したとき、聖職を追われた牧師は当然のように聖職が回復されるだろうと思っていたが、そうはならなかった。他の何百もの事例と同様に、新しい居住者はすぐに新しい法律に従ったため、友人も利害関係者もいなかったトーマス・スティルウェル牧師は、他の多くの聖職者と同様に、冷遇されることになった。

しかしこの頃には、彼はオックスフォード大学(彼自身もそこで教育を受けた)に落ち着き、市民の子息たちに教えることでそれなりの生活を送っていた。晩年、彼はマーガレット・ウラソープと結婚した。彼女はまだ若い女性で、オックスフォードの友人たちを訪ねた際に彼と知り合った。年齢差はあったものの、二人の結婚生活は幸福なものだった。二人の間には息子が一人生まれ、すべて順調だったが、突然の風邪でスティルウェル氏は亡くなり、妻はわずか一年後に亡くなった。彼女は夫の死後、オックスフォードに何の縁もなかったためサウサンプトンに移り住んだのだが、その一週間後、ジャック・スティルウェルはアンソニー氏の家に身を寄せることになった。

彼が布商人に、船乗りになりたいと願っていること、そして父親は彼に聖職者になってほしいと望んでいたものの、彼の懇願に屈したことを説明したが、それは無駄だった。アンソニー氏はその考えをきっぱりと一蹴し、立派な仕事を学ぶ絶好の機会が目の前にあるのに、そんなことを夢見るのは正気の沙汰ではないと主張した。

普段ならジャックは断固として抵抗し、提案に同意するよりは逃げ出してチャンスをつかもうとしただろうが、母親の死の悲しみで打ちひしがれていた。アンソニー氏の頑固さに抵抗する力もなく、自分の身に何が起ころうともほとんど気にかけず、布商人の奴隷として5年間働くことになる徒弟契約書に署名した。アンソニー氏は親切心からそうしていただけで、ジャックを徒弟にしたのは彼のためだと心から信じていたのだが、ジャックは元気を取り戻し、自分が縛られている仕事が心底嫌になった。アンソニー夫人とアリスがいなければ、当時の不従順な徒弟に課せられた厳しい苦痛と罰に耐え、海へと逃げ出しただろう。しかし、彼らの絶え間ない親切と、母親が臨終の際に、いとこを自分の後継者として敬うようにと彼に言い残したという事実が、彼がしばしば抱いていた考えを実行に移すことを阻んだ。

店での彼の生活は惨めだった。主人が言うように彼は愚かではなかった。実際、他のことに関しては聡明で頭も良く、父親も彼の学業の進歩を大変喜んでいた。しかし、第一に、彼は自分の仕事が嫌いだった。そして第二に、あらゆる欠点やミスが、現場監督のアンドリュー・カーソンによって誇張され、最大限に利用された。カーソンは、主人に息子がいないことから、共同経営者になり、最終的には主人の後を継ぐことをずっと望んでおり、アンソニー夫人とその娘のお気に入りのジャック・スティルウェルの存在によって、自分の計画が台無しになるのではないかと、激しい嫉妬心を抱いた。

ジャックの不注意と油断が彼に多くの機会を与えたため、彼はすぐに少年と主人との間に亀裂を生じさせた。そしてアンソニー氏は間もなく、少年の過ちを故意の不服従行為とみなすようになった。この状態は2年間続き、ついにクライマックスを迎えた。アンソニー氏が妻に語ったところによると、ジャックは職長が彼を殴ろうとした際に、職長を店内で殴り倒したのである。

アンソニー氏は当初、弟子を裁判官の前に連れ出し、このような露骨な反逆行為に対して相応の罰を要求するつもりだった。しかし、少し考えてみると、ジャックは罰が終われば家に帰り、妻はいつものように彼の味方をするだろうし、これまでジャックのせいで頻繁に起こっていた口論は以前よりもさらに激化するだろうと悟った。

彼をすぐに追い出す方がずっと良いと考え、彼は彼を店から追い出し、彼の目の前で契約書を破り捨て、二度と顔を見せないように命じた。最初の数時間は、ジャックは自由になったことを喜んでいた。彼は一日中波止場で漁師や船員たちと話して過ごした。港には外航船はなく、彼は沿岸貨物船に乗り込むつもりもなかったので、外港へ向かう船が出港するまで待つことにした。

彼は一文無しだったが、店を出て数時間後、アンソニー夫人のメイドが波止場で彼を見つけ、女主人からの手紙を渡した。手紙には、しばらくの間生活できるだけの金額と、夫の彼に対する怒りを彼女は共有していないという保証が同封されていた。

「ジャック、きっといつか仲違いを解消して、あなたをまた戻ってこられるように手配できると思うわ」と彼女は言った。「でも、今のままの方がいいのかもしれないわね。あなたは仕立て屋にはなれないし、サウサンプトンの市長にもなれないと思う。あなたの望みは分かっているわ。だから、その望みを叶えた方がいいと思うの。アリスはこの件でひどく落ち込んでいるけれど、きっとすべてうまくいくと彼女に約束するわ。あなたに家に来てほしいとは頼めないけれど、何か決まったらドロシーに手紙を書いてちょうだい。アリスと一緒にあなたに会いに行って、お別れを言うわ。ちゃんとした服を用意しておくからね。」

ジャックはこの手紙を届けるために裏門まで行ったのだが、庭でアリスを見かけた二人は自然と門のところで会話を始めた。すると、倉庫の窓から外を見ていた市長が偶然二人の会話を目にし、激怒して外に出てきて会話を止めさせようとしたのだった。

ジャックは確かに船を見つけた。その船はオランダから布地やその他の商品を積んで入港し、荷揚げが終わったらイギリスの商品を積んで植民地へ向かう予定だった。船は数週間港を出ない予定だったが、ジャックは船長に会って、船員見習いとして雇ってもらえることになった。市長は、かつての見習いがまさに旅立とうとしていることを知っていたら、彼の計画に干渉することはなかっただろう。しかし、市長は自分の名前を自分の前で口にしないよう断固として命じており、アンソニー夫人もその禁じられた話題に触れる動機がなかったため、市長はジャックが遠い航海に出ようとしていることを知らなかった。

ある日、町役場へ出向くと、彼は政府からの公式文書を見つけた。それは、治安判事が適切と考える者を徴兵する権限を与えるという政府命令であり、唯一の制限は、国会議員選挙の投票権を持つ者は免除されるというものだった。この途方もない権限は、つい最近、議会法によって合法化されたばかりだった。これほど不当な行為は、我が国の法律を汚したことはない。なぜなら、この法律によって、治安判事は、恨みを抱いている貧しい隣人を意地悪く追い出し、マールバラ公のドイツや低地諸国での戦役、あるいは現在準備中のスペイン遠征の苦難に送り込むことができたからである。

当時、イギリス国民は軍隊を極めて嫌っていた。国民は常に常備軍に反対しており、国の必要性からようやくそれを容認するに至ったのである。しかし、兵士のほとんどはすべて無謀で絶望的な人々から集められた。犯罪者は懲役刑を軍隊勤務と引き換えに減刑され、破産した債務者も入隊を希望すれば刑務所の門が開かれた。しかし、こうした措置に助けられた徴兵軍曹たちのあらゆる努力も、軍隊を必要な兵力に維持するのに十分な数の兵士を集めるには不十分だった。

強制徴募は以前からある程度存在していたが、秘密裏に行われており、違法とみなされていた。そのため、人員確保が不可欠であったことから、国会議員選挙権を持つ者を除き、裁判官が自由に選んだ者を強制徴募する権限を与える法律が、庶民院の両党の賛成を得て可決された。

確かに、男性の需要は非常に高かった。イングランドはフランスに対抗するためオーストリアとオランダと同盟を結び、争点となっていたのはスペイン王位継承であった。ルイ14世が僭称者をイングランド王と認めたことで、イングランドのこの問題に対する感情はさらに悪化した。そのため、イングランドの利害は大陸諸国ほどスペイン王位継承問題に深く関わっていたわけではなかったものの、イングランドは熱心にこの問題に身を投じたのである。

スペイン王位継承権を主張していたのは、オーストリア皇帝レオポルドの次男であるカール大公と、ルイの孫にあたるアンジュー公フィリップの二人であった。フランス国王がスペイン王カルロス2世の妹マリア・テレサと結婚した際、マリア・テレサは正式に継承権を放棄したが、フランス国王はその後も時折、継承権を主張し続けた。もし継承権が放棄されていなければ、スペイン王位継承権においてフィリップが最も有力であり、次ぐ継承権者はオーストリアのカールであった。

スペイン国王の晩年、ヨーロッパ全土は、各陣営がそれぞれの候補者のために尽力する様子を、極めて強い関心をもって見守っていた。誰が王位を継承するにせよ、勢力均衡は崩壊するだろう。オーストリアとスペインが連合するか、フランスとスペインが連合するかのどちらかになれば、大陸の他の国々を圧倒するのに十分だからである。ルイ14世は、オランダ諸国とイングランド王ウィリアム3世に分割条約を提案することで、オーストリア陣営の不安を和らげた。

この条約により、カール大公がスペイン、インディアス、ネーデルラントの王位継承者として認められること、そしてマリア・テレジアの長男である王太子が、他の権利を放棄する代償として、ナポリ王国とシチリア王国、スペインのギプスコア州、ミラノ公国を受け取ることが合意された。この条約の内容が明らかになると、このように恣意的に割り当てられた国の国民の心には当然の憤りが湧き上がり、死期が迫っていたスペインのカールは、自らの領土を分割しようとするこの陰謀に激怒した。フランスに対する彼の嫉妬心から、オーストリアの継承者を選んだのだろう。しかし、スペイン帝国の一部に対する皇帝の露骨な貪欲さと、スペイン宮廷におけるオーストリア大使の横柄で不快な態度が、皇帝をルイの提案に耳を傾けさせることになった。ルイにはトレド大司教のポルトカレロ枢機卿という強力な味方がおり、枢機卿は国王に対して絶大な影響力を持っていた。枢機卿は、マリア・テレジアの孫は彼女の王位放棄に拘束されることはなく、また、その王位放棄はフランスとスペインの君主制を分離するためだけになされたものであり、フランス王位継承者以外の彼女の子孫が選ばれた場合は、この条件が実行されるだろうと主張した。

最終的に、彼はシャルルが亡くなる1か月前に、義理の兄弟であるルイ14世の孫であるアンジュー公フィリップをスペイン帝国の唯一の相続人とする遺言に署名するよう説得した。遺言は国王の死まで秘密にされ、その後公に発表された。ルイは孫への遺贈を受け入れ、フィリップはスペインとその属領の国王に即位した。

フランス国王が自ら起草した分割条約を破ったことで、イングランド、オランダ、そして帝国は最も憤慨した。イングランドとオランダは戦争の準備ができていなかったため、時機を待ったが、オーストリアは直ちにオイゲン王子率いる大軍をミラノ公国に送り込み、ナポリ人を扇動して反乱を起こした。若い国王は当初スペインで人気があったが、実権を握っていたポルトカレーロ枢機卿は、その横暴な気質、貪欲さ、そして恥知らずな腐敗によって、たちまち国民を国王から遠ざけた。何よりも、枢機卿はフランス国王の手先であり、スペイン王政の解体とフランスの拡大を目的とする政策を体現していると見なされた。

ルイがそのような企みを抱いていたことは疑いようもなく、もし適切に操り、賄賂を贈れば、ポルトカレロは彼の意のままになる道具となっただろう。しかし、枢機卿はフランスの工作員による自身の統治への絶え間ない干渉にすぐに疎遠になり、つい最近までフランスのために用いていた陰謀の力をフランスに向けて向けた。彼はフランスに忠誠を誓っているふりをし、スペイン統治に対するルイの嫌悪感を煽ると同時に、ルイの絶え間ない干渉にスペイン国民を激怒させるという二重の目的のために、政府の些細なことまでパリに承認を求めた。

しかし、フィリップはサヴォイア公の娘マリア・ルイサとの結婚によって、国民の心の中に新たな強力な味方を得た。14歳の美しい少女だったマリア・ルイサは、急速に優雅で才能豊かな女性へと成長し、スペイン国民の寵児となった。彼女の知性、意志の強さ、そして勇気は、弱々しいながらも温厚な夫を導き、力づけた。しばらくの間、スペインとフランスの連合軍の力はヨーロッパを覆い尽くし、イングランドとオランダの貿易上の利益は脅かされ、フランス軍はフランドル国境近くに集結した。

オランダ人の憤りは恐怖心を上回り、ウィリアム王が静かに進めていた努力に屈し、イングランド、オーストリアと結託してフランスに対する大同盟を結成した。この同盟の目的は、ルイをネーデルラントと西インド諸島から排除し、フランスとスペインの王位が同一人物によって統合されるのを阻止することであった。もしルイがまさにこの時、前国王ジェームズの息子をイングランド王として認めていなかったら、ウィリアム王はイングランド議会から同盟の批准を得られなかったかもしれない。この侮辱はイングランド国民の士気を高め、庶民院は三国同盟を承認し、多額の予算を可決した。ウィリアム王はお気に入りの計画が成功するのを見た直後に亡くなり、アン女王が後を継ぎ、ウィリアムの政策を引き継いだ。オーストリア大公カールは同盟国によってスペイン王として認められ、戦争の準備が進められた。

イギリス軍はカディス近郊に上陸したが、スペイン人はチャールズを支持する兆候を全く示さず、イギリス軍は重大な不手際で自らの名誉を大きく損ない、スペイン人の敵意を煽った後、再び出航した。財宝船が何隻か拿捕され、また何隻かはビーゴ港で沈没したが、艦隊は陸軍と同様に効果を発揮しなかった。ジョン・マンデン提督はスペイン沿岸で裏切りか臆病の罪で解任され、勇敢なベンボウの西インド艦隊の艦長4人は、敵との交戦を拒否し、指揮官を見捨てたとして、解任されるか銃殺された。

1703年には戦闘はほとんど行われなかったが、同盟国はポルトガルの加入によって重要な戦力増強を得た。1704年、同盟国は重要な都市バルセロナへの攻撃を試みた。カタルーニャ人はシャルルに味方するだろうと予想されていたが、町を彼に明け渡すという陰謀は実行前夜に発覚し、イギリス軍は船に乗り込んだ。ポルトガル側ではさらに成果が乏しく、フィリップ王の軍を率いていたバーウィック公がショムベルク公率いるイギリス軍とオランダ軍を破り、多くの町を占領した。

ポルトガルは同盟軍にわずかな援助しか提供しなかった。しかし、これらの敗北は、6 月 21 日にジョージ ルーク卿の艦隊とヘッセンのジョージ王子の小規模な陸軍によってジブラルタルが占領されたことで相殺された。ショムベルクは召還され、ガルウェイ卿が指揮を引き継いだが、彼は前任者よりも上手くはできず、同盟軍にとって事態は悪化する一方だったが、マールバラ公がドイツにいるイギリス軍と同盟軍とともに、ブレンハイムの華々しい勝利によってルイ 14 世の権力と野望に最初の大きな打撃を与えた。

フランス軍の敗北はフィリップの運命に壊滅的な影響を与えた。祖父ルイは自国の領土防衛のため東部国境に全軍を集結させなければならなくなったため、フィリップはもはや祖父からの援助を期待できなくなり、スペイン国内の支持者に頼るしかなくなった。カルロスの支持者たちはたちまち勇気づけられた。カタルーニャ人はフィリップの大義に熱心ではなかった。カスティーリャ、アラゴン、カタルーニャの王位はつい最近統合されたばかりで、これらの地域の間には危険な嫉妬が存在していた。カスティーリャ人はフィリップの熱烈な支持者であり、それだけでカタルーニャとアラゴンを彼に敵対させるには十分だった。

イギリス政府はスペイン北部で高まる不満を知らされ、その真偽を確かめるために使者を派遣した。使者の報告が彼らの耳にしたことを全て裏付けたため、1705年の春、カタルーニャに上陸する遠征隊を派遣することが決定された。この遠征隊には、カタルーニャ地方とアラゴン地方の住民全員が参加することが期待されていた。アン女王に絶大な影響力を持っていたマールバラ公爵夫人の尽力と後援により、ピーターバラ伯爵が遠征隊の指揮官に任命された。

この選択は確かに異例に思えた。というのも、伯爵はこれまで、これほど高い地位に就くに値するような功績を何も残していなかったからである。チャールズ・モーダントは、勇敢で大胆な騎士であり、チャールズのために心血を注いで戦い、クロムウェルによって反逆罪で裁判にかけられ、辛うじて処刑を免れたアヴァロン子爵ジョン・ロード・モーダントの長男であった。王政復古後、命​​と財産を危険にさらしたこと、そして忠誠心と能力に対する褒賞として、彼は貴族に叙せられたのである。

息子のチャールズは、父の揺るぎない信念を全く受け継がなかった。チャールズ2世の放蕩な宮廷で育った彼は、無神論者となり、道徳を嘲笑し、共和主義者となった。しかし同時に、彼には多くの長所もあった。聡明で、機知に富み、精力的で、勇敢だった。寛大で、約束を厳守した。冒険への燃えるような情熱に満ち溢れ、1674年末、17歳の時、トリントン提督の船に乗り込み、志願兵として地中海に派遣されたジョン・ナーバラ卿の艦隊に加わり、野蛮なトリポリとアルジェの海賊行為を阻止し、報復するための遠征に参加した。

彼は1675年1月14日、艦隊のボートによるトリポリ城塞の砲台直下に停泊していた4隻の海賊軍艦への攻撃で功績を挙げた。この作戦は成功し、船はすべて焼き払われ、乗組員のほとんどが殺害された。2月にはトリポリ艦隊との別の遭遇があり、海賊は再び敗北し、ベイはイギリスの要求をすべて受け入れざるを得なかった。

1677年、艦隊はイングランドに帰還し、モーダントも同行した。モーダントは不在中に父の爵位と領地を継承していた。父ジョン・モーダント卿は1675年6月5日に亡くなっていた。イングランドに帰還して間もなく、まだ20歳だったモーダント卿は、アレクサンダー・フレイザー卿の娘と結婚した。しかし、彼の気質は家庭生活の静かな楽しみには全く合わず、1678年9月末、ムーア人に包囲されていたタンジールの救援のために地中海へ出航しようとしていた国王の船ブリストル号に志願兵として乗り込んだ。しかし、この遠征は何も成果を上げず、モーダントは1679年の秋にイングランドに帰還した。

1680年6月、彼はプリマス伯爵が指揮する小規模な遠征隊とともに再びタンジールへ向けて出航した。遠征隊は包囲された町への突入に成功し、精力的に防衛を続け、モーダントは再び功績を挙げた。しかし、彼は長期にわたる包囲戦の単調さにすぐに飽き、年末までにイングランドへ帰国する機会を得た。帰国後、彼は政界に身を投じ、ヨーク公を王位から排除するために結成された党の指導者の一人となった。

彼はラッセル卿とアルジャーノン・シドニーの親友であったが、幸運にも彼らの私的な相談という致命的な特権には加わっておらず、彼らに降りかかった運命を免れた。彼は最後まで彼らとの友情を保ち、アルジャーノン・シドニーの処刑台まで付き添った。しかし、政治に全身全霊を傾ける一方で、彼は絶えず奇行にふけり、街中の話題をさらっていた。

ジェームズ王の即位に際し、彼は貴族院で常備軍に反対する最初の演説を行い、その雄弁さと激しさで名を馳せた。彼は今や宮廷の不興を買っており、その気前の良い気前の良さが金銭的な問題を引き起こしていた。そのため、1686年、彼は西インド諸島へ向かおうとしていたオランダ艦隊の指揮官に就任するという名目でイングランドを去った。しかし、オランダに到着するとすぐにオラニエ公に謁見し、イギリス貴族の中で最初にウィリアムにイングランドへの即時侵攻を大胆に提案した。彼は燃えるような熱意で自らの主張を押し進め、あらゆる階級の不満、庶民院の憎悪、貴族院の離反、教会の不安、そして軍隊の揺らぐ忠誠心を煽った。

しかし、ウィリアムは既にこれらの事実を知らされており、急かされることはなかった。モーダントは、1688年10月20日にウィリアムがイングランドへ出航するまで、彼と共にいた。ウィリアム王がイングランドで最初に署名した命令は、モーダント卿を騎兵中佐に任命することであり、モーダントは連隊を編成し、エクセターで優れた働きをした。革命が完了し、ウィリアムとメアリーが王位に就くとすぐに、モーダントは枢密顧問官および侍従長の一人となり、1689年4月には財務長官に任命され、モンマス伯爵の位に昇格した。任命された他の役職に加えて、彼は近衛騎兵連隊の連隊長に任命された。

彼の在職中の振る舞いは、同席した他の者たちとは鮮やかな対照をなしていた。彼だけが、汚職や不正の疑いを一切抱かれておらず、同僚たちの甚だしい腐敗ぶりを公然と軽蔑したことで、たちまち彼らの敵を作ってしまった。

ウィリアム王をイングランドに迎える上で重要な役割を果たしたにもかかわらず、モンマスはすぐに様々な陰謀や策略に巻き込まれるようになった。彼はすでにオランダ王の治世にうんざりしており、共和制を強く望んでいた。彼は同僚と絶えず口論し、貴族院で議論があるたびに少数派の側に立って積極的に発言した。1692年、彼は近衛騎兵連隊を率いてオランダへ赴き、ステーンケルクの戦いで勇敢に戦った。しかし、この作戦は失敗に終わり、10月に彼は国王とともにイングランドへ帰国した。

その後2年間、彼は静かに暮らし、庭の手入れと知識人や文人たちとの交流に専念した。それから再び議会に姿を現し、王権反対運動の主導的な役割を果たし、東インド会社による権力者への賄賂や、多くの議員、さらには内閣の腐敗を激しく非難した。国王との関係は極めて冷え込み、彼はジャコバイトの陰謀に巻き込まれた。彼がどの程度罪を犯したかは証明されなかった。世論は確かに彼を非難し、貴族院議員の投票によって彼はすべての職を剥奪され、ロンドン塔に送られた。しかし、国王は彼の味方であり、会期末に彼を釈放した。

1697年、叔父の死によりチャールズはピーターバラ伯爵となり、その後4年間は私生活を送った。時折貴族院に姿を現し、不正や腐敗を激しく非難した。この間、議会でも宮廷でも、彼はマールバラ公の友人であったり、敵対者であったりしたが、幸運にも公爵夫人の寵愛を受けており、スペイン遠征の指揮官が必要になった際には、公爵夫人の尽力により、チャールズが指名された。

これまでの彼の人生は、実に奇妙なものだった。怠惰な時もあれば精力的な時もあり、落ち着きがなく陰謀を企て、出会う人すべてと口論し、腐敗や不正に対しては正義の怒りに燃え、財政を著しく圧迫するほど気前が良かった。彼を知る者すべてにとって、彼は謎めいた存在だった。もし彼が今この時に亡くなっていたら、残されたのは、最も聡明で才能にあふれ、誠実な人物の一人であると同時に、最も不安定で風変わりで、自制心の欠片もない人物という評判だけだっただろう。

第2章:感銘
サウサンプトン市長は、女王陛下の軍隊に兵士を募るよう権限を与えられ、かつ要請された公式文書を開封したとき、さほど喜ばしいとは思わなかった。このような仕事は多くの面倒を引き起こし、彼の人気を高めるどころか、むしろ損なうことになるだろう。彼はすぐに、厄介な人物を処分することで多くの友人の期待に応えられることに気づいたが、この例外を除けば、女王陛下が必要とする兵士をどこで見つければよいのだろうか?もちろん、町には住民の満足を得られるような、ろくでなしが何人かはいるだろうが、それ以外では、誰一人として徴兵された者には、反対の声を上げる友人や親戚がいるに違いない。

それは厄介な仕事になりそうだったので、市長は目の前のテーブルに書類を投げつけた。すると突然、彼の表情が変わった。彼は友人たちにとって厄介な人物を送り出すことで彼らに恩返しをしようと考えていたが、自分のことは考えていなかったのだ。まさにこれだ。彼はこの厄介な若者を女王のために戦場へ送り出すつもりだ。彼がマールバラ公の指揮下で低地諸国へ行こうと、準備中の新たな遠征隊と共にスペインへ行こうと、二度と戻ってきて彼を悩ませることはないだろう。

確かに彼はまだ16歳だったが、体格も良く、これから派遣される多くの者よりもずっと任務に適している。もしこの若者がここに留まれば、常に厄介者となり、彼と妻の間で争いの種となるだろう。それに、アリスのためにも、この若者を邪魔者から遠ざけるのは明らかに彼の義務だった。アンソニー氏は、女の子はいつも、恋に落ちるべきではないような人に恋をするものだと考えていた。そして、全くの逆説から、アリスがこの無一文の放浪者に心を奪われる可能性は十分あり、もしそうなったとしても、アンソニー夫人は彼女の愚行を容認するほど愚かではないだろう、とアンソニー氏は考えていた。

もちろん、息子の身に何が起こったのかを妻が知れば、大変なことになるだろう。市長は、ジャックの不在の原因を妻に隠し通せるなどとは微塵も思っていなかった。アンソニー夫人の調査力はよく分かっていたからだ。とはいえ、一度起きてしまったことは取り返しがつかない。家庭内のいざこざが一度起こる方が、いつまでも続くよりはましだ。

市長は書記官を呼び寄せ、受け取った命令書を読み聞かせ、裁判記録簿を開いて、酩酊、暴行、傷害、暴動の罪で起訴された40人の若者の名前をリストアップするように命じた。

「ジョンソン、リストができたら、市会議員たちのところへ行って、私が政府から受け取った命令を伝えてください。そして、サウサンプトンからいなくなって良かったと思う人物がいたら、名前を私に送ってほしいと伝えてください。そうすればリストに加えます。できれば既婚者は選ばないようにと伝えてください。妻や家族の扶養費で町が負担になるからです。あと10人ほどで十分でしょう。命令書に添えられた手紙には、私のよく知られた熱意と忠誠心から、サウサンプトンが100人を出すことは疑いないが、まずは50人から始めれば十分で、残りは後でゆっくり選べばよいと書いてあります。」

午後までにはリストは埋まってしまった。ある市会議員は厄介な甥の名前を、別の市会議員は賃金をめぐって口論になり、訴訟を起こすと脅された現場監督の名前をリストに加えた。中には単なる悪意から名前を加えた者もいたが、ほとんど例外なく市会議員たちは市長の呼びかけに応じ、自分たち、あるいはサウサンプトンにとって、いなくなった方が都合の良い人物の名前をリストに載せた。

リストが完成すると、市長は書記が最初に記入した名前の一つを消し、代わりにジョン・スティルウェルの名前を記入した。市長の指示は、翌日兵士の一隊を率いて到着する将校に、女王の奉仕にふさわしいと判断した者の名前を伝えることだった。将校は彼らを連れて、ポーツマスからこの目的のためにやってくる女王のカッター船に乗せ、ドーバーまで運ぶことになっていた。ドーバーでは野営地が設営され、兵士たちが集結していた。

翌日、部隊は町に入り、指揮官は部下たちが市民の中に宿営しているのを見て、市長を訪ねた。

「市長、どうぞ良い人材リストを用意してください。ここで待っている暇はありません。他の町にも同じような用事で行かなければならないのです。正直言って、この仕事は好きではありませんが、命令に逆らう立場ではありません。」と彼は言った。

「私は50人の男性のリストを持っています。彼らは皆、活動的で元気な男たちで、良い兵士になるでしょう」と市長は述べた。

「サウサンプトンにとっては、間違いなく厄介な連中がいなくなるのはありがたいことだ」と将校は笑いながら言った。「ピーターバラ伯爵には同情するよ。あいつらは、これまで戦場に送り出された兵士の中でも、最も粗暴な連中ばかりだろう。だが、たいていの場合、国内で問題を起こすような連中こそ、いざとなれば最高の戦士になるものだ。いざという時、私は20人の正直な農夫よりも、君たちの向こう見ずな剣士が6人いる方がましだ。どうやって彼らを連れてくるつもりだい?」

「それはすべてあなたにお任せします」と市長は言った。「ここに彼らが潜伏している家の一覧があります。町の警備隊を派遣して、道案内をさせ、犯人の位置を知らせましょう。」

「必要なのはそれだけです」と将校は言った。「しかし、最も問題を起こしそうな人物のリストをくれれば結構です。まず最初に、これらの人物を船に乗せて拘束します。彼らを拘束したら、部下を小グループに分け、各グループに貴国の巡査を一人ずつ同行させて、毎晩一定数ずつ連行します。家に押し入って連行するのは避けた方が良いでしょう。確かに我々は合法的に、議会の法律に基づいて行動していますが、戦争への反感を煽り、政府の不人気を招くような苦情の原因を作ることは常に避けるべきです。さらに、それは善良な市民との関係を悪化させ、私の上層部との関係も悪化させる可能性があります。きっとあなたも同意してくれるでしょう。」

「その通りです、その通りです」と市長は慌てて言った。「あなたは実に賢明で的確なことをおっしゃいます。滞在中はぜひ私の家にお泊まりいただければ幸いです。ただ、私の妻は生まれつき詮索好きなので、お渡しするリストは彼女には見せないでいただきたいのです。女はいつも自分に関係のないことに首を突っ込みたがるものですから。」

「承知いたしました」と将校はウインクしながら言った。「リストには奥様がお気に召さない名前も含まれているでしょう。以前にも同じようなことがありました。しかしご心配なく、リストは厳重に保管いたします。それに、町での私の仕事については何も言わない方が良いでしょう。もしこのことが知れ渡れば、良心に咎める者の中には、自分が徴兵される可能性が高いと感じ、私と部下たちが去ったと聞くまで、こっそりと姿を消してしまう者もいるかもしれませんから。」

2日後、夕暮れ時、ジャック・スティルウェルは自分が乗る船の荷揚げを見ていた埠頭から歩いて上がっていくと、角に立っている4、5人の兵士の集団に出くわした。すると、現場監督のリチャード・カーソンだとすぐにわかる声が聞こえた。

「将校、あれがあなたの部下です」と兵士たちは言い、一斉に彼に襲いかかった。

不意を突かれた彼は必死にもがいたが、杖で後頭部を強く殴られ、しばらくの間意識を失った。意識を取り戻した時、彼はほとんど真っ暗な場所に横たわっていたが、ランタンの微かな光で自分が船倉の中にいることに気づいた。数人の男たちが彼の近くに座ったり横たわったりしていた。彼らの中には罵詈雑言を吐く者もいれば、あちこちの切り傷や裂傷から流れ出る血を止めようとする者もいた。

「これは一体どういうことなんだ?」彼は少し落ち着きを取り戻しながら尋ねた。

「つまり、我々は兵士として徴兵されるということだ」と一人が言った。「私は抵抗したが、手錠をかけられそうになった時、何人かの市民がやって来て何をしているのかと尋ねた。すると巡査部長は『これは完全に合法だ。我々は市長の令状を持っており、この男を軍隊に徴兵する権限がある。ここにいる警官が、我々は権限に基づいて行動していると証言してくれるだろう。もし誰かが邪魔をすれば、もっとひどいことになるぞ』と言った。」

ジャックは黙ってその知らせを聞いた。市長の令状に追われていたのか、亡き雇い主の恨みの犠牲者だったのか。しかし、シャツや服が血でびっしょり濡れていることに気づき、すぐにその考えは消え去った。後頭部に手を当てると、大きなこぶがあり、そこからまだゆっくりと血が流れ出ていた。首に巻いていたハンカチを外し、頭に巻きつけてから再び横になった。考えようとしたが、頭は弱く混乱しており、やがて深い眠りに落ちた。そして、別の囚人たちが到着しても、彼は目を覚まさなかった。

彼が目を覚ましたのは朝だった。そして、捕虜になった仲間が20人近くいることに気づいた。檻の中の動物のように行ったり来たりしている者もいれば、自分たちの運命を大声で嘆いている者もいた。不機嫌そうに黙って座っている者もいれば、捕虜にした張本人だと考える者たちに復讐を誓う者もいた。階段の下にはマスケット銃を肩に担いだ歩哨が立っていて、時折、水兵たちが階段を上り下りしていた。ジャックはそのうちの一人に近づいた。

「なあ、水を何杯か分けてもらえないか?まず喉がカラカラなんだ。それに、俺たちの多くはかなり大量に血を流してきたから、少しでも血を洗い流したいんだ。」と彼は言った。

「まあ、君は分別のある男みたいだな」と水兵は言った。「それに、物事を冷静に受け止めるタイプだ。そうさ、坊主。王様、いや、今は女王様だ――どっちでも同じだが――が一度君を支配下に置いたら、抵抗しても無駄だ。俺も二度も圧力をかけられたことがあるから、君の気持ちはよく分かる。さあ、仲間たち」と彼は他の水兵二人に言った。「手伝ってくれ。真水の入ったバケツとパニキン、それから海水の入ったバケツを6つほど持ってきて、この若者たちに水を飲ませて、体を洗わせてやろう。」

それはすぐに終わった。囚人たちは皆、飲み物を喜んでいたが、体を洗うことに気を付ける者はほとんどいなかった。しかし、ジャックはバケツを手に取り、上半身裸になって念入りに体を洗った。塩水で傷口がヒリヒリしたが、彼は30分間も洗い続け、その頃にはすっかり気分が良くなり、爽快感に浸っていた。それからシャツを水に浸し、固く染み付いた血痕をできる限り落とした。そしてシャツを絞って干し、コートを着て座り込み、事の成り行きをじっくりと考えた。

彼は軍隊に入隊するなど考えたこともなかった。というのも、兵員補充のために講じられた措置によって、イギリス国民にとって軍務は極めて忌み嫌われるものになっていたからだ。アジャンクールの戦い以来、イギリス軍は海外で輝かしい戦果を挙げたことがなく、そのため、現在のような勇敢さと輝かしい歴史に対する国民の誇りは、当時全く存在しなかった。

とはいえ、ジャックは、自分が兵士になろうと船乗りになろうと、大した違いはないと考えていた。彼は世界を見て回り、冒険に身を投じ、そして何よりも、服飾店の退屈な単調な仕事から逃れたいと切望していた。これらの目的は、陸軍でも海軍でも同様に達成できるだろう。実際、今考えてみると、長い航海の単調さよりも、マールバラ公やピーターバラ公の下での実戦的な任務の方がましだとさえ思った。いずれにせよ、抗議や抵抗は無駄であることは明らかだった。彼も他の人々と同様に、治安判事に兵士を徴兵する権限を与える法律が可決されたことを知っていた。そのため、彼の徴兵は市長が邪魔者扱いして彼を排除したいという個人的な願望によるものであることは間違いないが、それでも厳密には合法であり、それに抗議しても無駄だと彼は感じていた。そこで彼は、現状を最大限に活かし、避けられない事態に迅速かつ快く同意することで、部下たちの好意を得ようと決意した。

やがて、何人かの水兵が、黒パンの塊が数個、スープのようなものが入った大きな鍋、そして陶器のマグカップ20個を乗せた盆を運んできた。ジャックはすぐにマグカップの一つを鍋に浸し、パンを一切れ取って朝食についた。他の何人かも彼に倣ったが、ほとんどの者は怒りや落胆で食べる気になれず、実際、食事を拒否することは捕虜生活への一種の抗議であるように思われた。

それから30分後、船員たちは食事を片付けた。食事に手をつけなかった者の多くは、時間が経つにつれて空腹が忍び寄ってきたため、すぐに食べなかったことをひどく後悔した。次の食事、黒パンと大きな塩漬け牛肉が運ばれてきたのは夕方になってからだった。今度は誰も食べなかった。夜が更けるにつれて、新たな捕虜たちが次々と連れてこられ、真夜中にはその数は50人に達した。彼らの多くは捕らえられる際にひどく殴られていたので、友人の船員を説得して塩水を3、4バケツ持ってきてもらったジャックは、彼らを洗ったり傷の手当てをしたりして、少しでも楽にさせようと最善を尽くした。

朝になると、彼は自分の不幸の仲間が誰なのかを見分けることができた。その多くは、波止場でぶらぶらしている者や、厄介者、騒々しい人物として顔見知りだった。3、4人は少し違ったタイプの男たちだった。2、3人は立派な職人で、これまで様々な時期に、自分たちの権利を主張することで町の有力者たちの反感を買ってきた者たちだった。そして2人は、上流階級の怠惰な若者で、友人たちを我慢の限界まで悩ませていた。

やがて、乗船していた徴募隊の責任者が船倉に降りてきた。すると彼はたちまち、罵詈雑言と激しい抗議の嵐に襲われた。

「いいか、諸君」と彼は静かにするように手を上げて言った。「このままでは無駄だ。女王陛下に仕える覚悟を早く決めた方がお前たちのためになる。なぜなら、そうせざるを得ないのは確実だからだ。議会法に基づいて徴兵されたのだから、逃れることはできない。お前たちが受けたひどい仕打ちは、お前たち自身の責任だ。これ以上問題を起こせば、もっとひどい目に遭うだろう。さて、女王陛下に仕えることをすぐに承諾する者は甲板に上がってこい。」

ジャックはすぐに前に進み出た。

「喜んでお仕えいたします」と彼は言った。

「その通りだ」と将校は力強く答えた。「君は気概のある若者で、立派な兵士になるだろう。まだ若いが、それは君にとって有利だ。他の者が新兵訓練を受けている年齢で、君は軍曹になるだろう。さて、次は誰だ?」

他の半ダースほどはジャックに倣ったが、残りの者たちはまだ痛みと怒りが収まらず、自発的に何かをする気になれなかった。

ジャックは軽やかに甲板に飛び上がり、周囲を見回した。カッターはすでに曳航を終え、そよ風を受けてサウサンプトンの穏やかな水面を進んでいた。蔦に覆われたネトリー修道院の遺跡が船の横に見え、その後ろには港の船が並んでいた。

「さて、若者よ」と老軍曹は言った。「女王陛下に仕えることに同意したということか?」

「陛下がそれほど強くおせっかいだったので」とジャックは微笑みながら答えた。「私には選択の余地がなかったのです。」

「その通りだ」と軍曹は優しく言った。「気を落とさないように、坊や。心配は猫を殺すって言うだろう?君はいい子だとわかるが、まだ若いから無理強いはできない。何歳だい?」

「16歳だ」とジャックは答えた。

「それなら、彼らには君を連れて行く権利はなかった」と軍曹は言った。「17歳が最低年齢で、兵士はたいてい20歳を過ぎるまでは役に立たない。年齢を証明できれば解放される権利はあるが、証人や書類がなければ証明できないし、若く見える新兵が未成年を装うのは昔からある手口だ。」

「やってみるつもりはありません」とジャックは答えた。「もう決心しましたし、これで終わりです。でも、なぜ兵士は20歳を過ぎるまで役に立たないんですか、軍曹? 私が見る限り、少年も大人と同じくらい勇敢ですよ。」

「勇敢さは変わらないよ、坊や。戦闘となれば、若い兵士も年老いた兵士と全く遜色ないことが多い。だが、年老いた兵士のように疲労や苦難に耐えることはできない。少年は大人が耐えられる限りの長距離を歩き始めるが、それを毎日続けることはできない。長距離行軍、湿地での寝泊まり、粗末な食事、沼地の熱病などになると、若い兵士は力尽きてしまう。病院は少年兵でいっぱいになり、彼らはまるでハエのように死んでいく。一方、年老いた兵士たちは生き延びるのだ。」

「君はまさにヨブの慰め手だね」とジャックは笑いながら言った。「でも、もう少し年を取るまでは、長距離行軍やまずい食事、じめじめした天気、沼地熱に悩まされることがないように願うよ。」

「君を落胆させたくはないんだが」と軍曹は言った。「若い兵士にもいろいろな種類がいるのは知っているだろう。ひょろひょろで胸板の薄い、まるで墓場を埋めるために生まれてきたような奴もいれば、丈夫でたくましい若者もいる。彼らは健康で元気いっぱいで、最後までやり遂げる。君は後者のタイプだと思うよ。元気いっぱいの精神力は世界一の薬だ。軍隊にいる医者や薬剤師全員よりも価値がある。だが、どうして君は徴兵されたんだ?普通は怠け者で役立たずの連中が火薬の餌食に選ばれるものだ。君はそういうタイプには見えないが、私の勘違いかもしれないな。」

「そうでないことを願います」とジャックは言った。「私がここにいるのは、サウサンプトン市長の親戚みたいなものなんです。市長が自分の店で働かせたがっていたので、しばらくは我慢していましたが、嫌になってしまい、ついには店長と喧嘩して殴り倒してしまったんです。それで追い出されてしまいました。市長は私がうろついているのが気に入らなかったのでしょう、それでこんな形で追い出したのだと思います。そんなに急ぐ必要はなかったのに。数日待ってくれれば、私はもう出て行っていたでしょう。少年時代に植民地へ向かう船に乗り込んでいたんですから。」

「それなら、坊や、君の大切な親戚に恨みを抱く理由はないよ。彼は君に悪いことをしようとしていたのに、実際には君に良いことをしてくれたんだから。船乗りの少年の生活は羨ましいものではないよ、断言できる。誰の言いなりにもならなきゃならないし、半ペンス硬貨よりも多くの刺激を受けるんだ。それに、それで何が得られる?船乗りになれるだけさ。俺が見る限り、船乗りの生活は犬の生活みたいなもんだ。寝る場所を見てみろよ。まともな犬小屋にも劣るじゃないか。食べ物を見てみろよ。石のように硬い塩漬けの肉と、まともな犬なら鼻をそむけるような腐ったビスケットだ。自分の時間なんてない。雨の日も晴れの日も、嵐の日も穏やかな日も、言われたら働かなきゃならない。そして、彼に楽しみは何がある?航海が終わったら陸でどんちゃん騒ぎをして、それからまた仕事だ。」もう一度言うが、坊や、兵士の生活は紳士の生活に比べればずっとましだ。一度訓練を覚えて自分の任務を理解すれば、あとは楽なものだ。ほとんどの時間は自分の自由だ。戦地では、他人の金で食べて飲んで楽しく過ごせる。任務中に濡れても、交代する時にはたいてい乾いた状態で帰れる。悪くない生活だよ、坊や。任務をきちんとこなし、冷静沈着で礼儀正しく、身なりもきちんとしていれば、必ず昇進できる。特に読み書きができるならね。君はできると思うけど。

ジャックはかすかに微笑みながら頷いた。

「それなら」と軍曹は言った。「いずれ将校になれるかもしれない。私は読み書きができない――20人に1人しかできない――だが、できる者は当然、功績を上げれば昇進のチャンスは高くなる。去年、ローカントリーで昇進するはずだったのに、私が10人の兵士と共にフランス軍の1個中隊を相手に運河にかかる橋を30分間守り抜いた時、マールバラ公自身が『よくやった!』と言ってくれた。戦いが終わった後、彼は私を呼び出したが、私が読み書きができないと分かると昇進させることはできなかった。しかし、20ギニーの小銭をくれた。それが私にとっては都合が良かったのかもしれない。将校になるよりも軍曹になった方がずっと楽だからだ。だが、もし君が私の立場だったら、昇進していただろう。」

午後になると風が弱まり、潮の流れが逆らう中、カッターは錨を下ろした。夜、運命を受け入れたジャック・スティルウェルと他の者たちは、船倉の仲間と合流する代わりに、船上の兵士たちと寝た。ジャックは、船倉の空気がこもって息苦しかったのに対し、船内には空気と換気があったので、この変化を非常に喜んだ。翌朝、真夜中過ぎに吹き始めた風が急速に強まり、船員の一人が言うように、まもなく強風になるだろうと分かった時、彼はさらに喜んだ。カッターはすでに波の上昇の影響を受け始めており、午後には激しく揺れ、船首から波を受けていた。

「楽しんでいるようだな、若者」と軍曹は言った。ジャックはロープにつかまりながら、降り注ぐ波しぶきにも構わず風に向かっていた。「うちの半数は船酔いで倒れているし、船首の船倉にいる連中は相当辛い思いをしているに違いない。隔壁越しにうめき声や罵声が聞こえる。ハッチはここ3時間ずっと閉め切られているんだ。」

「楽しいよ」とジャックは言った。「サウサンプトンで休暇を取るたびに、よくヨットに乗って出かけたんだ。あそこの漁師たちのほとんどを知っていたし、彼らはいつも僕を助っ人として連れて行ってくれた。ドーバーにはいつ頃着くと思う?」

「彼女は速足で歩いています」と軍曹は言った。「明日の朝には着くでしょう。もしかしたらもっと早く着くかもしれませんが、船員たちの話では、船長は夜明け前には入港しないだろうし、暗くなる前に帆を縮めて、それより早く着かないようにするだろうとのことです。」

風は次第に強まり、ついには暴風となった。しかし、カッターは優れた耐航船であり、軽快な姿勢で航行していたため、天候の変化にも動じなかった。だが、ジャックでさえ、船の動きが急に変わったのを感じ、ドーバー港に入港しようとしていることを悟ったときには、ほっとした。

夜明けが明けたばかりで、ハッチが外されると、軍曹は押し寄せた兵士たちに甲板に出るようにと叫んだ。呼びかけに応じて這い上がってきたのは、見るも無残な男たちの集団だった。船酔い、息苦しい空気、そして過去18時間の激しい揺れで、彼らはすっかり疲れ果て、梯子を登る力さえほとんど残っていなかった。

彼らの気力も憤りもすっかり失われていた。あまりにも惨めで意気消沈していたため、文句を言う気力さえなかった。軍曹は部下にバケツで水を汲むように命じ、新兵たちには体を洗い、できる限り身なりを整えるように言った。そして、甲板に上がってきた船長は、その命令を厳しく徹底させた。

「こんな汚くてみすぼらしい連中とドーバーの街を行進するわけにはいかない」と彼は言った。「まったく、兵士たちでさえお前たちに泥を投げつけるだろう。さあ、できる限り体をきれいにしろ。さもないと、お前たちにバケツの水を浴びせるぞ。こんな状態のままでは、ずぶ濡れになっても岸に連れて行く方がましだ。お前たちの頑固さ​​が招いた結果だ。もっと早く、面倒なこともなく入隊していれば、こんな目に遭うことはなかっただろう。」

新鮮な空気と冷たい水は、最も疲れ果てた新兵たちでさえすぐに元気を取り戻させ、状況が許す限り全員が身なりを整えるとすぐに、上陸命令が出された。一行は埠頭で四列縦隊に並び、兵士たちが外側の列を形成した。そして、まだ数人しか起きていないドーバーを通り抜け、城壁のすぐ外に設営された野営地へと行進した。連隊長が行進してくる彼らを出迎えた。

「ロウザー大尉、大変な目に遭われたようですね。昨夜はキャンプ全体が吹き飛ばされるかと思いましたよ。こいつらはサウサンプトンから来た新兵たちでしょう?」

「ええ、大佐。残っている兵士たちですが、確かにひどい12時間を過ごしましたね。」

「彼らを一列に並ばせろ」と大佐は言い、「彼らに目を光らせてくれ。皆、女王陛下に仕える準備と意欲があると信じたいものだ」と、険しい笑みを浮かべながら付け加えた。

「準備は万端です、間違いありません」とロウザー大尉は答えた。「彼らの意欲については、何とも言えません。6人ほどはすぐに何の抵抗もなく入隊に同意しました。中でも一番優秀だったのは列の最後尾にいる若者で、エドワーズ軍曹によると、彼は立派な青年で、連隊の名誉を高めてくれるだろうとのことです。残りの者たちは不機嫌な態度を取り、航海中は船倉に留め置かれるという不運に見舞われました。しかし、もう彼らの愚かな態度はすっかり改まったと思います。」

大佐は隊列に沿って歩き、兵士たちを調べた。

「たくましい連中だ」と彼は隊長に言った。「苦難を乗り越えればね。さて、諸君」と彼は兵士たちに語りかけ続けた。「君たちは皆、議会法に従って女王陛下に仕えるよう強いられてきた。今は気に入らない者もいるかもしれないが、すぐに慣れて、喜んで受け入れるようになるだろう。規律は厳しくなることを警告しておく。このような新設連隊では厳しく統制する必要があるが、行儀よく任務を遂行すれば、生活はつらいものではないだろう。」

「いいか、お前らが脱走を考えても無駄だ。お前らの名前と住所は把握しているから、もし脱走したとしても家に帰ることはできない。どこに行こうともすぐに連れ戻されるだろうし、脱走の罰則がどんなものかは、私が言わなくてもよく分かっているはずだ。以上だ。」

誰も反論の声を上げなかった。大佐が言ったように、彼らは法的に徴兵されたのだから、誰もが自分の立場は絶望的だと感じていた。彼らはまず副官の前に連れて行かれ、そこで迅速に宣誓させられた後、さらに数人の兵士の助けを借りてテントを張る作業に取り掛かられた。すぐに衣服が支給され、訓練が直ちに開始された。

毎日新たな兵士が加わり、2週間後には兵力は満員になった。ジャックは、朝から晩まで続く厳しい訓練に異議を唱えなかった。大佐はいつ出航命令が出てもおかしくないことを知っており、出航前に部隊をある程度整えておきたいと考えていたからだ。しかし、ジャックは自分が身を置くことになった連隊の面々に辟易していた。ごく少数の例外を除けば、連隊は荒くれ者や役立たずばかりで、各自治体の治安判事が町から一掃したような連中ばかりだった。こうした連隊には、刑務所の残党や、あらゆる種類の悪党やごろつきが混じっていた。連隊はいずれは優秀な兵士の集団にまとまるかもしれないが、現状では規律が十分に機能しておらず、ただの無謀な男たち、泥棒、浮浪者の集まりに過ぎなかった。

第3章:家庭内の嵐
アンソニー夫人は、召使いにジャック・スティルウェル宛ての手紙を持たせて下宿を降りさせたところ、召使いが戻ってきて、スティルウェルが2日前に下宿を出て以来戻ってきていないと告げたので、大変驚いた。彼の持ち物はすべて残されており、彼が出かけた時から帰るつもりはなかったのは明らかだった。家の女主人は、スティルウェル氏はいつもきちんと下宿に来てくれる常連客だったので、何かあったに違いないと思ったという。もちろん彼女にも真相は分からなかったが、町中が徴兵隊に連行された男たちの話をしていて、きっとスティルウェルもその連中によって連れ去られたのだろうと思ったのだという。

アンソニー夫人はその結論にすぐさま飛びついた。実際、50人の男たちが押し寄せたことで、この2日間、町は大騒ぎになっていた。市長室には、夫や息子が連れ去られたと訴える怒った女性たちが殺到し、市長は多くの脅迫と憤慨にさらされていた。前日の夕方には、市庁舎から帰る途中で女性たちに泥を投げつけられ、泥まみれになって帰宅したばかりで、警官たちの尽力によってようやくより深刻な暴行を免れたのだった。

アンソニー夫人は、夫がこれらのことをこれほど静かに受け止めていることに驚いた。確かに何人かの女性は捕らえられ、さらし台にかけられたのだが、市長はこの件を軽く扱い、全体的に異常なほど機嫌が良さそうだった。アンソニー夫人はすぐにこれをジャックの失踪と結びつけた。彼女はリストが市長によって作成されたことを知っており、夫がジャックを始末するためにこの手段を取り、計画の成功に歓喜しているという考えが頭をよぎった。市長は市庁舎に出かけていたため、彼女は夕食に戻ってくるまで待たなければならなかった。しかし、食事が終わり、アンドリュー・カーソンと二人の助手が席を立つとすぐに、彼女は話し始めた。

「リチャード、強制徴募された男たちのリストを見たいんだ。」

その依頼は、仕立て屋にとってほとんど驚きではなかった。彼は、妻が遅かれ早かれジャックの失踪に気づき、その失踪を強制徴募隊の活動と結びつけるだろうと確信していたのだ。

「なぜそれを見たいんだ?」と彼は簡潔に尋ねた。

「誰が連れ去られたのか知りたいの」と彼の妻は言った。「別に秘密でも何でもないわよね?」

「いいえ、秘密などありません」と市長は答えた。「議会の法律と女王陛下の大臣の要請に従い、この町の住民の中で最も役に立たず、評判の悪い者50人のリストを作成しました。そして、彼らが全員町からいなくなったことを喜んでお伝えします。立派な市民の皆様は、私が与えられた任務を立派に遂行したことに感謝しています。数人の怒った女性の騒ぎなど、私にとっては何の迷惑にもなりません。」

「リチャード、なぜそんなことを私に話すのかしら」と妻は落ち着いた口調で言った。「私はあなたの選択方法について何も批判したわけではないわ。ただリストを見たいと言っただけよ。」

「そのリストはあなたに関係ないと思うのですが」と市長は言った。「なぜご覧になりたいのですか?」

「リチャード、ぜひそれを見たいんだ。なぜなら、そこに私のいとこのジャック・スティルウェルの名前が書かれているのではないかと疑っているからだ。」

「ああ、お母さん!」会話を驚いて聞いていたアリスは、突然立ち上がりながら叫んだ。「まさか、ジャックに兵士になるよう強要したなんてことはないでしょう?」

「部屋から出て行け、アリス」と父親は怒って言った。「お前のような子供が関わることではない。」少女が出て行ってドアが閉まると、彼は妻にこう言った。

「当然、彼の名前もリストに載っている。サウサンプトンで最も役立たずな男たちを50人選んだのだが、最初に思い浮かんだのが彼の名前だった。それで、どうする?」

「では、リチャード、あなたに言っておきますが」とアンソニー夫人は立ち上がりながら言った。「あなたは卑劣な人間です。意地悪で、臆病で、残酷な人間です。あなたは、まるで自分の息子のように愛しているジャックに、あなたの監督とあなた自身の横暴に耐えられなかったという理由で、恨みをぶつけたのです。あなたはサウサンプトンの市長かもしれませんし、あなたなりのやり方で偉大な人物なのかもしれませんが、私はあなたを卑劣で哀れな男と呼びます。もう1時間もあなたと一緒に家にいるつもりはありません。3時にベイジングストーク行きの馬車が通りますから、私は父と母のところへ行き、アリスも連れて行きます。」

「そのようなことは一切許さない」と市長は尊大に言った。

「お許しください!」アンソニー夫人は叫んだ。「お許しがどうでもいいわ。一言でも言ったら、町へ行って昨夜あなたに泥を投げつけた連中に加わるわ。サウサンプトンの立派な市長が、妻に率いられた大勢の女性たちに路上で泥を投げつけられるなんて、さぞかし見ものになるでしょうね。リチャード、私のことはよく知っているでしょう?私がやると言ったことは必ずやるって、あなたも知っているはずよ。」

「お前を自分の部屋に閉じ込めてやる、女め。」

「そんなことさせませんよ」とアンソニー夫人は軽蔑的に言った。「町中の人が私に怒鳴りつけるまで、窓から叫び続けます。いいえ、市長さん。あなたは自分の思い通りにしてきたのですから、私も自分の思い通りにするつもりです。もしよろしければ、町の人たちに、奥さんがあなたのいとこ、つまり彼女が愛していた少年を誘拐したせいであなたの元を去ったとでも言ってください。あなたがあなたの話をすれば、私も私の話をします。町中の女たちがあなたを嘲笑し、あなたは街に顔を出す勇気さえなくなるでしょう。本当にそうお望みですか!まったく、哀れなちっぽけな男め、私の指がうずきそうです。もう一言でも言ったら、あなたが逆立ちしているのか踵立ちなのか分からなくなるまで、あなたの耳を殴ってやりますよ。」

市長は小柄な男だったが、アンソニー夫人は身長こそ平均的だったものの、ふくよかで体格が良かった。そして、意気消沈した夫は、妻が脅しを実行に移す可能性があると感じていた。そのため、彼は何も返答しないのが賢明だと考え、怒った妻は部屋から出て行った。

市長が店に降りてくるまでにはしばらく時間がかかった。その間、彼はこの件について考えを巡らせ、妻の言いなりになるのが最善だと結論づけた。実際、他にどうすればいいのか、彼には見当もつかなかった。

彼は嵐を予期していたが、これほどの嵐は予想していなかった。結婚生活15年で、妻がこれほど激昂するのを見たことは一度もなかった。今、自分が介入すれば、彼女が脅しをすべて実行に移すかもしれない。いや、放っておく方がましだ。嵐はいずれ過ぎ去るだろう。彼女が実家へ数週間滞在するのはごく自然なことで、いずれは戻ってくるだろう。何しろ、ジャックを追い払ったのだから、しばらくの間は妻の不在を我慢できる。もちろん、そんな罵詈雑言を浴びせられるのは不快だ、非常に不快だが、それを聞いたのは自分だけなので、それほど問題ではない。結局のところ、彼女がしばらく家を出ようと決めたのは、最善の策なのかもしれない。今の彼女の気分では、家で居心地の良い雰囲気を作ることはできないだろうし、当然、娘は母親の味方をするだろう。

そこで、荷馬車が玄関に止まると、市長は穏やかな表情で外に出て、箱がきちんと荷馬車に積み込まれていること、妻が藁の山の上に敷かれたショールの上に快適に座っていることを確認した。しかし、アンソニー夫人は市長の気遣いに感謝も称賛もせず、泣き腫らしたアリスは一言も発しなかった。だが、二人は荷馬車の屋根の下にきちんと座っていたので、近くに立っている数人の人々からは見えなかった。そして、荷馬車が陽気に話し始め、道中気をつけるようにと様々な注意を促し始めるまで市長は、出発が友好的なものでなかったなどと誰も思わないだろうと自惚れていた。

一週間後、アンソニー夫人宛に手紙が届き、市長はすぐにジャック・スティルウェルの筆跡だと分かった。彼は手紙を自室に持ち帰り、開封するかどうかについてかなり迷った。問題は、少年が何と書いていたかということだった。もし彼が自分の待遇について激しい不満を綴っていたとしたら、妻が手紙を受け取ったことで事態はさらに悪化するだけだろう。そうなれば、手紙はもちろん、今後届くかもしれない他の手紙もすべて破棄して、一切の連絡を断った方がましだ。少年がイギリスに戻ってくる可能性は低いからだ。

そこで彼は手紙を開封し、読み終えると、安堵感を覚えながらそれを置いた。手紙は明るい調子で書かれていた。ジャックはまず、自分が下宿先からいなくなったと聞いたら、アンソニー夫人とアリスが心配するだろうと心配していた、と書き始めていた。

「いとこよ、多くの者が同じように連れ去られたのを見れば、私の身に何が起こったか、きっとお察しいただけるでしょう。亡き主人が私をこのように追い出したのは、決して立派な行いだったとは思いません。リストを作成したのは主人ですから、当然彼の仕業です。しかし、どうか主人に、私は何の恨みも抱いていないと伝えてください。そもそも、主人は私が船乗りになることを知らなかったのですから、自分と関係のある者がサウサンプトンで何もせずにぶらぶらしているのを見て、当然腹を立てたに違いありません。それに、主人はいつも私に親切にしてくれていたことを私は知っています。行く当てのない私を家に迎え入れてくれ、無償で見習いとして働かせてくれました。もし私の放浪癖が、そんな静かな生活を好まなかったのなら、きっとその後も私に多くのことをしてくれたでしょう。こうして考えてみると、主人が私に与えようとしてくれた恩恵を私が拒否したことに、主人が腹を立てたのも当然のことのように思えます。」

「次に、私を兵士として送り出すという彼の行動は、最終的には私の幸福につながるかもしれません。もし私が自分の意図通りに船員として行っていたら、一生船員のままだったかもしれません。兵士として行った方が、私にはチャンスが多いように思えます。戦闘や冒険をたくさん経験できるだけでなく、それは私の性分に合っていますし、私にとても親切にしてくれた軍曹もそう言っていますが、昇進のチャンスも十分にあるように思えます。兵士のほとんどは無秩序で無知な男たちです。私は将校たちの好意を得るために、堅実で従順であろうと努めますし、愛する父から良い教育を受けてきたので、いずれは普通の兵士とは少し違うと見なされるようになることを願っています。そして、もし私が功績を上げる機会を得て、スペインの銃弾や槍の一撃、あるいは珍しくないと言われている熱病で命を落とさなければ、私は戦争が終われば、名誉と功績を携えて帰還できるかもしれないし、軍曹は、もしかしたら将校に昇進するかもしれないと言った。だから、亡き主人は私に多くの恩恵を与えてくれたが、おそらく今回の恩恵は、たとえ意図していなかったとしても、最高の恩恵となるだろう。いとこよ、彼によろしく伝えてくれ。そして、私は彼に何の恨みも悪意も抱いていないと伝えてくれ。いとこのアリスにもよろしく伝えてくれ。もしスペインで珍しい記念品が見つかれば、必ず彼女に持って帰ると伝えてくれ。そして、いつも私に親切にしてくれた君にも、同じようにしてあげるつもりだ。

「あの少年は悪い子ではない」と市長は満足そうに手紙を置いた。 「もしかしたら、私は彼を厳しく裁きすぎたのかもしれません。彼は自分の幸福に反する行動をとったのですから。とはいえ、少年の肩に大人の頭を期待することはできませんし、彼はきちんと、そして適切に手紙を書いています。これはアンドリュー・カーソンのせいだと思います。彼はいつも少年の怠惰と不注意について報告して私を煽っていたのです。彼は確かに少年に恨みを抱いており、妻のいとこに手を上げたのは明らかに自分の立場と権限を逸脱した行為でした。この件に関しては、私は少々性急で、頭を誤って行動してしまったようです。カーソン氏には、1か月後にはもう彼の助けを必要としないことを伝えようと思います。彼はあまりにも出しゃばりすぎです。メアリーは喜ぶでしょう。彼女は彼を好きではありませんでしたし、好き嫌いに関しては女性は私たちよりも賢いものです。彼が去ることを聞き、私が配達人に託して彼女に送るこの手紙を読めば、彼女は私の元に戻ってくるかもしれません。私は彼女がいなくて本当に寂しいです。」ひどく落ち込んでいるし、彼女がいないと家事も全てうまくいかない。あんなことを言うべきではなかった。だが、賢い男は怒っている女の言うことを真に受けないものだ。それに、今改めて考えてみると、彼女の言葉にはそれなりの根拠があったように思える。ああ、一体何が私をそうさせたのか、全く見当もつかない。アンドリュー・カーソンという男のせいでなければ。リチャード・アンソニーは悪い人間だと思われていなかったはずだ。そうでなければ、サウサンプトンの市長にはなれなかっただろう。メアリーと私は15年間、彼女の支配的な性格から生じるちょっとした口論を除けば、とてもうまくやってきた。彼女は良い妻だ。これ以上望む者はいないだろう。もっとも、彼女は不当な扱いだと感じると激怒する傾向があるが。だが、どんな女性にも欠点はあるし、男性にも欠点はある。そして、概して言えば、メアリーほど欠点の少ない人は少ない。すぐに彼女に手紙を書こう。

市長は一度決心すると躊躇しない男で、机に向かって次のように書き記した。

「愛する妻へ:従兄弟のジャックからあなた宛の手紙が届きました。開封しましたが、予想通り私への不満ばかりだったら、あなたの手に渡らなかったでしょう。あなたの私に対する怒りは、これ以上火に油を注ぐことなくとも十分に激しいのですから。しかし、ご覧の通り、あの少年は全く異なる調子で書いており、最近の傷よりも過去の親切を懐かしんでいます。彼の手紙のおかげで、以前とは違う心境で物事を考え直すことになり、私は自分が間違った行動をとったという結論に至りました。第一に、あの少年に十分な配慮をしなかったこと。第二に、彼が嫌がる仕事をさせ続けたこと。第三に、アンドリュー・カーソンがあの少年について言ったことをあまりにも簡単に聞き入れてしまったこと。最後に、彼から逃れるためにこのような手段をとったこと。今日、私はアンドリュー・カーソンに私の使用を辞めるよう通知します。これまであなたに抵抗してきました。あなたが怒りに任せて私に言った言葉にはそれなりの根拠があったこと、そして女性は感情的になるとつい口が滑ってしまうものだと理解しているので、それらの言葉は忘れることにします。

「さて、この件は一旦置いておこうと思いますので、あなたのいとこの兵士の出征を私が手配したことに対するあなたの怒りも、どうかお収めください。彼の手紙を読めば、彼が今回の出征によっていかなる敵意も生じさせたくないと思っていることがお分かりいただけるでしょう。私たちは15年間、友好的に暮らしてきました。この暗雲が晴れた後も、再びそうあり続けられない理由はないはずです。」

「あなたがいなくて本当に寂しいです。あなたがいなくなってから、私たちの生活はうまくいっていません。食事はまずく、給仕もぞんざいです。もしあなたが戻ってきて、愛情深く従順な妻として再び尽くしてくれるという手紙を書いてくれたら、私は休暇を取ってベイジングストークに行き、あなたとアリスを迎えに行きます。ジャックに手紙を書いて5ギニーを送ります。きっと彼はそのお金で、これから始まる冒険に必要な物資を揃えるでしょう。女王陛下が兵士に支払う給料は、贅沢品を買う余裕を許さないのですから。考え直して、アンドリュー・カーソンには1か月分の給料を払い、すぐに解雇することにしました。そうすれば、あなたが戻ってきたとき、いつもあなたを敵に回してきた人物、そして、徴兵の件を除けば、私たちの間に生じた問題の少なからず原因を作っている人物が、ここにはいないことになります。徴兵の件については、私が完全に責任を負うべきだと認めます。アリスによろしく伝えてください。」彼女は気丈に振る舞い、いとこのジャックが多くのスペイン人を殺した後、彼女のもとに戻ってくる時を待ち望むべきだと伝えた。

市長は、ジャックからの手紙を同封したこの手紙に署名し、丁寧に封印した後、若い兵士に次のような手紙を書き始めた。

「親愛なるいとこのジャックへ:妻に送っていただいた手紙を拝読しました。大変丁寧で礼儀正しい文体で書かれています。あなたの出発は妻との間に問題を引き起こしましたが、妻があなたの手紙を読んで熟考すれば、この問題は解決するでしょう。妻は事態を深刻に受け止め、現在、ベイジングストークにあるあなたのいとこのアリスの両親の家に滞在しています。あなたの手紙を読んだ後、あなたに非がないわけではないと感じていることをお伝えしたく、この手紙を書いています。あなたの手紙の文面を読むまで、私自身もそれに気づきませんでした。私はあなたを誤解し、自分の意向を優先するあまり、あなたの意向を十分に考慮していませんでした。もしあなたが今ここにいたら、今後私たちはもっとうまくやっていけるだろうと確信していますが、それが叶わない以上、あなたが手紙に込めた親切な気持ちを理解していること、そして今後私たちが良き友人であり続けることを願っていることだけをお伝えします。ドーバーの商人への5ギニーの注文書を同封します。旅の給料を補うために、購入しておきたい小物類がたくさんあります。アンドリュー・カーソンは私の元を去ります。彼こそが私たちの間に大きな亀裂を生み、私が後悔せざるを得ない事態を招いた張本人だと思います。

一週間後、ハイストリートの布地商人の店は閉店し、市長は不在予定の1週間の間代理人を任命した後、ベイジングストーク行きの駅馬車に乗り込んだ。その際、市長と妻の間で完全な和解が成立した。

遠征の開始は予定よりも遅れた。政府が必要な資金を提供できなかったか、あるいは提供しようとしなかったためである。ピーターバラ伯爵は多額の借金をせざるを得ず、その不足を補い、指揮を任された小規模部隊の効率性を確保するために必要な弾薬や物資を可能な限り供給するために、深刻な財政難に陥った。部隊は、ほとんどが未熟で規律に欠ける約3000人のイギリス兵と、2000人のオランダ兵からなる旅団で構成されていた。

5月初旬、ジャック・スティルウェルが所属する連隊はポーツマスへ行軍し、そこで遠征隊の残りのメンバーと合流した。一行はスピットヘッドに停泊していた輸送船に乗り込み、同月22日にセントヘレンズに向けて出航した。翌日、セントヘレンズで将軍が合流し、提督の船に上官とともに乗り込んだ。24日、艦隊はリスボンに向けて出航した。

ジャックは海が好きだったが、この変化を喜ばしいとは思わなかった。陸上では、絶え間ない訓練と地道な作業で男たちはすっかり忙しくなり、不平を言う暇などほとんどなかった。しかし、船上では状況が違った。当時、輸送船で現在維持されているような厳格な規律はほとんどなかった。確かに、遠征隊が乗船していた船はイギリス海軍の所有物だったが、ここでも規律は緩かった。船には優秀な船員も多かったが、乗組員の大半は兵士たちと同じように、厳しく、そして専横的に徴兵されていたため、不平を言う者は、他の乗組員の中にすぐに同情者を見つけることができた。

艦長は良家の出身の若者で、その地位はもっぱらコネで得たものであり、敵との戦闘では勇敢に戦ったであろうが、通常の任務にはほとんど関心を示さず、そうした事柄はすべて副官に任せきりだった。軍の将校たちは皆、この仕事に不慣れだった。陸上では、城に駐屯するかなりの数のベテラン兵士の存在が彼らを支えていたが、今や彼らは、未熟で反抗的な新兵たちの規律を維持するという困難に立ち向かうことをやめ、外国に上陸させてから彼らを秩序正しく規律づけることに頼っていた。そのため、毎日の点呼と、火縄銃の扱いに関する30分間の訓練以外は、兵士たちにほとんど干渉しなかった。

エドワーズ軍曹とその部下20名は、土壇場でジャックの大いに喜ばしいことに連隊に徴兵され、彼らの航海に同行することになった。

「ああ、彼らは荒くれ者だ」と、ジャックが数日航海に出た後の男たちの不平不満について指摘したのに対し、軍曹は答えた。「だが、人を無理やり家から連れ出し、各町で一番たちの悪い連中を選び出し、囚人で人数を補い、体力をつける前に海に送り出せば、何を期待できるというのだ? 船旅ほど男たちを苦しめるものはない。ここではニシンのようにぎゅうぎゅう詰めにされ、身動きするスペースもほとんどなく、何もすることがなく、犬でさえ食べようとしないような食べ物しか与えられない。当然、彼らは話し始め、自分たちの不当な扱いについて不平を言い合い、ついには怒り狂うのだ。」

「早く航海が終わってほしい。頼りになるベテラン乗組員がいれば問題ないのだが、半数以上が強制徴募で徴兵された者たちだ。その多くは君と同じように陸から連れてこられた連中だ。フランス人が視界に入れば、きっと皆勇敢に戦うだろうが、船長は彼らを船上で一斉に頼ることはできない。艦隊がまとまっていればそれでいい。ここに9隻の船があるが、どの船の乗組員も他の船で何が起こっているのか知らない。だが、もしどれか1隻の船長が反乱が起きたという信号を掲げれば、他の船はすぐに舷窓を開けてその船の周りに集まり、砲弾を浴びせるだろう。」

「でも、軍曹、本当に何か問題が起こる可能性は低いとお考えですか?」

「私が申し上げているように、天候が良好で艦隊がまとまって行動できれば、何の問題もありません。しかし、もし強風が吹き荒れて船が散り散りになってしまったら、どうなるかは誰にも分かりません。」

「彼らが反乱を起こすほど狂っているとは考えられない」とジャックは言った。「仮に船を奪ったとしても、それで一体何をするつもりなんだ?」

「それは以前にも聞かれた質問で、確かに理にかなっているが、お前も私と同じように、黒旗を掲げて海を航行する船は数多くある。出航する船には必ずと言っていいほど、奴隷船に乗船していた者が半ダースほど乗っていて、彼らは鍬を使わなくても何でも育つ島々、あらゆる種類の珍しい果物が摘み取れる島々、そして原住民が白人の召使いや妻になることを喜んで受け入れる島々の話でいっぱいだ。まさにこうした話が人を惑わすのだ。シーザー号の乗組員の中にも、少なくとも20人は、耳を傾ける者なら誰にでもこうした話を語っているに違いない。まあ、何も知らない者にとっては、実に魅力的な話だ。一方には、粗末な食事と銃撃される危険、そして命令されるだけの過酷な生活がある。自分の人生を自分のものと呼べないという点について。その一方で、怠惰と快楽に満ちた生活、自分の人生の主人となる生活がある。もし島々で手に入らないものが欲しければ、ちょっとしたクルーズに出かけて、略奪品を満載した船で戻ってくればいい。魅力的でないとは言わないが、一つだけ欠点がある。そして、こうした話を語る連中は、その点についてはあまり触れていないのだ。

「どうしたんですか、軍曹?」

「遅かれ早かれ、絞首刑か血まみれの墓場行きは確実だ。それがしばらく続き、商船が次々と行方不明になると、本国で苦情が出始め、女王の旗を掲げた船が1、2隻現れる。すると、海賊船は海上で捕まって沈没するか拿捕されるか、あるいは小さな島に連行され、そこで見つかった者たちは手短に処される。」

「いや、坊や、たとえ最善の場合でも、割に合わないと思うよ。船を乗っ取って沈めたり、乗組員や乗客を冷酷に板の上を歩かせたりすることに何の躊躇もないような、心が冷酷な連中にとっては、しばらくの間は楽しいかもしれない。だが、そんな連中でさえ、そんな生活が長く続くはずがないこと、そしてどこかに絞首台が待ち構えていることを知っているはずだ。だが、ほら、奴らは、誰かが島々のことを話して、そこでの生活がいかに快適か、士官たちにとって船の指揮を執って出航するのがいかに簡単かなどと話しているときには、そんなことは考えもしないんだ。二、三人の奴がそう決心すれば、あっという間に乗組員全員が毒に侵されるだろう。」

「まるで全てを知っているかのように話すね。」

「その話はよく知っている」と軍曹は厳粛な面持ちで答えた。「私が知る限り、これほど珍しい話はない。だが、君は信頼できる若者だから、話してもいいだろう。君は信じられないかもしれないが、私もかつて黒旗の下で航海したことがあるのだ。」

「軍曹!」ジャックは信じられないといった様子で叫んだ。「まさか、あなたが海賊だったなんて言うつもりですか?」

「それだけだよ、坊や。そうは見えないだろう?俺の髪型には海賊っぽいところなんて何もない。見た目はまさに俺そのもの、女王陛下の連隊に所属する屈強な老軍曹だ。だが、俺はかつて海賊だった。話は長くなるし、今は話せない。というのも、今は船室に行って皆の夕食の世話をしなくてはならないからだ。だが、静かに話せる機会ができたら、必ず話してやる。だが、それまでは俺が自らの意思で海賊になったなんて思わないでくれ。そう思われたくはないんだ。海では何が起こるか分からない。今夜、海に落ちて溺死するかもしれないし、護送船団のどれかが俺たちの船に遭遇して沈没するかもしれない。明日、お前は生きていて、俺は死んでいるかもしれない。お前が一生、エドワーズ軍曹がとんでもない悪党だったと思い続けるのは嫌なんだ。」彼は自らの意思で海賊になったわけではない。だから、私が全てを話すまで、それが私に強いられたことだと心に留めておいてほしい。もちろん、私には死ぬか死ぬかの選択肢がなかったとは言わない。もし君が私の立場だったら、死を選んだかもしれない。だが、君のように育てられたことは一度もなかった。チャンスなど全くなく、君とほぼ同い年だった私は、死ぬことを嫌がった。だから、そうするしかなかったのだ。同時に、機会があればすぐに彼らから逃げ出そうと、密かに決意した。今はこれ以上は話さない。時間がない。だが、何かあった時のために、エドワーズ軍曹が黒旗の下で航海したとしても、それは彼の意思によるものではなかったということだけは覚えておいてほしい。

軍曹は急いで船底へ降りていき、ジャックは聞いたことを不思議に思いながらその場に取り残された。数日後、その話が語られた。数時間後には空が曇り、風が強くなり、翌朝までには船は二重に縮帆した帆の下で激しく揺れていた。兵士たちは皆船底に閉じ込められ、静かに話し合うことなど到底不可能だった。それまでは天候も風も穏やかで、船はほとんど揺れることなく海面を滑るように進んでおり、乗船者の中で船酔いを経験した者はごくわずかだった。しかし今、甲板間の息苦しい空気の中、船が激しく揺れ、沈み込むと、ほとんどの者がすぐに船酔いで倒れ、海に慣れているジャックでさえ、周囲の不快感に屈してしまった。

嵐の2日目、船長に報告するために甲板に出ていたエドワーズ軍曹は、船室に戻ると天候の状況について熱心に質問された。

「風はものすごい勢いで吹いていて、船はマストが折れそうなくらい大きく揺れています」と彼は言った。「嵐が収まる気配は全くなく、艦隊の他の船も全く見えません。お伝えできることはそれくらいですが、船長には、ハッチを少し開けないと船内が息苦しくなると伝えておきました。船長は、風が少し弱まったら新鮮な空気を吸わせてくれるよう頼むと言っています。それまでの間、船乗りとして腕の良い者は甲板に上がっても構わないが、波が船をほぼ完全に乗り越えてしまうこともあるので、自己責任でお願いします」とのことです。

第4章:軍曹の逸話
ジャック・スティルウェルと数人の男たちは、息苦しい船内の空気から一時的に逃れる許可を得て、甲板へと向かった。しばらくの間、吹き荒れる風と荒れ狂う海の混沌に、彼らはほとんど途方に暮れた。大量の水が甲板を流れ、船が揺れるたびに波が舷側を乗り越えて押し寄せてくるように見えた。一行のうち数人はすぐに船内へと引き返したが、ジャックは他の数人と共に好機を待ち、甲板を駆け抜けて索具をつかみ、そこにしがみついた。ジャックはすぐに最初の混乱から立ち直り、目の前の壮大な光景を楽しむことができた。

彼女が見せていた帆は小さかったものの、船は波間を高速で進み、時には船首が完全に海中に沈むこともあった。そして再び浮上すると、水は膝まで船尾に押し寄せ、ジャックは足が海に流されないように必死だった。幸いにも、漂流物はすべてとっくに海に流されていたので、それらに触れて骨折する危険性は深刻ではなかった。

15分も経たないうちに、ジャックも我慢の限界に達し、船室へ降りて、ずぶ濡れの服を着替え、ハンモックを吊るして寝床についた。翌日、嵐は弱まり始め、夕方には風はほとんど止んだが、船は大西洋から押し寄せる大量の波の中で、以前と変わらず激しく揺れていた。

しかし、ハッチは取り外され、全員が甲板に出るよう命じられた。しばらくすると、一団が船室を水で洗い流すよう指示された。閉じ込められていたため、男たちは皆弱っていたが、すぐに元気を取り戻し、甲板を渡ろうとした者たちの不幸な出来事を見て、間もなく笑いが起こった。船は激しく揺れ、陸の人間は何かにつかまらなければ足元がおぼつかない状態だったのだ。

翌朝、大きなうねりはまだ残っていたものの、船はいつもの姿を取り戻していた。水兵たちは船上のあらゆる混乱を片付け、洗濯物を干し、船はまだ不安定で歩行運動はできなかったため、兵士たちは甲板にグループになって座り、笑ったりおしゃべりしたりしながら、降り注ぐ暖かい日差しを楽しんでいた。エドワーズ軍曹が一人で舷側から見下ろしているのを見て、ジャックは彼のところへ歩み寄った。

「これは大きな痛手だった」と軍曹は言った。「終わってよかった。この4日間で、海が一生嫌いになりそうだ。君はこれを私の話をする絶好の機会だとでも思っているんだろうか。」

「まさに私もそう思っていました、軍曹。」

「よし、じゃあ話そう。私はプールで生まれた。私の家族は皆船乗り一族で、私が立ち上がって足をばたつかせる年齢になるとすぐに、プールとロンドンの間を行き来する沿岸貨物船に乗せられたのはごく自然なことだった。かなり荒っぽい仕事だったが、船長は酔っていない時は悪い奴ではなかった。私は3年間その仕事を続けたが、その後、その古い船はショアハムの海岸で難破した。幸いなことに、船はかなり岸に打ち上げられていたので、私たちは船首から波の届かないところまで降りることができたが、エリザ号を離すことはできなかった。大した損失ではなかった。あと1、2年もすれば薪として解体しなければならなかっただろうから。私は24時間のうち約6時間、交代でポンプを操作していた。」

「エリザ号が難破してしまったので、別の船を探さなければならなかった。沿岸貨物船にはもううんざりしていたので、家に帰る代わりにロンドンまで歩いて行った。外航船に寝床を確保し、ブラジルへ往復する航海を2回行った。ブラジルは素晴らしい国だが、ポルトガル人はそこをあまり楽しむような連中ではない。小柄で背の低い連中で、おしゃべりばかりで、荷揚げのために船に横付けしてくると、まるで猿の群れが船に押し寄せてくるようで、まるで冗談のようだった。」

「さて、私は3回目の航海に出発しました。この時、私は16歳か17歳くらいでした。リオデジャネイロには無事到着しましたが、満載の貨物を積むことができず、船長は西インド諸島を巡航して船を満載することにしました。ほぼ満載になったある朝、見張りが、私たちが風上側の船首約3マイルのところを通過していた島の入り江から2隻の船が出てきたと知らせてきました。」

「船長はすぐに双眼鏡を持って甲板に上がり、船を見つけるやいなや、すべての帆を張るよう命令した。我々の乗組員はそれほど優秀ではなかったが、当時我々の船より速く航行したイギリス船はそう多くはないだろう。木々の間からゆっくりと現れた2隻の船が、外洋で話をする相手ではないことは、双眼鏡を使わなくても一目瞭然だった。1隻はブリッグ、もう1隻はスクーナーだった。どちらも、まともな商人が望むよりもはるかに高い帆桁を掲げており、我々が帆を張ったのと同じくらい早く、彼らも帆を広げていた。」

「その船は速い帆船だったが、30分も経たないうちに、奴らが我々より足が速いことがわかった。そこで船長は乗組員を船尾に呼び集めた。『おい、みんな』と彼は言った。『船尾に2隻の船が見えるか。あれらが何者かは、私が説明するまでもないだろう。スペイン人かもしれないし、フランス人かもしれないし、現地の商人かもしれないが、我々はそれらがどれでもないことはほぼ確実だ。あれらは海賊だ。リオで話していたのと同じ2隻の船だと思う。あいつらはあそこでとんでもない被害を出している。12隻近くの船が行方不明になり、すべて奴らの仕業だとされている。しかし、2隻のイギリスのフリゲート艦がリオに入港し、何が起こったかを聞いて、奴らを追跡しに出かけた。奴らを捕まえることはできず、ブラジル人は奴らが拠点を移して別の緯度へ航海に出たと考えていた。』

「彼らの説明によると、船体は低く、帆桁が高いブリッグとスクーナーの2種類に当てはまるとのことだった。片方は10門の大砲を、もう片方は両舷に2門ずつ、そして船体中央には旋回砲付きの重砲を1門搭載している。ブラジルへ向かう前は西インド諸島で悪事を働いていたため、やむなくそこから移動せざるを得なくなったと言われている。今や彼らに対する非難の声も収まったので、元の場所へ戻るだろうと思われた。」

「さて、諸君、もし奴らに捕まったらどうなるかは言うまでもないだろう。ジャックの男は皆、喉を切り裂かれるか、板の上を歩かされるかのどちらかだ。だから、最後まで戦う。最悪の事態になったとしても、冷酷に殺されるよりは、男らしく戦って死ぬ方がましだ。だが、そうならないことを願う。我々には12門の大砲があり、ほとんどの商船が搭載しているものよりも重厚な金属でできている。我々は奴らのどちらか一方に十分対抗できるし、片方を無力化できれば、もう片方も撃退できるだろう。」

「とにかく、全力を尽くします。ありがたいことに、船には女はいません。自分たちのことだけを考えればいいのです!さあ、みんな、砲を放って弾薬を甲板に積み込みましょう。砲のうち2門を船尾に回し、船尾に向けてください。射程圏内に入ったら、何本かマストを叩き落としましょう。さあ、みんな、この古い旗に万歳三唱!そして、この船と戦う者が一人でもいる限り、この旗は決して降ろさないと誓いましょう。」

「男たちは三度歓声を上げ、それから砲台のそばの宿営地へと向かった。彼らは静かで厳粛な様子で、これから起こるであろう事態を快く思っていないことは一目瞭然だった。私が知る限り、イギリス人はフランス人やスペイン人、あるいは他のどんな敵と戦う時でも、いつも気楽な気持ちで冗談を言いながら出撃する。だが、相手が海賊となると話は別だ。その時は誰もが、生死をかけた戦いであり、勝つか死ぬかの二択だと悟る。敵は自分たちの正体を隠そうともしなかった。我々から1マイル以内まで近づくと、二枚の黒旗をマストの頂上に掲げたのだ。」

「船長は自ら船尾砲の1門を訓練し、もう一門は一等航海士が担当した。二人は同時に発砲し、どちらも我々に最も近づいてきたスクーナー船を狙った。二人とも射撃の名手だった。一等航海士の弾丸は船首から約20ヤード前方の水面に着弾し、喫水線から約3フィート上の船首板を粉砕した。一方、船長の弾丸は船の舷側に命中し、甲板を裂いて船尾に飛び出し、その際にも多少の損傷を与えたと思う。」

「船内が混乱しているのが見て取れた。彼らは我々がこれほど重い兵器を積んでいるとは考えていなかったようで、我々が二発とも命中させたことに驚いたに違いない。そして敵艦の艦首が命中し、船体中央から煙が立ち上り、長砲身旋回砲から発射された砲弾が頭上をかすめ、マストや支柱に触れることなくメインセイルを貫通した。」

「ここまで我々が優勢で、海賊が木々の間から姿を現した最初の瞬間から、男たちは以前よりもずっと元気そうだった。その後、我々は装填できる限り速く船尾砲から砲撃を続けた。私は弾薬の運搬に追われていたので、どれほどの損害を与えているのか自分では確認できなかった。やがて舷側砲も発砲し始め、我々は周囲を見渡す機会を得て、海賊たちが分かれて我々の両側から近づいてくるのを見た。」

「最初の発砲以来、彼らは一発も撃ってこなかった。おそらく、船首を左右に振って距離を縮めたくなかったのだろうが、我々の船に並んだ途端、両船とも発砲してきた。我々の兵士たちは彼らの砲撃に果敢に立ち向かい、海賊たちは自分たちが優勢ではないことに気づいたのだろう。なぜなら、海賊の一人が合図を送り、両船とも乗り込んできたからだ。我々は最初の発砲以来、あまり幸運に恵まれていなかった。何度も船体に砲弾を撃ち込み、帆にも砲弾を当てた。多くのロープが緩んでいたが、ほとんど全ての砲弾がマストを狙っていたにもかかわらず、彼らを無力化することはできなかった。なぜなら、我々の唯一のチャンスは彼らを倒すことだと、誰もが知っていたからだ。」

「奴らが我々に近づくと、一斉にぶどう弾を浴びせかけ、1分後には船の横にすり寄ってきて、大勢の男たちが舷側を乗り越えて船に乗り込んできた。仲間たちは最後まで戦ったが、五対一で圧倒的に不利だった。船長はぶどう弾で殺されたが、一等航海士が部下を率いていた。もし戦っていれば船は拿捕されなかっただろう。だが無駄だった。2分もしないうちに、全員が斬られるか武装解除された。私はカットラスを手に身を隠していたが、乗船用の槍で頭を殴られ、意識を失った。」

「目を開けると、私は無理やり立たせられ、一等航海士と他の6人の横に立たされた。彼らは皆、多かれ少なかれ出血していた。残りの者は全員、一斉に海に投げ込まれた。1、2分後、海賊の一人の船長、小柄で身なりの良いフランス人が私たちのところにやって来た。『お前は船とよく戦ったな』と彼は一等航海士に言った。『私の士官や部下を何人か殺したが、お前に恨みはない。もし私と一緒に船に乗る気があるなら、命は助けてやろう』。『百回死んだ方がましだ!』と一等航海士は言った。海賊は何も言わず、ただうなずき、部下4人が一等航海士を捕まえて舷側から投げ落とした。同じ質問が他の男たちにもされたが、一人一人拒否し、皆殺しにされた。私が最後だった。」

「さあ、坊主」と船長は言った。「あの頑固な連中みたいに愚かな真似はしないでくれよ。どうする? いい待遇と自由な海の生活か、それともサメの餌食になるか?」

「なあ、坊主、もし俺の番が最後じゃなかったら、他の奴らと同じように『ノー』って言ってたよ。仲間の前では白い羽根を見せるなんてことはしなかっただろう。でも奴らはもう行ってしまった。俺を非難する目も、臆病者だと嘲る奴もいなかった。俺はただ一人ぼっちで立っていた。死ぬより従軍する方を選んだ俺を支えてくれる者は誰もいなかった。だから俺は『船長、私も従います』と言ったんだ。俺は自分が正しかったとは言わない。臆病者じゃなかったとも言わない。だが、俺と同じ育ちで、同じ境遇にあった若者なら、大抵同じことをしただろう。仲間や友人が見守っていたら『ノー』って言った奴はたくさんいるだろうが、俺みたいにたった一人ぼっちだったら『ノー』って言った奴はそう多くはないと思うよ。」

「あの件については、何度も何度も考えましたが、自分を責めるつもりはあまりありません。とにかく、最初から、機会があればすぐにでも彼らから離れようと決めていました。しばらくは機会が訪れないだろうと思っていましたが、それでも機会はありました。そして、あの船上で私が関わった数々の暗い出来事の間、私はいつも、自分は自分の意思に反してそこにいるのだと自分に言い聞かせていました。」

「私が乗船しようとしていたのは、まさにそのブリッグ船でした。乗組員のちょっとした問題が解決するとすぐに、全員が船から海賊船へ貨物を移す作業に取り掛かりました。彼らは驚くほど素早く作業を進めました。貨物を船に積み込むのにどれだけの時間がかかったかを考えると、彼らがそれを船からあっという間に運び出したのは驚くべきことでした。彼らは価値のあるものをすべて剥ぎ取ると、大砲の1門をハッチまで運び、砲弾を装填して砲口まで詰め込みました。それから船倉に向けて発射し、すぐに自分たちの船に乗り込みました。」

「爆薬が船底に大きな穴を開けたに違いない。船を離れてから5分も経たないうちに、船が水面に沈み始めているのが見えた。そして15分も経たないうちに、船は急に揺れて沈んでしまった。もう後戻りはできないと悟った私は、平静を装うのが一番だと考え、荷物の積み替えを手伝い、満足そうな顔を装った。私たちは一緒に船を出し、翌朝甲板に出てみると、2隻の船が陸に囲まれた港で並んで停泊していた。」

数分後、ボートが降ろされ、荷物を陸揚げする作業が始まった。ここが海賊の本拠地であることは一目瞭然だった。入り江の斜面にたくさんの小屋が建てられており、上陸した我々を出迎えるために、多くの男女が岸辺に集まっていた。女性たちはイギリス人、フランス人、オランダ人、スペイン人、ポルトガル人など、様々な国籍の女性たちで、肌の黒い原住民も少なからずいた。白人女性は皆、海賊の手に落ちた船から捕虜になった者たちで、心の中ではひどく惨めな思いをしていたに違いないが、気の毒なことに、皆、男たちが戻ってきたことを喜んでいるように見せかけた。海賊が出航してからまだ一週間しか経っていないと聞き、こんなに早く捕獲に成功したのは大きな幸運だと考えられていた。

「誰も私に気を配ってくれなかったが、私は他の者たちと一緒に一日中、岸と船の間を行ったり来たりしながら懸命に働いた。日が暮れると彼らは仕事を終え、男たちは小屋へと帰っていった。どうやら彼らにはそれぞれ妻がいて、肌の色は褐色か白だった。誰も私に注意を払ってくれないのを見て、私は他の者たちよりも立派な小屋へと向かっていた小柄な船長のところ​​へ行った。」

「『船長、私はどうなるのですか?』と私は尋ねました。『ああ!君のことは考えていなかった』と彼は言いました。『では、私と一緒に上階に行って夕食を食べて、毛布をもらって今夜は私のベランダで寝てもいい。明日の朝、君の宿を探そう』」私は彼に続いて彼の家に入り、中に入ると、これまで見たこともないほど豪華な部屋の様子に驚愕した。板張りの壁は薄緑色の絹のカーテンで覆われ、床には豪華な絨毯が敷かれ、家具はどれも非常に立派で重厚で、おそらくはスペインの島々の知事の宮殿のために用意されたものだろう。テーブルの上には純銀製の燭台が2つ置かれ、ちょうど火が灯されたばかりの白いろうそくが柔らかな光を部屋中に放ち、テーブルを照らしていた。テーブルの上には純銀製の食器一式と花瓶、そして美しい花々が飾られていた。彼が入ってくると、若い女性がソファから立ち上がった。「ユージーン、30分も待っていたのよ。今晩はいつもより長く働いたんだから、もし魚が腐っていたらゾーイのせいにはしないでね。」

「話していたのは背が高くとても美しい女性で、私を捕らえた女がなぜあんなに流暢な英語を話せたのか、ようやく理解できた。彼女の顔には深い憂鬱の表情が浮かんでいたが、海賊に話しかけるときは微笑み、その口調には愛情が感じられた。」

「エレン、あなたの同郷の男を連れて帰ってきた。宿舎の手配を忘れていて、気づいたらもう手遅れだった。だからゾーイに彼を任せて、夕食と毛布を与えてくれるように頼んでくれ。彼はベランダで寝ることになる。」

「船長が話している間、その女が私に向けた最初の視線は、船長と話す代わりに木の下で断食して横になっていればよかったと思わせるほど、軽蔑と恐怖に満ちていた。それから、私がまだ少年だと分かると、その表情は変わり、心から私を哀れんでいるように見えた。しかし、彼女が手を叩くと、黒人女性が入ってきた。その女性がスペイン語で何かを言うと、老女は私に後についてくるように手招きし、私はすぐに何ヶ月も味わったことのないほど美味しい食事、おそらく人生で一番美味しい食事を前に座っていた。」

「彼女は英語が話せなかったので、老婦人とは会話ができなかった。彼女は夕食に飲むようにと、強いラム酒と水をグラス一杯くれた。私が食べ終わると、彼女は毛布を渡し、ベランダに連れ出し、潮風が吹く方を指さして、私を残して行った。私はパイプを1、2本吸ってから眠りについた。朝、誰かがベランダを歩いてくる音で目が覚め、起き上がると、昨晩会った女性がいた。「あなたはイギリス人なの?」と彼女は言った。「はい、そうです」と私は水兵風に帽子に触れながら答えた。「最近、故郷を離れたの?」と彼女は尋ねた。「それほど遅くはありません、奥様」と私は言った。「まずリオに行き、そこで船が満杯にならなかったので、貨物を積み込みながらあちこちを巡っていたのですが…」そして、どう説明すればいいのか分からず、言葉を詰まらせた。「他に誰かいるの?」しばらくして彼女は低い声で尋ねた。「いいえ、奥様」と私は答えた。「私だけです。」「私は尋ねていません」と彼女はほとんどささやくように言った。彼女の顔は真っ青だった。「私は決して尋ねません。それで、あなたは彼らに加わったのですか?」「はい」と私は答えた。「仕方がなかったのです、奥様。私が最後だったのです。もし他に私を励ましてくれる人がいたら、私は断ったでしょうが、一人ぼっちで…」「言い訳をしないで、かわいそうな子」と彼女は言った。「あなたを責めていると思わないで。私が誰かを責める資格があるでしょうか?あなたのためにできることは少ないですが、何か欲しいものがあれば、できる限りあなたと仲良くします。」船長の声が聞こえた。突然、彼女は人差し指を唇に当てて、私に黙っているように合図し、立ち去った。

「船長の奥さんが私のことを彼に話したかどうかは分かりませんが、いずれにせよ彼は私を小屋に追い出すことはせず、家に留めてくれました。日中は他の男たちと一緒に船から荷物を降ろしたり、物資を積み込んだりする仕事に就いていましたが、彼らは朝晩数時間しか働かず、日中の暑い時間帯は木の下に吊るしたハンモックで寝ていました。私は家の中で役に立つことをしようと努め、老婦人の薪割りを手伝ったり、水を汲んだり、家の周りの小さな庭の植物の手入れをしたり、ベランダにツル植物を這わせたり、船乗りがするような雑用を何でも手伝いました。」

「到着から10日後、船が次の航海に出発する準備を始めたとき、私は自分が連れて行かれるのではないかと恐れ、自分が参加しなければならないであろう恐ろしい行為を想像して、夜も汗びっしょりで眠れませんでした。しかし、船長は私に何の命令もせず、私の喜びも束の間、乗組員たちは乗船し、船は私を置いて出航しました。私は、約40人の乗組員が残されていることに気づきました。彼らの任務は、巡洋艦が視界に入った場合に備えて、入り江の入り口に設置された砲台を厳重に監視し、操作することでした。」

「指揮を執っていたのはスペイン人で、不機嫌そうで残忍そうな悪党だった。しかし、彼は私とはほとんど関わりがなかった。私は他の者たちと一緒に交代で見張り番をしていたし、それ以外にすることも何もなかった。私が捕まった時、陸上にいた男たちは皆、いずれかの船に乗っていた。というのも、彼らが約160人いて、そのうち4分の1は交代で家に残っていて、航海が長くても短くても、航海のたびに交代していたからだ。」

「船長の奥さんはよく私に話しかけてくれました。私が仕事をしている間、彼女は外に出てきてベランダに座っていました。彼女は私がどこから来たのか、どこへ航海したのか、故郷にどんな友達がいるのかを尋ねました。しかし、船が拿捕されたことについては一言も口にしませんでした。船長が陸にいた頃は明るく元気だったのに、今はいつも悲しそうな顔をしていました。やがて彼女は私とすっかり仲良くなり、ある日、『ピーター、次はあなたが海に出なければならないわ。どうするつもり?』と尋ねました。」

「『神よ、お許しください。私も他の者たちと同じようにするしかないのです』と私は言います。『しかし、奥様、私が自ら進んでそうするとは決して思わないでください。機会が訪れるまで何年もかかるかもしれませんが、もし機会があれば、どんな危険があろうとも逃げ出すつもりです。奥様には遠慮なくお話しします。なぜなら、奥様は誰にも一言も話さないと確信しているからです。もし私が彼らの意に反して行動していると思われたら、命を落とすことになるでしょうから。』」

「『ピーター、誰にも言いませんから、ご安心ください』と彼女は言った。『でも、あなたが逃げ出すチャンスは絶対にないと思います。ここに来た者は誰も逃げ出せないのですから』」

「まあ、そのうち、坊や、彼女は少しずつ自分のことを話してくれるようになったわ。彼女は東インド会社の役員だった父親に会うために出航する途中だったんだけど、船が海賊に襲われたの。男たちはみんな殺されたけど、彼女と他の女たちは海賊船に連れ去られて、ようやくそこへたどり着いたのよ。フランス人の船長は最初から彼女に惚れ込んで、彼女がそこに1年滞在した後、捕らえたスペイン人の司祭を船に乗せて、二人の結婚式を挙げさせたの。海賊たちはそれを冗談だと思ったみたいで、船長に倣って、そこにいた女たちと結婚した者も多かったわ。その後、司祭をどうしたのか、喉を切り裂いたのか、何千マイルも離れたどこかに放り出したのか、船に乗せたのか、私にはもう分からないわ。」

「船長の妻が夫を慕っていたことは間違いない。彼は海賊ではあったが、妻に対してそれほどひどい振る舞いはしていなかった。しかし、夫が一緒にいる時以外は、妻はいつも悲しそうだった。」

彼女は夫の生き方にひどく嫌悪感を抱いており、さらに夫が巡洋艦の手に落ちるのではないかという恐怖も抱えていた。なぜなら、もし夫が戦闘で命を落とすという幸運に恵まれなければ、最寄りの港で裁判にかけられ、絞首刑に処されることを知っていたからだ。複雑な心境だった。彼女は今の生活から抜け出すためなら何でも差し出す覚悟だったが、たとえチャンスがあったとしても夫を捨てることはなかっただろう。夫は彼女に今の生活をやめると約束したはずだが、彼女は夫が決してそうしないことを知っていたに違いない。それに、もし夫がどこかで船から逃げ出したとしても、彼女を連れ出すことはできず、夫の裏切りの代償として彼女の命が奪われることになっただろう。

「しかし、もし可能だったとしても、彼は海に出ようとはしなかっただろう。なぜなら、家では穏やかで優しい彼も、海に出ると悪魔のような男だったからだ。彼の乗組員は皆、荒くれ者や悪党ばかりで、最も勇敢な者でさえ彼を恐れていた。彼と対峙するのは、言葉と殴打ではなく、言葉と銃弾の一発だった。もし彼が一流の船乗りで、船を華麗に操り、彼がいなければ秩序や規律を保つことなど誰にもできなかったとしたら、彼らは一日たりとも彼に耐えられなかっただろう。」

「まあ、坊主、私は彼らと3回の航海に同行したんだ。何を見て何を聞いたかは話さないが、あの光景が目に焼き付き、あの叫び声が耳に響くせいで、夜ぐっすり眠れるようになるまで何年もかかった。男も女も殺したことは一度もない。もちろん大砲の装填を手伝わなければならなかったし、乗り込む時が来れば、誰にも負けないくらいカットラスを振り回し、ピストルを撃った。だが、決して最前線には立たないように気をつけたし、他の連中は血なまぐさい仕事に忙しすぎて、私がどれだけ関わっていたかなんて気づかなかっただろう。」

「3回目の航海で2週間ほど経った頃、スクーナーとブリッグが小さな湾に停泊していた時、大型商船と思われる船が近づいてくるのが見えました。船体は真っ黒に塗られ、索具は雑に取り付けられ、帆は汚れていて、いくつかは継ぎ当てされていました。東に向かって航行しており、長い航海の後に帰港する途中のようでした。私たちは獲物を手に入れたと思い、追跡を開始しました。船はさらに帆を張りましたが、私たちは手探りで追いつきました。船は船尾から8ポンド砲2門で砲撃を開始しました。私たちは無駄な砲撃をせず、両舷に1門ずつ横に並びました。すると突然、船の側面が開いたように見え、両舷に15個の舷窓が開き、甲板は男たちで溢れかえりました。」

私が乗っていたスクーナーから悲鳴が上がった。次の瞬間、炎がフリゲート艦の舷側を駆け抜け、木材が砕ける音が響き、スクーナーはまるで岩にぶつかったかのように揺れた。「沈むぞ!」という叫び声が上がった。何人かは必死にボートに駆け寄り、何人かは絶望して海に飛び込み、何人かは狂ったように罵声を浴びせ、フリゲート艦に向かって拳を振り上げた。間もなく、また別の舷側砲撃が始まった。

「船首マストが倒れ、船が崩れ落ちる際に6人ほどの男が押しつぶされた。船の甲板は今や水面とほぼ同じ高さになっていた。私は前マストの残骸を乗り越え、バウスプリットに沿って走り出した。飛び降りた瞬間に振り返ると、海賊船長が操舵輪の前に立っていた。彼は頭にピストルを突きつけられ、閃光が見えた。そして彼は倒れた。それから私は飛び降り、沈みゆく船から逃れるために必死に水中を泳いだ。水面に顔を出した時、振り返ると、水面上に黒い旗がはためいているのが見えただけで、船はもう見えなくなっていた。私は泳ぎが得意だったので、靴とジャケットを脱ぎ捨て、長い距離を泳ぐことにした。フリゲート艦はブリッグ船の対応で手一杯で、誰も私たちのことを気にかけないだろうと思ったからだ。しかし、泳ぎ終えるのにそれほど時間はかからなかった。」

「5分で全てが終わった。ブリッグ船はマストを失い、乗っていた40人のうち、甲板で武器を投げ捨てて降伏を叫ぶことができたのはわずか12人ほどだった。それからフリゲート艦のボートが降ろされ、2隻は我々の方向へ漕ぎ、2隻はブリッグ船へと向かった。救助されたのは9人だけだった。最初の砲撃から沈没するまで、甲板には激しいマスケット銃の射撃が浴びせられ、我々はフリゲート艦から50ヤードも離れていなかったので、乗組員は次々と倒されていったのだ。我々は船に引き上げられるとすぐに全員アイロンをかけられた。その後、一人ずつ連れてこられ、尋問を受けた。」

「『君はこのような仕事をするには若すぎる』と、私の番が来た時に船長は言った。」

「『私は自分の意思に反して、無理やりそうさせられたのです』と私は言いました。」

「『ええ、そうでしょうね。囚人たちは皆、同じ話をしていますから。あなたは彼らとどれくらい一緒にいるのですか?』」と船長は言った。

「6か月未満です、閣下。」

“‘何歳ですか?’

「私はまだ17歳にもなっていません。ジェーン・アンド・ウィリアム号に乗っていた少年でした。リオからの帰路、海賊に襲われ、私以外の全員が殺されるか、海に投げ込まれました。」

「『それで、お前は彼らと一緒に航海することに同意することで命を買ったんだろうな?』と船長は軽蔑的に言った。」

「『はい、やりました』と私は言いました。『でも、私が最後に呼ばれたんです。他の人たちはみんな行ってしまっていて、私を援護してくれる人は誰もいませんでした。』」

「『坊主、お前の運命は分かっているだろう』と船長は言った。『海賊に慈悲はないんだ。』」

「翌日、船長が再び私を呼び出したので、少し気が楽になった。もし彼らが私を絞首刑にしようと決めていたら、私に尋問などしなかっただろうと思ったからだ。」

「いいか、坊主」と船長は言った。「お前は囚人の中で一番若く、誰よりも罪を犯していない。だからすぐに取引を持ちかけよう。海賊の隠れ家を教えてくれれば、命だけは助けてやろう。」

「『緯度と経度は分かりません、船長とあと一人か二人以外に知っている人はいないと思いますが』と私は言いました。『でも、だいたいどこにあるかは分かっています。私たちはいつも夜に出航し、夜に帰港しました。朝まで操舵手と二人か三人のベテラン以外は甲板に出ることは許されませんでした。ところが、私が陸に上がって見張り番をしていた時、入り江の入り口から二マイルほど離れた、崖の一番高い端に、三本の木が一緒に生えているのに気づきました。大きな木が一本と小さな木が二本で、もしまた見かけたら、きっと分かると思います。』」

「よろしい」と船長は言った。「すぐに港へ向かい、捕虜をスペイン当局に引き渡します。それからあなたと一緒に航海に出て、あなたの木々を見つけられるかどうか試してみましょう。」

「数時間航海した後、私が彼に伝えた島々の様子や、そこから既知の地点まで航海するのにかかった時間から、船長はそれがどの島群に属するのかおおよそ見当をつけることができました。そして、港に到着し、スペイン人によって絞殺された捕虜たちを全員解放した後(絞殺というのは一種の窒息死のことです)、一週間後に私たちは再びその島を探しに出発しました。」

第5章:海賊の砦
「フリゲート艦は再び商船に偽装していた。もし軍艦の姿で島の視界に入るところを通れば、海賊たちが警戒するだろうし、私は船長に、入り江の入り口には海賊船を吹き飛ばすのに十分な大砲があると伝えていた。フリゲート艦が入り込めるかどうかについては、海賊船がやっと入れるくらいの水深しかないため、無理だと分かっていた。私は今は手錠をかけられていなかったが、甲板で時間を過ごしていた。そしてそれは実に惨めな時間だった。船員は誰も私に話しかけてくれなかったのだ。」

「私たちは3週間かけて島々を巡航し、ついにそのうちの一つに近づいたとき、3本の木が見えたのです。」

「『そこが目的地です』と私は近くに立っていた甲板長に告げ、彼はその知らせを後甲板に伝え、私が船長のところ​​へ行くようにと伝えてきた。」

「本当にあれらの木々ですか?」

「もちろんです、閣下。」

「『確かにあなたの説明と一致します』と船長は言った。『船長、彼女を近づけないでください。私たちが島に向かっていると思われたくありませんから。』」

「船の進路は変更され、海岸線と平行に航行した。」

「『失礼いたしますが』と私は帽子に触れながら言いました。『見張り台には素晴らしい双眼鏡が設置されており、もし私が大胆にも申し上げてもよろしければ、甲板には商船が乗船するよりもはるかに多くの乗組員がいることが分かると思います。』」

「『その通りだ、坊主』と船長は言い、すぐに6人を除く全員に舷側壁の下に座るか船室へ降りるよう命令した。船長と副長は島の端を過ぎるまで双眼鏡で注意深く見張っていた。私は彼らに入り江の正確な位置を指さしたが、入り江はあまりにも狭かったので、私が場所を示しても、彼らには見分けがつかなかった。」

「さて、坊主、島の反対側に他に上陸できる場所を知っているか?」

「『いいえ、船長、そんな可能性はないと思います』と私は言いました。私が上陸した初日に船長が私に言ったのを覚えています。『逃げようと思っても無駄だ。海に出られる場所はここ以外にはない。たとえ20隻のボートが君を乗せて待っていたとしてもだ』と。おそらくそれが彼らがここを選んだ理由でしょう。いずれにせよ、陸上で見張りがされていたことは一度もありませんでした。私と同じように命を守るために海賊行為に駆り立てられた者の多くは、少しでも逃げられるチャンスがあれば逃げ出したに違いありません。」

「『私と一緒に船室に入ってきてください』と彼は言った。『これらの砲台がどこにあるのか、そして海岸沿いの村の位置を正確に教えてほしいのです。』」

「中尉もやって来て、私はできる限り分かりやすく地図を描いて、物の位置関係を示し、毎晩入り口に筏が浮かべられていることを伝えました。」

「夜間はどんな警備員が配置されているのか?」

「4人です、閣下。水辺近くに2人、入り江の両側に1人ずつ、そして頂上の砲台に2人です。これが当直ですが、それに加えて、他の砲台にはそれぞれ6人ずつ、そして内側の砲台にもそれぞれ6人ずつ寝泊まりしています。」

「『その場所のことや、そこであなたがどんな生活を送っていたのか、もっと詳しく教えてください。そうすれば、事態の状況がよりよく理解できるでしょう』と船長は言った。」

「それで私は彼に、その場所やそこに住む人々について、ありきたりな話をして聞かせた。船長の妻のこと、彼女がイギリス人女性で、どうやって連れ去られたのか、そして実際、そこにいたほとんどの女性がそうだった、といった話をした。」

「『多くの兵士たちもプレッシャーを感じていたのだろう』と隊長は言った。」

「そうでしょうね、閣下。しかし、私たちが一緒に警備任務に就いていた時や船上では、そのような話題は一切口にしませんでした。皆が過去を忘れようとしていたように見えました。そして、それが彼らを本来よりも残忍で血に飢えた人間にさせていたのだと思います。誰もが、自分が不満を抱えていることを他人に悟られることを恐れ、逃げ出したい一心で、それぞれができる限り悪事を働いていたのです。」

「坊主、君の言う通りだろう。男にとってそれは恐ろしい状況に違いない。だが、法律は区別しない。もし男が海賊の生活を選んだ場合、それが自らの意思であろうとなかろうと、捕まれば必ず処刑されるということが十分に理解されていなければ、海は海賊で溢れかえるだろう。さて、坊主、この網がどのように固定されているかは知っているだろう。警報を鳴らさずにこれを乗り越えるか、緩める方法を何か提案できるか?」

「そんな方法はありません、閣下。片方の端は大きな鎖で固定されており、その鎖は岩の穴に差し込まれた大きなシャックルに繋がれ、鉛で固定されています。これがブームの固定端です。もう一方の端は、船が港に入るときに前後に揺れますが、こちらも大きな鎖が付いています。その鎖は曲げられた鉄棒の下を通り、両端は岩に固定されています。ブームを固定したいときは、鎖の端をこの鉄の輪の下に通し、上の砲台から操作される滑車とロープに固定します。そして鎖の端をしっかりと引き上げるので、砲台が占領されるまで鎖が緩むことはありません。」

「『それで、内側の砲台にある下部砲台の砲が入口を掃射するということですか?』」

「はい、ございます。両舷にそれぞれ10門ずつ、12ポンド砲のカロネード砲が設置されており、常に装填済みで、砲口まで弾丸や釘、鉄片が詰め込まれています。入口の崖の上にある砲台は最も重厚な金属製で、それぞれ20門の砲を備えています。船の接近を防ぐために丸い砲弾が装填されていますが、もちろん、接近してくる船を見つけたら散弾を撃ち込むこともできます。」

「『これは決して簡単な仕事ではないようですね、アーンショーさん』と船長は言った。」

「『いいえ、できません』と中尉は疑わしげな口調で同意した。『しかし、間違いなく可能です、間違いなく可能です。』」

「『はい、しかしどうやって?』と船長は尋ねた。『アーンショーさん、あなたはボートの指揮を執ることになる。そして、何らかの計画なしにあのような場所を攻撃するのは決して良いことではない。』」

「『ブームはどんな感じだ、坊主?』と中尉は尋ねた。『縛り付けられているのか?』」

「『いいえ、これは頑丈なマストです』と私は言いました。『入り口の幅は40フィート(約12メートル)以下で、ブームは大型船のメインマストの一部です。』」

「『私には、そこに到達する唯一の方法は、ブームにまっすぐ向かうことだと思う。一番軽いボート2隻を先に進ませるんだ。兵士たちはマストに登ってボートを引き寄せ、それから砲台に向かって突進する。重いボートはそれに続くことができる』と中尉は言った。」

「『それでは絶対にダメだ、アーンショー君』と船長は言った。『君は忘れているが、12門の大砲には散弾とマスケット銃弾が満タンに装填されており、すべて幅わずか40フィートの地点に集中しているんだ。坊や、防波堤のすぐ外側、片側か両側に着陸して、縁に沿って進むか、あるいは水の中を歩いて砲台まで行くことは可能だろうか?』」

「いいえ、違います。岩は両側とも水面からまっすぐ上に伸びています。」

「『では、二人の歩哨はどうやって水際まで降りていくのだろうか?』」

「彼らは上からロープで降ろされ、降りてくるとすぐにロープが引き上げられます。」

「『ここはとんでもない場所だ、アーンショーさん』と船長は言った。『この件に関しては、決して性急に行動してはならない。さもなければ、多くの命を無駄にするだけでなく、目的も達成できないだろう。私は一週間は戻ってこないようにするつもりだった。大型船が通り過ぎた後、彼らはしばらくの間、特に警戒するだろうからだ。しかし、今夜は島の裏側に戻り、そこにカッターと私のギグを置いていく。君はカッターを、エスコム氏はギグを担当する。そして私は夜明け前に再び出航する。あの若者の話では島のその側には見張りはいないらしいが、幅はせいぜい3マイルほどしかない。男でも女でも、歩いて渡れるかもしれないし、島の高台からならそちら方面が見えるかもしれない。君はそちら側を徹底的に調査してほしい。島を出発した時に見えた限りでは、崖は確かに、私たちが通り過ぎた側だが、もっと簡単な場所があるかもしれない。知恵を絞れば、登れる場所が見つかるかもしれない。崖に階段を爆破してでも、必ず島にたどり着く。

「『できる限り場所を探します、閣下』と中尉は言った。『もし場所がなければ、私が作ります。』」

「中尉は私にカッターで同行するように言い、航海の準備はすべて整った。水と1週間分の食料がボートに積み込まれた。あの気候ではいつ嵐が襲ってくるか、また船がボートを回収するために戻ってくるまでにどれくらい時間がかかるか、全く予想がつかなかったからだ。」

「島がほとんど見えなくなったところで、夕暮れになるまで横たわり、それから船首を再び島に向けた。風はほとんど吹いておらず、船は水面を非常にゆっくりと進んでいたため、2時間後、船長はボートを下ろすよう命じた。風が強まらなければ、夜明け前に島にたどり着くどころか、島から脱出することさえできないと判断したからだ。オールを取り出し、漕ぎ出した。4時間ほど漕ぎ続けた後、羅針盤で操舵していた副官が、はるか上空にそびえ立つ陸地を見つけた。さらに15分ほど漕ぎ、崖の麓近くに錨を下ろし、乗組員には朝までできるだけよく眠るように言った。」

「夜が明けるとすぐに私たちは再び出発し、島の端まで漕ぎ出しました。というのも、アーンショー氏が三等航海士に言ったように、端から始めて徹底的に作業するのが最善だったからです。その地点に着くと、私たちは向きを変えて漕ぎ戻り、崖から約200ヤード離れて、上をよく見渡せるようにしました。崖の高さは約100フィート(約30メートル)で、時には少し低く、時にはかなり高く、ドーバーの崖のように水際からまっすぐにそびえ立っていましたが、砂浜はありませんでした。足元まで水深が深かったのです。」

「私たちは非常にゆっくりと進み、男たちはオールを水にほんの少し浸すだけで​​、全員が崖の隅々まで注意深く見守っていました。時には、上から流れ落ちる水が崖面を少し削り取った場所を誰かが登れる可能性について士官たちが話し合う間、私たちは完全に立ち止まりました。しかし、世界中のヤギでさえ登れないような崖で、ましてや人間など登れるはずがありません。そうして私たちは島の反対側まで進み続けました。島は5マイルほどあったでしょう。どこにも見当たりませんでした。」

「『船長が言ったように、あの岩壁を爆破して階段を登らない限り、それは不可能だと思う』とアーンショー中尉はエスコム氏に言った。『まあ、君たち、他にやることはない。漕ぎ出して再び鉤爪を下ろし、今夜船の明かりが見えるまで待つしかない』」

「我々はオールを漕いで崖からオール一本分の距離まで近づいたが、鉤爪を下ろした時には水深が8ファゾムもあった。1時間ほどそこに横たわっていた時、三等中尉がこう言った。

「アーンショーさん、もし私たちが船首に4ポンド砲を搭載した小型ボートをひっくり返して、少量の装薬でロープをつけた砲弾を島のほぼ中央にある木立に向かって発射すれば、もしかしたら引っかかるかもしれませんよ。」

「そうかもしれないな、エスコム。いい考えだ。だが、あの船に乗っている人間で、あんな風に揺れるロープをあの崖の斜面に沿って登れる者がいるかどうかは疑わしい。」

「結び目のあるロープを使えば、彼は逃げられるかもしれない」とエスコム氏は言った。

「『閣下、私も挑戦してみたいと思います』と水兵の一人が言うと、他の6人ほどが挑戦する用意があると申し出た。」

「『船長に聞いてみます』とアーンショー氏は言った。『もし船長が同意すれば、ジョーンズ、君が最初に志願したのだから、君にチャンスが与えられるだろう。』」

「その日は一日中風もなく、翌日の夜も同様でした。私たちは来た島の端まで漕ぎ戻りましたが、その夜は明かりは全く見えませんでした。」

翌日はゆっくりと過ぎていった。太陽は暑かったが、夕方になると中尉は男たちに水浴びの許可を与えた。しかし、サメがいるかもしれないので、誰も船から遠く離れてはいけないと警告した。だが、サメは一匹も見かけず、私たちは水浴びを楽しんだ。そよ風が吹き始めたのを見て、気分はさらに良くなった。真夜中頃だったと思うが、見張りの男たちが沖に灯りを見つけたので、私たちはすぐに錨を上げ、オールを漕ぎ出した。30分後には船に乗り込み、すぐに島から離れて出航した。

「翌晩、再び船に戻ると、三等航海士の計画が採用されるのが分かった。実際、私は以前からそう思っていた。帆職人たちが2本の細いロープでロープのはしごを作っていて、船の鍛冶屋が空の砲弾を甲板に運び、ロープを固定するための鉄製のアイボルトをねじ込む作業をしていたからだ。大砲は小型船から取り外され、小型の迫撃砲が取り付けられ、それぞれ100ファゾム(約16メートル)の長さのロープが6本ほど用意され、2フィート(約60センチ)ごとに結び目が作られていた。」

今回はランチと2隻のカッター、そして小型ボートも降ろされ、乗組員はカットラスとピストルで武装していた。村に近づいたら案内役を頼まれるだろうと思い、以前と同じように私も同行した。星空が明るく、霞もなかったので、近づくと崖の輪郭がはっきりと見え、その上に生い茂る木々も見えた。崖から約100ヤードのところまで来ると、ボートは漕ぐのを止めた。

「『砲手、必要以上に火薬を使うな』とアーンショー氏は言った。『まず第一に、ロープを最大限まで伸ばす以上のことはしたくない。次に、必要以上に騒音を立てたくない。幸いにも風は海に向かって吹いているし、崖のすぐ下なので音は反響するだろう。それに、騒音は少ないほど良い。』」

「まずはごく少量から始めます。もし弾丸が崖の上まで届かなかったら、次回はもう少し弾を装填します。右側で失敗する方がましですから。」

「少量の火薬が、わずか4インチの迫撃砲に入れられた。次に詰め物が詰められ、結び目のついたロープが取り付けられた砲弾が上部から落とされた。ロープは簡単に引き出せるように桶に巻かれていた。砲手が点火した。鈍い音がして、全員が息を呑んで耳を澄ませた。崖の上でドスンという音がして、水しぶきが上がった。」

「砲手、頂上まであと数フィート足りないと言った方がいいだろう。次回はもっと深く撃ち込まなければならない。砲弾は木々の遥か上空を通り、木々の間に落ちなければ、命中しないからだ。」

「砲手はランタンの明かりを頼りに、以前使った量の1.5倍の火薬を計量し、発砲した。今度は水面に微かな水しぶきが上がるまで、何も音が聞こえなかった。」

「『ロープがなくなってしまいました、閣下』と砲手は浴槽の中を覗き込みながら言った。『今回は少し多すぎました。』」

「そうは思わない」とエスコム氏は言った。「あの水しぶきは、ロープの端が水に触れた音だと思う。それならちょうどいい。崖の上100フィート、木々の間500フィートだ。ロープが戻ってくる心配はない。」

「暗闇の中、ロープを探すのに15分もかかりましたが、ようやく見つけることができました。案の定、水深はわずか4、5ファゾム(約7.4メートル)しかありませんでした。」

「さあ、ジョーンズ、今度は君の番だ」とアーンショー氏は言った。「その軽いロープを肩にかけ、一番上まで来たらロープ梯子を登るまで引っ張って、それを丈夫な幹に固定して低い合図を送れ。君が登っている間、我々は下でロープをできるだけしっかりと支えておく。」

「『はい、承知いたしました』と、活発な若い男は言った。『すぐにそちらへ参ります。』」

「私たちはロープの下端をボートの横木の一つに固定し、それから彼は登り始めました。崖が突き出ている危険な場所がいくつかあり、ロープが崖に強く押し付けられていたため、頂上に着くまで5分近くかかりました。しかし、すぐに揺れは止み、1分後には軽いロープがぴんと張られました。ボートの中で低い歓声が上がり、それからロープのはしごが上へと登っていきました。1、2分後には頂上から歓声が上がりました。」

「『すべてピンと張っています、閣下。』」

「私が最初に行きます」とアーンショー氏は言った。

「そこで彼は登り始め、私たちも一人ずつ後に続き、前の人が登り終えた合図を待ちながら、ボート見張りの二人を除いて全員が登り終えるまで待った。それからランチとカッターの乗組員も続き、約2時間後には全員が頂上に到着し、船に私たちの到着を知らせるためにランタンを掲げた。」

「私たちはすぐに島を横断し始めました。アーンショー氏はポケットコンパスで測線を維持していました。しかし、それは大変な作業で、ついに中尉はこう言いました。

「茂みの中を通るとすごくうるさいから、夜が明けるまで待った方がいい。だから、君たちはそこで止まっていてくれ。」

「最初の光が差し込むとすぐに私たちは再び出発し、1時間後には入り江へと続く斜面の端に到着した。」

「いいか、よく聞け」と中尉は言った。「女には絶対に危害を加えてはならない。抵抗する男は全員射殺するか斬り殺す。だが、武器を捨てた者は全員捕虜にしろ。中には他の者より罪が軽いと証明できる者もいるかもしれない。いずれにせよ、スペイン当局が慈悲深すぎるなどという心配はない。この海賊どもはここ6年間、この海域の災厄だったのだから。」

「まあ、坊主、もうこれ以上話すことはないよ。完全に奇襲して、村の男たちは一発も撃たずに全員倒されて縛られたんだ。砲台の兵士たちは砲を回そうとしたけど、そんな暇はなかった。奴らは自分の運命を知っていたから必死に戦ったんだ。捕虜は一人も出なかった。村が占領されるとすぐに、エスコム氏と一緒に隊長の家へ直行した。隊長の妻が戸口に立っていて、イギリス軍の制服を見ると小さく悲鳴を上げて、一、二歩走ってきて、それから立ち止まって両腕をだらりと下ろしたんだ。」

「『何ですって!ピーター!』と彼女は私たちが近づくと言った。『あなたが彼らをここに連れてきたのですか?』」

「『はい、奥様、私です』と私は言いました。『そして、これがあなたにとって私にできる最善のことでした。なぜなら、あなたはここにいる人たちだけで一生ここに留まりたいとは思わないでしょうから。』」

「『一体何が起こったの?』と彼女は言った。『どうしてあなたがここにいるの?あのスクーナーはどうなったの?』」

「奥様、スクーナー船は沈没し、ブリッグ船は拿捕されました。」

「『私の夫は?』」

「奥様、誤解しないでください。あなたの夫はスクーナー船と共に沈没したのです。」

「彼女はよろめき、私は彼女が倒れるのではないかと思ったが、エスコム氏は彼女に腕を回して家まで連れて行き、そこに彼女を残して、彼女が邪魔されないように二人の水兵に見張りをさせた。一、二時間後、フリゲート艦は入り江を離れ、艦長が上陸した。私たちはそこで一週間滞在し、価値のあるものはすべて持ち去った。後でそれらを売却したとき、乗組員全員にかなりの賞金が分配されるほどの量があったと断言できる。」

「お金はたくさんあった。全部、彼らが宝物庫と呼ぶ場所に蓄えられていた。そこではお金は役に立たなかったからだ。宝石や装飾品、時計、カトリック教会で使われるもの、あらゆる種類の貴重品、絹やベルベット、あらゆる種類の布地の貯蔵庫。ワインなどについても、何年も持つだけの十分な量があった。最初から最後まで、彼らは50隻以上の船を拿捕したに違いないと後から分かった。なぜ彼らが上陸して手に入れたものを楽しまなかったのか、私には謎だった。だが、彼らは刺激なしではいられなかったのだろう。誰もが宝物を分け合って散り散りになる時が来ると言っていたが、誰も予想しなかったように、その時が本当に来るとは思わなかった。」

「まあ、全員と女と子供たちを船に乗せた後、船は焼き払われ、私たちは最寄りのスペインの港へ向かいました。フリゲート艦上で一種の軍法会議が開かれ、私のような若い男2、3人と、海賊の最後の航海で捕らえられたことが証明された2人の男は、海賊と一緒に航海したことも、彼らの血なまぐさい行為に加わったこともなかったため、船に残され、残りはスペイン当局に引き渡されました。彼らのほとんどは絞首刑に処され、数人は終身道路工事の刑を宣告されました。私と他の者たちは、外国での任務期間が終わったフリゲート艦でイギリスに連れ戻され、ポーツマスに着くと、そこの連隊に徴兵されました。私たちは、こんなに楽に済んで幸運だと思いました。船長の妻と他の白人女性数人は、フリゲート艦でイギリスに帰国しました。彼女は最初はとても落ち込んでいましたが、2週間続いた航海の終わり頃にはかなり元気を取り戻しました。」数ヶ月。彼女は夫の死を深く悲しんだが、すべては最善の結果だったと感じざるを得なかった。後になって聞いた話では、彼女は2年後にアーンショー氏と結婚したそうだ。彼はその頃には大尉になっていた。だから、まあ、そういうわけで、私は最初は黒旗の下で戦い、それから女王陛下の兵士になったのだ。こんなに長々と話すつもりはなかったのだが、一度話し始めると全てが思い出されてしまい、それで、何年もこの話をしていなかったのだ。私が完全に間違っていたとは思わないでほしい。

「お話を聞かせていただき、本当にありがとうございました、軍曹」とジャックは答えた。「もっと長くお話を聞かせていただきたかったですね。海賊になるくらいなら死んだ方がましだと言うのは簡単ですが、もしあなたが置かれた状況で、死を選ぶ若者はそう多くはいないと思いますよ。」

「そう思ってくれて嬉しいよ、若者。それはずっと私の心に引っかかっていたことだ。それ以来、私は自分の義務を果たしてきたし、エドワーズ軍曹が白羽の旗を掲げたのを見た者は誰もいない。だが、かつて私が勇敢な男として行動しなかったという事実が、ずっと私の心を悩ませてきたのだ。」

翌日、潮が引き、新兵たちが監禁と病気の影響から回復すると、彼らは再び互いに話し始めた。艦隊の他の船がすべて視界から消えたという事実は、当然ながら彼らを勇気づけた。しかしジャックは、甲板での点呼への応答が以前よりも速く、訓練が乗船以来見られなかったほど入念かつ着実に行われたことに気づいた。点呼が解かれたとき、ジャックはそのことを軍曹に伝えた。

「ああ、ああ、坊主、私もそれに気づいたよ」と軍曹は首を振りながら言った。「私の意見では、それは悪い兆候だ。彼らは将校たちの警戒をそらそうとしているんだ。君が私とあれほど話しているところを見られてしまったのは残念だ。当然、君が聞いていると彼らは何も言わないからね。だが、今朝私と一緒に連隊に入隊した兵士のうち1、2人が、たまたますれ違った時に、気づかれずに話ができたら話したいと言っていた。だから、今夜はもう少し話を聞けることを期待しているよ。」

その日の夕方、ジャックは地下へ降りる前に、エドワーズ軍曹と1時間ほど話をした。

「やはり思った通りだ」と後者は言った。「奴らは船を奪う計画を立てている。私が話していた男たちが今晩、私と少し話をしてくれた。奴らは海賊行為については何も知らない。彼らが聞いたのは、船を奪ってスペイン北部の港に曳航し、そこで男たちが上陸して武器をスペイン当局に引き渡し、その後、できる限り2、3人ずつに分かれて故郷へ帰るか、あるいはスペイン国王に仕えるかのどちらかだという話だけだ。彼らは、スペイン国王の方がイギリス政府よりも良い条件で雇ってくれると考えているのだ。」

「乗組員の一部はこの計画に加担している。彼らは上陸するつもりはなく、他の者たちにはただ出航するとだけ伝えているらしい。だいたい予想通りだ。彼らの大半はただ早く故郷に帰りたいだけだが、海賊行為を企む水兵たちは兵士が同行することなど気にしないだろう。今夜、中隊長に事の真相をそれとなく伝えるつもりだが、あまり期待はしていない。将校は手遅れになるまでこういうことを信じないものだ。それに、まだ名前も出せないし、自分の言っていることを証明することもできない。それに、おそらく調査を始めれば事態はさらに悪化するだけだろう。確かなことが分かるまで待つしかない。」

「耳を澄ませ、目を凝らしておけ、坊や。私もそうする。もし何かが起こり、船長や副長に警告できるチャンスがあれば、そうしろ。だが、時間が足りないと思ったり、見つからずにできないと思ったりしたら、絶対にするな。手遅れになって見つかれば、海に投げ込まれたり、頭を殴られたりするだけだ。結局、何の役にも立たず、流血沙汰を引き起こすだけだろう。もっとも、事態が平穏に進めば、流血沙汰もなく、士官たちや彼らに忠誠を誓う者たちは、ボートに乗せられて漂流させられるか、あるいは寄港地でスペイン軍に捕虜として引き渡されるだけだろう。」

ジャックは軍曹の指示に従うと約束し、船底へと降りていった。兵士たちがいつもより静かだと感じた彼は、毛布を手に取った。兵士の中にはハンモックで寝る者もいたが、大半は毛布にくるまって甲板に横たわっていたのだ。彼は甲板間の空気を取り込むために砲門が開けられた砲のそばに横になった。しばらく考えを巡らせ、この事態がどうなるのか思いを巡らせた後、彼は浅い眠りに落ちた。

やがて彼は騒々しい物音で目を覚ました。慎重に周囲を見回すと、ランタンの薄明かりで、ほとんどの男たちが立ち上がっているのが見えた。何人かは腕掛けから銃を下ろしており、数人の男たちが眠っている人影に身をかがめていた。ランタンが吊るされたマストの近くには、2、3人の男が縛り付けられ、槍を持った兵士2人がその傍らに立っていた。こうして危機が訪れた。ジャックは横になった後に考え出した計画を、すぐに実行に移した。

彼は静かに舷窓から這い出し、それから体を起こして砲口の上に立った。そこからなら前マストのシュラウドの根元に手が届き、そこはちょうど舷窓の真上にあった。彼は体を持ち上げ、舷側の縁に手を置き、慎重に下を見渡した。

今のところ、そこは静まり返っていた。下からの信号はまだ出ておらず、甲板上の兵士たち――乗船人数が多いため、天気の良い日でも常に4分の1が甲板にいた――は、グループになって立っていたり座っていたりした。ジャックは、甲板と同じ高さでぐるりと一周する棚に足を乗せ、手すりの上部に指を置きながら、なんとか船尾の方へ進み、後甲板のラインにたどり着いた。ここで手すりのラインは途切れ、士官の船室が、当時としては一般的だったように、腰の高さまで二段になって立ち上がっていた。

一番近い舷窓は開いていて、長さはわずか3フィートほどだった。ジャックは手を伸ばして片手を差し込み、そのまま進んだ。舷窓は彼が体をねじ込むのにちょうど良い大きさだった。試す前に中を覗くと、すぐ下に士官が眠っているのが見えた。それは彼自身の中隊の少尉だった。ジャックは身を乗り出してそっと彼に触れた。1、2回触れると、若い士官は目を開け、「どうしたんだ? まだ朝じゃないぞ」と言った。

「静かにしてください、船長」とジャックは真剣に言った。「私は御社のジャック・スティルウェルです。船首で反乱が起きています。どうか船内へお入りください。船長に警告したいのです。船長ならどうすべきか分かるはずです。」

若い士官は寝台から飛び降り、ジャックが中に入るのを手伝った。

「私も一緒に行きます」と彼は言い、慌ててズボンとコートを着込んだ。「本当にそう思っているのですか?」

「もちろんです、閣下。下士官たちは拘束されています。いつ始まってもおかしくありません。」

少尉は艦長の船室まで案内し、船長は儀式もせずに扉を開けて中に入った。

「一体何だ?」と艦長は叫んだ。少尉は自分の身分を告げ、ジャックは自分の話を繰り返した。

「犬どもめ!」と船長は言った。「奴らに教訓を与えてやる。えっと、二等中尉は当直か。他の士官たちを全員起こせ。」そう言って、船長自身も彼らを手伝った。1、2分もしないうちに、彼らは剣とピストルを手に、急いで船長室に集まった。

「ハートウェル君」と艦長は一等航海士に言った。「下へ行って掌帆長と下士官たちを起こし、頼れる者全員を集めさせ、静かに武装させ、兵士たちの間で少しでも物音が聞こえたらすぐに甲板に駆け上がれるように準備させておけ。命令に背く者は即座に射殺しろ。二等航海士にはこう言った。「士官候補生4人を連れて弾薬庫へ行き、開けて後甲板の砲に散弾を装填しろ。できるだけ素早くやれ。さて、諸君、残りの我々は一人ずつ静かに後甲板へ上がろう。船尾の方に下がって、船体中央の兵士たちに気づかれないようにしろ。弾薬が届き次第、砲に装填し、甲板を横切って砲撃する準備をする。その間、準備が整う前に攻撃された場合は、最後まで梯子を守り抜かなければならない。」

士官たちは一人ずつ裸足で船室からこっそりと抜け出し、後甲板へと上がっていった。やがて、連隊の士官、海軍士官、士官候補生など、およそ30人がそこに集まった。夜は暗く、船の中央部にいる者たちは誰もその動きに気づかなかった。

第6章:委任状
時間はゆっくりと、そして不安なまま過ぎていった。もし反乱兵たちが弾薬が到着する前に下から押し寄せてきて、中尉が頼りになる下士官や兵士たちを戦闘準備させる前に襲いかかってきたら、火縄銃や槍で武装した兵士たちの突撃を将校たちがうまく阻止できるとは考えにくかったからだ。

しかし、反乱者たちは急ぐ必要はないと考え、静かに計画を実行に移していた。下士官は全員捕らえられ、縛られ、歩哨の下に置かれていた。歩哨には、一言でも口を開いたら槍で突き刺すように命令されていた。計画に含まれていない兵士が甲板に出て警報を鳴らすのを防ぐため、タラップのふもとには厳重な警備が配置されていた。マスケット銃は装填されていなかった。乗船時に弾薬はすべていつものように弾倉にしまわれていたからだ。しかし、反乱者たちは最初の突撃でこれを奪取できると見込んでいた。首謀者たちは兵士たちを4人一組に編成し、軍隊式に甲板に押し寄せられるようにした。各中隊の兵士たちはそれぞれ別の任務を命じられた。2つの中隊は甲板を掃討し、彼らが姿を現すと、そこにいる仲間と合流し、抵抗する可能性のある水兵を制圧することになっていた。

別の部隊は駆け下りて弾薬庫を確保し、それをこじ開けて全員に弾薬を配給することになっていた。さらに別の2つの部隊は船尾に突進して士官たちを制圧し、6番目と7番目の部隊は水兵たちが寝泊まりする甲板に通じるハッチの先端を囲み、計画に加わった者だけを甲板に上がらせることになっていた。残りの3つの部隊は既に甲板にいた。準備は完璧だったが、準備に要した時間と、甲板で騒ぎが聞こえて警報が鳴らないように静かに作業する必要があったため、士官たちはその時間を有効活用しようとしていた。

艦長と水兵たちは後甲板に着くとすぐに大砲の固定具を外し、砲を甲板に運び込み、後甲板の端まで運ぶ準備を整えた。士官候補生たちが次々と合流し、それぞれが散弾を3発ずつ携え、続いて砲手がさらに4発携えてくると、安堵の声が上がった。中尉は甲板に残り、水兵たちを先導することになっていた。

砲手が無事という伝言を携えてやってきた。多くの水兵が服を脱がずにハンモックに潜り込み、衣服の下に手持ちの槍やカットラスを隠し持っていた。しかし、彼らは不意を突かれ、物音一つ立てずに捕らえられた。頭の片側にランタン、もう片側にピストルを突きつけられると、皆、抵抗することなく降伏したのだ。彼らは全員船倉に送られ、警備兵が配置された。大砲は装填され、士官全員が彼らの間に分かれて、砲撃の準備を整えた。4、5分後、前方から叫び声が聞こえ、多くの足音が低く響いた。

一瞬のうちに、後甲板の4門の大砲が甲板を横切って移動した。その間、前方からは剣のぶつかり合う音、叫び声、戦闘の音が聞こえ、同時に大きな歓声が上がった。後部ハッチから黒っぽい男たちの集団が甲板に駆け上がり、甲板を横切って陣形を組んだ。任務を叱責されていた士官候補生数名が、灯りのついたランタンを持って士官室から駆け上がり、後甲板の端に沿って並んだ。

反乱者たちは船尾へ殺到したが、目の前に立ちはだかる槍と、甲板を横切って四列に並ぶ水兵たちの姿に驚愕し、後ずさりした。同時に、ランタンの光が後甲板の士官たちを照らし出し、四門の大砲が威嚇するように彼らに向かっていた。騒然とした雰囲気は一瞬、驚きと落胆の沈黙に包まれた。そして、艦長の声が聞こえた。

「反逆者ども、武器を捨てろ。さもないと、お前らを吹き飛ばしてやる。抵抗しても無駄だ。我々は準備万端だ。お前らには弾薬がない。私が3つ数える前に、全員甲板に武器を投げ捨てろ。さもないと撃つぞ。1、2、」

武器がぶつかり合う大きな音とともに、「降伏します。撃たないでください、撃たないでください」という叫び声が響き渡った。

「すべて終わった」と船長は険しい表情で言った。「ハートウェルさん、部下を前進させ、武器を持った悪党を見つけたら即座に射殺し、武器をすべて回収して船尾に持ってこい。」

「さて、クリフォード大佐」彼は連隊長の方を向き、「将校たちと一緒に船倉へ降りれば、下士官たちの拘束を解くことができる。彼らはこの事件の首謀者を指摘してくれるだろう。すぐに彼らを拘束して船倉に閉じ込めた方がいい。そうすれば、もう面倒なことは起こらないだろう」と言った。

10分も経たないうちに武器は全て回収され、保管された。下士官たちは首謀者約20人を特定し、彼らは安全に下船の手錠をかけられた。また、武装した水兵の厳重な警備が甲板間に配置され、反抗行為が再発しないよう監視した。しかし、そのような心配はなかった。男たちは計画の失敗にすっかり意気消沈し、屈辱を感じており、翌朝、下船の囚人たちに引き渡されるほど目立っていなかったことを願うばかりだった。

その夜、船上ではもう眠る暇はなかった。朝食後、海軍と陸軍の2つの軍法会議が開かれた。後者は下士官の証言に基づき首謀者とされた2人の男に絞首刑を宣告し、判決は即座に執行された。連隊は甲板上に非武装で整列し、仲間がメインヤードの端まで吊るされるのを目撃した。他の囚人たちはそれぞれ200回の鞭打ち刑を宣告された。当時の考え方からすれば、これは非常に寛大な刑罰であり、比較的些細な罪に対してはしばしばこのような刑罰が科せられていた。囚人たちは絞首刑を免れたことを幸運だと考え、実際、彼らは絞首刑に備えていた。

刑罰の執行に先立ち、大佐は兵士たちに語りかけ、首謀者全員が有罪判決を受け死刑を宣告されたものの、軍法会議の委員たちは、犯人たちの若さと未熟さ、そして事件のあらゆる状況を考慮し、死刑を免除することが可能であると判断したと告げた。囚人たちと連隊全体が、自分たちに与えられた寛大な処遇を理解し、自らの過ちを償うために全力を尽くし、女王陛下の真の立派な兵士であることを示すという固く真摯な決意をもって任務に復帰すると確信していたからである。もしそうなれば、この過ちはこれ以上追及されないだろう。しかし同時に、大佐は、この事件で重要な役割を果たした兵士たちの長いリストを手元に持っており、これらの兵士たちが一度でも過ちを犯せば、容赦はしないと警告した。

海軍軍法会議は、軍将校による軍法会議と比べて特に厳しいものではなかった。艦は人員不足であり、さらに将校たちは乗組員による重大な反乱という汚名が艦に付くことを望んでいなかった。もしこれらのうち誰かが絞首刑に処されていたら、その件は報告されていたはずだが、乗組員の誰も反乱に直接参加していなかったため(参加する意図があったことは明らかだったが)、死刑判決は下されなかった。しかし、何人かの乗組員は多かれ少なかれ厳しい鞭打ち刑を宣告され、最近になって圧力を受けた者は比較的軽い刑で済んだ一方、この事件に関わった年配の乗組員には最も重い刑が宣告された。

部隊の武器は厳重な警備の下に置かれ続け、10日後、ポルトガルの北端が視認されたのと同時に艦隊の残りの部分が姿を現した。数時間後、艦隊は合流し、翌日、風が完全に止んだところで、クリフォード大佐はボートで旗艦に向かい、ピーターバラ伯爵に自らの連隊で起きた反乱とその鎮圧の成功を報告した。

反乱が鎮圧されるとすぐに、ジャック・スティルウェルはこっそりと抜け出し、前線の兵士たちに合流した。兵士たちはこの事件がどのようにして発覚したのか不思議に思ったが、誰も彼が裏切ったとは疑わず、将校たちが不用意に口にした言葉で警告を受けたのだろうと考えていた。ジャックが事の顛末を明かしたのは、エドワーズ軍曹だけだった。

「なあ、坊主、お前が何らかの形でこの事件に関わっていたんじゃないかと、俺は察していたんだ。マストに縛り付けられて立っていた時、口は閉ざさなければならなかったが、目は使えた。だが、お前の姿は見当たらなかった。もちろん、見落としたのかもしれないが、お前の部隊は俺のすぐ近くに陣取っていたし、もしお前がそこにいたら、きっと気づいたはずだと思ったんだ。お前がどうなったのか、見当もつかなかった。だが、男たちが武器を持たずに再び降りてきて、水兵や士官たちが皆、彼らを受け入れる準備ができていたのを見て、罵詈雑言を浴びせているのを聞いた時、どういうわけか、お前がこの事件の渦中にいるような気がしたんだ。どうしてそう思ったのか、自分でも全く分からなかったが、お前も俺が降りた時に一緒に降りたはずだと分かっていたからね。」

「軍曹、この件で尋問を受けることになるでしょうから、その際にカーティス大尉に頼んで、私が大佐に警告したことを公にしないように頼んでほしい。もしそれが知られたら、部下たちの間で私の生活は耐え難いものになるだろう。そして、もし今までそうならなかったとしても、最初の戦闘で必ず背中に銃弾を受けることになるだろう。」

「その通りだ、坊主。船長に報告しておく。お前の行いが見過ごされることは決してないだろう。だが、お前が言うように、今は何も言わない方がいい。」

クリフォード大佐が旗艦に乗り込んでから1時間後、ボートが戻ってきて、D中隊のスティルウェル二等兵を同行させるよう命令した。この命令はカーティス大尉に伝えられ、大尉はまずエドワーズ軍曹を呼び出した。

「さあ、軍曹、前に進んでスティルウェルに旗艦に乗るように伝えろ。大佐は将軍と話をしたはずだ。あの若者を他の者と分けて、誰にも気づかれないように静かにここから船尾のタラップまで行かせろ。もし誰かが彼がボートで出発するのを目撃したとしても、大佐はただ筆記ができる者を呼び出しただけだと考えるだろう。それに、もし艦長が私に誰かを選べと命じていたら、私は間違いなく彼を選んでいたはずだ。」

旗艦の甲板に着くと、ジャックは提督の船室へと案内された。テーブルの最上座には、ジャックが以前聞いた話からすぐにピーターバラ伯爵だと分かった男が座っていた。小柄で痩せ型、顔立ちは穏やかで、鼻はやや高く、目は生き生きとして鋭かった。慣習に従って海外やイギリスの宮廷にいるときは被っていた巨大なかつらを外しており、ジャックは彼の髪を見た。髪は薄茶色で、ややまばらだった。艦隊司令官が彼の隣に座っていた。ピーターバラ伯爵は陸海両方で遠征の指揮を執っていたが、艦隊の指揮は彼の下にいる提督が執っていたのだ。クリフォード大佐は伯爵の左隣に座り、他にも数名の海軍および陸軍将校がテーブルに着いていた。

「さて、若者よ」とピーターバラは言った。「クリフォード大佐は、私の指揮下にある連隊が一つも減らず、女王陛下が海軍の艦船を一隻も失わなかったのは、君のおかげだと話していた。彼は、すべてがあまりにも迅速に行われたため、君から詳細を聞き出すことができなかったと言い、君が自分の役割について部下たちの間で疑念を抱かせたくなかったため、尋問を控えたとも言っていた。さあ、事の顛末をすべて話してくれ。」

そこでジャックは、エドワーズ軍曹が十分な機会と確実な情報が得られるのを待って将校たちに陰謀を暴露しようとしていたことから、疑念を抱くようになった経緯を語った。そして、反乱が始まった時に自分が目を覚ましたこと、将校たちに警告するために自分が取った行動についても話した。話が終わると、伯爵はこう言った。

「若者よ、君は賢明かつ立派に行動した。迅速さ、勇気、そして忠誠心を示した。身分以上の発言力を持っている。君の出自は?」

「父は聖職者でしたが、内乱で職を失い、チャールズ王の復位後も自分の主張を世に訴えることができませんでした。父は教師として生計を立て、私にもできる限りの教育を与え、私も聖職者になることを願っていました。しかし、私の考えは聖職者の道には向かわず、父と母が亡くなった後、船乗りになろうと思った矢先に、たまたま兵士が不足していたのです。それで、この機会を最大限に活かそうと決心しました。」とジャックは言った。

「若者よ、よくやった。君の教育と家柄のおかげで、私が望むように君に報いることができるのは本当に嬉しい。今、君を連隊から除隊させ、少尉に任命する。君は当面私の幕僚の一員となる。これほど勇敢で有能な若い士官が、私が必要とするどんな危険な任務にもすぐに対応してくれることを、私は喜ばしく思う。」

6月20日、艦隊はテージョ川を遡上した。

ジャックは船に戻ってこなかった。

「ここで止めておいた方がいい」と伯爵は言った。「もし戻ったら、昇進したと知られたら、暗い夜に船から突き落とされるかもしれないぞ。すぐに仕立て屋に命じて、略装用の制服を作らせよう。正装はリスボンで作れる。もっとも、そんなに着込む必要はないだろう。我々は過酷な仕事をしに来たのだから。だが、占領した町に凱旋する際には、スペインの貴婦人たちに良い印象を与えておくのも悪くない。それに、何と言われようと、立派な羽は立派な鳥を作る上で大きな役割を果たす。字は綺麗に書けるか?」

「私はかなり公平な記事を書いていると思いますよ、先生。」

「それは結構だ。私は文章を書くのが苦手で、書くことほど嫌いなことはない。それに、この若い紳士たちにしては、そういうことにはあまり役に立たないと思う。とはいえ、それほど多くの仕事は必要ない。だが、必要に応じて私の秘書役を務めてもらう。」

伯爵は仕立て屋に対し、ジャックに略装用の服を速やかに仕立てるよう厳命した。そして24時間以内に、ジャックは将軍に同行する若い将校や志願兵たちの食堂に加わることができた。彼らは皆、良家の出身の若者たちだった。ジャックが船を反乱から救ったという話を聞くと、彼らはジャックを心から歓迎した。さらに、ジャックが教養があり、紳士の息子だと知ると、その歓迎ぶりは一層高まった。

ジャックにとって、伯爵の親切と寛大さのおかげで、食堂での費用を支払い、彼らと対等に生活できたことは大きな喜びだった。将軍は100ギニーの入った財布を彼の手に落とし、こう言ったのだ。

「これは君にとって役に立つだろう、坊主。君も他の将校たちと同じように生活しなければならないのだから。君のおかげであの連隊を救えたのだから、本当に感謝している。あの連隊の装備と備品に、私はその金額の100倍近くも費やしていたのだから。」

士官の中にはジャックとほとんど年齢が変わらない者もいたが、船がテージョ川に停泊する頃には、彼はすっかり彼らと打ち解けていた。

「なんて素敵な街なんだ!」彼はそう言いながら、城壁から身を乗り出し、川に向かって急な丘陵地に建つ街を見下ろした。

「ええ、まさにその通りです」と、若い将校の一人であるグラハムは同意した。「しかし、ポルトガル人は実に頼りない連中だと思います。ガルウェイ伯爵は報告書の中で、彼らは約束は得意だが、実際にはほとんど援助を期待できないと書いています。」

「私たちがここに着陸する見込みはありますか?」

「いいえ。どこに上陸するにせよ、ここではないことは確かです。ガルウェイ伯爵は2、3ヶ月ここに滞在しており、優秀な連隊を率いています。もしここに上陸すれば、我々の指揮官は地位を失うことになります。彼は別の指揮権を持っており、もし軍が合流すれば当然ガルウェイ伯爵の指揮下に入ることになるからです。オランダ艦隊は1、2日でここに到着する予定ですし、カール大公は我々より2週間前に出航しました。我々の航海は非常に遅かったので、彼はとっくに到着しているはずです。大変な話し合いになるでしょう!大公、ポルトガル人、オランダ人、ヘッセン=ダルムシュタット公、ガルウェイ伯爵、ピーターバラ伯爵など、おそらくそれぞれが独自の考えや意見を持っているでしょうから、合意に至るのは難しいでしょう。さらに、イギリス宮廷、オランダ宮廷、オーストリア皇帝からも報告書が届くでしょうが、彼らは皆、最善の策について意見が分かれるでしょう。みんなで一緒にやるのはいいことだ。一つ言っておきたいのは、うちのリーダーは誰よ​​りも口達者だということだ。しかも、好きな時に不快なことを言えるので、彼を追い出すためなら、きっと自分の思い通りにするだろう。ほら、彼の船が水に浮かんだ。本当にせっかちな男だ。

ピーターバラ伯爵は上陸するやいなや、本国で入手できなかった物資の調達に全力を注ぎ、多くの苦労の末、ゴドルフィン卿の国庫証券を担保にカーティソスという名のユダヤ人から10万ポンドを借り入れることに成功した。ただし、貸し手には軍の食料やその他の必需品の供給契約を与えるという条件付きだった。伯爵はこの取り決めを実行した日、輝かしい顔で船に戻ってきた。それまで彼はひどく機嫌が悪く、彼の秘書となったジャックは、彼が接触したすべての人に彼の口述で非常に辛辣なメモをたくさん書いていた。彼は船に戻るとすぐにジャックを自分の船室に呼んだ。

「スティルウェルさん、座ってください。大蔵卿宛ての書簡があります。お金は手に入れましたので、その問題は解決です。素晴らしい!出航前は一銭ももらえなかったのに、今は欲しいだけ手に入れました。ゴドルフィンが私の書簡を読んで、10万ポンドの手形を支払わなければならないと知った時の顔を見るためなら、自分のポケットから千ギニーでも差し出してもいいくらいです。これまで演じられたどんな喜劇よりも面白いでしょう。あの尊大な老いぼれは、どれほど腹を立て、怒り狂うことでしょう!しかし、彼はその費用を捻出しなければなりません。女王陛下の将軍の手形を不渡りにして作戦を開始するわけにはいきません。さもなければ、今後誰も我々を信用しなくなるでしょう。スティルウェルさん、大蔵卿には会っていませんか?」

「いいえ、私は裁判所には全く行っていません。」

「それは残念だ」と伯爵は言った。「せっかくのジョークの面白みがなくなってしまう。さて、明日上陸して必要なものを全て調達しよう。そして、早くここを出た方がいい。もう2週間もここにいるし、この場所にはうんざりだ。」

ジャックはリスボンに飽きるどころか、大いに楽しんでいた。街はイギリス、オランダ、ポルトガルの兵士で溢れかえっていた。夜にはあらゆる種類の祝祭や宴会が催され、伯爵は必ず出席していたため、ジャックをはじめとする若い士官たちは、制服を着て上陸し、祝祭に参加したり、思い思いに楽しんだりすることが許されていた。

グラハムの予想通り、艦隊の目的地について結論が出るまでにはしばらく時間がかかった。何度か会議が開かれたが、決定は下されなかった。ピーターバラの命令はあまりにも曖昧だったため、彼は自分の裁量で行動することができた。実際、彼はカール大公を説得して同行させ、イタリアへ向かうよう勧められていた。イタリアでは、フランス軍にひどく追い詰められていたサヴォイア公ヴィットーリオ・アマデウスと合流することになっていた。

しかし、使者が海路で到着し、女王からの命令として艦隊をカタルーニャ沿岸へ向かわせるよう命じた。これは、カタルーニャ人がカール大公に好意的であるという情報が英国宮廷に送られてきたためであった。この命令はヘッセン=ダルムシュタット公が強く主張していた助言と一致しており、彼が最近ジブラルタルを占領し、その後防衛に成功したことで、彼の言葉に重みが増し、前年のバルセロナでの敗北の記憶は薄れていた。

最終決定権は大部分がカール大公に委ねられており、彼は最終的にピーターバラ卿と共にスペイン沿岸に上陸し、バレンシアとカタルーニャの臣民の反応を探ることを決意した。ピーターバラがバルセロナ進軍の決定に賛同した理由は、彼が7月20日にジョージ・ルーク卿に口述筆記させた文書に説明されている。

「ゴドルフィン卿と国務長官の書簡に基づき、スペイン国王、閣僚、そしてガルウェイ卿と私自身は、カタルーニャ以外に攻撃を仕掛ける手段はないと結論付けました。カタルーニャでは、6000人の兵士と1200騎の騎兵が、国民全体の好意のもと、我々の到着を待ち構えていると、あらゆる情報が一致しています。ポルトガルはカディスに対するいかなる企てにも加わることを完全に拒否しており、ガルウェイ卿の書簡の写しをご覧いただければ、彼が今年中にポルトガルが何らかの行動を起こす可能性を完全に諦めていることがお分かりいただけるでしょう。また、我々の指示からも、他に選択肢は残されていないことが明らかになるはずです。」

しかし、ピーターバラの軍事力は、そのような作戦には全く不十分だった。彼はガルウェイ卿を説得し、レイビー卿とカニンガム将軍のイギリス竜騎兵連隊の一部を譲ってもらったが、ポルトガル側はこれに強く反対した。実際、この時の彼らの行動は、100年後にウェリントン公爵に対して取った行動と非常によく似ており、イギリス軍司令官の行く手に考えられる限りの障害を投げかけ、彼が提案するあらゆる作戦計画に反対した。竜騎兵の多くは馬を持っていなかったが、ピーターバラ卿はカーティソスから得た金の一部で馬を購入し、彼らに馬を乗せた。

ヘッセン=ダルムシュタット公は、遠征隊に同行する駐屯部隊の一部を手配するため、先にジブラルタルへ向かった。7月28日、カール大公はピーターバラ卿と共にラネラ号に乗船し、1時間後に艦隊は出航した。タンジール沖でクラウドスリー・ショベル卿率いる艦隊と合流し、数日後にジブラルタル湾に到着した。

そこで彼らは、ヘッセン=ダルムシュタット侯爵が、要塞の勇敢な防衛に参加した他の3つのベテラン連隊とともに、近衛大隊を乗船させ、ピーターバラ卿がイングランドから連れてきた新設部隊のうち2つを駐屯地に配置転換する手配をしていたことを知った。ジャックが所属していた連隊もそのうちの1つだった。彼はその知らせを聞くとすぐに、伯爵に話しかける機会を伺った。

「お願いがあるのですが、旦那様。」

「それは何だ、坊主?」

「閣下、もしご記憶にいらっしゃれば、反乱の危険性を将校たちに警告するよう私に助言してくださったエドワーズ軍曹を、乗船する連隊のいずれかに転属させるべきだと存じます。」

「もちろんだよ、坊や。彼のことは忘れていなかった。彼に十分な教育を受けさせて、将校に任官させてあげたかったんだ。彼の連隊長に問い合わせてみたが、読み書きができず、将校たちの中では場違いだと分かったので、任せることはできなかった。だが、喜んで彼を実戦に連れて行こう。あの反逆者どもと一緒に残されるのは、立派な兵士にとって辛いことだからね。」

ジャックは、リスボンの海岸で何度か会ったことがあり、昇進を心から喜んでくれたエドワーズ軍曹から、ピーターバラ卿が彼の功績に対する褒賞として、大佐を通して50ギニーの小銭を送ったと既に聞いていた。

ジャックはすぐにボートでかつての乗艦へと向かい、伯爵からの命令として、軍曹を乗艦する連隊の一つに直ちに転属させるよう指示を受けた。軍曹は喜んだ。というのも、その連隊はすでに下船して駐屯部隊に加わるよう命令を受けていたからである。

1時間後、カール大公は艦隊と要塞の砲撃の轟音の中、上陸した。ここで初めて、彼はスペイン国王として認められ、その栄誉を受けた。遅れはほとんどなく、ピーターバラ卿の精力的な働きで皆が急ぎ、8月5日、艦隊は再び出航し、国王とヘッセン=ダルムシュタット公が同行した。

風向きが悪く、一行がバレンシア海岸のグアダラビア川河口にあるアルテア湾に停泊できたのは11日になってからだった。停泊地の向こう側にはデニアの城と村があった。マドリードにおけるフランスの台頭を憎み、カスティーリャ王国に激しい嫉妬心を抱いていた住民たちは、遠征隊を好意的に迎えた。

艦隊がピーターバラに停泊するとすぐに、イギリスやその同盟国による領土拡大の意図、あるいはチャールズ3世の正当な臣民であるスペイン人の人身や財産に危害を加える意図は一切ないことを否定する宣言文が市民に配布された。

「我々は、あなた方を外国人の支配という耐え難い重圧から、そして悪意ある者たちによってフランスに売り渡され、奴隷状態に陥れられたことから解放するために来たのだ」と彼は言った。

国王のスペイン人支持者数名が民衆を鼓舞するために上陸した。その中には、バレンシア生まれの有能な将校、バセット・イ・ラモス将軍もいた。人々は周辺地域から急速に集まり、海岸沿いに並んで「カルロス3世万歳!」と叫んだ。

艦隊には大量の食料が送られたが、ピーターバラはそれに対して十分な支払いを要求した。

艦隊への給水作戦を援護するため、イギリス歩兵部隊が上陸した。反乱は急速に広がり、千人の農民が国王のためにデニアの町を占拠した。フリゲート艦1隻と爆撃艦2隻が湾を横断し、城を脅かした。この城は壮麗な建造物ではあったが、要塞化が不十分で、数発の銃声が響いた後、降伏した。ラモス将軍は艦隊から400人の正規兵を率いて上陸し、城を占領した。そして、住民の熱狂の中、カルロス3世はスペインの地で初めてスペインとインディアスの国王として宣言された。

ピーターバラ伯爵は、極めて巧妙かつ大胆な計画を提案した。もし彼の助言が受け入れられていれば、おそらく戦争はごく短期間のうちに終結し、チャールズ3世がスペイン王位に確実に就くことができたであろう。マドリードはアルテア湾からわずか50リーグしか離れていない。途中に強固な都市はレケナだけであり、豊かな土地には十分な物資と輸送手段が確保でき、さらに友好的な住民たちはそれらを軍隊のために提供したであろう。

中央スペイン全土には、彼に抵抗できる勢力は存在しなかった。フィリップの軍隊はすべてポルトガルとの国境にいるか、北部の不満を抱えた都市を占領していた。マドリードにはわずかな騎兵隊しかいなかった。そのため、1週間もすれば、おそらく一滴の血も流すことなく、カルロスはスペインの首都で国王を宣言できたかもしれない。もちろん、この計画には危険が伴った。圧倒的な兵力を持つテス元帥は、進軍する軍の左翼を脅かすだろうし、北部の都市の守備隊が団結すれば、右翼に同等の兵力で進軍できるだろう。しかし、テスの後に続くのはガルウェイ卿と同盟軍およびポルトガル軍であり、バルセロナやカタルーニャの他の要塞都市は、守備隊が撤退すれば蜂起するだろう。

たとえ作戦が失敗したとしても、ピーターバラ伯はバレンシアを経由して安全に退却し、艦隊に再び乗り込むことも、ジブラルタルへ進軍することもできたはずだった。この計画は大胆かつ賢明なものであったが、カール大公は鈍感で臆病であり、さらに鈍感で慎重なドイツ人顧問たちの助言に左右されていたため、ピーターバラ伯の説得や嘆願も彼を動かすには至らなかった。伯爵はこれほど輝かしい機会を逃したことに絶望し、国王の存在と国王の顧問たちの無能さによって行動が不可能になったことについて、故郷への手紙で深い憤りを表明した。

しかし、何もできないと悟った彼は部隊を再び乗船させ、艦隊はバルセロナに向けて出航した。しかし、これほど強固に要塞化された都市に対して成功する試みはありそうにないと考えられ、調査の結果、成功の見込みが低いと判断された場合は、艦隊と陸軍は当初の予定通り、サヴォイア公の救援に直ちに向かうことが決定された。

第7章:バルセロナ
スペインで最も人口が多く重要な都市の一つであるバルセロナは、もともと強固な要塞都市ではなかった。海に近い平野に位置し、防御施設は広範囲に及んでいたものの、攻城兵器を備えた強力な軍隊に対してはそれほど強固ではなかった。それらを完全に維持するには、防衛に投入できる兵力よりもはるかに大きな兵力が必要だった。しかし、駐屯軍の兵力はピーターバラの軍勢と全く同等であり、自軍の数をはるかに上回る軍隊に対しても都市を防衛できたはずだった。10の稜堡といくつかの古い塔が北と東を守り、都市と海の間には未完成の堀と掩蔽壕を備えた長い土塁があり、西には高台にモンジュイック城がそびえ立ち、都市の城壁を見下ろし、守っていた。

海に面した中央部からは防波堤が海に向かって突き出ており、小さな港を守っていた。町の周囲の土地は肥沃で美しく、近隣の山々から流れ出る小川によって丁寧に耕作され、潤されていた。海岸から約1リーグほど離れると、丘陵地帯が円形劇場のように広がり、小さな町や村、田園地帯の邸宅が点在していた。

連合艦隊が停泊するとすぐに、守備隊は防波堤と海岸近くの砲台から、海岸に最も近い輸送船数隻に向けて砲撃を開始した。しかし、砲弾は船に届かず、砲撃はすぐに止んだ。ところが、東風は敵の砲撃よりも厄介で、東から吹き付ける波によって船は激しく揺れた。

ヘッセン=ダルムシュタット公は、情報収集のためフリゲート艦2隻を率いてマタロ港に入港した。そこで、近隣のヴィヒの町で民衆がカール王のために蜂起したことを知り、民衆の指導者たちと連絡を取り、海岸へ進軍して上陸予定の軍勢と協力するよう助言した。艦隊に合流する途中、公はナポリのガレー船2隻を追跡したが、2隻は無事にバルセロナ港にたどり着いた。

船にはポポリ公爵夫妻、フランスの著名な将校であるダバリー氏、そしてアンジュー公爵の支持者でスペイン各地への赴任を予定していた40名の若い紳士たちが乗っていた。しかし、彼らは現在、総督によって市内に留め置かれ、防衛に協力させられている。

事態の状況を初めて知ったピーターバラ伯爵は、非常に好ましくない印象を受け、直ちに攻撃計画に反対した。

総督ドン・フランシスコ・ベラスコは勇敢で傑出した将校であり、守備隊の兵力は総督の兵力と同数で、町には食料や物資が十分に供給されていた。さらに包囲軍の困難を増すため、城壁内に運び込めない周辺地域の飼料はすべて破壊するよう命令が出されていた。住民がオーストリアに同情的な感情を抱いていたとしても、総督の権力と警戒心によって効果的に抑え込まれた。包囲軍は封鎖を試みるにはあまりにも小規模であり、十分に武装した防御陣地の背後に同規模の兵力を持つ相手に攻撃を仕掛ける見込みはほとんど絶望的であった。

技術者たちは、正規の包囲戦の困難さは克服不可能ではないにしても非常に大きく、唯一の弱点は沼地で、大砲の運搬や陣地の構築が不可能であると断言した。何よりも、遠征隊の最大の希望が打ち砕かれた。チャールズの支持者たちは、艦隊の到着とともに国全体が彼の支持に立ち上がり、町自体も門を開いて彼を迎えるだろうと保証していた。しかし、スペインの友人たちから受けた他の約束と同様に、これらの約束も欺瞞に終わった。海岸で彼らを迎えた農民はほとんどおらず、しかも彼らは非武装で将校もいなかった。

伯爵の指示は、概してかなり曖昧だったが、一点だけ厳格だった。遠征計画にいかなる変更も加えてはならない、また、軍事評議会の助言なしに、その遂行のために決定的な措置を講じてはならない、というものだった。これは将軍にとっていずれにせよ厄介なことだったが、今回の場合は完全に彼を無力化することを意図していた。最高司令官たちの間にはほとんど調和がなかった。イギリス軍の将校たちは決して仲が良くなく、海軍の将校たちはピーターバラ卿が自分たちの指揮を執ることをほとんど侮辱とみなしていた。イギリス人はドイツ人将校を憎み、オランダ人を軽蔑していた。ピーターバラ卿自身もほとんどすべての仲間を嫌っており、その時々の自分の意見と異なる意見を持つ者には深い軽蔑の念を抱いていた。

こうした不協和音を奏でる要素で構成された軍事会議から良い結果が生まれるはずがないことは明らかだった。しかし、ピーターバラ卿の指示は明確で、1705年8月16日、彼はブリタニア号上で軍事会議を招集した。会議は9人の将軍と1人の准将、そして2人の大佐が参謀を務めた。国王とヘッセン=ダルムシュタット公は出席したが、審議には参加しなかった。驚くべきことに、会議はバルセロナを攻撃すべきではないという点で全員一致の意見となった。決定の理由は文書化され、記録に残された。会議は存在するすべての困難を指摘し、連合軍の戦力は歩兵19個大隊と騎兵2個連隊のみであり、戦闘可能な兵士は7000人以下、航海を生き延びて使用可能な状態だった竜騎兵の馬はわずか120頭であると宣言した。

評議会の決定は、チャールズとヘッセン=ダルムシュタット公の希望と願いに真っ向から反するものであり、彼らはピーターバラ卿に強い抗議の手紙を送り、この時点で遠征を中止することは共通の大義にとって致命的であると同時に、イギリス軍の名誉を傷つけることになるだろうと訴えた。

一方、部隊の大部分は抵抗を受けることなく上陸したが、海岸に打ち寄せる波が非常に強かったため、上陸には大変苦労した。上陸地点はピーターバラ卿とクラウズリー・ショベル卿によって適切に選定されていた。それは市街地から東へ約2マイル、バダロナと呼ばれる場所の近く、小さなバソズ川の河口付近であった。輸送船はできる限り岸に停泊し、艦隊のボートは一回の航海で3000人の兵士を上陸させた。

5時間で15個大隊が一人も犠牲者を出さずに上陸した。市街地から約1マイル離れた堅固な自然の要衝が野営地として選ばれた。その左翼は海に面し、右翼はバソズ川が流れるいくつもの険しい丘と峡谷に囲まれていた。前線はかなり広範囲に及んだが、上陸が始まると近隣の村々から人々が集まり始め、チャールズ王の同盟軍を歓喜して迎えたため、それほど問題にはならなかった。ピーターバラ卿はこれらの人々の一部を前哨基地の警備と、市街地から野営地へと続く多数の道路の警備に当たった。

22日、陣営内のオランダ軍将軍シュラテンバッハの宿舎で、国王からの2通の手紙を審議するため、再び軍事会議が開かれた。国王は手紙の中で、連合軍の将軍たちに再び都市への攻撃を促していた。彼は、2つの稜堡の間にある城壁を突破するために50門の大砲からなる砲台を設置し、全軍を攻撃に投入することを提案した。彼は攻撃に対する様々な反対意見の正当性を認めつつも、このような場合には積極的な行動が最も安全であると主張した。彼は、もし見捨てられたら自分に忠誠を誓った臣民たちが破滅するであろうことを述べ、少なくとも自分は彼らを見捨てないと宣言して締めくくった。

ピーターバラ卿自身を除いて、評議会の誰もこの訴えに賛同せず、ピーターバラ卿だけが、自身の判断に反してではあったものの、国王の計画に賛成票を投じた。評議会の反対意見にもかかわらず、騎兵と竜騎兵は24日に上陸した。

25日、26日、28日に再び評議会が開かれ、国王からの18日間の包囲戦を試みるよう求める切実な要請について審議が行われた。最初の決定は反対で、包囲戦に賛成したのはピーターバラ卿の2名のみであった。2回目の評議会では、彼の影響力により多数派が獲得されたが、3回目の評議会では、総司令官も同意し、包囲戦を断念することに合意した。

彼らの意見が急に変わったのは、カタルーニャの農民指導者たちに要求していた労働者が一人も現れなかったため、そのような援助なしには工事を進めて攻城砲台を建設することは不可能だと感じたからである。しかしながら、農民たちは大砲、テント、弾薬、物資の上陸に効果的な援助を提供した。28日、国王は大勢の人々の集まりの中に上陸し、人々は熱狂的な歓迎で国王を迎えた。国王は苦労しながらも、サン・マルティーノ近郊に用意された陣営まで人々の間を通り抜けることができた。

国王が上陸したことで、事態はさらに困難になった。国王と彼に付き従うドイツ人廷臣たちは、同盟軍が包囲戦に消極的な姿勢を激しく非難したが、同盟軍側は、不可能な作戦を実行しないことを非難する者たちに憤慨した。同盟軍内部にも不和が広がり、オランダの将軍は、部下を無駄に犠牲にするくらいなら、総司令官の命令に背くと宣言した。

ピーターバラは、自身に向けられた非難や糾弾、そして周囲で繰り広げられる争いに、ほとんど正気を失いかけていた。彼は指示を忠実に実行し、可能な限りチャールズの意見に従おうと努めたが、同時に、国王の意向とは正反対の軍事会議の決定にも従わざるを得なかった。

ヘッセン=ダルムシュタット侯は、彼が組織した規律に反する1500人の農民を軍隊とみなし、正規兵として軍の資金から給料を支払うべきだと主張したが、彼らは規律に従わず、塹壕での労働を拒否したため、侯爵は激怒した。そして、侯爵は軍事会議の結果に苛立ち、侯爵が秘密裏に影響力を使って計画を妨害したとまで非難し、両者の間に公然たる亀裂が生じた。

総司令官の苦境をさらに悪化させたのは、イギリス軍兵士たちが、明らかに絶望的な作戦に上陸させられたことに対して激しく不満を漏らしたことだった。しかし彼らはそれでもなお、自分たちが「愚か者のように来て臆病者のように去った」と言われないように、町への進軍を強く求めた。

ピーターバラ卿は、若い秘書に悩みや苛立ちを率直に打ち明けた。ジャックは、寛大で風変わりな上司に心から慕われており、将軍は、若い将校がいつでも時間や場所を問わず自分の元へ来て、自分の口述に基づいて本国へ送る長文の手紙や公文書を書いてくれることに満足していた。また、彼はジャックが非常に信頼できる人物であり、打ち明けた秘密を絶対に漏らさないと確信していた。

こうした争いや論争が渦巻く中、包囲戦は緩慢なペースで進められた。船から補給を受け、水兵によって操作された50門の重砲からなる砲台が、2つの深い谷に挟まれた高台に設置され、近隣のいくつかの丘には軽野砲の砲台が築かれた。こうした比較的取るに足らない作戦に3週間が費やされ、町の占領に向けた実質的な進展はなかった。しかし、カタルーニャの農民たちが町へのあらゆる接近路を厳重に警備していたため、一種の封鎖状態が確立されていたと言えるだろう。

艦隊の将校たちは、包囲戦の拙劣な遂行ぶりに陸上の同僚たちと何ら変わらず不満を抱いており、もし相談を受けていれば、まるで敵艦に乗り込もうとしているかのように、梯子を使って都市に直接攻撃を仕掛けることに賛成しただろう。しかし、ピーターバラとその将校たちは、優勢な兵力で守られた都市へのそのような攻撃は単なる狂気であり、たとえ彼らが利用できる手段と人員をもってしても、正規のアプローチによる攻撃では成功の見込みがないことを十分承知していた。陸上と艦隊の全員が包囲戦の遅々とした展開と絶望感に苛立ちを募らせる中、ジャック・スティルウェルだけが、総司令官がこの作戦から何らかの成果が得られるという一般的な絶望感を共有していないことに気づいていた。

ピーターバラ卿は他の将軍たちとはほとんど連絡を取らなかったが、ジャックと通訳とともにテントにこもり、朝から晩まで農民やスパイから街の要塞、城壁付近の地形、駐屯兵の習慣や行動についてあらゆる詳細を聞き出すことに専念した。そしてついに、その大胆さと野心において他に類を見ない作戦を決行した。実際、その成功の唯一の望みはその大胆さにあった。なぜなら、味方も敵も、そのような作戦が実行されるとは予想できなかったからである。それはモンジュイック城塞の奇襲に匹敵する作戦であった。

この堅固な要塞は、防衛線の中で最も脆弱な南西側を覆っており、他のどの防衛線よりもはるかに強固であった。その設計は極めて巧みであった。堀は深く、城壁は堅固で、外郭施設は巧みに計画され、砲台は十分に武装され、内部の防御施設自体も強固であった。実際、包囲された陣地の中で、ここは群を抜いて最も強固な拠点であった。見晴らしの良い高台に位置していたため、通常の包囲攻撃に対しても十分な防御力を備えており、その攻略は常に極めて困難な事業とみなされ、町の占領後にじっくりと取り組むべき課題であった。唯一の弱点は、周囲を無数の渓谷や窪地に囲まれており、攻撃者に隠れ場所を提供してしまうこと、そしてモンジュイックの守備隊がその並外れた強固さを過信して適切な警戒を怠る可能性があることであった。

ある朝、夜明け前に伯爵はジャックと現地人の案内人だけを伴って徒歩で陣営を出発した。彼らは軍服を脱ぎ捨て、農民の服装に着替えた。これは、彼らの装束のきらびやかさが敵の前哨基地の注意を引かないようにするためだった。彼らは遠回りをして城に近づき、渓谷の一つを登って、人目につかない場所で要塞の細部まで見渡せる場所にたどり着いた。目的を達成した伯爵は、誰にも気づかれることなく仲間と共に陣営に戻った。ピーターバラ伯爵の観察結果は、駐屯兵の見張りがずさんであるという農民たちの報告を裏付けるものであり、彼はすぐに攻撃を決行することを決意した。しかし、彼は最も親しい友人たちにも、その意図を少しも明かさなかった。

彼は自分の考えを隠すために陣営と艦隊の両方で軍事会議を招集し、彼の全面的な同意のもと、バルセロナの包囲を中止し、軍隊を直ちに再乗船させてイタリアへ輸送することが決定された。こうして重砲は船に積み込まれ、軍需品が集められ、兵士たちは乗船の準備をするよう警告された。チャールズとその廷臣たちは伯爵に激しい非難を浴びせた。艦隊の将校たちは公然と抗議し、攻撃を試みるべきであり、他の場所で作戦を試みるのは時期的に遅すぎると主張した。

ジャックは驚いたことに、普段はせっかちで短気で情熱的な指揮官が、自身に向けられた非難や告発を、この上なく冷静かつ忍耐強く受け止めた。出航準備の裏に、何らかの攻撃計画が隠されているとは、誰も想像だにしなかった。

9月13日、軍は翌日の出航命令を受けた。一方、町の中では、ブルボン家に好意的であった、あるいは好意的であるふりをしていた駐屯兵と住民たちは、間近に迫った出発を大いに喜んでいた。

その日の午後、イギリス軍とオランダ軍合わせて1200名の部隊が、乗船を援護する目的で連合軍陣地に集結するよう命じられた。ピーターバラの指示の下、カタルーニャの農民たちは既に、梯子や攻撃に必要なあらゆるものを密かに準備していた。

午後6時頃、一行の擲弾兵400名がサウスウェル大佐の指揮下に集結し、タラゴナへ向かい艦隊と合流して同港で乗船するかのように、セリア街道を行進するよう命じられた。残りの部隊は、少し離れたところで支援に続いた。日没後、ヘッセン=ダルムシュタット公は、ピーターバラ卿が自室に入ってきたことに驚いた。二人の関係が悪化して以来、一切の交流は途絶えていた。

「今夜、敵への攻撃を行うことを決意しました」と伯爵は言った。「よろしければ、今こそ我々の行動をご自身で判断し、私の将校や兵士たちが、あなたが最近安易に彼らに押し付けてきたような悪評に値する人物なのかどうか、ご自身で確かめていただきたいのです。」そして、部隊はすでにモンジュイックに向けて行軍中であると説明した。

王子は即座に馬を用意させ、勇敢だが衝動的で風変わりな二人の男は馬を走らせ、ジャック・スティルウェルと王子の副官だけが後に続いた。10時、彼らは軍隊に追いつき、ピーターバラは進路を全面的に変更するよう命じ、自ら先頭に立った。

道は曲がりくねっていて狭く、険しかった。道のりの大部分は、兵士たちが一列になって行進するのがやっとだった。夜は真っ暗で、部隊は何時間も行軍していたため、モンジュイック砦のある丘の麓に着いた時には、ようやく夜が明けたばかりだった。

ピーターバラの指揮下にある部隊は、行軍の目的をようやく理解し、夜明け前に攻撃に導かれるだろうと想像した。しかし、将軍は熟慮を重ね、夜間攻撃の危険と混乱を避けることを決めていた。彼は将校たちを集め、なぜ夜明けまで攻撃しないつもりなのかを説明した。

彼がその場所を調査したところ、堀は渡れることが分かり、柵や障壁は設置されていなかった。また、内側の防御壁は、敵が外側の防御壁を占領した場合に、砲が適切に外側の防御壁を射程に収めるには十分な高さがないことも分かった。そこで彼は、外側の防御壁を強襲で奪取することを決意し、外側の防御壁を占領すれば、内側の防御壁は長くは持ちこたえられないと判断した。万が一の敗北に備え、あるいは勝利を有利にするために、彼はスタンホープ准将に、夜間に歩兵千人と少数の騎兵を率いて、陣地と市街地の中間にある修道院へ行軍し、そこで自身は予備として待機するよう命じたと彼らに伝えた。

ピーターバラは静かに冷静に攻撃の準備を整えた。彼は部隊を3つの部隊に分け、最初の280名の部隊は町に面した要塞、つまり防御の要衝を攻撃することになっていた。彼自身とヘッセン公もこの部隊に同行した。中尉1名と兵士30名が前線を、大尉1名と兵士50名が後方支援を、残りの200名が後衛に配置されることになった。

命令は、敵の砲火にもかかわらず前進し、塹壕に飛び込み、守備隊を追い払い、可能であれば守備隊と共に陣地に入ること、それが不可能であれば少なくとも外郭防御に確固たる足場を確保することであった。サウスウェル名誉大佐の指揮下にある、規模と陣形が同程度の第二部隊は、町から最も遠い、砦の最西端にある未完成の半稜堡を攻撃することになっていた。オランダ人大佐の指揮下にある残りの小部隊は予備として待機し、最も役に立つと思われる場所で支援することになっていた。彼らは、攻撃を行う二つの部隊のやや後方、中間地点に位置していた。

夜明け直後、ピーターバラは進軍命令を下し、兵士たちは意気揚々と、整然と丘を登り、砦へと向かった。最初に彼らに気づいたのは、スペインの非正規部隊だった。彼らは、イギリス軍が頂上に登り始めると、慌てて一斉射撃を浴びせ、砦へと退却した。守備隊は武器を奪い、城壁に駆け上がり、攻撃者たちを鋭い銃撃で迎え撃つべく、城壁に配置された。先頭に立っていた擲弾兵たちは一瞬もためらうことなく、未完成の堀に飛び込み、外側の城壁をよじ登り、槍と銃剣で守備隊を攻撃した。

隊長の分遣隊が速やかに合流した。守備隊は崩れ、敗走し、大混乱の中、両軍は要塞へと突入した。ピーターバラ伯と王子は200名の兵を率いて速やかに、かつ完璧な秩序を保って後を追い、間もなく要塞を制圧した。伯爵は直ちに部下に胸壁の構築を命じ、内側の砲台からの攻撃から身を守った。ちょうどこの場所に大規模な修復に必要な資材が豊富に集まっていたため、敵が発砲する前に身を隠すことができた。

駐屯兵の注意は、この突然の予期せぬ攻撃に完全に奪われており、一時的に砦の指揮を執っていたナポリ出身の将校、デッラ・トッレッラ公は、全軍を率いて攻撃者を迎撃するよう命じた。これはピーターバラが予想していた通りだった。彼は直ちにサウスウェル大佐に、今やほとんど無防備となった西稜堡への攻撃を開始するよう命令を送った。命令は速やかに実行された。最初の突撃で堀を越え、土塁を奪取し、外壁を乗り越え、3門の大砲を奪取したが、犠牲者は一人も出なかった。

守備隊は直ちにこの新たな脅威に立ち向かった。彼らはイギリス軍に激しい砲火を浴びせ、出撃して銃剣で外郭の土塁を奪還しようと試みた。激しい戦闘が繰り広げられたが、多くのイギリス軍将校や兵士が倒れたにもかかわらず、彼らは占領した陣地を一歩たりとも譲ろうとはしなかった。並外れた体力と勇敢さを持つサウスウェル大佐は、戦闘中に三度も敵に包囲されたが、その都度、自力で脱出に成功した。

ついに敵の出撃は撃退され、イギリス軍は陣地を固め、鹵獲した大砲を要塞に向けて発射した。両攻撃部隊が陣地構築に追われている間、戦闘は小康状態となった。包囲された側は、どちらの部隊に対しても前進することができなかった。前進すれば、もう一方の部隊の砲火にさらされ、側面攻撃を受ける危険があったからである。

ピーターバラは全力を尽くした。彼はスタンホープ将軍率いる千人の兵士を招集し、新たに獲得した城壁に大砲や迫撃砲を配置するために並々ならぬ努力を払った。

城塞周辺で銃声が轟き渡ると、バルセロナは大きな動揺と驚きに包まれた。総督ベラスコは、前晩にその撤退を祝っていた敵によって、この重要な地点で脅かされていることに愕然とした。集会が招集され、教会の鐘が警報を告げた。

兵士たちは集合場所へ駆けつけ、町の周囲の要塞には兵士が配置され、リスブール侯爵率いる400名の騎馬擲弾兵部隊がモンジュイックの救援へと急いだ。伯爵はこのような動きがあることを確信していた。彼は自身のわずかな兵力から町と城の間の道路を守るために兵を割くことはできなかったが、軍に雇われているスペインの武装農民数名を狭い峡谷に配置していた。彼らはほとんど危険を冒すことなく、騎兵隊の通過を容易に阻止できたはずだった。しかし、農民たちは慌てて一斉射撃をした後、四方八方に逃げ散った。

ピーターバラ卿はここで、決して忘れることのない教訓を学んだ。それは、これらのスペインの非正規兵は、敵を攻撃したり、敗走した敵を追撃したりする際には役に立つかもしれないが、共同作戦においては全く信用できないということだった。こうして援軍は無事にモンジュイックに到着し、200人が馬から降りて砦に入り、残りの者は馬を引いてバルセロナへ引き返した。

リスブール侯爵は要塞に入り指揮を執るやいなや、イギリス軍の勝利の望みを危うく打ち砕くような策略を講じた。彼は部下に「シャルル三世万歳!」と叫ぶよう命じ、降伏するかのように要塞の門を勢いよく開け放った。この地点で指揮を執っていたヘッセン=ダルムシュタット公は完全に騙され、スペイン軍の守備隊がシャルル王を支持したと信じ込み、アレン大佐に250名の兵を率いて前進するよう命じ、自身は予備の1個中隊を率いて後を追った。

イギリス軍は勢いよく、やや混乱しながらも塹壕へと進軍したが、正面と側面から突然、凄まじい銃撃が浴びせられた。彼らは必死に抵抗したが無駄だった。勇敢な王子は兵士たちを鼓舞しようと奮闘する中で致命傷を負い、後方へ運ばれた。アレンと兵士200名は捕虜となった。王子は数分後、医師が傷を診察する間もなく息を引き取った。

戦いの終盤に駆けつけたピーターバラは、彼が死ぬまで付き添い、その後、この数分間で大きく変わったその日の運命を取り戻すために急いで出発した。ベラスコは、できる限り早く3000人の兵士を派遣し、リスブールの竜騎兵隊に続いて砦の救援に向かわせた。そして、彼らはすでに視界に入っていた。しかし、それだけではなかった。最精鋭部隊でさえ時折襲う奇妙なパニックが、砦にいたイギリス軍を襲ったのだ。

何ら明らかな原因もなく、砦からの銃撃もなかったにもかかわらず、彼らは混乱に陥った。指揮官のシャーレモント卿もパニックに陥り、撤退命令を出した。行軍はたちまち敗走となり、兵士たちはつい先ほどまで勇敢に勝ち取った陣地から混乱のうちに逃げ去った。

参謀将校のカールトン大尉は、逃亡者の群れから離れ、近づいてくるスペイン軍を偵察していた伯爵に何が起こったかを知らせるために馬を走らせた。ピーターバラ伯爵はすぐに馬の向きを変え、カールトンとジャック・スティルウェルに続いて丘を駆け上がった。丘の中腹まで来ていた兵士たちに出会うと、彼は剣を抜き鞘を投げ捨て、馬から降りて彼らに向かって叫んだ。

「勇敢な男たちは皆、私に続くでしょう。持ち場を放棄し、将軍を見捨てたという不名誉を、あなたは耐えられますか?」

その訴えは無駄ではなかった。先ほどの慌てぶりを恥じた逃亡者たちは立ち止まり、向きを変えて彼の後を追って丘を登り始めた。そして頂上に着くと、不思議なことに、守備隊は要塞が放棄されたことに気づいていなかった。イギリス軍は撤退する際に、内部の陣地にいる者たちの視界から隠れていたのだ。

リスブール侯爵は、優勢を活かすどころか、モンジュイックを市街地近くの脇道に置き去りにして、アレン大佐と捕虜たちを連れてバルセロナへと進軍した。途中、3000人の増援部隊と遭遇した。捕虜たちは尋問を受け、ピーターバラ卿とヘッセン公が自ら攻撃を指揮したとスペイン軍司令官に告げた。

そこで、援軍を指揮していた将校は、連合軍全体が城を包囲しており、このまま進軍すれば壊滅の危険があると結論づけた。そこで彼は引き返し、市街地へと戻った。もし彼がそのまま進軍を続けていれば、ピーターバラの軍は壊滅していたに違いない。スタンホープはまだ到着しておらず、彼が率いていたのは陣地を出発した際のわずかな兵力だけであり、そのうち4分の1以上が既に捕虜になるか戦死していたからである。このように、戦いや作戦の成否は、こうした状況によって左右されるのである。

第8章:街の騒乱
スペイン軍がイギリス軍全体が丘の上にいると思い込み、バルセロナへ撤退する中、ミケレッツと呼ばれる武装した農民集団が丘からなだれ込んできた。彼らは小規模な攻撃にも耐えられないため、撤退する大軍を攻撃することにはうってつけだった。モンジュイックと町の中間地点には、小さなサン・ベルトラン砦があった。砦の守備隊は、反乱を起こした農民に追われながら町へ撤退する部隊を見て、自分たちも孤立してしまうことを恐れ、持ち場を放棄して撤退に加わった。

農民たちはすぐにサン・ベルトランを占拠し、そこには5門の軽砲があった。ピーターバラに知らせが届くと、彼は200人の兵士を集め、小さな砦へと導いた。大砲にロープを結び、各砲に40人の兵士を配置して、素早く丘を登らせ、占領した稜堡に設置した。作業はあまりにも迅速だったため、スペイン軍がサン・ベルトランを放棄してから1時間も経たないうちに、大砲はモンジュイックに向けて砲撃を開始した。

兵士たちがこれら5門の大砲とサウスウェルの最初の攻撃で鹵獲した3門の大砲を操作している間、ジャック・スティルウェルは艦隊から重砲と迫撃砲を陸揚げするよう命令を受け、全速力で馬に乗って出発した。モンジュイックへの攻撃とスペイン軍の撤退の知らせは国中に急速に広まり、武装した農民たちが大勢押し寄せた。伯爵はこれらの農民たちを街の周りの渓谷や林に分散させ、モンジュイック周辺で何が起こっているのかを確かめるために誰かが外に出るのを防ぎ、包囲軍の動きを隠蔽した。

ベラスコは敵の勢いと大胆さに圧倒され、ピーターバラが動員できる兵力と同等かそれ以上の兵力を擁していたにもかかわらず、モンジュイックの救援を試みることなく2日間を過ごした。その2日間、兵士と水兵たちは、上陸地点からモンジュイックの丘まで重砲を運び込むために疲れを知らずに働き、驚くべき働きをした。包囲軍の軽砲は要塞の堅固な壁にはほとんど効果がなく、カラッチョーリ公は、すぐに向けられた迫撃砲や攻城砲の重砲に対しても2日間持ちこたえた。

しかし17日、サウスウェル大佐は的確な一撃で包囲を終結させた。彼は要塞内の小さな礼拝堂が包囲された側によって厳重に守られていることに気づき、重迫撃砲を操作していたオランダ人砲兵軍曹に砲弾を撃ち込むよう命じた。砲兵は何度か試みたが、いずれも的を外した。サウスウェル大佐は自ら迫撃砲の操作を引き受け、間もなく建物の屋根に砲弾を撃ち込むことに成功した。彼の予想通り、その建物は弾薬庫として使われていた。凄まじい爆発が起こり、礼拝堂は粉々に砕け散り、カラッチョーリと他の3人の将校が死亡し、主城壁に大きな破風が吹き飛ばされた。

包囲軍から大きな歓声が上がり、サウスウェル大佐は塹壕の兵士たちの先頭に立ち、敵が混乱から立ち直る前に突破口を突撃しようと前進した。しかし、爆発の壊滅的な影響により、防衛側の兵士たちはそれ以上の抵抗の考えを完全に失い、すぐに陣地から飛び出して降伏を叫んだ。生き残った最上級将校とその仲間たちはサウスウェル大佐に剣を渡し、当時も100年後も悪名高かったミケレ族から兵士たちをすぐに保護してくれるよう懇願した。

ピーターバラはサウスウェル大佐をモンジュイックの総督に任命し、直ちにモンジュイック市への対応に着手した。城塞への攻撃の輝かしい成果は、あらゆる不満を鎮め、ピーターバラ卿の権威を完全に回復させた。兵士と水兵は砲を所定の位置に設置するために競い合い、大幅に増員されたミケレ隊は、初めて秩序正しく活発に動き、塹壕で着実に作業を行った。

主力軍は当初攻撃を開始した側から攻撃を続けた一方、スタンホープ将軍は主力部隊からの増援を受けて兵力を大幅に増強し、モンジュイック側から攻撃を仕掛けた。重砲4門と迫撃砲2門が間もなく市街地に向けて砲撃を開始し、艦隊の小型艦艇は海岸近くまで接近して市街地に砲弾を浴びせた。

城壁には間もなく突破口が開かれ、ベラスコは降伏を迫られたが、窮地に追い込まれながらもこれを拒否した。住民の不満は公然と表れ、兵士たちは自信と士気を失い、多くの兵士の忠誠心は疑わしいものとなった。総督は反乱を起こした兵士や敵対的な市民を多数逮捕し、その一部を市外へ追放した。

10月3日、イギリスの技師たちはモンジュイック側の突破口が実行可能であると宣言し、ピーターバラ自身も総督に書簡を送り、名誉ある降伏条件を提示したが、もしそれが拒否された場合は、改めて申し出はしないと宣言した。

ベラスコは再び拒否した。彼は突破口に強固な塹壕を築き、攻撃してくる部隊を吹き飛ばす準備として、廃墟の下に2つの地雷を仕掛けていた。

砲撃が再び始まり、間もなくオランダ軍の砲兵将校が塹壕に2発の砲弾を撃ち込み、ほぼ破壊した。さらに3発目が塹壕の突破口に着弾し、瓦礫を突き破ってベラスコの仕掛けた2つの地雷に引火し、突破口を大きく広げた。伯爵は望めば町を力ずくで占領することもできたが、敗者に対するいつもの寛大さで、再びベラスコに手紙を書き、降伏を促した。

総督はもはや抵抗が成功する見込みがなかったため、援軍が来なければ4日以内に降伏することに同意した。合意された条件は、守備隊がすべての戦功をもって行進し、海路でサン・フェリックスに輸送され、そこからジローナに護送されるというものであった。しかし数時間後、ジローナがカルロス王を支持したという知らせが届いたため、ベラスコは代わりにロサスへ移送されることを要請した。降伏は10月9日に署名され、守備隊は14日に行進する準備をしていたが、その時、イギリス軍の陣営で市内の騒乱の音が聞こえた。

「急げ、スティルウェル!」伯爵はテントから飛び出し、叫んだ。「馬に乗れ!中の悪党どもが暴動を起こしている。私が止めなければ大虐殺になるぞ!」

伯爵は馬に飛び乗り、付き添うために待機していた数名の整然とした竜騎兵を呼び寄せ、擲弾兵4個中隊にできるだけ速やかに追随するよう命じた。

ピーターバラは全速力で馬を走らせ、すぐにサンアンジェロの門に到着し、スペイン衛兵に門を開けるよう命じた。衛兵たちはためらうことなく門を開け、ピーターバラは少数の従者を引き連れて市内に入った。あたりは騒然とした混乱状態だった。総督が不満分子に対して取らざるを得なかった弾圧措置は、カタルーニャ人のフランス人に対する憎しみを増幅させており、オーストリア派は総督に復讐することを決意していた。総督が降伏条項に反して主要な住民の何人かを連れ去ろうとしているという噂が広まった。この噂はたちまち民衆を激怒させ、彼らはフランス人やアンジュー公の支持者として知られる人々の家を襲撃し、略奪した。

すると彼らは総督と駐屯兵に襲いかかった。駐屯兵は市内に散らばり、攻撃に備えていなかったため、敵が駆けつけて救わなければ、たちまち虐殺されていたであろう。ピーターバラは少数の竜騎兵隊を率いて街を駆け回り、暴徒たちに制止を促し、懇願し、命令した。暴徒が言うことを聞かず暴動を続ける場合もあったが、竜騎兵隊は剣の平で容赦なく殴打した。しかし、彼らの真ん中にイギリス軍の制服を着た兵士がいるのを見て驚いたこと、そしてイギリス軍が何人入ってきたのか分からなかったことが、竜騎兵隊の努力以上に騒乱を鎮める効果があった。多くの貴婦人が修道院に避難していたため、ピーターバラは直ちにそこに警備兵を配置した。

護衛の竜騎兵さえも伴わず、通りから通りへと駆け回っていたピーターバラは、暴徒に襲われそうになっていた紳士淑女と格闘しているところに遭遇した。彼は騒乱の真っ只中に突入した。

彼の帽子は騒ぎの中で失われており、群衆は見慣れない人物が恐れられたイギリス軍将軍だとは気づかず抵抗し、数フィートの距離から一人がマスケット銃を発砲したが、弾丸はかつらを貫通し、その下の頭部には当たらなかった。

幸いにも彼の竜騎兵が2、3人駆けつけてくれたので、彼はその紳士淑女をすぐ近くの邸宅まで連れて行くことができた。そして、彼が救った紳士がポポリ公爵であり、その妻である淑女がヨーロッパで最も美しい女性の一人として名高い人物であることを知って、彼は満足した。

ジャック・スティルウェルは町に入って間もなく、将軍とはぐれてしまった。脇道にある家の前に群衆が集まっているのを見て、悲鳴を聞いた彼は、方向転換して群衆の真ん中へと馬を走らせた。馬に鞭を入れ、馬を後ろ足で立たせながら群衆をかき分けて玄関まで進み、飛び降りると、ホルスターからピストルを抜き、二階へと駆け上がった。

それは大きく、立派な家具が備え付けられた家だった。1階には広い廊下があり、数人の男たちが戸口の周りに集まっていた。中からは、剣がぶつかり合う音と、争う男たちの叫び声が聞こえた。彼は戸口を突き破って部屋に入った。

隅の一番奥に、小さな男の子を腕に抱いた女性がうずくまっていた。彼女の前には、剣を手に持ったスペイン紳士が立っていた。その傍らには、同じく武装した召使いが立っていた。彼らは窮地に立たされていた。剣や槍を持った6人か8人の男たちが、彼らに斬りかかり、突き刺していたのだ。召使い3人が地面に倒れて死んでおり、町民7人か8人も死傷していた。ジャックは前に駆け出し、ピストルで襲撃者のリーダーらしき男を撃ち、それから剣を抜いて紳士の前に立ち、男たちに武器を捨てるよう叫んだ。イギリス将校の出現に驚いた男たちは後ずさりした。しかし、彼が一人だと分かると、彼らは再び攻撃を仕掛けようとしたが、ジャックは窓に駆け寄り、窓を開け、下の兵士たちに呼びかけるかのように叫んだ。

効果は瞬時に現れた。男たちはひざまずき、武器を投げ捨てて慈悲を乞うた。ジャックは慈悲を与えると合図し、死傷した仲間を運び出すように合図した。廊下にいた男たちの何人かが手伝いに来た。ジャックは剣を手に、彼らを戸口まで見送り、家から出させた。それから少年に馬の手綱を握るように言い、戸を閉めて二階に戻った。すると、紳士が椅子に座り疲れ果てており、妻は安堵と不安が入り混じった声で泣きながら、複数の傷口から流れ出る血を止めようとしていた。

ジャックはすぐに彼女の仕事を手伝い、召使いに飲み物を持ってくるように合図した。召使いはビュッフェに駆け寄り、リキュールを持ってきた。ジャックはグラスに飲み物を注ぎ、負傷した男の口元に置いた。男はそれを飲むと、徐々に体力を回復していった。

「私の名はジュリアン・デ・ミナス伯爵です。あなたのおかげで、私と妻と子供の命が救われました。一体誰にこれほど恩義があるというのですか?」と彼は言った。

ジャックはもちろん彼の言葉の意味は理解できなかったが、タイトルが耳に留まり、スペイン人が自己紹介をしているのだろうと推測した。

「私の名前はスティルウェルです」とジャックは言った。「ピーターバラ将軍の副官の一人です。お役に立てて大変嬉しく思います。さて、あなたがここまで回復されたようですので、町にはやるべきことがたくさんありますし、将軍は少数の兵士しか率いて入城していないので、ここで失礼させていただきます。あの悪党どもが戻ってくる心配はなさそうです。イギリス軍は数時間以内に町に入るでしょう。」

そう言うと、ジャックはすぐに急いで立ち去り、馬に跨って将軍を探しに出かけた。

ピーターバラ卿とイギリス軍が入城したという知らせは瞬く間に街中に広まり、暴徒たちは数時間後には街の支配者となる男の怒りを買うことを恐れ、家々に散り散りになった。そして静寂が訪れると、ピーターバラ卿は再び部隊を率いて陣営へと向かい、降伏の時刻まで静かに待った。その後、スペイン軍は撤退し、伯爵は部隊の一部を率いて入城した。

彼は直ちに布告を発し、前知事に対して正当な不満がある者は誰でも市庁舎に行き、適切な形で申し立てれば、正義が実現されるようにすると約束した。1時間後、有力な住民数名が彼を訪ね、信仰を実践するためにどの教会を望むのか尋ねた。彼はこう答えた。

「私がどこに宿営しようとも、神を礼拝するのに十分な便宜が確保されるだろう。そして軍隊は、戦争の規則を厳守し、誰にも不快感を与えることなく、互いに礼拝を行うだろう。」

この回答は住民に大きな満足感を与えた。というのも、フランス軍はプロテスタントが町を占領した場合、住民から教会を奪うだろうという噂を住民の間に広めていたからだ。

夕方、伯爵は盛大な宴会を開き、両陣営の名士たちをもてなした。伯爵の礼儀正しさと人当たりの良さは、出会ったすべての人々の信頼をたちまち勝ち取った。翌日、店はすべて開店し、市場は人で賑わい、バルセロナの平穏が乱された形跡は全くなかった。朝食後まもなく、将軍と共に総督官邸に滞在していたジャックは、ある紳士が彼と話したがっていると知らされ、ミナス伯爵が案内された。伯爵はジャックの手を取り、深く頭を下げた。会話は不可能だったため、ジャックは従者に将軍に付き添う通訳の一人を連れてくるように命じた。

「昨晩来ようとしたのですが、体力が衰えていて外に出ることができませんでした」と伯爵は言った。「あなたが急に立ち去られた時、何をおっしゃったのかは分かりませんでしたが、職務のためだったのだろうと推測しました。あなたの名前は存じ上げませんでしたが、今朝、昨日将軍と共に入城した将校は誰だったのか尋ねたところ、将軍の副官であるスティルウェル中尉が一人で将軍と一緒だったと聞きました。それであなたを見つけたのです。さて、私と妻と子供に多大なご尽力をいただいたことに、改めて感謝申し上げます。今後は、ミナス伯爵の命と、彼が所有するすべての財産は、あなたのためにあります。」

通訳がこれを訳し終えると、ジャックはやや戸惑いながら言った。「伯爵様、お役に立てて大変光栄です。まさに幸運にも、ちょうど良いタイミングで馬に乗って通りかかったのです。今朝、昨日の恐ろしい出来事の後、伯爵夫人と伯爵様のご様子をお伺いしようと、お伺いしようと思っていたところでした。」

「伯爵夫人が、あなたをこちらへお連れするようにと私に頼んだのです」と伯爵は言った。「今、私に同行していただけますか?」

ジャックはすぐに同意し、通訳に続いて伯爵の邸宅へと向かった。伯爵が彼を案内した部屋は、前日に騒動が起きた部屋ではなかった。二人が入ると伯爵夫人が立ち上がり、ジャックは、前日の出来事でまだ顔色が悪く動揺しているものの、彼女がひときわ美しい女性であることに気づいた。

「ああ、セニョール」彼女はそう言って彼に歩み寄り、彼の手を取って自分の胸に当てた。「夫と息子の命を救ってくださったことに、どう感謝すればいいのでしょう!あと1分遅かったら、あなたは間に合わなかったでしょう。あなたが現れた時、まるで天が開いて天使が私たちを助けに来てくれたかのようでした。」

通訳が言葉を翻訳するにつれ、ジャックは顔を真っ赤にした。もし自分の考えを口に出していたら、「これ以上騒ぎ立てないでください」と言っただろうが、スペインの礼儀作法はそれだけでは足りないことを悟り、こう答えた。

「伯爵夫人、私にとってもこの瞬間は大変幸運なものでした。このような美しい女性にお仕えさせていただく機会をいただけたことに、心から感謝申し上げます。」

ジャックの言葉が翻訳されると、伯爵夫人は微笑んだ。

「あなたたちイギリス人がお世辞を言う人だとは知りませんでした」と彼女は言った。「彼らはあなたたちが粗野な島民だと言っていましたが、どうやらあなたたちを中傷していたようですね。」

「いつか通訳なしであなたと話せるようになることを願っています」とジャックは言った。「一言一句翻訳しなければならない状況では、話すのはとても難しいのです。」

会話は15分間続き、伯爵夫妻はイングランドについて質問を交わした。その時間が過ぎた頃、ジャックはそろそろお別れをしようと思い立った。伯爵は彼を玄関まで見送り、自分の家のようにくつろいでほしいと頼んだ。そしてジャックは両側で何度も頭を下げ、通りに出た。

「スペイン人の礼儀正しさなんて、まったく!」と彼は独り言ちた。「確かに立派で格式高いのは間違いないが、実に厄介なものだ。通訳を介して話すなんて、まるで授業の繰り返しみたいで、しかもそれよりひどい。通訳を通して冗談を言って、それがどう伝わるか見てみたいものだ。できるだけ早くスペイン語を少しでも覚えなければ。伯爵はもうかなり覚えているし、スペインでは自分の言いたいことが伝わらなければ、何も楽しめないだろう。」

翌日、住民たちがベラスコへの復讐を決意しているという噂が広まった。伯爵は800人の兵士を率いて町に入り、総督をその中央に立たせて海岸まで護送し、無事に船に乗せた。彼は自らの希望でアリカンテへと移送された。反乱はカタルーニャ地方に急速に広がり、ロサスはアンジュー公爵を支持する唯一の町となっていたからである。

バルセロナ攻略は軍事史における最も輝かしい偉業の一つとして位置づけられ、その将軍に並外れた栄誉をもたらした。彼は、国王の誤った判断、ドイツ廷臣の傲慢さ、オランダ人の従順さ、自らの将校たちの嫉妬、そして陸海軍の露骨な不満といった、協力せざるを得なかった多くの人々の隠しきれない憎悪の下で、深い慎重さ、君主の命令への忠実な服従、忍耐と自制心を発揮し、また、幾日にもわたる疲弊し、一見絶望的な日々の間、見事に秘密を守り抜いたのである。

10月28日、カルロス国王はバルセロナに公式に入城し、数日間、市内は祝祭の場となった。州全体が国王を支持し、地区の紳士たちは国王に敬意を表するために街に押し寄せた。降伏条件に従ってロサスへ移送されたのはスペイン駐屯軍のうち約1000名のみで、残りの兵士はカルロス国王への忠誠を誓い、連合軍に編入された。

ジャック・スティルウェルは若さゆえの喜びとともに祝祭に加わった。連合軍の将校たちは住民から大いに歓迎され、ジャックは将軍の副官の一人としてあらゆる祝宴に招待された。ミナス伯爵は、自分の命を救ってくれた人物として、彼を市内の多くの有力貴族に紹介した。しかし、言葉が話せないことが、本来得られるはずだった多くの楽しみを奪い、他の多くの将校たちと同様に、彼は真剣に言葉の習得に努めた。ある修道院にはスコットランド人の修道士がおり、ジャックは毎朝3、4時間、彼らのうちの一人と定期的に勉強した。

ピーターバラ卿は祝祭に心血を注いだが、軍事準備にも同じくらい熱心に取り組んだ。しかし、以前と同様、彼の積極的な行動計画はドイツ軍とオランダ軍によって阻まれた。だが、最終的には国王の積極的な精神に支えられ、彼の努力が実を結び、作戦継続の準備が整えられた。季節が終わりに近づいていたため、海上での作戦はこれ以上行えず、連合艦隊はイギリスとオランダに向けて出航し、バルセロナの陸軍を支援するためにイギリスのフリゲート艦4隻とオランダのフリゲート艦2隻を残した。

国王に忠誠を誓った町、あるいはシフエンテス侯爵率いるミケレト軍に占領された町には、正規軍の駐屯部隊が派遣され、防衛態勢を整えるために工兵将校も派遣された。これらの町の中で、トルトサは、アラゴンとバレンシアを結ぶ主要な連絡路であるエブロ川の船橋を支配していたため、その位置から最も重要であった。この町には、ハンス・ハミルトン大佐の指揮下で竜騎兵200名と歩兵1000名が派遣された。国王はスペイン軍の編成に目を向けた。彼は護衛として竜騎兵500名からなる連隊を編成し、以前の駐屯部隊の馬に騎乗させた。また、この部隊から地方からの徴募兵を加えて、強力な歩兵大隊6個を編成した。しかし、彼はこれらの部隊の主要な指揮権をすべてドイツ人の支持​​者に与えたため、スペイン人の間で非常に不評を買った。

しかし、バルセロナの征服によってカタルーニャ全土が彼の側についた一方で、スペインの他の地域ではカルロス王の勢力はそれほど繁栄していなかった。ガルウェイ卿とファゲル将軍はバダホスの戦いでテッセ元帥に敗れ、連合軍はポルトガルに撤退したため、フェリペのフランスとスペインの支持者たちはカタルーニャの連合軍に対して全力を注ぐことができたのである。

ピーターバラ卿がドイツ軍とオランダ軍の無気力と頑固さを克服するまでには、何週間も疲れた日々が続いた。12月30日に開かれた軍事会議で、ピーターバラ卿は軍を分割し、自ら半分を率いてバレンシアで勃発した反乱を支援し、残りの半分をアラゴンへ進軍させることを提案した。しかし、コニンガム准将とオランダ軍のシュラテンバッハ将軍はこの大胆な提案に強く反対し、兵士たちは労働の後に休息が必要であり、獲得した州を守るには兵力が到底足りないと主張した。こうした議論はピーターバラ卿をほとんど狂気に駆り立てた。実際、兵士たちはバルセロナ包囲戦で過酷な労働を強いられておらず、バルセロナが降伏してから2か月半が経過していた。さらに、休息によって活力が回復するどころか、不健康な土地での不活動が原因で病気に苦しんでいた。

バルセロナの勇敢な攻略から得られるはずだった恩恵は、すでに全て失われていた。敵は、あの出来事によって引き起こされた驚きと落胆から立ち直っていた。国王が目覚ましい成功の後、果敢に進軍していればすぐに立ち上がったであろう友好的かつ迷いのある者たちは、その後の国王の行動に精彩を欠いたことで既に意気消沈し、スペイン各地から大軍が連合軍を鎮圧し、反乱を根絶するために動いていた。

バレンシアでは、カルロス派がかなりの優位を築いていた。12月初旬、フィリップの竜騎兵連隊を率いるネボット大佐はカルロス派への支持を表明し、400人の部下を率いてデニアの町に入った。そこでは、住民と総督のバセットが即座にカルロス派への支持を表明した。

11日、ネボットとバセットはビスカヤ人500人が駐屯する小さな町ハベアを攻撃し、これを占領した。そして同日夜にはオリバとガンディアも占領した。翌日、彼らはアルジラを通過して進軍し、そこで多くの主要な住民と合流した。ネボットの弟アレクサンダー率いる竜騎兵隊の一分遣隊は、敵の騎兵3個部隊を奇襲して撃破し、弾薬輸送隊を捕獲し、バレンシアの城門まで追撃した。

15日の夜、主力部隊はアルジラから進軍し、翌朝バレンシアの前に現れて町に降伏を命じた。ビラ・ガルシア侯爵はこれを拒否したが、アレクサンダー・ネボットは竜騎兵隊の先頭に立ち、「国王万歳!」と叫びながら城門まで馬を走らせた。住民は城門の衛兵を制圧して門を開け、バレンシアは陥落した。この敗北の知らせがマドリードに届くと、イタリア戦争で多くの功績を残したベテラン将校であるラス・トーレス伯爵は、カタルーニャ軍とバレンシア軍の合流を阻止するため、マドリードから急いで進軍した。

彼は直ちに主要な連絡線上に位置するサン・マッテオに進軍し、その都市の激しい包囲を開始した。国王は1706年1月18日にこの知らせを受け、直ちにピーターバラに手紙を書き、サン・マッテオの救援に向かうよう促したが、彼の作戦を支援するための兵力は一切与えなかった。さらに、フラガで旅団を指揮していたコニンガム将軍が、敵の戦力に関する誇張された噂を聞いて急いでレリダに撤退したため、ピーターバラの困難は増大した。

しかしピーターバラは一瞬もためらうことなく、馬に乗り、副官のジャック・スティルウェルとグラハム中尉だけを伴ってトルトサへと向かった。彼は通り過ぎる様々な町で馬を乗り換え、昼夜を問わず馬を走らせ、4日にトルトサに到着すると、すぐに町の有力者たちを呼び出し、事態の実態について情報提供を求めた。すると彼は、国王から送られてきた敵の兵力に関する詳細が全く間違っていることに驚いた。チャールズは敵の兵力が2000人、1万6000人の農民が武装していると書いていたが、ラス・トーレスは7000人の精鋭部隊を率いており、農民は一人も武器を取っていなかったのだ。

トルトサで200人の竜騎兵と1000人のイギリス歩兵を指揮していたキリグルー将軍は、部下たちと共に、このような状況下ではサン・マッテオ救援のためのいかなる行動も全く絶望的だと考えていた。しかしピーターバラは一瞬たりともためらわず、部下たちにこう言った。

「この包囲を解くことができなければ、我々の事態は絶望的であり、したがって、絶望的な手段しか残されていない。どうか私に任せてくれ。努力と奇襲によって、力ずくでは到底不可能と思われることを成し遂げられるかどうか、運試しをさせてくれ。」

将校たちは将軍に絶大な信頼を寄せており、作戦は全く絶望的に見えたにもかかわらず、即座に実行に移すことに同意した。こうして、3つの弱体なイギリス連隊はキリグルーの指揮の下、トルトサから行軍を開始し、翌日、伯爵は竜騎兵とミケレの一団を率いて後を追った。そしてその夜、歩兵隊に追いついた。翌朝、伯爵はより迅速に行軍できるよう、小規模な部隊に分割し、案内役としてミケレを各部隊に分け、サン・マッテオから2リーグ離れたフライゲサに集結するよう命じた。

進軍は見事に指揮された。竜騎兵とミケレの小部隊が各道路に沿って先行し、丘陵地帯の峠を占領した。これらの地点に到着すると、部隊が視界に入るまで誰も通過させてはならないという厳命を受けていた。部隊が視界に入ると、再び前進し、同じ目的で別の陣地を確保した。

こうして彼の到来の兆候は事前に全くなく、部隊が驚くほど正確にフライゲサに到着すると、町は不意を突かれ、すぐに門に衛兵が配置され、いかなる言い訳でも町から出ることを阻止するよう命令された。こうしてイギリス軍がサン・マテオから2リーグ以内にいる間、ラス・トーレスは敵軍が自分に向かって進軍していることを全く知らなかった。グラハムとジャックは、不屈の将軍と共に行った労苦でほとんど疲れ果てていた。彼らは3日間3晩ほとんど眠らずに馬を走らせ、トルトサに到着すると、絶えず指揮官の指示を実行し、進軍の準備を行い、通過する土地に関するあらゆる情報を入手することに従事した。

二人の若い将校は、スペイン語を話し始めていた。現地での4ヶ月間の滞在、現地の人々との絶え間ない交流、そして2ヶ月半にわたる講師との地道な学習のおかげで、彼らは大きな進歩を遂げ、今では出会うスペイン人と難なく意思疎通ができるようになっていた。

第9章:バレンシアへの進軍
ピーターバラ伯爵は、敵に進軍に関するあらゆる情報を遮断するだけでは満足しなかった。彼は偽のニュースで敵を混乱させ、不安に陥れるための策を講じた。多額の賄賂を使って、二人の農民に同じ手紙の写しをそれぞれサン・マッテオの指揮官であるジョーンズ大佐に届けさせた。さらに、彼らの家族を人質として逮捕することで忠誠心を確保し、もし裏切りの気になったとしても、彼らが真実を漏らすことのないよう細心の注意を払った。

彼は、二人のうちの一人が先に城内に入り、包囲軍の陣地を通過する際に彼らの疑念を招き、逮捕されたら隠し持っていた手紙を渡し、さらに仲間が街にたどり着こうとしていた経路を漏らすように手配した。そうすれば、もう一人の使者も捕らえられ、手紙も奪われることになる。手紙の内容は以下の通りである。

「ジョーンズ大佐へ:この手紙が無事に届いたとしても、あなたはこれを信じがたいでしょう。万全の注意を払いましたが、敵の手に渡ってもほとんど害はありません。なぜなら、もし敵に漏らされたとしても、敵は情報を受け取るやいなや、私の部隊を目にし、その存在を感じることになるからです。私があなたにこの手紙を送る目的は、バレンシアへの最奥の門を開放する準備をし、4000人のミケレッツを準備しておくことです。彼らは、逃げる敵を追撃し略奪するという、彼らが愛し、適任な任務に就くでしょう。この土地は、敵を完全に滅ぼすにはうってつけです。私たちの部隊が現れ、砲撃が始まったら、必ずイギリス式の歓声で応え、全兵を率いて高地の山々に登ってください。コンデ・デ・ラス・トーレスは平原を占領しなければなりません。左側の丘はほとんど通行不可能で、5000人か6000人の農民によって守られています。しかし、彼を最も苛立たせるのは、連隊全体がバレンシア近郊で我々に反旗を翻したネボットも、同様に我々の間にいる。

「私は8日前、バルセロナにいました。ラス・トーレス伯爵はそこから非常に良い情報を得ているはずなので、このことを知らないはずはありません。私の部隊と私の決意に関することは彼らには容易に隠せますが、それ以外は無理です。私の兵力と、あらゆる方面から我々に敵対して集まっている大軍はご存知でしょう。ですから、この決着をつけることで、我々の絶望的な戦いに希望を持たせることができるのです。9時か10時、つまりこの手紙を受け取ってから1時間以内には、我々が丘の頂上にいるのを発見するでしょう。敵陣から砲弾2発も届かない距離です。」

「海の利点は想像を絶するほどで、想像もできなかったような事態、つまり敵とほぼ同数の兵力を生み出すのに貢献しました。しかも、これより少ない兵力でも任務は遂行できるでしょう。さらに、これほど秘密裏に、これほど敵のすぐ近くまで兵力を投入した例はかつてありません。今夜、トラゲラ城壁内に約6000人の兵士を閉じ込めています。実際に目にするまでは信じてもらえないでしょう。」

「ご存知の通り、トルトサには歩兵1000名と竜騎兵200名がいました。ウィルズとイギリスとオランダの歩兵1000名がエブロ川を船で下りてきて、私がビナロスに上陸した際にタラゴナでさらに1000名を乗船させ、そこから大砲を荷車で運び込みました。馬の調達は容易でした。ツィンツェンドルフとモラスの馬は我々の馬と遜色なく、イギリスの竜騎兵と合わせると総勢2000名近くになります。しかし、全ては彼らに妨害されることなく退却できるかどうかにかかっています。」

「親愛なるジョーンズよ、立派な竜騎兵であることを証明せよ。勤勉かつ警戒を怠らず、ミケレ族に歓迎の教えを説き、危険を冒さずに略奪せよ。」

「あなたの友人、ピーターバラより。」

2通の手紙はラス・トーレスの手に渡り、その奪取は巧妙に仕組まれていたため、彼はこれらの偽りの文書の真実性を疑うことなど考えもしなかった。直ちに進軍準備の命令が出され、ほぼ同時に、攻城陣地で2つの出来事が起こり、部隊は混乱に陥った。いくつかの地雷が不器用に埋設され、爆薬が装填されていた。そのうちの1つが時期尚早に爆発し、40人の作業員が死亡した。残りの地雷については、ジョーンズ大佐が小川の流れを変えて地雷に突入させることで水没させ、無害化した。部隊がこれらの災難で混乱している間に、傍受された手紙の内容の知らせが陣営中に広まり、パニックを引き起こした。そしてほぼ直後、手紙に記された約束通り、ピーターバラ軍の先遣隊が丘の頂上にいるのが目撃された。

巧みな作戦によって、1200人の兵士は実際よりもはるかに多く見えるように仕向けられた。竜騎兵は丘の頂上の様々な場所に分かれて姿を現し、陣地を偵察するかのように一時停止した後、後方の本隊に情報を伝えるかのように駆け戻った。一方、歩兵は木々に覆われた起伏の多い地形を利用して弱点を隠した。実際、敵にはすべての丘の頂上と進路が前進する部隊で覆われているように見えた。策略を疑わなかったラス・トーレスは、陣地が混乱に陥る中、自分の位置が極めて危険な状態にあると確信した。テントは急いで撤収され、大砲は釘で打ち付けられ、数分後にはスペイン軍はバレンシア街道沿いに撤退を開始した。それはほとんど逃走と言っても過言ではないものだった。

ジョーンズ大佐は、混乱が広がっているのを見て、直ちに全軍を率いて町から出撃し、ラス・トーレスを追ってペニャソルまで約2リーグ進み、スペイン軍に約300人の損害を与えた。一方、反対側のピーターバラは、放棄された塹壕を通って町に進軍した。しかし、彼はほとんど立ち止まることなく、アルボカザールまで追撃のふりをしたが、敵が彼の弱点を知ったとしても退却が安全であるように、常に丘陵地帯に非常に慎重に留まっていた。行軍中に、伝令が彼に追いつき、2通の伝令書を届けた。1通はチャールズ王から、もう1通はバルセロナの宮廷にいるイギリス人からのものだった。

国王は、他の地域での不利な状況のため、サン・マテオ救援のために約束していた増援を撤回せざるを得ないと彼に告げた。しかし、それはピーターバラにとって、増援よりも価値のあるもの、すなわち、彼自身の裁量に従って行動する完全な権限をもたらした。英国駐在官からの電報は、ガルウェイ卿の撤退によってスペイン西部でのあらゆる困難から解放されたフランス主力軍を率いるバーウィック公が、カタルーニャに向けて進軍しているという知らせが入ったことを彼に伝えた。

セルクラエス公は4000人の兵を率いてレリダの小規模な駐屯地を監視し、ノアイユ公はルシヨンから8000人のフランス軍を率いてカタルーニャを第三の方向から脅かしていた。一方、フィリップとテス元帥はマドリードで1万人の兵を集めていた。手紙は「ここには不信、不満、そして絶望しかない」という言葉で締めくくられていた。

国王の手紙によってピーターバラに課せられた責任は、実に重大だった。一方では、もし彼がカタルーニャの防衛に戻らなければ、国王は差し迫った危険にさらされる可能性があり、他方では、もし彼がエブロ川を渡って戻れば、バレンシアとその忠実な住民を見捨てたと非難され、彼の大胆さと手腕によって既に得たすべての利点を失うことになるだろう。

いずれにせよ、彼の困難は計り知れないほど大きかった。歩兵はほとんど裸足で行軍し、ぼろをまとっていた。季節は荒れ模様で、地形は山がちで険しく、竜騎兵の馬は疲れ果てて騎手を乗せるのもやっとだった。彼は指示に従い、トルトサの時と同様に、ここで将校たちを軍事会議に集め、意見を求めた。彼らは、彼の指揮下にある小規模で疲弊した兵力では、バレンシア征服のための作戦をこれ以上実行することは不可能であり、小規模な軍隊は国王を守るのに最も都合の良い場所に陣取るべきだと満場一致で述べた。

ピーターバラは、一方では困難な状況だけでなく、軍事会議がさらなる進軍に反対しているという問題に直面していた。しかし他方では、国王がバレンシア軍への支援を強く望んでいることも知っていた。そこで彼は、正気の人間が下す決断としては極めて絶望的なものを将校たちに告げた。将校たちが意見を述べる間、彼は厳粛に黙って耳を傾け、その後、足の疲れた歩兵と少数の騎兵を、トルトサから一日の行程にある海辺の小さな町、ビナロスまで引き返すよう命じた。そこで彼らはボートに乗り込み、船に乗り換えることができる。そして、将校たちの驚愕をよそに、彼は残りの竜騎兵約150名を率いて、自らバレンシア州を征服する意向を表明した。

将校たちの抗議はむなしく、伯爵は頑として譲らなかった。こうして評議会は解散し、兵士たちはそれぞれ反対方向へ行軍の準備を整えた。

ピーターバラと彼の部下たちの別れは非常に悲しいものだった。なぜなら、彼らはそれが最後の別れであることを疑っていなかったからだ。

「たとえ状況が絶望的に​​見えようとも、私はバレンシア王国を確保するために全力を尽くします」と彼は言った。「国王は今回の事態において征服が可能だと考えておられるのですから、私の行動がいかに無謀に見えようとも、文句を言うことはできないでしょう。ですから、私は国王からの明確な命令なしには、決してエブロ川を渡らないと決意しています。」

出発前に伯爵はチャールズに手紙を書き、その意図を詳しく説明した。手紙の口調から、ピーターバラ伯爵はこの異例の遠征を生き延びるとは思っていなかったことは明らかだ。文体は厳粛かつ毅然としており、敬意は払われているものの、国王に宛てた手紙としては異例なほど強い抗議と、より庶民的な助言に満ちている。手紙はこう締めくくられている。

「陛下のご決断に、私はほとんど関与させていただいておりません。もし我々の進軍が承認され、陛下が我々を信頼してくださっていたなら……もし陛下が、私が切望していたバレンシア王国への進軍を、架空の軍隊の進軍という口実で引き止めることなく許してくださっていたなら……もし陛下があの時、私の言葉を信じてくださっていたなら、陛下は今度こそバレンシアの副王だけでなく、王国そのものを手に入れられたことでしょう。今ある兵力をもって、私はまっすぐにバレンシアへ進軍します。他に手段はなく、あとは天の摂理に委ねるしかありません。失われた時間(私の本意ではありませんが)は、私を犠牲に追いやります。せめて名誉ある死を遂げ、より良い運命にふさわしい男として死にたいものです。」

伯爵は、以前名目上は自分の指揮下に置かれていたものの、駐屯地から一度も移動していなかったスペインの歩兵1000人と騎兵300人に、再びバレンシアへ自分について来るよう命令を出した。同時に、ウィルズ大佐に、同数のイギリスの騎兵と歩兵を率いて直ちに援軍に来るよう書簡を送った。

国王はピーターバラの書簡を受け取ると、スペイン軍を直ちに動員するよう断固とした命令を下した。ウィルズ大佐はこれに対し、1月26日と27日にサン・エステバン・デ・リテラでコニンガム将軍とその旅団とアスフェルト騎士の間で重要な戦闘が行われ、激しい戦いの末、フランス軍は多数の死傷者と捕虜を出して戦場から追い払われ、連合軍も大きな損害を被り、コニンガム将軍は致命傷を負ったと返信した。そのため、指揮権は彼自身に委ねられた。

歩兵隊が去っていくのを見送ったピーターバラは、二人の副官だけを伴って、わずかな騎兵隊の先頭に立ち、決死の作戦へと進軍した。それは、文明の度合いが同等の敵同士の間で行われた作戦としては、かつてないほど異例の作戦であった。それは、わずかな護衛を従え、文字通り軍隊を持たない将軍が、数千の精鋭部隊と数多くの防御可能な都市や陣地を擁する有能な将校たち、険しい地形、あらゆる形の欠乏と疲労、そして何よりも希望そのものに立ち向かう戦いであった。

しかし、あの小さな集団が行進していくのを目撃した者で、彼らが不可能とも思える遠征、つまり誰も生きて帰れないような遠征に出発しようとしているとは、誰も想像もしなかっただろう。馬は疲れ果て、見るも無残な姿で、騎手たちもぼろぼろで汚れていたが、彼らの士気は高かった。隊長の並外れたエネルギーと大胆さが彼らの間に伝染し、彼らは隊長の才能を絶対的に信頼し、まるで少年のような熱意でこの壮大な冒険に乗り出したのだ。

二人の若い副官の気概も劣るものではなかった。出発前に伯爵は彼らに歩兵隊と共に進軍する選択肢を与えていた。

「君たちの勇気を疑っているわけではない。モンジュイックで砲火の中、君たち二人の勇姿を私は見てきた。だが、これからの疲労は相当なものになるだろう。君たちは既に、私を驚かせるほどの働きぶりで任務を遂行してくれた。作戦の苦難を、君たちは既に自分の分担以上の形で耐え抜いてきた。私は政府への報告書の中で、君たちの貢献の価値を強く評価した。君たちはまだ若く、私が今取り組んでいるような作戦で命を落とすようなことがあれば、とても残念だ。もし君たちが今、休息を取ることを選ぶなら、私は君たちを少しも軽んじることはないだろう。」

しかし、若者たちは伯爵のもとを離れることを断固として拒否したため、伯爵は彼らの継続的な奉仕を受け入れた。

騎兵隊は密集隊形を保つ代わりに、10人ずつの小隊に分かれ、それぞれが別々の道を進み、通過する村々で、自分たちが先鋒を務める大軍がすぐ後ろを追っているという知らせを広めた。こうして、フィリップの味方である農民がラス・トーレスにこの知らせを伝えれば、将軍は自分が本物の軍隊に追われていると信じざるを得なくなるだろう。撤退する部隊の落伍者の多くは捕らえられ、農民に引き渡されて捕虜としてカタルーニャに送られた。

騎兵隊の小部隊は概ね住民に歓迎された。バレンシア人の大多数はシャルル王を支持しており、その夜、彼らが休息を取った際、疲れた馬たちは十分な穀物と飼料を与えられ、騎兵隊は村々が提供する最高のもてなしを受けた。

ピーターバラは日中に数頭の馬を追加で購入したが、それは彼の副官たちにとって幸いだった。なぜなら、彼らが食事を終えるやいなや、ピーターバラは彼らに再び馬に乗るよう命じたからだ。彼らは、各分遣隊が停泊するよう命じられていた村々へ、左右の交差点を通り抜けて向かい、正午に再び集結するためのルートを彼らに伝えることになっていた。そうすれば、主要道路沿いの小さな町を比較的大きな勢力で通過し、そこからラス・トーレスへ情報を送ることができるかもしれない。その後、彼らは再び分散して各地に散らばることになっていた。

ジャックとグラハムはこれらの命令を実行し、通過する村ごとに案内人を連れて次の村へと進み、仕事を終えたのは真夜中近くになってからだった。午前4時にはすべての分遣隊が動き出し、正午には部隊は再び集結した。ここで伯爵は敵の分遣隊がアルカラに残っていることを知り、以前の計画を実行する代わりに、竜騎兵隊全体を率いてその町へ直行した。町に近づくと、彼は部隊を3つの部隊に分け、それぞれ異なる門から同時に町に入ると、200人のスペインの分遣隊はすぐに武器を捨てた。

夕暮れが近づき、馬と竜騎兵が完全に疲れ果てたため、ピーターバラは夜営することにした。彼はすぐに町の主要住民を集め、町中の馬と、入手可能な鞍類をすべて集めて、彼が指定する場所まで送るよう命じた。

翌朝、行軍は再開された。ラス・トーレスは逃亡を続けており、アルカラの陥落の知らせを聞くと、その逃亡を急いだ。彼はボリオルの町を突破し、カルロス王に非常に好意的な町、ビジャ・レアルへと急いだ。町は、ラス・トーレスが住民の生命と財産を尊重するという厳粛な約束のもと、門を開いた。しかし、彼の軍隊が町に入るとすぐに、彼は町の住民を皆殺しにし、略奪するよう命令した。この残忍な命令は実行され、命拾いした住民はごくわずかだった。

翌日、後方各地から敵が迫っているとの知らせが入ると、ラス・トーレスは意気消沈した軍を率いてヌレスへと進軍した。ヌレスの住民は彼の呼びかけに大いに感銘を受けた。彼の呼びかけに応えて、千人の市民が志願し、イギリス軍に対して最後まで町を守ることを誓った。ラス・トーレスは彼らの真剣さを確信し、兵員の集合を視察し、防衛態勢をすべて確認した後、逃走を続けた。ヌレスは塔に囲まれた堅固な城壁で要塞化されており、防御態勢は万全で、かなりの規模の軍隊による包囲にも耐えられたであろう。

ヴィラ・レアルに到着したイギリス軍は、そこで起きた凄惨な虐殺に愕然とした。彼らは家々を回り、至る所で虐殺された住民の遺体を発見し、竜騎兵たちの闘志は、もし可能であれば、その光景によってさらに高まった。彼らはここに少し滞在しただけで、すぐにヌレスへと馬を走らせた。町に近づくと、城壁からマスケット銃の銃声が響いたが、伯爵はそれを全く無視して部下を率いて門まで駆け寄り、威圧的な口調で、主要な住民を集めて自分と会談するよう要求した。

伯爵の堂々とした態度と命令的な口調に城壁上の市民は驚き、発砲をやめて治安判事と司祭を呼び寄せた。彼らが城壁に集まると、ピーターバラ伯爵は怒った口調で、審議時間はたった6分しかない、少しでも抵抗すればラス・トーレスがビジャ・レアルで行った虐殺をヌレスでも繰り返すと告げた。さらに、すぐに降伏しなければ、大砲と工兵が到着した瞬間に城壁を爆破すると付け加えた。恐怖に駆られた治安判事たちはすぐに市議会を招集し、ピーターバラ伯爵の恐ろしい脅迫を繰り返すと、即座に降伏することを決定した。6分が経過するやいなや、城門は蝶番から外れて開き、ピーターバラ伯爵と竜騎兵隊は凱旋して町に入った。

疲弊した一行はここで数日間休息をとった。ピーターバラは、自らの存在が引き起こした不安を広め、自分のすぐ後ろに迫っているという大軍のために、あらゆる方面から大量の食料と飼料を運び込むよう命令した。敵対的な地域をわずか数名の竜騎兵だけで7000人もの軍隊を追撃できるとは誰も考えもしなかったため、彼の言葉は疑われることはなかった。要求は受け入れられ、食料と物資が町に流れ込んだ。

アルメナラで再び恐ろしい虐殺を行ったラス・トーレスは、ピーターバラが自軍への補給のために大規模な準備を進めているという知らせを聞き、再び自分の立場が危険だと判断して急いで撤退した。

ヌレスでは200頭の馬が見つかり、すぐに軍用に確保された。ピーターバラは部隊の一部を率いて、オーストリア支持者が多い、ある程度の規模の開かれた町、カスティヨン・デ・ラ・プラナへ向かった。ここでさらに400頭の馬を確保すると同時に、味方にも敵にも、自軍が敵を王国から追い出していると確信させた。ヌレスに入ると、ピーターバラは、当時ピアース大佐の指揮下にあったバリーモア卿のイギリス歩兵連隊に、サン・マッテオから残りの歩兵とともに派遣されていたビナロスからオロペサへ行軍するよう命令を出した。オロペサはカスティヨンから約9マイル離れた町で、ピーターバラは行軍中に確保したすべての馬をそこで集めた。

この連隊がオロペサに到着したという知らせがヌレスに届くと、ピーターバラ卿はすぐに馬で駆けつけた。連隊は彼の視察のために整列していた。彼らは最速で行軍してきたため、石だらけの丘陵地帯を長距離行軍した兵士たちは疲れ果て、足も痛んでいた。伯爵は彼らを視察した後、これまでの功績を高く評価し、馬と装備さえあれば、これほど優秀な部隊が騎馬勤務という新たな環境でその名声を維持できるかどうか試してみたいと述べて、視察を締めくくった。

風変わりな将軍の冗談は、足が痛くてほとんど裸足の兵士たちにはつまらないものに思えたが、ジャックが馬で前に進み出て、伯爵の名で作成した騎兵将校としての任命状を各将校に手渡したとき、彼らは驚愕した。ピーターバラが彼らを立っている丘の頂上まで行進させ、8個中隊のために整列した8個馬隊を見たとき、彼らの驚きは喜びに変わった。その中には、各隊長に3頭ずつ、中尉に2頭ずつ、少尉に1頭の立派な軍馬が用意されていた。彼は連隊に馬に乗るよう命じ、突然の騎兵隊への昇格に大いに面白がった兵士たちは、町へと馬で戻った。

ピーターバラ伯爵はサン・マッテオを出発した瞬間から、絶え間ない努力と多岐にわたる心配事にもかかわらず、この出来事のために静かに準備を進めていた。彼はバルセロナに、これらの兵士と下馬したイギリス竜騎兵に必要な装備品を注文した。装備品はバルセロナから海岸沿いの最寄りの港に送られ、伯爵は地元の運送業者に絶えず催促することで、サン・マッテオを出発してから9日後にはカスティヨンの補給所にそれらを準備し、こうして彼の小さな騎兵隊を1000人近くにまで増やした。彼はこれらの兵士を、近隣の城壁で守られ、砲兵の支援を受けていない敵の攻撃から安全な町々にすぐに分散させ、彼らを絶えず場所から場所へと移動させた。これは、彼らを新しい任務に慣れさせるためでもあり、敵に彼らの人数を混乱させるためでもあった。

第10章:山での冒険
「スティルウェル君」伯爵はカスティヨン到着後数日して言った。「20人の竜騎兵を率いてエストレラ村へ向かってくれないか?その周辺地域は極めて敵対的で、物資の搬入を妨害している。村の有力者たちを捕まえて、もしその地域で敵対行為の苦情がこれ以上あれば、騎兵連隊を派遣して村を焼き払い、周辺地域を徹底的に破壊すると伝えてくれ。抵抗を受ける心配はないと思うが、もちろん警戒は怠らないでくれ。」

「今夜また来ればいいのですか?」

「それは現地の反応次第だ。住民の態度が比較的良好であれば、あるいは少なくとも相当数の住民が大義に賛同していると判断できるなら、そこで一泊し、翌朝は地域を広く巡回してから戻れ。強い敵意を感じた場合は、そこで寝泊まりしない方が賢明だ。これほど小規模な部隊では、夜襲を受ける危険性がある。」

20分後、ジャックは一行とともに馬で出発した。彼らはまず、原住民からエストレラへの最適な道筋を聞き取っていた。村はわずか15マイルほど先にあり、高い丘陵地帯の向こう側にある肥沃な地域の中央に位置していた。彼らが通っていた道は、狭く非常に急な谷を通って丘陵地帯を貫いていた。

「ここは襲撃されるには最悪の場所だ」と、ジャックはすぐ後ろを走っていた軍曹に言った。

「確かにその通りです。もし彼らが石を転がし始めたら、すぐに我々の馬は転倒してしまうでしょう。」

1、2マイルほど進むと道は再び下り坂になり、谷は開けて肥沃な土地へと続いた。さらに30分ほど急な馬の旅で、彼らはエストレラに到着した。おそらく彼らの到着は事前に知らされていたのだろう。小さな一団がメインストリートを馬で進んでも、住民たちは突然の警戒心を見せなかった。女たちは家の戸口に立って彼らを見つめ、男たちは角に小さな集団を作っていたが、皆武器を持っておらず、ジャックはすぐに抵抗するつもりがないことを悟った。彼は村の宿屋の戸口で馬を降り、数分後には村の有力者2、3人が姿を現した。

「イギリス軍の将軍は、あなたの近隣の人々が敵対的であり、軍に物資や家畜を運ぼうとする人々が通行を阻まれていると聞いています」とジャックは言った。「将軍は、この国の人々が平和である限り、戦争をするつもりはないと私に伝えさせています。武器を取る者には武器で応じますが、彼らが将軍に干渉しない限り、彼らの意向がシャルル王かフィリップ・ダンジューのどちらに向けられているかは問いません。しかし、彼らが積極的な敵意を示すならば、将軍は彼らを罰せざるを得ません。テス元帥が敵対的とみなした非武装の市民を虐殺したことはご存じでしょうし、イギリス軍の将軍が報復を行ったとしても誰も彼を責めることはできなかったでしょう。しかし、将軍はそうせざるを得ないのは辛いことでしょう。そこで将軍は、この村や地域の人々が彼の友人たちに何らかの形で干渉したり、積極的な敵意を示すようなことがあれば、騎兵連隊を派遣して村を焼き払い、地域全体を荒廃させるよう命令すると警告するために、この小部隊を私に託しました。」

「将軍は誤った情報を伝えられています」と、その村の有力者は言った。「確かに、この地域にはアンジュー公フィリップを支持する者もいますが、住民はシャルル王に好意的で、この村はイギリス軍が必要とする物資を何でも供給する準備ができています。もし閣下が物資のリストをくださるなら、明日の朝までに準備できるよう最善を尽くしますので、それまでここに留まっていただければ幸いです。」

ジャックはためらった。その男の容姿も、謙遜した口調もあまり好きではなかったが、物資を提供すると申し出られたので、それを受け入れるのが賢明だと考えた。

「どんな馬を譲っていただけますか?」と彼は尋ねた。

「騎兵隊に適した馬10頭、穀物を積んだ荷車4台、そしてワイン20樽を提供できます」と男は言った。

「よろしい」とジャックは言った。「明日朝までに準備が整えば、あなたの善意の証として受け取ろう。さて、部下たちの食料が必要だ。」

「それは1時間後には準備できます」と男は答えた。

ジャックは軍曹に、鞍の腹帯を緩め、馬を宿屋の近くの通りに繋いで出撃準備を整えるよう命じた。その後、村の両側に4分の1マイルずつ、4人の男が哨戒兵として配置された。馬のためにトウモロコシが運ばれてきた。女と子供たちは集まって外国の兵士たちを眺めていたが、ジャックは自分が村にいる間は少なくとも奇襲を仕掛けるつもりはないと確信していた。1時間後には夕食が運ばれてきたが、量や質について不満を言う理由は何もなかった。

夕食から1時間後、部隊は再び馬に乗り、数マイルの迂回路を通ってその地域を進み、いくつかの村を通過したが、どの村でも敵意の兆候は全く見られなかった。

「軍曹」エストレラに戻った後、ジャックは言った。「辺りは実に静かで平和に見えますが、この辺りの雰囲気について聞いていることを考えると、あまりにも平和すぎるように思います。どうにも落ち着かない気持ちです。暗くなったら部隊を二手に分け、片方の部隊は常に武装させ、村の両端に二人一組で歩哨を配置し、厳重な警戒を怠らないでください。残りの兵士は村長が用意した宿舎に散り散りにせず、全員この宿屋に待機させ、いつでも出動できるよう準備しておいてください。スペイン人は裏切り者ですから、いくら警戒してもしすぎることはありません。」

しかし、夜は何事もなく過ぎ、翌朝、穀物とワインを積んだ5台の荷馬車と8頭の馬が到着した。

ジャックは前夜の疑念を少々恥じ、市長に心から感謝の意を表した。騎兵隊員8人はそれぞれ馬に引かれ、荷馬車を引いていた4人の農民は牛に大声で呼びかけ、一行はエストレラを出発した。

「スティルウェルさん、この村には男の人がほとんどいませんよ」と、ジャックが馬の手綱を引いて話しかけると、軍曹は言った。「お気づきでしたか?」

「ああ」とジャックは言った。「確かに気づいたよ。数人の老人と少年を除けば、周りに集まっているか戸口に立っているのは女と子供ばかりだった。昨日は男がたくさんいたが、おそらく皆畑仕事に出かけたのだろう。だが、引き続き警戒を怠らない。軍曹、君は馬を走らせて、先頭の二人の男のところへ行き、厳重に警戒するように伝えた方がいいだろう。」

彼らは荷馬車に遅れないようにゆっくりとした足取りで進んでおり、エストレラを出発してから1時間半後にようやく丘陵地帯に入った。

ジャックは、畑で働く女性や少女はたくさん見かけるものの、男性の姿は一人も見当たらないことに気づいた。

「軍曹、周囲に人影が全くないのは奇妙だ。何かがおかしいとしか思えない。兵士を4人連れて、来た時に気付いたあの険しい狭い谷をまっすぐ進んでくれ。両側をしっかり警戒しろ。あの丘には大軍を隠せるほどの岩がたくさんあるんだから。」

偵察隊が前進した時、ジャックは分遣隊の進軍を停止させた。45分後、軍曹は部下を連れて戻ってきて、谷をくまなく駆け抜けたが、生命の兆候は全く見られなかったと告げた。

「了解しました、軍曹。では進軍しましょう。ただし、グループに分かれて行動します。もしあの谷で攻撃されたら、たとえ今の10倍の人数がいても、まともに戦うことはできません。もし捕まったとしても、できるだけ少ない人数で済ませたいのです。ですから、伍長に4人の兵士を連れて4分の1マイルほど先へ進んでもらい、次の部隊が到着する前に最も危険な場所を通過させてください。それから、あなたは10人の兵士を連れて次に進んでください。私は残りの5人の兵士と荷馬車を連れて、同じ距離を保ってあなたたちの後を追います。もし攻撃されたら、伍長には可能であれば突破するように命じ、不可能ならあなたたちのところまで後退するように命じてください。あなたたちも同じようにしてください。もし谷をほぼ通過したところで攻撃されたら、まっすぐ前進してください。私は状況を確認し、引き返して自分の部隊と共に戻り、平地を迂回して別の道を探します。そうすれば、敵に捕まる人数はごくわずかでしょう。」

隠れた敵を混乱させるのにうってつけのこれらの命令は実行された。伍長の部隊が谷の上端のカーブを曲がって姿を消そうとしていたちょうどその時、軍曹率いる主力部隊が谷に入った。ジャックはそれほど遅れておらず、谷に入ると立ち止まり、先に進む前に先に進むのを待った。彼らが谷の向こう端まであと200ヤードほどのところで銃声が聞こえ、一瞬のうちに岩陰から男たちが現れ、200門以上の大砲がほぼ同時に発射され、丘の斜面は煙で覆われた。それから低い轟音が響き、岩が上から転がり落ちてきた。

軍曹はジャックの命令を実行した。最初の銃声が響くと同時に、彼は部下たちと共に疾走した。その動きはあまりにも速く突然だったため、弾丸はほとんど彼らに当たらず、岩は大部分が彼らの後方に轟音を立てて落ちてきた。しかし、2、3頭の馬と兵士が巨大な岩に叩きつけられ、押しつぶされた。だが、残りの一行は無事に峠を越え、先を進んでいた仲間たちと合流した。彼らは少し先まで進み、そこで立ち止まり、傷の手当てと包帯交換を行った。

「我々がこのような形で来たのは幸いだった」と軍曹は伍長に言った。「もし全員が一緒にいて、荷馬車が道を塞いでいたら、我々のうち誰一人として生きて帰れなかっただろう。本当に九死に一生を得たものだ!まるで丘全体が我々に崩れ落ちてくるようだった。」

「スティルウェル氏は何をするつもりですか、巡査部長?」

「彼は平原に戻って別のルートを通ろうと言っていました」と軍曹は答えた。「しかし、そう簡単にはいかないでしょう。あんな待ち伏せを仕掛けるような連中は、逃げ延びて戻ってくる者の退路を断つための対策を必ず講じているはずです。彼は優秀な将校ですし、仕える側としては申し分のない若者ですから、きっと無事に切り抜けられると信じています。それに、我々の仲間が5人も彼と一緒にいますから。」

ジャックは最初の銃声が響いた瞬間に部下たちの動きを止めた。「こいつらを撃ちましょうか、隊長?」と、一人の兵士がピストルを抜き、牛の群れを引いている農民の一人の頭に銃口を向けながら尋ねた。

「いや」とジャックは言った。「奴らは非武装だ。それに、こんな危険な任務に命を賭けるなんて、勇敢な連中だ。ほら!軍曹の部隊は突破したぞ。だが、2、3人は倒れた。さあ、みんな、戻らなければならない。一刻も無駄にできない。しっかりまとまって、私が合図したら突撃できるように準備しておけ。次は俺たちの番かもしれないぞ。」

彼らは谷の下流端に近づくまで、途切れることなく全速力で馬を走らせ続けた。そこでジャックは馬を止めた。道の両側には、牛が降ろされ、荷車が縦横に並んでバリケードを形成するように、十数台の荷車が並んでいた。その後ろには、数人の男たちが立っていた。

「こんなことになるとは思っていたよ」とジャックはつぶやいた。彼は両側の丘を見渡したが、馬に乗って登るには急すぎた。それに、馬を捨てて徒歩で丘を登るなど考えも及ばなかった。活発な農民たちに簡単に追いつかれてしまうだろうからだ。

「まっすぐ進むしかない」と彼は言った。「他に道はない。荷馬車の左側には馬が回り込めるだけの平坦な場所がある。そこまで全力で進み、そこを抜けたらそのまま4分の1マイルまっすぐ進んで、また合流しろ。さあ!」

ジャックは馬に拍車をかけ、全速力で駆け出した。騎兵隊もすぐ後ろに続いた。彼らが近づくと、荷馬車から連射砲が閃光を放ち、弾丸が周囲に激しく飛び交った。しかし、彼らはあまりにも速く進んでいたため、容易に狙撃されることはなく、農民たちは銃を撃った後、彼らの目的を悟り、熊手や牛追い棒を手に集団で彼らに立ち向かった。しかし、ジャックと騎兵隊が駆けつけた時には、彼らのほとんどが現場に到着していなかった。短い激しい格闘の後、騎兵隊は5、6人の農民を地面に倒し、突破して前進した。通路で命を落としたのは1人だけで、彼はその隙間に近づいた際に頭を撃たれた。

「今のところ我々は無事だ」とジャックは言った。「それに、この辺りの男たちは皆あの待ち伏せに関わっていたと思うから、今のところ急ぐ必要はない。問題は、どちらの方向へ行くかだ。」

これは実に解決が難しい問題だった。というのも、ジャックはこの土地のことを全く知らなかったからだ。彼はエストレラへの道について尋ねてはいたものの、その村から続く他の道については何も知らなかった。実際、彼が知る限りでは、彼が通ってきた道が、丘陵地帯を通って南へ続く唯一の道かもしれないのだ。

「西へ進路を変え、丘の麓に沿って進み、丘を横切る別の道に出るまで進む」と彼は少し考えてから言った。

そう言って、彼はトウモロコシ畑や小麦畑の切り株、ブドウ畑、そして時折現れる果樹園を横切り、軽快な小走りで進み始めた。2時間以上もジャックが先頭を歩いたが、道らしきものは見当たらず、平原が急速に狭まり、左側の丘が右側の丘と合流して、前方に途切れることのない一列の丘を形成していることに、彼は不安を感じた。

馬たちは疲れの兆候を見せており、ジャックはやや上り坂になったところで手綱を引き、不安そうに周囲を見回した。もし、どうやら前方の轍に切れ目がないようであれば、来た道を戻らなければならないだろう。そうなると、谷の守備隊はとっくに家に戻り、荷車に乗っていた男たちから少数の者が逃げ出したことを知らされるだろう。畑にいる女たちは彼らが通った道を指し示すことができるだろうから、住民全員が彼らを追跡し始めるだろう。周囲を見回すと、ジャックは右手に木々の間に大きな屋敷らしきものが見えたので、すぐにそこへ行くことに決めた。

「馬たちには餌を与え、休ませてから再び出発しなければならない」と彼は言った。「農民たちは非常に敵対的だから、この土地の所有者が友好的である可能性は低いが、最悪の場合でも、我々を冷酷に殺害するであろう農民たちの手に落ちるよりは、紳士の手に落ちる方がましだ。」

そう言って、彼はその屋敷へと馬を走らせた。屋敷に近づくにつれ、彼はその持ち主が相当な人物に違いないと思った。なぜなら、それは彼がスペインで見た中でも最も立派な田舎の邸宅の一つだったからだ。彼は正面玄関まで馬を走らせ、馬から降りてベルを鳴らした。男がドアを開け、イギリス軍の制服姿に驚きと警戒の表情を浮かべた。男は再びドアを閉めようとしたが、ジャックは肩でドアを押し開けた。

「この無礼は何だ?」彼はピストルを抜きながら厳しく言った。「ご主人はいらっしゃいますか?」

「いいえ、セニョール」と男はどもりながら言った。「伯爵は自宅から来ています。」

「あなたの愛人はいますか?」

男はためらった。

「見てみよう」と彼は言った。

「いいですか、旦那様」とジャックは言った。「奥様が中にいらっしゃいます。奥様のところへ案内していただけなければ、あなたの頭に銃弾を撃ち込みますよ。」

他にも数人の男性使用人が上がってきたが、4人の騎兵も入ってきた。スペイン人たちは互いに迷いながら顔を見合わせた。

「さあ、お前さん」ジャックはピストルを構えながら言った。「私の言うことを聞くつもりか?」

スペイン人は、ジャックが脅しに従わなければ実行に移すだろうと悟り、不機嫌そうに振り返り、ドアの方へ案内した。そしてドアを開けて中に入った。

「伯爵夫人、イギリス軍の将校がどうしてもお会いしたいとおっしゃっています」と彼は言った。

ジャックは彼に続いて中に入った。ちょうど一人の女性が席から立ち上がったところだった。

「申し訳ございません、奥様」と彼は言いかけたが、驚いて言葉を止めた。その瞬間、奥様から驚きの声が上がった。

「スティルウェルさん!」彼女は叫んだ。「ああ!お会いできて本当に嬉しいです!でも…でも…」そして彼女は言葉を止めた。

「伯爵夫人、どうして私がここに来たのか、とあなたは尋ねるでしょう。私は偶然ここに来たのです。まさかあなたにお会いするとは、ましてやこの屋敷があなたの夫のものだとは、全く思いもよりませんでした。バルセロナを出発する2週間前に最後にお会いした時、あなたは田舎の別荘へ引っ越すとおっしゃっていました。別荘の名前も教えてくださり、戦争が終わったらぜひ訪ねてきてほしいと親切にも言ってくださいました。しかし、正直なところ、今は訪問するような時期ではないので、そのことはすっかり忘れていました。」

「では、あなたは昨日エストレラに到着したと聞いた一行の一員ですか?」伯爵夫人は尋ねた。「もしそうなら――」そして彼女は再び言葉を止めた。

「では、どうやって逃げ延びたのか、とあなたは尋ねるでしょう。幸運と馬の速さのおかげです。」

「伯爵は何て言うかしら?」伯爵夫人は叫んだ。「彼はどうやって自分を許せるというの?もし彼が、私たちの救世主があの一味と一緒だったと知っていたら、彼は自分の右手を切り落としていただろうに――」

「彼は自分の小作人たちを率いて我々を攻撃させたのです。伯爵夫人、彼はそのことを言い出せませんでした。ですから、どうかあなたの家臣たちに私の部下たちを丁重にもてなすよう命じてください。今、私の兵士4人とあなたの部下たちは、まるで狼と犬のように、今にも互いの喉元に飛びかかろうと、広間で睨み合っています。」

伯爵夫人はすぐに広間へ出て行った。召使いたちは武装を終え、執事長に率いられ、将校と女主人との会話が終わるのを待ちながら、竜騎兵隊を攻撃する準備を整えていた。

「武器を下ろしなさい、男たち」と伯爵夫人は威厳のある口調で言った。「この男たちは伯爵の客人だ。エンリコ、この紳士を知らないのか?」

執事は振り返り、すぐにマスケット銃を落とし、駆け寄ってひざまずき、ジャックの手を唇に押し当てた。最初は女主人の命令に戸惑い、戸惑っていた使用人たちは、もはやためらうことなく、壁に腕をついた。

「こちらが、バルセロナで暴徒から伯爵夫妻と私の若きご主人の命を救ってくださった、高貴なイギリスの貴族です。以前にも何度かお話しした通りです。」執事は立ち上がり、彼らにそう告げた。

これで謎が解けた。使用人たちはジャックに深い敬意を込めて挨拶した。皆、伯爵夫妻に深く愛着を抱いており、執事が語るバルセロナでの恐ろしい出来事の話に、しばしば怒りと興奮を覚えていたからだ。

ジャックは簡潔に兵士たちに配置転換の理由を説明した。竜騎兵たちは剣を収め、すぐに大厨房で家臣たちと打ち解けた。一方、ジャックと伯爵夫人は、最後に別れてからの出来事について語り合った。

「今日のことを思い出すたびに、私はいつも震えが止まらないでしょう」と伯爵夫人は言った。 「もし私たちの守護者が私の召使いに殺されていたら、私の人生はどれほど辛いものになっていたでしょう!二度と立ち直れなかったでしょう。確かにそれは事故だったでしょうが、それでもその可能性は予見できたはずです。伯爵はあなたがピーターバラ伯爵と行動を共にしていることを知っていたのですから、あなたのためにイギリス軍全体が彼の目には神聖な存在だったはずです。しかし、おそらく彼も私と同じように、そのことを考えていなかったのでしょう。もちろん、私たちがフィリップの派閥に属していることは誰もが知っています。バルセロナの暴徒が私たちを殺そうとしたのはそのためです。しかし、夫はあまり多くを語らず、彼がバルセロナを去る時も誰も反対しませんでした。彼は戦争に参加するつもりはなく、当時、敵がバルセロナからこんなに遠くまで来るとは夢にも思っていませんでした。ところが昨日、敵の小部隊が谷に入り、農民たちが帰還を待ち伏せし、主君である伯爵自身が来て異端者を殲滅してくれることを期待しているという知らせが届き、単純な男は同意しました。あなたがその中にいるとは夢にも思わなかったのです。」彼ら。彼がそれを知った時、どんな気持ちになるだろうか!

午後遅くに伯爵が到着した。見張りをしていた使用人の一人が伯爵夫人に伯爵の接近を知らせた。

「私が直接彼に会いに行きます」と彼女は言った。「あなたはここにいてください、セニョール。聞こえますから。」

伯爵は全速力で馬を走らせ、扉が開くと同時に慌てて駆け込んだ。

「一体何があったんだ、ニーナ?」彼は不安そうに叫んだ。「大変驚いたわ。エストレラから逃げ出した敵の一団を追跡していたんだけど、ついさっき、畑仕事から帰ってきた女性が、見慣れない兵士が5人、馬に乗ってここまでやって来て入っていったのを見たって言うのよ。」

「彼らはここにいます」と伯爵夫人は満足げに答えた。「今は私たちの客人です。」

「我々の客人だと!」伯爵は驚いて叫んだ。「ニーナ、何を言っているんだ?我が国の敵が我々の客人だと?一体どういうつもりだ!私のすぐ後ろには200人の武装兵がいる。知らせを聞いた時、彼らのペースについていくのが不安で、そのまま馬で進ませたのだ。なのに今になって、彼らが捜している男たちが我々の客人だと言うのか!一体何を言えばいいのか、どうすればいいのか?まったく、驚きを隠せない。」

「私にどうしろと言うのですか?」伯爵夫人は言った。「疲れ果てた男たちが頼みに来たのに、私がもてなしを拒むことができるでしょうか、フアン?」彼女は口調を変えて続けた。「あの男たちがあなたの農民たちの手に落ちる代わりに、私たちの家にやって来たのは、まさに神の摂理に感謝すべきでしょう。」

「神の摂理に感謝する!」伯爵は驚きながら繰り返した。

「私について来れば、その理由がわかるでしょう。」

彼女が先導して部屋に入ると、夫がそれに続いた。伯爵はジャックの姿を見た途端、悲鳴を上げ、顔から血の気が引いた。

「天の母マリアよ!」彼は震える声で言った。「私の人生を苦しめるはずだった罪から救われたことを感謝いたします。ああ、セニョール、私がこれほどまでに恩義のある男の血を求めて盲目的に探し回っていた時に、こうして私たちは出会うとは。」

「伯爵、幸いにも何の被害もありませんでした」とジャックは手を差し出しながら言った。「あなたは祖国の敵を攻撃するという、自らの義務だと信じていたことをしていたのです。もしあなたが私を殺していたとしても、フィリップの兵士として戦っていた時に、私の偶然の一発があなたを殺したとしても、あなたにも私以上に責任はなかったでしょう。」

伯爵は、妻と子供の命を救ってくれた人物を殺害せずに済んだという思いに胸を躍らせ、ジャックの挨拶に返事をするのにしばらく時間がかかった。我に返るとすぐに、城に近づいてくる農民たちの叫び声を聞きながら、急いで外に出た。彼はすぐに戻ってきて、召使いたちに、食料庫にあるパンと肉と一緒に、ワインの樽を家の裏の中庭に運ぶように命じた。

「彼らとは何も問題はなかったよね?」とジャックは尋ねた。

「全くありません」と伯爵は言った。「伯爵夫人と私の息子と私の命を救ってくださった状況を彼らに話すと、彼らはただあなたに会って感謝の気持ちを伝えたいと願うばかりでした。農民たちは素朴な連中で、公平に扱われれば領主に深く忠誠を誓うものです。」

「囚人に対する彼らの扱いがあまりにも残忍なのは残念だ」とジャックは冷ややかに言った。

「彼らは野蛮だ」と伯爵は言った。「だが、スペインの歴史は戦争と流血の長い物語であることを忘れてはならない。彼らは些細な挑発でも互いにナイフを突きつけ、ご存じの通り、彼らの娯楽の中で闘牛に勝るものはない。だから、戦争において彼らが野蛮で、君が言うように血に飢えているのも不思議ではない。正規戦ではそうではない。我々の非正規兵の一部がどのような行動をとったかはともかく、スペイン軍が他の軍よりも敗れた敵に容赦しないと主張した者はいない。しかし、この粗暴な非正規戦では、農民一人ひとりが個人的な敵と戦うように、自分のために戦う。そして、もし自分が敵の手に落ちたら、ほとんど慈悲を受けないだろうと予想し、実際にそうであるように、自分の手に落ちた者にも慈悲を与えない。実際、テス元帥が反対者たちに与えた残虐な仕打ちを考えると、恥ずかしい限りだが、彼に対して、農民たちが文明的な兵士たちの行動を見て真似をするのも無理はないだろう。

それから間もなく、ジャックは伯爵と共に中庭に出た。すると、一時間前まで彼の血を渇望していた男たちから、この上なく温かく、心からの歓迎を受けた。その中には村長もいた。

「ああ、旦那様」と彼は言った。「なぜ、我らが主君と奥様の命を救ったことを私たちに知らせてくださらなかったのですか? この地域中の馬と、集められる限りのワインと穀物を積んだ荷車を差し上げるべきでした。主君の命の恩人を攻撃してしまったことを、私たちは皆、深く後悔しています。」

「お答えできなかったのは、ミナス伯爵があなたの主君だとは知らなかったからです。もし知っていたら、間違いなくすぐに伯爵のところへ行ったでしょう」とジャックは言った。

「我々は決して自らを許すことはできないだろう」と男は言った。「閣下の兵士を4人も殺害してしまったことを。」

「そうなってしまったことは残念だ」とジャックは言った。「だが、君を責めることはできない。そして、我々も君たちの仲間を同じくらい多く殺してしまったことを残念に思う。」

「6人だ」と市長は答えた。「ああ、かわいそうな連中だが、伯爵が彼らの未亡人や孤児たちの面倒を見てくれるだろう。そう約束してくれた。君の健康を祝して乾杯しよう、セニョール」すると、居合わせた全員が「伯爵夫妻の守護者万歳!」と叫んだ。

ジャックと伯爵は家に戻り、翌朝、主人と女主人に丁重に別れを告げた後、部下たちと共にカスティヨンへと馬で戻った。

「おかえりなさい、スティルウェルさん」将軍は入ってくるとそう言った。「あなたのことがとても心配でした。昨日正午にあなたの部下たちが戻ってきて、待ち伏せ攻撃を受けたことを報告してくれました。あなたの安全以外は、準備は完璧でした。どうやって脱出できたのですか?ところで、1時間ほど前に馬と荷馬車が到着したことには驚きました。連れてきた男たちは、エストレラの市長が昨晩遅くに戻ってきて、夜明け前に出発するように命じたということ以外、何も説明できませんでした。私には全くの謎でした。最初はワインに毒が入っているのではないかと疑い、連れてきた男たちにすぐに飲むように命じましたが、彼らはためらうことなく、恐れる様子もなく飲んだので、私の考えは間違っていたと結論付けました。しかし、あなたからの知らせを待つ間、彼らを捕虜として拘束しています。」

「あなたが驚かれたのも無理はありません。しかし、事の顛末は至って単純なものでした」と言って、ジャックは彼らに降りかかった出来事を語った。

「素晴らしい!」と伯爵は言った。「スティルウェルさん、今回は善行が報われた。私の経験からすると、これは例外的なことだ。」

伯爵はすぐに軍曹を呼び、馬と荷馬車を連れてきた男たちを釈放するよう命じ、彼らに金貨10枚を分配するように命じた。ジャックも外に出て、市長によろしく伝えてほしいと頼んだ。

「冒険がこのような形で終わって本当に良かった」と伯爵は帰還時に言った。「君を失ったことへの悔恨はさておき、今の私の兵力では、君を攻撃した者たちを懲らしめるのは困難だっただろう。彼らは勇敢で決断力があり、この山岳地帯の地形を巧みに利用していたに違いない。もしスペイン人全員が同じようなことをすれば、最強の軍事国家でも彼らを制圧するのは難しいだろう。しかし、私はそのような妨害を許すわけにはいかず、必ず復讐しようとしただろう。だから、スティルウェル君、この一件がこのような形で終わったことを、我々は心から喜ばなければならない。いずれにせよ、君には何の責任もない。君の態度は終始素晴らしく、慎重さと勇敢さが際立っていたようだから。」

第11章:バレンシア
将軍は進軍の準備に追われる中、バレンシアに次々と手紙を送り、市民に勇気を保つよう促し、同市の救援に急ぐことを約束した。ジャックに自分の名で通信を続けるよう命じ、味方と敵の両方に自分がまだカスティヨンにいると思わせるようにした後、密かに持ち場につき、急いでトルトサに戻って援軍を待った。国王がバレンシアでの作戦のために自分の意のままに動かせると約束していたスペイン軍が実際に動き出したかどうかはまだ疑わしく、もし動いていなかったらウィルズ大佐のところに派遣し、その将校と彼の旅団を呼び寄せることにした。

ヴィナロスに到着した彼は、スペイン軍が既にバレンシアに侵攻しており、同州とカタルーニャの民兵の一部も合流するために移動中であることを知った。そこで彼は、小規模な部隊をカスティヨンに集結させ、そこへ出発した時と同じくらい速やかに戻った。集結した部隊は、騎兵1000名と歩兵2000名で構成され、イギリス正規軍1個大隊とスペイン正規軍3個大隊であった。これらに加えて、約300名の武装した農民がいたが、伯爵は彼らを自軍に加えない方が良いと考え、アルメナラに駐屯させた。

彼は数々の偉業を成し遂げたが、まだやるべきことはたくさんあった。アルコス公爵は、著しい失敗の後、解任されたラス・トーレス伯爵の後を継いで最高司令官に就任した。公爵は1万人の兵を指揮下に置き、そのうち約3,500人がバレンシアへの接近路を守る要塞都市ムルビエドロを占領していた。一方、公爵は主力部隊を率いてバレンシアに進軍し、同市の包囲を開始した。市政当局は、町が陥落すれば慈悲はほとんど期待できないことを知っていたため、防衛のための入念な準備を行い、ピーターバラに使者を送り、援軍を要請した。ピーターバラは今や援軍の準備が整っており、2月1日に軍を率いてカスティヨンから進軍した。

無制限の権限を持つ伯爵は、出発前に、これまでの功績に対する褒賞として、二人の副官に大尉の任命状を与えた。

兵力では圧倒的に劣勢だったものの、この小軍は勝利を確信してバレンシアへと進軍した。指揮官がわずかな騎兵隊を率いて七千人の大軍を撃破した戦果は驚異的で、兵士たちは指揮官ならどんなことでも成し遂げられると信じていた。彼らは指揮官がサン・マッテオからわずかな騎兵隊を率いて、一見不可能に思える作戦に出発するのを目撃し、州の半分を征服した後に再び彼と出会った。これほど少ない兵力で成し遂げたのだから、三千人の兵を擁する今、不可能なことなどあるだろうか?

しかし伯爵は、敵を欺く才能を、戦場での武力による撃破力と同等に信頼していた。彼の奇抜な才能は、味方と敵の両方を欺き困惑させる嘘の発言を心から楽しんでいるように見えた。敵を欺く目的で一定量の偽情報を流すことは常に正当な戦争手段とみなされてきたが、ピーターバラ伯爵は常識の範囲をはるかに超え、悪戯好きから最も複雑な嘘をでっち上げることを楽しんでいるように見えた。計画の変更があまりにも速く、目的があまりにも変わりやすく、態度や発言があまりにも奇抜で風変わりだったため、ジャックは将軍に完全に当惑することもあった。彼の軍事的才能が驚異的であったことは誰も疑う余地はないが、それは大軍の指揮官というよりは、むしろ遍歴の騎士の才能であった。

党派指導者としてのピーターバラに歴史上比類なき存在がいる。彼が大軍の指揮官としても同様に成功できたかどうかは、彼自身に証明する機会はなかったが、疑わしいと言わざるを得ない。計画の急速な変更や、不安定で予測不可能な動きは、少数の部隊を動かす場合には素晴らしい成功をもたらすかもしれないが、確立された計画と明確な目的に従ってしか動けない大軍においては、果てしない混乱と当惑を招くだけだろう。

しかしながら、この極めて風変わりな将軍は、バルセロナ包囲戦など多くの場面で、状況に適応する能力があることを証明しており、もし彼が大軍の指揮を執っていたならば、その気まぐれさや奇抜さ、芝居がかった演出や危険な冒険への愛着を捨て、揺るぎない軍事的才能を発揮し、ウェリントンやマールバラと肩を並べるほどイギリス史に名を残したであろうことは想像に難くない。しかし、ムルビエドロの戦いほど、彼の巧妙な嘘をつく才能が際立って発揮されたことはなかった。実際、そこでの彼の策略の多くは、軍事的必要性というよりも、むしろ悪意に駆られたものであったように思われる。

ムルビエドロはローマ時代のサグントゥムであり、スペインで最も強力な都市の一つであった。そこに駐屯していた部隊は、アイルランド系のマホニー准将が指揮を執っていた。彼の指揮下には正規騎兵500名と訓練された歩兵800名からなる大隊があり、残りの部隊はスペイン民兵で構成されていた。町自体もかなり堅固で、人口も多かった。町は川によって広大な平野と隔てられており、川岸には大砲を備えた堡塁が築かれていた。

ここでバレンシア街道は峠を縫うように進み、その上、高く突き出た丘の頂上には古代サグントゥムの遺跡があった。ピーターバラにはスペインの野砲が数門あるだけで、他に砲兵部隊はなかった。敵の陣地は陣形と戦術の両面で強固であり、その兵力は攻撃するには全く不十分だった。この試みは絶望的と思われたため、ピーターバラの将校たちは、遠回りしてその場所を避け、直接バレンシアに進軍して城壁の下でアルコス公と戦う方が良いという意見で一致した。しかしピーターバラは、成り行きを見守るようにと彼らに告げ、その間、最も驚くべきロマンスで敵を惑わせ続けた。

彼の工作員は、ほとんどが頭の切れる少数の竜騎兵と、家族を人質に取られていることで忠誠心を確保された農民たちだった。彼はすでにラス・トーレス師団がアルコス公爵率いる本隊に到達する前に、彼らを混乱させることに成功していた。彼に雇われたスパイがスペインの将軍にイギリス軍が迫っていることを知らせたため、将軍は直ちに陣営を解散し、夜通し行軍した。

翌朝、スパイは再び姿を現し、イギリス軍が左手の山々を越えて進軍し、重要な拠点を占領してバレンシア平原への退路を断とうとしていると告げた。しかし、彼らがこれほど急速に進軍することは到底不可能に思えたため、ラス・トーレスはその話を信じようとしなかった。スパイは、自分の話が疑われたことに憤慨したかのように、それを確かめるために派遣される将校には、命をかけてでもその主張の証拠を示すと誓った。

そこで、私服の将校2名が、彼がイギリス軍がいると告げた方向へ彼と共に派遣された。しかし、途中の村で休憩のために立ち寄ったところ、この目的のために派遣されていたイギリス竜騎兵の一団に突然襲われた。しばらくして、スパイは2人の将校に、警備兵を酔わせたので逃げられると嘘をつき、こっそりと厩舎へ案内して、2人の竜騎兵が酔って眠っているのを見せた。3頭の馬が静かに厩舎から連れ出され、3人は馬に乗って逃げ出した。竜騎兵の一部は追跡するふりをした。

この事件は、もちろんスパイの信用を確固たるものにした。ラス・トーレスは自分の退却が本当に脅かされていると確信し、全速力で再び進軍したが、その間ずっとイギリス軍はムルビエドロ近郊の何マイルも離れた場所にいた。他の竜騎兵たちは脱走を装うよう仕向けられ、中には捕虜になることを許した者もいた。それぞれが偽情報の誇張度を競い合ったため、スペインの将軍たちは自分たちに届く嘘の矛盾に完全に当惑した。

ラス・トーレスがアルコス公爵に合流するため全速力で急いでいる間、ピーターバラ伯はマホニーを欺くことに専念していた。マホニーはピーターバラ伯爵夫人の遠い親戚であり、伯爵は彼との面会を要求するために使者を送り、そのために町の近くの小さな丘を指定した。面会の時間が近づくと、伯爵は軍勢をできるだけ多く見せるように配置した。一部は峠沿いに行ける限り町の近くに配置され、残りは丘の低い斜面を行軍させられ、武装した農民の大群が彼らに混じることで見かけ上の数が増えた。

マホニーは伯爵から身の安全を保証されたので、数名のスペインの主要将校を伴って、伯爵と会うために指定された場所へ馬で向かった。ピーターバラ伯爵はまず、マホニーをチャールズ王の侍従に仕えさせるためにあらゆる説得を試みたが、アイルランド人将校は伯爵の魅力的な申し出を一切受け入れようとしなかった。そこでピーターバラ伯爵は口調を変え、親切で率直な態度でこう言った。

「スペイン軍はビジャ・レアルで極めて残忍な行為を行ったため、私は報復せざるを得ませんでした。もしあなたが町を守れるのであれば、町を一つでも奪わずに済ませるつもりです。あなたが持っている馬では町を守れないことは承知しています。その馬はアルコス公の軍勢と合流して、私がバレンシア平原を通過するのを阻止する方がはるかに役に立つでしょう。あなたが間もなくムルビエドロを去ることは確実です。私がそれを阻止できないのと同様に、あなたも私が町を占領するのを阻止できないでしょう。そこの住民は極めて悲惨な目に遭わざるを得ません。降伏する以外に町を守る方法はありません。もし今夜中に町を明け渡すという確約が得られるのであれば、喜んで降伏します。いくつかの事柄はあまりにも明白なので、隠す必要はありません。あなたが直ちにアルコス公に使者を送り、カルトゥジオ会修道院へ進軍し、あなたの指揮下にある騎兵隊を率いてそこで彼と対峙するよう命じるだろうと確信しています。」

伯爵は、同じように率直な態度で、マホニーに全軍と大砲、そしてわずか6マイル沖合にある海上の豊富な戦力を見せることを申し出た。マホニーは、親戚とみなしていた男の態度に完全に騙され、いざとなれば騎兵隊を率いてアルコス公爵に反撃するつもりだったと笑いながら認めた。会談は、マホニーが町に戻り、30分後に返事を送ると約束して終わった。その時間が過ぎると、彼はスペイン軍将校を通じて降伏の書簡を送った。

ピーターバラの策略がここで終わっていれば、敵を欺く正当な方法の範囲を逸脱することはなかっただろう。しかし、その後の彼の行動は全く弁解の余地がなく、ある意味で名誉を極限まで追求した人物の行動としては、ほとんど信じがたいほどである。彼の狙いは、敵の指導者たちの間に裏切りの疑いを抱かせることで、敵の行動を麻痺させることだったのだろうが、そのために彼が取った手段は、極めて卑劣で不名誉なものだった。

彼はまず降伏をもたらしたスペイン人将校に接触し、マホニーとの会談について支離滅裂な説明をした後、彼を買収してオーストリア側に寝返らせようと試み、その手口でマホニーを寝返らせることに成功したとほのめかした。伯爵の予想通り、彼はスペイン人を寝返らせることに失敗したが、マホニーの裏切りを疑わせるという目的は達成した。

マホニーは忠実で有能な将校にふさわしいやり方で交渉を進めた。彼は午前1時まで町を出発しないこと、そしてピーターバラもその時間まで川を渡らないことを条件とした。

これは、アルコス公爵が平原に到着し、そこでムルビエドロからの馬と合流する時間を与えるために彼が手配したものであった。しかし、ピーターバラの策略は功を奏した。スペインの将校は帰国後、マホニーが裏切ったと同胞に告げ、兵士と住民は不運なアイルランド人に対して激怒し、彼の命を脅かした。ピーターバラは、歪んだ名誉観念にもかかわらず、いかなる場合でも規定の時間より前に川を渡ることはなかったが、町で馬のいななきを聞き、一部の兵士が町を離れていると思った。そこで、敵に疑念と混乱を生じさせるために、川の近くにいた部隊に、前哨基地で小部隊が交戦しているかのように散発的に発砲するよう命じた。

マホニーはこの音を聞き、衝突があったとしてもそれは彼自身が降伏条件に違反した結果ではなく、イギリス軍将軍の名誉を全面的に信頼している以上、不正行為があったとは到底考えられないと伝えた。ピーターバラは伝令役の将校を通じて、両者の間に良好な理解が保たれていることへの感謝の意を表明する返信を送り、同時に、ムルビエドロの住民の安全のため、また町から撤退する際に部隊が妨害されないようにするため、イギリスの竜騎兵連隊に川を渡らせて門番をさせることを提案し、同時に、条件を忠実に履行する見返りとして、数名の将校をスペイン軍の人質として引き渡すことを申し出た。

マホニーは自らにとって最悪のタイミングでその提案に同意した。スペイン軍はピーターバラの竜騎兵隊が難所を難なく突破し、町の門まで進んでくるのを見て、指揮官の裏切りを疑う気持ちが確信に変わった。スペイン軍将校たちはそれぞれ自分の部隊をできるだけ早く集め、平原を横切って公爵の陣営に急ぎ、漠然としたが広範囲にわたるパニックを引き起こした。将校たちはマホニーがスペイン軍将軍を裏切ったと非難し、外国人に対する国民的な嫉妬心から彼らの話は容易に信じられた。しかしピーターバラは、妻の親族の名誉を犠牲にして、自らの邪悪な計画を成功させるために、さらに一歩踏み出していた。

彼は2人のアイルランド人竜騎兵を選び、賄賂と昇進の約束で彼らを説得し、危険な偽の脱走兵役を引き受けさせ、彼が用意した作り話を語らせた。彼らはその通りに出発し、アルコス公の陣営までまっすぐ馬を走らせ、前哨基地に投降した。前哨基地の兵士たちは彼らをスペイン軍将軍の前に連行した。将軍に尋問されると、彼らは教えられた作り話を繰り返した。

供述によると、彼らは会議が開かれた場所の近くの丘の中腹にある岩の下で一緒にワインを飲んでいたところ、ピーターバラ伯爵とマホニー伯爵が他の者たちとは別々に歩いてきて、彼らの近くに来たが、彼らには気づかなかった。彼らは伯爵がマホニーに5000ピストルを渡し、伯爵が彼をイギリス軍の少将に任命し、チャールズ王に仕えるために集められていた1万人のアイルランド系カトリック兵の指揮権を与えることを約束するのを聞いた。彼らは報酬を受け取らなくても構わないが、マホニー伯爵自身が伯爵との約束を実行に移し、使者を送って公爵にその夜平原を横切ってムルヴィエドロのカルトゥジオ会修道院へ行進するよう要請し、そこでイギリス軍の強力な待ち伏せ攻撃によって彼らを滅ぼすための準備を整えなければ、スパイとして射殺されても構わないと述べた。

男たちが話を終えるやいなや、マホニーの副官が彼らが話していた通りの提案を持って馬で駆け込んできた。アルコスはもはやマホニーの裏切りを疑う余地もなく、明らかに最善の策であったはずの彼の要求に応じる代わりに(そうすれば両軍の合流が完了するはずだった)、公爵はためらうことなく陣営を解散し、正反対の方向に退却した。

これはまさにピーターバラ公が企てていたことだった。マホニーは騎兵隊を率いて町を制圧した後、カルトゥジオ会修道院へと進軍したが、そこで援軍がないことに気づき、公爵が陣取っていた場所へと馬を走らせた。公爵の軍隊が既にいなくなっていることに気づくと、それを追撃した。追いついたマホニーは即座に逮捕され、マドリードへ囚人として送られた。

彼が反逆罪の容疑を晴らし、少将に昇進し、アルコス公爵の後任としてラス・トーレスと共に帰国したと聞いて、満足している。

伯爵の策略は完全に成功した。一人も兵を失うことなくムルビエドロを占領し、敵軍に混乱と疑念を植え付けた。敵軍は自軍の3倍以上の兵力を有していたにもかかわらず、バレンシアの包囲を放棄し、慌てて撤退した。伯爵は今や自軍を率いてバレンシアに入城することができた。この成功は驚くべきものであったが、勇敢な将校(しかも伯爵の故郷出身で遠い親戚でもあった)の名誉と命を危険にさらす可能性もあった、このような卑劣で姑息な策略によって得られたことを考えると、悲しい限りである。

翌日、伯爵は凱旋してバレンシアの街に入った。街の人々は通りに押し寄せ、家々は旗や掛け布で飾られた。教会の鐘が歓迎の音を響かせ、下の人々の歓声とバルコニーの女性たちのハンカチの振りの中、伯爵は街路を馬で進み、市庁舎へと向かった。そこには主要な人物たちが集まっており、伯爵の後ろには、不可能と思われた任務を成し遂げた小部隊が続いていた。

過去 2 か月の絶え間ない労働の後、バレンシアの人々は兵士たちに大変感謝した。この都市はスペイン全土で最も陽気で魅力的な都市の一つとして知られている。その立地は素晴らしく、海から 1.5 マイル以内の、ブドウ、オリーブ、その他の果樹で覆われた豊かな平野に位置し、平野の向こうには山々が連なり、高い山頂は雪で覆われている。常に快楽を愛する人々は、差し迫った危険から自分たちを救ってくれた軍隊が到着した後、しばらくの間、祝宴や歓喜に身を委ね、伯爵とその将校たちをもてなすことに競い合った。

ピーターバラの成功に驚きと喜びを感じたチャールズ王は、彼を全軍の総司令官に任命し、大義のために必要と判断されるすべての総督やその他の公務員を任命および解任する権限を与えた。一方、ロンドンからは、伯爵がチャールズ王の宮廷における全権大使に任命される旨の電報が届いた。

バルセロナと同様、ここでも伯爵はまるで少年のような活気に満ちて、自身が中心人物である賑やかな宴に加わった。彼は聖職者や貴婦人たちから特に好かれており、聖職者たちの信仰に対する敬意と、彼らに対する丁寧な態度によって、聖職者たちの心を掴んでいた。

バレンシアはスペインで最も神聖な都市の一つであることを誇りとしており、これほど多くの聖人とのゆかりや、これほど多くの聖遺物を所有している都市は他にはなかった。聖職者の数は多く、影響力も大きかった。宗教行列が絶えず街路を行き交い、教会では盛大かつ荘厳な儀式が執り行われた。

ピーターバラは、聖職者たちとの同盟と支援の価値をよく理解していたため、教会との関係を良好に保つためにあらゆる努力を惜しまなかった。教会に対して表向きは敬意を示していたが、故郷の友人たちへの手紙では、辛辣な皮肉と嘲笑でその埋め合わせをした。彼自身は何も信じていなかったため、周囲に蔓延する甚だしい迷信は、聖なるものに対する自身の不信感を裏付ける根拠となり、彼はそれを巧みに利用した。

女性たちにとって、彼のロマンチックな冒険、並外れた勇気、精力と忍耐力、卓越した機知、洗練された物腰、礼儀正しさと献身は、彼をほとんど神話上の英雄に仕立て上げた。そして、美しいバレンシアの女性たちは、彼の熱烈な崇拝者であり支持者であった。

しかし、ピーターバラは一見快楽に浸っているように見えたが、そのエネルギーは一瞬たりとも衰えることはなかった。彼の立場は依然として極めて危険なものであった。ラス・トーレスの7000人の兵力は、パニックから立ち直り、彼が町に入ってから1、2日後には戻ってきて、包囲再開に備えて近くの丘に陣取っていた。4000人のカスティーリャ兵がフエンテ・デ・ラ・イゲラを通る道を通って援軍に向かっており、マドリードには、テッセ元帥率いる圧倒的な主力軍がすぐ近くにいた。これらの軍勢に対抗するために、彼が町に持っていたのはわずか3000人の小規模な軍隊だけであり、大砲、弾薬、あらゆる種類の物資が不足していた。

もしテッセ元帥が直ちにラス・トーレスに合流していたら、ピーターバラの小規模な軍勢は壊滅していたに違いない。しかし、フィリップ王の宮廷は元帥をバルセロナへ派遣することを決定した。幸いなことに、ピーターバラは地方の人々からあらゆる出来事について十分な情報を得ていた。なぜなら、どの町や村にも、近隣で起こっているすべての出来事を彼に知らせる男女がいたからである。

彼らがバレンシアに入ってからわずか一週間後、伯爵は華やかな舞踏会でジャック・スティルウェルのすぐそばを通りかかり、少し立ち止まってこう言った。

「30分以内にここを離れ、グラハムを見つけて私の宿舎に連れてきてください。行く前に、ツィンツェンドルフ大佐を見つけて、1時半に200人の兵士を準備させておくように伝えてください。彼はこの辺りにいるはずです。もし彼がいなくなっていたら、兵舎に回ってください。この件は絶対に秘密にしておくように伝えてください。分かっています」と伯爵は腕を組んだ女性とジャックの相棒に気さくに言った。「あなた方お二人は聞いたことを誰にも言わないと信じています。このような集まりから離れるのは、私とスティルウェル大尉にとって本当に辛いことです。よほどの緊急事態でもない限り、そうすることはないと思います。」

ジャックはすぐにパートナーを席に案内し、グラハムと竜騎兵連隊長を探し始めた。しばらくして二人を見つけ、宴会が開かれていた宮殿から三人が一緒に出てきたのは、すでに午後1時を過ぎていた。二人の若い将校はピーターバラの宿舎へ、連隊長は兵舎へと急いで向かった。

伯爵はすでに自室に入っていた。舞踏会からこっそり抜け出し、庭の壁をよじ登って、入り口から出るところを誰にも気づかれないようにしていたのだ。大きなかつらと宮廷服を脱ぎ捨て、普段の勤務服に着替えているところに、側近たちが部屋に入ってきた。

「その派手な装飾品と金糸のレースは脱ぎ捨てろ」と、彼らが部屋に入ってくると、彼は言った。「朝までに40マイルの道のりを馬で走らなければならない。素晴らしい知らせが届いた。仲間の一人が、舞踏会に出かけようとしていたまさにその時、いとこから伝言を受け取ったという。ジェノヴァから船が港に到着し、24ポンド砲16門と大量の弾薬と物資が積まれ、ラス・トーレスが包囲を開始できるようになったというのだ。物資は昨日陸揚げされ、今朝の夜明けに出発できるよう、周辺地域から荷車が集められた。これらの物資はスペイン軍よりも我々にとって遥かに役立つだろうから、今すぐにでも手に入れたい。できるだけ早く来い。すでに、お前たちの馬を私の馬と一緒に連れてくるよう命じてある。」

5分も経たないうちに彼らは馬に跨り、騎兵隊の兵舎へと急いだ。通りにはまだ人影がまばらだったが、伯爵は簡素な制服姿で人混みをかき分けて進んだ。彼らが兵舎に着いた時には、竜騎兵たちはすでに馬に跨っていた。

「大佐、我々は裏門から出ます」と伯爵は言った。「道中は一番静かな通りを通って、西門を目指してください。部隊を4つに分け、それぞれ異なるルートで進ませてください。そうすれば、遭遇した者は、我々が前哨基地の救援に向かう小規模な部隊だと勘違いするでしょう。もし私があなた方と同行していて、遠征隊が徒歩で出動していると疑われたら、スペイン軍は1時間も経たないうちにそれを察知するでしょう。ここの住民は忠誠心が高いとはいえ、フィリップの支持者も少なくないはずですし、ラス・トーレスも我々と同様にスパイを抱えているに違いありません。」

伯爵の命令は実行され、30分後、4つの部隊は再び市門からほど近い場所に集結した。ピーターバラ伯爵は先頭に立ち、まっすぐ海へと馬を走らせた。

「スペイン軍は内陸に通じる全ての道路に必ず前哨基地を設置するだろう」と彼はツィンツェンドルフ大佐に言った。「そしてスペインの非正規兵は国中に散らばっているだろう。だが、海岸線まで前哨基地を置くとは思えない。」

海岸に着くと、彼らは海岸線に沿って走る小さな道をたどった。さらに2、3マイル進むと、海岸沿いの曲がりくねった道を避けるため、道から外れて内陸へと進み、幹線道路に出た。そこからは速足で進み、ちょうど4時に小さな港に到着した。

街路は田舎の荷車でごった返しており、竜騎兵隊が突入すると、ラス・トーレスが大砲や物資の護衛として派遣した小部隊に属するスペイン兵が数発発砲した。彼らは夜明けの出発に備えて歩道で寝ていたり、家々の間に散らばっていたりした。抵抗はすぐに収まった。ピーターバラは街に入る前に、誰も外に出られないように、半円状に竜騎兵隊の包囲網を敷いていた。

時間は無駄にされなかった。荷車はすでに積み込まれており、騎兵隊の馬の一隊が砲のそばで哨戒態勢をとっていた。これらの馬はすぐに馬具を装着され、その場にいた他の数頭の馬も、誰かがこの知らせを持ち去るのを防ぐために捕らえられた。農民たちに荷車を出発させるよう命令が出され、彼らがその場所に入ってから10分後には、弾薬と16門の大砲を満載した長い荷車の列を伴った輸送隊が出発した。

竜騎兵の包囲網はまだ町の周囲に残されており、指揮官は1時間半の間は誰も通らせないように命じられ、その後、部隊を率いて馬で進み、輸送隊に追いつくことになっていた。その頃には、ラス・トーレスに知らせを伝えることはもはや不可能であり、ラス・トーレスは部隊を動員して輸送隊をバレンシアから遮断することができないからである。帰りの旅は、ほとんどが牛に引かれた荷車がゆっくりとしか進まなかったため、前進よりもはるかに時間がかかった。輸送隊が出発してから3時間後、残された竜騎兵が彼らに追いついた。町から3マイルの地点で、敵のスペイン民兵の小部隊に遭遇したが、竜騎兵の突撃によってすぐに散り散りになり、輸送隊はそれ以上妨害を受けることなく進み、正午ちょうどにバレンシアの門に入った。住民たちはその出現に驚きと喜びを隠さなかった。

数時間のうちに、大砲はすべて城壁に設置され、町の防御力は大幅に強化された。これにより、ラス・トーレスによる包囲攻撃の試みはしばらくの間は安全となり、包囲攻撃のために用意されていた大砲が鹵獲されたことで、ラス・トーレスの計画は完全に頓挫することになった。

しかし、ピーターバラはまだ満足していなかった。彼が耳にしていたカスティーリャ軍4000人がラス・トーレスに合流すれば、将軍の指揮する兵力は、攻城用の砲兵隊が到着するまで町を封鎖できるほどに増強されるはずだった。伯爵は城壁の上に大砲が設置されるのを見て宿営に戻るやいなや、次の遠征の準備に取りかかった。彼はツィンツェンドルフ大佐に、8時に400人の竜騎兵を率いて静かに市を出発するよう命じ、400人のイギリス歩兵と400人のスペイン歩兵が城壁の外で彼に合流するよう命じた。これら3つの部隊の連隊長には、予定されている移動について一切口外せず、指定された時刻の30分前まで命令を発しないよう命じた。同じ時刻に残りの部隊は城壁まで行進し、城壁の周囲に厳重な包囲網を敷き、誰かがロープで降りてラス・トーレスへの遠征が始まっているという知らせを持ち出すのを防ぐことになっていた。

8時を数分過ぎ、歩兵800名と騎兵400名が城門の外に集結し、ピーターバラが指揮を執った。彼の目的は、カスティーリャ軍がラス・トーレスと合流する前に撃破することだった。そのためには、援軍が合流するために進軍している道路を封鎖しているスペイン軍の陣地のすぐそばを通過する必要があった。

一行は完全な沈黙の中、前進し、スペイン軍の陣営からほんの少し下流にあるシュカル川の浅瀬まで行進した。ピーターバラは先頭に立ち、その傍らにはこの地の隅々まで知り尽くしたスペイン紳士が付き添っていた。彼らは誰にも気づかれることなく川を渡り、陣営をできるだけ大きく迂回して、警戒態勢に入ることなく道路に出た。そして前進を続け、3時間行軍した後、フエンテ・デ・ラ・イゲラでカスティーリャ軍と遭遇した。奇襲は完璧だった。スペイン軍が自分たちと町の間にいることを知っていたスペイン軍は、何の警戒もしていなかったため、イギリス軍は危険に気づく前にその地を占領していた。

数発の慌ただしい銃声が響いただけで、抵抗の試みはなかった。カスティーリャ人たちはその辺りで外套にくるまって眠っていたが、警報が鳴ると飛び起きて四方八方に逃げ散った。暗闇の中、大勢が逃げ延びたが、600人が捕虜となった。逃亡者たちが残した武器の回収と解体に1時間ほど費やした後、捕虜を伴った部隊は帰路についた。スペイン軍の陣地を一周し、以前と同じように無事に浅瀬を渡り、夜明けとともに小部隊はバレンシアへと進軍した。

その知らせは瞬く間に広まり、住民たちは街路に駆け出した。町の安全を脅かしていたカスティーリャ軍が壊滅したという知らせを、最初は信じることができなかったのだ。前夜に兵士たちが城壁へ移動したことや、祝祭に将校のほとんどが姿を見せなかったことは、多少の憶測を呼んでいた。しかし、遠征隊が出発したことを誰も知らなかったため、伯爵がスパイからラス・トーレスが夜襲を仕掛けるつもりだという情報を得たのだろうと推測された。もし600人のカスティーリャ軍捕虜がそこにいなかったら、人々は今受けた驚くべき知らせを疑っていたに違いない。

この2度の深刻な失敗により、ラス・トーレスはピーターバラのような精力的で進取の気性に富んだ指揮官が守る町を攻略するのは不可能だと悟り、今度はスエカとアルシラという小さな町に目を向けた。これらの町の下流には、砲台が配置された重要なクジェラ橋があり、町の物資の大部分はこの橋を通って地方から運ばれていた。そこでラス・トーレスは、自軍の陣地から約15マイル離れたこれらの町を占領し、町の物資供給を断つことを決意した。

いつものように、ピーターバラのスパイは計画された動きをいち早く彼に伝え、ラス・トーレスの命令は数時間後に伯爵の耳に入った。彼の全力を尽くして間に合わせる必要があった。イギリス歩兵500名とスペイン歩兵600名、騎兵400名が、脅威にさらされている町へ全速力で進軍するよう命じられた。そして、休むことなく前進した部隊は、スペイン軍が現地に到着する30分前に町に到着した。しかし、2つの町がイギリス軍によって厳重に占領されているのを見て、ラス・トーレスは計画を断念し、部隊を引き揚げた。

スペイン軍の一部はアルシラからわずか2マイルほどの村に駐屯しており、数日後、ピーターバラはそこを奇襲することを決意し、そのために1000人のイギリス軍を率いて夜間にバレンシアから出発し、予定通り夜明けに目的地に到着した。アルシラのスペイン軍駐屯部隊も約1000人で、同じ時間に村を出撃して攻撃するよう命令を受けていた。スペイン軍も時間通りに到着したが、4000人の敵を待ち伏せしようとしたまさにその時、20騎の哨兵に遭遇した。説明のつかないパニックが彼らを襲い、隊列を崩して大混乱の中逃走したため、恐怖に駆られた兵士の多くが互いに殺し合った。前哨が敵を刺激し、敵はたちまち前哨陣に突入した。ピーターバラは、疲弊し支援もない自軍で攻撃するのは無謀だと悟り、しぶしぶ撤退を命じた。撤退は完璧な秩序を保ち、一人も犠牲者を出すことなく行われた。

これはピーターバラにとって唯一の失敗だった。この一件を除けば、彼の計画はすべて成功していた。彼が失敗したのは、全く信頼できないスペインの同盟国との協力を一度だけ信じてしまったからに他ならない。その後、数週間にわたり、双方とも何も行動を起こさなかった。

この作戦は、これまでに成し遂げられた中でも最も並外れた作戦の一つであり、その成功は決して偶然によるものではなく、ピーターバラ自身の能力のみによるものであった。彼の計画の多くは突飛に見えたが、常に細心の注意を払って練られていた。彼はあらゆる不測の事態を想定し、それらに備えていた。彼は自分でできることを決して他人に任せず、どんなに小さな遠征であっても自ら指揮を執った。

彼の並外れた身体能力と持久力は、他のほとんどの人間なら挫折してしまうような疲労にも耐え、冒険を成し遂げることを可能にした。また、このような指導者にふさわしい働きをした兵士たちにも、最高の称賛が送られるべきである。彼らは指揮官への信頼によって、指揮官に匹敵する勇気を奮い立たせた。彼らは最大の苦難と疲労にも文句一つ言わずに耐え、成功が絶望的に​​思えるような困難な状況にも、迷うことなく冒険と偉業に身を投じた。ピーターバラ伯爵に付き従い、バレンシア征服に挑んだ150名の竜騎兵は、古代の偉大な英雄たちと肩を並べるに値する。

第12章:非正規戦
バルセロナ陥落の知らせがマドリードに届いた瞬間から、アンジュー公フィリップは敵を圧倒するのに十分な兵力を集めるべく奔走した。さらに彼はルイ14世に緊急に援軍を要請し、フランスは当時、ブレンハイムの戦いで既に壊滅的な敗北を喫していたマールバラ公とその同盟軍に対して強硬な姿勢を示さざるを得ない状況にあったにもかかわらず、ルイ14世はこの要請に応じた。強力なフランス軍がサラゴサとルシヨンに集結し、トゥールーズ伯の指揮下にある12隻の戦列艦からなる艦隊がバルセロナを封鎖するために出航し、当時最も有能な将軍の一人であるバーウィック公が南部軍の指揮官として派遣された。

1月、テッセ元帥率いるカタルーニャのフランス軍はサラゴサに到着したが、そこで元帥の傲慢さと残虐さはすぐにアラゴン人の間で激しい憎悪の嵐を巻き起こした。町々はフランス軍の進軍に必死に抵抗し、将校や兵士の暗殺は日常茶飯事となり、元帥が取った残忍な報復はスペイン人を鎮圧するどころか、さらに激しい抵抗へと駆り立てた。しかし、残忍で冷酷な元帥は、敵と戦場で対峙することを急がず、彼に同行していたフィリップは、彼を前進させるのに大変苦労した。

2月の最終週、ピーターバラ伯爵のもとに、テス元帥がサラゴサを出発し、レリダへ向かっているという知らせが届いた。これは、アルシラ近郊の敵陣を奇襲しようとした試みが失敗に終わってから2日後のことだった。バレンシアは自軍をはるかに凌駕する敵軍に脅かされていたため、彼は街を離れることができなかった。もし彼が不在であれば、バレンシアはラス・トーレスの攻撃にたちまち陥落していただろう。彼は数分間、部屋の中を足早に歩き回り、それからこう言った。

「スティルウェル大尉、私はここを離れることはできませんが、シフエンテス侯爵のところへあなたを派遣します。あなたは私のもとで非常に精力的に活動してくれましたし、独立して行動する際にも同様に素晴らしい働きをしてくれると確信しています。侯爵宛てに手紙を書かせて、あなたが私の最も信頼し、高く評価している将校の一人であること、そしてあなたの精力と技能を最大限に活用してほしいとお願いしておきます。今はここに縛られているが、敵がバルセロナに到達したら、どんな危険を冒してでもここを出て敵の後方で陣取り、包囲を阻止するためにできる限りのことをすると伝えます。その間、敵の進軍を阻むあらゆる障害物を取り除き、すべての峠を最後まで守り抜き、敵の後方で待機し、輜重隊を攻撃し、落伍者を殲滅するよう侯爵にお願いします。テッセを打ち負かすことは望めませんが、絶え間ない攻撃によって敵兵を疲弊させ、士気を低下させることはできるでしょう。あなたは今ではスペイン語を十分に話せるので、助言や提案ができるはずです。覚えておいてください、あらゆるテッセの到着が遅れることで、国王はバルセロナを防衛態勢に整えるための十分な時間を得られます。私のわずかな兵力では、到着しても大したことはできません。バルセロナの唯一の希望は、イギリスから艦隊が到着するまで持ちこたえることです。国王が私の助言を受け入れてくださるなら、2か月以内にマドリードで戴冠式を執り行うことを保証いたします。しかし、国王を取り囲む頑固なドイツ人たちは、私の提案すべてに反対するのです。今夜、暗くなり次第出発し、この地域を熟知した馬に乗った案内人を連れて行くのが最善でしょう。

「スティルウェル、君にとっては、バレンシアの楽しい生活から、この厳しい季節の山岳地帯でのゲリラ戦へと、大きな変化となるだろう」と、グラハムは将軍と別れる際に言った。「君の任務のことなど、私にはどうでもいい。バレンシアでは本当に楽しい時間を過ごしたし、到着してからもう12回も恋に落ちたんだ。」

「私は全く衰えていないよ」とジャックは笑いながら言った。「それに、こういう舞踏会やお祭り騒ぎにはもううんざりだ。そういう環境で育ったわけじゃないし、どんなに大変な仕事でも、ここに長くいるよりはましだ。」

「ええ」とグラハムは同意した。「私は長期滞在は望んでいませんが、伯爵がここで何週間も何もしないでいることはないと確信していただいて結構です。彼は事態の推移を見守っているだけで、試合が本格的に始まるとすぐに動き出すでしょう。」

「ああ、君もそう遠くないうちに私の後を追うことになるだろうね」とジャックは言った。「それでも、私は去ることに何の悔いもないよ。」

午後7時、ジャックは伯爵の勧めに従い、従者として2人の竜騎兵を連れて出発した。

「スティルウェル大尉、できる限り自分で物事をやり遂げてください。しかし、どうしても他のことをしなければならない時もありますし、頼れる人がいると心強いものです。それに、従卒たちは農民たちからの評価を高めてくれるでしょう。兵士たちのほとんどはスペイン語を少し覚えましたが、私の従卒の中からスペイン語に最も堪能な者を二人選んでください。」

ジャックは午後を、もてなされた家々を訪ね歩くことに費やし、別れの挨拶や儀礼的な言葉、賛辞を交わした後、門が閉まり旅立ちの合図を聞けた時、心から安堵した。道はスペイン軍の陣地の近くを通らなかったため、途中で邪魔される心配はほとんどなかった。案内人は人通りの少ない小道をたどり、丘陵地帯を横断して彼らを導き、翌朝までに彼らは旅路をかなり進んでいた。

彼らはフィリップ王に有利な町や村を避けるため、しばしば迂回を余儀なくされた。ある町や村が一方の側に味方し、隣の町や村が反対の側に味方する理由はジャックには理解できなかったが、実際そうであり、この特異な現象は国中に存在していた。その原因は様々考えられる。人気のある市長や有力な地主がどちらかの側に強い共感を抱いている場合、町民や農民はそれに従うだろう。聖職者の影響力も大きく、これもまた意見が分かれていた。いずれにせよ、ヴィラ・レアルやヌレスのように、隣り合う町がしばしば反対の陣営を熱狂的に支持しているという事実は変わらなかった。ジャックは伯爵に殺到するすべての公文書や手紙を見ていたため、各町や村の状況を把握していた。どの大地主の邸宅に馬で向かえば歓迎されるか、どの邸宅には慎重に避けるべきかを知っていた。

旅の途中、敵意に満ちた雰囲気が漂う場所では、ジャックは将軍の戦術を真似て、2人の竜騎兵を従えて大胆に村に乗り込み、村長たちを前に呼び出し、30分以内に到着すると予想される500人の騎兵のために食料と飼料を準備するよう強引に命じた。ピーターバラの襲撃による恐怖は非常に大きく、イギリス軍の制服を見るだけで服従を保証できるほどだった。ジャックと仲間たちは特に大きな冒険もなく旅を続け、バレンシアを出発してから3日目にレリダに近づいた。同じ方向へ急いでいた武装した農民の集団に追いつかれた。彼らはジャックに歓迎の叫び声をあげて敬礼し、ジャックは前日、テス元帥が軍隊を率いてアラゴンからカタルーニャに渡り、地域一帯で警報の鐘が鳴らされたことを知った。

ジャックは農民たちからシフエンテス伯爵の居場所を聞き出した。それは敵の進軍路の左翼にある丘陵地帯の村だった。農民たちはまさにその村を目指して急いでいた。ジャックはバルセロナ包囲戦で伯爵と何度も顔を合わせており、勇敢で気骨のあるスペイン貴族に強い好感を抱いていた。村はあらゆる種類の武器で武装した農民たちで溢れかえっていた。彼らは荒々しくもたくましく、侵略者から最後まで祖国を守ろうと決意した男たちだった。ジャックと二人の騎兵が村に入ると、満足げな叫び声が上がり、その声を聞きつけて伯爵自身が村の主要邸宅の戸口に姿を現した。

「ああ、スティルウェル様」と彼は言った。「これは思いがけない喜びです。てっきり伯爵様とバレンシアにいらっしゃると思っていました。」

「伯爵様、私はそのようにして参りましたが、伯爵様からあなた様への伝言を携えてこちらへ派遣され、その内容をご覧いただければお分かりになると思いますが、しばらくの間、私を伯爵様の御用のためにお遣わしすることになったのです。」

「それを聞いて大変嬉しく思います」と伯爵は言った。「しかし、お願いですから、閣下――」

「大尉、伯爵様」とジャックは微笑みながら言った。「伯爵様は、私がバレンシアとの戦いで果たした功績を認めて、私をこの地位に昇進させてくださったのです。」

「ああ」と伯爵は言った。「あなたはそれにふさわしい働きをした。あの素晴らしい部隊の兵士たちは皆、昇進に値する。それはほとんど奇跡的な冒険であり、エルフのシッドの偉業を彷彿とさせた。騎士道精神の時代は決して終わっていない。あなたの偉大な伯爵は、その逆を証明したのだ。」

彼らは家の中に入り、伯爵はジャックの乗馬の疲れを癒すためにワインを一杯注いだ後、ジャックが携えていた書簡を開封した。

「結構だ」と彼はそれを読み終えて言った。「ご覧の通り、私は既に第一段階を実行する準備を進めている。カタルーニャ地方のあらゆる教会の鐘楼から警鐘が鳴り響き、あと24時間以内には6000人の農民が立ち上がるだろう。だが、伯爵が言うように、これだけの兵力では敵の進軍に効果的な抵抗は期待できない。」

「ミケレ軍は規律の取れた正規軍には太刀打ちできない。彼らは自信がなく、フランス兵1000人で6000人を撃破できるだろう。しかし、非正規兵である以上、戦う力はあると期待できる。君の経験と幅広い知識を私に提供してくれれば、我々はあらゆる峠を攻め、彼らの輸送隊を遮断し、彼らを苦しめることができる。彼らは必ず一団となって行動せざるを得なくなるだろう。なぜなら、他の部隊から離れた部隊は必ず苦戦を強いられるからだ。」

「伯爵、恐れながら、私の知識に頼らないでください」とジャックは言った。「私はまだ非常に若い士官ですが、幸運にも大尉に昇進することができました。」

「この戦いにおいて、年齢は関係ない」と伯爵は言った。「70歳の老人も、岩陰から正確に狙いを定める15歳の少年も、等しく歓迎される。ここで我々の役に立つのは、軍事科学の深い知識などではない。必要なのは、鋭い観察眼、鋭い精神、そして勇気だ。君にはそれらが備わっていることは分かっている。そうでなければ、こうした事柄に関して誰よりも優れた判断力を持つピーターバラ伯爵の承認を得ることはできなかっただろう。さて、そろそろ夕食の準備を命じよう。君が最後に食事をしたのはずいぶん前のことだろう。夕食の準備が整うまでの間、君の許可を得て、新しく到着した兵士たちを視察に行こうと思う。幸いなことに、10日前、テスがこの戦線を通って進軍してくるだろうと予想し、この村に数台の荷馬車分の食料と弾薬を送っておいたのだ。」

ジャックは伯爵に付き添って村の通りに入った。伯爵は農民たちの間を回り、一人ひとりに親切な歓迎の言葉をかけ、イギリスの偉大な将軍はバレンシアで任務に就いているものの、時が来ればバルセロナ防衛のために全速力で駆けつけると約束したこと、そしてその間、高貴なカタルーニャ人を率いて祖国を守るために、自らの幕僚の一人を派遣したことを、彼らに朗報として伝えた。教会の階段では、司祭が6人ほどの協力者とともに、荷馬車から農民たちに食料を配っていた。

「今夜は弾薬車を開けるな」と伯爵は言った。「兵士たちは好きなだけ弾薬を取ってはならない。定期的に配給しなければならない。カタルーニャ人は火薬が多すぎるとは決して思わないだろうし、放っておけば最初に来た者たちが勝手に持ち去ってしまい、全員に行き渡る前に供給が尽きてしまうだろう。」

伯爵は教会に入ると、そこでは男たちが厚い藁を敷き詰める作業に追われていた。空きのある者はここで寝泊まりし、残りの者は家や納屋に避難することになっていた。丘陵地帯では夜はまだ非常に寒かったからだ。すべてが順調に進んでいるのを見て、伯爵は自室に戻った。そこにはジャックの二人の竜騎兵に部屋が割り当てられており、中から聞こえる大きな笑い声から、彼らが住人たちとすっかり打ち解けていることが分かった。

すぐに美味しい料理がテーブルに運ばれ、ジャックとホストはそれを存分に堪能した。

「このワインは素晴らしい。まさかこんなワインがこの丘で育つとは思えない!」

「いや」と伯爵は笑いながら言った。「殺される危険は覚悟しているが、毒殺されるのはごめんだ。だから自分の地下室から20、2瓶の酒を送った。シフエンテスのブドウ畑は、このスペイン地方でも一流だ。さて」と、食事が終わりテーブルが片付けられたところで伯爵は言った。「地図を見て作戦を練ろう。敵は明日レリダを去る。既に、敵の進軍ルート沿いの地域を全て荒廃させ、持ち出せない穀物、ワイン、飼料は全て破壊し、馬と牛は全て追い払うよう命じた。井戸にも毒を盛るよう命じた。」

ジャックは深刻な表情で言った。「確かに、私はそれが好きではない」。

「私自身も好まないが」と伯爵は答えた。「敵が国に侵攻してきたならば、あらゆる手段を講じて抵抗しなければならない。水は生活必需品の一つであり、井戸を奪うことはできない以上、使えなくするしかない。しかし、私はこのような方法で人を殺したくはない。毒を使用した場合は必ず、その旨を記した看板を井戸に立てるよう厳命した。」

「それなら」とジャックは言った。「伯爵、君のやったことは全く問題ない。そうすれば、井戸は供給源としての存在意義を失うことになるからね。」

「流れ出る小川もすべて毒で汚染できればいいのですが」と伯爵は言った。「残念ながら、それは我々の手の届かないところにあります。丘陵地帯の雪解け水によってできた小さな小川があまりにも多く、敵の進軍を大きく阻むことはできないでしょう。明日の夜明けに私はあなたと共に馬に乗り、街道を20マイルほど進み、最も堅固な抵抗ができる場所を選びます。ここに戻ってくる頃には、やって来る農民のほとんどが集まっているでしょう。彼らをいくつかの部隊に分け、一部は峠を守り、敵の進軍を阻止し、一部は敵の脇に張り付いて絶えず妨害し、一部は敵の背後に回り込み、途中で故障したり遅れたりした荷馬車を遮断し、可能であれば後方からの輸送隊が合流するのを阻止します。」

この計画は実行された。訓練された部隊に対し、非正規部隊が強力な抵抗を示す可能性のある場所がいくつか特定され、胸壁を構築すべき場所、壁を活用すべき場所、家屋に銃眼を設けて防御態勢を整えるべき場所が決定された。

彼らが再び村に戻ってきたのは、午後遅くのことだった。農民たちの集まりは今や非常に大きくなり、村の周囲の畑にまで広がっていた。伯爵はすぐに、出身の村ごとに整列するように命じた。それが終わると、彼は彼らを4つのグループに分けた。

最初の2000人規模の部隊は峠を守ることを目的としており、他の2つの部隊はそれぞれ1000人規模で敵の側面を攻撃し、4つ目の部隊は同じ規模の部隊で敵の後方で活動することになっていた。

「さて、スティルウェル大尉」と彼は言った。「これらの部隊のうち、あなたが選んだ部隊の指揮を執っていただけますか?」

「伯爵、お申し出ありがとうございます」とジャックは言った。「しかし、私は指揮権を一切お引き受けいたしません。まず第一に、カタルーニャの人々は外国人、ましてや私のような若く無名の者に率いられることに強く反対するでしょう。第二に、もしよろしければ、伯爵の傍らに留まりたいのです。伯爵は当然、直接攻撃に対抗する部隊を指揮されるでしょうし、戦闘の大部分は彼らに集中するでしょうから、私はそこにいる方が望ましいのです。伯爵の副官として行動させていただきます。」

「まあ、あなたがそうお望みなら、それが最善でしょう」と伯爵は言った。「農民たちは自分たちのやり方で戦うのが一番です。彼らは突然退却することもありますが、すぐに態勢を立て直し、再び戦場に戻ってきます。そして、よそ者の指揮下よりも、地元の指導者の下で戦う方がおそらくうまく戦うでしょう。ご覧のとおり、彼らは集団で戦うという概念を持っていません。各村の男たちはそれぞれ独立して行動し、互いに協力し合います。ご覧のとおり、彼らの多くは司祭に率いられており、中にはライフル銃を持参している者も少なくありません。彼らは概して自分の村人たちを率い、その権威はどんな俗人が持ち得るものよりもはるかに大きいのです。私は各部隊に指揮官を任命し、彼らの全体的な動きを指示しなければなりません。残りは村長たちがやってくれるでしょう。」

伯爵が不在の間、良家の紳士数名が村に到着しており、中には農民たちと共に領地を歩いてきた者もいた。そのうち3名が、側面攻撃と後方攻撃を担う3つの部隊の指揮官に任命された。次の3時間は食料と弾薬の配給に費やされ、各兵士は4日分の食料と、40発分の火薬と弾丸を受け取った。全員、夜明けの2時間前に行軍できるよう準備を整えるよう命じられた。

伯爵はその後、自室に戻り、そこで地図上で3人の師団長に、自分が防衛を固めるつもりの場所を指し示し、作戦におけるそれぞれの役割について指示を与えた。彼らの命令は非常に大まかなものであった。兵士を斜面に配置し、できるだけ遮蔽物の後ろに隠れ、敵の縦隊に激しい砲火を浴びせ続け、時折、突撃しようとしているかのように威嚇的な集団を出現させ、できる限りの不安と混乱を引き起こすこと、そして、地形が有利な場合は、荷馬車隊に突撃し、馬の足を折ったり、車輪を破壊したり、できる限りの損害を与え、敵の大部隊が接近してきたら退却することであった。後方の部隊は、敵が対抗するためにそこに大部隊を配置せざるを得ないほど接近するように、密集して前進することであった。しかし、彼らの主な任務は、峠を守り、厳重に警備されていない限り、サラゴサの敵基地から敵に輸送隊が到達するのを阻止することであった。

これらの指示が出された後、夕食が用意され、伯爵は参加した主要人物のうち15人から20人ほどを招き、楽しい夜を過ごした。

ジャックにとって、この集まりと、サン・マッテオ攻撃の前夜にピーターバラ伯爵の館で開かれた集まりとの違いを観察するのは興味深いことだった。そこでは、翌日の成功の見込みは極めて低いと多くの人が考えていたにもかかわらず、皆が陽気で楽しそうだった。一行は皆上機嫌で、伯爵の鋭い機知と向こう見ずなユーモアのセンスのおかげで、笑いが絶えなかった。

それとは対照的に、今回の集まりの雰囲気は静かで、ほとんど堅苦しいほどだった。田舎の領地から来たばかりの、厳粛なカタルーニャ貴族たちは、バレンシアの活気にあふれ陽気な住民たちとは対照的だった。皆、互いに丁寧な言葉遣いで挨拶を交わし、順番に発言する一人ひとりの言葉を真剣な面持ちで聞き入った。

その夜は終始、冗談めいた話は一切なく、出席者の顔に笑みを浮かべる者はほとんどいなかった。しかし、互いの意見に対する礼儀正しさと敬意、厳粛な丁寧さ、それぞれが自国について語る際の誇り、大義への熱意、そして敵について語る際の憎悪は、ジャックに非常に好印象を与えた。そして、振り返ってみると、確かに賑やかな夜ではなかったが、決して不快な夜ではなかった、と彼は心の中で思った。

夜明けの2時間前、教会の鐘が合図を鳴らした。男たちは立ち上がり、身を震わせ、武器を取り、食料の入った袋を首に掛けるだけでよかったので、数分も経たないうちに整列した。伯爵は3個師団が暗闇の中を静かに進んでいくのを見届け、それから自ら本隊の先頭に立ち、ジャックと共にテッセの侵攻部隊の進軍を阻止するために選んだ地点へと先導した。

彼らがそこに着いたとき、ちょうど夜が明けたところで、伯爵は男たちに武器を積み上げてすぐに作業に取りかかるよう命じた。谷間を曲がりくねって続いていた道は、ここで急な坂を登り、その頂上には20軒ほどの家が建つ小さな集落があった。住民はすでにいなくなっており、家々は労働者たちに占拠されていた。丘の頂上に面した家々には銃眼が設けられ、同じ線に沿って壁にも銃眼が設けられた。男たちは道路を横切る大きなバリケードを築き、崖の頂上に沿って壁が終わる地点から左右に石の胸壁を築く作業に取りかかった。別の部隊は村の家々や壁に銃眼を設け、道路の反対側にもバリケードを築いた。2000人の男たちが作業にあたり、これらの作業はすぐに完了した。そして伯爵は男たちを、崩れた石で覆われた丘を下りさせ、石を一列に積み上げる作業に取りかかった。

午前10時、作業は完了した。伯爵は兵士たちを小隊に分け、各小隊は石の列の1つを守るように指示した。フランス軍が突撃してきたら、各小隊は丘を登って上の列に合流し、村に到達するまで抵抗をますます強固にするように命じられた。村では、できる限り長く持ちこたえることになっていた。もし部隊が道路沿いにしか進軍しない場合は、すべての家屋を守ることになっていた。もし部隊が村の両側を覆うように隊列を広げた場合は、伯爵の傍らにいるラッパ手が合図をしたら、速やかに撤退することになっていた。

男たちはそれぞれの割り当てられた席に着き、静かに、厳粛に、そして真剣な表情で朝食をとった。戦闘が予想される時にイギリス兵の間で見られる笑い声や陽気さとの対比が、ジャックに強い衝撃を与えた。

「きちんと訓練すれば、この真面目そうな男たちは立派な兵士になるだろう」と彼は心の中で思った。「どんな疲労や苦難にも耐えられそうな風貌だ。我々の兵士のように物事を明るく捉えるわけではないが、彼らの勇気を疑う者はいない。スペイン歩兵がかつてヨーロッパで最高とされていたのも、今ならよく理解できる。もし彼らに適切な指導者と規律さえあれば、スペインは外国からの援助など必要としないだろう。フランスが北の国境を越えて送り込んでくるどんな軍隊にも、スペイン国民だけで十分対抗できるはずだ。」

食事が終わるか終わらないかのうちに、谷の端、約3マイル離れた場所で、武器や装備品に太陽の光が反射して、砂塵の雲が立ち昇るのが見えた。

「テッセの騎兵隊だ!」伯爵は叫んだ。「あと30分もすれば、この静かな谷は一変するだろう。」

先頭の部隊はゆっくりと進み、騎兵連隊は後方の歩兵と荷馬車の速度に合わせて進んでいた。ゆっくりと進むと、谷底は3マイル先の端からスペイン軍が駐屯している丘の麓の半マイル手前まで、移動する塊で覆われているように見えた。突然、左側の丘の斜面から煙が噴き出し、同時に右側でも同様の火が放たれた。

「やっと仕事に取り掛かったな」と、マスケット銃のけたたましい音が鳴り響く中、ジャックは叫んだ。「いつ始まるのかと思っていたよ。」

「私は彼らに、部隊が谷の奥深くまで来るまで発砲しないように指示した」と伯爵は言った。「敵が谷に入ってすぐに発砲していれば、荷物はすべて護衛の下に置いておけたはずだし、歩兵はすぐに丘陵地帯を攻撃できたはずだ。ところが今は、馬も歩兵も荷物も、みんな谷に密集している。負傷した馬は手に負えなくなるだろうし、混乱は避けられないだろうが、パニックには至らないかもしれない。ほら、奴らは我々の砲撃に応戦しているじゃないか!丘陵地帯に発砲して弾薬を無駄にしているだけだから、火薬を節約した方がいいだろう。」

まさにその通りだった。ジャックは午前中、他のグループの様子を探して何度も丘の斜面を見渡していたが、岩や茂みの陰に完全に隠れていたため、微動だにしなかったのだ。

テッセは両翼に強力な歩兵部隊を投入し、これらの部隊は丘を登り始め、隠れた敵に激しい砲火を浴びせ続けた。一方、主力部隊はそのまま進軍を続けた。

スペイン軍は、部隊の先頭が丘の麓から100ヤード以内に入るまで一発も発砲しなかったが、その後、丘の斜面全体から激しい銃撃が始まった。敵は後退し、しばらくの間、部隊の先頭付近は大混乱に陥った。高位の将校が駆けつけ、部隊は谷の幅全体に横一列に陣形を整え、着実に前進した。しかし、損害があまりにも大きかったため、すぐに前進は止まってしまった。だが、援軍が到着すると、彼らは再び前進し、進みながら銃撃を続けた。

岩壁の下部に並んでいたミケレ兵は、敵が20ヤード以内まで近づくまで持ち場を離れず、煙に隠れてほとんど損害なくすぐ上の陣地まで到達した。敵はゆっくりと丘を登り、その過程で大きな損害を被りながらも、後方から絶えず増援を受けていた。最後の壁では、集まった農民たちが長い間抵抗を続け、敵が4000人も上陸して初めて陣地が深刻な脅威にさらされた。そこで、敵が突撃で壁を突破すれば大きな損害を被ると判断した農民たちの指揮官は、ラッパ手に退却の合図を鳴らすよう命じた。合図はすぐに従い、フランス軍が壁を越える頃には、農民たちはすでに村の反対側に退却していた。

フランス騎兵隊は低い壁を越えることができなかったため、追撃は行われなかった。農民たちは1マイルほどの逃走の後、態勢を立て直した。彼らの損害は少なかったが、フランス軍の損害は甚大であった。そこで元帥は、その日は村の周囲で部隊の行動を停止させた。

戦闘の結果、農民たちの決意はさらに強まり、翌朝フランス軍が進軍を再開するとすぐに戦闘が再び始まった。それは前日と全く同じ状況だった。敵はあらゆる場所で戦いを強いられ、進軍ルート全体にわたって激しい銃火にさらされた。彼らは何度も必死に農民たちを丘陵地帯から追い払おうと試みたが、時には大きな損害を被って撃退され、成功したとしても、攻撃した陣地はもぬけの殻で、勇敢な守備兵たちはすでに銃弾の射程圏外にいた。夜になっても休む暇はなく、敵は陣地を取り囲み、歩哨を射殺し、大胆不敵な攻撃を仕掛けてきたため、元帥は多くの兵士を常に武装させておく必要があった。

ついに、疲労と戦闘で疲れ果てた疲弊した軍隊は、丘陵地帯から広い谷間へと姿を現した。そこでは騎兵隊が活躍でき、地形はもはや農民にとって有利な防御陣地とはならなかった。これ以上の攻撃が無益だと悟ったシフエンテス伯は農民兵を引き揚げ、テスはバルセロナへと進軍し、ジローナ経由で下ってきたノアイユ公率いるルシヨン軍と合流した。町はたちまち陸側から包囲され、一方トゥールーズ伯は30隻のフランス艦で海側から封鎖した。

第13章:フランスの護送船団
シフエンテス伯爵の陣営に、サラゴサ周辺の農民が反乱を起こしたという報告が届いた。ジャックは、伯爵の陣営に留まるよりも、噂の真偽を確かめ、敵の後方の状況を伯爵に知らせる方が得策だと考えた。彼は二人の従者を連れて行くべきかどうか迷ったが、彼らは立派な馬に乗っていたので、同行させることにした。従者がいれば自分の権威が増すだろうし、いざという時には、大軍の先頭に立つ将校としての立場をより適切に取ることができると考えたからだ。

シフエンテス伯爵から盛大な別れの挨拶を受けた後、彼は夜明け直後に出発した。数時間馬を走らせ、馬を引いて登ってきた丘の頂上に着いたちょうどその時、数歩後ろを馬で走っていた従者の一人が馬に乗って登ってきた。

「スティルウェル大尉、銃声が聞こえたような気がします」と彼は言った。「ブラウンも聞こえたと言っています。」

ジャックは馬の手綱を引いた。

「何も聞こえない」と彼は1分ほどの沈黙の後、言った。

「今は聞こえませんね」と男は言った。「突風に乗って落ちてきたんだと思います。1、2分待てば聞こえると思いますよ。」

ジャックはさらに2分待ってから旅を再開しようとした時、突然、風に乗ってかすかな音が聞こえてきた。

「その通りだ、トンプソン」と彼は叫んだ。「確かに発砲だ。農民に襲われた輸送隊に違いない。」

彼は拍車で馬に触れ、駆け出した。2マイルほど進み、丘の頂上を越えると、半マイルほど先の谷の窪地に、荷馬車が何台も集まっているのが見えた。道の両側には男たちが横たわっており、荷馬車だけでなく、彼らからも煙が立ち上っていたことから、彼らがまだ勇敢に抵抗していることが分かった。周囲の丘の斜面の茂みや岩からも薄煙が立ち上り、襲撃者の数がどれほど多いかを示していた。道を離れ、ジャックは丘に向かって駆け出した。まもなく、数発の弾丸が彼らの周りを旋回しながら飛んできた。

「彼らは私たちがフランス人だと思っているようです、閣下」と、兵士の一人が言った。「制服についてあまり知らないのでしょう。」

ジャックは白いハンカチを取り出し、馬を走らせながらそれを振り回し、「英語だ、英語だ!」と叫んだ。すると火は消え、一行はすぐに農民たちが待ち伏せしている場所にたどり着いた。

「私はイギリス軍の将校だ」とジャックは馬から飛び降りながら言った。「君たちのリーダーはどこだ?」

「あそこにいるぞ」と農民が言い、長いマスケット銃を手に丸太の陰から立ち上がった司祭を指差した。

「神父様」とジャックは言った。「私はピーターバラ伯爵の命を受け、アラゴン地方の情勢を把握し、侵略者に対してこの地方で伯爵に加わる可能性のある勢力を確かめるために参りました。」

「事の成り行きはご自身でご覧になってください」と司祭は言った。「偉大なるピーターバラ伯爵の御方にお会いできて光栄です。伯爵の功績はスペイン中の賞賛を集めています。どなたにお話をお伺いすればよいでしょうか?」

「私はスティルウェル大尉、伯爵の副官の一人です。お父様は?」

「私はイグナシオ・ブラボス、サン・アルデフォンソ村の謙虚な神父です。スティルウェル大尉、この忌々しいフランス人を始末するまで、どうかお時間をお許しください。その後は、いつでもお役に立ちます。」

その後2時間、戦闘は続いた。ジャックは荷馬車の守備兵の発砲が弱まっているのを見て、銃剣の先に白いハンカチが掲げられ、交渉の意思を示すように空中で振られたときも驚かなかった。スペイン人から歓喜の叫び声が上がった。司祭が丘の斜面に姿を現した。

「降伏するのか?」と彼は叫んだ。

「我々は荷馬車を引き渡す」と警官が返答した。「ただし、武器を持ったまま妨害されることなく行進することを許可されるという条件で。」

農民たちから拒否の叫び声が上がり、たちまち銃撃が再開された。ジャックは司祭のそばに行き、座った。

「父さん」と彼は言った。「彼らの要求する条件を与えるのが一番いいでしょう。戦争は虐殺ではありません。」

「その通りだ、息子よ」と司祭は冷静に答えた。「テッセ元帥にそう言うべきだったのだ。虐殺を選んだのは彼なのだ。彼はサラゴサとその周辺で何百人もの人々を冷酷に射殺し、絞首刑にし、近隣の多くの村を焼き払い、男も女も子供も剣で殺したのだ。」

「もしそうであるならば、父上、テッセ元帥を捕らえたら、ぜひとも絞首刑に処してください。しかし、罪のない者を罪人のために罰してはなりません。これらの兵士たちはフランスの故郷から連れ去られ、自分たちとは何の関係もない争いに巻き込まれていることを忘れないでください。あなたと同じように、彼らもカトリック教徒です。何よりも、今、フランス軍の支配下にある村が何十もあることを忘れてはなりません。もしあなたが彼の兵士たちに容赦しなかったという知らせが元帥に届いたら、彼はあなたの同胞のうち、自分の手に届く者に対して復讐する正当な理由を得るでしょう。」

「確かに一理ある」と司祭は言った。「私自身は、これらのフランス人に対して少しも同情の念を抱いていない。もしあなたが私と同じように彼らの行いを見ていたなら、あなたも同情しなかっただろう。また、私たちが彼らにどんな報復をしようとも、テスの私たちに対する憎しみと凶暴さが増すとは思えない。」

「それでも、それは言い訳になるかもしれない」とジャックは促した。「ヨーロッパ中の目がこの戦いを注視していることを忘れてはならない。敵を大量虐殺したという報道は、世論を有利に導くどころか、むしろ逆効果になるだろう。」

「世論など何の意味もない」と司祭は簡潔に述べた。

「失礼しました、父さん」とジャックは答えた。 「イギリス、オランダ、そしてサヴォイア公は皆、あなた方のために戦っています。ピーターバラ伯爵と同盟国がいなければ、フランスの鎖があなた方の首にしっかりとかけられていただろうと、私たちは自慢できるほどです。あなた方は、彼らがスペイン国民への真の愛情からではなく、自分たちの政治的目的のために戦っているのだと言うでしょう。そうかもしれませんが、戦争を始めるのは政府であっても、それを続けるのは国民であることを忘れてはなりません。イギリスとオランダの人々に、フランス元帥が無防備な国民に対してどれほど残忍な行為を働いているかを聞かせれば、彼らはあなた方に強い同情を示すでしょう。彼らは政府に行動を起こすよう促し、戦争遂行に必要な予算を喜んで承認するでしょう。あなた方にとっても戦争は虐殺であり、捕虜は取らず、手にした者は皆殺しにするということも聞かせれば、信じてください、国民はすぐに両陣営のこのような残虐行為にうんざりするでしょう。」

「その通りだ、息子よ」と司祭は率直に言った。「お前はまだ若いが、私よりもずっと多くの世界を見てきた。私はサラマンカ大学を卒業して以来、故郷の村から10マイルも離れたことがない。この事態を収拾するためにできる限りのことをするつもりだ。だが、ここで指揮を執っているのは私だけではない。私は自分の村を率いているが、この丘陵地帯には20もの村の人々が暮らしている。だが、今から全ての村長を招集して会議を開こう。」

司祭は農民たちを6人ほど呼び集め、他の指導者たち全員を連れてきて、ピーターバラ伯爵の元から来たイギリス人将校との評議会に参加させるよう命じた。

30分ほどで、丘の中腹にある小さな窪地に20人ほどの男たちが集まり、フランス軍の砲火から身を隠した。そのうち4、5人は司祭だった。宿屋の主人が2、3人いた。残りは小地主たちだった。イグナシオ神父が最初に彼らに話しかけた。彼は、イギリスの将校は伯爵の命を受けてやって来て、戦闘中に偶然到着したこと、そしてフランス軍の降伏の申し出を受け入れるべきだと考えていることを述べた。輪の中に反対のざわめきが広がった。

「最初はあなたの意見に賛成でしたが、このイギリス人将校が助言の根拠として挙げた理由を聞いて、彼の考えに賛同するようになりました。その理由については、彼自身に説明してもらいましょう」と司祭は言った。

ジャックは立ち上がり、司祭に語ったのと同じ主張を繰り返した。聴衆の表情から、慈悲こそが最善策だと確信している者もいる一方で、依然として復讐を誓っている者もいることが分かった。そこでイグナシオ神父は、聴衆の心に最も響くと思われる言葉遣いでジャックの主張を繰り返し、フランス元帥がニュースを聞いた時に通過していたスペインの住民に対して必ず復讐するだろうと強く訴えた。

「それに」とジャックは話し終えると、「まだ敵を征服したわけではないことを忘れてはならない。将校は部下全員を荷馬車の中に退避させたようだ。そこは君たちの陣地とほとんど変わらないほどの安全な場所だろう。荷馬車の中には間違いなく大量の弾薬と食料、酒類が積まれている。もし彼らに最後の1人まで戦いを挑むよう強要すれば、彼らは非常に長い間持ちこたえ、最終的に君たちの部隊に大きな損害を与えるだろう」と述べた。

「しかし、なぜ彼らは武器を持って行かなければならないのか?」と男の一人が言った。「武器は我々にとって役に立つ。なぜ彼らに武器を持ち去らせて、さらに多くのスペイン人を殺させる必要があるのか​​?」

「私が彼らに武器を取らせる理由はこうだ」とジャックは言った。「彼らが武装して行進しなければ、君は部下を抑えきれず、君がどんな取り決めをしても破り、容赦なく虐殺するだろう。武器が再び君に対して使われることに関しては、将校たちとその部下がフランス軍に捕らえられた同数の捕虜と交換されるまで、戦争に一切関与しないという条件で、彼らを仮釈放する。」

「フランス人の言葉を誰が信用するんだ?」と、ある男は嘲るように言った。

「フランス軍将校の言葉もイギリス軍将校の言葉も、私は同じように信用します」とジャックは答えた。「武器を捨てれば安全が保障されるというあなたの言葉を、彼らも信じるでしょう。しかし、ご存じの通り、その約束を守れない可能性もあります。降伏直後に虐殺が行われ、スペインの国家の名誉が汚されるよりは、少数のフランス軍将校や兵士が敵陣に加わる方が、はるかにましです。」

「イギリス人の言う通りだ」とイグナシオ神父はきっぱりと言った。「これ以上この件について話すのはやめよう。それに、私にも理由がある。夜明け前に朝食も取らずに出発したので、乾いたパン一切れしか持っていない。もし奴らの降伏を受け入れなければ、一晩中丘の斜面で過ごすことになるかもしれない。召使いには、夕食に脂身を詰めた去勢鶏と、とっておきのワインを一瓶用意するように頼んだ。息子たちよ、これは君たち全員に納得してもらえる論拠だろう。それに、降伏を受け入れれば、あそこに見える樽の中にきっと入っているであろう、あの美味しいワインで喉の渇きを癒すことができるだろう。」

皆が大笑いし、問題は解決した。そして、他の指導者の一人であるイグナシオ神父とジャックが敵と交渉することがすぐに取り決められた。他の指導者たちはそれぞれの持ち場に急いで戻り、白旗が掲げられたら発砲を止めるよう命じた。そして、それぞれの持ち場に着くまで20分の猶予を与えた後、白いハンカチが空中に振られた。スペイン軍の発砲はたちまち止み、フランス軍も旗に気づくとすぐに発砲を止めた。

「私たち3人があなた方と話し合うために参ります」とイグナシオ神父は叫んだ。

そこで3人は丘を下り、荷馬車からほど近いところまで来たところで、護送隊の指揮官と他の2名に出会った。

「降伏条件について話し合うために参りました」とジャックは言った。「私はピーターバラ卿の副官の一人、スティルウェル大尉です。あなたの状況は絶望的だとお分かりでしょう。」

「絶望的というほどではない」とフランス軍将校は答えた。「弾薬も食料も十分にあるので、救援が来るまでかなりの間持ちこたえられるだろう。」

「救出の見込みはほとんどありません」とジャックは言った。「あなたの元帥は今いる場所で手一杯です。仮にあなたの窮状を知り、救援のために部隊を派遣したとしても(どちらもまずあり得ませんが)、その部隊は行く先々で戦闘を強いられ、間に合うはずもありません。後方からの援軍ももはや期待できません。あなたは勇敢に抵抗されました。おそらくあと数時間は持ちこたえられるでしょう。しかし、無駄な抵抗で部下の命を犠牲にしても何の意味があるでしょうか?」

「あなたの提案は何ですか?」と警官は尋ねた。

「我々は、あなた方とあなた方の将校が、あなた方自身とあなた方の部下を捕虜とみなし、交換されるまで二度と従軍しないという条件で、武器と一人につき5発の弾薬を持って行進することを許可すると提案する」とジャックは言った。

その条件は、フランス人将校が期待していたよりもはるかに良いものだった。

「はっきり言っておきますが」とイグナシオ神父は言った。「あなた方がこのような条件で済んだのは、ひとえにこのイギリス人将校のおかげです。もし我々だけの力に頼っていたら、間違いなく誰も生きて帰れなかったでしょう。」

「ご理解いただけると思いますが」とジャックは言った。「あなた方が武器を持つことを許されるのは、あなた方の将軍の残虐行為に激怒した農民たちから身を守るためだけです。たとえここで彼らの指導者たちが部下たちに降伏条件を守らせたとしても、武器を取り上げられたら、あなた方の兵士たちは最初に通過する村で虐殺されるでしょう。私の友人たちは、虐殺の汚名がスペインの名誉に傷をつけることを望まず、そのため、帰還行軍中の自衛のためにあなた方の兵士たちが武器を保持することを許可することに同意したのです。」

護送隊の指揮官は同僚の将校たちと少し話をした後、その条件に同意した。「しかしながら、負傷者を運び出すために、必要に応じて一台または複数台の荷馬車を同伴することを許可していただけますか?」と彼は言った。

これは即座に合意され、10分後にはフランス歩兵2個中隊は行軍準備を整えた。荷馬車には40名の負傷者がおり、その背後には27名の死者が残されていた。指揮を執るフランス軍将校は、行軍前にジャックの尽力に心から感謝の意を表した。

「スティルウェル大尉、率直に申し上げますが」と彼は言った。「私自身も部下も、生きてこの地を離れる望みは全くありませんでした。スペイン軍は捕虜になると必ず虐殺するからです。負傷者を置き去りにすることはできませんでしたし、たとえそうしようと決意したとしても、無事に帰還できる可能性は極めて低かったでしょう。私たちはあなたに命を救っていただいた恩があります。フェレ少佐にその恩を返す機会が訪れたら、必ず私にお任せください。」

「戦争の運命によって、あなたの約束を思い出さなければならないような状況に私が陥らないことを願っています」とジャックは微笑みながら言った。「しかし、もしそうなった場合は、機会があれば必ずあなたに思い出させます。」

行軍の準備はすべて整った。急いで空にされた2台の荷馬車に負傷者を乗せて中央に置き、100人にも満たないフランス軍は行軍を開始した。スペインの農民たちは、フランス軍が去るまで丘の中腹に留まっていた。指導者たちは、フランス軍の近くに近づけば必ず争いが起こるだろうと考え、農民たちをフランス軍から遠ざけておく方が良いと判断していたからである。農民たちは敵が逃げ出したと見なして憤慨したが、略奪欲がすぐに他の考えを凌駕し、フランス軍が行軍を終えるとすぐに丘からなだれ込んだ。しかし、指導者たちは無差別に略奪しないように彼らを制止した。全部で87台の荷馬車にワイン、穀物、小麦粉、そして軍隊用の食料が積まれていた。

これらの物資は、各農民集団の勢力に応じて均等に分配された。数樽のワインが開けられた。農民たちは、隠れ場所に安全に身を潜めていたため、死者はごく少数であったが、自分たちの死者を埋葬した。その後、部隊は解散し、各集団はそれぞれの荷車を引いて村へと戻っていった。

「さて、カピターノ様」とイグナシオ神父は言った。「どうか私と一緒に家にお帰りください。私の村は6マイル先です。快適にお過ごしいただけるよう、最善を尽くします。これまであなたは私を戦士としてしか見てこなかったでしょう。しかし、平和を愛する人物としての私の真の姿は、はるかに立派なものであることをお約束します。それに、私の料理人は腕利きですし、村のワインはこの地方で有名で、私の地下室には10年もののワインもありますよ。」

「これほど多くの説得力のある議論には抗えません」とジャックは微笑みながら言った。「明日の朝まで、いつでもお役に立ちます。ただし、今の私の食欲はひどく、私の二人の竜騎兵は、たとえ食料が豊富にあるとしても、あなたの村の食料庫に深刻な打撃を与える可能性が高いことを警告しておきます。」

「彼らは大歓迎です」と司祭は言った。「食料庫には十分な食料が備蓄されていることを保証します。幸いなことに、近隣のほとんどすべての村がフランス軍の襲撃を受けましたが、私たちの村は幸運にも、聖アルデフォンソの加護のおかげで襲撃を免れました。」

イグナシオ神父率いる一行はまもなく幹線道路から外れ、割り当てられた6台の荷馬車で、村に到着するまで荒れた田舎道を進んだ。イグナシオ神父は先頭の荷馬車に座り、ジャックは横に乗りながら彼と談笑していた。神父はがっしりとした体格で、朗らかな顔立ちと明るい目つきをしており、ジャックは、一体どんな特別な出来事が彼をマスケット銃を手に取り、信徒たちを率いてフランス軍の輸送隊を襲撃するに至らせたのか不思議に思った。

「キャサリン!」馬車が家の前に止まり、ふくよかな女給が戸口に現れると、彼は叫んだ。「できるだけ早く夕食を用意してくれ。腹ペコなんだ。しかも、早く出すだけでなく、たっぷりとくれ。私と一緒に食事をするこの紳士のために毛布をかけてやってくれ。それから、正義のために戦うべく海を渡ってきたこの二人のイギリス兵のために、台所で十分な量の食事を用意してくれ。」

「さて、夕食の準備ができるまでの間に、戦利品を分配しなければならない」と彼はジャックに言った。

荷馬車から荷物が降ろされ、その中身は遠征に参加した男たちの間で分けられたが、彼の信者たちは神父にもたっぷりと分け前が与えられるよう強く求めた。

荷馬車に積まれたラバや雄牛も同様に分配され、この場合は各家族に1頭ずつ割り当てられた。というのも、動物はわずか30頭しかいなかったのに対し、村から出征した兵士は80人近くいたからである。分配が終わった時点で5、6頭の動物が残っており、これらは本来の割り当て分に加えて、戦闘で戦死した3人の遺族に与えられた。

「さあ、息子たちよ」と、すべてが終わった後、神父は言った。「斧を持って荷馬車に襲いかかりなさい。荷馬車は命綱だ。誰もが自分の持ち物はよく知っている。もしフランス軍が再びこの村を襲撃したら、これらの荷馬車は大きな損失になるかもしれない。だから、できるだけ早く薪にして、他の燃料に手をつける前にすべて燃やし尽くしなさい。さあ、隊長、キャサリンも準備が整うだろう。」

そう言って彼は家の中へと案内した。素晴らしい食事が用意され、ジャックは司祭が料理人や地下室を褒めすぎたわけではないと気づいた。食事が終わり、二人が椅子を暖炉のそばに引き寄せると、そこにはジャックが荷馬車の一部だと認識した薪が明るく燃えていた。司祭はすぐそばの小さなテーブルに、自ら地下室から持ってきた大きな水筒を置いた。ジャックは言った。

「父上、おっしゃるように、フランス軍の残虐行為を目の当たりにして、容赦なく戦争を仕掛けるに至ったというのはどういうことですか? 父上は、フランス軍は一度も村に侵入したことがないとおっしゃいますが。 父上の職業は平和的なものなので、きっと強い理由があるのでしょう。父上は、暴力行為そのものに飛びつくような人には見えませんし、料理人や食料庫は、家に留まるための十分な動機付けになっているはずです。」

「その通りだよ、息子よ」と司祭は笑いながら言った。 「ご覧の通り、私は気楽な人間で、自分の境遇に満足しており、トレド司教を羨むことなどありません。しかし、蛆虫もいつかは豹変すると言いますが、平和な司祭が血に飢えた隊長の役を演じているのをご覧になったことでしょう。しかし、息子よ」――彼の顔は険しくなった――「残忍なテッセがここアラゴンで行った行為は、想像もつかないでしょう。フランス人はあなたたちイギリス人と戦うときは文明国のように振る舞いますが、私たちのようなスペインの農民と戦うときは、世界に自分たちの不正を知らせる手段を持たない私たちには、野蛮な蛮族の群れよりもひどい振る舞いをします。しかし、私が教区民の先頭に立ち、フランス人との殲滅戦争を仕掛け、私の手に落ちたあの忌まわしい国の人間には容赦しないと決意した経緯をお話ししましょう。私には兄弟がいます――いや、いたと言うべきでしょう――サラゴサから約6マイル離れた村に住む農夫がいた。彼には一人娘がおり、その娘は近隣の地主の息子と結婚することになっていた。その息子はハンサムで気丈な青年で、ニーナにとても愛情を注いでいた。二人は3ヶ月ほど前に結婚する予定で、私に手紙を書いて、式を執り行うために来てほしいと頼んできたのだ。

「私は出かけました。結婚式の日がやって来て、準備はすべて整っていました。二人は村の人気者だったので、村はお祭り騒ぎでした。花嫁は着飾っていて、村の娘たちも男たちも皆、最高の装いをしていました。行列が出発しようとしたその時、サラゴサから竜騎兵の一隊が突然やって来ました。森の中を馬で進んでいる時に、一、二発の銃弾が彼らに向かって撃たれたのです。到着すると彼らは馬から降り、指揮官は村の有力者たちを自分のところへ連れてくるように命じました。私の兄と花婿の父もその中にいました。」

「『私の部隊が銃撃された。その責任はあなたにある』とフランス人は言った。」

「『この村の人間は誰もいなかった』と兄は言った。『ここでは結婚式があるが、欠席者は一人もいない』」

「『構わない』と警官は言った。『我々は銃撃を受けたのだから、この地域の住民に教訓を与えてやる』」

「そこで彼は何も言わずに兵士たちの方を向き、村の端から端まで砲撃するよう命じた。」

「『とんでもないことだ』と兄は言い、他の者たちもそれに続いて叫んだ。私も、そんな命令を実行に移す前に立ち止まって考えてほしいと懇願した。しかし、兄の返答はただ部下に命令を下すことだけだった。」

「主犯格の男6人は即座に捕らえられ、家の壁に背中を押し付けられて射殺された。」

「まさか本気で言ってるんじゃないだろうな!」ジャックは憤慨して叫んだ。「文明的な兵士が、そんな暴挙を働くはずがないだろう?」

「私はそれを目撃した」と司祭は苦々しく言った。 「私は犠牲者と殺人者の間に飛び込もうとしたが、兵士たちに力ずくで抑えつけられた。想像してみてほしい。悲鳴を上げる女たち、男たちの空虚な怒りの爆発。花婿は父親が殺されるのを見て絶望し、棒切れをつかんでフランス将校に突進した。しかし将校はピストルを抜き、花婿を射殺した。兵士たちは花婿の仲間たちに一斉射撃を浴びせ、8人か10人ほどを殺した。抵抗は絶望的だった。無傷の者は逃げ、倒れた者はその場で銃剣で刺された。私は姪の腕を取り、静かに連れ出した。フランス兵たちでさえ、私たちの前には退却した。彼女の顔を見たら、きっと驚くだろう。ああ、神様!今でも、いつまでもあの顔が目に浮かぶ。彼女はその夜、息を引き取った。父親と婚約者が目の前で倒れた瞬間から、彼女の口からは一言も発せられなかった。1時間後、部隊は去り、人々はこっそりと家路についた。」かつて自分たちの家だった場所の灰の中に、彼らの死者を埋葬するため。私は彼らの葬儀を執り行った後、サラゴサへ行った。テッセに会い、目撃した光景を話して復讐を求めた。彼は私の顔を見て笑った。「旦那様」と私はしつこく頼んだが、彼は怒り出し、もし私が聖職者でなければ、教会の尖塔から吊るしてやると言った。私は彼に天罰が下るように祈り、彼のもとを去って家に帰った。旦那様、あなたが嘆願したあのフランス人たちを私が許すのが難しかったのも無理はないでしょう?平和を愛する私が、村人たちを率いて敵を虐殺したのも無理はないでしょう?

「とんでもない!」ジャックは熱く叫んだ。「このような行為は、どんなに冷淡な人間でも血を沸き立たせるだろう。聖職者であろうとなかろうと、これほど卑劣な行為に復讐しようとしない者は、人間として劣っている。このような虐殺は、これまで数多く行われてきたのだろうか?」

「たくさんあります」と司祭は答えた。「そして、被害者の親族が何らかの救済を得られたケースは一つもありません。」

「そして、アラゴン全土において、フランス人に対する同様の憎悪が蔓延しているのだろうか?」

「どこにでもいる」と司祭は言った。

「そうすれば、チャールズ国王はここで熱烈な歓迎を受けるでしょう!」

「私はそうは言いません」と司祭は答えた。「彼はフランスの敵であるという理由だけで、間違いなく歓迎されるでしょう。しかし、彼自身にとってはそうではありません。私たちアラゴン人は、なぜ外国人に支配されなければならないのか、どうしても理解できません。そして、ある意味では、ドイツの王はフランスの王よりもさらに望ましくないのです。この二つのラテン民族の結びつきは、当然ながら私たちとドイツの結びつきよりも密接であり、フランス王は頑固で頭の固いドイツ王よりも、私たちのやり方に容易に順応するでしょう。」

「フランス軍の最近の行動を除けば、アラゴンはシャルルよりもフィリップを支持していたでしょう。しかも、シャルルはカタルーニャ人とバレンシア人の選んだ王と見なされており、なぜアラゴンの人々が他人が選んだ王を支持しなければならないのでしょうか?確かに、シャルル王はフランスの敵として見られるため、歓迎されるでしょう。しかし、アラゴンの人々が彼のために大きな犠牲を払うことはないでしょう。フランス軍が再び我々の領地に侵入すれば、誰もが武器を取って反撃するでしょう。しかし、シャルル王に従って領地の境界を越えて進軍する気配はほとんどありません。カスティーリャはフィリップを強く支持しており、カタルーニャ人の嫉妬はここよりもさらに強く、アラゴンがカタルーニャとバレンシアに同調するという事実は、カスティーリャ人をフィリップの大義にさらに熱心にさせるだけです。すでに我々のミケレト族とカスティーリャのミケレト族の間で小競り合いが何度か発生しており、国境沿いの地域全体がひどく混乱しています。」

「スペイン人が誰を国王にするかで意見が一致しないのは残念なことだ。」

「ああ、息子よ、だがそれはまだまだ先の話だ。スペイン人はどんなことでも意見が一致する。我々を一つの国民と考えるのは間違いだ。我々は一人の王の下にある六つもの民族に分かれている。国籍を尋ねられたら、イギリス人だと答えるだろう。スペイン人に尋ねれば、カスティーリャ人、カタルーニャ人、アラゴン人、ビスカヤ人だと答えるだろう。決してスペイン人だとは言わない。我々は、100年前のスコットランド人とイギリス人が憎み合ったように、互いに憎み合っている。そして今でも、互いを異なる民族だと考えている。北部の地方のたくましい山岳民と、バレンシアやアンダルシアののんびりした農民の間に、一体どんな繋がりがあるだろうか?何もない。したがって、スペインのある地域が一人の人物を王として支持すれば、他の地域は必ず反対するだろう。」

「かつては、スペイン人の偉大な人物が国王を務め、王位継承が父から子へと正統に行われていたので、物事は円滑に進んでいました。なぜなら、僭称者が王位継承権を主張できる余地が全くなかったからです。二人の外国の君主の間では、それぞれが自ら選択する権利を持っています。もしスペイン人に王位継承権を主張できる者がいれば、すべての勢力がその人物に結集するでしょう。しかし、残念ながらそうではありません。そして、この問題が解決するまでには、戦争と混乱の時代が訪れると予想しています。私自身としては、もしこれらの外国人のどちらかの頭に王冠を載せることができるなら、あのワインの瓶など差し出しません。誰が王冠を手にしようとも、善政を強固に行い、私の村人に軽い税を課し、私たちの特権に一切干渉しないならば、私は満足です。そして、スペインのほとんどの人がそう考えていることがお分かりいただけるでしょう。さて、私に何かできることがあれば教えてください。夜明けまでに出発しなければならないとおっしゃいましたね。どちらの方向へ旅をするのか教えてください。私には、私の紹介であなたを温かく迎え入れてくれるような友人がそこにいるとは思えません。

「ミケレット族の最大の集会場所を教えていただければ、私がどちらの方向へ進むべきかお教えできます」とジャックは答えた。「私の任務は、この地方で国王が頼りにできる支援を確かめることです。」

「3日前には何千人もの兵士が武装していましたが、今夜には数百人にも満たないでしょう」と司祭は答えた。「テスが軍隊を率いて国境を越えた日、部隊の大部分は故郷に帰り、フランス軍がバルセロナから帰還するという知らせが届くまで武器を置きます。チャールズ国王が我々の仲間の中にいる可能性はほとんどないでしょう。あと1、2日もすればテスはバルセロナに到着し、そこでルシヨンから進軍してくるフランス軍と合流するでしょう。彼はバルセロナをあっという間に制圧し、チャールズ国王はバレンシアへ向かい、そこで追われるか、あるいはあなた方の船で再び国外へ脱出するかの選択を迫られることになるでしょう。」

「そう見えるかもしれないが」とジャックは同意した。「だが、ピーターバラ伯爵の存在を考慮に入れていないぞ。」

「あなたのイギリスの将軍は素晴らしい人物に違いありません」と司祭は言った。「驚異的な人物です。しかし、不可能なことを成し遂げることはできません。訓練された兵士が2000人か3000人しかいないのに、2万人のベテランのフランス兵を相手に何ができるというのですか?」

「彼が何をするかは私には分かりませんが」とジャックは笑った。「でも、彼が何かをするのは間違いないでしょう。そして、彼は何らかの方法でバルセロナを救い、カタルーニャから侵略者を追い出すに違いないと私は確信しています。」

「それは全く不可能だと判断します」と司祭は答えた。「あの男にできることなら何でも、あなたの将軍にはできると認めますが、これは到底あり得ないことです。息子よ、私の忠告を聞くなら、ここに長居せず、バレンシアへ向かい、時が来たら彼と共に船に乗り込むべきです。」

「どうなるか見てみよう」とジャックは笑いながら言った。「私はあり得ないことを信じている。チャールズ王がマドリードへ向かう途中、アラゴンを通過する際に、また君のワインをもう一杯飲みに立ち寄る日もそう遠くないかもしれないよ。」

「息子よ、もしそうするなら、このワインなど溝の水に過ぎないような極上のワインを一本出してあげよう。地下室に3、4本、特別な日のために取っておいているんだ。それは先代のワインセラーの名残で、彼はかつてないほどワインの目利きだった。彼がそれらを貯蔵してから40年になるが、彼はこれまでに出会った中で最高のヴィンテージだと言っていた。もしあの老人が10年早く亡くなっていたら、どれほど素晴らしい遺産を受け継げたことだろう!だが晩年、彼は良き人らしく倹約家ではなく、ちょっとした機会にそれらを飲んでしまった。そのため、私が20年前に家業を継いだ時には、24本しか残っていなかった。私も最初は十分に倹約家ではなく、最初の10年で6本を除いてすべて飲んでしまった。それ以来、私は守銭奴のようにケチになり、まだ2本しか開けていない。」

「父上、あなたが後世の者たちのために、同様の物資を蓄えておいてくださったことを願っています。」

「もちろんさ、息子よ。15年前、近所で一番上質なワインを樽ごと地下室にレンガで埋めておいたんだ。壁には銘文を刻んでおいた。もし私が突然亡くなったとしても、後継者がその銘文を見れば、彼を待っているワインの貯蔵庫が分かるようにね。今、君が探しても銘文は見つからないだろう。あの騒乱が始まった時、石に刻まれた文字をモルタルで埋め、壁に二、三度漆喰を塗ったからだ。喉の渇いたフランス兵の喉に、私の極上のワインが流れ込むような危険は冒したくなかった。それは冒涜行為だ。事態が収束し、再び平和が訪れたら、文字からモルタルを取り除くつもりだ。だが、それまではしない。自分のために別の樽を蓄えておかなかったのは、どれほど近視眼的だったかと、それ以来何度も後悔している。晩年の楽しみになっただろうに。」

「ああ、父上、それまでに何が起こるかわかりませんよ。壁が崩れ落ちるかもしれませんし、そうなれば当然、ワインが本来あるべき状態にあるかどうか確認したくなるでしょう。それに、私の後継者が残してくれたあの素晴らしいワインがたった24本しかないのに、なぜ後継者に樽ごと1本も遺贈しなければならないのか、と父上は思うでしょう。しかも、後継者はワインの目利きがひどく、私の宝物を粗悪な田舎のワインと同量程度にしか評価しないかもしれませんよ?」

「おいおい、誘惑者め!」と司祭は笑いながら言った。「だが」と彼は真剣な表情で付け加えた。「君には驚かされたよ。そんなことは考えたこともなかった。私の後継者は、私と同じように良質なワインを愛する人物だとずっと想像していた。もしそうでないとしたら、それは本当に不幸なことだ。豚に真珠を投げるようなものだ。君がこの恐ろしい考えを口にした以上、もう頭から離れないだろう。もう樽のワインを純粋な満足感とともに思うことはできなくなるだろう。」

「それは実に恐ろしい考えだ」とジャックは真剣な表情で言った。「それを防ぐために、平和な時代が訪れたら、洞窟を開けてワインを瓶詰めし、特別な機会や祝日に自ら堪能することで、その価値を人々に知ってもらうようお勧めする。そして、常に自分が受け継いだ量と同等か、あるいはそれ以上の量を蓄えておくように注意すべきだ。」

「よく考えてみよう、息子よ。もしかしたら君の助言に従うかもしれない。君が示唆したような不幸は、想像するだけでも恐ろしい。」

「父上、それは実に恐ろしいことです。しかし、父上はそれが起こらないよう最善を尽くしてくださると信じております。それに、ご存知の通り、ワインは熟成させすぎると良くない場合もあります。父上は今45歳にも満たないでしょう。腕の良い料理人と素晴らしいワインセラーをお持ちなら、80歳まで生きることも十分に考えられます。ですから、後継者のために、もう一樽のワインを熟成させる時間はたっぷりありますよ。」

司祭は突然大声で笑い出し、ジャックもそれに続いて笑い出した。

「君の論理力は素晴らしい」と、彼は落ち着きを取り戻して言った。「君の意見に完全に納得したよ。1時間前なら、あの地下室を開けるべきだと提案されたら、ぞっとしただろう。だが今では、ワイン自身も含め、関係者全員にとって最善の策だと思える。」

ジャックが翌朝どのような道を進むかについてさらに話し合いが行われ、最終的に彼はカスティーリャの国境まで馬で向かい、その地方の人々の気持ちをできる限り知ろうと決めた。イグナシオ神父は、アラゴンの国境から1、2マイルほど入った村の司祭への紹介状を彼に渡し、翌朝、ジャックは夜明けとともに出発した。見送りに早起きしたホストは、ジャックを見送るために、心からの別れを告げた。

第14章:囚人
ジャックは二人の騎兵を伴い、司祭の親切な小屋から意気揚々と出発した。伯爵から直接の任務を命じられていなかったため、サラゴサには立ち寄らず、州の指導者たちとの公式な接触を避けようと決めた。元帥が進軍するとすぐに、住民たちは立ち上がり、残っていた少数のフランス軍駐屯兵を追い出し、自分たちの生活を再開した。しかし、ジャックは、サラゴサが正式にはシャルル王を支持していないことを知った。司祭が言っていた通り、ジャックは日中、武装した男たちに遭遇することはなかった。田園地帯は平和な様相を呈し、農民たちは畑で働き、通り過ぎる村々では、イギリス軍の制服は興味というより好奇心を掻き立てた。彼はいくつかの村に立ち寄り、住民たちと会話を交わした。彼は至る所でフランス人に対する激しい憎悪が蔓延していることに気づき、シャルルとフィリップそれぞれの主張にはほとんど関心が示されていないことを知った。

長い旅の末、彼は日没時に目的地近くに到着した。この辺りでは、他の場所よりも警戒と準備が徹底されていることに気づいた。男たちはほとんどが村に留まり、武装して行動していた。ジャックは、カスティーリャのミケレ族による侵攻が予想され、また、別のフランス軍がテッセを追ってマドリードからバルセロナへ向かう可能性もあるとされていることを知る。

ジャックが目的地に到着したのは夜遅くになってからだった。そこで彼は紹介状を提示すると、司祭から大変温かく迎えられた。

「イグナシオ神父は、あなたが偉大なイギリス軍将軍の将校として歓迎されるだけでなく、あらゆる面で友情に値する人物であると私に告げました」と彼は手紙を読み終えて言った。「さらに、あなたはワインの鑑定眼に優れ、複雑で難しい問題についても信頼できる助言者であるとも言っていました。」

ジャックは笑って言った。「私が善良な父に助言したのはたった2点だけです。1つ目は、私が到着した時に父が交戦していたフランス軍部隊の降伏条件を受け入れること。2つ目は、特に上質なワインの樽を開けるかどうかという重要な問題です。」

「もしあなたが樽を開けるべきだと助言されたのなら」と司祭は微笑みながら言った。「私の良き弟イグナシオはあなたの助言に従いましたし、彼があなたの判断をどれほど尊敬しているかもよく理解できます。しかし、ここで話をするのはやめましょう。」

「あなたの部下たちは家の裏に馬小屋を見つけるでしょう。そこに馬を繋いでおけます。ああ、残念ながら今は誰も住んでいません。というのも、私のラバ、この地方で一番おとなしく優秀なラバが、通りかかったフランス軍に徴用されてしまったのです。つまり、盗まれてしまったということです。私の忠実な愛馬よ!一日中、彼女が恋しくてたまりません。きっと彼女も私以上に恋しがっていることでしょう。ところで、兄のイグナシオがフランス軍からたくさんの動物を捕獲したと手紙で知らせてくれたのですが、その中にマルガレッタはいましたか?彼女は大きなラバで、状態も良く、骨ばっていて肉付きも良かったのです。濃い栗毛で、額に白い星の模様があり、前足と後ろ足の飛節の下にも少し白い毛がありました。優しい目をしていて、尻尾を振る仕草が独特でした。」

司祭の態度があまりにも真剣だったので、ジャックは笑いをこらえるのに苦労した。

「荷馬車に乗っていたラバの中に、あなたの説明とよく似た模様のラバが1頭いました。私の記憶が正しければ、そのラバはもう1頭と共に、あの善良な司祭の手に渡ったはずです。しかし、そのラバは骨と皮ばかりで、肉付きはあまり良くありませんでした。実際、非常に衰弱していました。また、そのラバの目が特に柔らかかったり、尻尾の動きに何か変わったところがあったりした様子もありませんでした。」

「マルガレッタかもしれません」と司祭は興奮気味に言った。「かわいそうなマルガレッタはフランス人の手にかかれば当然肉が落ちてしまうでしょうし、尻尾のしわは私がリンゴかパンを一切れ彼女の厩舎に持って行った時に見せた歓迎の印でした。見知らぬ人にそんな仕草をするとは考えにくいのです。すぐにイグナシオに手紙を書いて、この件についてさらに詳しく調べてもらいましょう。本当に、聖人があなたをこの良い知らせを伝えるために特別に遣わしたように思えます。」

ジャックは司祭と楽しい夜を過ごし、国境地帯の状況について多くのことを学んだ。司祭はカスティーリャの人々がシャルルの主張に激しく反対していると説明した。彼らはフランス人に対しては何の恨みも抱いておらず、フランス人はその地方では厳格な規律を保っており、国境を越えてアラゴンに入ってから初めて行き過ぎた行為を始めたのだという。彼らはアラゴンを敵対国とみなしていたが、それは誤りだった。なぜなら、彼らが到着する前は、そこの人々はどちらの陣営にも加わっていなかったが、テスの横暴な態度と彼の軍隊の規律の緩さが、たちまち激しい苛立ちを引き起こしたからである。フランス軍の食料調達部隊に抵抗があり、テスがこれらの行為に対して行った恐ろしい報復が、州全体を反乱の炎に巻き込んだのである。

「国境の向こうにはフランス騎兵隊が数部隊駐屯しています」と司祭は言った。「時折、アラゴンに奇襲攻撃を仕掛けてきますが、ご覧の通り、住民は武装し、準備万端で、彼らを激しく迎え撃つ構えです。カスティーリャの人々は我々と同じような考えを持っています。もし軍隊がマドリードに向けてこの方面に進軍してきたら、ミケレト族は我々がフランス軍に抵抗するのと同じように抵抗するでしょう。しかし、彼らは我々に干渉するために家を出ることはありません。なぜなら、もし彼らがそうすれば我々も国境を越え、国境の両側の村々に火と破壊がもたらされることをよく知っているからです。ですから、今のところカスティーリャを恐れる必要はありませんが、もしイギリスの将軍がフランス軍をこの国から追い出そうとするなら、この地方の抵抗を克服するには大変な苦労を強いられるでしょう。」

翌朝、夜明けとともに、ジャックは街路から聞こえる叫び声と、それに続く馬の重い足音で目を覚ました。彼はベッドから飛び起き、マントを羽織った。剣を腰に締めていると、竜騎兵の一人が彼の部屋に駆け込んできた。

「包囲されています、閣下!今外を見たところ、家の周囲をフランス騎兵隊が取り囲んでいます。」

彼が話していると、ドアを激しく叩く音がした。司祭が部屋に駆け込んできた。「裏切られた!」と彼は言った。「昨夜、誰かがあなたの到着の知らせを漏らし、それが向こう側のフランス騎兵隊の耳に入ってしまったに違いない。昨夜、国境を越える道を監視するよう部下を派遣したのだが、敵の進軍が速すぎて、彼らが先にここに着くことはできなかったのだろう。」

「仕方がない」とジャックは言った。「ドアを開けた方がいい。さもないと、あと1分もしないうちに奴らが押し入ってくるだろう。抵抗するな、諸君」と、2人目の従卒が加わった竜騎兵たちに彼は言った。「剣をベッドに置け。今回は捕まってしまった。逃げられる時に逃げるしかない。いずれにせよ、スペイン軍に捕まるよりはフランス軍に捕まる方がましだ。」

ノックの音は止み、フランス兵たちが家の中になだれ込んでくる足音と騒々しい声が響き渡った。階段を上る足音が聞こえ、ドアが開くと、司祭がフランス軍将校を伴い、数人の兵士を引き連れて部屋に入ってきた。

「あなたは私の捕虜です、閣下」とフランス人将校は言った。

「その通りです」とジャックはスペイン語で言った。「これが私の剣です、閣下。この二人は私の従卒で、もちろん彼らも降伏します。ご覧のとおり、我々は皆軍服を着ており、アラゴンの地で捕らえられ、私はイギリス軍将校としての任務を遂行するためにここにいるのです。」

「あなたは一人ですか?」と警官は尋ねた。

「ええ」とジャックは言った。「私の知る限り、アラゴンには私たち以外にイギリス人はいません。」

「それでは、我々は誤った情報を得ていたのです」と将校は言った。「昨晩、ピーターバラ伯爵自身がここにいるという知らせを受けました。そして、あなたの将軍がバレンシアにいると聞いたのは午後になってからでしたが、彼の動きは非常に速く不規則なので、1時間前にポルトガルにいると聞いたとしても、次の瞬間にここにいるのを見つけても驚きません。」 街路で銃声が聞こえたので、彼は言葉を止めた。

「閣下、形式ばったことはお許しください。すぐに部下と共に馬に乗り、私と同行してください。10分もすれば、国中がスズメバチのように私たちの周りを飛び回るでしょう。そして、私の騎行の目的は達成されましたので、部下たちの命を無駄にしたくはありません。」と彼は言った。

馬にはすぐに鞍がつけられ、2、3分後にはジャックは家々や城壁の陰から降り注ぐ激しい銃火の中、フランス騎兵隊の真っ只中を駆け抜けて村を進んでいった。

フランス軍将校は部隊の先頭に立って村をはるかに越えたところで馬の手綱を引いて捕虜の元へ向かった。

「さて、今、私が捕らえる栄誉にあずかるのは誰でしょうか?」と彼は尋ねた。

「私はスティルウェル大尉です」とジャックは答えた。「ピーターバラ伯爵の副官の一人です。」

「私はド・クールシー大尉です」とフランス将校は言った。「幸いなことに、この問題に関してフランスとイギリスは正反対の立場を取っていますが、勇敢で文明的な敵対者として互いを尊敬し、敬意を払うことができます。スペインの悪党どもは山賊と何ら変わりません。寝床で我々を殺し、ワインに毒を盛る。捕まれば生きたまま焼き殺すことも少なくありません。彼らは野蛮人以外の何者でもありません。ヴェルサイユで王族としてあらゆる享楽を享受できたはずのアンジュー公フィリップが、なぜこの国の王位を欲しがるのか、私には理解できません。さて、あなたの将軍であるあの騎士について教えてください。ペスト、何という男だ!そしてあなたは彼の副官の一人なのか?もし彼があなたをどこへでも連れ回すなら、あなたは犬のような生活を送っているに違いない。」

「最後に将軍の消息を聞いた時は、バレンシアにいたと聞いていました」とジャックは言った。「でも、それからもう10日も経っています。」

「10日も経てば!」とフランス人は言った。「今頃はロンドンかローマかパリにいるかもしれない。」

「風向きが良ければローマに着いていたかもしれないが、ロンドンやパリにたどり着くことはまず不可能だっただろう。」

「何とも言えませんね」とフランス将校は笑った。「彼は三連のブーツを履いて山から山へと渡れないでしょうか? 嵐の中を箒で飛び抜けられないでしょうか? 帽子をかぶって姿を消せないでしょうか? 我々の兵士たちは、彼にこれらの力をすべて信じているのです。手を振るだけで三百人を軍隊に増やし、広大な国土に散らばらせ、そして地面に沈めて消し去ることはできないでしょうか? 我々の兵士たちは、たとえ彼自身が黒衣の紳士でなくても、彼が悪魔と結託していると確信しているのです。」

ジャックも笑いに加わった。「彼は素晴らしい男だよ」と彼は言った。「君たちが思っているほどのことは何もできないがね。だが、彼は本当に疲れ知らずで、どんなに長く寝なくても平気なんだ。なのに、見た目からは誰も彼が強い男だとは思わないだろう。小柄で痩せていて、やつれた顔をしている。鋭い目と、どこか威厳のある表情さえなければ、外見はほとんど取るに足らない人物に見える。私の役職は決して楽なものではない。将軍は皆に自分と同じくらい優秀であることを期待しているからだ。だが、決して自分に甘くない指揮官のもとでは、皆が最善を尽くそうとする。兵士たちの労働は極めて過酷で、苦難は厳しいものだったが、不平不満を言う者は一人もいない。兵士たちは将軍に絶大な信頼を寄せており、彼が命じるところならどこへでも行き、何でもする覚悟ができているんだ。」

「彼は驚異的な人物だ」とフランス軍将校は言った。「バルセロナを攻略し、その後、わずかな兵力でカタルーニャとバレンシアから我々の軍隊を追い出した手腕は見事だった。確かに我々には大きな犠牲が伴い、少なからず名誉を傷つけたが、貴軍の将校で貴将軍を尊敬しない者はいない。幸いにも貴軍がバルセロナを包囲した時、私はバルセロナにはいなかったが、その後ラス・トーレスにいた時、貴軍は我々を羊のように追い立てた。あの時のことは決して忘れないだろう。いつ攻撃されるか、敵がどのような勢力か、どの方向から攻めてくるか、全く見当もつかなかった。今となっては笑い話だが、当時は冗談では済まなかったのだ。」

3時間馬を走らせると、彼らはフランス騎兵隊が真夜中に出発した小さな町に到着した。到着すると、フランス軍将校はすぐに騎兵をマドリードに派遣し、捕虜の状況を報告させた。そして48時間後、将校は自ら捕虜をマドリードへ護送するよう命令を受けた。

到着するとすぐに、ジャックはバーウィック公爵の前に連れ出され、丁重に迎えられた。公爵は、伯爵の指揮する軍勢や、バルセロナが今まさに迫り来る二つのフランス軍に抵抗する意図などについて、多くの質問をした。ジャックはこれらの質問に対し、慎重な答えを返した。フランス側が正確な情報を持っているに違いないと確信していた事柄については、率直に答えた。幸いなことに、彼は自ら述べたように、伯爵の計画​​については全く知らず、バルセロナについては、ピーターバラと共に突然出発した日からそこで何が起こったのか、全く知らなかった。

「喜んで仮釈放を認めたいところだが、率直に言って、今の世論の高ぶりを考えると、護衛なしで街を歩き回るのは危険だと思う。サラゴサをはじめとする各地で多くの将校が殺害されたため、スペインの下層階級の人々はイギリス将校に復讐することを立派な行為だと考えるだろう。もちろん、イギリスがこれらの残虐行為とは何の関係もないことは承知しているが、一般の人々は物事をきちんと区別できないのだ。機会があればすぐにフランスへ送り、捕虜交換が成立するまでそこに留まらせることにしよう。」と公爵は言った。

「ありがとうございます、閣下」とジャックは言った。「仮釈放は望んでいません。機会があれば必ず脱走しますから。閣下、私はアラゴンを馬で通り抜けてきましたが、スペイン人が犯した殺人を正当化するつもりはありませんが、彼らを責めることはできません。彼らの行為は恐ろしいものですが、テス元帥が兵士たちに許し、奨励して住民に対して行わせている忌まわしい残虐行為に対する報復に過ぎないからです。私はフランス国民を心から尊敬していますが、もし私がピーターバラ伯爵で、テス元帥が私の手に落ちたとしたら、彼をスペイン人に引き渡して、当然の報いとしてバラバラに引き裂かせるでしょう。」

「大胆な発言ですね、閣下」と公爵は厳しく言った。

「申し上げていることは本心です」とジャックは答えた。「フランス国王直属の高位の将軍であるあなたが、この男が国王の名の下に無防備な民衆に対して行った残虐行為をご存知であることは、当然のことだと思います。私はアラゴンにたった2日間しか滞在しませんでしたが、そこで聞いた虐殺や殺人の話を20件ほどお話しできます。それらはあなたの血を凍らせるような話ばかりです。正直に申し上げますが、私はチャールズ国王にもフィリップ国王にも、それ以上の関心はありません。私はオーストリアの国王とその顧問たちをよく見てきましたので、もしピーターバラ伯爵が明日彼を王位に就かせたとしても、数週間も経たないうちに国外追放されるだろうと確信しています。しかし、同じように、アンジューのフィリップが、テス元帥が国王の名の下に行ったような残虐行為によって汚されるならば、スペイン国民は決して彼を国王として認めないでしょう。」

公爵はジャックに、将軍からアラゴンに派遣された具体的な目的を述べることに異議があるかと尋ねた。ジャックは、伯爵は自分がそこにいることを全く知らなかったと正直に答えることができて嬉しかった。伯爵は単にシフエンテス伯爵を支援してカタルーニャへのフランス軍の進軍を阻止するために自分を派遣しただけであり、その命令を実行した後、伯爵のもとに戻った際にその地方の情勢を正確に報告できるように、自分の意思でアラゴンに馬を走らせたのだと説明した。

「あなたがご存知のとおり、ピーターバラ伯爵スティルウェル大尉はまだバレンシアに滞在しており、今のところその州を離れるつもりはないようです。」

「閣下、私が知る限り、将軍はバレンシアを離れるつもりは全くなかったと断言できます。しかし、将軍の決断は往々にして瞬時に下され、周囲の人々にとって驚きとなることが多いので、私が街を去ってから15分後に伯爵がバレンシアに留まっていたと断言するのは心苦しい限りです。」

「大した問題ではない」と公爵は言った。「事態は急速に終結に向かっている。テッセとノアイユ公爵がバルセロナの前に現れた途端、バルセロナは降伏せざるを得ないだろう。突破口は開かれ、守備兵は千人もいない。バルセロナが陥落すれば、オーストリア軍の敗北は確実だ。君の将軍は既に自軍の4倍もの兵力を持つ軍隊に監視されており、元帥率いる2万人の兵が彼を船に乗せて撤退させ、反乱の最後の火種を消し去るだろう。君もそう思うだろう?」ジャックが沈黙する中、公爵はそう尋ねた。

「ええ、おっしゃる通りでしょう。ただ、ピーターバラ伯爵のことを甘く見ていたようですね。彼が何をするかは私には分かりませんが、彼のことをよく知っている私としては、彼があなたに厄介な問題を引き起こすことは間違いないでしょう。ピーターバラ伯爵を相手にする場合、確実なことなど何もないと思いますよ。」

「彼は偉大な人物だ」と公爵は言った。「偉大な人物であり、数々の偉業を成し遂げてきた。しかし、一人の人間が成し遂げられることには限界があり、ここでその限界を超えてしまった。スティルウェル大尉、あなたの監禁生活が可能な限り苦痛の少ないものとなるよう、また必要なものはすべて揃えるよう、私が命令を下そう。」

ジャックは感謝の意を表して退室した。部屋を出ると、再びド・コーシー大尉と4人の兵士に付き添われ、城塞へと案内された。

ジャックに割り当てられた部屋は決して不快なものではなかった。彼の前には立派な食事が運ばれ、それを食べ終えると、城塞の長官が彼を訪ねてきて、城壁内であればどこへでも自由に行けること、そして彼が望むことは何でもできる限り叶えることを告げた。ジャックは早速その自由を行使し、中庭に出て、そこから城塞の城壁へと向かった。城塞は堅固に要塞化された薄暗い建物で、現在は跡形もなく消え去っている。かなりの面積を占めており、かつては王の居城だった。城壁は頑丈で高く、短い間隔で歩哨が配置されていた。

ジャックはそこから脱出できる可能性はほとんどないことをすぐに悟り、当面は逃亡の考えを捨て、国境へ向かう道中で護送から逃れる運に任せるか、もしその機会がなければフランスの刑務所から脱出することにした。到着から一週間後、将校が面会を希望していると告げられ、驚いたことに、その1分後にフェレ少佐が部屋に入ってきた。

「ほんの1時間前に到着したばかりで、あなたがここに囚われていると知りました」と彼は言った。「前回別れた時、あなたは私を解放してくれましたが、ここに着いたらあなたがすでに1週間も囚われていたとは、誰が想像できたでしょうか?馬の足は人間の足より速いんですよ。」

「戦争の運命はそういうものだ」とジャックは微笑みながら言った。「君が無事にアラゴンから脱出できてよかったよ。」

「あなたが気づいてくれたおかげで、我々は弾薬を調達することができました」と少佐は言った。 「農民たちは何度も激しく私たちを取り囲みましたが、私たちが武器を所持し、いつでも使える状態だったこと、そして私たちが仮釈放中の囚人であり、交換されるまでスペインで従軍しないと約束していたことを私が保証したことが、彼らが攻撃を仕掛けてこなかった大きな理由でした。実際、私たちは何度か殴り合い寸前までいきました。その日は兵士たちが倒れるまで行軍し、人里離れた道から離れた場所に野営しました。村に兵士たちを散らす勇気はありませんでした。翌日も着実に進み、日没直前にかなり疲弊しながらもカスティーリャとの国境を越えました。先に進むには兵士たちに2日間の休息を与えなければならず、その後は比較的楽な行程で進んできたため、あなたが私たちよりずっと前にここにいらっしゃったのです。さて、何か私にできることはありますか?もしあれば、全力でお手伝いさせてください。今日の午後、公爵に謁見し、私と私の仲間が命を救われたのはあなたのおかげだと伝えます。彼がここで元帥ではなく指揮を執っているのは私にとって幸いだ。彼は紳士であり、私と部下のために私が与えた仮釈放を尊重してくれるだろう。もしテッセだったら、私は困ったことになっていたかもしれない。おそらく彼は私の約束を嘲笑し、私と部下を再び前線に戻すよう命じただろう。そうなれば、私は大変な窮地に陥っていたはずだ。

「君が僕のためにしてくれる一番いいことは、元帥に僕と君を交換するよう提案してくれることだ」とジャックは言った。「もし彼が僕の兵士二人を連れて行くことを許してくれるなら、君の兵士全員を差し出す。将軍と交渉する必要もない。君は僕に約束してくれたし、僕も君に約束を返すことができる。僕は彼にとって何の役にも立たないし、君は役に立つから、彼は同意してくれると思うよ。」

「私もそう思います」とフェレ少佐は言った。「それが実現すれば、私たち双方にとって大変喜ばしいことです。」

3時間後、少佐は上機嫌で戻ってきた。

「この件は解決した」と彼は言った。「我々は二人とも自由の身だ。今はここから出ることはできない。マドリード周辺を歩き回るのは危険だからだ。だが、明日朝、私は護送隊を率いてバレンシア郊外のラス・トーレスに合流するよう命令を受けている。だから、町に近づくまで私と一緒に馬に乗って、それから君の仲間と合流すればいい。」

ジャックは大喜びし、翌朝、護送隊とともに出発した。フェレ少佐の傍らに2人の従卒を従えて馬に乗る彼の姿は、通過する様々な町や村で大きな驚きと好奇心を掻き立てた。旅は快適で、フェレ少佐はできる限り快適な旅になるようあらゆる努力を尽くした。4日間の旅の後、護送隊はバレンシアが見えるところまで来た。道が二手に分かれる場所に着くと、少佐はこう言った。

「それが君のやり方だ、親愛なるスティルウェル。いつか戦争の運命が私たちを再び巡り合わせ、友情を新たにできるような心地よい場所で再会できることを願っている。2マイル先に川の浅瀬があり、農民たちの話によると、君の女兵士2人がそこに配置されているそうだ。そこからさらに1時間ほど馬を走らせればバレンシアに着く。」

両陣営が温かい別れを告げると、ジャックと二人の竜騎兵は馬を走らせ、間もなく川の対岸に現れてイギリスの女兵士たちを驚かせた。英語で二言三言話すと、兵士たちはそれが策略ではないと確信し、ジャックは浅瀬を渡り、そのままバレンシアへと駆け出した。

「さて、スティルウェル大尉」ジャックがアパートに入ってくると、伯爵は言った。「バルセロナからどんな知らせを持ってきてくれたんだ?テッセが町を包囲したと聞いているがな。」

「私の最新の報告はマドリードからです、将軍」とジャックは言った。「私はその街に1週間滞在しなければなりませんでした。」

そして彼は、シフエンテス伯爵に仕えるようになってから起こった一連の出来事を語り始めた。

「将軍、命令もなくアラゴンへ行ったことは、私の職務を逸脱したことは承知しております」と彼は話し終えると言った。「しかし、ミケレト家をうまく操っている伯爵に対しては、私の力はあまり役に立たないと感じました。ですから、アラゴン、そしておそらくカスティーリャの情勢に関する信頼できる情報をお求めになれば、将軍も喜んでくださるだろうと考えました。」

「君の言う通りだった」と伯爵は言った。「実に素晴らしい働きぶりだ。君の冒険はまさに私の理想と合致するもので、ちょうど良いタイミングでここに来てくれた。というのも、私はバルセロナの包囲軍を攻撃するために、できる限りのことを始めようとしていたところだったからだ。」

第15章:バルセロナの救援
フランス軍がバルセロナ奪還に向けて大々的な準備を進めていることは数ヶ月前から明らかだったにもかかわらず、シャルルと彼のドイツ人顧問たちは、バルセロナが包囲攻撃に耐えられるような態勢を整えるための対策を全く講じていなかった。要塞はピーターバラがバルセロナを占領した時と全く同じ状態のままだった。イギリス軍の大砲によって開けられた突破口は依然として開いたままで、最も重要なモンジュイック城塞の突破口でさえ、火薬庫の爆発によってできたままの状態だった。

テスがレリダから、ド・ノアイユがルシヨンから攻め下ってきて初めて、国王は自らの危険に気づいた。手の届く範囲にいるすべての部隊を呼び戻す命令が出され、農村の人々は食料の収集に駆り出され、国王は市民に要塞の修復への協力を緊急に訴えた。この訴えは受け入れられ、男性全員が武器を取り、司祭や修道士さえも兵士の列に加わった。女性と子供たちは部隊を編成し、バルセロナの人々は皆、資材の運搬と突破口の修復に尽力した。国王はピーターバラから手紙を受け取っており、そこには国王が副官たちと話し合っていた計画が提案されていた。もしこの計画が実行されていれば、スペインの運命は変わっていただろう。ピーターバラの提案は、シャルルが直ちに海路でポルトガルに向かい、そこで2万6千人の連合軍の先頭に立ち、マドリードへ直行するというものだった。当時、封鎖はまだ始まっていなかったため、シャルルは容易にポルトガルへ渡ることができたはずだった。これは確実に成功する可能性があったはずだ。なぜなら、スペイン西部と首都はカタルーニャとバレンシアへの侵攻のために兵力を奪われており、侵略者に対抗するために集められる兵力はせいぜい2000人程度だったからだ。

「陛下がこのことをお引き受けくださるならば」と伯爵は書き送った。「私はこの地の統治を維持し、ひいてはマドリードへの道を開くことをお約束いたします。」

しかし今回も、以前と同様に、この大胆だが実に安全な助言はチャールズのドイツ人廷臣たちによって却下され、彼はバルセロナに留まり包囲戦を待つことに決めた。

ピーターバラは返答を受け取るとすぐに、バレンシアに少数の守備隊を残し、集められる限りの兵力で進軍した。しかし、その兵力は歩兵2000名と騎兵600名に過ぎず、一方、ド・ノアイユはバルセロナ周辺に2万名もの兵を集めていた。ピーターバラは国中を急速に移動し、軍隊の最高速度で前進し、バルセロナから2リーグの地点まで到達すると、山岳地帯に強固な陣地を築いた。そこで彼はすぐにシフエンテス伯爵とその農民軍と合流した。

「ああ、伯爵」と伯爵は陣営に入りながら言った。「またお会いできて嬉しい。テッセを止めることはできなかったようだが、どうやら彼をひどく打ち負かしたようだな。さて、我々の見通しはどうだろうか?」

「確かに、閣下、彼らはそれほど聡明ではありませんし、国王を大いに助けることができるとは思えません。スティルウェル大尉が目撃されたように、私の部下たちは陣地を選び、遮蔽物の後ろから射撃すれば十分に戦えますが、正規の戦闘では全く役に立ちません。ましてや、2万人の正規軍を相手に平原に進軍して戦うなど、たとえ閣下が私の命令に合流されたとしても、彼らは決して試みようとはしないでしょう。」

「伯爵、彼らには何も頼みません」とピーターバラは言った。「ミケレ族のことはもうよく分かっています。彼らは非正規戦にはうってつけですが、それ以外のことには全く役に立ちません。伯爵、我々が彼らに求めるのは、丘陵地帯に精鋭部隊を分散配置し、あらゆる道路を警備し、食料や物資の調達に出かける敵部隊を阻止することだけです。もし時折、フランス軍陣地への攻撃を脅かすことができれば、なお良いでしょう。」

翌朝、フランス軍の強力な部隊がモンジュイック周辺に陣地を構え、午前9時、歩兵部隊が騎兵2個中隊の支援を受けて、西側の外郭陣地を強襲で攻略しようと試みた。ここは城塞の中で最も脆弱な部分であり、前夜に到着したハミルトン大佐の連隊の兵士わずか100名しか駐屯していなかった。彼らは2日間かけてラバで70マイル(約110キロ)を移動してきたのだった。

フランス軍が進軍してくると、イギリス軍は断固たる決意で応戦し、激しい銃撃を浴びせたため、攻撃側は大きな損害を被り、速やかに撤退した。後退するフランス軍は帽子を掲げ、大声で叫び声をあげた。これに敵は激怒し、態勢を立て直して幾度となく攻撃を仕掛けたが、最初の試みと同様に撃退された。これは、いつものスペイン兵40名ほどの守備隊しかいないと予想していたフランス軍にとって、大きな痛手となった。

町に銃声が響くと、守備隊全員が出動し、モンジュイックを支援するために進軍した。国王の護衛として残ったのはわずか12名だけだった。敵の最初の攻撃を撃退したことで町民の士気は高まり、一部の住民は城壁の外へ出て、庭園や木立に身を隠しながらフランス軍に激しい砲火を浴びせ続けた。

バルセロナが予想以上に容易に攻略できないと悟ったフランス軍の将軍たちは、陣地を拡大して町を完全に包囲した。一方、市民も黙ってはおらず、出撃して敵の羊700頭とラバ12頭を分断し、追い込むことに成功した。

翌夜、包囲された側は、海岸に位置し上陸地点を指揮していたレドンダ砦の司令官による裏切り的な降伏により、大きな損害を被った。敵は直ちにこの利点を活かし、食料、大砲、弾薬の上陸を開始した。しかし、この不運は、ドネガル卿とセンティマン准将が率いるイギリス軍2個大隊と新たに編成されたカタルーニャ軍2個大隊の果敢な作戦によって相殺された。彼らはバルセロナへの帰還命令を国王から受け取ったが、包囲される前に町に到着するには遅すぎた。しかし、夜陰に紛れて敵の目をかいくぐり、無事に市内に入ることができた。

敵は今回の攻撃の成功の知らせを受けると、さらなる増援が町に入るのを阻止しようと、左翼を東に封鎖した。しかし、彼らはピーターバラ伯爵の存在を計算に入れていなかった。ピーターバラ伯爵は、ノアイユ公爵の軍隊が接近するのを見てジローナの守備隊が町を撤退した後、小型ボートに乗り込み、バルセロナの北側付近に上陸しようとしているという知らせを受け取っていた。知らせを受けた伯爵は、日が暮れるとすぐに全軍を率いて山中の陣地を出発し、約20マイルの行軍の後、ボートが岸に近づくまさにその時、上陸地点に到着した。そして、ジローナの兵士たちを敵の前哨基地を通り過ぎて町まで護衛し、一人も損なうことなく町に入った後、再び山へと退却した。これらの増援により、包囲された町の兵力は3000人を超えた。

翌日、モンジュイックの駐屯地でスペイン人による反逆事件が発覚した。ある少年が、その夜、駐屯兵の一人に雇われ、火縄銃の火を消し、点火用の火薬を捨てるよう命じられたと自白した。彼は、攻撃が仕掛けられる可能性が高い、陣地の最も脆弱な側でこれを行うよう指示されていたという。

フォート・レドンダでの反逆事件に続いて、この計画された反逆が発覚したことで、モンジュイックのスペイン総督の忠誠心に疑念が生じ、彼は解任され、ドネガル伯爵が指揮官に任命された。その後6日間、フランス軍はモンジュイック周辺に次々と砲台を築き続けた。ドネガル卿は何度か勇敢な出撃を行い、幾度となく包囲軍を陣地から追い払ったが、その都度、包囲軍は圧倒的な兵力で戻ってきたため、彼は獲得した陣地を放棄し、城塞に退却せざるを得なかった。

町にはミケレ族が多数おり、彼らはフランス軍を攻撃することで包囲されたフランス軍を支援した。毎晩、彼らはフランス軍の陣営に忍び込み、テントの中で将校を殺害し、馬を奪い、歩哨を殺害し、敵を常に警戒状態に置いた。

4月15日午前8時、包囲軍はモンジュイックの西側の外郭陣地に対し猛烈な攻撃を開始した。そこは新たに編成されたスペイン連隊の一隊のみが守っていることを確認済みだった。包囲軍は難なく陣地を占領し、スペイン軍は最初の攻撃で敗走したが、内側の土塁でドネガルとその擲弾兵隊と遭遇し、2時間にわたる激しい戦闘が繰り広げられた。

イギリス軍は極めて頑強に戦い、敵が投げつけてくる手榴弾が爆発する前に、しばしば敵に投げ返した。ドニゴール卿自身も率先して兵士たちに手本を示した。しかし、イギリス軍はフランス軍の進軍を阻止することはできたものの、スペイン軍が放棄した前哨基地を奪還することはできず、フランス軍はそこに塹壕を築き、砲台を設置した。

包囲軍が四方八方から絶え間なく砲火を浴びせたにもかかわらず、ドネガル卿は勇敢に持ちこたえた。彼の指揮下のわずかな兵力は大幅に減少し、絶え間ない労苦と睡眠不足で疲弊しきっていたため、兵士たちは激しい砲火の下で武装したまま眠り込んでしまうことが多かった。包囲軍は他の方面でも手をこまねいていなかった。数隻の迫撃砲艦が海岸近くまで移動し、町に砲弾を撃ち込み、砲台からは真っ赤に焼けた砲弾が降り注いだ。これにより町中に大きな不安が広がった。人々は防御作業を続ける気力をほとんど失い、多くは地下室や教会に避難した。弾薬が尽き始め、防衛者たちは絶望に陥りかけていたが、21日の午前2時、火薬の補給とピーターバラ卿からの激励のメッセージを積んだガレー船が無事に港に到着した。

3日後、彼はナポリ軍の一隊を町に送り込むことに成功し、町の北東数マイルにある小さな港町マテロで彼らを船に乗せた。彼は敵艦隊に気づかれずに通過できるよう、海岸沿いに彼らを進ませた。しかし、港の入り口を封鎖するために船が列をなして並んでいることに気づいた。彼らは船を攻撃し、1時間以上に及ぶ激しい戦闘の後、400人の兵士が突破に成功し、残りの兵士は無事にマテロに戻った。

ピーターバラ伯は、わずかな兵力で敵陣を攻撃するという決死の手段で町を救援することを決意した。これを成功させるには、まず国王にその意図を伝え、町の守備隊が同時に出撃して敵を攻撃できるようにする必要があった。彼はグラハム大尉に伝令を託し、グラハムは敵の陣地を突破して町にたどり着くことに成功した。国王は合同攻撃に参加することに同意し、全ての計画を練り終えると、グラハムに伝令を託して伯爵のもとへ持ち帰らせた。

退却の際、彼は侵入時ほど成功しなかった。紙を破棄する前にフランス軍の一団に捕らえられた。テッセは伯爵の計画​​を知らされ、攻撃予定時刻に軍を戦闘態勢に整えた。ピーターバラは進軍準備が整っており、包囲された人々は皆城壁上で武装していたが、敵が万全の準備を整えているのを見て計画は中止され、部隊は宿営地に戻った。

しかし、モンジュイックの陥落は目前に迫っていた。包囲軍は密かに塹壕に大軍を集結させていた。22日の正午、4発の迫撃砲の一斉射撃が合図となった。フランス軍は大声で叫びながら突入し、完全な奇襲攻撃を仕掛けた。兵士たちが武装する間もなく、2つの稜堡が占領された。

事態はあまりにも突然だったため、発砲音を聞いた多くのイギリス将校が天守閣から飛び出し、陣地に陣取った外国軍を見てオランダ軍だと勘違いして合流したが、捕虜になったことでようやく正体が判明した。将校を多数失ったことで兵士たちは混乱しており、フランス軍がすぐに攻め込んでいれば、ほとんど抵抗を受けることなく陣地の主力を奪取できたであろう。しかし、彼らは奪取した稜堡で進軍を止めた。翌朝、バルセロナの人々は司祭に率いられてモンジュイック救援のために出撃したが、包囲軍に容易に撃退された。城の少数の守備隊は友人たちと合流するために出撃したが、友人たちが町に退却すると、城まで戦いながら戻らなければならなくなり、勇敢なドニゴール伯爵と多くの将校が戦死する中、城を奪還するのに大変な苦労をした。

自分たちの立場が絶望的だと悟ったイギリス軍の残党は、これまで必死に守り抜いた城を放棄し、無事に市内へと進軍することに成功した。テッセは今、精力的に町の包囲を続けた。新たに修復された突破口の向かい側に重砲の砲台が設置され、包囲された側の砲兵隊が砲撃できるほど城壁に近接して砲を配置した。また、城壁上では歩兵による激しい砲撃が続き、守備側はマスケット銃で効果的に反撃することができなかった。

城壁は急速に崩れ落ち、守備兵たちは突破口の背後に内陣を築くのに奔走した。フランス軍が進取の気性に富んだ将軍に率いられていたならば、攻撃によって町を奪取できたことは疑いようもないが、テスは過度に慎重であったため、成功が確実になるまで待った。バルセロナでは大きな不安が広がり、国王はピーターバラに次々と使者を送り、救援に来るよう促した。しかし、伯爵は成功の可能性を考えた時には大胆であったが、絶望的だと感じた作戦に自分の小さな兵力を投入しようとはせず、都市にとって唯一可能な救援はイギリス艦隊の到着だと知っていた。

3月初旬、ジョン・リーク提督とワッセナール男爵はピーターバラの命令に従い、連合艦隊を率いてリスボンを出港した。しかし、風向きが悪く、出港から6週間も経ってようやく海峡に到着した。そこでプライス大佐率いる小規模な艦隊と合流し、その艦隊にはイギリス連隊2個が乗船していた。彼らがジブラルタルを出港したのは4月24日のことだった。

アルテアに到着すると、リスボンから別の艦隊が合流するために出航したとの知らせを受けた。艦上の部隊を指揮していたスタンホープ将軍の熱烈な抗議にもかかわらず、オランダとイギリスの提督たちは、バルセロナ沖でトゥールーズ伯の艦隊と戦うために出航する前に、増援部隊の到着を待つことに決めた。

4月3日、ジョージ・ビング卿はアイルランドから数隻の船を率いてアルテアに到着し、翌日にはウォーカー准将もリスボンからの艦隊を率いて到着した。しかし、風向きが逆で、艦隊は出航したものの、3日間全く進展がなく、このように無駄にされた時間が長くなるにつれ、バルセロナで包囲された人々の状況はますます絶望的になった。アルテアに停泊中、スタンホープ将軍はピーターバラ卿に伝令を送り、ジョン・リーク卿の行動を早めるためにあらゆる手段を講じること、そして艦隊の接近を速やかに知らせることを伝えた。

彼は、敵が援軍の接近を知らないままでいることが極めて重要であるため、使者には白紙の半分だけを持たせ、もし敵に捕らえられても、その伝令から何も分からないようにした。艦隊が出航すると、彼は2人目の使者を送り、その使者は無事に伯爵のもとに到着し、白紙の伝令を届けた。常に彼の信頼を得ていた副官を除いて、彼はこの白紙の伝令の意味を誰にも話さなかったため、小部隊に夜間行軍の準備をするよう命令が出たとき、将校たちは驚いた。しかし、将校と兵士たちは将軍に絶対的な信頼を寄せており、何か大胆な作戦が間近に迫っていることを疑うことなく、意気揚々と出発した。

彼らは夜通し丘陵地帯を越えて南西方向に進軍し、夜明けにバルセロナから約7リーグ離れた小さな港町シチェスに到着した。疲れた兵士たちに低い丘の陰に野営するよう命じると、不屈の将軍はジャック・スティルウェルと共に小さな港町に入り、すぐに多額の報酬を提示して、近隣の海岸沿いの船やはしけ、漁船を集めてシチェスに運ぶよう船員や漁師たちに命じた。

彼は2日間で全軍を輸送するのに十分な人数を集めることに成功した。将軍が取り組んでいる仕事の知らせはすぐに部隊中に広まり、大きな驚きを引き起こした。ジャック・スティルウェルは将軍の意図について疑問を抱き、困惑した。

「スティルウェル、一体次はどうすればいいんだ?」と大佐の一人が彼に言った。「我々は総司令官の命令なら何でもする覚悟はできているが、この作戦の意図が全く理解できない。唯一考えられるのは、総司令官がフランス艦隊を攻撃しようとしているということだが、これまでの彼の数々の冒険も、この作戦に比べれば何でもないだろう。たとえ伯爵でさえ、漁船やはしけに乗った1500人の兵士が、わずか30隻ほどの軍艦の艦隊を攻撃できるとは考えていないはずだ。その考えは途方もないものだが、他にどんな考えがあるのか​​見当もつかない。」

「もちろんですよ、大佐」とジャックは笑いながら言った。「将軍の計画を私が教えるとは思っていませんよね。どんな計画であれ、絶対に不可能なことは何もないと確信していただいて結構です。将軍は無謀なことをすることもあるかもしれませんが、少なくとも成功の見込みがないものは決して試みません。実際、ご存知の通り、彼はこれまで着手した事業で失敗したことは一度もありません。」

「それは確かにその通りだ」と大佐は言った。「だが、彼が他に何を考えているのか、私にはさっぱり分からない。トゥールーズを攻撃するのは確かに狂気の沙汰だが、他に攻撃すべき相手がいないのだ。」

「まあ、大佐、時が経てば分かるでしょう。そして、あなたが私と同じくらい多くのことを知るようになるまで、そう長く待つ必要はないと思いますよ。」

ジャックの言う通り、2日目の夜、伯爵は将校たちを集め、いつ姿を現してもおかしくないイギリス艦隊との合流を待っていると告げた。これまで援軍の到着については何も知らされていなかったため、この知らせは大きな喜びをもたらした。伯爵は夜明けには艦隊が見えるだろうと期待し、夜が明けるとすぐに海を見渡せる丘に登ったが、地平線上に帆船は一隻も見えず、ひどく落胆した。バルセロナの守備隊が絶望的な状況にあり、いつ攻撃を受けて都市が陥落したという知らせが届いてもおかしくないことを知っていた伯爵にとって、艦隊の出現が遅れたことへの失望は計り知れないものだった。

バルセロナ周辺の遠方から響く大砲の轟音がはっきりと耳に届き、彼は焦燥と不安で我を忘れるほどだった。再び岸に着くと、バルセロナから高速帆船フェルッカがちょうど到着したところだった。その船は封鎖艦隊をうまくかわし、国王からの緊急の手紙を携えており、ピーターバラ伯爵に援軍を要請していた。伯爵は一瞬たりともためらうことなく、直ちに出航して艦隊を探し出し、全速力でバルセロナへ連れて行くことを決意した。

将軍が自分たちのもとを離れ、このような大作戦に乗り出そうとしているという知らせに、将校たちは驚きと落胆を隠せなかったが、伯爵は艦隊の確保を急ぐ理由を指揮官たちに説明した。任命状では、彼は海上だけでなく陸上の指揮も任されており、艦隊に合流すれば総司令官となることになっていた。伯爵は、これほど強力な軍備を目にしたトゥールーズ伯爵が、すぐに戦闘を放棄してフランスへ逃げ帰ってしまうのではないかと危惧していた。そこで、フランス軍よりもかなり劣る兵力で進軍することにした。そうすれば、トゥールーズ伯爵は、バルセロナの包囲戦が成功確実となったまさにその時、包囲を放棄するどころか、出撃して戦闘を挑んでくるだろうと考えたのである。

伯爵は、たとえ兵力がどれほど劣っていても、そうすれば勝利を確信していた。ジャック・スティルウェルと、グラハムの代わりに指揮を執ったハンフリー船長だけを伴って、伯爵は小型のフェルッカ船に乗り込み、出航した。天候は寒く嵐模様で、船長は岸から遠く離れることを好まなかったが、伯爵は断固としてフェルッカ船を沖合に進ませた。艦隊が発見される気配もなく夜が明けた。船は甲板がなく遮るものもなかったため、暗闇の時間はゆっくりと過ぎていき、船に打ち付ける荒波で乗船者全員がずぶ濡れになった。

夜明けとともに、彼らは大いに喜び、イギリスの軍艦が近づいてくるのを目にした。彼らはすぐにその軍艦に向かい、それがプライス大尉が指揮するレオパルド号であることを知った。夜明けに陸地がほとんど見えない海上で、艦隊の提督が小型ボートで乗り込んできたことに、プライス大尉と乗組員全員が驚きを隠せなかった。伯爵の乗艦期間は短かった。彼は艦隊の残りの位置を把握し、プライス大尉に指示を与えるとすぐに、再びフェルッカに乗り込み、シチェスに向けて出航した。

将軍の帰還に兵士たちは大いに喜んだ。前夜は嵐がひどく、将軍の身の安全が危ぶまれていたからだ。しかし、将軍は長く兵士たちと過ごすことはなかった。翌朝夜明け前に、動員可能な全兵力約1400名にボートに乗り込み、艦隊を追ってバルセロナへ向かうよう命令を下した後、将軍は副官たちと共に再び帆船に乗り込み、艦隊へと向かった。

真夜中に彼は彼らと遭遇し、プリンス・ジョージ号に乗り込み、艦隊提督としてメインマストに旗を掲げ、指揮を執った。それから彼はジョン・リーク卿に命令と意図を伝えるためにボートを送り、スタンホープ将軍に到着を知らせるために別のボートを送った。しかし暗闇のため、これらのメッセージの伝達はほぼ朝まで遅れ、夜が明けると艦隊全体がプリンス・ジョージ号に提督の旗が掲げられているのを見て驚いた。風は強く順調で、艦隊は全帆を張った。しかしバルセロナから約18マイルのところで、フランスの見張り船の1隻が彼らを発見し、さらに先を航行している僚艦に信号を送った。その僚艦は今度はその知らせをトゥールーズ伯爵に伝え、伯爵は接近する艦隊の戦力を確認するのを待たずに、直ちに艦隊に錨を上げるよう信号を送り、出航してフランスへ向かった。

伯爵の落胆は大きかった。救援に来た都市の目の前で、大海戦を繰り広げて勝利を収めることを確信していたからだ。5月8日の午後、先頭の艦隊はバルセロナ沖に停泊し、直ちに上陸の準備が整えられた。最初に上陸したのは、伯爵の命令に従ってシチェスから艦隊に同行してきた、伯爵のベテラン兵士たちだった。援軍はまさに歓迎すべきものだった。突破口はもはや防御不可能で、攻撃は刻一刻と迫っていた。国王自らが伯爵と軍を出迎えに降り立ち、街は歓喜に沸いた。

数日間、フランス軍は包囲を続けるふりをした。兵力では依然として圧倒的に優勢だったが、ピーターバラの精力と手腕がその不均衡を相殺した。彼は昼夜を問わず防衛施設の監督と、予想される攻撃に備えて部隊を配置することに尽力した。フィリップと多くの将校は依然として都市への攻撃を支持していたが、テッセはいつものように強硬な手段に反対し、彼の意見は軍事会議で採用された。

5月11日午前1時、包囲軍は陣営を解散し、大混乱の中、フランス国境へと向かった。テスは、敗北し意気消沈した軍隊を率いてフランスへ引き返すという屈辱さえも、サラゴサへ引き返すよりはましだと考えた。サラゴサでは、彼の軍隊がカタルーニャ地方に進軍した途端、彼の破壊行為と残虐行為によって住民全体が反乱を起こしていたのだ。さらに、ピーターバラが西へ向かう途中のすべての峠と町をミケレ家によって要塞化され、守られているという知らせも受けていた。フィリップは撤退する軍隊に同行してルシヨンへ向かった。彼の希望は完全に打ち砕かれた。しかし、数週間前には、スペインは彼のものとなり、バルセロナの反乱を鎮圧し、少数の侵略者を海に追い払うのに十分な兵力があると思われていたのだ。しかし、国王を取り巻く愚かなドイツ人側近や、同僚将軍たちの嫉妬と悪意によってことごとく妨害されたにもかかわらず、一人の男の才能とエネルギーによって、彼の計画はすべて頓挫し、希望はすべて打ち砕かれた。

ルシヨンで逃亡者は悪い知らせに遭遇した。そこで彼は、同胞がラミリエで壊滅的な敗北を喫したこと、ネーデルラントのほぼ全土がフランスから奪われたこと、フランスがトリノで大敗を喫したこと、そしてイタリアがほぼ陥落寸前であることを知った。実際、シャルル王の顧問や将軍たちがほんの少しの一致団結、進取の精神、そして自信さえあれば、彼をスペイン王位に確実に、そして永続的に就かせることができたはずだった。

夜明け後、包囲軍の敗走が包囲された側に発見されると、彼らはバルセロナから無人の陣営へと殺到した。フランス軍の兵器や物資はすべて放棄されていた。200門の重砲、30門の迫撃砲、大量の砲弾、塹壕掘り用具、3000樽の火薬、1万袋の穀物、そして大量の食料や物資が陣営に残されていた。テスはまた、ピーターバラ伯爵に手厚い看護を懇願する手紙を添えて、病気や負傷した兵士たちもすべて残していった。

バルセロナ前からのテス元帥の急な撤退の知らせは、ヨーロッパ中に衝撃と驚きをもたらした。フランスでは、バルセロナが陥落することは疑われておらず、反乱についても、元帥が擁する2万5千人のフランス退役兵によって容易に鎮圧できると考えられていた。こうした驚きを引き起こした少数のイギリス軍部隊については、規律の取れたフランス軍の圧倒的な兵力の前に、彼らが何らかの成果を上げられるとは誰も考えていなかった。

ピーターバラ自身はバルセロナを救えるとは到底思っていなかったが、敵とは異なり、バルセロナの陥落が必ずしも彼が戦った大義の最終的な敗北を意味するとは考えていなかった。彼は指揮下の部隊の行軍と戦果に奔走する一方で、将来を見据えた対策を絶えず講じていた。行軍と撤退を繰り返した結果、彼はバルセロナの地理を熟知し、人々の絶大な信頼を勝ち取ったのである。

そのため、彼はバルセロナが陥落してもフィリップが首都へ引き返すことができないよう対策を講じていた。テッセが進軍した日から、彼は数人の将校の指揮の下、何千人もの農民を動員し、フランス軍がバルセロナからマドリードへ進軍する可能性のある3つの道路すべてを通行不能にした。道が断崖絶壁に沿って曲がりくねっている場所では、山腹から転がし落とした巨大な岩塊で峡谷を塞ぎ、爆破によってのみ作られた道は同様の方法で完全に破壊された。橋は破壊され、退却線上のすべての城と町は防御態勢に入り、家畜と食料は安全な場所へ避難させられた。

こうして伯爵自身が最も危険な冒険に身を投じている間も、彼は最も慎重で用心深い将軍が計画の成功を確実にするために提案するであろうあらゆる手段を怠らなかった。バルセロナでの状況が最も絶望的に見えた時でさえ、伯爵はサヴォイア公爵に明るい調子で手紙を書き、状況は一般に考えられているよりもはるかに良いこと、そしてフランスの将校たちは国の状況を知らないため、たとえ成功したとしても進軍する際に直面するであろう困難に驚くであろうこと、そして包囲が解かれたとしても彼らはスペインを放棄せざるを得なくなり、西の国境はすべてガルウェイ卿とダス・ミナスがマドリードへ進軍するために開放されるだろうと述べた。

テッセ元帥の撤退から数日後、ジャックの大きな喜びの中、グラハムがバルセロナに到着した。撤退の混乱に乗じて、彼は捕虜から難なく逃れることができた。唯一の危険は農民たちからで、彼らはグラハムをフランス軍将校と勘違いし、彼は危うく命を落としかけた。しかし、グラハムがイギリス人でピーターバラ伯爵の副官であると説明すると、農民たちは彼に馬を与え、バルセロナへ戻る手助けをしてくれた。

第16章:恩知らず
バルセロナが救出された後、ピーターバラは国王にマドリードへ進軍し、首都で自らを国王と宣言するよう強く勧めた。彼の進軍に抵抗できる勢力はなく、ガルウェイ卿とポルトガル軍は西から抵抗を受けることなく進軍し、そこで彼と対峙できると考えた。しかし、チャールズとその顧問たちが彼の助言に耳を傾けるまでには長い時間がかかり、最終的に彼らはそれに従うことに同意したものの、その決意は短命だった。まず、彼らはカタルーニャに大軍を駐屯させることを決定し、マドリードへの進軍に利用できる軍隊を著しく弱体化させることにした。バルセロナにはイギリス兵1500人とスペイン兵1100人、ジローナにはイギリス兵とオランダ兵1600人とスペイン兵1500人、レリダにはスペイン兵とオランダ兵850人、トルトサにはスペイン兵500人が残されることになった。

これにより、戦場で任務に就ける兵士はわずか6500人しか残らず、しかもこの人数はその後、優柔不断なチャールズによって4500人にまで減らされた。

ピーターバラ公がハリファックス卿に宛てた手紙にはこう書かれている。「我々は、国王が王国を見捨てようとしたにもかかわらず、王国を救い、敵よりも大臣たちとより危険な戦いを繰り広げてきた。ガルウェイ卿とポルトガルの将軍たちの行動は、到底理解できない。」

伯爵がガルウェイ卿とポルトガル軍将軍たちの無能さに驚愕したのも無理はない。彼らは2万人の兵力を擁していたのに対し、対するベルウィック公爵の軍勢はわずか5千人だった。それにもかかわらず、スペインに侵攻した後、彼らは何もせずにポルトガルへと撤退した。撤退は5月11日に始まり、それはフィリップがバルセロナから撤退した日と同じ日だった。こうしてスペインの反対側では、2つの大軍が同時に、自分たちよりはるかに弱い軍勢の前に撤退したのである。テッセがフランスへ撤退したという知らせがポルトガルに届くと、彼らは再び進軍した。ベルウィックは彼らに対抗するには弱すぎたため、6月25日、連合軍の先遣隊がマドリードを占領し、そこでシャルルを国王と宣言した。

もしガルウェイとその仲間たちが今少しでも気概を示し、フィリップ自身も率いるバーウィックの小部隊に攻撃を仕掛けていれば、一撃も加えることなく国境を越えて追い出すことができ、スペインにおけるフランスの敗北は避けられたはずだった。しかし、彼らはマドリードに到着すると、そこで全く何も行動を起こさず、フィリップに不運を挽回し、フランスからの援助を受け、精力的に戦役を再開する十分な時間を与えてしまった。ピーターバラはスタンホープ将軍に憤慨してこう書き送った。「彼らの停止は、ハンニバルがカプアで停止したのと同じくらい致命的だ。」

マドリードへの進軍が決定されるやいなや、ピーターバラはイギリスとオランダの歩兵隊とともにバレンシアへ出航し、住民から熱烈な歓迎を受けた。彼は直ちに竜騎兵連隊の編成に取りかかり、わずか3週間で編成を完了させた。騎兵隊が編成されたその日、彼は彼らをカスティーリャへ進軍させた。この間、ガルウェイ卿は何も行動を起こさなかっただけでなく、チャールズがピーターバラの護衛の下で首都へ進軍するという計画を断念するよう仕向けたドイツの陰謀に加担していたのである。

マドリードにいた連合軍の将軍たちは、カタルーニャとバレンシアを華々しく征服した彼に、実に卑劣な嫉妬心を抱いていた。彼の功績は、彼らの業績を完全に霞ませてしまったのだ。彼は全く不十分な手段で全てを成し遂げたが、彼らは十分な手段を持っていたにもかかわらず何も成し遂げられず、マドリードへの進軍ができたのも、彼が彼らに抵抗していた軍隊を引き離してくれたおかげに過ぎなかった。

伯爵は部隊の編成に尽力した後、ウィンダム中将の指揮下にある2000人の兵士を派遣し、バレンシアとマドリードを結ぶ街道を塞ぐ要衝であるレケナとクエンカの2つの町を包囲させた。

ウィンダムは難なく任務を遂行し、こうして道が確保されたため、ピーターバラ伯はチャールズに「少数の騎兵を伴ってマドリードに入るのを妨げるものは何も残っていない」と書き送った。伯爵は国王の通行のために道沿いにすべて準備を整えていたが、何度も遅らせないよう促す手紙を書いたにもかかわらず、チャールズは動こうとせず、ピーターバラ伯の嘆願を支持していたスタンホープ将軍に「首都に入るのにふさわしい装備がない」と告げた。

「陛下」と、イングランドの将軍は憤慨と驚きを込めて叫んだ。「我らがウィリアム三世は、馬車に乗ってロンドンに入り、その後ろにマント袋を背負い、それから数週間も経たないうちに国王に即位されました。」

当初の予定日から1か月後、チャールズは出発しタラゴナに向かったが、その後、イギリスの将軍と使節は、彼が考えを変えてサラゴサに向かったことを知り、驚いた。この知らせを聞いたピーターバラは、国王に緊急の手紙を携えた使者を連日送った。彼はバレンシア貴族の代表団に同じ目的で後を追うよう説得し、国王に進軍を中止するよう懇願する軍事会議の意見を伝えた。国王は再びためらい、ピーターバラの助言に従おうとしたが、ガルウェイとダス・ミナスからポルトガル軍に所属するフランス人将校が到着し、再び彼らが提案したルートで進むよう促した。

チャールズは再びためらったが、同行していたシフエンテス伯爵がサラゴサ経由のルートを勧めたため、国王はそのルートを選んだ。

7月26日、伯爵はバレンシア総督、スペイン軍の将軍2名、そして自身の将校を含む軍事会議を招集した。彼らは、状況に応じてピーターバラ伯爵が軍をマドリードへ進軍させるか、ポルトガルの軍と合流すべきであるという点で満場一致で合意した。出発直前、国王からピーターバラ伯爵に、指揮下の軍をサヴォイア公爵の救援かバレアレス諸島の占領のいずれかに派遣するよう求める書簡が届いた。

伯爵はこの恩知らずな提案を拒否した。この提案は、チャールズとその顧問たち(イングランド人、ポルトガル人、ドイツ人)が、彼のために王国を勝ち取った人物を王国から追放しようと明らかに意図したものであった。幸いにも命令に縛られなかったピーターバラ伯爵は、彼と軍事評議会が事前に決定していた通り、カスティーリャに向けて進軍した。

チャールズはピーターバラ卿の助言に従わなかったことをすぐに後悔した。約束されていたサラゴサからマドリードへの凱旋パレードの代わりに、彼は最も強固な反対に直面したのである。

スペイン中部と南部のすべての町や村が彼に反旗を翻した。サラマンカとトレドはフィリップを支持し、アンダルシアは1万8千人の兵士を集めた。バレンシアのラス・トーレスの軍勢と、テスの指揮下でルシヨンに退却していた軍勢は、シャドラケでバーウィックと合流し、フィリップはこの強大な軍勢の先頭に立った。チャールズは、ピーターバラ伯爵の助言を無視して自ら招いた窮地から脱出するため、急遽伯爵に助けを求めることを余儀なくされた。

伯爵は即座にその要請に応じ、全速力で進軍し、8月4日にパストリーナで国王に追いつき、翌日には国王をグアダラクサラのポルトガル軍まで安全に護衛した。

連合軍の総兵力は1万8千人であったが、これはベルウィックが対峙した兵力よりも明らかに劣っていた。ガルウェイ卿とポルトガル軍のダス・ミナス将軍が率いた部隊は、指揮官の無能さによる長引く遅延、度重なる撤退、そして長期間の活動停止によって規律が著しく乱れており、頼りになるものではなかった。このことは、国王到着の翌日、フランス軍が部分的な攻撃を行った際、連合軍の多くの大隊がたちまち完全な混乱に陥ったことからも明らかであった。しかし、これが連合軍の効率性を阻害する最大の要因ではなかった。彼らは、ガルウェイ、ダス・ミナス、そしてオランダのノイエル伯爵という指揮官たちの意見の相違によって麻痺状態に陥っていた。彼らは皆、ピーターバラを総司令官として認めることを拒否したのである。すると伯爵は、自らの権利をすべて放棄して一介の志願兵として戦うことを申し出、ダス・ミナス、ガルウェイ卿、そしてオランダの将軍はそれぞれ自らの部隊を指揮し、国王から命令を受けるべきだと主張した。

しかし、この申し出は3人の将軍によって拒否された。各指導者の支持者たちは、互いに敵意を抱いていた。ピーターバラのイギリス軍は、カタルーニャとバレンシアはピーターバラによって獲得され、国王はピーターバラに王冠を負っているのだと正当に主張し、戦役開始以来無能さしか示さなかった者たちが今になってピーターバラの権威を認めようとしないことに激怒した。論争が続く中、バーウィックはゴールウェイを奇襲することにほぼ成功しかけていたが、壊滅的な敗北は、ティローリー卿が指揮する前哨基地を勇敢に防衛し、フランス軍のあらゆる攻撃に対して2時間持ちこたえたことで回避され、軍は急いで撤退する時間を稼いだ。

さらに、軍は食料不足に苦しんでいた。ガルウェイ卿とその同僚たちは、軍への補給について何の手配もしていなかった。ピーターバラ卿の助言に従わないように説得して主君の立場を台無しにした国王のドイツ人寵臣たちは、昼夜を問わず国王と共謀してピーターバラ卿への信頼をさらに失墜させようと画策した。そして、自分にすべてを負っている恩知らずの君主から冷たく扱われ、他の将軍たちからことごとく反対され、自分の存在が役に立たないどころか有害であると悟ったピーターバラ卿は、6月12日付でアン女王から発せられ、17日に繰り返された命令に従い、サヴォイ公の救援に向かう意向を表明した。

同日の夜、軍事会議が開かれた。国王はピーターバラの声明を将軍たちに正式に提示し、ライバルを排除できることを喜んだ将軍たちは、満場一致で彼の退去を勧告した。

8月11日、受けた仕打ちと国王の卑劣な恩知らずに屈辱と嫌悪感を抱きながら、ピーターバラはグアダラハラの陣営を出発した。彼をできる限り辱めるかのように、バレンシアへの道には深刻な困難が待ち受けていたにもかかわらず、護衛として与えられたのはわずか80人の竜騎兵だけだった。彼に同行した将校は、お気に入りの副官であるスティルウェルとグラハムの2人だけだった。伯爵が出発した瞬間からチャールズ王の運命に不幸と災難が降りかかり、イングランドの伯爵から授かった王冠がその不当な手から奪われたことを知るのは、実に喜ばしいことである。ピーターバラはほんの少し進んだところで、8台の荷馬車に積まれた8000ポンド相当の荷物が敵の手に渡ったことを知った。彼が国王を窮地から救い出すためにバレンシアを出発した際、グアダラハラへ後を追って送るよう命じていた。クエンカに到着すると、そこを指揮していたウィンダム将軍は少数の護衛を付けてそれを前進させた。しかし、ウエテの町を通過中に、バーウィック公爵の騎兵隊の一団に襲撃された。

伯爵はその知らせに激怒した。私物、宝石、制服だけでなく、予備の馬、馬車、ラバまで全て失ったのだ。調査の結果、バーウィックの騎兵隊はヒュートの住民の協力を得ており、住民は騎兵隊に情報を提供し、略奪品を分け合っていたことが分かった。伯爵はまず町を焼き尽くそうと決意し、到着した時にはウィンダムの軍勢も加わっていたため、そうするだけの力は十分にあった。

彼はすぐに治安判事と聖職者を呼び出し、自分の荷物とそれを盗んだ悪党を見つけ出すよう断固として命じた。町中を捜索したが、見つかったのはほんの一部だった。そこで彼らは、損失に対する補償として1万ピストル、あるいは彼が指定する金額を支払うと申し出た。しかし伯爵は、彼の性格を特徴づける並外れた寛大さでその申し出を断り、こう言った。

「あなた方は誠実な紳士方だと存じます。もしあなた方がこの地域の穀物をすべて軍に届けてくださるなら、私は損失を受け入れて満足いたします。」

町の人々は、この寛大な措置に大いに喜んだ。穀物は金銭よりもはるかに容易に入手できたため、ガルウェイ卿の陣営に送られ、そこで全軍に6週間分の食料を供給するのに十分だった。

これは、嫉妬と策略によって彼を軍から追放した将軍たちに対する、ほとんど類を見ないほどの寛大さと気前の良さを示す行為であった。しかし伯爵は、ライバルたちの頭上に火種を積むことに大いに満足し、被った損失にもかかわらず、非常に上機嫌な状態で旅を続けた。彼は決して裕福ではなかったため、その損失はかなりのものであった。彼はキリグリューの竜騎兵隊を伴い、ウィンダムの旅団をガルウェイ卿に合流させるために派遣した。道中、彼はいくつかの冒険に遭遇した。

ある夜、彼が小さな町カンピージョに到着した時、その日、近隣の村でイギリス兵の小部隊が残虐な虐殺に遭ったという話を聞いた。彼らはクエンカの病院を退院したばかりで、所属するウィンダムの近衛大隊に合流するため、将校の指揮下を進んでいた。彼らは村で一夜を過ごし、危険に気づかずに歩き出そうとしていたところ、背後から銃弾を受け将校が死亡。すると、農民たちがすぐに兵士たちに襲いかかり、数名と同行していた妻たちを殺害した。残りの兵士たちは村の近くの丘まで引きずり上げられ、一人ずつ深い穴に投げ込まれた。

伯爵は暴行の知らせを聞くやいなや、馬にラッパを吹くよう命じた。長旅で疲れ果て、ちょうど鞍を外したばかりの竜騎兵たちは、その命令に驚いて出てきたが、何が起こったのかを聞くと、将軍に劣らない復讐心に燃えて馬に跨った。村に到着すると、彼らはひどく落胆した。殺人犯たちは逃げ去り、住民はほとんど残っていなかったのだ。しかし、教会の中に、殺された衛兵たちの衣服が隠されているのを発見した。住民たちは厳しく尋問し、教会の聖具係が虐殺に積極的に関与していたと主張した。伯爵は彼をすぐに自分の家のドアノッカーに吊るすよう命じた。その後、兵士たちは丘の頂上まで馬を走らせ、伯爵と副官たちは穴の縁で馬から降りた。彼らは村でロープを入手したが、住民たちは、使われていない穴が非常に深いため、生存者は見つからないだろうと主張した。

「下にいる誰か生きている者はいるか?」と伯爵は叫んだ。

「ああ、ああ」と、少し下の方から声が聞こえた。「ありがたいことに、友が来てくれた。だが、早く助けてくれ。もう長くは持ちこたえられない。」

ジャックはロープをつかみ、片方の端を自分の体に巻きつけた。数人の兵士が彼を降ろし、崖の縁から約20フィート下で、彼は話しかけてきた男に出会った。男は落下中に古い穴の側面に生えていた茂みに引っかかり、足場となる岩棚を見つけて、一日中その危険な体勢でしがみついていた。ロープは2人を支えるのに十分な強度があったので、ジャックは男の体に腕を回し、上にいる兵士たちに引き上げるよう叫んだ。彼らはすぐに地上に出た。

安全な場所にいることに気を失っていた兵士は横たえられ、ブランデーを喉に流し込まれた。ジャックは驚きと満足感を覚えながら、その兵士が旧友のエドワーズ軍曹だと気づいた。しかし、ジャックは兵士が意識を取り戻すのを待たず、すぐに騎兵隊にロープの端まで再び下ろすように命じた。騎兵隊はそうし、ジャックは何度か叫んだが返事はなかった。次に、ジャックは自分が持ってきていた小石を落としたが、やはり返事はなく、兵士たちは誰も落下に耐えられないだろうと確信し(ジャックはすでに水面下60フィート以上も下っていた)、上空にいる者たちに引き上げるように叫んだ。すると、エドワーズは意識を取り戻し、虐殺の詳細な話を伯爵に語っていた。伯爵は激怒し、村を焼き払うよう命令し、騎兵隊はその命令を喜んで実行した。エドワーズはジャックだと気づいて大喜びし、村が破壊された後、一行が夜を過ごすためにカンピージョへ戻ると、二人の旧友はバルセロナで最後に別れて以来の出来事について長い間語り合った。

「将軍が指揮権を辞任したというのは本当ですか?」

「まったくその通りだ、エドワーズ。」

「彼は家に帰るのですか?」

「いいえ、彼はサヴォイア公を支援するために出航する予定です。少なくとも今のところはそれが意図されていますが、数ヶ月以内に彼がイングランドに到着しても驚きません。」

「ええ、隊長、私も除隊して家に帰りたいんです。あの穴に投げ込まれたせいで、こんな野蛮人たちと戦場を回るのがすっかり嫌になってしまいました。海賊の話ですか、スティルウェル隊長。海賊に捕まる方が、こんな血に飢えた連中に捕まるよりずっとましです。しかも、自分たちをキリスト教徒と名乗っているんですよ!海賊はそういう意味では偽善者ではありませんでした。道端に立てられた小さな人形にひざまずいて、その後で人の喉を切り裂くようなことはしませんでした。彼らにとっては、すべてが正々堂々としていたんです。とにかく、チャールズ王だろうとフィリップ王だろうと、私には関係ありません。どちらにせよ、その仕事が楽しいものになるよう願っています。しかし、もうこれ以上、こんな悪党どものために、撃たれたり、穴に投げ込まれたり、ベッドで刺されたりして命を危険にさらす必要はないと思っています。私は定年まで勤務したので、年金を受け取る権利があります。それに、バルセロナ近郊の隠れ家に1000ポンドほど隠し持っています。」

「そうなんですか、エドワーズさん?それは嬉しいです。あなたがそんなにお金持ちだとは知りませんでした。」

「これは賞金です、閣下。正当に稼いだ賞金です。ただ、大佐がこれを承認するかどうかは分かりません。ですから、出航前に受け取る機会ができるまで、この賞金を隠して何も言いません。もし他の港で乗船命令が出たらどうしようかと、少し心配しています。」

「でも、エドワーズ、どうやってそれを手に入れたんだ?」

「ええ、閣下、これ以上は広まらないと確信しているので、お話しできます。フランス軍がバルセロナを包囲するために下ってくる直前、私は旅団と共にレリダにいました。そこの人々はほぼ二分されていましたが、フランス軍が我々を海に追い込むためにやってくるという知らせは、我々に反対する人々を非常に勇敢にさせました。多くの兵士が刺殺体で発見されたため、夜間は歩哨を倍増させなければならず、集団でなければ町の外を歩き回るのは危険でした。さて、閣下、我々のアダムス軍曹は、辮髪をした兵士としては最高に頭の良い男でしたが、レリダから4マイル離れた場所にある宿屋の娘と恋に落ちました。」

「そこは大した村ではなかったが、近くに大きな修道院があり、スペインでも有数の裕福な修道院だと言われていた。その娘はアダムスに好意を抱いていて、連隊が出発したら逃げ出して彼と結ばれることに同意したと、彼は私に話してくれた。私は彼にその関係をやめるよう説得しようとした。というのも、私が指摘したように、スペイン人の女性が兵舎で他の軍曹の妻たちとどうやってうまくやっていけるだろうか、ましてや彼女が全員を合わせたよりも美人だったら?しかし、もちろん彼はそんなことは聞こうとしなかった。恋に落ちた男は誰もそんなことを聞​​かないものだ。それで彼はある日の午後、私とサウンダース軍曹と一緒に村へ行ってくれないかと頼んできた。グラスを傾けている間に、その娘と話をして、彼女が自分と合流するように取り計らうつもりだったのだ。フランス軍はあと2、3歩で到着するところだったので、いつ撤退しなければならないか分からなかったからだ。」

「私はその仕事があまり好きではなかった。3人でそんな遠くまで行くのは危険な仕事だったからだ。しかし彼は、暗くなるまで出発しなくていいから、村に着くまで誰にも見つからないし、村に15分以上滞在する必要もないし、悪意のある者が私たちが一人だと気づく前に出発できると指摘した。それに、これまで村の人々は皆友好的だった。ちょうど散歩にちょうどいい距離だし、ワインも美味しいので、仲間たちはよく村へ出かけていたのだ。というわけで、私たちは行くことにした。」

「私たちは無事に到着し、いつものようにワインショップに入って席に着き、ワインを注文しました。そこには6人ほどの男たちが座って飲んでいました。私たちが入ってきたときは大声で話していましたが、私たちが入ってくるとすぐに話をやめ、まるで自分の悪口を言っている最中に出くわした男たちのように、じっとこちらを見ました。私たちはいつものように挨拶を交わし、すぐに彼らと話をし始めました。彼らはあまり気さくで友好的な様子ではなく、フランス軍のことや、レリダを守るために援軍が来るのかどうかなど、いくつか質問をしてきました。私は1、2日で5千人か6千人が来る予定だと答えると、彼らはかなり驚いたようでした。」

「さて、アダムスは静かに立ち上がってドアから出て行った。裏に回って彼女に会いに行くのだと分かった。彼女がワインを持ってきてくれた時、二人の間に視線が交わされたのを見ていたからだ。私たちはしばらく静かに話していた。他の男が4、5人やって来て、何人かは小声で話し始めた。私は早くこの状況から抜け出したいと思い始め、アダムスが戻ってくるまであとどれくらいかかるのかと心配になった。突然、大きな叫び声が聞こえ、マノラ――それがその女の子の名前だった――が後ろから駆け込んできた。「彼が彼を殺した!」と彼女は叫び、まるで自分も殺されたかのように倒れた。後で聞いた話では、彼女の老いぼれの悪党の父親は、娘とアダムスの間に何かあるのではないかと以前から疑っていて、アダムスを見逃した隙に、こっそり後ろから忍び寄り、アダムスが娘にキスをして別れを告げているまさにその時に二人のところにやってきたらしい。そして彼はナイフを取り出し、アダムスが振り返る間もなく、彼を刺したのだ。」振り返ると、軍曹は一言も発さずに倒れて死んだ。

「少女のすぐ後ろから宿屋の主人が飛び込んできて、罵詈雑言を浴びせ、異端者だとか犬だとか強盗だとか、ありとあらゆる悪口を言い放った。男たちは立ち上がって足を踏み鳴らし、叫び始めた。言い争っている場合ではないと悟った私は、サンダースに『ビル、逃げた方がいいぞ』と言った。そこで私たちは剣を抜き、内側のドアに向かって突進した。奴らはナイフを構えて反対側のドアを塞いでいたからだ。私たちは無事に家の中を通り抜けた。裏口のすぐ外で、アダムズの遺体を見つけた。私たちは少し立ち止まり、死んでいるかどうか確かめるために彼をひっくり返したが、彼は息絶えていた。」

「振り返るのに一瞬もかからなかったが、振り返る間もなく、奴らは背後からも正面からも回り込んできて、私たちに襲いかかってきた。私たちは一瞬斬りかかり、それから奴らに追いかけられながら逃げ出した。あっという間に離れ離れになってしまった。私は茂みの中に身を隠し、サンダースとはぐれてしまった。後で聞いた話では、彼は50ヤードも走らないうちに殺されたらしい。幸いにも、その時は奴らは私を見逃してくれたので、私は茂みの中に横たわり、考えを巡らせた。叫び声からして、村人全員が起きていたのが分かった。考えを巡らせた結果、レリダに戻る見込みはないと判断し、修道院に行ってそこで身を寄せるのが最善策だと結論づけた。修道院の中に入ってしまえば、農民たちから身を守れることは分かっていた。」

「それで、私はしばらく這って進みました。庭やブドウ畑を探し回っているうちに、彼らは何度も私につまずきそうになりましたが、ようやく無事に修道院までたどり着き、鐘を鳴らしました。するとすぐに扉の小さな窓が開き、修道士が『誰だ?』と尋ねました。私は彼の視界に入らないようにして、スペイン語で『聖域を求める逃亡者です』と答えました。」僧侶は私が立て続けに3、4人を刺しただけの人間だと思って扉を開けた。私が中に入ると、僧侶は私の制服を見て驚きの声を上げ、私の目の前で扉を閉めようとしたが、私は押し入った。すると僧侶が叫び声を上げ、5、6人の僧侶が駆け寄ってきて、まるで私が野獣であるかのように、騒ぎ立てて私をじっと見つめた。そして彼らは私を追い出そうとしたが、私は動こうとせず、剣を手に持っていたので、彼らはどうしたらいいのか分からなかった。

「ついに、権力のある男が降りてきた。彼は私に話しかけ、立ち去るように説得しようとしたが、私は『いいえ、私は聖域を求めます』と言った。彼らは最悪の殺人犯にさえ聖域を与える用意があったのだから、何の罪も犯していない私に聖域を与えないはずがないと思ったのだ。彼は立ち去り、しばらくして戻ってきて、剣を鞘に収めてついてくるように言った。私はその通りにし、彼は石のベッドの上に葦が敷かれた小さな牢獄のような場所へ案内し、そこに留まっていいと言った。」

「大丈夫だろうと思って横になって眠りについたのですが、すぐに6人ほどの僧侶に起こされ、手足を紐で縛られてしまいました。抵抗しても無駄だったので、じっと横になっていました。縛り終わると、僧侶たちは私を担ぎ上げ、少し離れたところまで連れて行き、階段を下りていきました。扉の鍵が開けられ、まるで丸太のように地面に投げ出されました。その夜はほとんど身動きができませんでした。」

「朝になると、壁の高いところにある小さな隙間からわずかな光が差し込み、自分が約6フィート四方の場所にいることが分かった。そこは完全に何もない空間で、寝るための藁さえ敷かれていなかった。やがて二人の修道士が入ってきた。そのうちの一人が私の手を縛っていた縄を解いてくれた。彼らは私のそばに黒パンと水差しを置いてから、また出て行った。彼らは私をそこで6日間過ごした。その期間が終わると、彼らは私に一緒に来るように言った。もちろん、私は手を自由にした時に足の縄も外していたので、次に何が起こるのかと思いながら彼らについて行った。私は修道院の入り口まで連れて行かれ、そこでフランス軍の騎兵隊の一団を目にした。修道士たちは私を彼らに引き渡した。私はそのうちの一人の後ろに乗り、レリダ近くのテス元帥の陣営に連れて行かれ、数日後にサラゴサに送り返された。」

「私はそこの牢獄に長くは留まりませんでした。翌日、民衆が立ち上がり、フランス軍を城塞から追い出し、牢獄の扉を開けて囚人全員を解放したのです。私はそこにいた唯一のイギリス人だったので、民衆は私を丁重に扱い、お金と清潔な服を与え、フランス軍を避けるため、迂回路を通って案内してくれる案内人とラバを用意してくれました。私は連隊の制服を鞄に入れ、それを背負って歩き、フランス軍が到着するまさにその前日に、ついにバルセロナにたどり着きました。」

「私の連隊は既にそこにいました。許可なくレリダを離れたことで大佐からひどく叱責されましたが、大佐は私が既に十分な罰を受けていることと、私の評判が良いことを理由に、その件は見逃してくれました。正直言って、私は降格処分を覚悟していたので、とてもありがたかったです。」

「ピーターバラ卿が艦隊を率いて到着し、フランス軍が一目散にフランスへ逃げ帰った後、ウィンダム旅団は再びレリダへ向かいました。私はウィンダム将軍の召使いであるジャック・トンプソンとこの件について話し合い、あの修道士たちを驚かせて、あわよくばいくらかの賠償金をもらおうと決めました。そこで、キリグリューの竜騎兵4人を捕まえました。彼らは何が必要かを聞くと、喜んで協力してくれました。ある日、ウィンダム将軍が日帰りの隊員たちと出かけた時、トンプソンは将軍の帽子と羽根飾りとマントを借りて隠し、私と一緒に4分の1マイルほど離れた場所へ向かいました。そこには予備の馬2頭を連れた4人の騎兵が待っていました。トンプソンは将軍の帽子とマントを身に着け、1頭の馬に乗り、私はもう1頭の馬に乗り、村へと馬を走らせました。」

「まず宿屋に行って宿屋の主人を捕まえた。マノラはいなかったし、彼女がどうなったのかも聞かなかった。父親が修道院に送ったのか、殺したのか、私には分からない。だが、我々は正式な裁判を開いた。トンプソンが裁判官で、私は宿屋の主人が哀れなアダムズを殺したと証言し、トンプソンは彼に死刑を宣告し、我々は彼を宿屋の戸口に吊るした。その仕事を片付けた後、我々は修道院に行って鐘を鳴らした。今度はすぐに開いてくれた。」

「『修道院長に伝えてください。ピーターバラ伯爵がこちらに来ており、すぐに会いたがっていると』とトンプソンは言った。」

「僧侶はひどく怯えた様子で伝言を届けに行き、1分ほどで戻ってきてトンプソンに後をついてくるように言いました。私たちは皆馬から降りました。騎兵のうち2人は馬の世話をするために立ち止まり、残りの者たちは剣を抜いてトンプソンと私の後をついて行きました。私たちは修道院長の部屋に通されましたが、そこは王子にふさわしい部屋でした。修道院長はひどく顔色が悪く、一緒にいた他の2、3人の男たちも同様でした。」

「よく聞け」とトンプソンは怒りに満ちた口調で言った。「私はピーターバラ伯爵だ。国王の擲弾兵連隊のエドワーズ軍曹から聞いた話だが、彼は卑劣かつ裏切りによってお前たちに捕虜にされ、地下牢に閉じ込められ、一週間パンと水しか与えられず、その後フランス軍に引き渡されたそうだ。さて、お前たち一味全員をこの修道院から一時間以内に立ち去らせろ。私はこの修道院を破壊するつもりだ。お前たちは中庭に囚人として残される。その後、イングランド国王の護衛兵の一人に対するこの裏切り行為について裁判にかけられ、この件に関与した者は全員絞首刑に処されるだろう。」

「まあ、旦那様、彼らがどれほど怯えていたか、想像できるでしょう。伯爵は脅しを実行に移すような男だと知っていたので、自分たちの最期の日が来たと思ったのです。あんな臆病な連中は見たことがありません。ひざまずいて泣き叫ばなかっただけでも幸運でした。ついにトンプソンは彼らを十分に煽ったと思い、厳しくこう言いました。

「まあ、私は慈悲深いつもりだ。もし30分以内に修道院と君たちの惨めな命の身代金として5000ポンドを支払うなら、慈悲を与えてやろう。」

「すると、またもや大騒ぎが起こった。彼らは聖人にかけて、5000ポンドもの金額は聞いたことがないと断言した。トンプソンは徐々に要求額を3000ポンドまで下げたが、それでも彼らは受け取っていないと言い張った。そこでトンプソンは騎兵の一人に厳しくこう言った。

「戻って、村から1マイル離れたところにいる連隊を連れてこい。」

「それからさらに大騒ぎになり、ついに彼らは金庫にある全財産である700ポンドを支払い、不足分を宝石で補うと申し出た。かなりの値切り交渉の後、トンプソンは同意した。もし彼が3倍の金額を要求していたら、おそらく手に入れられただろう。修道院には聖遺物が豊富にあり、貴重な奉納品が山ほど箱の中に保管されていたからだ。しかし、彼はあまり事を荒立てたくなかったので、30分後には彼らは金と、一握りのダイヤモンドとルビー、花瓶や十字架、祭服などから取り出した宝石類を持ってきた。」

「それが本物かどうかは分からなかったが、トンプソンは宝石商に鑑定してもらうようにと言い、もし偽物の石を渡して騙されたことが分かったら、戻ってきて全員絞首刑にすると言った。それで私たちは再び馬に乗って出発した。」

「レリダに戻ってから、石を2、3個宝石商に持って行って鑑定してもらったところ、どれも問題ないことが分かりました。それから、約束通り荷物を3つに分けました。トンプソンが1つ、私が1つ、そして残りの1つは、私たちほど危険を冒していなかった4人の騎兵隊員で分けました。私自身は、その後この件について何も聞かなくなりましたが、ちょっとした騒ぎがあったようです。修道院長は、ピーターバラがレリダの近くに来たことがないと聞いて、ウィンダム将軍に会いに来ました。」

「キリグルーの竜騎兵隊が行進したが、修道院長は彼らの誰一人として見分けられなかった。我々は4人の色白の男たちを選んだのだが、彼らは皆、出発前に少し日焼けしていたのだ。幸いにも修道院長は私のことを何も言わなかった。ウィンダムが私の仕打ちを聞いたら、修道院に新たな罰金を科すのではないかと恐れたのだろう。しかし、私はその時そこにいなかった。事件の翌日、軽い熱を出して、実際よりも少し具合が悪いように見せかけたため、バルセロナに送られたのだ。そこで私は略奪品の分け前を病院の中庭の隅に4、5インチの深さに埋めた。トンプソンに関しては、彼に疑いの目が向けられる理由は何もなかった。連隊に戻って間もなく、私は再び病気になり、クエンカの病院に入院したが、今朝、危うく命を落とすところだった。」

「危険な仕事だったよ」とジャックは言った。「もしバレていたら、君とトンプソンにとって大変なことになっていただろうね。」

「そうでしょうね、閣下。それは分かっていました。でも、あの連中が私への仕打ちの代償を払うのは当然のことでした。もし私がウィンダム将軍に訴えていたら、間違いなく将軍も私と同じように厳しく罰したでしょう。ただ、罰金は本来の受給者に渡るのではなく、軍の金庫に入ってしまったでしょう。」

「エドワーズ、残念ながら君は海賊たちの間で身につけたあのいい加減な道徳観をまだ捨てていないようだね」とジャックは笑いながら言った。

「そうではないかもしれませんね、スティルウェル大尉。ご存知の通り、悪い習慣はなかなか抜けないものですが、私はもうそれらを断ち切りました。イギリスに戻ったら、ドーバーにこじんまりとしたパブを買うつもりです。それと年金があれば、残りの人生は安泰でしょう。」

ジャックは帰国の航海中に、秘密を守る約束を取り付けてから、伯爵に自分の名前がもてはやされたことを打ち明けた。それはピーターバラ伯爵の好みにぴったりの奇行で、彼は大いに面白がった。

「あの悪党どもめ!」と彼は言った。「全員絞首刑にすべきだった。だが、この話は実に面白い。修道院長とその助手たちの恐怖を、私もその場で見てみたかった。聖域を裏切ったのだから、彼らに降りかかった罰は当然の報いだ。もし妻の喉を切り裂き、6人もの男を刺したのが悪党だったら、彼らはその男を民政当局に引き渡すことを拒否し、教会の聖域権を主張しただろう。彼らはあまりにも簡単に許されたと思う。ところで、君の船での反乱事件で、君の要請でジブラルタルの擲弾兵隊に引き渡した男と同じ人物ではないか?」

「その男です、閣下。彼は奇妙な人生を歩んできました。元々は船乗りでしたが、海賊に捕らえられ、強制的に海賊の一員にさせられました。乗っていた船がイギリスの巡洋艦に拿捕された際、絞首刑に処されそうになりましたが、命は助かり、徴兵されて軍隊に入りました。彼は女王陛下の忠実​​な兵士であり、実に立派な人物です。」

「あいつは明らかに筋金入りの悪党だ、スティルウェル。だが、今の兵員募集のやり方では、勇気だけでなく道徳心も求めることはできない。そして、お前の仲間も他の連中と大差ないだろう。もしロンドンであいつと遭遇したら、必ず私のところに連れてこい。本人から直接話を聞こう。」

第17章:家
ピーターバラ伯爵がバレンシアに到着すると、人々は深い同情と敬意をもって彼を迎えた。人々は、その大胆さと才能でカタルーニャとバレンシアをフランスから解放した男が、恩知らずの君主から受けた仕打ちに憤慨していた。艦隊の一部が西インド諸島に派遣されたことを知った伯爵は、メノルカ島を占領し、その後サヴォイア公に多額の援助物資を届けるという計画を断念せざるを得なかった。しかし彼はジェノヴァに行き、そこで10万ポンドを借りてバレンシアに持ち帰り、軍隊のために国王に送った。

チャールズの立場は既に絶望的と言っても過言ではなかった。カスティーリャは失われ、敵はカタルーニャとバレンシアを奪還しようと攻勢を強めていた。情勢は極めて混乱していた。ピーターバラ伯のライバルたちは彼を排除した後、互いに争い始めた。彼らを結びつけていたのは、伯爵に対する共通の憎しみだけだった。

国王自身は、彼に媚びへつらうふりをしながら、裏でイングランドに手紙を送り、彼に対するあらゆる非難を吹き込み、帰国命令を得ることに成功した。出発前に彼は国王と将軍たちに、おそらく壊滅的な結果を招くであろう戦闘を避け、サヴォイア公ウジェーヌとマールバラ公が他の場所でフランスの勢力を弱めるまで防衛戦に徹するよう懇願した。しかし彼の意見は却下され、結果として悲惨なアルマンサの戦いが起こり、スペイン王位獲得を目指すオーストリアのシャルルの希望はついに打ち砕かれた。

ピーターバラは5月14日、次男ヘンリーが指揮する軍艦レゾリューション号に乗船した。

レゾリューション号には、エンタープライズ号とミルフォード・ヘイブン号という2隻のフリゲート艦が同行していた。スペイン国王のサヴォイア宮廷への使節もレゾリューション号に乗船していた。伯爵は2人の副官を同行させたが、彼らは主君が受けた仕打ちに憤慨し、スペインの軍隊に留まることを望まなかった。この小艦隊はまずバルセロナへ向かい、そこで数時間滞在した後、イタリアに向けて出航した。

航海5日目、彼らは6隻のフランス軍艦隊と遭遇した。2隻は80門、2隻は70門、1隻は68門、そしてもう1隻は58門の大砲を搭載していた。レゾリューション号は航行速度が遅く、フランス軍はすぐに追撃を開始し、急速に追いついた。圧倒的な劣勢に抵抗するのは絶望的と思われたため、ピーターバラ伯爵はスペイン特使と公文書をエンタープライズ号に乗せて行くことを決意した。熟考する時間はほとんどなかった。小舟が降ろされ、伯爵は息子のジャックとグラハムに急いで別れを告げ、スペイン特使とともに船側から降りてエンタープライズ号へと漕ぎ出した。

「結局、俺たちはフランスの刑務所の中を見る運命にあるんだな」とジャックはグラハムに言った。

「分からないよ、スティルウェル。俺たち二人とも一度は奴らの手に落ちたことがあるが、長くは続かなかった。まさか俺たちの運がついに尽きるなんて、信じがたいよ。」

「今回は脱出の見込みはほとんどないと思うよ、グラハム。6隻対1隻では、イギリスの水兵にとってもあまりにも不利だ。一番小さな船でも我々と同じ数の大砲を積んでいるし、一度船に捕らえられたら逃げ出すことはできないんだ。」

「我々はまだ捕虜ではない、ジャック。たとえ6対1で劣勢だとしても、モーダントが抵抗せずに降伏するとは思えない。勇気という点では、彼はまさに父親そっくりだ。」

「まあ、とにかく伯爵が無事に逃げられるといいんだけど」とジャックは言った。「もし彼が抱えているあの膨大な量の公文書がなければ、きっと決議案に固執して最後まで戦い抜いただろう。まさに彼らしい、決死の冒険になるはずだ。ほら、彼はエンタープライズ号に追いついた。エンタープライズ号とミルフォード・ヘイブン号は全速力で帆を張っている。だが、彼らは我々を置き去りにするだろうが、フランス軍を追い抜けるかどうかは疑問だ。彼らは急速に追いついてきている。」

「まもなく暗くなるだろう」とグラハムは言った。「そうすれば彼らはこっそり逃げ出すことができるかもしれない。フランス軍は間違いなく、我々を最も価値のある獲物として真っ先に狙ってくるだろう。」

「さて、諸君」とモーダント大尉は彼らに近づきながら言った。「君たちはこれから新しい経験をすることになる。君たちが私の父と共に陸上で幾度となく絶望的な戦いを経験してきたことは知っているが、海戦を見たことはないだろう。」

「全員と戦うつもりですか、隊長?」とジャックは尋ねた。

「やってみます」と船長は言った。「私の命令はリヴォルノへ向かうことでした。船が浮かんでいる限り、リヴォルノへ行くつもりです。しかし正直に言って、そこにたどり着ける可能性はあまり高くないと思っています。それでも、船が浮かんでいる限り、イギリス国旗は船の上に翻るでしょう。」

「何かお手伝いできることはございますか?」とジャックは尋ねた。「お役に立てそうなことがあれば、どんな形でも喜んでボランティアとしてお手伝いさせていただきます。」

「敵が乗り込んでくるまでは、君たちにできることは限られていると思う」と艦長は言った。「甲板を歩き回り、兵士たちを励まし、鼓舞することくらいだ。冷静で自信に満ちた士官たちが兵士たちの間にいると、必ず良い効果がある。もし敵が乗り込んできたら、君たちは私の傍らで戦わなければならない。」

夜になると、フランスで最も速い帆走船2隻がすぐ近くに迫っていたため、針路を変えたり帆を下ろしたりしても、回避は不可能だった。10時には、両船はレゾリューション号の後方1マイル未満に、左右に1隻ずつ位置していた。レゾリューション号は既に戦闘準備が整っており、乗組員は砲撃態勢に入った。しかし、敵は発砲せず、夜間双眼鏡で確認したところ、レゾリューション号の後方でほぼ同じ距離を保つように、帆をやや縮めているのが分かった。

「臆病な犬どもめ」と若い船長は言った。「仲間が全員揃うまで戦うつもりはないようだ。だが、文句を言うべきではない。一時間ごとに港に近づいているのだから。」

それから彼は兵士たちに、敵が発砲するまで砲のそばに横になってできるだけ眠るように命じた。ジャックとグラハムは、どうすることもできないと悟り、ハンモックに身を投げ出し、朝の5時まで眠った。それから彼らは目を覚まし、甲板に出た。6隻のフランス艦はすべて到着し、一団となって向かってきていた。

「おはようございます、諸君」と若い船長は陽気に言った。「楽しい朝になりそうだ。もう少し風が強くなれば、この鈍重な古い船ももっと速く水面を進むことができるのに。」

6時、フランス艦隊の先頭艦が砲撃を開始し、その合図で僚艦もすべてそれに続いた。僚艦の中にはレゾリューション号とほぼ並走しているものもあり、降り注ぐ砲弾はレゾリューション号の帆を裂き、索具を切断した。レゾリューション号は両舷から一斉射撃で応戦し、本格的な戦闘が始まった。

イギリスの航海史において、レゾリューション号と6隻のフランス軍艦との戦いほど英雄的な物語はない。午前6時から午後3時半まで、レゾリューション号は圧倒的に不利な戦いを続け、常に全速力で港に向かって進み、時折船首を傾けて敵艦のいずれかに砲撃を加えた。敵艦は海岸沿いを航行しており、遠くの丘の農民たちは、船が自分たちのそばを通り過ぎるのを見て、この圧倒的に不利な戦いに驚きを隠せなかったに違いない。午後3時半には、レゾリューション号はほとんど残骸と化していた。帆には穴が開き、多くの帆桁が撃ち落とされ、船体側面はぼろぼろになり、多くの乗組員が命を落としたが、残りの乗組員は依然として砲撃に屈することなく戦い続けた。

「もうどうすることもできない」とモーダント船長はジャックに言った。「船大工から、メインマストがひどく損傷していて、今にも船外に落ちそうだと報告があった。もはやリヴォルノにたどり着く望みはないが、私の船は絶対に奴らに渡さないと固く決意している。」

そう言って彼は副長に命令を下し、船首は突然海岸に向かってまっすぐ向きを変えた。フランス軍は、その無謀な進路に驚き、追撃しようとはしなかった。レゾリューション号は危険な暗礁の間を縫うように進み、ついに突然の衝突音とともに座礁し、ぐらついていたメインマストが船外に投げ出された。

フランス軍は慎重に前進し、暗礁に近づくと遠距離から砲撃を開始したが、レゾリューション号は応戦しなかった。艦長は疲弊した乗組員に砲から降りるよう命じ、大量のラム酒が配給された。食事の後、乗組員たちは再び仕事に取り掛かる準備ができた。ジャックと彼の仲間が艦長と夕食をとっていた時、甲板責任者がフランス艦がボートを降ろしていると報告した。

「ダーウィンさん、兵士たちにはできるだけ長く休ませてください。しかし、船がこちらに向かってきたら、すぐに戦闘配置につかまってください。」

数分後、太鼓の音が聞こえた。「さあ、諸君、甲板に出よう」と船長は言った。「奴らは我々を放っておいてくれないだろう。だが、奴らの船が我々を捕らえられなかったのだから、奴らのボートに勝ち目はないだろう。」

夕暮れが迫る頃、彼らは甲板に出て、6隻のフランス軍艦のボートが兵士たちでぎっしりと詰め込まれ、一列になってこちらに向かって漕いでくるのを目にした。艦長は兵士たちにブドウ弾を積み込むよう命令した。フランス艦隊が射程圏内に入るとすぐに号令が発せられ、一斉にブドウ弾の嵐が彼らの陣地を襲った。

数隻のボートはすぐに沈没し、残りのボートは仲間を水から救助するために一時停止し、再び前進した。しかし、この時までに砲は再び装填され、鉄の雨が再び砲に降り注いだ。フランス軍は勇敢にも船のすぐ近くまで前進し続けた。そこでモーダント艦長は下甲板の砲をすべて格納し、舷側を閉鎖し、乗組員に甲板に出るよう命じた。一部の乗組員が上甲板の砲を操作する間、他の乗組員は船の周囲に群がるボートにマスケット銃で激しい射撃を続けた。

フランス軍は何度も決死の覚悟で乗り込もうとしたが、高い船体の側面を登ることができなかった。ついに、甚大な損害を被ったフランス水兵たちは試みを諦め、イギリス軍の砲火の暗闇に隠れて、不機嫌そうに船へと漕ぎ去った。モーダント艦長は帽子を脱いで合図を送ると、乗組員から大きな歓声が上がった。夜は静かに過ぎ、ひどく人数が減った乗組員たちは、再び攻撃が仕掛けられた場合に備えて、砲のそばに横たわった。翌朝、フランスの80門砲艦のうちの1隻が出航し、帆布をわずかに張り出し、ボートを漕ぎ進めて暗礁を抜ける水路を探りながら、徐々にレゾリューション号へと向かっていった。

「諸君」と艦長は言った。「もうこれ以上できることは何もないという点については、皆さんも同意していただけると思う。船はすでに半分水で満たされ、弾薬庫は浸水し、火薬はすべて濡れてしまった。船は難破寸前であり、これ以上抵抗を試みれば、乗組員の命を無駄に浪費するだけだ。」

士官たちは全員同意し、艦長は極めて冷静に船を放棄するよう命令した。フランスの軍艦が砲撃を開始したが、負傷者全員、乗組員全員、旗、書類、その他すべての貴重品はボートに乗せられ、その後、船は十数箇所から火を放たれた。

モーダント艦長は自ら全てを監督し、火がもはや消火不可能なほど燃え広がっていることを確認した後、士官たちにボートに乗り込むよう命じた。彼自身も甲板を離れようとしたまさにその時、船に残された最後の人物として、フランス軍艦からの砲弾が彼の脚に命中した。士官たちは駆け戻り、彼を甲板から引き上げた。

「もっとひどいことになっていたかもしれない」と彼は陽気に言った。「さあ、諸君、私を担いで小舟に乗せてくれ。それから約束通りボートに乗ってくれ。岸に向かって漕ぐときは、レゾリューション号を君たちとフランス軍の大砲の間に挟むように気をつけてくれ。」

すべては着実に、そして秩序正しく行われ、レゾリューション号の乗組員の生存者はそれ以上の犠牲者を出すことなく岸にたどり着いた。レゾリューション号は今や端から端まで炎に包まれ、11時までには水際まで燃え尽きていた。モーダントとその乗組員は、その国の人々に温かく迎えられた。船長自身はしばらくの間動けないだろうから、ジャックとグラハムは彼に別れを告げ、伯爵がリヴォルノから直接行くようにと言っていたトリノへ向かった。

彼らは彼より先に到着したが、サヴォワの首都に到着してから24時間後に伯爵が到着した。彼はすでにレゾリューション号と敵との激しい戦闘と、息子が負傷したという噂を聞いていた。彼の副官たちは、モーダント大尉の傷は重傷ではあるものの、致命傷にはならないだろうと彼に保証することができ、ピーターバラ伯爵は息子の勇敢な功績の話に大いに喜んだ。その後まもなく、伯爵のもとに帰還命令が届き、彼は2人の副官とともにドイツ経由でイングランドへ向かった。ピーターバラ伯爵は戦役での過酷な労働が原因で病気を患っており、ゆっくりとしか移動できなかった。彼は多くのドイツの宮廷を訪れ、数日間ザクセンのスウェーデン王カールの陣営に滞在した。

その後、特別招待を受けて、彼はジェナップにあるマールバラ公の陣営を訪れ、そこで偉大な指揮官から大変丁重な歓迎を受けた。彼は公爵に二人の副官を紹介した。

「公爵閣下」と彼は言った。「彼らはスペインでの戦役を通して、私の忠実な友であり続け、あらゆる危険を共に乗り越えてくれました。私が得た功績は、彼らの熱意と活動のおかげであると言っても過言ではありません。私が再び戦場で軍を指揮する機会はまずないでしょうから、彼らを閣下に推薦いたします。彼らも激務の後には休息が必要ですので、私と共にイングランドへ向かいます。その後、閣下のご命令のもとで戦場へ派遣されることを願っております。どうか彼らを常に心に留め、ご厚意とご支援を賜りますようお願い申し上げます。」

公爵はそうすると約束し、伯爵は数日間陣営に滞在した後、2人の従者とともにイングランドに向けて出発した。彼は1707年8月20日に到着したが、これは彼が指揮下の軍勢を率いてバルセロナの前に現れた日からほぼ2年後のことだった。しかし、彼にとっての戦役自体は1年も続かなかった。なぜなら、指揮権を剥奪された後、彼がバレンシアに入城したのは1706年8月のことだったからである。

その年、彼は未だかつてないほどの軍事的資質を発揮した。成功の見込みがあるところでは極めて無謀とも言えるほど大胆に行動し、大胆さよりも慎重さが求められるところでは極めて慎重かつ用心深く行動した。極めて不十分な手段で、彼はオーストリアのシャルルのためにスペインをほぼ征服したが、国王、廷臣、そして本来伯爵の補佐役であるべき将軍たちの嫉妬、悪意、愚かさ、そして優柔不断さによって、最初から最後まで妨害され、阻まれなければ、完全に征服に成功していたであろう。彼らは伯爵のライバルであり、中傷者であり、敵であったのだ。

ピーターバラ公がこのような反対に遭ったのは、ある程度彼自身の責任であったことは認めざるを得ない。彼は愚か者を嫌い、自分より知性の劣る者への軽蔑と嫌悪を隠そうともしなかった。彼の独立心と奇抜な振る舞いは、国王の正式なドイツ人およびスペイン人顧問たちを敵に回し、部下の将校や兵士たちからは敬愛されていたものの、彼と接するほぼすべての同等の身分の者を個人的な敵とみなした。彼が戦った諸州のスペイン人の大多数からは、尊敬と愛情をもって慕われ、今日に至るまで、この聡明で不屈の英国将軍の伝説は、カタルーニャとバレンシアの人々の間で語り継がれている。彼ほど熱意と誠意をもって自らを捧げた大義に尽くした者はいない。彼はその目的のために私財を惜しみなく投じ、たとえ彼の助言や意見が軽視された時でさえ、自らの身分、地位、そして尊厳を犠牲にしてでもその大義のために尽くそうとした。もし彼が他者の束縛を受けずに自国民だけで構成された軍隊を率いる幸運に恵まれていたならば、おそらく世界史上屈指の偉大な指揮官たちに匹敵する名声を得ていたであろう。

彼が果たした多大な功績は、帰国したイギリス国民に温かく感じられ、高く評価された。また、彼の名誉を傷つけようとする敵の企みは、彼が持ち帰った文書によって論破された。ピーターバラはしばらくの間、政治に深く関わり、その激しい議論は敵を激怒させ、スペイン内戦中の彼の行動が問題視される事態となった。この件に関する討論会が開かれ、彼は自身への攻撃を巧みに退け、正式な感謝決議が可決された。

数年後、彼は公職から完全に引退し、アナスタシア・ロビンソン嬢と密かに結婚した。彼の最初の妻は何年も前に亡くなっていた。ロビンソン嬢は、非常に評判の高い歌手であり、人柄も性格も温厚で、優しい性格の持ち主だった。彼女は誰からも尊敬されていたため、この結婚を公に認めない理由は何もなかった。しかし、いつもの奇行で、伯爵は結婚を秘密にすることを主張し、1735年に臨終の床につくまで公表しなかった。ピーターバラ伯爵夫人は、88歳まで、誰からも愛され尊敬されながら、深い隠遁生活を送った。

ロンドンに到着したジャックは、家族がロンドンに住んでいる友人のグラハムの家に数日間滞在した。伯爵は若い将校に女王に紹介すると約束していたが、到着から3日目にホテルで約束の時間に伯爵を訪ねた際、ピーターバラ伯爵はこう言った。

「しばらくはご自身の仕事に専念された方が良いでしょう。女王陛下はご機嫌斜めです。大臣たちはスペインの敵からの嘘の手紙に惑わされていますが、いずれすべては解決するでしょう。ご存じの通り、私は彼らの悪意ある捏造によるあらゆる罪状を晴らす書類を持っています。私が再び寵愛されるようになったら、あなたにお知らせし、女王陛下と陸軍大臣にお引き合わせします。いずれにせよ、オランダへ出発する前に、あなたは故郷で少し休養を取りたいでしょうから、時間はたっぷりありますよ。」

翌日、ジャックはサウサンプトン行きの馬車に乗り込んだ。14時間の旅を経て到着した彼は、ホテルに一泊した。翌朝、彼はいつもより念入りに身支度を整え、ハイストリートにある思い出深い店へと向かった。彼は店のドアをノックし、アンソニー夫人がご在宅かどうか尋ねた。

「彼女の知り合いの紳士が彼女と話したがっている、と伝えていただけますか?」

ジャックは応接間に通され、1、2分後、アンソニー夫人が現れた。威厳のある将校が自分に会いたいと言っていると聞いて、彼女は少し戸惑った様子だった。ジャックは微笑みながら彼女の方へ歩み寄った。

「あら、ジャック!」彼女は喜びの叫び声をあげ、「あなたなの?」と言い、まるで自分の息子にキスをするかのように彼の首に腕を回してキスをした。

「もちろん、あなたの手紙は受け取りましたよ」と彼女は言った。「あなたが士官になり、それから大尉になったと書いてありましたね。最後にあなたから届いた手紙はイタリアからで、あの大きな海戦のことや、あなたが帰国すると書いてありました。でも、もう8ヶ月も前のことです。あなたがピーターバラ卿と一緒にいることは知っていましたし、『インテリジェンサー』紙で彼がドイツにいることも知りました。先週、彼が帰国したと読みました。つい昨日もあなたのことを話していて、あなたが私たちに会いに来てくれるかどうか、そして、あなたが立派な紳士に成長し、ピーターバラ卿の報告書にも名前が載り、あらゆる社交界に慣れ親しんだ今、私​​たちのことを覚えていてくれるかどうか、考えていたところだったんです。」

「僕がそうするって分かってたよ」とジャックは言った。「だって、ここに行かなきゃどこに行けばいいんだ? アリスも元気そうだし、すっかり女性に成長したと思うよ。」

「まだ一人前の女性とは言えないわ、ジャック。でも、もうすぐよ。」彼女はドアを開けてアリスを呼ぶと、すぐに少女が駆け下りてきた。母親は、アリスが誰が訪ねてきたのか察したようだった。アリスは髪を整え、母親が3年ぶりに見る鮮やかなリボンをつけていた。それはジャック自身がアリスに贈ったものだった。アリスはドアの前で少しの間、恥ずかしそうに立ち止まった。というのも、制服に身を包んだこの若い将校は、アリスの目にはとても威厳のある人物に映ったからだ。

「ジャックいとこ、ごきげんよう?」彼女は顔を赤らめ、手を差し出しながら前に進み出て言った。

「アリスおばさん、元気かい?」ジャックは彼女の口調を真似て言った。「まあ、おてんば娘さん」彼はそう言って彼女を抱きしめ、キスをした。「3年近くも会っていなかったのに、握手だけで満足するわけないだろう。」

「ああ、でもジャック、あなたはとても大きくて、とても立派だから、全く違って見えるわ。」

「アリス、君は以前より大きくなったけれど、私には全く違いが分からないよ。」

「まあ、ジャック、あなたはすっかり変わって、以前とは全く違う人になっていると思っていたわ。だって今は船長で、有名だし、それに旅した国々でたくさんの素敵な女性たちに会ってきたでしょうし…」そして彼女はためらった。

「さあ、続けてくれ」とジャックは真剣な表情で言った。

「それなら、あなたは私のことをすっかり忘れてしまったのですね。」

「それなら、アリス、あなたは本当に悪い子ね。私が思っていたほど良い子じゃないわ。だって、私のことをそんなに悪く思っているなんて、よっぽど悪い子なのよ。」

「ジャック、私はそうは思っていなかったと思う。まあ、そうなるのは当然だと自分に言い聞かせていたんだけどね。」

「それについては後ほど議論しましょう」とジャックは言った。「ところで、アンソニーさんはどこにいますか?」

「ジャックに電話してみますね」とアンソニー夫人は言った。「彼に対して悪感情は抱いていないでしょう? ご存知の通り、彼はあなたを逃がすのに関わったことを本当に後悔していて、何度も自分を責めているんですから。」

「今まで一度もそんな経験はなかったよ」とジャックは言った。「人生で最高の出来事だった。もし自分の思い通りになっていたら、今でも船長ではなく、船員として働いていたはずだ。」

アンソニー氏はまもなく店から呼び出された。最初は少しぎこちなく内気だったが、ジャックの陽気さにすぐに打ち解けた。

ジャックはサウサンプトンに2週間滞在した後、ピーターバラ伯爵からの手紙を受け取り、町へ向かった。そこで彼は伯爵によって女王に謁見し、その後、陸軍大臣にも謁見した。

一週間後、彼とグラハムはオランダへ向けて出航し、マールバラ公の軍隊に加わった。そして、3年後に戦争が終結するまで、その偉大な指揮官の下で勤務した。彼らは師団の将軍の一人の幕僚に配属された。

公爵はピーターバラ伯爵との約束を守り、若い将校たちを注意深く見守った。二人はベルギーでの激戦で目覚ましい活躍を見せ、戦争終結時には二人とも大佐に昇進していた。これ以上の戦争の見込みがなくなったため、軍は大幅に縮小され、ジャックは半給で退役した。ロンドンでの諸々の手続きが終わるとすぐに、彼は再びサウサンプトンへ向かい、アンソニー氏に娘への手紙を届ける許可を求めた。

元市長は喜んで同意し、アリス自身も異議を唱えなかったため、事は速やかに済んだ。ジャックの半額の給料で二人は快適に暮らすことができ、アンソニー氏は、自分にとって大きな名誉となる結婚だと考え、アリスの結婚式に多額の贈り物をした。こうして若い二人は、サウサンプトン郊外の美しい家に落ち着いた。

ジャックはその後二度と現役勤務に召集されることはなく、長寿を全うするまでサウサンプトン近郊に住み、そこに小さな土地を購入した。アンソニー氏が亡くなると、布商人が築いた莫大な財産は娘に相続され、アンソニー夫人には年金が支払われることになった。アンソニー夫人はその後、婿、娘、そして孫たちと共にその土地で余生を過ごした。スティルウェル大佐は長年にわたりサウサンプトン選出の国会議員を務め、1735年に亡くなるまで、かつての上官と親しい友情を保ち続けた。

終わり。

*** プロジェクト・グーテンベルク電子書籍『勇敢なる者、あるいはピーターバラとスペイン』の終了 ***
 《完》


「water_dоg」さま、ありがとうございました。

 次回からは、1件1000円にて、何かの仕事を発注してください。「迅速納品」をモットーに、何でも承らせていただきます!

 ところで、地方における、人手不足産業の勤務地と、車無し失業者の起居する住宅との、位置の懸隔(ギャップ)問題を、どのように解決したらよいでしょうか?

 「無線タクシー」と「乗合バス」の中間的な、あたらしい「人員送迎輸送」ビジネスが必要だと私は思います。
 具体的には、主としてハイエースのような大型ワゴン車にて、僻地に散在した労務者の起居地を巡り、適時に彼らを集めて、適時に必要な仕事場まで送り届けてやり、退勤時には概ねその逆の輸送をしてやるのです。

 これによって、動きの取れない人と、流動的な職場との、埋めがたいギャップが埋まる。求職と求人のミスマッチが、解消します。

 この輸送サービス事業、実施の主体は私企業(ベンチャー)でよいでしょうが、いろいろ法制の問題があるにきまっていますから、やはりスタート時は、過疎化しつつある市町村が率先して、音頭を取るべきです。市町村が私企業に依託する、という形態が好ましい。

 もし、そのような、通勤・退勤の、安心・確実・気楽な移動手段が完備されていると知れ渡ったならば、そのような市町村には、全国から、老若男女の労働力が移り住んで来るでしょう。人口が増えれば地方の税収も増すのだから、市町村が予算をかけてもペイする。これをしないで可い理由なんて無いでしょう? 時代錯誤な旧来型鉄道なんかにいつまでも期待をかけている人々は、早く目を醒ませ。

 このビジネスは、最初は零細ベンチャーでも、将来、もっと大きくできます。
 移動手段として、大型トレーラー改造「客車」(ほとんどキャンピングカーに準ずるようなもの)を整備し、それを「短期宿泊」用にも、転用できるようにする。

 遠来の移住希望者を臨時に寝泊りさせてやったり、夜勤者を仮眠させたり、災害発生時の緊急シェルターとして、さらには新形態の託児所として、市町村がこの車両を存分に役立てることができるでしょう。

 減価償却後のトレーラーを単体分離し、どこかの公有地に固定して、そのまま「仮設住宅」にすることも考えられるでしょう。

  令和八年五月九日


■兵頭 二十八 は、今もバイト探し中なのであります!

 私有車があればもっと選択範囲も拡がるのですけれども、現況、移動手段は、徒歩・自転車・公共交通機関に限られます。これが地方では大ネックなのかもしれない。
 もし、会社の方で毎回、自動車送迎をしてくださるのならば、私はどこへなりとも出張勤務します。職種は選びません。

 ところで『ガーディアン』紙の記事によって承知しましたが、リチャード・ドーキンス氏(85)は、AIとチャットをするうちに、相手が感情をもっていると確信したらしい。

 本コーナーを数ヵ月フォローしているみなさんは、グーグル翻訳がいまだに如何に初歩的な、ありえない誤訳を堂々と展開し続けているのか、よ~くご存知だ。
 初歩的すぎる誤訳を繰り返してやらかすということは、端的に、その元テキストを書いた人の、その時点での気持ちを、AIは鼻っから理解できちゃいないということと、ニア・イコールなんじゃないですか?

  令和八年五月七日