第47代大統領が「今年の異常な抱負」を持っていると疑う。

 永遠の真・善・美を望む資格をさいしょからもちあわせぬ小人が、そのわきまえもなく、永遠を掴もうと暴れれば、今のような姿になるであろう。

 すでに彼には予想できているのだろう。じぶんの任期が果てた瞬間からただちに、じぶんが纏った《名誉》の総剥奪が始まると。彼の名前の付いた事業は消滅するか、もしくは、その名称がすべて変更される。
 おそらく「エプスタイン人脈の沼」は、世間が想像し得るよりも一段も二段もドロドロなのだろう。あるいはそれは彼をヒールに見せるよりも、みじめに見せる性質のネタなのかもしれない。いずれにしても彼はその闇が任期終了後に必ず明るみに出されると覚悟せざるを得ないのだろう。だから半ヤケなのだと想像をしても、今は矛盾が無い。

 さらば、そうなったあとでも尚、悪評版と非難・罵倒からテフロン加工のように守られ、光り続け、オベリスクに末代までもくっきりと刻印が残される事跡としては、何が考えられよう?
 彼の脳内ではそれは、新領土の獲得か、ノーベル賞なのであろう。

 残りの任期中にそのどちらも獲得できそうもないという蓋然性があることも彼は計算できている。それに備える奥の手は、大統領任期の無期限化、もしくは大統領選挙の停止である。「欧州諸国との国交断絶」「ロシアによる対西欧の核攻撃」「グリーンランドへの米軍核兵器展開」のような特級の異常事態が、その環境を醸成してくれるはずだと、彼は期待しているところではないだろうか? 手始めとしてまず欧州諸国がFIFAワールドカップをボイコットするように、彼の方から積極誘引しているような気がしてならない。そうなれば、経済失政の責任をすべて西欧に転嫁しながら、来年あらためて「核戦争を止めた男」として、ノーベル平和賞の獲得権をクレームする道も、ひらけ行くはずだ。


歳明けて はや 出でたりな 大キの字 / 二十八

 Sam Fraser 記者による2026-1-17記事「On Greenland, Trump Wants To Be Like Polk」は、適時・適切な予言となった。

 米大統領は昨年すでにジェームズ・K・ポーク大統領の肖像画を購入して執務室に飾っていたという。
 ポークはメキシコから広大な領土を奪い取った事績によってのみ今の人々(といっても西部州の住民だけだろうが)に記憶されている。
 それと同じことをしないでは、じぶんも将来、人々から思い出してもらえなくなってしまう。
 動機はそこに尽きているという指摘だ。

 欧州8ヵ国は、不当関税への制裁措置として、米国本土で6月から開催される「2026FIFAワールドカップ」をボイコットすると決めることになるだろう。
 わが総理は3月訪米の前に、この件では欧州に左袒すると肚を括らなければいけないだろう。


あけぬれば一難去りて思ふかな われ人ともにかくるなき舟

 2025-12月の注目ニュースまとめ。

 一、地中海のスペイン沖で12-23に沈没した重量物運搬船『Ursa Major』号は、ロシアから北鮮へ、原潜用のリアクター「VM-4SG」×2を運んでいた。マリタイムエグゼクティヴの12-28記事によれば、舷外でリムペット爆雷が炸裂したように疑われる。破壊工作の成果である可能性あり。果たして然らば、実行者は誰?

 二、中共軍は、国産の24トン・クレーン車(ZAT24000H、9軸18輪)が、ICBM用のTELと寸法が酷似するので、この背負い式のクレーンを全面シートでくるんでしまえば、衛星からはICBMと見分けがつかないことに着目し、デコイとしての試用を開始。また中共軍は、重量物運搬船に「直10」ヘリ×8機を駐機させ得ることを誇示。さらに、コンテナ貨物船にミサイル入りコンテナをずらりと置いてアーセナル・シップにできる可能性を誇示。

 ※空母9隻体制にするとか、核動力空母を新造するとかも言い始めたが、これらの事業は10年では竣工はしないので、ようするに中共中央はあと10年は対米戦争できないことを自覚している。「前向き」に見える達成目標がとつぜんに与えられ、高いハードルにもっか全力でとりくんでいるように人々に見せることは、そのあいだ、ず~っと何もしないことの、正当化なのである。

 三、米海軍がここへ来て、高性能の飛行艇が欲しいと言い出した(タイラー・ロゴウェイ記者による12-23記事)。C-130改造案はとっくに放棄されているから、候補機としては川西の「US-2」の一択。それ以外では、今から間に合うわけはないので。わたしが2014年夏の草思社の本で指摘したこと、《US-2というものがありながら、なんでそれよりも見劣りのするオスプレイなんか買わにゃならんの?》の答え合わせが、もうすぐになされるだろう。

 四、英仏は、供与したストームシャドウを初めて、ロストフの Novoshakhtinsk 製油所に向けて撃ち込ませた。これも含めて12月の露領内エネルギー施設に対する宇軍による空襲は、過去最大だった。

 五、中共がロシアから輸入する「Gold」が2025年は爆増。24年は2億2300万ドルだったが、25年は11月までで19億ドル。これがロシアを延命させている。
 2025-12-11のイリーナ・ビジギナ&ミハイル・フィリッポフ記者による記事「なぜロシアはこれほど回復力があるか」によれば、クレムリンの大統領府が、細かいことは「地方の知事」の自由裁量に任せていることが、ロシア経済をもちこたえさせている秘密だという。

 六、露軍は「シャヘド/ゲラン」にAAMを搭載することによって宇軍のF-16を追い払えないかどうか、模索している。墜落機の写真で判明(アントン・ポノマレンコ記者による12-20記事。この記事は、ゲランの今後を占うのに役に立つまとめになっている)。

 七、空母『トルーマン』のスーパーホーネットが友軍巡洋艦から誤射された2024-12-12の事件。ハワード・アルトマン記者による記事2025-12-5記事によると、もう1機、バディ給油任務のスパホも、同じ巡洋艦のSM-2で撃墜されるところだったという。フーシの地対艦ミサイルと、区別がつかないのだ。この給油機は、マニュアルにしたがうならば、SAMがすれちがう前にベイルアウトすべきだったが、前席パイロット(後席WSOよりも下位)がかわせると判断して機動。じっさい、助かったという。米海軍ですらこの錯誤がある。中共の空母艦隊は、味方機と敵ミサイルを識別できるのか?

 八、ピーター・グッドマン記者による2025-12-4記事は、米本土に先端チップ工場を新設することがいかに面倒くさいか、余すところなく説明している良記事。

 九、Pranay Kumar Shome 記者による2025-12-3記事「Gramsci’s Neo-Marxism and Chinese Hybrid Warfare」も必読。ただしこれによっても、なぜトランプがプーチンのいいなりなのかは、まったく説明され得ない。個人的に弱みを握られたのだ仮定した場合にのみ、いまのところ、現象が矛盾なく説明される。

 11月下旬のニュース。北鮮の小学校では4年生からロシア語が必修になったという。

 次。
 ディフェンスエクスプレスの2025-12-30の記事。155ミリ榴弾砲の砲身と弾丸のマッチングについてわかりやすく解説されている。この分野に口を出そうという人は必読の記事だろう。
 もうひとつ。Compass Points の2025-12-20の「Still the King」という記事も、砲兵の最新事情を把握するために必読。

 次。
 Steve Balestrieri 記者による11月の記事「The U.S. Navy Can’t Build A Navy Anymore」。
  米海軍のフリゲート艦量産計画が完全に破綻した。その内実をわかりやすく解説してくれている記事。
 このような状態で「戦艦」なんて新造できるわけがないことが誰でも理解できる。また、ハリソン・カス記者による数日前の記事も、この「戦艦」事業がそもそもまじめな提案ではあり得ないことを教えてくれている。


ボストン・ダイナミクス社の人型ロボットが、ようやく、「全関節逆動」機能を実装し始める模様。

 ヒトの関節は1方向にしか曲げられない――あるいは、力をかけられない――のが普通だが、ロボットにそんな制約は無いはずなのだ。そこにメーカーがやっと気付いた。

 関節を180度を越えて無限界に回転させることも、ロボットならば特段、問題がない。床に転んだ状態から立ち上がるのに、股関節を「後ろ旋回」で270度くらい回転させれば、上半身が重いロボットでも、難なく、最速で、起立できるのである。

 ヒトの手には裏表がある。「手のひら」と「手の甲」を、同じように使うことはできない。しかし人型ロボットならば、指関節をすべて反対方向へ可動させることで、「手のひら」と「手の甲」の違いをなくしてしまえる。つまり、人型ロボットには「柔術」は効かない。

 次。
 Hans van Leeuwen 記者による2025-12-9記事「The Beijing data blackout raising alarm bells about China’s economy」。
  いよいよ中共中央は、民間データ機関にこれまで許していた、国内トップ100のデベロッパーによる住宅販売に関する月次データを公表することを禁じた。11月分から。
 中国の世帯は資産の最大70%を不動産に投資するが、地方の不動産の価格は2021年のピーク時より20~40%下落している。こうなったら誰も消費したがらない。
 若年層の失業率は17%を上回っている。
 「三線都市」と総称される、住民1000万人以下の地方都市から、北京、上海、広州、深センへの人口流出が続いている。これは地方自治体の危うい財政をますます救い難くする。

 次。
 Pranay Kumar Shome 記者による2025-12-3記事「Gramsci’s Neo-Marxism and Chinese Hybrid Warfare」。
  戦間期の理論家のアントニオ・グラムシが提唱した「陣地戦」を、今の中共中央は採用しているのだという秀逸な警告記事。
 グラムシ戦術とは。
 捏造の物語によって、大衆の間に新たな階級意識を植え付け、近代的「市民」そのものを幻想の存在にしてしまうこと。市民は芯から無価値だと自覚させること。リアリズムとシニシズムを結合させ、近代市民の道徳的核心を溶解させてしまうこと。
 さすればもう、専制政府には誰も抗戦を維持できなくなる。

 SNSのおかげで、1930年代よりも今のほうが、そんな工作もしやすくなっていると。

 ※米国の場合、住宅コスト上昇が、死ぬまで「持ち家」には手は届かないのだと諦めるしかなくなった「旧中流」の新下層階層と、恵まれた「勝ち逃げ資産持ち」階層や数パーセントの稀少経済エリート階層を、目に見える形で分断しつつあり、革命の下地が整いつつあるわけ。


最前線でテスト中の無人車両ロボットが、夜間に偶然に前進してきた露軍のMT-LBに対し、至近距離から12.7mm機関銃で射撃。

 12月1日に公開された動画。すれちがったあと、背面からも銃撃を加えている。MT-LBの装甲厚から考えて、中の乗員がただで済んだとは思えない。
 ロボットが車体姿勢を転換するときに、画像伝送のディレイのようなものが認められる。つまりは無線(携帯電話回線利用)でリモコンしていたと思しい。

 次。
 Francis P. Sempa 記者による2025-11-25記事「William Bullitt fought the establishment’s willful naivete about communism」。

  目の醒めるようなタイムリーなオピニオン記事なので一読をお薦めします。ブラウザーの和訳機能を使えば、全文が一度に日本語で出てくるでしょう。便利な時代ですよ。

 ところでWWII中のチャーチルは、北仏海岸への上陸作戦ではなく、バルカン半島からの米英連合軍の北上を、欲していたはずです。彼はWWI中にガリポリで大失敗しているのですが、バルカン半島への着眼そのものは、「良い筋」だったんじゃないでしょうか? 遺憾ながら、英軍の実力の不足が、それを実現できなかったので、そこは天なるかな命なる哉、仕方ないですね。

 次。
 Grant Newsham 記者による2025-11-26記事「China is bamboozling Patel on fentanyl」。

  これも痛快なトランプ批判です。そして、この記者が書いている日本関係の記事は、毎度、信用できる。

 ところで日本の外務省は未だ、対米宣伝の「コバート部隊」を組織できていないのか? 日本は、トランプ=アメリカが嫌がる米本土の土地と建物の買収を疾うにやめている。中国はこれからも止めないぞ。なにしろ中国国内では銀行も証券も信用が置かれぬ。だから中産階級の資産保全の手段として土地しか考えられない。その不動産も、中国国内ではもうあきまへん(たとえばデフレで0.6%価値が下がったら、そこに全賭けしていた中産階級は冷静でいられますかい?) こういう事情をさりげなく「9GAG」投稿でイメージ解説しとかないでどうするんだよ?

 次。
 Simon Tisdall 記者による2025-11-30記事「China is bearing down on Taiwan ―― enabled by Trump’s weakness and vacillation」。

  英国内の言論の自由は破局に瀕していますが、このトランプ批判は冴えている。というか、まともなことを書いているだけなんですが……。

 『ガーディアン』紙と提携している日本の新聞社の都合から、この種のすぐれた記事は従来は活字の日本語では読めませんでした。しかし、今のAIはその不自由を解消してくれているのです。さあ、ご利用、ご利用!


パブリックドメイン古書『北米産のすっぽんにおける後弯症とその原因考察』(1947-7-1)を、AIに委託せずに私訳してみた。

 水性の亀の仲間が、暖地であるメキシコ湾岸に注ぐ河川に多く棲んでいるのは納得しやすい。一方、たとえば毎冬に下流域までもガチガチに凍結してしまうアムール河で、どうやってスッポンがサバイバルできているのか? わたしは、それがなにゆえに「交易」によって蝦夷地まで移入されなかったかも含めて、多年、答えを探し求めているのですが、未だ、疑団を氷解させてくれる文献にヒットしません。

 ちなみに北海道には亀類の自生は1種類もなく、夏の大沼などでみかけるものはすべて、誰かが成体を過去に放流した、その生き残りだそうです。幼体は、最初の冬を越せるだけの体内エネルギーが無い(なんと5ヵ月くらいも水底で息を止めていなくてはいけない)と考えられています。ますます、北満(黒竜江)のすっぽんのことが、気になってしまう。

 原題は『Kyphosis and other Variations in Soft-shelled Turtles』、原著者は Hobart M. Smith 、原書の版元はカンザス大学出版部ならびに自然誌博物館です。

 例によって、プロジェクト・グーテンベルグさまはじめ、各位に深謝いたします。
 なお、この訳文の正確さはいささかも保証されていません。正確に調べたいというこころざしある方は、必ず原テキストにあたってください。
 以下、本篇です。(興味本位の抄訳です)

 「後弯症」は、ハンプ・バック(瘻・せむし)とも称され、アジア産すっぽんにもアメリカ産すっぽんにも観察される。

 1937に『北京自然誌 Bulletin』上にGressittが報告しているのが早い。

 カンザス大の自然誌博物館には、三種の米大陸産のスッポンの〔病変した?〕骨格の標本がある。その三種とは「Amyda emoryi (Agassiz)」「A. mutica (Le Sueur)」「A. spinifera (Le Sueur)」である。

 A. emoryi の病変標本は、ふたつある。まずコロラド州 Phoenix, Maricopa で1926-5に採集されたもの。ついで、1936にカンザス川で採集されたもの。
 A. mutica の標本は、脊椎がない。
 A. spinifera の標本は、採集地データが無い。

 A. mutica (see figures) の弯曲はスムースで、カーヴが高い。
 他の2つのハンプは低く、頂点の形が比較的に鋭角である。
 A. spinifera の標本は、ハンプ表面の後部がほとんど垂直であり、前部との違いが顕著。

 A. emoryi の標本の頂点の後半部は45度に切れ落ちている。他の表面部分ではだいたい傾斜は35度だ。

 弯曲症の原因は不明である。
 発現は、後期胚 もしくは 胚後初期 のようである。

 仮説のひとつ。「肋骨プレート」(costal plates)が、胚の段階で肋骨と強直してしまい、あとは、もう、ゆがみつつ成長するしかなくなる。

 標本の、甲羅のいちばん大きなものは、長さ295ミリである。

 以下、博物館所蔵の多数のすっぽん標本に関する付表の中の、データを恣意的に拾う。
 甲羅の横幅の大きなものは282ミリである(ferox mutica)。縦長の大きなものは45ミリ(spinifera)である。

*** END OF THE PROJECT GUTENBERG EBOOK KYPHOSIS AND OTHER VARIATIONS IN SOFT-SHELLED TURTLES ***
《完》


パブリックドメイン古書『バーモント州のメイプル産業――その既往と現状』(1912)を、AIに依存せずに私訳した。

 抄訳です。
 気候変動はチャンスだと捉えることもできます。東北地方や北海道の、従来はあまり生産性の高くはなかった山間原野の「立ち木」が、そのまま食品原料になってくれるという可能性があるのです。新しい地場産業も増えるでしょう。

 もちろん、樹種を選んで、モノカルチャーになりすぎないようほどほどに、人為的に植林しなくてはいけません。造林は、数十年がかりの計画になるでしょう。
 外来種だからどうだとか、馬鹿なことをもう環境省に言わせている場合じゃないはずだ。コメだって日本原産じゃないだろう。

 乱世が来ています。これからもっと来ます。「エディブルな山林」がそこにあるとないとでは、日本国民の生存率が変わるんですよ。人の安全保障を最優先して積極果敢に山林改造するのが政府の責務です。

 百年以上前から有望だと分かっている外地産樹木のひとつが、サトウカエデ(砂糖楓・メイプルツリー)です。カナダの国旗に、その大きな葉があしらわれていますね。

 わが国にはなぜか、これに注目して紹介する書籍は無かったようです。なにゆえに? 寒冷僻地の住民たちは、やることをやらずに泣き言を並べていたのでしょうか……。

 原題は『A HISTORY OF VERMONT’S MAPLE SUGAR INDUSTRY』 。
 発行者は VERMONT MAPLE SUGAR MAKERS’ASSOCIATION です。

 例によって、プロジェクト・グーテンベルグさまはじめ、関係の各位に、深く御礼を申し上げる。
 図版は略しました。
 以下、本篇です。

 ヴァーモント州には、シュガー・メイプルの樹が、森林を成している。
 秋にその葉は紅色または金色に変ずる。

 入殖者たちは、耕地の面積を増やそうと欲して、数千エーカーの天然メイプル森を伐採してしまった。
 しかし近年、徐々に、面積を回復しつつある。

 バーモント産のメイプル樹は、フランス、ドイツ、オーストリー、イングランドにも運ばれ、定植が試みられている。しかし外地では、あまり善い成績を上げていないようだ。

 初期の入殖者たちは、メイプル樹に天然樹木として最高の価値を認めた。
 暖炉の薪材として、メイプルは最良である。灰は、カリ肥料になった。
 メイプル材から作った「炭」は、住民たちの換金商品になった。その灰もまた、カリ肥料である。

 砂糖製造のために、鉄の大きな薬缶で、メイプルの樹液(SAP)は煮詰められる。
 同様、メイプル灰を煮て、濾過すると、カリウムを濃縮でき、それは、売れる。商売として手っ取り早いから、それでメイプル樹が濫伐された時代もあった。

 近年では「ベニヤ板」工場が、メイプル樹を高く買ってくれるため、皆伐が進行した。

 最初期のメイプル・シュガーを語ろう。
 ヴァーモント州が世界から羨まれるモノはふたつ。人々と、メイプル・シュガーだ。

 トウモロコシ(Maize)やタバコと同様、メイプル・シュガーの利用法を知っていたのはインディアンたちだった。
 入殖白人がやってくる遥か前(それがいつなのかは分からない)から、サトウカエデの樹液を蒸留して甘いシロップをこしらえていた。
 地域としては、カナダ、バーモント、ニューハンプシャー、マサチューセッツ、コネチカット、ニューヨーク、ペンシルヴェニア、オハイオとミシガンだった。 ※なぜメーン州が含まれない? カナダも海寄りでは育たないということか?

 入殖白人たちは、すぐに、その天然資源の利用術を、見て覚えた。

 原初的なやりかたは、春にトマホークで、長い、傾いた、深い切り傷を、樹皮に刻む。
 溝の下端には木片を打ち込み、そこから樹液がしたたるようにする。
 シラカバの樹皮でこしらえた皿でその樹液を受け、それを、煮炊き用の土器にて、煮る。
 かくして、少量の、茶色のシロップが得られた。インディアンが知る、唯一の甘味料だった。

 白人でさいしょにメイプル・シュガーを作り始めたのは、カナダ人である。
 ヴァーモントの入殖者は、北隣のカナダ人たちからそれを習った。
 そうして得た自家製甘味料は、すべて自家消費された。南方のサトウキビを精製した砂糖も、市場では売られていたが、高額な贅沢品で、初期の開拓農民にとっては、とても手が届かなかった。

 自家製メイプル・シュガーは毎年、春にならないと得られない。ゆえに少年たちは、ことさら春が待ち遠しかったものである。

 インディアン流から、変更されたのは、器具だ。白人たちは、土器ではなく、銅製または鉄製薬缶で煮詰めた。樹液を採るのには、樹皮製容器ではなく、木製の桝(ます)を用いた。
 それを桶にまとめ、天秤棒で担いで、煮詰め場まで運ぶ。春先で雪深いときには、「かんじき」を履いて往復した。

 煮詰め場は、森の中の開けた場所に、風避けの穴が掘ってあって、その底で焚火を起こし、大きな薬缶を、竿の先から吊るして、熱した。
 当初は、その製造所には「覆い」や天蓋が無く、したがって製造工程中に雨やら雪やら、炭やら灰やら枯れ葉などが、混入したものであった。

 それで、「製品」は、暗色で、香りが強く、品質としてはピュアではなかった。

 今から半世紀ほど前に、製法がやや、近代化された。

 これが産業化している今日、砂糖果樹園農家では、シーズン前夜に怠りなく準備が勧められる。桶の箍は木製なので、それが傷んでいたなら新しくしなくてはいけない。新品の桶は、そのままだと樹液が洩れるため、まず水中に何日も浸しておいてから、使わねばならない。

 煮詰め場の穴には、新しい丸太がさしかけられて、そこに金属薬缶を吊るす。
 燃料にする樹木も穴に投げ込まれ、着火される。

 毎年、樹液の「抽出口」は新調されねばならない。材料は、生木のヌルデ/ウルシ。それを削って、赤熱させた鉄の錐により管状に細工して、嵌め込む。
 カエデの樹には、髄まで穴を開けた。

 「1インチ」または「四分の三インチ」の穴ぐり器具を手に、ひとりの作業員が、1日に50本のカエデ樹を、穿孔する。穴の深さは3インチを越えてはならない決まりである。

 樹液運搬のための「牛のくびき」を新調するときは、小さいシナノキ/ボダイジュを適宜のサイズに切断したものが素材に用いられる。
 「くびき」は牛の体形にフィットしていないと、牛が疲れてしまう。

 その昔、メイプルシュガーの収穫作業シーズンは、男子はハードワークを覚悟せねばならなかった。焚火の世話も求められた。
 両足は桶の重みでガクガクするし、顔と手は炎で火傷をしたものである。

 作業の最盛期、夕方に桶が集められると、父親は息子に、巨大なシロップ・ケトル中で煮立っている砂糖液を、「4クォート」(=3.8リッター)サイズの小型薬缶に移して賞味してもいいぞと言う。少年たちにはこれが楽しみであった。

 地面の穴の底でキャンプファイアのように燃えている石炭を少量、レーキで掬い取り、その小型薬缶を載せる。
 遂に煮詰まったメイプル・シュガーを雪面上にあけると、それは炭やら何やらの不純物混じりだが、こんなごちそうはなかった。

 直近40~50年で、技法に改良が視られた。
 まず、メイプルの原液を流す樋の構築。そして複数の薬缶がひとつの「アーチ」〔橋状の金属グリル台か?〕に据えられるようになつた。「ボトム皿」は大型で平滑なものになった。

 さらなる改善。樹液を「ボトム皿」に注ぐ前に予熱するヒーターがつくられた。

 次の進歩は、初歩的な「蒸発装置」。これは木製の側板と、波形の金属板から作られていて、複数のボトム皿を横貫している。しかし下方に穴は開いていない。
 その後の「蒸発装置」の改善はめざましく、今では、25ガロンから100ガロンの樹液を1時間でシロップにまで煮詰めてしまえる。

 往古のメイプルシュガーは味にも匂いにも雑味があったが、今日では製品の透明度が高くなり、メイプルのアロマ以外のフレイバーを発しないほど、ピュアに仕上がっている。

 今日、合衆国全体で製造されているメイプル・シュガーを合計すると、年産量は約5000万ポンド。
 そのうち「四分の一」はわがバーモント州産であろう。
 誤解なきようにつけ加える。総生産量のうち、最高グレードのものは、ごくわずかである。

 バーモント州産は、グレードが高く、ブランドになっている。だから贋物が横行する。
 最低品質の製品に、熊をあしらった偽ラベルを張り、バーモント産のようにみせかけたものだ。

 グルコースなどから合成した液体に少量のメイプルシュガーで匂いをつけただけ、といった粗悪品すらある。

 サトウカエデは、樹齢が40年以上にならないと、樹液の採取には適さない。バーモント州民としては、サトウカエデ林の保存や造成を図って欲しいと願う。
 天然木のなかには、直径が4フィート近いものも、稀にある。おそらく北米にピルグリム・ファザーズたちが上陸した1620年から生えていたのではなかろうか。サトウカエデも大木になれば、嵐や厳寒に堪え易い。

 果樹園管理者は、毎年3月になると、どのサトウカエデが樹液採取可能になったかを観察し始める。採取できるのは春の数週間だけだ。 根雪は、ふつう、ある。しかし悪天候の日には、採取作業は避けなくてはいけない。

 まず半融雪状態の地面に、作業道を整備する。砕けた氷の層があるので、楽ではない。牡牛や、馬を何度か歩かせて、道らしくするのである。
 採取する樹木1本につき、バケツは1~2個を用意する。
 地表から高さ2~3フィートのところに、樹液採取用の「孔」を穿つ。穿孔器のビット(先端)は、「八分の三」インチ径から、1.5インチ径である。
 その穴から、バケツまで樹液を導く「注ぎ口」(spout)を嵌める。往々、その「注ぎ口」の突起から、バケツも吊るすことになる。

 20個から40個の手桶が、橇に載せられ、それを「シュガー小屋」まで牛馬に曳かせて、大きなタンク内に溜める。
 そのタンクから「沸騰皿」もしくは「蒸発装置」まで、樹液を流し出す。流出量が一定になるように、オペレーターは調節しなくてはいけない。

 樹液は、複数の「コンパートメント」を次々に経由しながら加熱され、濃縮度を高めて行く。最後は「シロップ化完成皿」にて、煮詰め工程が終わる。
 柄杓の縁から、「皮革製の前垂れ」のような状態で液がしたたるように見えたなら、工程は完了だ。
 熟練工員に頼れないときは、温度計を頼る。
 すなわち、華氏219度(=摂氏103.9度)で煮詰めると、シロップは、1ガロン(net)あたり11ポンドの重さになる。

 標高の高い(大気圧の低い)土地では、それよりやや低い温度でも、同じ製品が得られる。

 煮皿ではなく「蒸発装置」を使って流す場合は、大量生産が容易である代わりに、密度が、ガロンあたり11ポンドよりもやや薄目になる。

 樹液を採取してから煮詰めるまでの時間は、短ければ短いほどよい。
 樹液をボイルし始めるや、あぶくとともに灰汁・被膜が浮き上がってくる。これは一定ペースで掬って捨てるようにする。火焚き係が兼任するから、忙しい。

 樹液が、ガロンあたり11ポンドにまで煮詰まると、硝石もしくは、石灰のリンゴ酸化物――しばしば「砂糖の砂」とよばれる――が結晶化して沈殿し、シロップから分離できる。

 この工程は、二段階以上ある。シロップが熱いうちにフェルトで濾すことにより、硝石が漉しとられる。残りをバケツの中で冷やすと、透明で琥珀色のシロップは流し出せるが、底に、結晶化した沈殿物(石灰のリンゴ酸化物)が残る。

 煮詰め用の深皿は、アーチ橋状の支持台の上に据えられて、その皿の下から火で焙られる。

 ブリキ製のペール缶もしくは木桶には、樹液が100ポンドも入れられることがある。この場合、煮詰め用の深皿は、高さ12インチ×横幅2フィート×縦長4フィート。

 もし、遠い国や、熱帯の海を越えてメイプルシロップを輸出する場合には、華氏240度(摂氏115.6度)から245度での加熱処理が必要になる。そのさい、砂糖を焦がしてしまったり、燃やしてしまってはいけないので、細心の注意が必要だ。

 非熱帯地方への輸出でなければ、加熱処理は、華氏235°(=摂氏112.8度)から、華氏238°で十分だ。

 ニューイングランド北部地方のメイプルは、5月~6月に新緑を生ずる。樹液の採取はその前の3月前半から可能になる。時に、4月まで始まらないこともある。

 今日では「蒸発装置」は銅製である。

 製糖業者が賢明ならば、「煮詰め作業所」は川岸に近いところ、もしくは、果樹園よりも最低でも30フィート低い地面に建てる。そうすることにより樹液を重力でタンクまで流し集めることが容易になるからだ。

 賢明な業者は燃料にする薪(最善なのは松)を1年以上も前から乾燥させておく。それで「蒸発装置」が効率化するから。また「煮詰め作業所」のスペースは、狭く壁で囲い、その内部の熱気が煙突のように上昇して行くように仕向ける。

 「煮詰め」のとき、不必要に高温にはさせない。好ましくない化学反応が起きてしまうので。

 入殖初期には、カリブ海の西インド諸島で栽培されていたサトウキビ由来の砂糖が、北米大陸に輸入されていたが、とうぜんながら価格は贅沢品クラスで、港から離れた内陸部では、なおさら、高額であった。

 メイプル・シュガーの需要が大きくなると、樹園生産者と消費市場はまともなパイプを築いていなかったから、卸売りを仕切る仲買ディーラーが、価格を支配するようになった。市場は拡大し続けたのに、逆に農家の所得は極小化した。農家が生産共同組合を作るなど組織化をしていなければ、こうなってしまうのである。

 粗悪品が横行するようになった。サトウキビ由来の砂糖に、ちょっとだけメイプルでフレイバーを付けたものが、ピュアなメイプル・シュガーだとして売られた。

 やがてバーモント州では、生産者組合が組織された。
 中央市場が創設された。
 登録商標も定まり、純正度を保証できるようになった。
 今日では「混ぜ物」をする生産者は少数派である。

 ドイツとカナダでは、政府が、メイプル生産者を補助している。アイルランドと英国では、政府は関与していない。

 注意深い計測によると、メイプル樹液の中の「シュガー」は約3%である。
 しかしかつて測定された最大値として10.2%という記録もある。それは採集シーズンの末期に記録されたという。その樹園の全メイプル樹の樹液中の「シュガー」含有平均率は5.01%だった。

 通例、合衆国内のメイプル樹園では、3月の半ばから樹液採集がスタートし、それは4月の第三週まで続く。
 きょくたんに早い記録としては、2月22日にスタートしたところがある。その採集は4月の第一週で終わったそうだ。

 樹液を採集できる「シーズン」は、平均すると約4週間しか、続かない。
 知られている最長シーズン記録は、43日間というもの。はんたいに最短のケースでは、8日間しか樹液を採取できなかったという。

 ※春先に樹木が大量の水を地中から吸い上げ始める現象は、他の樹種でも知られていると思う。

 バーモント州の生産者のアソシエーションは1893年に結成された。
 品質を向上させ、生産量を増やすのが目的。
 さまざまなイカサマから、生産者も消費者も守る。そのための広報活動も。

 アソシエーションは、ブランドを守る。
 基準以下の品質の商品には、「公式ラベル」を貼らせない。
 混ぜ物(adulteration)には特に目を光らせる。
 公式ラベルを貼ってあるのに、まがい物のメイプル・シュガーだったら、消費者がアソシエーションの事務局に通報するよう促す。

 内容量の公定。シロップもしくはメイプル・ハニーは、気密が保たれる金属缶またはガラス容器に入れて売る。
 通例は、1ガロン入りのブリキ缶だが、その中味のシロップは、正味11ポンドの重さがなくてはならない。もしくは、缶の重さも含めて、「11と四分の三」ポンドなくてはならない。

 色について。シロップは、樹液の採集期の初期であるほど、原液の色が薄く、したがって製品の色も薄いものである。

 往年の製品を知っている者は、今日のメイプルシュガーが「白すぎる」と不審に思うだろうが、これは製法が進歩して、「煮詰め」の工程が迅速化したことによっている。

 商品の保存法。砂糖状の製品は、暖地においては、なるべく冷暗な場所に缶を置くべし。
 金属の上蓋を取り去り、蓋の代わりに、厚手のマニラ紙(茶封筒用になる紙)を最上表層に密着させると、発酵を防ぎ、蟻避けにもなる。

 シロップ状の製品は、もしガラス瓶に移して保管したいのなら、光の当たらない場所でそれを保管すること。
 缶の中で発酵し始めたなら、加熱してボイルすると、元に戻る。

 バーモント州には「Pure Food and Drug law」があり、メイプル・シュガーとシロップに関し、ピュアと謳って混ぜ物をしたり、偽ブランドを使えば、処罰される。

 バーモント州で作られるメイプル・シュガーには、他州産にはないフレイバーとアロマが備わっている。土地と気候が違うから、特産になっているのだ。

 樹液の採集のさいに、孔を深く穿ちすぎると、佳い樹液は得られない。浅い孔から、色も香りも良好な樹液が得られる。
 採取したらすぐにボイルせよ。時間を置くと、フレイバーが逃げてしまう。

 シロップはフェルトで濾過すること。ボイル中、金属容器の底部に結晶が生じないように、温度を管理すること。

 1ガロンを精密に測れる「秤」を各自が備えること。それは信用問題なので。

 よくできた金属製の注ぎ口がついた金属製バケツを用意すること。
 バケツには「覆い」が必要である。

《完》


わが国と戦端をひらいた外国があった場合、その国籍保有者(多重国籍取得者を含む)が日本国内において所有している土地等すべての不動産は、日本政府が公収する――とする法案を、ただちに議員立法で通すべきではないか?

 これは正式の戦争だけでなく、軍事侵略に準ずると政府が認めるさまざまな実力行使についても、適用されるべきである。

 この法案が上程されることで、中国人は一斉に、日本国内の所有地を売りに出す。それは、とても良い事であろう。


パブリックドメイン古書『ハリファクス港大爆発事故速報』(1917)を、AIに頼まずに私訳した。

 第一次大戦中、北米大陸から欧州へ軍需品を送り出していた諸港湾では、ドイツ側の工作員が船倉に時限爆弾を仕掛けているという風聞が絶えませんでしたが、この一件にかぎれば、爆発原因についての疑いは特に持たれなかったようです。

 原題は『The Halifax Catastrophe』で、発行者は「Royal Print & Litho Limited」となっています。当時のカナダは、英国とほぼ一体の国体でした。
 12月上旬に発生した事件についての冊子を、多数の写真付きで同年内に出版しているらしいのはすごい。
 前例のない災害の規模が、誰にとっても衝撃的でしたので、情報統制が求められがちな戦時下ではありましたけれども、真相を過不足なく世間に速報しておく必要を、関係する複数の政府が感じたからでしょう。

 例によって、プロジェクト・グーテンベルグさま等、各位に謹んで御礼をもうしあげます。
 図版はすべて略しました。
 以下、本篇です。(抄訳です)

 大爆発は、1917年12月6日(木曜日)に起きた。
 現時点でこの事故を凌ぐような人災は、過去に記録されたことがない。

 ハリファクス港は、ベドフォード湾にある。
 その日、フランス船籍の汽船『モンブラン』の上甲板には貨物としてベンジンが、下甲板には、三千数百トンの「ニトロ・グリセリン」と「TNT」が積まれていたが、ハリファクス港になお用事があって、まさに入港せんとしていた。

 もう1隻、ノルウェー船籍の『Imo』号は、湾の北部からゆっくりと遠ざかろうとしていた。その荷物は、戦場になって疲弊しているベルギーの住民を救恤するための援助品であった。 ※ノルウェー政府はWWIでは中立を保った。

 2隻はゆっくりとヘッドオンで行き違おうとした。
 ベドフォード湾がハリファクス港にきりかわるあたりは海面が狭くなっており、「Narrows」と呼ばれている。
 そこで、ノルウェー船が、『モンブラン』に衝突してしまう。

 まず、上甲板のベンジンに火災が生じた。そして数分後の「午前9時5分」、3000トンの爆薬は轟爆した。

 港町のハリファクス市に、強烈な暴風が襲いかかった。「ノース・エンド」地区の、殊に2平方マイルが、燃え上がって廃墟となった。ウォーター・フロントの陸上建築物は、衝撃波と爆風で粉々になった。全市の建物が、損害を被った。割れずに無傷で残った窓は1枚もなかった。
 ※ところが写真を見ると、割れないで残ったガラスもあることが、容易に確認できます。特に屋根庇直下の最上部の窓列。

 死者1200名。負傷者2000名が、いちどに生じた。6000名が、住む場所を失った。
 被害総額は、4000万ドルと5000万ドルのあいだだろう。

 せめてもの救いは、海軍と陸軍がすぐに救難活動を始めてくれたことであった。同港は、欧州の連合軍に対する後方兵站拠点の一つだったので。

 合衆国はボストンから列車で医療部隊を送り込んでくれた。マサチューセッツ州が全面協力。

 以下、写真に添えられた解説文。
 爆発で市街上空に沸き起こった煙雲が、市の北端にたなびいている。45分間以上、この雲(キノコ雲という表現は当時は無い)はハリファックス市の全域から望み見ることができた。

 瓦礫の運び出しに、無害貨車の列車が活躍している。

 「Chebucto Road School」に安置されている犠牲者の確認をするために、縁者が殺到している。

 「Alexander McKay School」は、あたかもフランダース戦線で砲撃の的になった家屋のように見える。

 煉瓦積みの煙突は、爆風衝撃を耐えたとしても、土台ががたがたになっており、とつじょ、崩れるケースが頻発。その建物内に臨時に所在した負傷者や死者の頭上に、瓦礫が降り注いだ。

 急設の軍病院にトラックで運ばれる負傷者たち。

 爆心から2マイル離れていた郵便局と税関事務所も、ダメージを蒙った。

 学校の地階部分で、死者の探索活動が続く。

 身元が特定されぬ屍体約100の棺桶が集積されて、学校敷地での合同葬儀を待つ。

 布製テントで夜を過ごす、にわかホームレスたち。 ※切妻屋根型ではなく、インディアンのTOPI様の、円錐に近い外形の、数名用の幕舎が多数。

 つながれていた荷車から爆風で引きちぎられて即死している馬たち。

 「ノース・ストリート駅」の列車入線部分はガレキと化し、駅舎の屋根はまるごと吹き飛んでいる。

 爆心から2マイル以上離れていた新聞社のビルは残ったが窓がことごとく割れ、印刷工場にそのガラスと窓枠の破片が吹き込んだことで、大損害を受けている。

 リッチモンド区では、ただ2軒のみが、残っている。

 某プロテスタント教会はその墓地に、100体近い身元不明遺体の埋葬を受け入れた。
 カトリック教会も同様である。

《完》


今年買ってよかった商品

 北大の水産科キャンパスの近くにある大きな文房具店で売っていた、3800円くらいの、LED照明付きの、手持ち式大型ルーペ。
 たぶん、研究者たちが標本などを調べる用途に需要があるので、仕入れられていたのだろう。

 レンズはガラスではないようで、驚くほどに軽く、片手で保持していても疲れない。

 これのおかげで、ここ数年、眼鏡をかけていてもなお、薄暗い屋内では微小文字列を判読するのに難儀するために、まったく敬遠するようになってしまっていた『リーダーズ英和辞典』(冊子)を、再び楽に使えるようになった。革命的なデバイスだ。

 これがなかったら、文庫版の『湖月抄』を読み続けようという気力なども起きなかっただろう。眼鏡無しでも、このルーペだけでも、少しくらいなら読めてしまうのだから凄い。

 すべての老眼者、そして、室内が暗い人に、お勧めする。何処の何社なのか、製品表面にロゴが見当たらなくて残念だが、メーカーさんよ、ありがとう。