▼矢吹明紀『アメリカン・ポリスカー大図鑑』2003
密造酒は山の中で製造した。1933に禁酒法がなくなっても脱税目的で続いた。これを警察が峠で待ち伏せている。その追跡を振り切るためエンジン改造車が作られた。彼らがやがて賭けレースを始め、いまのストックカーレースとなる。
ビジネス・クーペのビジネスとはムーンシャイン・ビジネスのこと。
レーダー速度取り締まり機は米では1950年代に導入されている。
2ドア・セダンもボディの剛性ゆえに好まれる。
60年代までダイナモ(直流発電機)は残っていた。60年代なかばにオルタネーター(交流発電機)に替わる。
有鉛ハイオクと高圧縮エンジンの組み合わせによる大気汚染をストップさせたのが1970マスキー法。この施行後しばらくは低圧縮比エンジンの時代になる。大排気量だと中低速トルクが細くならない。
昭和28年に警視庁は「シボレー150」を多数輸入。パトロールカーに必要な性能を出してくれる普通乗用車は皆無だった(だからトラックが多用された)。※旧軍のスカウトカーは不整地仕様のため路上で高速が出せない。内地残存車数もゼロ。
1955にクラウン改造のトヨペットパトロールが警視庁に納入された。
1950以前は、回転しない赤い点滅灯だった。1950’sは茶筒型の回転灯。1970’s半ばに横に長い箱型の両端内臓回転灯に。1990’sは箱型のフラッシュ式に。
メトロポリタンは首都のことだがD.C.をメトロポリタンと呼ぶことはなく、シカゴ、ダラス、ベガス、デンバー、ソルトレイクシティの市警察がメトロポリタンポリスと呼ばれている。
州兵(ナショナルガード)も独自のミリタリーポリスをもっている。
ナイン・ワン・ワンをコールするとたとえ交通事故でもポリスカーの他に消防車と救急車も一緒にやってくる。基本的に3者が同時出動するのだ。
▼P・J・ヘルツォグ『戦争と正義』小林珍雄 tr.S30年
※東京裁判は正義だと説得していく本。シスコ講和後に誰が何の目的で訳刊したのか知りたいところだ。
オーストリアのカール帝はWWⅠ後、何の法手続きなくマデイラ島に流された。
WWII後の軍事法廷は「特殊国際法」と呼ぶしかない。
トマスによれば人間の人格的価値を傷つける行為が自然法的悪。
「自然権は、実定法によって与えたり除いたりすることはできない」(p.14)。※だから日本国憲法は違憲である。
自然法は国際秩序も支配するのが望ましい。※ヘルツォグは戦勝国が国際的公共善を知っていると疑わない。
戦犯処刑は自然法にかなっているのだ(pp.19-20)。
グロチウスは、聖書に戦争を禁じた箇所はない、と。
一種の国際的司法手続として戦争を見ることは、スコラ学の戦争観の基本的特徴の一つである。ヴィトリア:正戦を行なっている君主は敵国の判事たり。 スアレス:刑罰的正義の遂行としての戦争は、同一人を検事にもし、判事にもする。
Banezは正戦を認める。一市民は他の市民を勝手に罰することができないが、国家はできると。
ピオ2世や、あるドミニコ会士までがNBC戦を是認した。
ロマ書14-23、すべて確信によらざることは罪なり。
グロチウスの挙げるユダヤ人の戦いでは、彼等は果樹や家畜は寇せず。
グロチウスは、降伏した捕虜は、女子を含め殺してもよい、と(p.133)。
ヴィトリアいわく、戦争権でなされたものはみな、正戦にたずさわった人々の請求権に最も有利な方法で解釈される。よって、とったものはなんでも返さなくてよい。
法廷罪刑なくとも、自然法にもとづいていえば、犯罪があることだけで処罰をみとめるのに十分である(p.176)。
▼『防大紀要 第四十一輯』S55年・人文科学篇・豊福淳一「カントの国家論」
国際間の自然状態においては「戦争への権利は、ある国家が他の国家に対して、すなわち後者によって侵害されたと信ずる場合には、自身の威力によってみずからの権利を追求するために許容された方法である」(『人倫の形而上学』)。
なぜなら、自然状態では、こういう権利の追求は訴訟によっては行なわれ得ない。
カントは戦時国際法に人道の強い基準を持ち込もうとしなかった(p.18)。
▼ルヰ・レイノオ『近代フランスに及ぼしたるドイツの影響』佐藤輝夫 tr.S16年、原1921
ドイツ人は新聞などの利用が古来巧みだ。たとえば18世紀のグリム。
ルイ15世は歩兵学校に英語の課業を置くことを欲しなかった(p.43)。
フランス人は「社会」好きであり、それが個人の自然らしさを殺し、才能を萎縮させている──と既に18世紀の画家のフロレンが言ってた。
ゲーテのウェルテルは母親によって甘やかされた、訓練のできていない男ではないか。しかるにこの本は仏で大ヒットしたのだ。もっとも『新エロイーズ』が先行しているけどネ。サン・プルウは結局身を引くが(pp.78-9)。
ボナパルトはウェルテルをエジプトにもっていき、七度も読んだ。
この作品の模作が1800頃に無数に仏人により書かれた。
ボナパルトはルソーの弟子で「自然」派に属していたのだが、近東に近づく頃には「自然に従う人間は犬だ」と確信して述べた(p.102)。
フランス人論の最初期の仕事は、ベアド・ド・ミュラール『英国人及びフランス人に関する書翰』。
ピアノを即興的に弾ける田舎のドイツ人主婦。
ゴビノオは『人間種族の不平等論』1855の中で、ドイツ気質の純粋な代表者は英人とスカンジナビア人だと。
ナポレオン3世とは、「王座にあるドイツ主義的ロマン主義」なり(p.340)。
半世紀にわたるドイツの知的征服(p.340)。
1871にガブリエル・モノは『ドイツ人とフランス人』を著わした。
▼堀川武夫『極東国際政治史序説──二十一箇條要求の研究』S33年
1899に英露は、各々、揚子江、長城以北を鉄道権域とすることをとりきめた。
ハリマンは、日米共同で満鉄の整備充実を図ることが、ロシアの復讐に備える上からも得策であると説いた。
袁世凱は塩税を担保に外国から借款。
袁は1912にドイツと対支武器専売などの条件の借款を契約(p.54)。
スタンダード石油は北支に石油利権を得た。
山県は清朝存続の支那を望んだ(p.64)。
日支感情悪化の因は「志士」らの孫文援助(pp.69-70)。※殆んど倭寇に類す。
第五号希望条項は加藤の意に反するものをまとめてみたものだった(pp.96-7)。
日露役中の鉄鉱石は大治鉄山から来た。原鉱石と銑鉄(p.127)。
シナ人いわく「日本は平等の友邦として支那を遇すべき筈なるに何故に常に豚狗の如く奴隷の如く取扱むとするか」
袁が米に頼ったのは、英が欧州で忙殺されていたので。
日本はここでも秘密交渉でまとめようとし、ポーツマスと同じリーク戦術で返された。
シナ側「日本の兵器は欧米のそれに比して粗悪である」(p.231)。
対支武器供給は日独の実績が相半ばす。値は日本製が安い。
シナの対独参戦は1917-4で、青島戦は中立中に終わった。
▼広江源三郎『軍隊社会の研究』大14
著者は海軍機関大尉で任意除隊者。
陸軍は震災を契機に世間の評判がよくなった。ところが甘粕大尉事件でまたその評価を下げた。
機関科問題の根。英海軍は操帆を貴族の独占とし、機関は「相当官」と称して中流以下から採った。その後、重要度が逆転したのだ。
権兵衛の失脚後、海軍内の薩閥は解体した。
▼大村有隣『名古屋城 竝 尾張藩国防の研究』S12年
偕行社記事への投稿をまとめたもの。
がんらい城の北は人馬が立たない大沼であった。これに托して築いた。
城下は高台で、水を採りにくい。
「畠水練、兎兵法」(p.34)。
享保ころは日本には「足を練る」習慣が無かった?
天明期の伊藤直之進は、砲車による車戦を提案している。その当時の武士の体格は車夫に劣っていた(p.85)。
▼J・F・C・Fuller“The First of the League Wars”『全体主義戦争論』渋川貞樹 tr.S15年、原1936
Totalitarian War について。フラーは「イギリス・ファシズムの最も有力な闘志の一人」/訳者。
フラーは反共(p.4)。
機械化輸送機関の損傷破壊度は、一日の使用車両の5%に達す。
軍事目標から1km以内の病院は、爆撃免除を主張し得ないとフラーは信ずる。これを国際法で決めておくべきだと。
MGを防御に、Airを攻撃に使っただけで勝つ。山間移動中の側面防衛にはマスタードガスを用う。
罠地にガスを撒き、そこにMGやAirで追い込む。エチオピア兵は裸足だった(p.57)。※このような侵略と満州問題とを一緒にされてはかなわぬ。
Airによる追撃は山地戦では有効だ。ただし大軍に限る。
エチオピア軍は槍を中心としていた(p.100)。大部隊の正規戦は無理だった。だから後にゲリラ化した。
この数年、フラーは自動車ゲリラ隊の使用を主張。これは武装商船または私掠船の地上版だ。※Rat Patrole?
さらに、民間機によるテロ攻撃を主張(p.121)。
空襲はゲリラ隊には無効。かれらの村落、すなわち補給基地を爆撃汁。
「……切迫つまった敵が、自己防衛のために、同じ戦術を採らざるを得なくなるであろう。また、石油の輸入阻止を行うならば必ずや敵国をそうした情勢に陥入れることであろう」(p.125)。
※ドウエの最大の貢献は、ヒトラーにガスの使用を思い止まらせたことだろう。都市空襲報復の図が効いた。
ルイス・マムフォードは参考になる。歩兵の勃興とデモクラシーのリンケージはコンドルセ。
ナポレオン「余の軍隊の強さは、機械における力の如く、量を速度に乗ずることによって計られる」
クラウゼヴィッツの要約(pp.141-3)。
R.B.Fosdickの“American at War”の98ページに、「カイザーを釜ゆでにする教会決議」の模様が述べられる。
ナチ対ユダヤに関するフロイト的解釈(p.170)。
ロイドジョージは「イギリス最初のファシスト的首相」だ。
ヒトラー「……最も残忍な兵器は、もしそれがより速かな勝利に資するものならば、人道的である。……余は、予め数ヵ月間交渉を続け、長期にわたる準備を整えるだろう。だが……闇夜の電光一閃の如く、突如として、敵に躍りかかるであろう」※フラーはヒトラーがクラウゼヴィッツを読んだと見ている節がある。
「……もしムッソリーニが自己保存のために、戦争を敢行するという全体主義的方策[対都市空襲のこと]を採らなかったならば、彼は敗北を喫しただろう」(p.196)。
WWⅠにおける連合国の根本思想は「飢餓」による勝利であったが、イタリアは、敵の神経に対する攻撃をあみだして、それを無効にした。これが全体主義的戦争なのだ(p.203)。
※プロテスタンティズムは当該地域に独特の飢餓の記憶が動力だろう。間引きや捨て子のあり得た地域とそれは重なる。
パリがフランスにとって政治的に重要である如く、ロンドンはイギリスにとって糧食補給上、重要なのである(p.214)。
某人いわく、敵の側における革新ほど、軍人の精神的憤激を捲き起すこと確実なものはない。
「地下防空室よりも遥かに効果的なのは、防火建築物である。というのは、火災が一番危険だからだ」。当時独ではまいとし4億ライヒスマルクが火災で失われていた。
C・G・フィリップはV2開発を報告していた(p.233)。
フラーは反ユダヤ的傾向をみせる(p.241)。
空襲では防御の利は無い。その例証(p.247)。
WWⅠ中、飛行船は52回、固定翼機は59回、英を空襲した。死者は、前者計が556、後者計が857。1935の交通事故死者は6500人だ(p.253)。
フラーは戦艦2隻の起工に抗議する。
機械導入によって人間の徳性は向上する(p.296)。
貨幣を廃止汁(p.308)。
「自由」を骨子とするイギリス・ファシズムを説く(pp.340~)。
▼林屋友次郎『佛教の戦争観』S12年
上海仏教日報というメディアがあり、日本政府は仏教をも実利に協力させていると。
これに反論し、明和会(翼賛仏徒)は「一殺多生」だと(p.4)。
いかなるものにも「自性」がない。だから仏教は戦争そのものを悪いとも善いともしていない(p.10)。
イスラムの神は「攻め戦う者を憎めばなり」(p.17)。
『大般若理趣分』には「たとひ三界所攝の一切の有情を殺害するも、これに依りて地獄に堕ちず」と。
日本では平安朝いらい、天皇=金輪聖王だと解説する派がある。つまり如来の化身だと。
王道を説いた経典が無数にある。そのひとつは、三大徳を、有信・有力・有思だとする(p.26)。
王者の正法は、大慈悲と不放逸である。つまり仁愛と正義。
鎮護国家としての寺。奈良朝には7大寺。桓武朝には10大寺。天平13年の国分寺。華厳経に基づく。
護国思想をもつ三経典。法華経、金光明経、仁王経典。→正法護持。
阿含経のエピソードは、よく治まっている国への侵略をいましめる。
聖徳太子は慈悲を2つに分けた。攝受・しょうじゅ=愛撫と、折伏・しゃくふく=折檻。
仏教にいう平等は、バランスのとれる状態を指し、それが目的。国家を完成するとは、国家をこの世ながらの浄土とすることである(p.55)。
ローマ以前にもアッシリアやペルシャが、諸国民を征服することが地上に真の平和を実現する所以であると信じていた。
日露役の死者は75000人。大震災の死者は10万人だ。
バーナード・ショウは、毒ガスや空軍を中心に大軍拡競争をすれば先進国間では戦争は抑止されると主張。
英国セシル卿は、化学成分を共通知識にすれば化学戦は価値がなくなると連盟で演説。 米国の提案。化学戦の材料と器具の取り引きを国際的に禁止しよう。→化学工業国の独占になるとの反対うけて撤回。
曾我五郎に対し、工藤祐経の子からさらに仇討の願あり。やむなく斬首。四十七士も同じ理由で。無限復仇を止める為。
▼細野・他『中米・カリブ危機の構図』S62年
トリニダッド・トバゴは産油国。
ハイチの国民一人あたり所得はインドより低い。
10年後にはヒスパニックが米最大のマイノリティになる。
旧英領カリブ諸国では出生率低下傾向。※ここからパウエルが出た。
他は爆発。
▼東京裁判研究会『パル判決書』上下、講談社、S59年
パルは経歴上、主席だったが、色の関係でウェッブになる。
米人弁護人は日本側の要請。
重光と梅津はソ連の要求で追加した。
盧溝橋の第一発は共産軍ではないか(上p.91)。
大陸法には少数意見書の習慣ないが、仏蘭判事は書いた。
オランダとソ連だけが日本に対して先に宣戦した。
田中隆吉証人はなぜあんなに太っているのか。パルはこの証人に気分が悪くなった。※板垣日記によると他の判事も気分が悪くなった様子だと。
連盟で人種平等案を潰したのは豪州のW・M・ヒューズ。
世界の対日世論悪化は、1905頃のウィッテの宣伝による(下p.256)。
解説。インドは沖縄信託統治に反対し、日本とは単独で平和条約を締結。
再来日したとき広島の「あやまちはもう繰り返しません」を見て憤慨した。原爆犠牲者に捧げる言葉ではなかろう。
この判決書は英国でも公刊を禁ぜられた。
パルの戦後講演。「真理をさとったと見せかける誤りを避ける力が、人には与えられていないように見える」
パルは1967に死去。
▼田辺繁子『マヌの法典』S28年、原AD200頃。最古訳は1794英訳。
独には1797重訳でニーチェもこれをみて感激した。
名前の付け方にも4階級を反映せしめよ。
「真実は沈黙に勝る」(p.52)。
11の感覚器官:耳、目、舌、鼻、肛門、生殖器、手足、言語器官。※1830パリ印行の訳書でフロイトはこれを見たろう。
たとえ正当でも師を非難すればロバに生まれ変わる。
王は山獄の防塞の中に宮殿を建てなければならない。
戦利品は獲得者のもの。
狼の如く奪い、兎の如く危険を避けよ(p.191)。
六軍:象、馬、戦車、歩兵、将校、輜重兵。
敵からの逃亡者には特に警戒しろ。
林中では弓、丘陵では剣を使え(p.202)。
戦闘は予測不能だから、最後の手段。
▼クセノポーン『騎兵隊長・馬術』田中秀央 tr.S19年、原BC365
解説。この書以後、騎兵には歩兵がつくようになり、だく足で走れぬ馬は排除された。
当時、鐙が無いのに、飛び乗りや、騎上投槍を強調。蹄鉄もなし。
「若し人が飛行してみたいと思ってゐるとすれば、人間の行動のうち乗馬ほど飛行によく似たことはない」(p.36)。※坂井三郎は同意するだろう。
馬は放馬せんとする時には首をまっすぐ伸ばす。馬は怒ると鼻の孔をひろげる。
ギリシャ馬は咬み癖あるので口輪も用いた。
ペルシャの投槍は、より短く丈夫。