頼山陽はヴォルテールの『カール12世伝』を聞いてたんじゃね?

 現在クラウゼヴィッツの『戦争論』を「超訳」中ですが、次々と余計な関心が沸いて参ります。
 クラウゼヴィッツはスウェーデン王のカール12世(1682~1718)を、ナポレオンやフリードリヒ2世のような「軍事の天才」ではない、と貶めているのですが、そう判定した根拠の伝記があるはずだ。
 それは、ヴォルテール(1694~1778)が1731に書いた『Histoire de CharlesXII,roi de Suede』しかないでしょう。ク氏は外国語では仏語だけは読めました。
 このVoltaireの伝記、今では英訳が出ていて、それは『History of Charles XII, King of Sweden』といい、出版社はBarnes & Nobleで、ペーパーバックの価格が $25.11 だとインターネットで分かるのですが、函館市には洋書店がないのとワシには万年カネがないので手がでない。
 そのインターネットの宣伝文句にいわく。…… the figure of Charles XII lit up the European sky like a meteor and seemed to disappear just as quickly. ですと。
 メテオは「流星」ですぜ! 仏語だと meteore〔アクセント記号略〕。
 これってひょっとしてボルテールの表現のなかにあったわけ?
 だとすると、1915に箕作元八が『北方の流星王』を書いたとき、どうせ参考文献はヴォルテールなんだろうから、その原文の meteore という表現をみて、「こりゃ西洋版の上杉謙信じゃなあ」と思って名付けたのか?
 明治育ちの教養人なら、誰でも、頼山陽(1780~1832)の川中島合戦の漢詩中にある名文句、「流星光底長蛇を逸す」ぐらいは知っていました。流星は謙信の刀もしくは馬のこと、長蛇は武田信玄その人のことです。
 でも、オーソドクスな漢詩としては、斬新な表現でしょう。白馬や、勢いのある筆を「流星」に譬えた漢詩はシナにはあったようですが、宝剣を流星と表現した有名な漢詩はなかった。漢文では、むしろ「終焉」のイメジでしょ。「巨星墜つ」とか。それを頼山陽は、謙信の刀ではなく、謙信その人の生涯やキャラクターと重ねるように、技巧的に誘導をしています。
 そこでハタと膝を打ったわけっす。
 頼山陽こそ、ボルテールの伝記中の「流星」という表現を、誰かから教えられていたのではないか?(いや、原文にそれがあると仮定をしてですが…)
 シャルル12世について使われている表現を、そっくり頂戴して、本朝の上杉謙信の表現に適用したのではないか? さすがに人間を流星に喩えるのは漢詩の伝統では無理だったので、それを刀としたんでしょう。
 こうなるとどうしても Voltaire 著の英訳バージョンを読まねばと思う。だれか読み古しを譲ってくれる人はいませんか?
 丸山熊男が1942にヴォルテールから和訳した『英雄交響曲 チャールス十二世』ってのもあるらしいんですけど、戦前の訳は、陸軍省の検閲を気にして、細部の表現が素直でないおそれがあります。まあその配慮を読むのも面白いんだけど、いま、そんなヒマはねえんだよ! 物事にはなんでも締め切りがあらぁ。てっとり早く確かめるには英訳版が一番。なければ仏語版でもいいので、ひとつ皆さん、お願いします。