シリアで捕えられたヨルダン軍戦闘機パイロットについて

 イスラム国に捕虜になっているヨルダン空軍のF-16AM機のパイロットの階級は中尉(First Lieutenant)である。名前は Mu’ath Safi Yousef al-Kaseasbeh という。
 2014-12-24は水曜日。その日の早朝に、このアルカセスベー中尉はシリアのラッカ市(ISが占拠中)上空で何らかの理由でベイルアウトした。
 ラッカ市の近郊にハムラ・ガナンという村があり、ベイルアウトの結果、その近くの湖に着水したらしい。IS戦闘員により、水面から引き上げられて、そのまま捕虜になった。
 パイロットのIDカードもISがツイッターに画像UPした。それによると27歳である。
 このパイロットは2014-6に結婚している。
 米軍とアラブ諸国によるシリア内のイスラム国目標に対する爆撃は、2014-9-23からスタートしている。
 シリア空爆に参加しているアラブ諸国空軍は、サウジアラビア、ヨルダン、バーレーン、UAEで、カタールは基地提供で協力している。
 しかしイスラエル筋によれば、その墜落以後、ヨルダン空軍は、空爆を止めた。ISILとネゴシエーションを続けている傍証である。
 ヨルダンは対ISの情報収集の結節点である。
 ヨルダン国王は、ISは武力だけでは退治できないと言っている。理性によって彼らのイデオロギーと対決する必要があるんだ、と。
 有志連合がISを空爆し始めてから最初の軍人捕虜が、この中尉であった。 ヨルダン政府は公式にはISのことを「デシュ」と呼んでいる。
 英国のハモンド外相は、この捕虜パイロットについての懸念をすぐに表明した。なにしろイスラム国はその時点で3人のアメリカ人と2人のイギリス人を斬首していたから。※ヨルダンは英国が庇護してきた関係が長い。ヨルダン国王も若い時に英軍に留学している。
 ヨルダン情報相は、F-16は地上砲火で撃墜されたと語った。
 しかし米米軍のセントラルコマンドの司令官ロイド・オースチン大将は、これは撃墜ではないと否定した。さりとて、ベイルアウトの真因は語らず。
 ロシア製のMANPADである「イグラ」やSA-7ストレラがイスラム国に保有されているのは確かである。イラク軍やシリア軍がストックしていたものが、鹵獲されているから。1991湾岸戦争では、1機のトーネイドがこの肩射ちミサイルで落とされてもいる。
 しかし、他のたくさんのF-16はSAMで狙われたという報告をぜんぜんしていない。F-16は高度6000m以上をキープするよう命令されているはずなので、MANPADが当たるはずがないのだ。だから、この機体は機械故障を起こしたのか、さもなくば、パイロットが愚かにも低空を飛んでみすみすAAの餌食になったのだ。中東では、まるで適性などない若者が、王族や金持ち家庭の出身であるというだけで戦闘機パイロットになっていたりすることは、よくある。
 F-16はシングル・エンジンで、しかも空戦時の敏捷性を追求した設計であるので、わざと「不安定」につくられている。もし電力が切れた状態だと、安定滑空などはできない。だからパイロットには、不具合→即・エジェクト 以外の選択は無いのである。
 2014-12に、この中尉をISが訊問する模様がビデオ公開された。米国は、ビデオ映像からその場所を特定したらしく、2015-1-1の夜11時30分に、ラッカに対して救出作戦を実行した。
 複数の固定翼機(機種不明)が低空から多数の照明弾を落とし、且つ、地上攻撃をする中、2機のヘリコプターが、市の東郊の屋敷に着陸しようとした。だが地上から小火器で猛烈に射たれたことで、2機とも着陸を断念した。
 その直後に、やはり2機のヘリコプターが、ラッカ市街の某所にやはり着陸しようとしたものの、こちらもまた同じように地上からの乱射を受けるや、着陸せずに飛び去った。
 中尉奪回作戦は、失敗したのである。
 じつは2014-6に、米軍特殊部隊は同じような失敗をしている。このときは、民間人のジェイムズ・フォーリーを救出しようとしたのだが。フォーリーは殺された。
 ちなみにヨルダン国王は、おんみずから、ブラックホークとコブラを操縦できるだけでなく、1993にはヨルダン軍特殊部隊の長になっている。※クーデターが起きたらいつでも自分の操縦で脱出できるわけだ。
 したがってヨルダンは、やろうと思えば隣国に対して自力で捕虜奪回作戦もできる。
 大問題は、捕虜の現在位置についての正確な情報が無い。
 次の問題は、ラッカまではブラックホークなら往復できても、コブラは脚が短くてそこまで作戦できない。ブラックホークでも、増槽が必要になる。
 ヨルダン軍のUH-60は空中給油機能がない。シリア砂漠でC-130に給油させるという方法はある。
 英『デイリー・メール』紙のネット版を見ると、12-24の墜落直後からいろいろなコメントが書き込まれている。「ISを攻撃するパイロットは自殺ピルを携行すべきだ」「オレがパイロットなら、ベイルアウトしないで機体ごとダイブする」だとかの「斬首されるよりむしろ自死を選べ」という意見が結構あるのに感心する。まあ、若い読者たちなのだろう。そしてここにも「A-10厨」が多数、沸いているのを確認できる。パイロットや潜入民間人は、衛星に自己位置を教えるビーコンを体内に埋め込むべきだ、という意見が、貴重だと思った。