兵頭本[新装版]『「地政学」は殺傷力のある武器である。(徳間書店)』/兵頭[寄稿記事]情報『月刊BAN 2020年6月号』/『Weekly 虎ノ門ニュース 5月24日』の事/管理人U

 こんばんは。
 一つ目。
 お笑いコンビ『米粒写経』の天才・居島一平さんが、ラジオ番組で兵頭本『近代未満の軍人たち―兵頭二十八軍学塾』に触れて驚いた話。 

 『米粒写経』のYouTube公式チャンネルで公開された『米粒写経 談話室 2020.05.22』。
 居島一平さんの、私の大好きな『きゃりーぱみゅぱみゅのモノマネ』は更に深化・進化していた。手に持った梅酒を落としそうになるくらい大笑いした。
 文句なしに、天才だと思う。(1時間8分が経過したくらいの箇所)

 その居島一平さんがナビゲーターを務める『Weekly 虎ノ門ニュース(5月24日)』を偶然聴いた。
 『近代未満の軍人たち―兵頭二十八軍学塾』の書名を彼が挙げたので驚いた。単にタイトルを紹介しただけなのだが、兵頭ファンとして嬉しい──やはり天才は天才を知るのか。梅酒を喉に流した。私は自室にいる午後は大抵、お酒を呑んでいます。


近代未満の軍人たち―兵頭二十八軍学塾

 二つ目。本題。
 名著『「地政学」は殺傷力のある武器である。(徳間書店)/兵頭二十八 著』の新装版が2020年5月29日に発売だ。
 電子書籍版もあるが単行本版は1210円。新書サイズの分厚い、本当に『新装版』らしい。もちろん私は買いますよ。

[本書の内容紹介]
過去から未来まで変わらないものを見極められるのが地政学の効用

◎「世界における英国の一人勝ち」の理由探しから始まった地政学
◎「艦隊は分割するな」が、アルフレッド・マハンの卓説
◎地域の強国と準強国とを拮抗させるスパイクマンの地政学
◎内部から必ず裏切り者が出るのが中国大陸の変わらない文化
◎もはや日本は朝鮮半島など必要としない
◎すばらしい戦後日本の地政学的環境
◎「シェール・ガス革命」と「パナマ運河拡幅」が意味する地政学の新事態
◎対儒教圏の理想的バリアーとなるハイテク機雷

 当然に私は以前のものも買って読んでいる。オススメの一冊であるのは間違いない。
 あれこれ私が書くよりも、上記の目次が十分な広報だと確信する。買って損は無い一冊。なんでこんなに面白い本が書けるのに、ユグドアで乞食行為をせにゃならんのか、私には本当に理解できません。この世に神はいないのでしょうか。

 

 三つ目。
 兵頭[寄稿記事]情報『月刊BAN 2020年6月号(株式会社教育システム)
 特集 情報戦2020 スパイからAI・5Gへ
『米中の「AI覇権戦争」はどちらが勝つのか?/兵頭二十八』

 これを書くのは正直、心苦しい。なぜか?
 『月刊BAN』は警察職員しか買えない雑誌なのだ。ここで紹介しても、入手できる人はたぶん、限られると思う。私もある方のご厚意により雑誌を頂いただけなのだ。

 私は20年くらい前、国会図書館と東京都立中央図書館に通って兵頭記事を集めた。『月刊BAN』は国会図書館にすら置いてないのではなかろうか。(あったらスイマセン)
 そんな雑誌なので、どうやって読めばいいんだよ?──と問われたら困るのだ。が、やはり兵頭寄稿記事。え、ホント?──という情報も含まれていて面白い。
 
 クローズドな媒体だからあまり詳しくは書くのはやめておきますが、もし手にする機会があれば、是非読む事をおすすめします。

(管理人U)

2020年5月4日の京都四条と嵐山の様子/管理人U

 コロナ禍の真っ最中。ゴールデンウイーク。
 TVからは、コロナ禍が更に苛烈に世界を覆い、状況が悪化すればするほど儲かりそうなコメンテーターの言葉が聞こえてくる。そんな風に聞こえてしまう私はたぶん、性格がとても悪いのだろう。

 急がねばならないのかと問われると返答に困るが、必要な用事を済ませるために京都へ向かう。四条河原町まで自宅近所の駅から40分程度。だからまあ、ご容赦願いたい。

 三密を避けろといわれるが、車両の中はそんな状態とは程遠い。

阪急電車内。三密どころか乗客は1車両に2~3人くらい。

 四条河原町駅近辺に用事があるのだが、一駅手前で降りる。散歩がしたくなったから。こうみえて、そこそこに人は歩いている。ただし店が開いていない。

烏丸駅周辺

商店街

 198年続いたお店が閉店するという張り紙を見て、少し考えてしまう。
 閉店は、お店のステータスを対観光客に全振りしてしまったからだろうか? それとも、かつての馬具のように、すでに必要とされなくなったからなのだろうか?
 前者だとしたら、経営判断というのは本当に難しいと思う。後者ならば、エルメスのように方針転換をするのは、やはり容易ではない。結局、商売は難しい。本当にそう思う。

デートコースの定番、先斗町。人がまったくいないが、昼間は以前からそんなもんだ。

 用事の前に、食事を取ろうと考えた。あまり店が開いていないが、天気は良い。こんな日は、鴨川沿いに座って何か食べたい。
 四条大橋近くの料理店ではテイクアウトの焼肉弁当を売っている。2000円。ステータスを外国人観光客に全振りした結果か。
 あまり今の時期に適当な金額設定とは思えない。たぶんそれなりに良い食材を使っているのだろう。そういう値段設定にせざるを得ない品質なのだと思う、これまではそれで良かったのだ。ただし、単に用事があって京都に来た1人のオッサンが買うかというと、疑問だ。店内で食べる事ができるならそれでも問題無いが、テイクアウト専用。晴れているから鴨川沿いで食べられる。雨だったらどうするのだ。中々にハードな値段設定だと思う。

四条大橋

 結局、マクドナルドでビッグマックセットを買う。鴨川沿いで座って食べた。
 ビッグマックはいつでもどこでも同じ味。私が過去に訪ねたいくつかの国でも、なぜかビッグマックは同じ味がした。ケンタッキーフライドチキンは全然違う味なのに……。美味しいので助かるのだが。

 ステータスを観光客に全振りすると、観光客以外からそっぽを向かれる。
 特に外国人観光客に全振りすると、観光目的以外の日本人が近付かなくなる。大阪の黒門市場が顕著な例なのではないか。

 私は15年程前にも大阪に住んでいた。当時、黒門市場は本当に閑散としていた。コロナ禍発生直前の活気はひとえに外国人観光客のおかげではあるのだ。
 日本人が来なかったから、インバウンドに頼った。その結果が今。本当に難しい。 

四条大橋から鴨川を見下ろす

 

 用事を済ませて──すぐに帰るのも勿体ない気がした。嵐山まで足を延ばす。バスで数十分。どうせ帰宅は阪急電車。嵐山駅から乗れば良い。

嵐山 渡月橋

 意外な事に、結構人が歩いている。自動車も多い。ちょっとした渋滞ができていた。ただ、大きな駐車場を持つ施設は閉まっている。お店がほぼ閉まっているのだ。一体どこに停めるのだろう?

お店はほぼ営業停止中。ただし少しは開いているお店がある。

嵐山 竹林の小径

 竹林で、韓国人の中年女性3人組に写真を撮ってあげた。観光客ではあるのだろうが、日本語が上手。日本に住んではいるのか。

 

 1年半ほど前に東京から大阪に転勤してきて──あまりの外国人観光客の多さに驚いた。大阪も京都も、だ。心斎橋のドラッグストアでは呼び込みの声が中国語だ。歌舞伎町ですらさすがに呼び込みは日本語なのに。

 心斎橋も嵐山も、一見してステータスが外国人観光客へ全振りに思えた。正直、日本人で、しかも嵐山ですら片道1時間もかからない距離に住んでいる私には、行く気が失せていた。疲れるし、人ばかり多いし。

 今回、こういう時期に訪れるのは褒められたものでもないのかもしれないが──嵐山は、人があまりいないからだろうが、美しいと思った。

 この美しさと経済的復旧を両立させる事は殆ど不可能なのだろう。それでも、何とかならんものか。全く、観光業と無関係な私の無責任で勝手な希望だ。

(管理人U)

2020年4月11日の大阪市の様子/管理人U

15時 梅田 阪急百貨店前

 コロナ禍によって緊急事態宣言が発令された大阪。2020年4月11日の夕刻。整体院で施術を受けた後、天王寺駅で考えた──不要不急の外出は控えるべきだ。しかし、帰宅途中に多少の散歩をするくらいは許されるだろう。ただ歩くだけなのだ。

 いきなり写真を撮り忘れて恐縮だが、西成区のあいりん地区では、中国人女性が営業するカラオケ居酒屋のかなりの数が休業していた。もちろん、営業している店はある。古い曲を歌い、酒を呑み、タバコを燻らす客。コロナ禍がどうなろうと、生活は変えられないのだろう。

18時 通天閣付近

 通天閣まで歩いて、緊急事態宣言を理解した。あくまで『自粛要請』──日本人は凄い。人がいない。いや、人が全くいないというわけではないが、営業している店が少ない。あれほど観光客で賑わっていた通天閣付近が、だ。
 営業している飲食店も無いわけではないが、店内に客は1組か、いても2組。大抵の通行人はただ『通行するだけ』だ。

18時30分頃 日本橋

 日本橋も同様、営業している店自体が少ない。夜中ではない。18時半でこの暗さだ。店舗の光が普段いかに大きいのか理解できる。自粛対象ではなさそうな業種のお店も閉じている。単純に人が少ないから閉めたのだろう。

 飲食店の多くは閉まっている。が、山盛りの牛丼(豚丼?)の店には多少は客が入っていた。日本橋らしくて微笑ましい。
 女の子が添い寝をしてくれるリフレの呼び込みが目立つ。今の時期には中々難しい商売だと思う。(『リフレ』って何語なのだろう?)

19時頃 なんばグランド花月前

19時半頃 道頓堀

 19時から19時半頃のなんば~道頓堀。真夜中ではない。まだ20時にもなっていない。歩いている人はいるし、営業している店も無いわけではないが、店内に人は殆どいない。ガールズバーの呼び込みの女の子数人から話しかけられた。
 私は過去何度、道頓堀に来たかわからない。20時前にガールズバーの呼び込みの女の子から話しかけられた経験は無い。それだけ通行人が少ないのだ。真夜中、いや明け方レベルの人通りである。

19時半頃 宗右衛門町

 

心斎橋アーケード内

 西の歌舞伎町こと宗右衛門町。正直、私はあまり行く事がないのでよくわからないが、人が少ない事は間違いなく理解できる。営業しているバーもあったが、20時閉店と書いてあった。そんなバー、誰か行くのか?(行けるのか?)

 心斎橋アーケード内はやはり、営業している店が少ない。自粛対象ではなさそうな店も閉めている。

 

20時頃 梅田 阪急メンズ大阪前

20時頃 梅田 東通り商店街付近

20時半頃 梅田 阪急メンズ大阪前

 20時~20時半頃の梅田の様子。
 人通りの少ない宗右衛門町でも聞こえたのが、若い男性数人組の奇声。酔っているのかテンションがただ高いだけか、煩い。
 東通り商店街では、女の子1人の前を3人組が塞いで強引なナンパをしていた。ウサギのように女の子は走って逃げた──20時半の話である。普通、するかね? そんな早い時間に。(遅い時間なら良いわけでもないけども)

 先日U-NEXTで『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』を観て浄化された心が一気にオッサン色に戻った気がする。そんな光景。なんだかドラゴンクエストの夜の世界のようだよ。

 『自粛要請』だけなのに。梅田や心斎橋ですらこうなのだ。マニラのエルミタ地区やバンコクのプロンポンならどうなっているのだ? なぜ私は日本にいるのだ? 見てみたい。大好きなマニラやバンコクの様子を!

 嘆いても叶わぬ事。2億円あれば全力で****の株を買ってアーリーリタイヤしてスービックで暮らすつもりだが、そんなお金は無いのだから来週もまた働かねばならない。何よりいま私は大阪に住んでいるのだ。見ようがない。……いや、アンヘレスは健在なのか? 大丈夫なのかあの街は? A・n・g・e・l・e・s Cityは!?

 こんな自粛、本当に1か月も継続できるものなのか? 爆発するんじゃないか? 何かが。
 本当に外国ではもっと強烈な都市封鎖なんてできているの? そんな事、できるものなの? いつまで出来るの?(私の身内がオーストラリアのアデレードという街に住んでいる。『街に誰もいない』とメッセージをもらったけれど、行ったこともない街の事はよくわからない)

 私がいままで経験した事のない事態だ。ものすごい事だ。

 早く今次コロナ禍が収束してほしい。そしたらまたスービックかパタヤに行こう。

(管理人U)

『当サイトでの投稿を含めた、兵頭二十八の活動全般を応援したい方たちによる喜捨行為』について/管理人U

 右や左の旦那様。お世話になっております。『兵頭二十八先生の収益多角化計画』はいまだ模索中だそうです。少なくとも『うちのガソリンスタンドでアルバイトしませんか』というお声はかかってないようです。

 YggDore(ユグドア)というサービスをご存じでしょうか。
 WEBサイトのアドレスを指定して、チップを送金できる仕組みです。匿名でお金とメッセージを贈る事ができます。
 兵頭先生も含めた関係者との協議の結果、ここに登録する事にしました。
 当サイトあてに送金いただく場合のアドレスは『https://st2019.site/』です。兵頭二十八先生へお金は届きます。文字通り乞食行為です。

 誤解されてはマズいので、太文字でお伝えしておきます。

 送金された方だけに対する『特典』は、ありません。
 当サイトへの投稿を含めた『兵頭二十八の活動全般を応援したい方たちによる喜捨行為』──現時点では本当に、それだけです。

 さすがに「万が一、億が一、月刊連載の年間原稿料くらいのチップが入る事があれば、当サイトで毎月か隔月、かつての『正論 CrossLine』や、『読書余論』を彷彿とさせる『兵頭二十八の放送形式 2020年3月16日』のような投稿があると良いな」と私個人は思っております。思ってはおりますが、大方針が『お金を払った人だけ見れるものにはしない』である事はたぶん変わりません。『チップを贈って下さった方だけ』の特典にはなりません。

 それでもよろしいという右や左の旦那様。「寒い函館、灯油代にでもしなさい」「これでパンでも買いなさい」──という御心で、兵頭二十八先生への喜捨をよろしくお願いします。


『YggDore(ユグドア)』でのチップの送金方法

『YggDore(ユグドア)』へアクセスします。
https://www.yggdore.com/

②チップの送金先ホームページアドレスを入力して『カゴに追加』ボタンを押して下さい。当サイトのアドレスは『https://st2019.site/』です(『兵頭二十八』へお金は届きます )。

③チップの金額やメッセージを入力し『保存』ボタンを押して下さい。

④ページ上部の『カゴの中のチップを見る』ボタンを押して下さい。

⑤『注文開始』ボタンを押して下さい。

⑥-①匿名で投げ銭をされたい方は『今回はゲストとして注文します』を選択してください。アカウントは必要ありません。

⑥-②すでに『YggDore』のアカウントをお持ちの方は『以下のアカウントで注文します』を選択することができます。

⑦お支払い方法は現在は『銀行振込』しかありません。

⑧『口座名義』を入力し『注文の最終確認へ』ボタンを押して下さい。

⑨『注文する』を押しますと、『YggDore』よりメールが届きます。
メールへ記載された『YggDore』の口座へご指定の金額をお振込みください。

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兵頭二十八の放送形式

「ゆぐどあ」を学びました。

アルバイト、なんでもやります。

皆さんのユグドア喜捨のおかげで大助かりです!

管理人Uの雑記

兵頭二十八先生『収入多角化計画』は現在『長考中』です/管理人U

(管理人U)

兵頭二十八先生『収入多角化計画』は現在『長考中』です/管理人U

 兵頭二十八先生『収入多角化計画』について、私経由でもいくものご意見をいただきました。現在の状況は、関係者が『長考中』です。

 少なくとも私へご連絡いただいた中では、何も決まってないと思います。(別ルートで先生へ連絡されているものではわかりませんが)

 『お金を払った人だけ見れるモノにはしない』──これが現下の大方針です。
(もちろん『ガソリンスタンドでのアルバイト』は意味が違いますし、『単発モノ』の講演会等は、当然お金を払った人だけが見れるものになるでしょうが)
 念のため補足しますが、この方針は私が決めたものではありません。私は本プロジェクトにおいてせいぜい『お手伝いA』です。

 ところでそんな『名も無きお手伝いA』の私自身は、これからはアイデアではなく下に記すような具体的なお仕事・労力提供のお声があれば良いなあと思ってます。

・〇〇円支払いますから**をやってください。
・ネットで〇〇をやるならワタシがスキーム作成から運営まで全て行います。
※例えば投げ銭システムとしての『Paypal.me』を推すなら、登録から何からすべて図解入りで特別にマニュアル作って提供します、くらいの。
・ウチのガソリンスタンドで働きませんか。 時給***円。

 自身にとってビタ一文の得にもならないけど労力を提供する人、または仕事の対価を払う人がいたら良いなと、兵頭ファンとして願っております。
 そんなヤツいるのかって? 日本人は1億人以上いるんだから、1人位、いるんじゃないでしょうか、いるでしょう……。そういう酔狂な人や、私のようなヒマ人が。

 少人数だけ囲い込むクローズドなものにはしないという方針なので、有料メルマガは×。私はどれだけ人が集まるのかはともかく、一番正攻法ではないかと思ってたんですけどね。
 ちなみに『兵頭二十八の放送形式 Plus』。当サイトは悲しいかな本日時点では、2回目の発注をしようと私が考えるお金を作り出せてません。

 ご意見をくださった方にいくつか見られた『YouTubeチャンネル開設』。
 採算度外視の遊びならともかく今回の『収益多角化計画』1号にはそぐわないと私は思っています。もっともこのプロジェクトは、繰り返しますが私は『せいぜいお手伝いA』ですので、どうなるのかわかりません。というか、知りません。裏方作業で私が出来る事は喜んでいたしますが。

 今回はご意見をくださった方への報告です。現在、関係者は『長考』状態であります。

(管理人U)

もしも突然このサイトが消失したら/管理人U

 やっと旧兵頭二十八ファンサイトの殆どを現サイトへ移し終えました。

 もし今後、事前告知も何も無く当サイトが消失して、そのまま2カ月くらいが経過したら、たぶん私は死んだかそれに近い状態なのでしょう。(死ぬ予定はありませんが……)

 その時はどなたか兵頭先生へ連絡を取って、当サイトを復旧させてください。バックアップファイルは用意しています。

 私は『兵頭二十八の放送形式』と、少なくとも『資料庫』の『E先生の手紙』は、ネット上から消えてほしく無いのです。

 昨日、お酒を呑む用事があったので大阪は難波に出かけました。日本橋を散歩した際に見かけたのですが、アイドルって募集したら来てくれるんですね。なんか、カルチャーショックを受けました。このお店に入ったわけではありませんが、機会があれば行ってみたいと思います。

 私は花粉症なので、最近の仕事中はマスクをしています。休日はできる限りマスクをしたくないです。
 マスクをせずに地下鉄内でクシャミをすると、周囲の視線の白さが尋常ではありません。クシャミってそんなに罪な事でしたっけ? 違う世界線に来たような感覚でした。

 心斎橋や道頓堀、黒門市場は中国人客がまだまだたくさんいました。……なんでまだ中国からの観光客来日を停止にしないのかと不思議です。単純な損得でも、停止した方が内閣支持率は上がると思うのですが。支持率の問題ではないのでしょうか。

 ところで、私は3月か4月に5日間くらい休暇を取って、タイならバンコク・パタヤ、フィリピンならスービックで酒浸りになって来ようかと思ってた……いや、正直に言うと今でも考えてるのですが、やっぱりこのご時世だと、トラブルになるのかなあと、悩み中です。
 もしビアバーやゴーゴーバーで日がな一日呑んだくれた挙句に新型肺炎に罹ろうものなら、帰国しても市中引き回しのようなメに遭いそうです。(日本国内の方が罹患する可能性は高いのかもしれませんが)

 フィリピンかタイに住んでいる方、そちらはどんな感じでしょうか?

 皆さん、お体に気を付けてお過ごしください。

(管理人U)

2019-3-7 木更津リポート

(2019年3月10日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 防衛省大臣官房広報室のお招きで、今年度は陸上自衛隊木更津駐屯地にお邪魔してきました。
 先の大戦末期に「橘花」が飛んだ元海軍基地で、今もその飛行機掩体などが残されています。
 現在は、陸上総隊隷下の「第1ヘリコプター団」と、東部方面隊隷下の「第4対戦車ヘリコプター隊」が同居しています(駐屯地司令は第1ヘリコプター団長)。
 また、所属等が未だ細部まで確定していない陸自のオスプレイを、SUBARUさんが整備している格納庫もあります。
 今回は、主に第1ヘリコプター団の主力装備を拝見しました。主軸がCH-47JA、花形はEC-225LPかと思いますが、わたしが興味津々でしたのは「連絡偵察飛行隊」という、第1ヘリ団隷下ながら固定翼機を飛ばしている陸自で唯一の部隊です。なぜこれから固定翼機が注目されるのか、その理由は、来月発売の拙著新刊を御覧ください。

LR-1とたぶんLM-1連絡機

 連絡偵察といえば旧陸軍の直協機じゃないですか。さしづめ「九八直協」を戦後に引き継いだのが、奧の模型の「LM-1」だったでしょう。引退済みで、今、国内には1機もないはずです。手前の双発高翼の「LR-1」も退役しました。これらの展示は営門脇の航空資料館にあります。なお1800mある木更津の滑走路には、C-1までが降りられるとか。

SA316の模型

 フランスの「アルエット3」型ヘリコプターは、米軍にさきがけて重対戦車ミサイルの「SS.11」を空中から発射できるようにしていたもので、米軍の「コブラ」もこれに刺激されて開発されたことでしょう。これを製作したのは、第4対戦車ヘリ隊の方かな? 「アルエット2」型も欲しいところです。

LR-2首輪

LR-2スピナー

LR-2の主翼下

 ビーチクラフト社の軍民共用ベストセラーである「キングエア」を連絡偵察機に改造した「LR-2」を陸自は7機保有し、ほぼ全国に展開させています。北海道だと丘珠飛行場。

LR-2の偵察カメラ

LR-2後姿

LR-2排気管

 航空撮影のためには機体の軸がフラついたら困るので、陸自がLR-2を買うときに、胴体尾部に下向きの空力安定フィンを増設してもらったそうです。今ではそれがスタンダード仕様。

LR-2右側翼

LR-2右エンジン

 LR-2のエンジンはカナダPW社製のPT6A-60A(1050軸馬力)×2。そのスペアパーツは伊藤忠商事が取り寄せてくれているそう。ちなみに「EMB-314 スーパーツカノ」のエンジンはカナダPW社製のPT6A-68C(1600軸馬力)×1です。「小型のターボプロップ・エンジンに特化したら米国メーカーとはバッティングせずに世界市場を支配できるのでは?」と経営判断したカナダPW社の技師たち。偉くね?

LR-2機内

 機内のいちばん後方にはトイレ設備もあり。2900kmも飛ぶうちには必要になるでしょう。双発機の強みは、たとい洋上で片発停止したとしても生還を期し得ること。ただし多座機ですので、スーパーツカノのような射出座席は設けられませんね。フライトレコーダーは胴体尾部近くに内臓されています。

EC-225LP全姿

EC-225LP前方側面

 欧州エアバス社製のEC-225LPは「メートル法」規格というところに整備員が感心するそうです。内部は総本革張り座席に特有の匂いがツンとします。客席とコクピットは化粧壁で仕切られており、互いに覘けません。しかし最前列中央の後方向きの椅子を倒せば極小のアクセスドアが現れる仕掛け。またVIP席の電話でパイロットとは随時交話できます。ヘリコプターなのに機内は普通に会話の可能なレベルまで騒音が抑制されているそうです。通信は、衛星を含め全周波数に対応。

EC-225LP 燃料タンク

 ジェット燃料をタンクへ圧送するときの注意書きが貼ってあります。

CH-47JAの気象レーダー

CH-47JA荷室

 陸自のチヌーク勢力は旧型のCH-47J型からJA型へほとんど移行しています。識別点となるのは、機首気象レーダーの有無でしょう。またJA型には燃料が7800リッターも入り、それを毎時1200リッター(ドラム缶6本)ずつ燃やして4時間40分滞空可能。レンジは1037km、もちろん洋上も飛び、GPSを頼りに海自フラットデッキ艦に降りる訓練もやっています。完全に繋止作業が終わらないうちにパイロットが機外に出ようとすると、怒られるんだとか……。テヘペロですね。

CH-47JA後輪スキー

CH-47JA前輪スキー

 噴火した木曽御嶽山へ災害派遣で飛ぶようなとき、このスキー(と言うよりスノーシューだな)を装着して、車輪の沈み込みを防ぎます。旧型は赤色。新型は黒塗装となっています。燃料満タン時でも荷物を4.7トンも運べるチヌークはどんな災害でもいちばん頼られるわけですが、なにせ自重が大なため、ビルの屋上などには気軽には降りられない。ダウンウォッシュも強力で、軽トラを横転させるほどだそうです。

チヌーク用消火バケツ

バンビバケット

 フクイチに水をぶっかけるために飛んだとき、CH-47のクルーはタングステン入りの耐放射線服を着込んでいました。UHが20往復で運搬できる液剤を、チヌークなら1回で運んでしまえるのです。最新の「バンビ・バケット」だと海水が7562リッターも入る。まあ5トンぐらいに抑えて行くのが実用的であるようですが……。

BBの表示

 バンビバケットはカナダ製でした。でもなぜ「バンビ」? おそらくディズニー映画の山火事シーンからの連想でしょう。そして戦前に『バンビ』の原作者はノンフィクション作品の『デルス・ウザラー』から山火事シークェンスのヒントを得たはずだというわたしの推定は、大昔に月刊『正論』で書きましたよね?


(管理人 より)

 春ですね。
 私は去年から花粉症になりました。不治の病と聞いておりますので悲しいです。早く春が終われば良いと思います。
 ところで、兵頭先生は花粉症を克服されたと以前お書きになってました。しかしそれにはアルコールを断ち、魚ばっかり食べる必要があるそうです。
 私は魚はともかく、アルコールは断てそうにないので、花粉症と付き合い続けるしかないのでしょう。

※後日談:やはりいかに兵頭先生とはいえ、症状は軽減したものの完治には至らなかったそうです。

航空自衛隊八雲分屯基地で確認できた 古い「待機車」

(2018年7月18日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 北海道の八雲町は、太平洋と日本海の両方に面する自治体である。その太平洋側に、航空自衛隊の八雲分屯基地がある。げんざい、第20高射隊と第23高射隊が所在し、ペトリオットSAMを運用する。
 もともとは第二次大戦の末期に急造された飛行場の跡地なので滑走路も最小限に維持されている。戦後、米軍のF-86が展開していた名残の、耐爆ハンガーの基礎構造が敷地内のあちこちに残っているのが、廃墟美として面白い。

 2018年7月16日(海の日)が一般公開だと広報によって把握した私は、空自の高射部隊だけが持っているレア装備である「待機車」の鮮明なデジタル写真をみずからこのさい撮影しておくべく、自宅から私有車を走らせた。

 なぜ今、空自の「待機車」に注目すべきであるか?
 じつは、この「待機車」のコンセプトこそは、自衛隊の全国の災害出動時に、被災地住民に多大の救援を即座にもたらすに違いないと、信じられるからだ。
 出来合いの優れた装備があるのだから、その陣容をもっと拡充したらよいのだ。

 ところがこの車両、古いせいなのか、『自衛隊装備年鑑』(わたしの手持ちのいちばん新しいのが2012-2013版)では紹介すらされていない。このような扱われ方が、かねがね、私には大不満であった。
 全国のカメラ小僧諸君! もっと「待機車」を撮影して、ネット上で私的にPRしまくり、この種の装備の大増強を当局に働きかけようではありませんか。

 八雲基地は、私はだいぶ前に『北の発言』の基地取材で単独公式訪問したことがある。そのときは正門から入ったと記憶する。しかし今回は一無名人としての気楽な趣味観覧である。
 しかるに午前10時過ぎにそこへ着いてみれば正門は普通に閉ざされており、基地開放イベントらしいデコレーションも看板も案内人も何も見当たらない。にぎやかな物音も聴こえてこない。
 今日は一般公開日じゃなかったですかと門衛の人に訊ねたところ、私有車の入り口は200mほど左であると教えられた。
 いぶかしみつつ指示に従い基地内に乗り入れたるところ、そこより、だだ広い滑走路脇の果てしない草原中を何kmも走行し、ようやく臨時駐車場まで辿り着いたのでホッとした。途中、前も後ろも見渡す限り誰も見えやしないという状態になったこと数度……。
 この季節の道南は草地が花畑状態。天気も偶然に快晴であるから、気分爽やかで結構この上なしだったのだが、もしこのワシがテロリストだったら、この基地はどうするんじゃ?
 ともあれ、「村人以外には知らせる必要など感じなかった村祭」の、引き返し不能点に余所者として飛び込んでしまったような仕儀となり、私は覚悟を決めて撮影を開始したわけであった。

 では写真を解説して参ろう。

 「待機車1号」の写真(イ)(ロ)(ハ)。これは当日展示していた車体ではない。駐車場警備の隊員たちの移動用ならびに臨時の休憩場として、仮設トイレの近くに偶然停められていた1台を、許可を得て外観のみを望遠で撮影したものだ。

待機車1号(イ)

待機車1号(ロ)

待機車1号(ハ)

 こんかい、再認識させられたのだが、「待機車」には「1号」と「2号」の2タイプがあって、実戦出動ではそれがコンビで運用される必要があるようだ。
 車内に24床分の折り畳み三段ベッド(人員移送モードでは35人分の長椅子に早変わり)がしつらえられているのは「1号」。
 車内にトイレ×4基と、冷・温水の洗面設備(同時6人利用可)と、温水シャワールーム×1が備えられているのが「2号」。
 エアコンはどちらにも無いと聞いたが、ネット写真を見ると「1号」の車内天井にはベンチレーターのようなものが見える。
 さらにネットを見れば、「1号」と「2号」を折衷した「自活車」や、それをもっとコンパクトにした「待機車3号」というものも、最近は登場しているらしい。(八雲は優遇されている基地ではないので、それらが無くとも不思議はない。また豪雪地帯でもないから「BV206J-01」大型雪上輸送車もたぶんあるまい。)

 残念ながら私は「待機車1号」の内部を拝観できていないゆえ、本当に空調が無いのかどうか等、これ以上の詳細は分からない。しかしペトリとともにある古い装備であることだけは確かだ。たとえば1995年刊の拙著『日本の防衛力再考』の49ページを見て欲しい。その下段の写真(紙焼き写真)が、当時じぶんで撮影した「待機車1号」。こんな頃から外見は変わっていない。

 ちなみに(イ)の写真の背後に見えているコンクリートの壁が、先述したF-86ハンガーの遺構のひとつだ。こういうのが多数、基地内に残っているのだ。

 次に、「待機車2号」の写真(外観4枚、車内4枚)。
 車重は14.3トン。1100リッターの水を内蔵できる。

待機車2号(A)

待機車2号(B)

待機車2号(C)

待機車2号(D)

待機車2号のシャワー室

待機車2号のボイラー回り

待機車2号の車内のトイレ

待機車2号の車内の流し台

 さて1995年の『日本の防衛力再考』いらい、これは私の持論になっているのだが、CBR環境下では、フォールアウトをフィルタリングできる空調と、車内で汚染も洗滌してしまえるシャワー施設等を備えた、特大型のシェルター車が多数、日本全国に必要になるはずなのだ。
 陸自も、海自も、文官も、必ずこれに感謝する日が来るだろう。

 そのモデルとすべき車両として、すでに空自が、「待機車」シリーズと「自活車」を各基地で保有しているわけである。
 これを発展させただけで、あらゆる災害出動でおおいに重宝する支援車両が、すぐにも充実するのだ。なぜ、人々はこの直感が働かないのだろうかと思う。

 ついでのおまけ写真は、軽装甲車機動車(2枚)。

 さらにおまけのパート2は、基地防空用SAM(6枚)。
 あの「短SAM」をすべての性能で上回るものなのだという。わたしゃぜんぜん知りませんでした。
 ミサイル(キャニスター入り)の再装填は「弾薬装填車」という別な車両で、半自動的にできるらしい。旧短SAMは、人力で弾薬箱をえっちらおっちら運んでいたから、大進歩ですわ。

軽装甲機動車 その一

軽装甲機動車 その二

基地防空用SAM い

基地防空用SAM ろ

基地防空用SAM は

基地防空用SAM に

基地防空用SAM ほ

基地防空用SAM へ

松前港における掃海艇『いずしま』の公開・2018-5-12

(2018年5月20日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 2010年末に函館基地で『ゆげしま』(艦番679)を見学した折にはVIP待遇で送迎されてしまい、「写真小僧」となって全体撮影をすることが不可能であった(ガンルームで出されたカレーしか撮影できんかった)。今回、掃海艇としてより改善されている型の『いずしま』を、一無名人として外側からこころゆくまで撮影するチャンスをようやくに得た。
 じつは松前港では何度かこういう一般開放があったようなのだが、カーナビ付きの自動車をもっていなかった以前の私には、国道228号からどうやって下の漁港まで降りられるのか、その分岐点がさっぱり分からず、ついつい通り過ぎてしまっては、しかたなく諦めていたのだ。
 今回は、白神岬から江差方面へ走行中に、掃海艇の雄姿が見えたので、大磯橋を渡ってやや行き過ぎたぐらいのところからカーナビ地図を睨み、右後方へ折れ曲がる細道をぬかりなく下って、大磯橋の下をくぐり抜け、脳内INSを駆使してまんまと辿り着くことができた(ちなみに「松前港」と行き先を入力しようとしても、なぜか、できない)。
 果たして駐車場はあるのか――が、もうひとつの不安事項であったが、なんとそのあたりのどこに停めといても構いませんよと教えてもらい、ズッコケ拍子抜け。田舎はこれだからイイよね。

2018-5-12いずしま於松前港(1)

 (1)は、帰り際に、道の駅の「北前船松前」の駐車場から望遠した一枚。この道の駅のレストランがいろいろと最高なのである。他所から来た人には松前城周辺の料理屋もどきなどではなくて、是非にこっちを勧める。ただし11時前には営業しておらず、この日の利用は断念せざるをえなかった。

2018-5-12いずしま於松前港 (2)

2018-5-12いずしま於松前港  (3)

 (2)と(3)の背景に写っている小山上の建物は「松前灯台」ではなく、手元の地図帳によると「松前ディファレンシャルGPS局」らしい。

2018-5-12いずしま於松前港 (4)

 (4)を見ると、木造船体であることがよく分かる。掃海艇に使用できる金属はアルミのような軽合金以外は基本的にダメなのかと思っていたが、ステンレススチールも非磁性ゆえ、少量ならばOKなような話だった。クルーは出動時には磁性の持ち物をすべて陸揚げする。スマホの充電器もひっかかるそうである。

2018-5-12いずしま於松前港 (5)

 (5)この艇にはPAPという機雷処分具からリモコンで投下できる小型爆雷を除くと、20mmガトリング銃ぐらいしか武装がない。ところでもし敵のフロッグマンが不意に乗り込んできてこの火器でブリッヂを撃とうとしたらどうなるのか? ……ご安心。ハイアングルにしなければ、真後ろへは旋回できないように、巧妙なロックがかかっているのだ。艦橋を外せば、360度、どの方位へも銃撃は可能である。発射の震動やブラストはそれなりに大きく、グレーに塗った甲板のペンキも剥げてしまうそうだ。

2018-5-12いずしま於松前港 (6)

 『いずしま』の掃海訓練は陸奥湾で実施するという。艇尾から見た(6)の写真を見よ。黄色いのがPAPだが、その上方に赤白のブイが寝せてある。これで訓練海域を区切って、漁船が接近しないようにする。演習前に漁協の幹部に同乗してもらって、周知を図るそうである。
 以前の『ゆげしま』の潜水士さんは、〈水中ロボットなんてダメだ〉という評価だったようにお見受けしたものだが、今回の『いずしま』の潜水士さんはPAPに相当の信頼を置いているように私には印象された。そうか……時代は進歩しているのじゃな。

 艇内のあちこちも接写したかったのだけれども、朝一番の見物客だったため、無名人は無名人なりにマンツーマンで足早に案内をされてしまい、オチオチ撮影している暇もなかった。海自の松前警備所の近くでしか訊けそうにない、SOSUS関連の質問をすることも、すっかり忘れてもうたわい。
 なお、函館市街から松前港までの片道所要時間は、ちょうど2時間であった。


仁山(ニヤマ)の旅 2018-5-5

(2018年5月20日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 函館市街から大沼公園方面へ出ようとするとき必ず通るのが七飯町の「峠下」。そこから正面に見えるスロープが「ニヤマスキー場」だ。
 いったいそのスロープは、雪解け後のオフシーズン中は、どのようになっているのか? ずっと気になっていた私は、雨上がり・曇天・冷たい微風が吹くこの日に、試してみることに決意した。

 JR函館本線の「仁山駅」の南側踏切を、自動車で線路の西側へ超える。
 「あじさい温泉」の玄関には近づかずに、道なりに車道をもっと北へ進むと、スキーシーズンでないシーズンには、大駐車場への一般車両のアクセスをとざすゲートがある。その手前の草地で自動車を停めた。
 すでに山菜取りのおばさんたちの先客が複数パーティあった。
 写真(1)で分かるように、回転式ゲートが人間だけはフリーに通してくれるようになっている。午前11時少し前から、そのゲートの内側(スキー場)の砂利道を歩き始めた。

仁山の旅 (1)

仁山の旅 (2)

 (2)はおそらく「高速4人乗りリフト」の始点だ。
 広い1本の砂利道が上までずっと続いているので迷わずに進む(4)。丘の上に「高速4人乗りリフト」の終点が見える。すぐ左に並行しているのは「第1A線シングルリフト」だろう。ファミリーゲレンデを挟んで、さらに左端には「第1D線ペアリフト」も見える。
 振り返ると函館山が見える(5)(6)。

仁山の旅 (3)

仁山の旅 (4)

仁山の旅 (5)

仁山の旅 (6)

仁山の旅 (7)

仁山の旅 (8)

 登山道(というか、ゲレンデ整備車両の作業道)は、ところどころ、かなり前に舗装された跡が残っている。また、数回、索道線の下を潜る(8)。

仁山の旅 (9)

 高度を上げると、大沼トンネルが見える(9)。
 野生のエゾエンゴサクを初めて見た(10)。テラテラした緑葉は「オオウバユリ」の若い株である。これが8年ぐらいすると高勢にトウ立ちし、白いラッパ状の花が多数咲いて、寿命を終えるはず。マットな緑葉は、おなじみの蕗だ。
 もし大飢饉に遭遇したら、このオオウバユリの大きな鱗茎と、量的には僅かなものだがエゾエンゴサクの塊茎は、掘り出せば非常食になると覚えておくべし。道々、あちこちに自生していた。

 仁山の裏側は、「きじひき高原」に接続している。谷からは滝の音が聴こえてくるし、日蔭には残雪がある。その「きじひき高原」は熊出没地帯なので、そぞろ背筋が寒い。

仁山の旅 (10)

仁山の旅 (11)

仁山の旅 (12)

 さらに高度を上げると横津岳がよく見えてくる(12)。
 仁山スキー場で二番目に標高の高い、「第2ペアリフト」の終点が見えてくる(13)。

仁山の旅 (13)

仁山の旅 (14)

 (14)と(16)。眼下に「高速4人乗りリフト」の終点が見える。
 振り返れば、鹿部や南茅部の先の太平洋まで見える(15)。

仁山の旅 (15)

仁山の旅 (16)

仁山の旅 (17)

 遂に、「きじひき高原」の展望レストハウス直下の、このスキー場で一番標高が高い「第3ペアリフト」の終点が見えた(17)。ただしそこは熊出没地帯なので遠慮をし、「第2ペアリフト」終点の、広く開けた丘への分岐を進んだ。

仁山の旅 (18)

仁山の旅 (19)

仁山の旅 (20)

 (20)(21)は、その「第2ペアリフト」終点の丘のピークから見はらした風景。到達したのが12時頃である。だいたい1時間、歩いたわけだ。
 古い索道の搬器が物置小屋などに再利用されることはよくある(22)。循環式のロープウェイが、かつてこの近くに架かっていたのだろうか? 知るすべなし。

仁山の旅 (21)

仁山の旅 (22)

仁山の旅 (23)

 同じ場所から、きじひき高原の展望レストハウスを見上げる(23)。分かり難いが、その左下、一番標高の高い「第3ペアリフト」の終点もスカイラインに重なって見えるだろう。

 峠下の国道5号線がよく見える(24)。
 風が冷たいので、同じコースをすぐに下山開始。

仁山の旅 (24)

 靴などの装備が万全ならば、ゲレンデ直滑降コースでも選びたかったところなのだが、この日は雨上がりであったのと、機械で刈り払われた急斜面に、刺のある細くて目立たないノイバラがいち早く伸び始めていたため、一抹の不安を覚えて、冒険を自制した。

 スタート点の駐車場には1300に戻った。陽気がよければ、ここは適度な散歩コースじゃないかと確認したのである。めでたし。