名物探偵こなんかなん。

 T市拘置所でカルロスは、100歳を越えているであろう白鬚の老人から、壁越しに声をかけられた。老人は、裁判所が書類を紛失してしまったために存在を忘れられてしまい、日本全国の拘置所を転々と、かれこれ50年もたらいまわしされながら暮らしていると自己紹介した。
「お若いの。いいことを教えよう。クリスマスじゃ。クリスマス前後は尾行も監視も緩くなる……」
「えっ……保釈をされても、この国の裁判は受けるなということですか?」
「そうじゃとも。なぜなら……」
 急に老人は、苦しそうに咳き込み出した。が、巡回の看守が通り過ぎるや、また元の声音になって、
「ワシに10億円の保釈金があったなら、プライベートジェットで関空からトルコへ脱出してみせるのじゃが……」
 と、獄中で数十年練ったらしい国外逃亡プランを、問わず語りに話し出した。
 あちこちの房からは、
「うるせえよじいさん」
「またその夢物語かよ。聞き飽きたぜ」
 罵声がこもごも交錯する中で、カルロスは、一語も聞きのがさずに暗記しようと、老人の《計画》に全神経を集中させた……。

『ああ……あの白鬚の老人こそは、サンタクロースだったのに違いない……』
 カルロスは、地下にある安全な退避壕の中で、ベイルート市を十重二十重に包囲したまま、大河の流れのように西へ進軍を続ける50万のイラン軍が、いよいよイスラエル軍と核砲弾を撃ち合い始めたらしい、その遠雷のような響きを五体に感じながら、次の逃亡先はどこがよかろうかと、また思案を重ねるのであった――。

 次。
 ストラテジーペイジの2019-12-31記事。
   ヴァージル・グリフィス事件。
 この技師はシンガポールの暗号通貨会社エセリウムで働いていた。
 もともと米国市民権を有していたが、それを捨てて、己れの特殊技術を餌に、多数の零細国家の市民権を買い集めていた。

 北鮮を制裁中である米国および国際機関は、北鮮のハッカーが国際バンキングサービスにいかなる工作をするのか、徹底的に監視中である。ところがグリフィスはそれを知らなかったらしい。

 北鮮に対する国連の経済制裁は、北鮮の経済成長を毎年5%ずつシュリンクさせていくであろうと見積もられている。

 グリフィスは2019に米国務省に対して北鮮への渡航許可を求めたが、当然に受け入れられない。そこでグリフィスはみずからNYCに乗り込み、カネで北鮮入りできるヴィザを斡旋してくれる闇機関に接触した。

 かくしてグリフィスは中共経由で北鮮入り。「ブロックチェーンと平和」という演題で講演した。そこで彼は、暗号通貨を使えば北鮮も、既存の国際銀行間決済システムに依拠することなく、資金を操れると語ったのだ。

 けっきょく彼とその同僚1名は、FBIからお縄を頂戴した。裁判になれば最高量刑は20年であろう。
 こやつは電子マネーについては国際級のプロだったが、アメリカ国籍を離脱すれぱFBIからはもう目をつけられなくなるだろうなどという初歩的すぎる思い違いをしていたのが、致命的であった。わざわざ米国籍を捨てて芥子粒ほどの島国の国民になろうとする動きが、逆に当局からは怪しまれてしまった。そういう時代なのだ。