(2008年7月24日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)
(兵頭二十八先生 より)
2008年7月17日に、青森市のフェリー埠頭に隣接している「みちのく北方漁船博物館」に行ってみた。これは青函連絡船の『なっちゃんレラ』または『なっちゃんワールド』に乗る前の時間潰しの場所として、ファミリーであっても最適だ。
その前にまず『なっちゃんレラ』について説明しておこう。
さいきん青函連絡航路に投入された最高36ノットの最新高速フェリーで、船体はアルミ合金。推力はウォータージェット。「レラ」は「連絡船」の略なのだろう。ベタだ、
離岸してから接岸するまで正味2時間。その間、子供に窮屈な思いをさせずに済むので、引率者としては、飛行機や列車よりも有り難いのである。
今年になって姉妹船の『なっちゃんワールド』も就航したから、時刻表的にも頻発となった。
船体はSWATH型。原理的に揺れを抑え、なおかつフィン・スタビライザーで不快な船酔いをしなくて良いようにしている。20年以上前の「青函連絡船」とはもはや別次元に進化を遂げていた。17日に海峡内で前線に突入して横風に吹かれたときだけ、ちょっと揺れを感じた。
ところで、東日本フェリーのウェブサイトでは、『レラ』に乗るにはいったい何分前から車で埠頭に集合していたら良いのかが、さっぱり分からない。
わたしの16日朝8時発便の体験では、函館港のフェリー埠頭において、出航時刻の約23分前から2輪車の搭載が始まり、約18分前からトラックの搭載となり、約15分前から乗用車の搭載となった。だから25分前に着いていれば余裕だと思った。逆にそれ以上早いと、車の中で何十分もじっと待機していなければならなくなり、子供連れでは困ったことになる。(ガラスのピラミッドのような客船ターミナルは、徒歩乗船客の待機場所であって、車両ごと乗る人は、距離的に、そこを利用できない。青森の埠頭では、歩いて往復できる距離だが……。)
ただし、オン・シーズンで車両数が多いときは、この時間繰りは違ってくるのだろう。
乗船手続きは、15分前までにしないと、締め切られてしまうそうだ。当日にすべての申し込みをするならば、出航時刻の40分以上前に到着する必要があるかもしれない。しかし、5日以上前にインターネットで申し込んでコンビニで運賃も決済してある場合は、自宅のプリンターで出力した紙をゲートでかざせば、瞬時に乗船手続きが済む。その場合は、出航15分前にかけつけても、なんとかなるのであろう。
係員は埠頭のあちこちにいるので、分からないことは、何でもその場で訊ねれば良い。
昔は「二等客室」といったらもう座敷にザコ坐りで、あちこちの隅っこでテレビが大音量でつけっぱなしで、まるで〈災害避難民があつめられた地元の体育館〉のような雰囲気だったのだが、『レラ』の船内はすべて「椅子(指定)」であって、かつての連絡フェリーの雰囲気は払拭されていた。テレビも無い。それがすばらしい。
しかも、よほどのオン・シーズンでない限り、人はガラガラ。指定と無関係に利用できる、両サイドのスペースの窓際ベンチ(テーブル付き)や、最前方のひろびろとしたスペースの長いソファに勝手に座って飲み食いしていれば、2時間で対岸に着いてしまうのだから、昔に比べると天国のようなものだ。
それでも酔いそうな人は、前方ではなく、両サイドの窓際から外を見ていると良い。自分が移動していることを視覚的に把握しやすい。正面の海を見ていると、移動実感はほとんどない。
離岸してしばらくすると、後部デッキ(オープンエア)にも出ることもできる。ただし悪天候時はドアが開かないはずだ。
キッズルームもあるが、これはあまり広くないうえに、馴れた乗客のオッサンが昼寝スペースにしている場合がある。幼児を寝せたいときは前方のソファがいいだろう。
人の目をはばからずに堂々と寝て行きたい大人は、ビジネス・クラス(昔の一等~特等客室)の高い切符を買えば、大きくリクライニングするシートを独占できる。たった2時間であるが……。
さて、「みちのく北方漁船博物館」だ。
ここは、青森のフェリー埠頭の前の道路へ出ないで、埠頭敷地内を自動車で青森市街方向、つまり西の方へ移動すれば簡単にアクセスできる。歩いてもそんなに大した距離ではない。目印は「船の博物館」と書かれた展望タワーである。もちろん道路からでもアクセスできる。
特に皆さんが興味のありそうな、ロシア製の折り畳み鉄舟(一人乗り)と、アムール河水上警察のモーターボートの写真を掲げておく。
折り目のところでどうやって防水しているのかは、確認をし損ねたが、写真で見ると、ゴム板を打ってあるようだ。銘鈑で読める通り、ノビォシビルスク製。
ここは「漁船博物館」というよりは、《世界の雑舟コレクション館》で、他にも、かなりレアなものが転がっている。
「ベトナムのザル舟」の実物まで蒐集されていた。わたしはこれを見て初めて、民話の『かちかち山』のルーツを悟った。
皆さんは「タヌキの泥舟」という話を聞いたことがあるだろう。しかし、「泥で舟をつくる」という発想が、いったいどこから出てくるものか、疑問に思いませんでしたか?
どうやらそれは、ベトナムであった。やはり日本人のルーツの一つは「呉・越」のあたりにあるのだ。
ザル舟は、割り竹を編んで円い椀状にし、その網目に、牛の糞にゴム樹脂とサメ脂をよく捏ねあわせたものを、摺り込むように塗りつけて、その上からコールタールでコーティングする。これで、8年間も防水が保たれるという。完成品は真っ黒である。知らない外国人がその表面を見たら、まさに泥でつくってあるように見えるだろう。
佐渡の「タライ舟」の前に、古代日本人が「ザル舟」の知識を、日本の現地で得られる材料だけで、なんとか再現しようとしたことがあったのではないか。しかしそれは、失敗したのだ。それが『カチカチ山』のタヌキの話となったのかもしれない。
この博物館には、手漕ぎ舟体験プールという屋外設備が附属していて、もし転覆しても溺れ死ななくて済むような浅いプールで、いろいろなボートを漕いで遊ぶことができる。雨が降っても遊べるのかどうかは、不明。しかし屋内だけでも1時間以上は飽きることはないであろう。
余談だが、今回は、「浅虫水族館」と「夜越山森林公園」と「モヤヒルズ」にも足を伸ばしてみた。
青森県営の浅虫水族館ではキッチリとイルカのショーをやっていた。それはもはや全国の水族館のデフォルト・スタンダードなのであろうが、すばらしいのは人の少なさだ。混雑した水族館ほど、ファミリーとしてくたびれるものはないですからね。穴場だった。内部は近年にリニューアルしたと思しく、開設年の古さを感じさせない。
規模の豪快さでは小樽水族館に、また、アトラクションの多彩さでは苫小牧水族館に負けているけれども、「疲れない」という点で、ホッと気の休まる場所であった。
なお、水族館内には広い休憩所があるが、食堂はない。しかし駐車場に面して複数の民営食堂が営業していた。
「モヤヒルズ」は朝9時台に到着したところ、まったく営業が始まっていない。よって、30分くらいで退散。観光ガイドブックに写真が載っている「ウォール・クライミング」は、小学3年生くらい以上でないと、遊びようがないだろうと思った。
「サマータイム」とか言う前に、観光県の半官営施設が、積極的に、夏季は朝8時からスタンバイするように心掛けなきゃ、どうしようもないでしょ。「朝からやってるなら立ち寄りコースに入れてみようか」と考える人がいるはずなのだから。
「24時間をいかに売ろうか」という発想が、ダメな観光地には、どうも無いようだ。都会から来る人は、「24時間をいかに買おうか」と考えて来ているのに……。
もし雨になった場合は、近くの屋内施設である「ねぶたの里」に行こうと考えていた。ねぶた祭りを体験できない観光客に、疑似体験をさせてくれるスペースになっているようだ。しかし今回は偵察をしなかった。ここは朝9時オープンだと書いてある。
夜越山(よごしやま)には、サボテンの温室と洋ランの温室がある。無料ではなく、ゲートで大人ひとり300百円がかかる。冬の悪天候時の観光コースとしては、悪くないかもしれない。しかし夏に子供を遊ばせようとしたら、ここじゃないだろうと思った。
オマケ写真は、浅虫温泉の「辰巳館」の3階バルコニーから陸奥湾を写したものだ。正面が「湯ノ島」、右手の独立岩が「裸島」である。中央に「海づり公園」が写っているけれども、利用者は誰もおらず、見かけた2~3人の釣り人は皆、無料の岸壁から竿を垂らしていた。
青森のねぶた祭りが始まる直前のタイミングであったせいなのか、ガソリンが値上がりしているからなのか、どこへ行っても観光客は少なかった。
この辰巳館には昭和39年に火野葦平が投宿したときに描いた色紙がある。木造の本館が建てられたのが昭和13年だそうだから、支那事変の2年目でも日本人は田舎の温泉へ汽車で旅行していたことが分かる。
目の前の「陸羽街道」(国道4号線)は、30年くらい前にはなかったのだろう。扇状に引っ込んでいた海岸線を埋め立てて直線的な道路をつくったのだ。これで浅虫温泉の風情もブチコワシとなった。ダンプカーや大型トレーラーが通る音が鉄筋のホテル内までよく届く。遮音しようとして雨戸を閉め切れば、むろん眺望も遮蔽される。
たぶん辰巳館の主人は、旧館(本館)の手摺り付きの和室からの眺めが忘れられず、RCで新館を建てるときにも、わざわざ各室に手摺り付きのバルコニーを付けたのだ。しかし道路がこんなに五月蝿いと分かっていたら、別な設計を選んだかもしれない。
かつての雰囲気の片鱗でも味わおうと思って朝4時台にバルコニーから海を眺めていたら、沖合い遠くから、イカ釣り船のエンジン音が、けっこうな迫力で聴こえてきた。
(管理人 より)
私はいまだに東京より北に行った事がない。いつかもっと北へ行ってみたいと思っているが、機会があったらこの船にも乗ってみたい。
ロシア製の折り畳み鉄船に興味のある方が一体どれ程いるのか私には皆目見当もつかないが、見る機会があればやはり、見てみたいのである。