旧資料備忘摘録 2020-10-8 Up

▼参謀本部ed.『満洲事変史第十二輯 満州事変に於ける飛行隊の行動 上』S9-4
 支那暦の民国20年は、本邦の昭和6年である。
 このシリーズは全15輯で、「熱河経略戦」の巻もある。

 最初は八八偵×2機だった。6年9月19日に、平壌から奉天へ向かわせた。操縦者が少尉と曹長。偵察者が大尉と中尉。整備員たちは、大連で徴傭した日本航空輸送会社の旅客機によって送り込んだ。

 重爆4機の飛行第6大隊第1中隊も一時(12月下旬)、周水子に集結したが、使われず、S7-1に内地へ帰還。

 9-21に、四平街方面、昌圖郊外で、三々五々退却中の支那兵を認め、機上MGをもってこれを攻撃。独立飛行8中隊の1機。これが、空からの最初の攻撃であったか。
 ※88偵には固定MGないから旋回MGを使った?

 9-26に、独立飛行第11中隊の7機は、鉄嶺南方25kmの附近で渡河中の敗残兵1000名を攻撃した。

 以前に張学良に売った八八式偵察機×1機も押収し、活用した。
 まもなく、押収した仏文の説明書によってポテーの使用法も会得したので、その数機を飛ばして偵察した。
 錦州爆撃に投入したのは、ポテー×5機と、八八偵×6機である。
 25瓩爆弾を75発、落とした。

 12-25に、2機で装甲列車を顛覆させた。以後、類似の記録が続く(略す)。
 12-29、飛7の3中隊の1機が不時着したさい、爆弾が爆発し、搭乗者1名、重傷。

 12-30、初の行方不明パイロットが出た。ポテの乗員。
 S6-11-29、八七式軽爆から、50瓩、25瓩爆弾等、計35発を盤山に投下。

 S7-1-25、哈爾浜附近で冷却器を射たれ、松花江右岸に不時着したところを、丁超軍の騎兵に襲撃された砲兵大尉の清水清が戦死。

 1-28に戦車×2両を長春から哈爾浜に向かわせる。※2Dの所属車?

 S7-2-4、「モス」×1機を偵察に混ぜたことが記録にある。
 2-5までに各中隊は、延べ20回出撃し、170発の爆弾を使用した。
 2-7、「愛国第一號機」が登場。※他に第二号機もあったらしい。

 愛国第一號機のクリアな写真(p.41)。※87双軽? 両翼下に6個づつのパイロンが見える。中央上部、うしろむきにMG×1みえる。

 夏になると高粱が繁茂し、警備しにくくなる。
 1-24に墜死者が出た。

 9-13には重爆×8も出ている。
 S7-3-31に87軽爆×5機は、50瓩と12.5瓩爆弾、計15発を、方正門附近に投下。

 反吉林軍は、山砲を搭載した装甲列車を有する。
 討伐期間中の8-4に、空中投下糧秣補給を創始した。
 7月には、飛行隊本部直轄のフェアーチャイルド機を連絡に飛ばした。

 上海方面では、1-24に、『野登呂』が揚子江口から呉淞沖に転錨し、水上機による偵察活動を開始。
 1-29にいきなり25回飛ばし、約90発を投弾。
 その後、『加賀』『鳳翔』が増援にやってきた。

 陸軍は、八七、八八の他に、乙式一型偵察機、甲式四型戦闘機×4(のち九一式戦闘機×4も)を、上海に派遣した。
 独立気球第一中隊も。

 最初の空中戦は、S7-2-5、『鳳翔』の攻撃機×2、戦闘機×3が、新茹鎮 の上空で、ボートコルセヤ型戦闘機×3、および機種不明(リンコック)の単葉単座戦闘機×1と遭遇し、雲中に逃がしてしまったが、うち1機(リンコック)がその後に墜落したようだ、と。
 これが日本軍初の空中戦。 ※いやWWI中のが早いだろ。

 この日、『加賀』の攻撃機×1が、敵の高射火器によって撃墜されている。
 江湾鎮の地上戦は、おのずから交【糸妥】の状態に陥った。

 第2次空中戦は、2-19に、海軍の前進基地飛行隊所属の戦闘機×3機と、敵ボーイング×1(ショート搭乗機らしい)とのあいだで10分間。双方、損害なし。上海上空。

 第3次は、22日で、こちらの攻撃機×3、戦闘機×3により、ショート搭乗のボーイング機を墜とした。

 海軍航空隊は23日に、艦上攻撃機×6、艦戦×6で、蘇州飛行場を襲い、爆弾二十数発。
 また23日、戦闘機×3、攻撃機×6で虹橋飛行場を襲い、240kg爆弾と60kg爆弾、計40発を投下。
 26日には杭州の筧橋飛行場に対し、30kg×91発を投下。

 上海方面では海軍機の支援下に陸軍が陣地攻撃を何回も実施。
 240kg爆弾の威力は圧倒的だった。

 日本航空の所有機はスーパー・ユニバーサル。
 飛行場の「設定」では、スチームローラー×2台を動員している。

 凍結隆起した地面に着陸すれば、脚は折れ、転覆する。
 不投下爆弾が着陸時に爆発したケースが4件あった。陸軍機。
 押収した敵の爆弾を使おうとしたのが祟った。その誘爆で、「制式25瓩爆弾」2発も殉爆。しかし八七の搭乗員は、1人が片足の膝から下を飛ばしただけで済んだ。

 陸軍は、「二十瓩改造爆弾」も使っていた。機種不明。
 八八偵で落下傘が不時に開傘して、不時着したケース。搭乗員ひとりが機外に抛擲せられて戦死。

 91式戦闘機は、木製プロペラが、均土不十分な地面に当たって破損することが多かった。
 愛国十号機は「朝鮮號」であった。

 海軍機が上海附近で使った爆弾。30kg、240kg。投下高度は1000mから1500m。
 30kg焼夷弾は2月22日に江湾鎮で初使用。

 2月23日に、60kg爆弾を初使用。海軍が、蘇州の飛行場に対して。※対建物用か?

 2-25に、閘北陣地に対し、45kg爆弾を初使用。※ミスプリントではない。その後も登場する。

 命中したが不発だった爆弾は「盲弾」として記録された。
 『野登呂』の水偵による爆撃。使った爆弾は主に30kg通常爆弾だが、一部「四十五瓩陸用爆弾」を使用した。而して45kg陸用爆弾は、呉淞鎮一帯(砲台を除く)に53発、羅店鎮、瀏河鎮方面に76発を投下した。

▼防研史料 杉村愿【筒の字の口が月】ed.『戦闘射撃教練』M25-1 戸山学校印刷
 著者は歩兵中尉。

 独立戦闘射撃とは、未知の距離での銃撃である。兵隊は各個に狙撃する。
 新兵の頭に学理を注入しようとするな。実地で行け。

 300mまでが「独立射撃」の限界で、それ以上なら、隊による一斉射撃だけが許される。
 すなわち照尺の第一段階だ。第一段階では200から300mに合わせてあるから。

 味方が2人、並んでいるときは、ひとりは弾着を観測せよ。いっしょになって射撃するな。ただし、多数の敵が近迫していたら、その限りにあらず。

 200mから250mで、頭しか見えていない敵には、命中は期し得ないので、1人では射撃しない。

 部隊戦闘射撃とは。
 2名で「1伍」を構成する。
 ふつう、背嚢から予備弾を取り出すのは、隣の兵にやってもらう。

 敵の密集隊に対し、部隊指揮官が「七百八百米突」と号令した場合は、前列兵がサイトを700mに、後列兵がサイトを800mに合わせる。

 「並にうちかかれ」で、各個に射ち出す。
 600mの敵が散開して迫ってくる。「打かゝれ」。

 敵が伏臥した。「徐〔しずか? おもむろ?〕に打ちかかれ」。隣兵同士で交互に射撃する。
 600m 密集近迫。「急ぎ打ちかかれ」。

 「匙鍬を以て」……円匙と十字鍬を一言で?
 「分隊一斉射撃一回」という号令があった。
 「掩堡」とは、森端の生籬である。
 「加旃射撃」の邪魔になる雑草を除去せよ。
 ※なんともこなれない用語のオンパレード。こんなもの定着するわけがなかった。明治20年代なかばの専門用語は、酷い試行錯誤をしていた。

 銃剣を刺して、そこに銃を依托してはならない。

 敵の斥候に対しては、必ず一斉射撃。一人づつ射たせれば、逃げられてしまう。※おそらく騎馬斥候を想定している。

 敵が逃げたら、それを走って追ってはならない。兵はそれをしがちであるが……。追撃は、別部隊=騎兵がすることになっている。

 「距離測量手」を置いた。
 1人が楽々と運べる小銃弾は250発くらい。弾薬箱に500発入っているのは、2人用に考えられているのだ。

 着け剣、襲歩に進め→突込め!
 騎兵に対しては、900m台から射っていく。必ず先頭部隊を狙え。

▼防研史料 『砲工学校 砲兵要務教程 海防戦之部』(第1版) M31-1
 1864年の仏書が原案のようだ。
 「鎮」の長さ単位を「ケーブル」と言ったらしい。フランスで。
 仮想敵が明らかにイタリア軍艦である。

 仏国1875年制定の24珊加農。4000mまで10秒で達する。
 海峡砲台は1発必沈でなくてはならない。

 仏では90~95ミリの野戦砲を砲台に付属させている。これは、敵艦の甲板を制圧する曳火射撃用である。
 砲台内の口径は、画一なるを要す。

 重砲の照準計算に30秒から40秒かかるので、故障1門を考えて
 4門を同一諸元で発砲させないと、敵艦通過をゆるす。

 23.5口径の24珊加農を大阪砲兵工廠でテストした。
 150.8kgの堅銕弾で初速は449m/秒だった。
 1000mで26センチの甲鈑を侵徹できよう。

 しかし戦艦の装甲が進歩していること、常に最大射程での撃ち合いとなることを考えると、キネティックよりも爆裂を期待し、集中したがよい、と〔まるで有坂が書いたような〕副書あり。

 30口径の27センチ加農は、カネー製。
 タマ216kg、初速570m/秒。
 1000mの距離で、鍜鉄鈑厚44cmを射徹。
 Max 12900m 届く。

 その効力、もとより前火砲の右に出るや遠し。
 仏と米では、海岸砲は32センチが最大であ。

 径19センチの加農は、日本でも製造したことがあるが、貫徹力がないことは明らかだったので、制式にされなかった。

 24センチ臼砲は、近時は軍艦を攻撃するに、甲板よりするの有益なるに出でたるものなり。

 距離1500m以上だと、大加農でも新式軍艦の「係命部/存命部」〔ヴァイタルパート〕を撃破できぬ。
 また、傾向として、軍艦の舷高が減じつつある。
 落角10度では甲板で跳飛する。したがって加農の瞰射は無駄である。

 臼砲は大距離での命中精度は劣るが、製造上、大いに経済的なので、数をもって補える。
 M25に観音崎で甲板射撃したところgood。

 28榴は大距離ほどエネルギーが増す。
 24cm加農の炸薬は1.7kgである。
 27センチと19センチの加農は、炸薬データなし。

 海峡には、要撃砲台と砲戦砲台の2種類が考えられる。
 イタリア28榴の最低射程は1500mである。

 日本の28榴には信管が2種あり。ひとつは「遅滞爆発」するもので、艦艇で炸裂させる。
 海峡を通過する敵艦隊は先頭艦の犠牲を覚悟して来る。だから、先頭狙いが有利とは限らん。

 颶風>暴風>強風>疾風>和風>軟風。

▼防研史料  陸軍化学研究所 『科研報告179号 外国実包金質研究』S2-8-25
 各国のうち、ドイツのもの、オーストリーの薬莢が、不純物が多い。雑なつくりになっている。
 ※WWIで代用資源に積極的に切り替えたから。

 1925年から26年において、英仏は、弾身の前部にアルミニウムを充填している。
 英は、溝なしの起縁なので、きわだっている。仏、墺も同じ。

▼防研史料  技本『最近に於ける新兵器の威力』S5-2-28
 小銃の代わりに騎兵銃をもちいだしたのはチェコ。とにかく軽くしようという世界の趨勢。
 「国軍の試製自動短銃は列国軍に比し遜色のない性能のものである」。※それでベルクマンのタマを輸入したのか。

 高射機関砲を歩兵用に採用しているのは、米の13ミリのみ。
 AAは13ミリでいいが、ATは20ミリ必要。この二重装備化問題をどうするかで悩む。平曲射歩兵砲も同じ。

 このころ、仏からシュナイダー24cm列車加農を買ったばかり。
 「特殊戦車」……連絡補給のため、無線および補給用戦車。弾幕構成戦車。

▼防研史料 技本『技術関係連繋部隊打合会供覧兵器目録』S6-7-7
 89式旋回MG。
 7.7ミリなのに11年式LMGを2連にしたようなワケワカランもの。

 89式固定MG。
 初速800m。レートは750~1000発/分。

 89式重擲用の89式榴弾。
 炸薬140グラム。

 12年式50瓩爆弾。
 全備重量53kg、炸薬28.79kg、侵徹6m。

 12年式100瓩爆弾。
 全113kg。炸薬64.75kg。

 12年式100瓩破甲爆弾。
 全101kg、炸薬17.1kg、侵徹8m。

 12年式200瓩破甲爆弾。
 全204kg、炸薬36.5kg、侵徹9m。

 シュワルツローゼ間接照準具あり。

▼防研史料  陸軍技術本部第一部『第一部管掌兵器(昭和5年度審査実施)(昭和6年度審査予定)概要表』S6-4-1
 「イキ」=特殊牽引車。
 ビッカース無線戦車。

▼防研史料 『防空兵器装備研究に関する調査』S12-1-15
 三八式歩兵銃の最大射高は2850mである。
 制空できる最大射高は600mである。
 有効な最大射高は300mである。

 11年式軽機のばあい、有効な射高は400mである。
 92式重機関銃による、有効な射高は600mである。

 「高射機関銃」は、三年式重機で6.5ミリ。有効な射高は600mである。
 「95式機関銃車」は、92式重機を積載してある。※サイドカーに。

 92式車載13粍機関銃〔ママ〕。
 最大射高は3600m。弾量は52.3グラム。初速744m/秒。レートは550発/分。制空射高は1500m。有効制空射高は800m(存速288m/s)。
 ただし、「重装甲車内にては殆んど高射不可能なり」「車外脚上に載せ 高射を行ひ得」。
 ※92式重装甲車のハルから突き出した状態での対空戦闘などありえないと最初から認識していたわけ。車内には野外用の対空銃架が別に格納されていたのか? そのスペースはとてもなさそうに見えるが……。

 96式軽機関銃。有効射高は400m。

 「試製20ミリ野戦用機関砲」。
 最大射高3500m。初速900m/s。レート 300発/分。
 制高Max が2000m(存速150m/s)。有効射高 1500m。

 「試製自動車積載20ミリ機関砲」。
 6輪自動車に野戦用の20ミリ機関砲を積載せるもの。

 「試製双聯高射機関銃」
 なんと7.7ミリでつくっていた。機関銃車に積載す。
 初速740m/秒。制高1000m。有効射高600m。

 25ミリの単装と連装も試験していた。※海軍のをそのまま採用できるかどうか。

 20ミリで、2000m先を射つと、タマが届くのに5秒かかる。3000m先には11秒かかる。