赤外線で浮かび上がる文字記号をフレームにプリントし、街の監視カメラでそれが読み取れるような環境が整備されれば、高級自転車盗難も減るであろう。

 Jakub Palowski 記者による2021-11-10記事「Laser-Guided Artillery Developments in Russia: Syria and ZAPAD-2021」。
   露軍は野砲にも迫撃砲にもレーザー誘導砲弾を普通に使うようになってきた。
 野砲弾は152ミリの「クラスノポリ」という。120ミリ重迫の砲弾は「KM-8 グラニ」という。

 2017年、シリアのフミエミム基地をゲリラが迫撃砲で攻撃してきた。この迫撃砲陣地を破壊するのに「クラスノポリ」が使われて有効であった。

 『イズヴェスティア』紙によると、レーザー誘導砲弾は初弾から命中してくれるので、いくつかの任務に関しては、もはや、昔のような砲兵大隊による斉射の必要はない。砲兵は、たったの1門でもよくなったのである。

 また、レーザー誘導砲弾は、地対地ロケット弾にくらべて、敵の迎撃手段によって阻止されてしまうおそれが少ないのだという。これは物理的なSAMのようなものだけでなく、電波妨害に対しても不感なのだという。

 ※地対地ロケット弾の終末誘導がGPS恃みであれば、スプーフィングに弱い。しかしINSと二重になっていれば、そうでもあるまい。

 米軍も、GPS/INS恃みの155ミリ砲弾「エクスカリバー」には満足していない。それらに加えてレーザー誘導もオプションで選択できる「エクスカリバーS」という新誘導砲弾を開発中である。

 欧州のNexter社は、「カタナ」というレーザー誘導砲弾を開発中である。
 ポーランドのテレシステム・メスコ社も、類似砲弾を開発中。

 誘導用のレーザーを誰が照射するかだが、露軍の最近の「ザーパド2021」大演習では、無人機の「オリオン」ならびに「アウトポスト」からの照射が、実験された。

 無人機からの誘導で「クラスノポリ」を発射した射程は10kmから16kmであった由。

 露軍の諸兵科混成旅団に付属する野戦砲兵は、砲熕のユニットが2個と、ロケット砲兵を1個 という構成なのが一般的である。

 120ミリ重迫は、大隊または連隊に付属している。

 師団になると付属の砲兵は旅団規模になり、そこには122ミリ加農から300mmロケットまである。

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 Ben Luoma 記者による2021-11-4記事「Ambitious plan will make Paris a 100% cycling city by 2026」。

   パリ市は、「パリ・プラン・ヴェロ 2021-2026」という計画に2億5000万ユーロを注ぎ込む。
 市内に自転車道を四通八達させ、たいていの用事を自転車移動で済ませられるようにして行くのだ。

 このため、2車線の自転車専用道を総延長180kmも新設する。
 自転車交通へのシフトを促すためには、「専用」でなくてはならない。一般の自動車交通とは隔離されていないと、どうしても危ないので、潜在的な利用者たちが、ためらってしまう。

 すでに地元の政治家たちも選挙のさなかに「地下鉄に投資するのと同じくらいの投資が自転車道にも必要」と訴えるようになっている。

 従来、自転車専用レーンといっても、交差点では自動車と必然的に混走することになり、また橋梁などでは専用レーンが消えてしまったりした。これではダメなのだ。

 自転車専用道の設計では、すべての年齢の利用者が安全になるように配慮しなければいけない。幼児や老人の自転車が防護され必要がある。

 駐輪場の計画では「自転車泥棒」をいかに防遏するかが、成否の鍵となる。高額な自転車を盗まれるリスクがなくならなければ、人々は自転車利用に前向きにはならない。

 地下鉄とのシームレスな連携も課題である。
 また駐輪場は、「カーゴバイク」(荷物運搬用の特型自転車)の普及を促進する設計でなくてはならない。

 小学生には早期に自転車教育を施し、「自転車免状」を与える。じぶんで簡単な整備もできるように。

 ※もし東京都知事に脱炭素の課題意識があったなら、東京五輪の自転車ロードレースコースを、五輪終了後も使える自転車専用道路として新設したはずである。まったくそんな課題意識は無かったのに、COP26に合わせて急に脱炭素を言い出しているのだ。何ひとつ具体策無く。

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 David P. Devereux 記者による2020-12-17記事「Plane Facts: Bush Planes」。
    ブッシュプレーンの歴史的事実。
 最初のブッシュ飛行は、1919年のカナダ・ケベック州。機体は「カーティス HS-2L」飛行艇だった。

 初期のブッシュプレーンの定番となったのは、「カーティス JN-4 ジェニー」であった。頑丈で、しかも安価だったので。

 初期のブッシュプレーンの仕事は、アラスカなどの僻地における郵便物の空中投下、火事の見張り、狩猟補助、遭難者救助などであった。

 必須の重要部品は、テイルドラッガー(尾橇もしくは尾輪)である。

 戦後の人気機種は「パイパー PA-18 スーパーカブ」で、初飛行が1949年、のべ生産数は約1万5000機である。

 最初からブッシュプレーン専用に設計された飛行機は、「デハヴィランド・ビーヴァー」で、1947から1967まで、1657機が製造された。うち半数は米陸軍が買っている。エンジンは450馬力の星型。

 大径で低圧の「ツンドラタイヤ」を発明したのは、グッドイヤー社のアルヴィン・J・ミュッセルマンで、1929年のことであった。同社の最大径のツンドラタイヤは、46インチだった。

 この荒地用巨大タイヤに関する安全基準は、FAAにより、1994年に導入されている。