Jeff Vandenengel 海軍少佐による『プロシーディングズ』誌2021-11月号寄稿「The Use?and Misuse?of Submarines in Great Power Combat」。
潜水艦にはいろいろなことができる。だがみんな誤解している。一度にはひとつのことしかできない。これは潜望鏡がひとつしかないことに由来する、制約なのである。
敵の艦船を沈めるという本然のミッション以外に、潜水艦隊を用いようとすれば、どうなるか?
1940年のノルウェー侵攻作戦に、デーニッツのドイツ潜水艦隊は全力協力を求められた。上陸作戦を援護しろ、というわけだ。燃料運びまでやらされた。
デーニッツは、新造Uボート×2隻の公試運転を中止させ、練習用Uボート×6まで駆り出す必要があった。
成果はほとんど無かった。逆に、Uボート×4隻が沈められてしまった。
しかも、大西洋での通商破壊作戦は3ヵ月の期間中、お留守にするほかなくなってしまったのである。
1941年、対ソ戦の開始にあたっては、デーニッツはバルト海に8隻のUボートを出した。
8隻の艦長たちは、そこに何らの攻撃目標も見出すことができなかった。
北極海(ノルウェー沖)にも数隻を派遣したが、無戦果であったことは同様であった。
地中海では、1942-1~1942-4のあいだ、21隻のUボートが展開されていながら、撃沈戦果は6隻しか挙がっていない。
対英物資搬入を洋上から阻止する大西洋作戦に全張りさせていれば大戦果があったはずの貴重な独軍の潜水艦が、あらゆる無益なミッションに割かれてしまった。
たとえばアプヴェア要員(対外潜入スパイ)の輸送。
独海軍の水上艦のエスコート。
ルフトヴァッフェに気象情報を提供してやるための、お天気観測(これだけに6隻が割かれた。作戦可能状態のUボートは常に10隻以下しかないのに)。
デーニッツにいわせると、対英物資搬入遮断作戦は、唯Uボート艦隊だけが実行可能であった。ならば、そこに集中させるのがいちばん合理的であったはず。
デーニッツにいわせると、WWII前半のドイツには勝つチャンスはあった。それは「洋上拒否」というUボートが最適化している任務に、ぜんぶのUボートを投入すれば、実現したのである。愚かなOKMが、そのチャンスを棒にふってしまった。
WWII中の日本帝国海軍潜水艦隊には、敵軍艦が第一の目標として規定されていた。艦隊はそれに応えた。1942年をみると、日本の潜水艦は、米空母2隻と軽巡1隻を撃沈。空母1隻、戦艦1隻、重巡1隻を損傷させている。かたや米海軍の潜水艦は、同じ1942年に、日本海軍の軍艦としては、2隻の巡洋艦を沈めただけである。
※5月に水上機母艦『瑞穂』が、6月には駆逐艦『山風』がそれぞれ米潜に雷撃されて沈んでいる。12月には空母『龍鳳』が被雷損傷。
ガ島をめぐって大本営は13隻の潜水艦に物資輸送とエバキュエートを手伝わせた。結果、4隻の潜水艦が喪失する。
潜水艦隊が補給ミッションに駆使されるようになった結果、1943年の日本の潜水艦による米軍艦撃沈の戦果は、「ジープキャリアー」1隻、潜水艦1隻、駆逐艦1隻しかなかった。
※11月に『伊175』潜が『リスカム・ベイ』を撃沈している。
対米戦の後半になると日本の潜水艦隊には本土沿岸防衛任務が期待され、このための小型潜水艦も量産されたが、当時の太平洋艦隊の潜水艦隊司令官のチャールズ・ロックウッド提督に言わせると、日本の小型潜水艦建造はほぼ、無益な努力であった。
米潜『シーウルフ(SS-197)』は、コレヒドール島のマッカーサーを支援するために、12.7ミリ機銃弾と3インチ砲弾を72585ポンド、送り届けたが、艦長によれば、それは1日で射耗されてしまう量でしかなかった。
1982年のフォークランド紛争時、アルゼンチンは2隻の潜水艦を投入可能であった。1隻は、サウスジョージア島への輸送任務に使われた。4月25日、兵員を揚陸させおえた『サンタ・フェ』は、英海軍の対潜ヘリからの攻撃を受けて、損傷。みずから座礁することで、沈没をまぬがれた。
これにより、残る潜水艦は『サン・ルイス』だけとなってしまったが、この1隻はすごい活躍をしている。何もしないことによって、英軍を翻弄したのだ。英艦隊は血眼になってこの1隻を捜索し、対潜魚雷を200本も投下した。すべて、誤認音源であったという。
本土から飛来するアルゼンチン空軍の空襲を警戒して英艦隊は苦労しているが、おなじくらいの脅威を、たった1隻の何もしない潜水艦が及ぼしていたのである。
米海軍のこれからの課題。SSNとSSBNでは士官の教程をすっかり分けた方がいい。共通化させるのは有限の人と時間の無駄遣いである。
もうひとつの大問題。船渠不足のために、1隻の原潜のメンテナンスの入渠期間が異常に長くなっている。その間、士官は洋上勤務できず、スキルアップできるはずの貴重な時間が徒費されてしまう。民間技師にもっと任せられることがあるはずだ。
※これは根本の解決法があると思う。WWIのリバティ船の量産いらい、艦船は「輪切り」で製造することがセオリーになっている。しかし潜水艦の場合、その発想が間違いなのである。まず外殻部と内殻部で分け、そのあとで、輪切りにするという考え方が合理的だろう。すなわち、一人の巨人の右手が潜水艦の船首をつまみ、巨人の左手が潜水艦の船尾をつまんで、互いに反対方向に引っ張ると、外殻部と内殻部が分離する。あたかも、注射器の外ケースからピストンが抜けてくるように……。建造するときから、これができる設計にしておけばいい。入渠メンテナンス期間が著減するに違いない。戦時下の急速修理すら、間に合うようになるだろう。
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Minnie Chan 記者による2021-11-30記事「Chinese nuclear submarine spotted sailing on the surface in Taiwan Strait」。
台湾海峡を浮航している『094』型SSBN(母港は海南島)の衛星写真が公開された。
撮影は月曜日の午前10時頃。
投稿者は、中共の潜水艦に詳しいH・I・Sutton氏。
衛星は、EUの「センチネル2」である。
民間衛星の解像度でも、潜水艦の丸い船首が造る独特の艦首波と航跡が、くっきりと写っている。
この『094』潜は、北から南に向かっていた。
おそらく渤海の船渠でオーバーホールし了えての帰り途だろう。