気象変動は埠頭設備やその後背地のインフラを破壊することもある。

 とするなら、これからは、コンテナ船の内部に、積み下ろしを「自前」で作業できる設備があるのが望ましい。

 理想を言うと、ひとつの「40フィート・コンテナ」の中に、緊急用のミニクレーンがパッケージになっている、そんな特殊装備がつくられるとよい。蓋を開けるとクレーンが展張される。それは小さなものだから、もちろん、他のコンテナを岸壁まで丁寧に下ろしてやるような仕事はできない。そのかわりに、舷側越しに、海に投げ落とすのだ。

 次。
 Desiree Kocis 記者による2021-11-29記事「Woman Survives 28,000 Foot Freefall After Plane Breaks Up」。
    1997年4月1日のこと、航空写真を撮影するため「セスナ337D スカイマスター」(串型双発)を操縦していた男性パイロット(飛行時間3100時間)が、高度2万8000フィート(=6100m)で低酸素症になって昏倒してしまった。
 飛行機は錐揉み降下に陥り、空中分解。
 だが、撮影助手として同乗していた1人の女性は、軽症を負ったのみで助かる。
 なぜこのようなことが……?

 この日の仕事は往復飛行だった。気象は良好。ペンシルヴェニア州のウェインズバーグを離陸し、オハイオ州のノースリマへ。そこで着陸し、給油したら、また飛び戻る。事故はその帰路で起きた。

 高度1万フィートで、この2人は酸素マスクを装着した。

 インディケーターは緑色に点灯。酸素の出に問題はないようにみえた。

 2万フィートまで上昇したところで、操縦士が助手に、何か気分がおかしくないかと尋ねた。直後、彼女は眩暈を感じた。操縦士も返答をしなくなった。すぐ彼女も気を失った。

 管制レーダーの記録は、この飛行機が許可された2万5000フィートを超えてさらに2万7700フィートまで上昇し、そこで水平となり、2万6000フィートまで降下したところで、消失したことを示している。

 その時点で空中分解したのである。

 ペンシルヴェニア州ヒッコリーに、半径3マイルにわたって、この飛行機の残骸が雨下した。
 偶然にも、操縦席と座席を含む胴体部分は、高さ30フィートの1本の木の上にひっかかっていた。
 中を確かめると、操縦士は死亡していたが、助手は意識不明ながら、生きていた。

 この事故のそもそもの原因は、ノースリマ空港で、純酸素のボンベが積まれるべきだったところ、ただの圧搾空気入りのボンベが、パイロットに手渡されていたせいだったと究明されている。そのため、高度が上がるにつれ、酸素は不足し、両名ともに気絶したのだ。

 彼女は体重が軽かったために、助かったと考えられている。
 研究によれば、平均体重よりも重い人は、飛行機が墜落したときに死ぬ確率が、平均体重の人よりも80%高いのだ。

 もちろんこれはシートベルト着用が前提の話である。ようするに、体重が重くなればなるほど、シートベルトもその身体を守ってくれなくなる。

 衝撃が加わるときに全身をリラックスさせていることも、生存率を高める。だから、自動車事故では、酔っ払いの方が65%も怪我の度合いが軽いという。もちろんこれも、シートベルトが前提だ。

 分解した飛行機の胴体が、運よくヒッコリーの樹上にキャッチされたことも、衝撃加速度を緩和したはずだ。