米国からMLRSまでも供与されていた?

 雑報によると、ゲラシモフ参謀総長が、みずからIzium戦線まで出てきたという。これは世界戦史初の、「陸軍参謀総長の討ち死に」があり得る状況だ。宇軍側の特殊部隊は今、「桶狭間」作戦を軍議中に違いない。

 ゲラシモフは、じぶんが戦死することで、プーチンの核発射を阻止する気なのだろうか? 三人合意しないと核は撃てないので。

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 Amalyah Hart 記者による2022-4-27記事「Were these ancient vessels actually ‘hand grenades’?」。

  エルサレムの土中から発掘される、11世紀~12世紀の球体中空陶器の破片を調べていた考古学者は、どうもこれは「手榴弾」だったと結論した。
 十字軍が、頑強な要塞を攻めるときに投げつけて、火をつけるための投擲兵器だったのではないかというのだ。つまりは焼夷手榴弾。

 従来、この「セラミック容器」を展示していた世界各地の博物館では、これはビールの飲器だったか、水銀、油、薬品の入れ物だったのだろうと解説をしていた。

 こうした形状の容器は中東では9世紀以降の地層からみつかる。
 今日、十字軍は、1095年に始まり、1291年に終わったとされている。

 では、この容器が「手榴弾」だったとすると、東洋から黒色火薬が西洋へ伝来したのは、13世紀ではなく、11世紀より前、ひょっとして9世紀だったということになるのか?
 ならない。

 容器の中味が黒色火薬ではなかったことは、じつはもう、調べはついている。
 なにか別の、可燃性の液体が入っていたと考えられている。

 容器は外面を樹脂でシールされていた。防湿の必要があったことは確かだ。

 ※戦時援助品としては「ミニバックホー」も良いだろう。クボタ製だと総重量が910kgなどという軽いものがあるようだ。これだけ軽ければ、輸送機で運びやすい。バックホーは、ガレキの片付け用、空爆直後の住民救助用に役立つことはもちろんだが、市民のための防空壕掘りにも使える。これを、小型トラックに1台ずつ積んで、そのトラックごと、援助してしまうのだ。さすれば空港までドライバーに取りに来てもらって、そこから自走で「お持ち帰り」いただくことができる。