国内に兵器と弾薬の製造基盤を維持しておかないと、こういうことになっちまうわけだね。
いざというときに、米国に在庫がある保証は、無いのだ。
雑報によると、ボーイング社製の「オルカ」UUVをウクライナ海軍に使わせるためのトレーニングが進行中である。この大型無人潜航艇からは「マーク67」サブマリンラーンチトモビル機雷×6本をリリースできる。自航で敵軍港まで潜入して沈底機雷になるもの。
軍艦はダーダネルス海峡を通れないのだが、「オルカ」や「Mk.67」は空輸で配達できてしまうから、何の支障もないわけ。
シナ軍との実戦の前にいっぺん、こいつを試してみたかったろう。カネ出してもいいから是非やらせてくれという感じだろう。米海軍としては。
スターリンクのユーザーはウクライナ国内にすでに15万人もいるという。
あるラジコン機マニアが気付いてしまった。ラトビア国内からモスクワの赤の広場まで、市販の、ジェットエンジン付きのホビー用飛行機が、片道到達できてしまうという可能性に。381マイルなので。
つまり、子供が買えるオモチャで、ロシアの心臓部を特攻空襲できるのである。
次。
Commander Alan D. Zimm, U.S. Navy (Retired) 記者による『ブロシーディングズ』2022-5月号記事「Antiship Missile Lessons from Sinking of the Moskva」。
『モスクワ』撃沈事例は、大艦を攻撃するための、これまでの対艦巡航ミサイルの弾頭重量計算に、見直しを迫るかもしれない。
ロシアが米空母攻撃用に設計している対艦巡航ミサイルには1トンの弾頭がついている。米国もまた、巡洋艦以上の水上艦攻撃には、対艦巡航ミサイルの弾頭は500ポンド以上が望ましいと考えてきた。
しかるに「ネプチューン」はたったの330ポンドの弾頭だったのである。
前例もあった。1982年にフォークランド沖で「エグゾセ」にやられた英艦『シェフィールド』だ。
エグゾセの燃え残りのロケットモーター燃料が艦内で大火災を発生させ、それが発電機の燃料タンクまで達したのであった。
艦の前方部分は猛火に包まれ、『シェフィールド』艦長は総員退艦を命ずるしかなくなった。
『モスクワ』も、報道を見るかぎり、艦の前方部分で火災があり、それは艦内のミサイル弾庫に達し、すくなくも1発を爆燃させたようである。
従来の予想計算は何が足りなかったか? 対艦ミサイルの「残燃料」の偉大な焼夷効果と、その火災が艦内に充満させる「有毒ガス」を、まったく考慮に入れていなかったのである。
そしてもうひとつ。現代の軍艦は、WWII以前の軍艦と違い、弾庫の防爆&防火壁が薄っぺらであり、しかも、艦型に比べて弾庫の容積が大きく、その中に弾薬類をギッシリと詰め込みすぎている。
『モスクワ』の場合、全長611フィートの船体の上に、16基の大型対艦ミサイルを並べ、艦内弾庫には、104基のSAMと、130ミリ砲弾(2門分)、CIWS用の30ミリ機関砲弾(6門分)、対潜迫撃砲の爆雷(2門分)、および533ミリ魚雷×10本を積んでいた。
ある試算だが、もし対艦ミサイルが、標的に命中後、10秒から30秒、さらに燃え続けるだけのモーター燃料を残していた場合、その残燃料の焼夷破壊力は、ミサイル弾頭の爆発力にほぼ匹敵してしまうという。
記者(退役海軍中佐)が核動力巡洋艦のCICルームで当直していたとき、平穏な当直中に、相棒の当直士官といっしょに「22ゲーム」という思考実験をした。すなわち、拳銃弾として威力最小といえる「.22」口径の小型拳銃を、2人が持っているとする。そして、そこには各2発、「.22」口径の実包が入っているとする。その2発の弾を撃ち込むことで、この核動力巡洋艦を最大限に破壊しようとするなら、CICルーム内の、どこに撃ち込むのがいいか?
もちろん空想実験だが、CICルーム内で発砲される非力な2発の拳銃弾でも、現代の巨大な軍艦を機能喪失させることは、理論上、可能なのである。
今日の対艦ミサイルは、標的艦の最大弱点部位として、弾庫もしくはCICルームを狙うように、プログラムされているはずだ。
この狙いが正確にできるのならば、対艦ミサイルの弾頭重量はごく軽いものでかまわない。ミサイルの残燃料が、すべての仕事をしてくれる。
だったら、対艦ミサイルの重量配分は、変えてもいいはずだ。弾頭はもっと軽くしていい。そのかわりに、燃料を増やすのだ。それでレンジが伸びる。敵艦をますますアウトレンジできるだろう。ミサイル海戦でもっともだいじなことは、こっちが先に敵に1発当ててしまうことである。その逆であってはならないのだ(ウェイン・ヒューズ大佐がこの理論を詳しく著述している)。
その対艦ミサイルを味方の軍艦に搭載する場合、4本までは1パッケージにしてもいいが、それ以上を1箇所の弾庫内にまとめて収蔵してはならない。理想的には、2本ずつ、頑丈きわまる独立弾庫に、隔離しておくべきである。
※こんご、もし「アーセナルシップ」を建造するのなら、その艦型は、南北戦争中の『Monitor』のような半没艦型にするしかないのだろう。弾庫がほぼカラッポである、通常艦型の「指揮艦」が、半没のアーセナルシップのVLSから、巡航ミサイルをつるべ撃ちさせるわけだ。
次。
Robert Farley 記者による2022-5-3記事「The Moskva Attack Proves Why the Russian Navy Hates the Black Sea」。
じつは1905の日本海海戦の日本の勝利にはトルコが大きく貢献している。とうじ、黒海には、ロシア海軍の戦艦が5杯、存在した。ロシア海軍としては、その5隻もバルチック艦隊に合流させたかったのだが、トルコが、条約上の権利を行使して、ダーダネルス海峡からロシアの軍艦が地中海へ出て行くことを許さなかった。おかげで東郷艦隊は数で圧倒されずに済んだのである。
1914の第一次大戦でトルコはドイツ側についた。これは、日露戦争型の5隻のロシア戦艦と、トルコ海軍の1隻の近代巡洋戦艦(ドイツの『ゲーベン』が乗員ごとトルコに引き渡されていた)が、黒海であいまみえることを意味した。
優速の『ゲーベン』からロシアの旧式戦艦は逃げ回り、2年間、決着がつかなかった。そのあいだにロシアは、黒海の造船所で、ドレッドノート型の戦艦を3隻、急ぎ建造した。
1916年にその3隻が完成したので、こんどはトルコ海軍が圧迫される……かと思ったが、新鋭3隻のうち1隻はセバストポリ軍港内で火災で自壊。もう1隻はドイツ海軍に拿捕されそうになって自沈。のこる1隻は最終的には白系ロシア軍がチュニジア(仏領)まで逃亡するのに使われた。
『ゲーベン』は名前を変えて40年間、トルコ海軍によって使われている。
トルコはWWIIでは中立したので、黒海には大きな海戦もなかった。
あまり知られていないが、対独開戦前にロシアはバルト海から戦艦を黒海へ移すとともに、黒海沿岸造船所でも大型軍艦を建造させていた。おかげでウクライナの南岸のドイツ軍の活動を、ロシア軍は艦砲射撃で妨害することができたのである。ただし航空優勢は概してドイツ側が握った。