Kamil Galeev 記者による2022-5-5記事。
※また、すげーこと書いてるわ。
いまの露軍の最前線部隊は、ひととおりの仕事はしたと自分たちで思ったら、《勝手に帰郷休暇》することができる。これは法で定められた権利ではないが、力の現実であり、実態だ。
北部戦線から多くの部隊が撤退した。それらの部隊はベラルーシ経由でロシア本土に戻って、ほとんどが、そのまま。東部や南部へは、再投入などされていない。再度の出征を、将兵たちが拒否しているのである。
ロシア政治には「ロシア人民」という権力主体は存在しない。あれだけ大きい国になると、小グループの意見などいちいち聴いていては国家として機能できないのだ。だから、徴兵を国外戦争に連れ出すのは明瞭にロシアの法律に違反しているにもかかわらず、プーチンはあっけらかんとそれを命令することができ、誰もそれに楯突けないし、事後的にその違法をとがめる司法権力などもない。
ロシアにおいては、「プーチン」に対抗できる権力主体は、コピーのようにプーチンと同じことがやれる無慈悲な独裁者だけだ。たとえばナワリニィ氏とそのとりまきたちがなろうとしているのは、まさにそれなのである。
西側のナイーブなメディアは、ロシアの中に、アンチ独裁のリベラルな政治指導者がいないか、探す。過去にも未来にも、いないのである。そんなものは。そのリアリズムを直視せずに、ナワリヌイやら誰やら彼やらを、すぐにリベラルな対抗候補に粉飾し、神輿に担ごうとする。その繰り返しばかりやっている。永久に学習せず、ロシアの現実を認める気がない。
ナワルニィ、ホドルコフスキー、カシンらは全員、ロシアのナショナリストを自称する。そして全員、モスクワに政治地盤があってのしあがった。
この者らは全員、モスクワの流儀を大帝国領土の隅々にまで押し付けるのが当然と考える連中である。それを「リベラリスト」とは呼ばない。地方分権の地の字もないのだ。こいつらの頭の中には。まして非ロシア系民族の自治や独立など認めない。
「モスクワ・リベラル」を信じるな。それが私の言いたいことだ。ナワリヌイはモスクワリベラルのひとりにすぎない。そいつが権力をもつということは、別な「ツアーリ」が誕生することと、なにも違いは起こらない。
とにかく西側のマスコミは、「非モスクワ地方」の声を取材しない。不勉強だ。知ろうと思えば、すぐにわかることなのに。
5月9日に何が起きるか予言しよう。プーチンによる、「総動員」か「部分動員」の宣言だ。
総動員の確率は20%だろう。
「総動員」には問題がある。露軍にそれをうけいれるキャパシティがないという問題が。
大動員をかけると、市井で暮らす、予備役や後備役の、それも未訓練の者がどっと入営する。ほんらいであれば、そいつらの小隊長や中隊長となる若い将校が、平時から余分に養われていなくてはいけない。だが今次ウクライナ戦争では、下級将校がだいぶ損耗してしまった。したがって、これから露軍は、大動員をかけるだけでなく、下級将校の速成栽培もしなくてはならない。軍のアカデミー(士官養成学校)で。
だがそれは不可能なのだ。
第二次大戦中、ロシア軍はどうやって市井人から砲兵将校となる者を選抜したか。5文字からなる言葉を書かせて、書けた者は砲兵士官養成学校に送った。書けなかった者は、そのまま二等兵にした。
この大動員方式をずっと維持していれば、5月9日に「総動員」を下令してもなんとかなるのだが、じつは冷戦後のロシアでは、セルデュコフ国防相の改革によって、「プロフェッショナルアーミー化」(志願兵のみからなる、高度に練成された、少数の即応軍を整備する)が、進んでしまった。そのさいに、下級将校の大量速成学校は、整理されてしまっているのである。
だから、兵隊ばかり集めても、将校は供給されない。
志操堅固で戦意旺盛な小隊長や中隊長のいない、烏合の衆をあつめれば、ウクライナ戦争はなんとかなるのか? なるわけないことはハッキリしているではないか。
このように「総動員」は現代戦にマッチしない非合理的なコースとなること必定であるが、それを敢えてやってしまうのもロシアのツァーリたる所以。
ルネサンスのイタリア史家グイチャルディーニいわく。
――都市国家の政治を占いたくば、君侯はどうするのが正しいのかなどという話は無視せよ。彼は日ごろからどうする癖があるのか、そこだけに着目せよ。
プーチンに対するロシア大衆の反乱が起きる確率は、現状のままなら、ゼロである。しかし総動員がかかると、予断はできなくなる。1917年の再現になるかもしれない。
1917革命は、首都サンクトペテルスブルグに、武器を渡された大衆軍が46万人も横溢したことでなしとげられた。
それはじつは1916-11時点で内務系官吏から予見されていた。クリザノフスキーは、どうすれば反乱を予防できるかについて、有益な助言をしている。
いわく。
最も皇帝に忠義な親衛騎兵連隊をすべて首都へ呼び戻すこと。それを近衛兵力とする。
首都やその近くで徴兵された兵士はけっして戦地へは出さず、首都の補助憲兵にすると皇帝が約束すること。
他の動員部隊は、できるだけ首都から遠く離してしまうこと。
だが愚かなツァーリがこの提言に耳を藉さなかったので、クリザノフスキーも皇帝を見放し、内務大臣への就任は謝絶した。3ヵ月後、ロシア帝国は、在首都の兵隊(それだけで46万人に膨張していた)の暴動によって、あっけなく転覆した。
インテリや革命理論がロシア革命をなしとげたのではない。皇帝の宮殿のまわりに、皇帝を呪う無学な徴兵が46万人も集まったら、皇帝が無事で済むわけはなかったのだ。
1917-4にロシアに戻ってきたレーニンは、ロシアは今すぐに戦争から抜ける、と宣言した。ボリシェビキのとりまき達は、レーニンが気でも狂ったかと思った。だが、レーニンはまったく正しかった。首都を制圧している46万人の無学な兵隊は、レーニンに感謝し、支持した。それがすべてであった。
ロシアのインテリ層は、戦争は継続すべきだと皆、信じていた。なぜなら、連合軍はこのまま行けばドイツに勝てるのである。勝てる戦争をなんでやめてしまうのか? ドイツに土地を割譲するなど、大損ではないか。これが、ロシアのインテリ層が皆思ったことだった。
レーニンはこのとき、国家・国民の尊厳などはいっさい度外視して、じぶんたちの党がロシアの国内政治に勝利することだけを優先し、集中したのである。インテリどもからいくら不評判でも、内戦に勝利すること。それがすべてであった。そして首都に駐留する50万人の無学な新兵がじぶんの味方になるなら、それは実現するのだ。この現実的判断ができたのは、ボリシェビキの中で、レーニンだけであった。
※国家総動員の長期戦争では、いちばん潤沢な資源から使って行くことを考えねばならない。ところが現代ロシアでは、「人」はもう使えなくなってしまっている。するとロシアには何が残るのか? これから焦点になるのは、ロシア本土の鉄道網だ。鉄道が麻痺すれば、「人」以外のすべての資源を、戦場に集中できなくなる。