Leonie Allard and Ian Brzezinski 記者による2025-2-10記事「Now is Europe’s moment for decisive action on Ukraine」。
バイデン政権は手続き重視だったが、トランプ政権はそうではない。欧州はこれにのんびり対応していては国際的な地位を失い、なおかつロシアからの全面侵攻に直面する。
今月の中旬までに欧州とカナダは次のことを即決するべきだ。欧州人とカナダ人からなる3個師団をウクライナに送り込み、「バックストップ」にする。この駐留軍には空軍と中距離ミサイルが加わっていなくてはいけない。
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Defense Express の2025-2-13記事「What Strange russian Artillery, Spotted at the Front, Initially Considered 45-mm M-42 Anti-Tank Guns from WWII」。
ことしの1月末にSNSに出た動画。宇軍の第63独立機械化旅団が撃破した露軍のUAZは「45ミリ対戦車速射砲 М-42」を牽引していた。WWII中のシロモノだ。誇張ではなく、これは軍事博物館からもってきたとしか考えられない。最大射程4500m。
昨年夏には、BMP-1に、WWII中の85ミリ野砲であるD-44/48を載せたモノも現れた。レンジは1580m/1890mである。
※砲に価値があるというよりは、発射する弾薬に価値があるのである。国内の弾薬庫に、古い45ミリ砲弾や85ミリ砲弾が山のように死蔵されている。それを使ってしまえという至上命令があるのだ。
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2025-2-12記事「Russia ? China rail freight grows by 9% in 2024」。
昨年、中共とロシアの間の列車による貨物輸送は、2023年よりも9%増えた。
総量として、1億7500万トンの貨物が鉄道で運ばれた。
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U.S. Coast Guard News の2023-7-23記事「The Rescue of the Submarine USS Squalus」。
1939年に米海軍の潜水艦『USS Squalus (SS-192) 』(サーゴ級)が浮上できなくなってしまった。公試運転中に。
場所はニューハンプシャー沖で、ショール小島の近く。
将兵56名と民間技師3名が乗り組んでいた。午前7時40分にダイブしたら、エンジン・ルームと後部魚雷室に浸水。ディーゼル主機に外気をとりいれるための通気バルブが、完全に閉じていなかった。
艦尾から、深さ240フィートの海底に、沈座してしまった。
ただちに、電話機付きのマーカー・ブイを放出し、フレアと発煙弾を海面ではぜさせた。
艦の後部の浸水区画内では、将兵24名と技師2名が溺死した。
残っているのは、艦の前方にいた将兵32名と技師1名だった。
幸運にも、すぐ近くに、姉妹艦の『USS Sculpin』が所在していた。同艦は午後にマーカーブイを発見。
しばらく通話ができたが、そのうちにケーブルが切れてしまった。
数時間後、『Sculpin』のソナーによって『Squalus』の位置は確定され、海軍工廠のタグボート『Penacook』が、曳航ロープとフックを使って、新しいマーカーブイを『Squalus』上につなげた。
コーストガードの『CG-991』艇がいちはやく駆け付けた。このフネはもともとラム酒の密輸船で、おそろしいスピードを出せる仕様だったので。
同艇は、海軍工廠が抱えている深海潜水夫と必要器材一式をもってきた。
続いて数隻のコーストガード艇も器材をもってあつまった。
大西洋岸に唯一あったSRC(開発されたばかりのマッキャン潜水艦救助チャンバー)を搭載した救難艦『ファルコン』がコネチカット州のニューロンドン港にあったのも幸いだった。じっさいにこのチャンバーを使うのは、これが最初であった。
潜水艦のエスケープハッチは、前部魚雷室にあった。
ゴムの吸盤で覆い、ハッチを開け、いちどに8人ずつSRC内に収容し、SRCは浮上する。それを繰り返す。
深海潜水夫は、ふつう、240フィートだと、潜水病予防のために、連続20分しか活動はゆるされない。
血中に溶けていた窒素が圧力が減るとともに血管内であぶくになって血栓を惹き起こすのが潜水病だ。が、米海軍は、窒素を除去した、ヘリウムと酸素の混合ガスだけを送気する方法を開発していた。
14時間の間にSRCは4往復し、33人を救出した。5度目には念のため後部魚雷室のハッチを開けて、そこには生存者がいないことを確かめた。
沈船の引き揚げ作業は、1939年の5月から9月までかかった。4度失敗し、5度目に、ポーツマス軍港まで曳航できた。
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Heather Mongilio 記者による2025-2-13記事「UPDATED: USS Harry S. Truman Collides with Merchant Vessel in Mediterranean Sea」。
ニミッツ級核空母である『ハリー・S・トルーマン』が、エジプトのポート・サイード沖で、ばら積み貨物船と衝突。
相手船は『M/V Besiktas-M』(全長550フィート、デッドウェイト5万3000トン)で、現地時刻は水曜夜の11時45分だった。
空母はほとんど被害がないという。
『トルーマン』と、駆逐艦の『Jason Dunham (DDG-109)』は先週、クレタ島(ギリシャ領)のソウダ湾に寄港していた。『トルーマン』は、そこから、紅海へ戻ろうとしていた。
※別ソースによると、米空母はAISを停波していた。
『Besiktas-M』は、スエズ運河からやってきてソウダに寄港したあと、黒海沿岸のルーマニアの港へ向かっていた。
この貨物船は2016年に、チッタゴン港内で、『M/V Common Spirit』と衝突事故を起こしている。
米空母が洋上で衝突事故を起こした直近の例は、2004-7-22に『JFケネディ』がペルシャ湾でダウ船に当てたことあり。
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David Carlin 記者による2019-9-30記事「Learn Napoleon’s Secret To Success: Stop Multitasking」。
目標を一つだけに絞り込んでしまう才能が、ナポレオンを不世出の軍事的天才にした。
戦場では、決定的な打撃を敵軍に加えること。そこに集中すること。
1805年、仏軍はウィーンを占領する。しかし墺軍は健在であり、じきにロシア軍に合流した。
そこで三帝会戦になった。ナポレオンは、緊要高地を先取し、大勝した。アウステルリッツ。
墺・露の2軍を分断してしまう突撃をくらわせた。突破後、仏軍は左旋回し、壊滅的打撃を与えて、退却させた。数週間後、オーストリーは和を請うた。
次はプロイセンの番だった。プロイセンにはロシアが加勢にやってきた。1806年。
ナポレオン軍は数的に劣勢なので、高速行軍により、露軍が敵に合体するより先に、普軍をやっつけようと急いだ。イエナで、油の乗った仏軍は、ぎこちない普軍を撃砕。
すぐに矛先を露軍へ転ずる。アイラウ会戦では決着せず、フリートランド会戦で撃破した。
つねに、ひとつの敵だけを襲う。これが彼の手口だ。それによって仏軍の数的劣勢は、劣勢ではなくなるのだ。
ロシアが屈したことでティルジット条約が成立した。
生身の人間に「マルチタスク」は禁物だ。それは高パフォーマンスにならず、生産的でもないのである。
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The Maritime Executive の2025-2-9記事「Tanker Suffers Engine Room Explosion at Russian Port of Ust-Luga」。
日曜日、バルト海に面したロシアの港「Ust-Laga」にて、重油タンカー『Koala』の機関室が爆発し、船尾が鎮座した。
乗員24名は桟橋へ退避した。
『コアラ』はスエズマックスで16万トン。トルコ企業が所有し、キプロス企業が運航中。船齢22年。