同時に北海道の全市町村は、密集市街地内での石炭系燃焼後煙について事前に私人の権利と義務を明朗化しておく法令体系を組み立てなくてはいけない。今から準備するのがよい。
日本経済が全面的に暗転すれば、今、どん底にある夕張のような炭鉱が、また息を吹き返す。
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Jon Schmid and Erik E. Mueller 記者による2025-2-14記事「What the Pentagon might learn from Ukraine about fielding new tech」。
※記者らはRANDの研究者。
「UkrOboronProm」を直訳すると「ウクライナ・防衛・工業」である。この肥満した国営機関が2021以前はウクライナ国軍のすべての装備品について一手に仕切っていた。そしてそれはどうしようもなく役立たずな役所であった。
危機のウクライナ戦線を救済したのは、民間の工夫だった。彼らはソ連時代の「RKG-3」対戦車手榴弾の在庫品の弾頭に3Dプリンターで空力安定尾翼をとりつけて、市販のクォッドコプターから露軍戦車の天板に投下させた。
ウクライナ人は「Brave1」という中間機関も立ち上げた。そこが、最前線からの要請を、内外の技術者に取り次ぎ、最新兵器システムを次々と最高速で実現させた。AIシステムの開発もここが支援した。
米国防省も、戦争中のドローンの調達については、ウクライナ方式を採用した方がいいだろう。
「Brabel」はペンタゴンが2015に創った「Defense Innovation Unit」を参考にしている。その思いつきは、正しかったのである。
ウクライナは、戦時中の武器調達の発注権限を、最前線の小隊長に与えている。これも米軍は真似するべきだ。
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Boyko Nikolov 記者による2025-2-15記事「Russia calls strike-recon Molniya-2 UAV the ‘AK-47 of drones’」。
ベニヤ板とありきたりのアルミパイプだけで構成した固定翼FPVドローンの「モルニヤ2」の調子が良いので露軍が大宣伝している。
安さを徹底的に追求した。
ここにとりつけられる爆発物は、10㎏のTM-62対戦車地雷や、サーモバリック弾薬(ほんらいはRPO-Aから発射するもの)である。
モルニヤのモーターはどうせ中国製だろうが品番は分かっていない。
最大速力80km/時。
何を搭載するかにもよるが、レンジは40kmまで延ばせる。
射出はカタパルトもしくは手投げ。爆発物を3㎏くらいに抑制できれば手投げできる。
対戦車地雷だと重すぎるので、ビルの高いところから射出し、いったん降下させることで主翼に大きな揚力を生じさせる必要がある。
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Brandon Christensen 記者による2018-5-9記事「10 Things You Didn’t Know About the Dutch Empire」。
オランダは1630年までに、四つの大陸に地歩を築いた。
アムステルダムには1602年に、世界最古の証券取引所が設立されている。
世界帝国オランダの始まりは、スペイン帝国からの分離独立からだった。
オランダは共和制だったから合衆国憲法起草者たちには影響をあえていた。概して礼賛的ではなかったが。
オランダの正式名称は「州連合/合州国」である。
この各州の州権を譲るまいとするのが共和派。それでは外敵に対して弱いから中央に権力を集めねばいかんというのが、オレンジ派で、2つの路線の対立は終始、続いた。
ジョン・ロックの革命有理説を背景に1688-89に英国名誉革命が起きたときの中心人物が、英国王ウイリアム3世。彼はオランダでは「オレンジ公ウイリアム」であった。
ウイリアムの義理の父はカトリック王として英国人のあいだで不評だった。そこでオランダからウィリアムが英国に侵攻して義理の父を追放し、プロテスタント寄りに英国教を変針させた。
英国とオランダのパワーが合体したことで、アイルランドの反乱は終息に向った。その代わりに、カトリックのフランスとの対立が強まる。
また皮肉にも英蘭双方の国内で、共和主義(反君主制の傾向)が芽生えてしまった。英国議会は、王室のための出費を規制せんとした。オランダでは共和派がオレンジ派を凌ごうとした。
オランダは、その本国でも、海外植民地でも、宗教の自由を保護する歴史を誇っている。
カトリック王国とは幾度も戦争してきた。プロテスタント国とも、必要であれば戦争しただろう。
オランダは当時として世界一の宗教的寛容空間を提供していた。それが16~17世紀のオランダ学芸黄金期の背景である。
貿易砦の世界ネットワークを最初に展開したのはポルトガルである。オランダはその後から砦を奪取して行った。同時に、ポルトガル人のように現地人を「改宗」させようとはしないでビジネスに専念した。
現地の諸国は、このため、よろこんで、交易相手をポルトガルからオランダに乗り換えた。
オランダは、南アフリカでは「Xhosa Wars」の当事者だった。また西アフリカの「Dutch Gold Coast」(今のガーナ)をめぐっても戦った。
Xhosa Wars は1779から89年までの6回のイベントからなる。
オランダは、今のケープタウンに1652に砦を置いた(ポルトガル人の砦を占領)。東インドへの長い航路の途中基地として。
この砦の地代をオランダは現地人に支払い続けている。125年間も。最後はイギリスに奪われた。
ガーナも260年保ったが、やはりイギリスに奪われている。
独立戦争で米国を追い出されたイギリスは、オランダからセイロンも奪っている。セイロンはその前はポルトガルが手をつけていたのだが。
現地酋長は常に、新来のヨーロッパ人を、対立部族支配のための同盟軍として利用しようとした。ヨーロッパ諸国もその政治に手を貸した。これがつもり重なり、今日、特にアフリカでは、部族間の感情融和などありえなくなっているのである。
北米のオランダ人入植地は、その最初(1625)から、英・仏・端人との競争を強いられた。
それまでのアフリカやアジアでは、地元の一部族を贔屓にすることでオランダ人の地歩を鞏固にできたのだが、北米ではその手が使えなかった。
1660年に北米の土地はすべて英国に奪われた。これは1665~67の第二次英蘭戦争の結果である。オレンジ公ウィリアムが英本土を征服する1688以前の話。
ブラジルにもオランダは土地を得ていた。これはスペイン継承戦争の結果、そこに散在したポルトガル人の砦を奪ったのだが、その土地の住民がいっこうにオランダ式には靡かず、オランダは植民地化には失敗した。
※南米にもとからあった土着宗教よりもカトリックの方がマシであった、と示唆されている。
オランダの世界帝国を最終的に終わらせたのはナポレオンである。
フランスは1975年、傀儡政権である「バタヴィア共和国」を立てた。
唯一、インドネシアに、オランダ東インド会社の残滓のような植民地が、1945年まで存続した。
※この記事は台湾、日本には言及無し。
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Sandra Erwin 記者による2025-2-15記事「Trump’s interest in Greenland highlights space race in the high North」。
グリーンランドの北西海岸に「Pituffik Space Base」がある。ここは2023年までは「Thule Air Base」と呼ばれていたが、現地の地名に合わせて改めた。
この基地と、アラスカの「Clear Space Force Station」は、極軌道のすべての人工衛星を見張ることができ、それと同時に、ロシアから飛来する戦略ミサイルを早期警戒できる。
民間の衛星事業者も、近年は、極軌道の衛星をたくさん回すようになってきた。北極点に近いところにその地上通信リンク局を確保できれば、この上なく便利である。
現状、世界最大の民間衛星用の極地地上通信局は、ノルウェーの Svalbard にある。
※この記事の初出は『SpaceNews Magazine』で、そのタイトルは「On National Security ―― Understanding Greenland’s value」。
※グリーンランドには「力の真空」ができている。真空は必ず埋められる。米国が埋めなければ中露が埋める。ところがトランプは、他国領の防衛などにカネを出すのは損だと考える御仁である。そのため資金投入を心の中で正当化できる見返りをリクエストしている。然るに無能なデンマーク政府は、この番犬に、母屋の代わりに与えられるテキトーな骨を考え出すことができないでいるのだ。
※ゼレンスキーは「セバストポリ軍港を99年間、無代で米海軍にリースする」と一方的に公言してしまうのが得策だろうと思う。ロシアがそれにどう反応しようが、それはトランプの機嫌をよくしないから。