■田岡俊次氏のご訃報に接して

 今朝の新聞で承知いたしました。つつしんでお悔みを申し上げます。

 日記を確認したところ、2017年3月1日に相鉄の相模大塚駅から海自の厚木航空基地へ向かう送迎バスの中で私は初めて田岡氏をお見かけした。「防衛省オピニオンリーダー」のお仲間だったのだ。くつろいで嬉々として見物されていたが、そのおしゃべりの端々から、田岡氏が拙著を既読であることを小生は明瞭に推知できた。これは予期せぬ感慨だった。建物の高いところから米海軍用地を見はるかした折、双発の早期警戒機「E-2」が駐機しているのが見え、当時は「D」型もあり得た時期だったが、見えているのは「C」型(なので残念)だということで即、見解が一致した。「P-1」の機体下をくぐるときも、「ボムベイ」の長さを最も見極めたがっていた。まさか老先生と関心のレベルが近似していようとは思いもよらなかったことを、懐かしく想い出すのであります。

 いっぺん、直にお尋ねしてみたかったことは、戦前に戦時国際法の第一人者であられた田岡良一氏(1898~1985)のことです。しかしこの質問を口にするということは、「あなたはなんで(旧帝大ではなく)早大卒なんですか」と暗に訊く、イヤミに受け取られやせぬかと気を廻した余り、とうとう、私はその話題にまで持って行くことはできませんでした。

 R.I.P. (レスト・イン・ピース)

 以下、またまた速報。
 小生、もっか、「バイト求職中」でございます。
 何か文章のアルバイトがございましたら、お気軽にご用命ください。
 (徒歩圏内でしたら「工場作業」でもOKでございます。小売店勤務はこの経歴では無理だよと、この前、店長面接で言われてしまいました・・・(泣)。)