某衛星TVが晦日に「核武装討論」番組を検討中

 95年とか96年といったら、日本で「日本の核抑止」の話ができる人間は数人しかいなかったのではないか? 数名の核武装論者の人たちがいたが、全員まるで「核抑止」の意味が分かっていなかった。
 敵に一発目の核兵器を使用させないのが核抑止兵備なのであって、どちらかが一発目を使用してしまったらそのあとは「全面核戦争」と「民間防衛」の話に移行する。全面核戦争に勝利するための準備があり得るとしたらそれはプライスレスだろうが、それ以前の段階として、必要かつ小規模の「核抑止力」は、ソ連のような大国が相手の場合でも低コストで保有できると証明したのがフランスであった。そのさいのハードウェアの唯一の必要条件は「敵の首都に届くこと」であって、その要件を実現する手段は、それこそ飛行機だろうが弾道弾だろうがスーツケースだろうが何でも良いのである。
 興味深いことに、96年の『諸君!』の、極く単純化した核武装エッセイの段階で、以上の核抑止の意味が理解できなかった人は、現在もまだそれが理解できない様子だ。学者といわれる人がちゃんと文章を読み通した場合でさえも、人は既得の我執を捨て去ることにはしばしば堪えられないものであることは、文業家は肝銘しておかなければならない。まして最新の核抑止文献に一つも目を通さずにこの議論にネットで加わろうという無気力な青少年たちがおよそ10年間、入門レベル以前の話を飽きもせず繰り返している情けなさは怪しむに足りない。
 近代国家の競争力は大都市から発生する。大都市に人々が住めなくなってしまったら、農村やジャングルや山地に何人が無事暮らしていようと、近代国家としての競争力は担任し得ない。大都市の数はどんな大国も有限である。幾つかの中央集権国家のように、首都が脳と心臓を兼ねている場合は、その首都ひとつを焼き払われるリスクでも「ファースト・ストライク」をためらう十分な理由になる。
 ヤクザの喧嘩はいきなり拳銃で撃ち合ったりしない。まず口撃からいくのだが、これは相手の出方次第では腕ずくに移行すると相手に信じてもらわないと無効である。その腕ずくにも段階があって、いきなり相手の顔面に全体重を乗せた右ストレートパンチを繰り出したりはしないのだ。まず丸めた雑誌で相手の頭の上の方を、怒鳴りながらカスってやる。これでビビればよし、効き目がなければ、さらに軽い脛蹴り、胸倉掴み、ヒカリモノのチラつかせ、取り出しと、段階的に様子を見ながらエスカレートさせていくものである。このとき、もしも片方がたまたま刃物も拳銃も所持していなかったら、それを互いにチラつかせる段階にエスカレートする以前に、なんとか譲歩か逃走を図らねばならない。
 国家間の紛争もほぼ同じで、小紛争からいきなり水爆の投げつけあいになるわけがない。必ず通常兵備の小競り合いが段々にエスカレートして行く。
 そのとき、一方に水爆ミサイルがあり、もう一方が非核三原則の国であったならば、前者に最終譲歩の必要はない。後者は通常兵器による戦争の最後の最後の局面では必ず譲歩を強いられる。結果、後者は非理非道な原状変更を呑まねばならなくなり、これを平たくいえば、奴隷化である。
 要は前者は核兵備をバックにした通常兵力の脅しをかけられるのに対して、後者は核兵器が一発も無いがゆえに、通常兵力の反撃の切っ先も終始鈍らざるを得ない。核兵器は、このように、使わなくとも戦争の役に立つのである。
 その核兵器を、価値観のまったく相容れない隣国だけに持たせておくのは、自国の価値観を守らないと言っているに等しい。「近代的自由」は、そんなに簡単に「アジア的専制」の前に放棄できる価値観だろうか?