新しい戦争などというものはない、と旧著で言いたかった

 「恐怖から結ばれた信約」も「義務的である」とホッブズは看做しました。ところで「日本国憲法」は、誰の誰に対する信約だったでしょうか? これがアメリカを代表とする連合国との「隠し条約」であったことを江藤淳は指摘していました(『利と義と』)。
 無理やり結ばされた「条約」なのであると仮りに解釈すれば、実定法によって取り除くことを得ないはずの自然権を除くかの如き、反人間的な条項が入ることがあり得たかもしれません。
 しかし、有権者国民と統治機関との間の信約がそもそも「憲法」なのであるとするなら、自然権を認めないという反人間的な宣言は、それだけで初めから無効です。ホッブズも「暴力にたいして、自分自身を力によって防衛しないという信約は、つねに無効である」と明快でした。
 現行「日本国憲法」は、それが単に「押し付け」であるから改める必要があるのではない。それじたいが有権者国民と統治機関との間の信約になっていない内容なので、改める必要があるのです。
 憲法は有権者が政府に「押し付け」るものです。その逆ではありません。これが、憲法と、憲法以外の国内法との一大相違点です。
 しかしアジアの中でも日本にのみ独特な水稲灌漑システムが弥生時代いらい培った非近代的な自我の伝統文化をひきずる日本人は、憲法が統治者や占領者から与えられるもので、それを国民は一所懸命に守るだけなのだ、と誤解をしています。
 同じ原因による同様の誤解が、「国連」その他の国際秩序に関しても、日本人にはまだまだ根深くあります。
 国際秩序を、あたかも国内法と同じように考えてしまうのは、日本人の誤解です。
 国際秩序は大国の意志だけで決まりますもので、良くも悪くも大国の意志によって変えることができるのです。
 たとえば国連加盟国のうち「G7+ロシア」を除く百数十ヵ国が一斉に「G7+ロシア」に対する侵略戦争を開始したとしましょう。国連総会で議決をとったら「G7+ロシア」側の「侵略反対」の票は8票だけです。しかし、有象無象の百数十ヵ国の主張と実力は「国際秩序」をなんら構成できません。
 日本は世界第二の大国の経済的ポテンシャルを持っていますから、あとは大国の意志をうまく発揮するだけで、国際秩序をよりよく変えることができます。この現実が多くの日本人に分かりませんのは、1950年代の多目的ダムの普及以降は不要になった前近代日本式の自我に、いまだに精神を支配され続けているからです。いくら兵器やマルクス主義を詳しく勉強しましても、自我が前近代のままでは、世界の現実は見えません。
 いまの国連は、近代英国式の自由主義思想と相容れないシナやロシアのような国が「P5」(安保理常任理事国)の一員として認められているという点だけでも、日本にとって危険な存在です。日本は、すくなくとも中華思想の国家がP5から外されるように運動すべきですし、それが実現するまでは「日本はP5のうち、最低払い込み額の国より多額の分担金は払い込まない」と表明すべきなのです。もちろんカネの力だけで世界秩序を良い方向へ変えることなどはできません。カネの力だけでシナをP5から追い出すことはできないでしょう。
 IAEAが許さないから日本は核武装できない──と言う人も多いですね。これなど近代人の発想ではなくて、アジア的奴隷の思考ループそのものではないですか。大国は秩序を上から与えられることはありません。
 IAEAは事実上、アメリカの機関です。アメリカと日本は、基本的人権の評価に於いて一致するところの多い大国同志です。どうしてイスラムのテロリズムに悩まされているアメリカが、シナからの挑戦への対応を日本の核武装によって助けてもらいたいと思わないことがあるでしょうか。
 もちろんアメリカ政府の要人は、シナ文化の反近代性に関してはてんで無知でしたから、過去には狂ったチャイナ・カード外交が展開されたこともありました。
 1981年11月10日に「ソ連のSS-20に対抗すべく、赤色シナおよび日本への戦域核配備を考慮する」と発表したのはロストウ氏です。1982年2月のFY83国防報告でワインバーガー氏は「ソ連軍の力を極東に分散させるため共産シナを準同盟国扱いとし、補給支援したい」とブチ上げた、そんな「ヨーロッパの安全のためなら東洋はどう混乱しようが構わん」と考えられていた時代も確かにありました(そのとき米空母の見学を許された中共のオッサンが最近、ケッサクな回想録を出したらしいです)。
 遡れば、戦時中のカイロ会談で、FDRは沖縄をシナにくれてやるつもりだった。それを蒋が辞退して米支共同統治でよいと返事した(宮里政玄『アメリカの沖縄政策』1986)というのですから、このごろ中共が調子にのって遂に沖縄領有まで妄想し出したのには下地があるんでしょう。
 ちなみに田中角栄を失脚させたのは台湾ロビーだろうという仮説をわたくしは学生時代にどこかの媒体に投稿して載せたことがあります。田中は周恩来から事実上の賠償を要求され、それがODA6兆円となるわけですが、これに一番怒り狂ったのは台湾でしょ? たしかに佐藤や竹下ほどには田中はアメリカ政府の「良い子ちゃん」「カネづる」じゃなかったのかもしれませんけど、失脚させるほどの反米的行動が田中個人にあったのでしょうか? 教えてもらいたいものです。
 目出度いことにキッシンジャー一派の政治の舞台からの退場とともに米国の権力エリートのシナ観は漸くマトモになりつつあります。映画の『Mr.インクレディブル』は予告編から推定するにヒラリー・クリントンの04年大統領選出馬の援護射撃であったんでしょうが、彼女は出馬を08年に延期し、しかもそれでも当選の目はゼロだそうで、これまた御同慶の至りと申す他ありません。
 シナの誇大妄想狂式野望は、05年にはSSNによるハワイ挑発に向かうだろうと思います。
 そうなれば三沢のP-3C部隊に注目が集まるでしょう。この部隊は三陸沖〜伊豆〜小笠原〜マリアナの線をパトロールしますので、ハワイにとっては最前衛となっているからです。
 三沢のF-16を沖縄に移せという人がいますが、移してどうするんでしょう? 満鮮国境に配備された日本向けの中距離ミサイルは三沢から飛んでいって核爆撃するのがいちばん近いわけで、日本政府としては逆に引き留めるのが筋ってもんです。もちろん、近い将来に、その打撃部隊は航空自衛隊が編成しようというのです。
 ちなみに北鮮からハワイに向けて発射したミサイルは三沢上空を通ります。南支からグァムを狙う場合はSSMは沖縄上空を通るでしょう。しかしシナ大陸から米本土を狙ったICBMは日本上空を通りません。どうやらそれも含めてぜんぶMDで撃墜できると思っていらっしゃるらしい前原誠司氏は、一「地球儀をよく眺める」、二「MDの迎撃ミサイルの実績射高とシナのICBM/IRBMの実射テスト時の中間飛翔高度を数字で比較してみる」必要があるかもしれません。
 もしかして米国は「北鮮の核開発を阻止してくれたら沖縄の海兵隊くらいは実勢を減らしてもよい」という取り引きをシナにもちかけたことが、過去数年のうちにあったかもしれません。しかし今の米政府は、シナ政府に北鮮の内部まで指導する影響力が無いことがよく分かっていますし、対日戦で9万2,904人が戦死している海兵隊は、沖縄こそはアイデンティティ化したトロフィーだと思っていますから、完全に出て行くことはないでしょう。ちなみに太平洋とアジア戦域で米陸軍は4万1,686人が日本軍に殺され、米海軍は3万1,485人が戦死しました。つまり、米軍にとっての対日戦争とは、死者の数だけで比較したなら、まさしく「海兵隊員の血で購った勝利」だったのです。この歴史を知らないと、うまい交渉などできません。
 現在沖縄には米海兵隊が19000人ばかり駐留していますのに、陸自の普通科はゼロ人。これこそ異常です。十分な陸自が駐屯していれば、米空軍の嘉手納基地のテロ警備だって陸自が担当できる。しかし陸自のプレゼンスが皆無とくれば、航空基地の開戦時の防衛にも海兵隊がにらみをきかせるしかない。とうぜんの理屈ではないでしょうか。