一部書店店頭に出るより遅く、著者のもとにも『大東亜戦争の謎を解く』の見本が届けられますた(昨日)。
おやっと思ったのがイラストです。当初計画では別宮先生のお知り合いの方が素敵な挿絵を描いてくださるというお話だったのでしたが……あれ、どうなっちゃったんですかね? しかし伝統ある『丸』風のイラストをこのようにサクサクッと付けてしまえるのですから光人社さんの実力はさすが凄いものです。また、装丁のソツの無さを御覧ください。装丁やレイアウトは本当にプロとアマの差が出てしまいますからね。やっぱり伊達に老舗じゃないですよ。
あとがきにも書きましたが、インターネット時代に百科事典みたいな用語解説書をつくってもしょーもないわけです。ですからこの本は用語解説書ではありません。論点提示書であり、仮説集成です。
どんな論説が載ってゐるか? それは買って読んでくだされとしか申し様は無い。
反近代的リベラリズムとは所詮、似非リベラルであることを、モダーンの文語を移植される前の頭でも理解できる日本人は、ミリタリー研究者だけのようですね。これは元禄時代に生きた徂徠、白石の頃からそうです。
戦前・戦中・戦後の日本を混乱させた共産主義は、80年代バブルに駆逐されました。そのバブル以後の日本人を納得させて引っ張っていく規範・指針を、誰もが求めています。
一時はフランス発の「ポストモダン」がそれではないかと有閑読書階級の一部が思い込んだことがありました。
が、湾岸危機(デザートシールド)のときに出した新聞広告声明で、もののみごとに彼等の前近代性がバレた。ミリヲタはみんなそれを直感しました。
元禄時代から日本人が理想と現実を把握する力は、あまり進歩していなかったのです。
近代(モダーン)の根本義は「公的な約束をしたら、それを破ることを誰もが恥と考える」に帰結します。その結果として社会の自由と平等が両立する。それ以外に、自由と平等への幹線などありはしないんです。
ところが儒者と共産主義者は、公的な約束を守ることが筆頭にくる大事な人の道なのだとは考えないのです。したがって、儒教徳治主義や共産主義の先には、自由と平等が両立する近代は、あり得ません。
日本のインテリはなかなかここを学習ができず、敗戦を挟んでなおまだ混乱をしているわけです。近代を理解もしていないのに近代後を論じようというのですから、幼児が自動車を操縦しようとするようなものです。危なくて見ていられない。
「公的な約束をしたら、それを破ることを恥と考える」かどうかと、その社会の家族構造とは、ある程度、影響し合うでしょう。自分の血族だけが大事な社会(シナ・朝鮮)では、血族外に対する嘘は許されてしまうでしょう。そこから変えない限り、彼等の国内では近代も無い。室町以後の日本は血族社会ではないので、個人が外国に脱出しなくとも近代があり得たのです。ところが内乱防止に役立つと思って教育勅語などという儒教への退行を是としたところから、日本はせっかく離れたシナ・朝鮮(および共産主義者)の同類に、再びなってしまいました。
新井白石は「国書復号経事」の中で、<いったいに朝鮮人は狡黠にして詐が多く、利の在るところ信義は顧みない。天性、狢の俗だ>と書いているそうです(上垣外憲一『雨森芳洲』)。白石はまた、朝鮮は明から助けられたのに、その明が清に攻められたときには一人の援兵も送ろうとはしなかった、と指摘しているのですけれども、これは公的な約束を破ったケースとは違う。しかし白石は、当時の朝鮮人の中に、デザートシールドの時の日本のポストモダンの連中を視たのでしょう。
たまたま中公新書の竹内洋氏著『丸山眞男の時代』をサラッと読みまして、うたた今昔の思いをあらたにできました。
丸山氏は1946年に「超国家主義の論理と心理」という論文を雑誌に載せ、そこでマルクス主義教条ではない「社会学」という舶載新型解剖刀の使い方の手本を日本人に示し、読書階級に大きな知的興奮を与えました。この丸山流の賞味期限はバブル前期まで長く保たれました。
やはり丸山氏の初期の論文に「軍国支配者の精神形態」というのがあって、東郷茂徳はジョセフ・グルーになぜ宣戦のことも真珠湾のことも一言も言わなかったのかを、自我の弱さから説明していたのですね。米内光政の話も出てきます。
そう、50年代とか60年代には、こんな固有名詞が読者には無理なく共有されたのです。2000年代の今は、日本がアメリカと戦争したことすら知らぬ日本人に、1945年以前の戦争について何が論点であるのかを説かなければならない。
丸山氏が把握した価値中立でない戦中日本の超国家主義は、朱子学(=教育勅語)への退行であって、日本人が罹り易いインフルエンザだとは言えても、体質ではありませんでした。
体質=自我意識の古層といえたのは、日本独特の水利灌漑共同体(それは1950年代末に半滅した)から来ていたものです。そのことは50年代から共産党員の玉城氏が指摘していたのに、丸山氏はじめ誰も理解できませんでした。
新兵しごきは各国にもありました。古兵にとって新兵はじぶんたちの命を託すにはあまりにも頼りなく見えますので、急いで鍛えなければサバイバルができなかったのです。ドリルサージ(教練軍曹)が率先垂範でそれをやるか、一等兵が事後罰的にそれを代行するかの違いはありました。各国軍のシゴキの実態はベトナム戦争以後の米国映画や80年代以降のルポルタージュで徐々にミリヲタには把握されました。
『ピンクパンサー』のクルーゾー警部は、ネットの映画予告編の発音を聴いたら「憲兵」だったのですね。この憲兵隊を内務省の機関とせず、陸軍省の機関としたために、明治政体は破壊されてしまったのだという話を、兵頭は1995年頃に雑誌に書いたと思います。そのとき、丸山氏はまだ存命でしたが、末期癌との闘病生活に入っていました(1996-8没)。
社会構造等を云々する前に、日本人は近代に関して単純に無知なのです。ミリヲタは多少、その無知を覚ることができる。その無知を自覚しなければ、誰にも未来は語れません。
丸山氏の対極に、「こんどこそはうまくやろう」という「悔恨共同体」の最初期バイブル:林房雄『大東亜戦争肯定論』(1964)がありました。これの延長が「if戦記」です。
丸山氏にしても林氏にしても、実際の戦争指導の内幕をほとんど理解せずに自論を組み立てていました。
新刊『大東亜戦争の謎を解く』が、もし1950年代か60年代に出ていたら、そのごの日本人はどうしていたでしょうか。皆様の読後感を承りたいところです。