以下は、たったさっき、慌てて簡単に調べましたもので、ぜんぜん確実ではないと、まず最初にお断りします。
水間正憲さんが、「代用弾の表現は化学弾が含まれていると思われる」と書いておられます。
愚生の認識では、「代用弾」は平時演習で発射する、砂などを詰めて重量だけは実弾と同じとした砲弾、でした。
ちなみに、砲尾への装填動作だけを演練させる模型のタマは「演習弾」と呼びました。
(たとえば掲載写真の表中に「九四式三七粍砲徹甲弾代用弾」と見えますが、外径37mmのアーマーピアシング弾の中にガスを入れても効果はあったでしょうか?)
また「四一式山砲榴弾甲、四一式山砲榴弾乙は、……化学弾のきい一号甲と乙と思われる。それは通常イペリットである」と水間さんは書かれています。
が、愚生の認識では、この場合の甲と乙は、砲弾の頭部にネジ止めする信管の、旧式と新式の違いではありますまいか?
四一式山砲弾薬などで「榴弾甲弾薬筒」と「榴弾乙弾薬筒」がありました。この場合の甲は砲弾のてっぺんにラウンドな信管がついており、空力が悪そうなもので、乙は尖った信管がついており、空力が良さそうなものです。どちらにも同じ量の通常炸薬が充填されていたことは変わりありません。
陸軍ではイペリットのことを「きい」と称しました。
「黄一号」がガス状のイペリット。「黄二号」が液滴状のルイサイト。「茶一号」が青酸ガスだったとする資料もあります。
陸軍の92式以降の製造のガス砲弾には「黄一号」と「黄二号」が半々で混ぜられていたとする資料もあります。制式は昭和9年以降でしょうか。
陸軍の「あか」または「赤一号」は、ジフェニール青化砒素で、クシャミと催涙性。唾液を飲めば嘔吐もします。非致死性で、シナ戦線では昭和12年から19年まで普通に用いられたものです。野戦では主として94式軽迫から発射するのが合理的でした。
「みどり」または「緑一号」は、塩化アセトフェノンで催涙性。
「ちゃ」は青酸で窒息性。これは対ソ戦の切り札の一つだったもので、対戦車手榴弾の「ちび弾」に詰めたのもこれでした。硫黄島でしたか、他の南方島嶼でしたか記憶が定かではないのですが、敗戦時に「ちび」のストックが米軍に引渡された記録が防研にあったのを見ました。シナと満州ではそういう記録はあるでしょうか?
「あお」はホスゲンで、これを陸軍では「甲剤」と呼んだこともあります。大正時代からあったものです。
「しろ」もありました。この成分は何だったのか、手持ちのメモ類で判明しません。スイマセン。追々、調べてみます。
「あかしろ」は刺激性ということですが、たぶんあおとしろの混ぜ物なんでしょう。
「あおしろ」は、あお90:しろ10で混ぜたものだそうです。
旧陸軍では、照明弾、焼夷弾、信號弾、発煙筒等を「特種弾」と表記することもあったようです(S13-5『歩兵弾薬参考書』)。
また旧軍のシナ事変以降の発煙弾には黄燐を填実したものが主流だったと思われます。この黄燐が有毒で、皮膚に触れたら二硫化炭素で洗滌しなければならないことも『歩兵弾薬参考書』で注意されていました。
陸軍の発煙筒の「甲」は揮発性の四塩化炭素を薬剤として使用していたようです。
なお海軍ではイペリットのことを「特薬」と称し、平塚海軍火薬廠ではごまかして「徳薬」と表記したこともありました。より正確には「3号特薬甲」が海軍のイペリットで、「3号特薬乙」が海軍のルイサイトす。
こうした海軍特薬、化兵爆弾等の種類については、拙著『日本海軍の爆弾』の第5章などを御覧ください。書籍としては絶版ですが、現在、武道通信のPDFダウンロード(有料)を申し込めば、で誰でも閲読できます。
旧陸軍の投下爆弾の特殊爆弾についても、『日本海軍の爆弾』の巻末附録でざっと紹介してあります。
今回紹介された資料が、もし網羅的で脱漏も無いのだとしますれば、それは却って、「毒ガス弾は敗戦時に正式にソ連に引渡されていなかったかもしれない」ことを推測させる証拠となってしまうかもしれません。
今回水間さんが紹介してくださった資料で興味深かったのは、陸軍が「トンプソン銃実包」を広東方面で鹵獲してしっかり保管していたことですね。