ネットゲリラ潜水艦のブログに、――〈騙されて連れられてきた〉なんていうのは、むかしの朝鮮人Pが日本人のウブな兵隊から同情を買い、なおかつ逢瀬をドラマチックに盛り上げるための、お約束の〈営業用・身の上話〉だった――という、さる掲示板の投稿の引用があり、点頭させられました。
それならば、戦時中の大陸にいた日本人Pには、〈営業用・身の上話〉は無かったか? もちろんありました。「わたしは元は女教師でした」というもの。とうぜん大嘘なんですが、私服も、なんだか、それらしく決めていた。もうそれだけで無知な客は興奮したわけです。
20代の若い兵隊はそのくらい無知でもいいんですけど、政権党で権勢ある中年過ぎたオッサンがそんな商売トークにひっかかっていたら、国じゅうが迷惑する……という見本が、河野議長。おそらくですが、1965年に没している河野一郎氏には、あの世界にそういった商売トークがあることなど、ほとんど常識だったでしょう。昔の党人は、遠山金四郎みたいに「下情」によく通じていて、他人を騙すことはあっても、他人から容易に騙されることはありませんでした。
ところが、社会主義的教育に洗脳された戦後デビューのお坊ちゃん党人になると、この下情がわからなくなった。
ついに、日本じゅう、「昔の下情」のわからん奴らばかりになった時が、まさにソ連崩壊と重なった。偶然のタイミングで、仕事がなくなった反日サヨクの絶好のつけ入る隙が用意されていたという次第です。
ひょっとして、河野一郎が鳩山一郎らとともにGHQによって公職追放されたことが、息子たちにいびつな社会勉強を強いることになって、まわりまわって、今の日本を苦しめているのかもしれません。
遠山金四郎は幕府のエリート官僚ですけれども、若い頃は吉原(公許高級遊郭)にも出入りした。日清戦争以前の吉原遊郭では「女教師」という職業にリアリティがありませんから、お女郎の格式を武家以上に高めることで、それなりにカネモチなお大尽どもの劣情をそそっていました。男は、自分より位が上とされる女に、より興奮する。経営者も従業員も、プロだから、客たちのその心理の機微を利用するのみ。「太夫」も「ありんす」も「もと女教師」も、風俗営業用の擬似格式です。
戦中の外地でも、日本の兵隊は、とうぜんに、朝鮮人Pよりも日本人Pに興奮したわけです。そのくらい朝鮮人は通念上、格下と見られていました。それでは客は「萌え」なかった。そこで工夫された擬似格式が「かどわかされて苦界に身を沈めた一般家庭の子女」です。この物語があることによって、商品価値が変えられ、リピーターの客を増やす助けになった。
江戸時代の岡場所(江戸では吉原以外は公許営業でなく、“ほかの場所”なのである)では、「武家の娘」と名乗れば、無学低収入の町人の男たちは単純に興奮してくれますから、やはりお女郎として価値が上がったに違いないのです。が、それを擬似格式とすることには、相当の無理が伴った。というのも、岡場所にもランクがあって、あまりに低いランクの妓楼に「武家の娘」が働いているのは、不自然でありすぎたわけです。お約束の身の上語りにだって、限度というものがありました。
昭和前期の大陸の日本人Pも、だれもかれもが「もと女教師」という、pseudo identity を名乗ったら、その嘘の流通価値が下がりますよね。だから、めいめいが、「もと女教師」以外のストーリーも、いろいろと考えて使っていました。
ところが朝鮮人Pの場合、〈騙されて連れてこられた〉の一パターンの商売トークで、多くが押し通したらしい。
そんな大勢の強制連行が事実ならば、日本の法律違反ですから、経営者がただで済んだわけがないのですが、そこが日本国内とは違う「朝鮮ノリ」。客も、そんな幼稚な嘘に突っ込みを入れず、聴いてやっていたのでしょう。芸人に、お前の芸名は本名じゃないだろう、と問うのに似て、野暮だからです。
あと、当時の大陸の女衒は、軍服もどきの服を着用していました。これは武藤章の巣鴨での回想記にも証言されています。その箇所を『東京裁判の謎を解く』(光人社。4月に増刷されています)の武藤の項で引用してありますから、知らなかった人や買ってない人はすぐ読みなさい。
そんな下情や実情に通じていたはずの、いまや急速に死に絶えつつある世代が、もしも1980年代から、インターネットをイージーに利用して書き込みをし得ていたならば、ソ連崩壊直後の反日サヨクは、ここまで幼稚な嘘で撹乱工作はできず、河野議長のような異常な政治家も、とっくに中央の表舞台から放逐させられていたでしょうね。
しかしインターネットの庶民への普及は1990年代の後半になってしまい、70歳過ぎの地方居住のご老人はPC端末の導入など忌避するのが当然です(40歳代で30万人都市の市街区に居住するわたしでも、故障→買い替えの都度、とてつもないストレスに曝される)。
このわずかなタイミングのギャップがいまさらに惜しまれるとともに、もしインターネットが登場し普及し低コスト化してくれなかったら、今ごろ日本はどうなっていたか――と戦慄もいたします。