歴史の進め方

 前々回の参院選で、いまはない徳田さんの自由連合が、個人としてはおそろしく潤沢な資金を突っ込んで、一挙に多数のタレント/無名候補を擁立して大バクチに打って出たものだ。(今にして思えば、徳田氏は自分の健康について予感があったかもしれない。)
 このときの選挙では、一水会が徳田氏に賭けて、文字通り粉骨の応援に出た。比較しては双方に悪いかもしれぬけれども、今回の選挙で瀬戸氏のよびかけた「新風連」が、維新政党・新風の応援を買って出たコラボの先蹤だ。
 プロレス系では、佐山聡氏(落選)の他に、前田日明氏にも徳田氏から誘いが行った。が、前田氏(被選挙権は既に有り)は固辞したので、懇意の週プロ元編集長の杉山さんが面白ずくの代打で立候補することになったのである。とうぜん、『武道通信』の仲間であるわたしは、政権放送原稿書き、マイクを握っての首都圏駅頭演説、桃太郎までをも含む、さまざまな応援をした。(ちなみにわたしが武通にかかわるようになったのも、一水会に呼ばれて講演したのが縁である。)
 開票の結果は1600票台ではなかったかと記憶する。
 杉山さんには申し訳ないが、「頴男」なんていう、週プロ/格通の平均的読者だって読めもしないし、もちろん書けもしないと思われる名前表記を、意固地にひらがなにすることを拒否し通した、わからず屋の真正泡沫候補者が、当時は今ほども注目されていなかった「武士道」だけを訴えて、全国の1600人以上の、たぶんは会ったこともない有権者に、おそらくは一度も聞いたことがない自分の名前を書かせたという事実が、たいへん印象的で、忘れられぬ。
 この前々回の参院選につきあってみて、わたしが学べたこと、考えを深めることができたことは、甚だ多い。それは、いまだに整理し切れぬほどである。
 まず、強力な集票マシーンたる特殊な組織にいっさい所属していない無名候補は、地上波のテレビ映像を味方につけない限り、万単位で票をあつめることは、できるわけがないのだと実感できた。(当時すでにインターネットはあったが、反朝鮮を露骨に打ち出さない右翼系に関してはインターネット宣伝の手応えはゼロであった。)
 したがって、「電波利権」構造のために東京のキーTV局数がごく限られている日本では、テレビが、国政選挙や地方選挙を簡単に左右できる。
 そのテレビを利用できるかどうかが、泡沫タレント候補の当落の分かれ目になるが、当選するタレントと落選するタレントの違いは、やはり「語力」である。
 ここぞという場面で、ちゃんとした日本語の演説ができない人は、テレビにもとりあげてもらえないのだ。やはり、面白くないのだ。
 思想がどうこうの前に、語る言葉に安定感があるかどうか、である。現に国会議員になっている「タレント議員」には、平均的日本人以上の日本語力が、やはり、ある。タレント議員/知事等を馬鹿にしている人こそ世間知らずである。タレント議員は、自分の語っている言葉が、視聴者にどのような感覚を発生させているか、語りながらモニターし、フィードバックできているのだ。確かにタレント=才能だ。テレビも、有権者も、そこでまず安心ができるのだ。
 次に、選挙カーに同乗して駅前から駅前と飛び回れば、誰にもじきに分かってくることは、わけのわからぬイヤガラセを仕掛けてくるのがたいてい、公明党か共産党、そのどちらかの組織構成員だということだ。これが、当該2党をのぞく、自民党以下のすべての議員および選挙スタッフの体験的心象だろう。
 であるから、苟くもじっさいに自分で選挙を戦って議会に席を得た者であるならば、この2党とのコラボなど、まったく考えられもしないのである。理屈の上ではあり得ても、感情の上で、そんなことは不可能なのだ。(共産党はワサビになる、などと好感している甘チャンは、選挙活動を自分でやったことのない万年アウトサイダーだけに違いない。)その心情は、政治的には、理性にも近いのだ。思想統制集団の非国体的・非日本的なおそろしさの一端に、体感が警告しているのである。
 ところがその不可能なはずのコラボを、小沢氏は始めてしまった。
 禁断の侵襲が加えられ、公明党の増殖が励起され、ついに異物は自民党に転移し、自民党を変異させようとしている。今回の参院選での自民党の低調の原因には、公明党という異物に全身を冒された自民党の活力低下もあるのだろう。早く切除して自力回復を計る良い潮だろう。公明党といっしょに改正する憲法なんて、誰が歓迎するものか。いいかげんにしてもらおう。
 維新政党・新風は、前々回の乱立選挙の前から参院選に参戦しており、今回の参議院選挙がチャレンジ4回目。全国に地方組織ができているから、次回の参院選の前に消えてしまうようなこともなかろう。
 新風は、過去3回は、テレビ局にもテレビ視聴者にもまったく無視された。(わたしも最初の2回は、聞いた覚えすらない。)政見放送は誰の印象にも残らず、注目区で候補者が他候補と対等の扱いを受けたこともないだろう。が、今回は、テレビ局には「無視」という逆の形で注目された。破られたポスターは、一番多いだろう。
 これは、瀬戸氏のキャラクターおよび、瀬戸氏が勝手連として呼びかけたインターネット活動の「新風連」のおかげである。「新風連」にとっては、今回が最初の参院選だったことに注目すべきである。新風の若手党員が、新風連と提携し、それが、魚谷氏ら幹部を動かしたものと思う。
 以下は兵頭の邪推だが、過去3回の新風(の謎のスポンサー氏たち)のスタンスは、次のようなものだったに違いない。
 ――議席なんかどうでもいい。票なんか増えなくてもいいんだ。三年に一度、全国放送のNHK-TVでオレたちの熱い思いを込めた政見放送の原稿を読み上げることができさえすれば、それが無上の価値である。そのために、三年に一度、比例区のある参院選に必要な一億円くらいはつくろうじゃないか――。
 おそらく、このように考える者が資金を担っていればこそ、新風のビラやポスターや宣伝カーのテープは、どうしようもない出来栄えのまま恒久不変なのであり、新風の綱領はアナクロのままで良いのである。外野の兵頭の提案など聞かれないのである。カネを出す者が、広宣する。それで文句はないはずだ。
 国会に議席を有していない新風は、衆議院選挙では、全国向けの政見放送をNHK-TVでする政党の権利が与えられないから、衆院選挙はスルー。また、参院選に使うくらいの資金を地方議会選挙に固めて投入すれば、1議席はとれるだろうが、それではやはり全国向けの熱い思いの宣伝ができないから、やはりスルー。
 つまり、過去3回は、議席を取ろうなんて気がなかった。議席を得ての「政治」ではなく、「政治運動」こそが最終目的だったのだ。
 ところが瀬戸氏の「語力」が絶妙にネット右翼にアピールし、ひょっとすると比例で1議席行けるんじゃないかという気運が若い党員にみなぎった。それが新風の幹部も動かして、今回、はじめて、本当に議席を取りにいく気で、参院選が戦われた。
 よくぞ「アノニマスのスポンサー」氏たちが同意したものだと思う。なにしろ、数千万円を賭けたNHKの政見放送で、瀬戸氏に半分しゃべらせようというんだから。
 だが、この路線変更はあまりに倉卒であった。新風連を組み込んだ選挙戦の準備時間がとれず、必要な票数には到達しなかった。たぶん、瀬戸氏とタッグを組んで3年準備していれば、結果はまったく違い、楽に1議席を決めることができたかもしれない。
 いかに党の方針転換が倉卒で素人臭かったか。わたしは瀬戸氏とは一面識もないので、もし以下のわたしの認識ならびに推定が間違っていたら、ただちに訂正しなければならぬが、魚谷氏以下の党の幹部は、瀬戸氏にすすめられて、例のT女史を新風から立候補させる気だったらしい。
 T女史は、それにいったん同意をした後、当初は納得していたはずの、維新政党・新風の党名や主張を変えてくれとか、いろいろな難題を要求してきたらしい。と同時に、この噂を聴きつけた、旧軍人系の支持者が、東條氏と松井大将系の旧軍将校との悶着のある事実も、魚谷党首に注進した。(わたしは同党のインサイダーではなく、T女史をかつぐという話は、決裂後に知らされた。)
 伊豆半島にある「興亜観音」は、松井石根未亡人らが出資した基本財産の金利で運営されている。松井未亡人が数百万を寄付し、別な方が数百万を寄付し、トータルで1200万円くらいだろうか。平成6年に「興亜観音を守る会」になっている。A級死刑7人のうち、他の6人の遺族は関係をもっていなかったのだが、そこに岩波女史があらわれ、山の中に福祉施設をつくるので出資がどうのという話になり……。
 まあ、詳しい事情は「興亜観音を守る会」に尋ねたら、裁判のことも含めてすべて説明してくれるのだが、T女史はわたしの僻目では、「東條英機」で世渡りをなさっている御方のように印象せられる。
 このT女史かつぎ出し案がポシャッたので、急遽、瀬戸氏みずからが出馬と決まったのである。なんという慌しさ。もちろんわたしは、新風が候補を立てるなら、勝てるのは瀬戸氏だけだと確信し、このニュースを歓迎した。
 議席を取りにいく選挙とするならば、次の点がただちに変更されるべきであった。
1.政見放送は100回くらいリハーサルすること。(かの有名な外山候補は、おびただしくカメリハを重ねてから収録に臨んだらしいぞ。)
2.ポスターは、特にキャラ立ちしている一部の候補を除いては、顔写真は使わせず、文字だけか、顔イラストにさしかえること。徹底してバーチャルイメージで勝負させるため。
3.比例区のポスターは、運動員の数からして、貼れる枚数はたかが知れているのだから、許されるいちばん大きなサイズとし、且つ、政策を文字でビッシリ表示しておくこと。
4.街宣テープは兵頭案を採用すること。(いや、もっとすごい原稿があれば、そちらでも良いのですよ。)
5・ビラのデザインや内容も一新すること。
 ……しかし、準備時間がまったく取れないために、けっきょく、議席を狙わない前回の宣伝選挙の諸道具のまま、告示を迎えてしまった。
 それでも、これまでの政治運動団体が、議席を取りに行く政党に、一瞬にして脱皮できたことは、愉快ではないか。
 その脱皮をさせたのは、瀬戸氏と、新風連と、維新政党・新風の若い党員たちの働きである。
 安倍氏はもうダメだろう。安倍氏の顔では、こんごのどんな選挙も戦えまい。自民党に「隠し玉」の後継人材がないのだとすれば、これから国政は大いに混乱するだろう。
 思想統制組織が、きょうびは、流行らないことも確認できたと思う。テレビによる国民衆愚化にもかかわらず、近代的自我は、まだ朽ちてはいないのだ。自由ばんざい。