年末なので早めに前宣伝。今月25日配信の「読書余論」の内容予告です。

▼清沢洌『暗黒日記 I』評論社、S50-10
 外交評論家が遺した有名な戦争日記だが、大部なので、全部読み通す暇のある人が少ないだろう。今回は、3分冊版の第一巻から。たとえば……
S18-9-16、「日本は満州事変いらい、旧条約は新事態に適応しない場合には、いつでも破っていいという立場をとっているではないか。今回のイタリーの場合がそうであった」。
10-9、……空襲と潜航艇は戦時国際法未決の問題だから、講和会議のときに必ずこれを持ち出せ。
11-21、英米人は干渉嫌いだが、それは他者の思想に対してで、他人があきらかに困っているときは声をかけて助ける。町で考え込んでいると、「何を捜すんですか」といって必ずヘルプしようとする。
11-26、「各新聞とも、今日は米国の対日最後通牒の記念日だとてデカデカに来栖の話しを書いている」。
11-29、読売の夕刊。開戦経緯は、まず野村、来栖がハルを往訪し、最後通牒を発し、それから戦争になったと。「こうした嘘をどうして書かなくてはならないのだろう。嘘を書くところにその道徳的弱みがある。そのまま発表したらいいではないか」。
12-6、日本人が唯一じぶんで認めている弱みが、「宣伝下手」ということ。他は総て日本人が優れていると思っているのだ。
12-28、湖南省の僻村で新聞記者が杖を拾ったら「殺、殺、殺尽倭奴、死、死、死得其所」と小刀で刻みつけてあった。民家の壁、学校の塀にはところきらわず「保家必先保国」「殺尽日本鬼子」「有力出力当兵殺敵」…etc.
▼大屋典一『東京空襲』S37-1、河出書房新社
 これほど野次馬根性を発揮して住民の視座から首都空襲を写生しつづけた記録は他に無い。目撃したり聞きこんだ空戦模様は全部書いている。たとえば……
1944-12-13、双発の屠龍が一機、日の丸の標識もあざやかに低空をものすごいスピードで本所方面から……。
1944-12-27、B29のMGでやられる戦闘機も目撃。さいしょは白い煙を……。
45-1-9、双発戦闘機が1機、後方から体当た……。
45-2-16、翼の先がまるい、見なれない形の戦闘機のむれ。一機から搭乗員がパラシュートで降りてきた。正面からW形にみえる、翼の先がまるくなった……。
45-4-7、AAでP-51×1機が空中分解するのを見る。味方の戦闘機も3機……。
45-5-24、体当たりでとうとう1機を落とした。B29がAAでやられたときは、小さい火の玉をつけたまましばらく海の方へ飛行するのだが、不意に粉々になって消えてしまう。45-8-2、夜戦が、左翼に赤、右翼に青の標識をともしているが、標識燈がもう一対、赤と青の内側にそれぞれ黄色い燈あり。
 清沢洌がS20-5に死んでしまっているので、最後の4ヶ月間の空襲を追体験したくば、大屋の日記を読むしかないだろう。
▼岸田國士『従軍五十日』創元社、S14-5
 著者は幼年学校→士官学校の経歴があるのだが、自由主義者で、この本は決して陸軍をヨイショしていない。検閲を回避して真相を知らせる方法を知っている文士だ。
 「上海は、この地に働くある種の女たちに云はせると、長崎県上海市ださうだ」(p.8)。※すでにあいまい宿が繁昌していることを教えている。
 南京には、事変の前は、邦人は120人にすぎなかった。今では軍人軍属をのぞいて3081人もいる。ただし、占領いらい10ヶ月経った今日、やっと中学が一校、その授業を開始したという事実は、復興が遅いことを教える(p.22)。
 南京の光華門のそばの日本人経営の支那料理屋。サーヴィス・ガールは16~17の支那姑娘だが、いくたりも側へ寄ってきて勝手に卓子の上の南京豆をかじり、日本の流行歌を得意げに口吟む。料理の材料はとぼしい。「南京ではまだ支那人の生活が形を成してゐないといふ感じがした」(p.66)。
 楊州の宗教信者。カトリック200人、プロテスタント500人、仏教300人。
 シナでは上海の外国租界でしか絶対にみかけなくなった中流以上の女が、たしかにここ楊州では平気で家の門口に出ているし、街をぶらついている(p.183)。
 南京の図書館の整理がやっと緒についたという報道があった。なぜ軍政のついでとしてではなく、日本の文化人にそういう仕事を任せないのか。
▼運輸省港湾局『日本港湾修築史』S26
 清水港はいかに天然の良軍港になる資格があったかが分かる。ここを幕末に開港していたら歴史は変わったかもしれない。
▼神戸高等商業学校『大正八年夏期海外旅行調査報告』大9
▼中出栄三『木造船の話』S18
 木造の戦標船があったのである。
▼入江寅次『明治南進史稿』S18
 榎本武揚はロシア公使のときマリアナ諸島(ラドロン諸島)をスペインから購入させようとした。
▼水路部ed.『港湾状況 日本及び東洋方面』S2
 台湾の部には、基隆と高雄が。
 ハワイは民間用のホノルル港。これだけでもいかに凄いかが分かる。真珠湾が破壊されても平気なぐらいだった。
▼宇田川武久『日本の美術 第390号 鉄炮と石火矢』1998-11 至文堂
 初伝銃のスペック。バレル69.2cm、径17mm、肉厚3ミリ……など数値のデータが豊富。
▼岡成志『戦争と宣伝』S17
▼防研史料『大発動艇取扱法(案)』S8-7
▼防研史料『「スキ車」ニ関スル綴』S19-3
 トヨタは戦中に面白いものを陸軍に納入していた。なんと4×4の水陸両用トラックだ。その取扱法を紹介。
▼防研史料『試製二十四榴 二十榴 ろ弾 弾道緒元表 他』S19-6
 荷車利用の3連ロケット発射台など。
▼防研史料『「ソ」軍関係史料』S16-2~17-8
 1941-1月~4月の各国の石油産額。日本国内よりもポーランドの方が産油量が多かったことなどが分かる。
 陸軍の現用投下爆弾名称、炸薬の種類と充填量、正式決定の日付などの一覧表。
▼ブルクス・エメニイ(Brooks Emeny)著、豊崎稔tr.『軍需資源論』S14、原1937
 この邦訳には石油の話は無い。原書もそうなのかは知りません。
▼『兵器生産基本教程 Vol.12』1943
 光学兵器の、「眼鏡」の種類をご紹介する。ただし、載っている最新の型番は「98式」まででチト古い。
▼光学工業史編集会ed.,pub.『兵器を中心とした日本の光学工業史』S30
 戦中~戦前の陸海空用の光学兵器をぜんぶ網羅した800頁以上もある決定版カタログ。そのうち、陸軍地上部隊の双眼鏡と砲隊鏡の要点だけを抜き書きしてみた。たとえば……
 S7春の対ソ動員計画は42個師団だった。分隊長は計36288名となる。それに新たに双眼鏡を支給するには、1個80円なら300万円の予算が必要だ。38式野砲が1門9000円、3年式重機が1500円、38式歩兵銃が40円なのに、そりゃ無理だ。そこで30円のものを新設計することになった。小畑と柳川がプッシュしてくれた。プリズム式なら30円は無理だが、ガリレオ式4倍(オペラグラス並)ならばできる。全工程を考え直した苦心のコストダウン方法は……。
 明るい(=射出瞳孔径が大きい)眼鏡は、倍率が低くとも、薄暗がりの斥候では有利。しかしまっぴるま3000m先を見張るような条件では、倍率がモノをいう。
▼難波浩tr.『ナポレオン全集第1巻 イタリア戦記(上)』S18
▼日本兵器工業会『陸戦兵器総覧』※部分
▼橋爪大三郎『世界がわかる宗教社会学入門』2001
 一神教の発想は、奴隷制の体験なしでは生まれない。人間が、他の人間の意のままになったり所有物になるのだから。
 阿弥陀仏は、ゾロアスターのアフラマズダがインドに入ったもの。
 「戦前の天皇制に反対して、獄中でも転向せず信念を貫いたのは、日本共産党と創価学会だけだった」(p.188)。
 「ある社会の人びとが、なにを考えなにを信じて、その社会を支えているか」。これを公義の宗教とした場合、儒教も宗教である。神を信じるのが宗教なら、儒教は宗教ではない。シナでは、儒教が、人々の価値の根拠となり、行動に指針を与え、世界観を提供して社会がうまく運行するように支えている。つまり宗教の機能を果たしている。
 シナ社会の最初の宗教は、おそらく祖先崇拝。祖先が偉かったから、自分たちも偉くて正しいと考える。共通の祖先があるから団結できる。
 その祖先の祖先……をつきつめると、大昔にとんでもなくすばらしい理想の支配者がいたことにせざるを得ない。それが尭、舜、禹など。
 シーク教は聖職者を認めず、勤労を貴び、カーストを否定する。鉄の腕輪をしている。独立運動は失敗した。
 一神教でないと、法律(契約)が統治者階級に及ばない。つまり「法の支配」の発想がうまれない。
 ゾロアスター教は火を神聖視するので火葬ができない。イスラムでは火は地獄を象徴するので死者にふさわしくない。
▼山本浩ed.『獨逸落下傘部隊と機械化兵団』S16
▼近藤和子『外人部隊と「現代植民政策」』1978
▼本郷健『戦争の哲学』
 過去にロシアに侵入した軍隊の最大進攻距離の比較あり。
▼ミルズ『パワーエリート』(上)(下)
 グラントからマッキンレーまでの大統領は、クリーヴランドとアーサーを除けばすべて南北戦争時代の将校であった。ただし職業軍人はグラントのみ。
 合衆国大統領33人のうち、約半数が軍事的経験をもち、6人は職業将校、9人は将官。
▼垣花秀武『原子力と国際政治』
 ソ連もコメコンに供給した核燃料は全量回収している。
 西独、スウェーデン、フランスが米軽水炉ライセンスから脱したのは、60’s後半。カナダは重水路を売り始める。
 使用済み燃料の再処理の商業化では、仏と英が米にさきがける。
 アルゼンチンとブラジルは原発では対抗関係にある。イランにも原発があるのでイラクが対抗しようとしている。
 CANDUは、インド、パキスタン、韓国、アルゼンチン、ルーマニアにも輸出。
 イラク研究炉はIAEA保障措置下にあったが、原爆研究を妨げなかった。
▼『安田女子大学紀要』No.2(1968)
▼川瀬一馬『増補新訂 足利学校の研究』S49年
▼『続日本紀研究』第9巻第3号・直木孝次郎「非常食としての糒について」
▼『露伴全集 第18巻』S24
▼長 誠次『本邦油田興亡史』S45
 明治9年にアメリカの鉱山地質技師のベンジャミン・スミス・ライマンが早々と調査完了した。その予言の範囲を外れた油田はひとつもみつかっていない。
 しかし、もっと深く掘ったら、本州や北海道の内陸から石油が出るかもしれないのである。その場所は……。
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 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 東京都内の大きな図書館や、軍事系の充実した専門図書館に、毎日通えない人にも、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 報道によれば、さいきんの図書館利用者のモラルは全国あちこちで最低だそうですね。ページ切り取りどころか、表紙カバー以外ぜんぶ毟り取って返却だとか、1冊まるごと着服なんかも珍しくないとか……。
 絶版書に関しては、手分けをしてデジタル保存をしておくべきであろうと兵頭は呼びかけたいです。わたしはスキャナーを持っていないので、こうして僅かづつながら内容要約をして、ウェブ上のヴァーチャルな参考資料室に蓄積する作業を個人的に続けて参ります。おそろしく時間と体力を食うタイピング作業のモチベーションの維持のために、配信は有料にさせてもらっております。
 これを御覧になって、入手可能な実物を購入して個人で大切に保蔵したいと思う研究家が増えれば、なによりです。
 わたしが関東に住んでいたころ、東京タワーの下に、1日利用料100円の図書館があって、このタッタ「100円」の敷居と、蔵書が閉架の古書ばっかりという品揃えが、不良利用者をうまく排除しているように見えました。これからは公共図書館も、絶版書に特化して入場料をとった方がよいかもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は200円です。
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