父の日イベントは中止のようだな。

 7月17日講演ですが、終了時刻は21時のようです。(となるとスーパー北斗ではなく、深夜バスで函館に帰るオプションも考えておくか……。)
 さて、『新潮45』の2010-7月号の附録CDに田中角栄が昭和59年9月10日に行なった演説が収録されているのだが、この中で凄い話をしている。
 角栄は総理時代に訪ソした時、ブレジネフに対して、蘇支国境沿いのSSM基地の配備を「こうなっているのだろう」と全部そらんじて列挙してみせたらしい。もちろん、それは訪ソの前に訪米した折、特に日本の首相の特権として要望をして、蘇支国境の戦略基地に関する米軍の偵察衛星の写真をすっかり見せてもらってブリーフィングもされた内容をちゃんと頭の中にしまっておいて、それをブレジネフの前で声で再生してハッタリをかましたわけだ。そのブレジネフ会談の場には、日本外務省の局長も同席していたという。ブレジネフが驚いたのはあたりまえだ。一国の行政の長であるから秘密は守るだろうとの前提の下にアメリカ大統領府がこっそりと教えている衛星写真について、それをクレムリンにおいて誇らしげにペラペラ再現してみせたような人物は、田中が初めてだったに違いない。さらに田中はソ連側から巧みに誘導されるままにシナ側の戦略基地配備についても知っていること(もちろん米国偵察衛星写真情報に基づく)を全部ソ連側に教えてやったようだ。米国の手の内がリポートされてしまったのだから、ホワイトハウスにとってはこんな迷惑な男もいなかっただろう。外務省の局長とやらは、どうして制止をしなかったのか?
 なお田中はじぶんのことを国家元首だったと喋っているが、当時の日本の国家元首は昭和天皇だろう。
 極東のSS-20についてはドイツのシュミット首相が日本の鈴木善幸〔だったか?〕に初めて耳打ちして教えたとかいう話がずっと流布していたのだが、この話だってディスインフォメーション臭くなってきた。事実は、日本の現役首相が要望しさえすれば、米国政府はその都度、シベリアや満州のSSM基地についての偵察衛星情報を、ホワイトハウス内の一室で、開示してくれていたのだろう。(田中の口ぶりでは、日本の外相や役人が求めたとしても、米国は教えてはくれないらしい。あくまで現役の内閣総理大臣の希望でなければダメなのだ。)だから、新就任首相のホワイトハウス初詣でには、新聞が報道しないメリットがちゃんとあるわけである。
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 ストラテジーページの2010-6-19記事「Speech As A Weapon」。
  米陸軍がイラクで得た戦訓。最前線部隊は必ず現地語通訳を同行せよ。
 アラブ語は欧州語と違いすぎるので米国人は覚え難い。
 アフガニスタンでは、最多言語はDari語で、ペルシャ語の近い親戚である。次がPushto語で、ペルシャ語の遠い親戚である。ペルシャ語は欧語の親戚である。ただし動詞が文章の最後にくることがよくある。
 ダリ語がアフガンで広く話されているのに比し、Pushto語はタリバン地域専用だ。
 数週間から4ヶ月で、これらの言語を米兵に教えるコースを米陸軍は用意している。
 基礎研修4ヶ月+現地従軍1年で、米兵たちはダリ語にかなり慣熟する。
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 2010-6-19記事「Bombs Under Guam」。
  グァム基地を工事しているとユンボがWWII中の1000ポンド (455 kg) 爆弾にしょっちゅうヒットする。爆弾処理班はたいてい、週末まで放置して、週末に処理することを選ぶ。
 1000ポンド爆弾の中には、炸薬は295 kg (650 pounds) 充填されている。信管外しや誘爆作業のさいには、1000m以内に一般労務者がいてはいけない。だいたい彼らを1,600 meters は離しておく。
 グァムでは、処理班は週に4、5回は出動している。
 だがこれは欧州に比べればマシだ。ドイツでは毎年、2,000 tons 以上のWWIIの爆発物がいまだに掘り出される。全欧では、毎年1000発以上だ。
 出土する爆発物の多くは航空爆弾ではなく、手榴弾、迫撃砲弾、地雷の類だ。
 実戦では、航空爆弾であれ何の砲弾であれ、1割前後は不発弾となる。もちろん製造工場等によってこの値は変わるのだが。
 塹壕の中に集積していて、それが敵の砲撃などで埋められてしまったというケースもよくある。
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 2010-6-19記事「Wireless TOW」。
  レイセオンは、AH-1から無線で誘導できるTOWを開発した。
 じつはこれは最初の試みではない。1990年代にいちど完成したのだが、米陸軍は買ってくれなかったのだ。
 また、イスラエルは1980’sに独自に「MAPATS」、別名 “Laser TOW”をつくっている。射程4,000 metersで重さ 29.6 kgだった。これは優先式の最終型のTOWが22.7 kgであったのより重い。レイセオンの新製品はこのMAPATSより軽い。
 1970登場のTOWは50万発も製造されている。最初期型は19 kgで弾頭は 3.9 kgであった。
 最終型のTOW 2B(BGM-71F) は 22.7 kgで弾頭が 6.2 kg、しかもERA (Explosive Reactive Armor)を突破できる。
 TOWがホンモノの戦車を破壊した最後の日付は 2003で、場所はイラクだった。最近ではイラクとアフガンで敵の堡塁にぶつけられることが多い。たぶんあと10年は使える兵器だろう。
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 David Esler 記者による2010-6-7記事「How UAVs Will Change Aviation」。
  RQ-4B Global Hawkの翼巾はBoeing 757と同じだ。
 おびただしい数の軍のUAV関係の訓練と試験のためには、近い将来、安全の確保された空域がもっとたくさん要り用となろう。ひょっとしたら、アメリカでもスペースが足りなくなるかもしれない。※日本は民間の「停泊型空母」を使ってこれをやるしかないでしょう。
 多くの軍事企画者は、F-35こそが最後の新鋭有人機となる運命なのだろうと予測を立てている。The common wisdom among many military planners is that the much-troubled Lockheed Martin F-35 Lightning II will be the last new tactical manned aircraft.
 米空軍は、UAVオペレーターを、普通の搭乗勤務者を空中のリアルなコクピットから地上に降ろしたものとして同格に扱いたがっている。
 米陸軍(すでにUAVを4000機以上運用)は違う。実機搭乗の経験すらないPCゲーマーにUAVを担当させてしまうようなノリ。
 米海軍はGlobal Hawks によって P-3A の半分を代置させるが、予見し得る将来、空中からの対潜攻撃は、あくまで有人のOrion から実施させるだろう。
 このわずか2年のあいだに、米軍内のUAV担当者数は、数百人から6000人以上へと増加した。
 民間では、FY09において、20,000 UAV flights が米国の民航空域であり、その滞空時間は 2,500 hours aloftであった。
 重さ15ポンド以下の microelectromechanical systems (MEMS) の超小型無人機分野では、それは最早 optionally piloted とは考えられず、完全自動化がテーマになっている。
 7年前には考えられなかった改造も今日では可能である。すなわち、市販の「無人化改造キット」を購入し、小型機のコクピットに据え付けるだけで、それが離陸も着陸も自動でしてくれる無人機へと早変わりしてしまうのだ。
 たとえばAurora Flight Sciences社では Cessna 337 or O-2用に、また、Diamond Aircraft社は、DA-42用に、また、Proxy Aviation Systems社は、SkyRaider(これはcanard付きの light planeである)用に、そうしたキットを売っているのだ。
 こうした prepackaged avionics には回天翼機版も登場している。
 災害を上空から見るというだけの仕事なら、重さ55 pounds でシステム価格$50,000 の無人ヘリにやらせた方が、十倍もコストは節約できる。
 これからは民間用UAVオペレーターの訓練学校も、商売として成り立つだろう。
 AAI社の Aerosondeは、重さたったの 38 pounds で、1基の低速2サイクル・エンジンを搭載し、燃料が2ガロンあれば、大西洋も横断してしまえる。リモコンは、イリジウム衛星を経由して行ない、次々と新しいwaypointsをコマンドしてやれるのだ。
 ただし現行の FAA rulesでは、 UAV operators は目視誘導できる範囲内にいなくてはならない。
 lost-link capabilityは当然に要求される。多くの無人ヘリの場合は、通信が復活するまで、同一点でのホバリングを続ける。