イスラム国のおさらい

 「イスラム国」の最大の収入源は、バレルあたり25ドルでトルコ国境から密輸出している原油。
 しかし正規ルートの原油も今日は48ドルまで下がってきたので、密輸相場も苦しいことになっているだろう。
 イスラム国の二番目の収入源は、欧州人を誘拐して得る身代金。英国以外の欧州政府は、アラブ人を通じた身代金の闇払いに応じている。
 しかし米国と、そのぶらさがり国(代表は英国)は、身代金を払わない。このことをイスラム国のゲリラたちもすっかり承知している。そこで米英人が彼らに拉致された場合には、身代金の代わりに「捕虜交換」が水面下で要求されることがあるかもしれない。それでもいちばんありえる転帰は、ナイフ処刑と、そのビデオ公開である。先進各国のマスコミで大きくとりあげられて、センセーショナルな宣伝になるからだ。
 日本は米国のぶらさがり国なので、日本政府は今回、身代金は支払えない。そして日本には交換取引できるイスラミックのテロリストもいない。このことをイスラム国のゲリラもよ~く知っている。だから今回、日本政府がどうしようもない要求を出してきた。さいしょっから、ナイフ処刑とビデオ公開にもっていくつもりなのだ。確かに、話題にはなるであろう。
 警告ビデオに出てきた黒頭巾の男が東洋人でなかったことは、われわれにとってひとつの最新情報である。すなわち、イスラム国には、宣伝役者として使えそうな東洋人は、まだ参加はしていないのだ。彼らの演出家の考えでは、日本人をナイフで処刑する役者は、やはり日本語をしゃべる日本人であるのが理想であるからだ。そのような人材に、彼らはまだめぐまれていないことが判明した。
 イスラエルにいわせると、イスラム国は、スタートした時点で「失敗国家」である。
 スペインから何かの理想に燃えてイスラム国に身を投じながら幻滅した70人の男たちの調査結果。彼らはすぐにがっかりした。なぜならイスラム国は、彼らにある村の攻撃を命じてきた。その村は、スンニ派であり、さいしょはイスラム国の統治を歓迎していたのだ。ところが、あまりな虐政に耐え切れず、叛旗を翻したのであった。
 イスラム国は、2014年後半だけで、100人以上の脱走戦士を処刑している。皆、幻滅したのだ。
 脱走に成功しても、愚かな参加者には2つの道しかない。犯罪者として実家に戻るか、シリアの難民キャンプに入るか。
 西側世界に戻ったとしても、彼等を連れ出したリクルーターは、彼等が何をしたか知っているし、そのID情報を全部握っている。脱走兵は、びくびくしながら隠れて生きるほかにないのだ。
 のみならず彼らは、連れ出し費用を弁済せよと迫られる。イスラム国への連れ出しは、プロの密出国斡旋団体を雇っておこなわれている。そこに多額のカネがすでに支払われているからだ。
 欧州諸国は、そんな連中が帰ってきたら、刑務所に隔離するだけだ。
 サウジアラビア政府だけが、がっかりして帰って来た臨時テロリスト志願者を社会更生させるファンドや仕組みを備えている。そのサウジのプログラムですら、ふたたび1割以上の者が、国外のテロ活動に身を投じようとして出国してしまうのを、止められない。
 イラク西部地区では、イスラム国戦士との婚姻を拒絶した女150人以上が2014年12月15日までに処刑された模様。イスラム国は元サダムの役人たちが仕切っているので、「文書主義」だ。これからの犯罪方針も、やらかしたことも、ぜんぶ「文書」で残してくれる。ゆえにイスラエルの諜報機関はアラブ人経由でこうした事実を把握できるのである。
 ただし注意。イスラエル自身は、イスラム国にはもっと暴れ続けてもらいたいと念じているはずだ。イラクとシリアに強力で安定した政権ができない方が、イスラエルの国益になるからだ。強力で安定したイスラム政権は、じきに核爆弾をつくりはじめるからだ。核以外の攻撃には、イスラエルは耐える自信がある。
 スンニ派のイスラム国がシーア派(すなわちイランの手下たち)と戦ってスポンサーたるイランを苦しめてくれれば、ハマスやヒズボラに対するイランの支援も弱るはずである。ますますイスラエルには好ましい事態だ。
 2014年にサウジアラビアが原油の増産を決意して実行したことにより、イランはとても困っている。イランの国家予算はバレルあたり100ドルを前提としている。それが2014末で55ドル、今は48ドル。どんどん下がっている。アルジェリア政府などは37ドルまで下がるとみてFY2015を組んでいるほどだが、たぶんもうすぐそこまで行くだろう。
 イランの国庫収入の半分は原油。そしてイランGDPの四分の一は原油代。これがどれほどの打撃か、分かるだろう。
 サウジの油田は、増産コストが世界一低いので、増産を武器とすることが可能なのだ。
 石油しか収入源のないロシアも、今年はおそろしいことになるだろう。
 アシュトン・カーターが1999年のウィリアム・ペリーとの共著『予防防衛』の中で予言したことが実現するかもしれない。すなわちカーターは書いた。ロシアの混乱の中から、21世紀の東方ワイマール共和国が出現すると。第二のナチスがモスクワに樹立される――と。
 イランはサウジを打倒するために、アラビア半島最貧のイエメンのシーア派ゲリラを後援している。
 逆に湾岸のスンニ派諸国は、パキスタンをけしかけて、イラン東部国境にスンニ派ゲリラを送り込んでいる。これに対してイランはロケット砲で越境攻撃して報復している。
 湾岸はすでに戦争前夜である。
 中東とアフリカでの米軍特殊部隊による人質救出作戦は、このところ、うまくいかなくなった。ゲリラも智恵をつけてきて、夜間にヘリのチョッパー音を聴いたら、すかさず空に向けて自動小銃を乱射して仲間に警告するようになった。そして人質を皆殺しにして去ってしまう。
 イスラム国は2014年末時点でスキルのある野戦兵士は底を尽き(ほとんどが米機のピンポイント空爆による)、クルド人にすら勝てなくなってきた。2014年末から「自爆特攻」を採用しはじめたのは、彼らが衰退しつつある兆候である。
 イスラム国は人数を増やしたことで単純に食糧難にみまわれている。人道支援団体のメンバーすらみさかいなく誘拐処刑するので、どこからも食糧が得られなくなっている。トルコ政府は、クルド族を弱めるためにイスラム国への武器密輸をめこぼししているのだけれども、そのトルコ人もイスラム国は捕え次第に処刑してしまう。
 ナイジェリアのボコハラムは、政府の腐敗構造(役人がパイプラインから原油を盗み、ニジェール河口の密売海賊も取り締まらない)が根深いので、イスラム国よりももっと粘るだろう。ボコハラムとは「西洋の教育は罪也。」という意味だそうだ。世俗学校(そこに寄宿舎があり、夜襲して生徒を誘拐し、自爆テロ要員に仕立てる)だけでなく、携帯電話中継塔や、銀行ATMも、彼らは爆破してしまう。
 このボコハラムのソマリア版が、アルシャバーブである。
 自衛隊のジブチ基地の近くに、こんな連中が蟠居しているのだ。洗脳された10歳の少女が爆発ヴェストを着装してゲートに近付いてきたらどうするか、考えなくてはならないのだ(自爆者の監視&エスコート役もやはり女であるという。その方が官憲に見咎められないからだ)。