来週売られる『Voice』8月号は面白いですぜ。

  Sam LaGrone 記者による2017-7-2記事「USS Stethem Conducts Freedom of Navigation Operation Past Triton Island in South China Sea」。
         米駆逐艦DDG-63『ステセム』は7-2に、パラセル諸島のトリトン島12海里内を航行してFONOP実施。
  ※トランプはヤル気ナシナシなのかと思っていたら、急に活況を呈してきた、みたいな。
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 Jon Gambrell記者による2017-7-2記事「What to Know About the Qatar Crisis」。
    カタールの面積は、コネチカット州ていど。
 しかし天然ガス埋蔵量は、ロシア、イランに次いで、世界第三である。
 220万人の人口のうちカタール国籍はわずか1割。あとは外国人労働者。
 ワッハーブ派で厳密なはずなのに、女がクルマを運転してもいいし、外国人が酒を飲んでもいい。だからサッカーワールドカップの2022も開催する。
 米軍はカタール内の空軍基地に1万人以上を駐留させている。
 6-5に、バーレーン、エジプト、サウジ、UAEは、カタールと断交するとともに、民航会社カタールエアウェイズ機の領空通過を禁止。カタール商船の寄港も禁止。サウジは陸上国境も完全に遮断した。
 カタールはイランとつながりが深い。というのも、沖合いの海底ガス田は、イランの所有分と接しているからである。
 断交4ヵ国はカタールにいくつかの要求をつきつけている。
 イランとの外交をもっと制限すること。衛星放送局のアルジャズィーラ等を閉鎖すること。ムスリム同胞団やレバノンのヒズボラなどのテロ組織と一切の縁を切ること。賠償金も支払うこと。
 その期限は10日間だとされ、もはや過ぎた。
 四ヵ国は追加の経済制裁を考えている。
 しかしカタールの投資は全世界的である。ロンドンのハロッズ百貨店、ドイツのフォルクスヴァーゲン、NYCエンパイアステートビルディングを所有する不動産会社などなどにカタール資本が入っているのだ。
 四ヵ国は、カタールの港からLNGを搬出することも阻止したがっている。
 カタールが可能な対抗措置は、UAEに通じている海底天然ガスパイプラインを遮断してしまうことだ。もしそうなれば、UAE国内では、水道(海水脱塩プラント)とエアコンが、停まってしまう。
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 Darien Cavanaugh 記者による2015-4-27記事「JFK Had a Secret Nuclear Fallout Bunker in South Florida」。
   1960-12、その次の月から大統領に就任するケネディの意向で、海軍のシービーズ設営部隊が、フロリダのピーナット島のコーストガード基地の裏手に、地下弾薬庫を設けるべく、掘削工事を始めた。
 シービーズはそこを「作戦ホテル」と呼んだ。核戦争時のフォールアウトから大統領を守るシェルターのひとつだった。ケネディは毎冬、その近くのパームビーチで過ごすのが常だったのだ。
 シービーズはたったの2週間足らずで、地中にコルゲート鋼鈑の地下室を据えつけ、その上から、コンクリート、土、そして鉛によって厚さ25フィートの被覆をほどこした。
 米政府がこの「離れのホテル」の存在を公式に認めることは1974までなかった。
 ケネディがこの設備を使うことも遂になかった。そして1999年から観光客に内部は公開されている。
 おそらく大統領用シェルターとしては最小サイズに近い。
 シャイアンマウンテン、ウェザーマウンテン、グリーンブリアー、ホワイトハウスのイーステウィングとウェストウィングの地下部分等の本格的地下施設の宏壮さとは、比べ物にならない。
 それでも、発電機室、エアコン用微粒子フィルター、放射線検知センサー、除染用シャワーなどは完備。
 中央区画には、15人分の作り付けの寝棚、会議用テーブル、無線装備一式、そして地上のヘリパッドまで出られるエスケープハッチが。
 潜水艦がピーナットアイランドに横付けして、大統領を収容する手筈であった。
 軍用の缶詰糧食、缶詰飲用水、水のいらない手拭き、洗濯機用脱臭剤、料理用の固形燃料等も。
 最大で30人が1ヵ月、ここで暮らせるように、考えられていた。
 1961-4のピッグズ湾侵攻は大失敗。
 米ソ間はきょくたんに冷却化し、米国は中距離弾道ミサイルのジュピターをトルコとイタリアに配備してモスクワを照準した。
 ソ連は対抗してキューバに中距離核ミサイルを持ち込み、1962-10のキューバ危機に。
 続いて、「ミサイル・ギャップ」のパラノイア。
 すでに1960年にはワシントン市民の7割が「核戦争が切迫している」と感じていた。
 米国市民は1965年までに、総計20万箇所の「裏庭核シェルター」を掘って、米ソ戦争に備えたそうである。
 その多くは、コルゲートメタルの巨大径チューブや、巨大径の鉄筋コンクリート製土管(いわゆるヒューム管。回転させながらコンクリートを打つと水密になることをHume氏が発見)を埋設して上から覆土しただけの簡易防空壕だが、中には、ラスベガスの富豪ジェラルド・ヘンダーソンが造らせた1万5000平方フィートの超豪華版のようなものも。それは地下浴場と地下プールを備えていた。※核戦争の直後は、「水」がいちばん貴重だからね。
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  David V. Gioe 記者による2017-7-2記事「The History of Fake News」。
     1941-10にUボートが米駆逐艦『キーニー』を撃沈し11人戦死。FDRは27日に、今にも対独参戦しかねぬ調子の怒りのラジオ演説をぶった。
 じっさいには『キーニー』が執拗にUボートに対して爆雷を投下し、Uボートはそれに反撃しただけであったが、それには触れず。
 FDRは、〈じぶんはヒトラーの秘密地図を持っており、そこにはヒトラーが南米と中米とパナマ運河を支配する計画であることが表されている〉〈その次のヒトラーの目標はあきらかに合衆国だ〉とまでラジオで語った。
 ゲッペルスはただちにFDR演説に反論した。このときはゲッペルスが正しかった。秘密の地図とやらは、NYCのロックフェラーセンタービル44階にオフィスを構えていた英国諜報機関の「安保調整局」が捏造したものだったのだ。
 英国には前科がある。WWIに合衆国をまきこむために、1917-2に「ツィンメルマン電報」を用意したのだ。じつは英国は米国の外交暗号を解読済みだった。その事実を秘匿するためにカバーストーリーもでっちあげた。
 内容は、〈もしも合衆国が対独宣戦したらメキシコはドイツ側に立って参戦してくれ。その代価として、もともとメキシコ領土であったニューメキシコ州、アリゾナ州、テキサス州を、ドイツからメキシコに返すよ〉という電報をドイツのツィンマーマン外相が打ち、その暗号が解読された――というもの。
 ウィルソン大統領は、すでに参戦不可避だと考えていたけれども、選挙公約を反転させるための正当化ネタが欲しかった。だから英国からこの「解読電文」なる捏造資料を手渡されるや、すぐに新聞へリークさせた。それは1917-3-1の朝刊大見出しになった。
 なんと2日後に、ツィンメルマン自身が、電報はホンモノだと請け合った。 2ヵ月後、米国は参戦した。
 1941のときは、「英国安保調整局」のステフェンソンと、米側OSS(47年にCIAとなる)のウィリアム・ドノヴァンが、同志関係にあった。
 偽地図をFDRのところへ持っていったのもドノヴァンである。ドノヴァンは、プロ軍人の高級将官たちや、FBIのフーバー長官以上に、FDRから気に入られる必要があった。
 ※これでイギリスがどうして2003年の米軍によるイラク占領作戦に付き合ったのか、理解できた。英国は、サダムが原爆など開発していないことを承知していた。しかしあそこでブッシュに騙されたふりをして参戦して苦労してやることによって、1917や1941の工作に関して米国マスコミが将来も英国を悪く言うであろうことの印象宣伝を将来にわたって相殺できるだろう、と計算したのだろう。
 ※もうひとつ。ウィルソンもFDRも馬鹿じゃないはずである。馬鹿には大統領選挙は勝てないのである。ボスこそがそれらを望んでいたのだ。下僚はそれを用意した。それだけ。