今回の水害でみんなもよく分かったことがあろう。
木造住宅は、RC住宅よりも、危険である。
行政は、これを認めるべきだ。住宅メーカーなどに遠慮している時か?
町の半分が水没して数百戸が居住不能になり、数千人が避難所暮らしを余儀なくされた、とする。この数千人が最終的に救済されるまで(たぶん20年以上の長期間)にかかる全費用「×××億円~×兆円」を、想像して欲しい。
かたや、平時に、行政が、RC(鉄筋にコンクリート流し込み)住宅や、コンクリートパネル組み立て式住宅の施主に対して、気前の良い補助金を出し、かつまた、そうして築造されたハードニング(&不燃)住宅にかかる固定資産税を恒久免除(あえて減免とは言わない)するという法令を施行していたならば、どうか?
その政策に必要な全経費は、上述の「×××億円~×兆円」より、少ないはずである。
それと別に、住宅が土石流によって潰されて、夜間に知らぬ間に死んでしまう人命を救えるという社会的な功利が、プライスレスであることは、申すまでもない。
このたびの水害騒ぎが一段落すれば、必ずや、川土手を補強しろだとか、砂防工事を増やせだとかの声があがるはずだ。
ダメだ。その方向に利益を誘導しては。
それらは社会福利を極大化する最も合理的な公共政策とは言えない。
なぜなら、これから日本各地が繰り返し襲われる諸災害は、決して予測できる範疇には収まってはいないからである。
木造住宅が木造住宅として再建され続ける限り、災厄は何度でも、手を変え品を変えて、わが国の高齢化した住民たちを屈服させてしまう。
それは水害や地震に限らない。いくら耐震設計であっても、木造住宅は、横から衝突する土石流から居住者を防護してくれるかどうかは分からない。
二階まで泥水に漬かった後で、汚濁を洗滌し易いかどうかも分からない。
多発的な都市火災の延焼に抵抗し、みずからが燃料を提供して火勢を助長してしまわないかどうかも分からない。
肝心なことは、「これからの日本では木造住宅は危ない」と行政が公式に認めることなのだ。行政は、あらゆる住宅を「RC化/コンパネ化」させる誘導にこそ努めなくてはならないのだ。
それは、「個人の意思が、社会を救済する」、まっとうで健全な道につながる。
究極の致死的災害と考えられる、近隣国からの核ミサイル攻撃が万一起きたとしよう。
RC/コンパネ住宅の多い街は、木造住宅の多い街よりも、総死者数を抑制し、「避難所生活者数×年月」も抑制するだろうと、常識的に予測ができる。
この普通の常識を、そろそろ正面から評価しなくてはならない。
街の全戸に占めるRC/コンパネ住宅の比率が高まれば高まるほど、将来の非常事態がもたらす社会コストは、低下する。おそらくは劇的に。
しかも、この「RC/コンパネ化助成」政策は、日本の景気を根本から改善しもする。
なぜなら、現下の日本国において最も金融資産を抱えている老人たちが、「無税の安全不動産」を児孫に遺贈してやるべく、現住の木造住宅の「RC/コンパネ化」改築に、踏み切ってくれるからだ。
全国規模で、老人資産が、住宅消費に投入される。
巨大な死蔵資産が新需要を全国的に喚起する。
老人の創意が、家族と次世代を安全にする。社会も間違いなく再活性化する。
バブルが再来するであろう。
しかしこのバブルは、やましいところ、うしろめたいところが何ひとつない、健全すぎるバブルなのだ。
有産の独居老人は「自衛」のためにも、木造住宅をRC/コンパネ化するべきである。
RC/コンパネ住宅ならば、冬の雪下ろしをボランティアに手伝って貰う必要はない。ひとさまに迷惑をかけることがなくなるのだから。
まして、RC/コンパネ造りの三階建て住宅(特に集合住宅)ならば、その屋根によって、地域の他の人々を、水害時に救ってやれるかもしれない。偉大な社会奉仕にもなるのだ。
行政として、恒久免税でこれに酬いるくらいは、とうぜんであろう。
功労金を与えて表彰してもよいくらいだと思う。
第二次大戦末期に日本陸海軍が必死で完成させようとした、試作だけに終わった数々の「迎撃機/局地戦闘機」を、思い出して欲しい。
あんなものにかける予算を、すべて都市の住宅の不燃化の助成に投じていた方が、本土住民の空襲犠牲者数(30万人)は、劇的に減っていたことは明らかである。
原爆をくらった広島市ですら、死傷者は半分以下に抑制されたはずだ。徹底的な焼夷弾空襲を受けたドイツの都市(基本的に不燃構造)の数値や、日本の2都市の原爆死者の8割が「焼死」であった事実から、これは一般に推計できることなのだ。
今こそ健全な智恵と向き合おう。現代日本の危険の淵源は、木造住宅である。