ニコ生 所感

 みなさまありがとうございました。
 ニコ生の画面に流れる視聴者からの打ち込み文字、あれを出演者がモニターできるようになっているのだとは、初めて承知しました。(わたしは今回はそれを見ている余裕がありませんでしたが、慣れればそれに即反応して話題を変えるという芸当ができるそうです。)
 それと、オンラインで放送される絵・音はリアルタイムではなくて、数秒(かなり長く感じる)のディレイがある、ニア・リアルタイム放送なのだということも承知できました。
 ともあれ、2週間前まですこしも存じ上げなかった方といきなりスタジオで深い話を延々展開するというショービジネス。人生はすばらしいじゃないかと実感しました。
 「このスタイルの企画ならば、いつでもどこへでも出張しよう!」という気にもなったわけでございます。
 2点、ここで補足します。
 江藤淳先生は、日米戦争の開戦の流儀が国際公法上の「侵略」に該当するとはお認めにはならなかったろうと思うのです。となると、もし小生が江藤先生の生前にそんなことを主張しようと思ったなら、かなりの用意が必要になったはずでしょう。ところがたまたま小生がその考えをまとめ始める前のタイミングで先生は長逝され、小生に準備不十分なうちから日本の開戦流儀論や戦後憲法論を展開する自由を与えてくだすった形となった。放映前の打ち合わせのとき、この事実を篠田先生に対してごく一般化して説明しようとしたために、話がわかりにくくなってしまいました。お詫びします。
 OCRについて。AIシンギュラリティ論の唱道者たるカーツワイル氏はもともと、OCR(光学文字読み取りシステム)の初期の開発者です。つまりOCRはAIのハシリのひとつだったといえます。ところが同じOCRといっても、横書きしかない欧文と、縦書き混在でしかも文字のバリエーションの多い和文とでは、AIのハードルもかなり違ってきそうですよね。殊に、戦前の仮名使いや旧漢字の活字、さらに江戸時代以前の印刷文献や草書の資料となったら、もう……。しかし、そんな特殊なOCR用の高機能AIの需要は、おそらくわが国にしかないのですから、日本政府がカネを出してどんどん先へすすめなかったらどうするんだ――という訴えをしたかったのです。
 ホントに世界から取り残されますぜ。
 たとえば米国司法は判例主義ですから、過去の全判例は連邦のも州のもとっくにOCRでデジタル文字化されてますでしょう。同じコモンロー体系を奉ずる英国の大昔の裁判記録にまで遡って関係判例を瞬時に網羅的に呼び出して確認することも(想像ですが)できるはずです。
 ケミカルの世界でも、AIが古今東西の英文論文を総ざらいしてヒントを博捜できるおかげで、新薬の開発が随分加速されてきました。
 日本語の古い文献の中には(たとい戦前の大衆向けの雑誌であっても)、今の人々からはとっくに忘れ去られた、研究者たちとすれば「未知なる金鉱」が、おびただしく眠っているんです。しかしAIがそれを博捜するためには、OCR(と、ロボットのページめくり撮影マシーン)で全部、デジタル文字化されている必要があるのです。
 いったん、その手間さえクリアしてしまえば、日本の過去の文献類は、現代の各分野の研究者たちにとって、無尽蔵の金鉱脈になってくれるはずです。サーチ用のAIがアクセスできる、すこぶる価値のあるビッグデータに化けてくれる。
 日本人研究者にとっては、これまでの日本語のディスアドバンテージが、特権的アドバンテージになってくれるでしょう。
 超高性能のAI=日本語OCRを、官でも民(パナソニックがイイ線行っていそうです)でも可いから、もっと発達させなきゃダメだということがおわかりでしょう。その先には、「知識のマイニング(金鉱掘り)」が、誰にでもできる環境が待っています。わたしが図書館の古資料の話などをしますのは、すべてこの主張の前フリなのです。
 官がこの分野にカネを突っ込みたくない気持ちは、少し分かる。たとえば仮に法務省がカネを出して超高性能OCRが概成したとしましょうか。おそらく日本の法曹界は、大量失業の事態に直面するのではないですか? 企業法務も、どれほど省力化されることでしょうか。そんなふうに天下り先を減らしてしまうような政策投資は、官にはチトできかねるかもしれません。