夏が終われば戦争シーズンも終わり というわけなのさ。

 Alex Wilson 記者による2021-10-25記事「Navy’s Triton surveillance drones conclude their first deployment to Japan」。
    2機の「MQ-4C トライトン」は5月15日に三沢に飛来していたが、整備のため10月12日にグァムへ向けて離陸した。
 この機体の原所属基地は、フロリダ州のジャクソンヴィル海軍航空基地である。

 この期間中、1機のトライトンは20回ほどミッション飛行した。

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 Frank Andrews 記者による2021-10-25記事「Marines test ‘backpackable’ electronic warfare system on drone in Coral Sea」。
    米海兵隊は、1人で持ち運べる重量の、クォッドコプター型ドローンにESM&ECM装置を組み合わせた「BEAM」という警戒攻撃手段を持っている。主に敵のドローンの気配を探知してリモコン不能にしてやろうというものだが、このたび、揚陸艦『ニューオリンズ』の上からその空中機動電子兵器を試してみた。

 ドローンの機体は「ピューマ」である。
 実験した海域は豪州北東にあたる珊瑚海。

 将来構想としては、このBEAMを、海兵隊の分隊や小隊に1機ずつ、持たせたい。
 1機のBEAMが怪しい敵の電波発信源を検知すれば、その情報は他の小隊や上級指揮所で共有される。その後、複数のBEAMを協同させて1つの敵の無線通信系に対してECMをかけることもできる。

 搭載チップにはAI以前のシンプルなソフトしか書かれていないのだが、すこぶる的確に、敵の電波発信源が何なのかを自動で判定してくれる。

 DARPAは2016からこの「BEAM」を研究開発してきた。

 『ニューオリンズ』は佐世保を母港とするドック型揚陸艦。広いヘリ甲板をもつ。

 ※米海軍と海兵隊は、シナ人がアンテナを持って聞き耳を立てていない過疎な海域を随意に選んで好きなように新電子装備を実験できる。これに対してシナ海軍は、そうしたテストを海上でやろうとしても必ず米軍のシギントに包囲されて、何を工夫したのかを即把握されてしまう。艦載の電子システムに関しては中共軍には「奇襲」ができる可能性はゼロで、逆に米海軍から電波の奇襲をかけられる蓋然性が濃厚だ。この記事ではまったく触れられていないが、ある地上部隊の頭上にBEAMが浮かんでいた場合、ブルートゥースといえども信号放射を探知されると考えるべきだろう。未来の兵隊は、一切、電波を出してはならない。潜入斥候も、携帯無線機以外の連絡方法を考えるしかない。

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 Alex Hollings 記者による2021-10-24記事「China’s new hypersonic weapon is a lot like America’s 1960’s space bomber」。
    敗戦直後のドイツから、最先端兵器の開発技師を引き抜いてくる作戦「ペーパークリップ」を、米政府は進めた。
 これにより1600人以上の専門知識をもつドイツ人が米国に移住した。

 この移住者のうち最も著名になったのは、NASAのために「サターンV型」ロケットを設計したフォン・ブラウン。
 その陰にかすんでいるのが、ヴァルター・ドルンベルガーと、クラフト・エーリッケの2名だ。

 ドルンベルガーとエーリッケは、ベル航空機会社に雇用された。
 2人が1952年に提案したのは、有人の軌道周回爆撃機であった。

 まずロケット・ブースターで垂直に離陸する。ブースターが切り離されると、ロケット上段の「宇宙爆撃機」が、大気圏と宇宙の境目の高度から水平滑翔を開始する。そしてミッション達成後は、味方基地に着陸する。

 この計画機、「兵器システム464L」または「X-20 Dyna-Soar」と称される。
 ちなみにソ連の無人衛星スプートニクは1957-10-1に打ち上げられ成功した。それより5年も前から彼らは「人工衛星」を構想していたわけ。それも有人で。

 それまでは基礎研究しか許されなかった「X-20」を本格的にやれという話になったのは、スプートニク・ショックのおかげであった。ソ連は1953に水爆を成功させているので、衛星投入ロケットと水爆弾頭が組み合わされるのは時間の問題だった。

 開発時間をまきあげるため、主契約企業はホーイング社に変更された。
 1960年までに、デルタ翼+ウイングレット というレイアウトが固まる。
 機体下面には、大気圏再突入時の耐熱のため、モリブデン、グラファイト、ジルコニアの超合金ロッド(ルネ41と称す)を使うことになった。

 主翼前縁は「アクティヴ冷却」する計画であった。

 この宇宙爆撃機の最初のテスパイとして選ばれたのが、海軍のニール・アームストロングであった。早ければ、彼は1962年にX-20で打ち上げられ、それを操縦して地表に帰ってくるはずだった。

 まずB-52から吊るして空中でX-20をロケット加速させる実験が行なわれた。これらはうまくいった。

 構想では、X-20の地球周回飛行は、衛星高度の宇宙空間ではなく、大気圏上縁で、小石が池の水面で水きり跳躍をするように、何度も跳飛しながら、なされることになっていた。最終的には前進する速度に大気のブレーキがかかって降下。陸地まで戻ってくる。

 だが米国の国家予算も無限大ではない。有人「ジェミニ」計画や無人人工衛星の方が世間のウケがよく、「X-20」には予算が配分できなくなった。軍も、有人の高々度飛行手段としては「U-2」を秘密に進めることを選好した。

 1963-12-10に、X-20計画は公式にキャンセルされた。その時点で4億1000万ドルがつっこまれていたのだったが……。今日の価額に直せば35億ドル。
 もしそのまま、あと3億7000万ドル投入していれば、X-20は1966年中に完成したのだと悔しがる人もいるけれども、じっさいはどうだか分からない。

 空軍は1957に「B-52」で地球を一周、無着陸飛行させる実験を成功させている。水爆をソ連に届けるのに「宇宙爆撃機」を使う必要などなくなっていたのであった。

 その後のスペースシャトルや、現役の「X-37B」の開発に、X-20で得られた知見は生かされている。

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 ストラテジーペイジの2021-10-25記事。
    2017年以降、NRO国家偵察局は、対地撮影能力のある民間衛星会社を、大いに活用することにしている。

 軍の偵察衛星の機数には限りがあって、なんでもかんでも撮影しているわけにはいかぬ。かたや民間測地衛星は、その数が増えただけでなく、その映像品質もすばらしくなってきているのである。活用しない手はない。

 活用の仕組みはこうだ。NROは、「ここの写真が欲しいんだが……」と、公開的に、民間衛星撮影会社(かつては大手2社が寡占していたが、業界は再編されつつある)に対して希望を伝える。
 リクエストから、納品されるまでの時間の早さが、特に重視される。

 民間衛星写真提供会社の業界内でも、会社間の競争が激しい。おかげでそうした外注写真1枚の価格は下がっている。

 そもそも写真を必要とするのは四軍であってNROではない。NROは、四軍からの写真リクエストを承けて、その写真を撮影して四軍に対して提供するのが職務であった。ところが2017以前は、このプロセスがお役所仕事すぎて、遅すぎた。

 米四軍としては、NROなどすっとばして、じかに民間会社に写真撮影を発注したほうが、はるかに早いということになってきた。しかしその流儀では、民間会社から高い代金をふっかけられ、国民の税金が無駄に使われてしまう。そこで、仕組みの改善が模索されている。

 NROが写真リクエストをまとめて、一元的に発注を出すことで、業者に安く仕事を請け負わせることができるはずである。あとは、リクエストから納品までのスピードをどこまで上げられるか。それが目下の課題。