パブリックドメイン古書『バーモント州のメイプル産業――その既往と現状』(1912)を、AIに依存せずに私訳した。

 抄訳です。
 気候変動はチャンスだと捉えることもできます。東北地方や北海道の、従来はあまり生産性の高くはなかった山間原野の「立ち木」が、そのまま食品原料になってくれるという可能性があるのです。新しい地場産業も増えるでしょう。

 もちろん、樹種を選んで、モノカルチャーになりすぎないようほどほどに、人為的に植林しなくてはいけません。造林は、数十年がかりの計画になるでしょう。
 外来種だからどうだとか、馬鹿なことをもう環境省に言わせている場合じゃないはずだ。コメだって日本原産じゃないだろう。

 乱世が来ています。これからもっと来ます。「エディブルな山林」がそこにあるとないとでは、日本国民の生存率が変わるんですよ。人の安全保障を最優先して積極果敢に山林改造するのが政府の責務です。

 百年以上前から有望だと分かっている外地産樹木のひとつが、サトウカエデ(砂糖楓・メイプルツリー)です。カナダの国旗に、その大きな葉があしらわれていますね。

 わが国にはなぜか、これに注目して紹介する書籍は無かったようです。なにゆえに? 寒冷僻地の住民たちは、やることをやらずに泣き言を並べていたのでしょうか……。

 原題は『A HISTORY OF VERMONT’S MAPLE SUGAR INDUSTRY』 。
 発行者は VERMONT MAPLE SUGAR MAKERS’ASSOCIATION です。

 例によって、プロジェクト・グーテンベルグさまはじめ、関係の各位に、深く御礼を申し上げる。
 図版は略しました。
 以下、本篇です。

 ヴァーモント州には、シュガー・メイプルの樹が、森林を成している。
 秋にその葉は紅色または金色に変ずる。

 入殖者たちは、耕地の面積を増やそうと欲して、数千エーカーの天然メイプル森を伐採してしまった。
 しかし近年、徐々に、面積を回復しつつある。

 バーモント産のメイプル樹は、フランス、ドイツ、オーストリー、イングランドにも運ばれ、定植が試みられている。しかし外地では、あまり善い成績を上げていないようだ。

 初期の入殖者たちは、メイプル樹に天然樹木として最高の価値を認めた。
 暖炉の薪材として、メイプルは最良である。灰は、カリ肥料になった。
 メイプル材から作った「炭」は、住民たちの換金商品になった。その灰もまた、カリ肥料である。

 砂糖製造のために、鉄の大きな薬缶で、メイプルの樹液(SAP)は煮詰められる。
 同様、メイプル灰を煮て、濾過すると、カリウムを濃縮でき、それは、売れる。商売として手っ取り早いから、それでメイプル樹が濫伐された時代もあった。

 近年では「ベニヤ板」工場が、メイプル樹を高く買ってくれるため、皆伐が進行した。

 最初期のメイプル・シュガーを語ろう。
 ヴァーモント州が世界から羨まれるモノはふたつ。人々と、メイプル・シュガーだ。

 トウモロコシ(Maize)やタバコと同様、メイプル・シュガーの利用法を知っていたのはインディアンたちだった。
 入殖白人がやってくる遥か前(それがいつなのかは分からない)から、サトウカエデの樹液を蒸留して甘いシロップをこしらえていた。
 地域としては、カナダ、バーモント、ニューハンプシャー、マサチューセッツ、コネチカット、ニューヨーク、ペンシルヴェニア、オハイオとミシガンだった。 ※なぜメーン州が含まれない? カナダも海寄りでは育たないということか?

 入殖白人たちは、すぐに、その天然資源の利用術を、見て覚えた。

 原初的なやりかたは、春にトマホークで、長い、傾いた、深い切り傷を、樹皮に刻む。
 溝の下端には木片を打ち込み、そこから樹液がしたたるようにする。
 シラカバの樹皮でこしらえた皿でその樹液を受け、それを、煮炊き用の土器にて、煮る。
 かくして、少量の、茶色のシロップが得られた。インディアンが知る、唯一の甘味料だった。

 白人でさいしょにメイプル・シュガーを作り始めたのは、カナダ人である。
 ヴァーモントの入殖者は、北隣のカナダ人たちからそれを習った。
 そうして得た自家製甘味料は、すべて自家消費された。南方のサトウキビを精製した砂糖も、市場では売られていたが、高額な贅沢品で、初期の開拓農民にとっては、とても手が届かなかった。

 自家製メイプル・シュガーは毎年、春にならないと得られない。ゆえに少年たちは、ことさら春が待ち遠しかったものである。

 インディアン流から、変更されたのは、器具だ。白人たちは、土器ではなく、銅製または鉄製薬缶で煮詰めた。樹液を採るのには、樹皮製容器ではなく、木製の桝(ます)を用いた。
 それを桶にまとめ、天秤棒で担いで、煮詰め場まで運ぶ。春先で雪深いときには、「かんじき」を履いて往復した。

 煮詰め場は、森の中の開けた場所に、風避けの穴が掘ってあって、その底で焚火を起こし、大きな薬缶を、竿の先から吊るして、熱した。
 当初は、その製造所には「覆い」や天蓋が無く、したがって製造工程中に雨やら雪やら、炭やら灰やら枯れ葉などが、混入したものであった。

 それで、「製品」は、暗色で、香りが強く、品質としてはピュアではなかった。

 今から半世紀ほど前に、製法がやや、近代化された。

 これが産業化している今日、砂糖果樹園農家では、シーズン前夜に怠りなく準備が勧められる。桶の箍は木製なので、それが傷んでいたなら新しくしなくてはいけない。新品の桶は、そのままだと樹液が洩れるため、まず水中に何日も浸しておいてから、使わねばならない。

 煮詰め場の穴には、新しい丸太がさしかけられて、そこに金属薬缶を吊るす。
 燃料にする樹木も穴に投げ込まれ、着火される。

 毎年、樹液の「抽出口」は新調されねばならない。材料は、生木のヌルデ/ウルシ。それを削って、赤熱させた鉄の錐により管状に細工して、嵌め込む。
 カエデの樹には、髄まで穴を開けた。

 「1インチ」または「四分の三インチ」の穴ぐり器具を手に、ひとりの作業員が、1日に50本のカエデ樹を、穿孔する。穴の深さは3インチを越えてはならない決まりである。

 樹液運搬のための「牛のくびき」を新調するときは、小さいシナノキ/ボダイジュを適宜のサイズに切断したものが素材に用いられる。
 「くびき」は牛の体形にフィットしていないと、牛が疲れてしまう。

 その昔、メイプルシュガーの収穫作業シーズンは、男子はハードワークを覚悟せねばならなかった。焚火の世話も求められた。
 両足は桶の重みでガクガクするし、顔と手は炎で火傷をしたものである。

 作業の最盛期、夕方に桶が集められると、父親は息子に、巨大なシロップ・ケトル中で煮立っている砂糖液を、「4クォート」(=3.8リッター)サイズの小型薬缶に移して賞味してもいいぞと言う。少年たちにはこれが楽しみであった。

 地面の穴の底でキャンプファイアのように燃えている石炭を少量、レーキで掬い取り、その小型薬缶を載せる。
 遂に煮詰まったメイプル・シュガーを雪面上にあけると、それは炭やら何やらの不純物混じりだが、こんなごちそうはなかった。

 直近40~50年で、技法に改良が視られた。
 まず、メイプルの原液を流す樋の構築。そして複数の薬缶がひとつの「アーチ」〔橋状の金属グリル台か?〕に据えられるようになつた。「ボトム皿」は大型で平滑なものになった。

 さらなる改善。樹液を「ボトム皿」に注ぐ前に予熱するヒーターがつくられた。

 次の進歩は、初歩的な「蒸発装置」。これは木製の側板と、波形の金属板から作られていて、複数のボトム皿を横貫している。しかし下方に穴は開いていない。
 その後の「蒸発装置」の改善はめざましく、今では、25ガロンから100ガロンの樹液を1時間でシロップにまで煮詰めてしまえる。

 往古のメイプルシュガーは味にも匂いにも雑味があったが、今日では製品の透明度が高くなり、メイプルのアロマ以外のフレイバーを発しないほど、ピュアに仕上がっている。

 今日、合衆国全体で製造されているメイプル・シュガーを合計すると、年産量は約5000万ポンド。
 そのうち「四分の一」はわがバーモント州産であろう。
 誤解なきようにつけ加える。総生産量のうち、最高グレードのものは、ごくわずかである。

 バーモント州産は、グレードが高く、ブランドになっている。だから贋物が横行する。
 最低品質の製品に、熊をあしらった偽ラベルを張り、バーモント産のようにみせかけたものだ。

 グルコースなどから合成した液体に少量のメイプルシュガーで匂いをつけただけ、といった粗悪品すらある。

 サトウカエデは、樹齢が40年以上にならないと、樹液の採取には適さない。バーモント州民としては、サトウカエデ林の保存や造成を図って欲しいと願う。
 天然木のなかには、直径が4フィート近いものも、稀にある。おそらく北米にピルグリム・ファザーズたちが上陸した1620年から生えていたのではなかろうか。サトウカエデも大木になれば、嵐や厳寒に堪え易い。

 果樹園管理者は、毎年3月になると、どのサトウカエデが樹液採取可能になったかを観察し始める。採取できるのは春の数週間だけだ。 根雪は、ふつう、ある。しかし悪天候の日には、採取作業は避けなくてはいけない。

 まず半融雪状態の地面に、作業道を整備する。砕けた氷の層があるので、楽ではない。牡牛や、馬を何度か歩かせて、道らしくするのである。
 採取する樹木1本につき、バケツは1~2個を用意する。
 地表から高さ2~3フィートのところに、樹液採取用の「孔」を穿つ。穿孔器のビット(先端)は、「八分の三」インチ径から、1.5インチ径である。
 その穴から、バケツまで樹液を導く「注ぎ口」(spout)を嵌める。往々、その「注ぎ口」の突起から、バケツも吊るすことになる。

 20個から40個の手桶が、橇に載せられ、それを「シュガー小屋」まで牛馬に曳かせて、大きなタンク内に溜める。
 そのタンクから「沸騰皿」もしくは「蒸発装置」まで、樹液を流し出す。流出量が一定になるように、オペレーターは調節しなくてはいけない。

 樹液は、複数の「コンパートメント」を次々に経由しながら加熱され、濃縮度を高めて行く。最後は「シロップ化完成皿」にて、煮詰め工程が終わる。
 柄杓の縁から、「皮革製の前垂れ」のような状態で液がしたたるように見えたなら、工程は完了だ。
 熟練工員に頼れないときは、温度計を頼る。
 すなわち、華氏219度(=摂氏103.9度)で煮詰めると、シロップは、1ガロン(net)あたり11ポンドの重さになる。

 標高の高い(大気圧の低い)土地では、それよりやや低い温度でも、同じ製品が得られる。

 煮皿ではなく「蒸発装置」を使って流す場合は、大量生産が容易である代わりに、密度が、ガロンあたり11ポンドよりもやや薄目になる。

 樹液を採取してから煮詰めるまでの時間は、短ければ短いほどよい。
 樹液をボイルし始めるや、あぶくとともに灰汁・被膜が浮き上がってくる。これは一定ペースで掬って捨てるようにする。火焚き係が兼任するから、忙しい。

 樹液が、ガロンあたり11ポンドにまで煮詰まると、硝石もしくは、石灰のリンゴ酸化物――しばしば「砂糖の砂」とよばれる――が結晶化して沈殿し、シロップから分離できる。

 この工程は、二段階以上ある。シロップが熱いうちにフェルトで濾すことにより、硝石が漉しとられる。残りをバケツの中で冷やすと、透明で琥珀色のシロップは流し出せるが、底に、結晶化した沈殿物(石灰のリンゴ酸化物)が残る。

 煮詰め用の深皿は、アーチ橋状の支持台の上に据えられて、その皿の下から火で焙られる。

 ブリキ製のペール缶もしくは木桶には、樹液が100ポンドも入れられることがある。この場合、煮詰め用の深皿は、高さ12インチ×横幅2フィート×縦長4フィート。

 もし、遠い国や、熱帯の海を越えてメイプルシロップを輸出する場合には、華氏240度(摂氏115.6度)から245度での加熱処理が必要になる。そのさい、砂糖を焦がしてしまったり、燃やしてしまってはいけないので、細心の注意が必要だ。

 非熱帯地方への輸出でなければ、加熱処理は、華氏235°(=摂氏112.8度)から、華氏238°で十分だ。

 ニューイングランド北部地方のメイプルは、5月~6月に新緑を生ずる。樹液の採取はその前の3月前半から可能になる。時に、4月まで始まらないこともある。

 今日では「蒸発装置」は銅製である。

 製糖業者が賢明ならば、「煮詰め作業所」は川岸に近いところ、もしくは、果樹園よりも最低でも30フィート低い地面に建てる。そうすることにより樹液を重力でタンクまで流し集めることが容易になるからだ。

 賢明な業者は燃料にする薪(最善なのは松)を1年以上も前から乾燥させておく。それで「蒸発装置」が効率化するから。また「煮詰め作業所」のスペースは、狭く壁で囲い、その内部の熱気が煙突のように上昇して行くように仕向ける。

 「煮詰め」のとき、不必要に高温にはさせない。好ましくない化学反応が起きてしまうので。

 入殖初期には、カリブ海の西インド諸島で栽培されていたサトウキビ由来の砂糖が、北米大陸に輸入されていたが、とうぜんながら価格は贅沢品クラスで、港から離れた内陸部では、なおさら、高額であった。

 メイプル・シュガーの需要が大きくなると、樹園生産者と消費市場はまともなパイプを築いていなかったから、卸売りを仕切る仲買ディーラーが、価格を支配するようになった。市場は拡大し続けたのに、逆に農家の所得は極小化した。農家が生産共同組合を作るなど組織化をしていなければ、こうなってしまうのである。

 粗悪品が横行するようになった。サトウキビ由来の砂糖に、ちょっとだけメイプルでフレイバーを付けたものが、ピュアなメイプル・シュガーだとして売られた。

 やがてバーモント州では、生産者組合が組織された。
 中央市場が創設された。
 登録商標も定まり、純正度を保証できるようになった。
 今日では「混ぜ物」をする生産者は少数派である。

 ドイツとカナダでは、政府が、メイプル生産者を補助している。アイルランドと英国では、政府は関与していない。

 注意深い計測によると、メイプル樹液の中の「シュガー」は約3%である。
 しかしかつて測定された最大値として10.2%という記録もある。それは採集シーズンの末期に記録されたという。その樹園の全メイプル樹の樹液中の「シュガー」含有平均率は5.01%だった。

 通例、合衆国内のメイプル樹園では、3月の半ばから樹液採集がスタートし、それは4月の第三週まで続く。
 きょくたんに早い記録としては、2月22日にスタートしたところがある。その採集は4月の第一週で終わったそうだ。

 樹液を採集できる「シーズン」は、平均すると約4週間しか、続かない。
 知られている最長シーズン記録は、43日間というもの。はんたいに最短のケースでは、8日間しか樹液を採取できなかったという。

 ※春先に樹木が大量の水を地中から吸い上げ始める現象は、他の樹種でも知られていると思う。

 バーモント州の生産者のアソシエーションは1893年に結成された。
 品質を向上させ、生産量を増やすのが目的。
 さまざまなイカサマから、生産者も消費者も守る。そのための広報活動も。

 アソシエーションは、ブランドを守る。
 基準以下の品質の商品には、「公式ラベル」を貼らせない。
 混ぜ物(adulteration)には特に目を光らせる。
 公式ラベルを貼ってあるのに、まがい物のメイプル・シュガーだったら、消費者がアソシエーションの事務局に通報するよう促す。

 内容量の公定。シロップもしくはメイプル・ハニーは、気密が保たれる金属缶またはガラス容器に入れて売る。
 通例は、1ガロン入りのブリキ缶だが、その中味のシロップは、正味11ポンドの重さがなくてはならない。もしくは、缶の重さも含めて、「11と四分の三」ポンドなくてはならない。

 色について。シロップは、樹液の採集期の初期であるほど、原液の色が薄く、したがって製品の色も薄いものである。

 往年の製品を知っている者は、今日のメイプルシュガーが「白すぎる」と不審に思うだろうが、これは製法が進歩して、「煮詰め」の工程が迅速化したことによっている。

 商品の保存法。砂糖状の製品は、暖地においては、なるべく冷暗な場所に缶を置くべし。
 金属の上蓋を取り去り、蓋の代わりに、厚手のマニラ紙(茶封筒用になる紙)を最上表層に密着させると、発酵を防ぎ、蟻避けにもなる。

 シロップ状の製品は、もしガラス瓶に移して保管したいのなら、光の当たらない場所でそれを保管すること。
 缶の中で発酵し始めたなら、加熱してボイルすると、元に戻る。

 バーモント州には「Pure Food and Drug law」があり、メイプル・シュガーとシロップに関し、ピュアと謳って混ぜ物をしたり、偽ブランドを使えば、処罰される。

 バーモント州で作られるメイプル・シュガーには、他州産にはないフレイバーとアロマが備わっている。土地と気候が違うから、特産になっているのだ。

 樹液の採集のさいに、孔を深く穿ちすぎると、佳い樹液は得られない。浅い孔から、色も香りも良好な樹液が得られる。
 採取したらすぐにボイルせよ。時間を置くと、フレイバーが逃げてしまう。

 シロップはフェルトで濾過すること。ボイル中、金属容器の底部に結晶が生じないように、温度を管理すること。

 1ガロンを精密に測れる「秤」を各自が備えること。それは信用問題なので。

 よくできた金属製の注ぎ口がついた金属製バケツを用意すること。
 バケツには「覆い」が必要である。

《完》