AI画廊 「畝傍艦 宿命の航海」(IJN UNEBI—The Last Voyage)」 /Y.I.画伯, 2025

吾れ待つ浦へ あと千浬! ――畝傍艦 宿命の航海 IJN UNEBI 1886 /Y.I.画伯, 2025

 「兵頭二十八による解説文」

 明治19年(西暦1886年)8月に長崎に示威寄港した清国艦隊の水兵が市街で狼藉を働くという事件があった同じ年の10月、フランスのルアーブル造船所で竣工した防護巡洋艦『畝傍(うねび)』(3615トン)は、日本への回航に出発します。12月3日、途中寄港地のシンガポールを出たことは確かなのですが、その後、消息を絶ち、海軍省は翌年、同艦が南支那海にて亡没したものと認定するしかありませんでした。生存者も目撃者もいません。使える無線は無い時代でした。
 『畝傍』という艦名はその後、帝国海軍の軍艦に付けられたことはありません。
 私は、この艦名を呪われたままに忘れ去ってしまうのは公正ではないと思うので、このたび Y.I.画伯にその《最後の航海》をイメージしていただいたのです。