日本の核武装を考える人は、米国の原子力委員会と海軍の原潜計画の両方を一時は一人で引っ張りまわしていた人物のキャラクターについてよく研究しなければなりません。この種の大きな事業は、たった1人の優れた精力的なプロマネが指揮せぬ限り、うまくいくものではないんです。
先日、『暗黒水域 知られざる原潜NR-1』を読みました。
本書は原著が03年で、訳は04-1に出ていました。ぜんぜん知らなかったんですが、シナ潜事件で最近の関連書籍をググってたらこれが出てきましたので早速購読。満足しました。
作者はヴィボニーという、米海軍の特殊任務の超小型原潜に乗り組みを許された数少ない白帽(水兵)出身者です。彼のモトゲンを、デイヴィスというプロのリライターが加工しているらしい。だから無味乾燥なノンフィクションなのに、うまく読ませます。そしてリッコーヴァーが裏の大役として暴れまくっています。以下、その内容メモとコメントです。
『ナーワル』は自然循環冷却式の原子炉なので静か。
米軍潜水艦と乗員の半分がWWIIで喪われた。
平時の大洋の安全水域では原潜は水深100mで巡航か。速度は17ノット。p.15
音響測深器=ファゾメーター
1957当時、米は領海3浬しか認めず、ソ連は12浬主張。このグレーゾーンでソ連は米潜に爆雷を投下していた。ソ連側の説明は「演習で投下」。そして損害があってもどちらも公表しなかった。3浬内では本当に撃沈してよく、そして撃沈すれば公表されたはず。
水中でも潜望鏡は見える。それによって敵潜水艦の艦底を気付かれずに撮影した。
ジュリエット級はプロペラをダクトに納めて騒音を減らしていた。
1960に『チャレンジャー』は水深11900mに米国旗を立てた。
『スレッシャー』沈没原因は、機関室の海水パイプらしかった。
1966-1-17、B-52が空中給油機と衝突してB28水爆×4発が落下。うち2発はスペインの海岸の村の畑でショックにより起爆用の高性能火薬が炸裂し(平時は安全措置をしてあるので核反応は起きない)、650エーカーにプルトニウム粉をぶちまけた。
※生のプルトニウムでテロを起すというフィクションがあるが、じつは大したことが無いことが分かる。長崎上空でも大半のプルトニウムは反応せずに撒布された由。
NR-1は深度を狙うために船殻貫通の箇所は最少。よって潜望鏡も無し。
ジミー・カーターも原潜士官だった。※だからあのスタンスでも許された。
米軍艦でもっとも冴えないネーミングは「マッカレル」(鯖)。
リッコーバーは海軍では一度も原子炉の事故を起させなかった。それが一度でも起きたら原潜艦隊に米国の予算はつかなくなると知っていた。そのために彼は必ず品質をコストに優先させた。
武器メーカーから派遣されて軍艦に乗り組む民間人として「フィールド・エンジニア」と「テク・レップ」がいる。
リッコーバは大尉時代に、独語のWWI潜水艦文献を余技で英訳した。また米国の教育問題についてもコンスタントに著作した。
1965時点で米海軍は3メーカーの原子炉を使用。そのすべてに訓練施設があり、いずれも片田舎で、表向きは秘匿されていた。
NR-1は士官×3+徴募兵×9の12名定員。艦長は「直」につかない。すると原子炉の機関当直は2名の士官が交替でするしかない。これでは不可能だから、水兵に士官の仕事をさせた。
エレクトリック・ボートはWWI前に電動モーター付きヨットを造ってた会社。
NR-1用の超小型原子炉は「やかん」サイズだ。
冷却水に海水が混じっていないか、標本が取り出せるようになっていなければいけない。
アポロ計画が終わったとき、3000人の技術者がレイオフされた。そしてめいめい勝手に再就職口を見つけた。
1967年に米国でも字幕付きの「外国映画」が上演されていた。
1968-1にノベンバ級原潜はエンプラを最高31ノットで数日間、追尾し続けてみせた。これすなわち技術力の誇示。
最新特殊器材の故障対策はどうしたらよいのか。同じものを三つつくる。一つは艦上に、一つは港か水上のサポート船に、もうひとつはメーカーに置く。そして故障したらまずユニット全体を取り替えてしまう。
原子炉区画は完成前の検査が大事である。ここで外部の検査官に徹底して欠陥を指摘させ、そこを直す。それが最終的に巨額のカネの節約となる。NR-1では1300箇所が指摘され、すべてを直した。
真水は加熱蒸留によって得る。一日最大百ガロン。
タービンは毎分3万回転で、これはジェットエンジンの二倍。
艦の前後にショットタンクが2本あり、それぞれ数トンの鉛玉を入れている。緊急に浮力を得たいとき、投棄できる。
初試験航海=アルファ・トライアルで、リッコーバはいきなり1000mまで潜らせ、着底までさせた。ただし150mごとに止まって船殻にかかる圧力を安定させる。鋼はHY-80であった。※潜水艦は潜るにしたがって船殻が縮むのである。つまり体積が変化するから、刻々と浮力も変わってしまうわけ。
1969末から単独航海開始。今日なお現役。つまり艦齢36年か。
浮上航行ではセイル上とて海面から2mにすぎない。
隔壁内からセイルに出るには、いったん高さ90センチの「犬小屋」を経る。頭上のハッチの上に水が溜まっているかどうかは、赤青ランプで分かる。
米本土でも、原子力船は特定の港にしか入港を許されない。避難でもダメ。
ヴェント弁はドックでの不注意の沈没を防ぐため、港では鍵がかけられている。そのキーを忘れて外海に出ると、荒天を潜航で避けることができなくなり、セイル当直がとんでもないことになる。本艦のセイルは上下から水が出入りする非水密構造のため。
激しく横揺れするとバラスト・タンク内の空気が艦底のフラッド・ポートから出ていってしまうことがある。
海底走行(2輪を使用)では0.5ノット以上を出すと危険。またスラスターが持ち上げられないほどの海水をバラストに入れてはならない。
武装は保管庫内の45口径のピストル一梃のみ。サメよけなどに持ち出す。なぜかメカジキが意図的に船体に体当たりしてくることがある。
ミサイル原潜ならば3名のコックを乗せ、一度のパトロールに食糧45トンを積んで行く。
水兵が「入港時特定甲板士官」の資格テストを受けることもできる。さらには「運航時甲板士官」もの資格も。これがあると操舵させてもらえる。また甲板士官のみが艦橋直につける。
30センチ厚の鉛シールディングは、コンパクト化のため、前部隔壁にのみ使用。あとは放射能出放題なので、艦の後半は立ち入り禁止。特に入港係留時。
ベトナム戦争で起きた「汚染」は、無能な司令官への士官たちの盲従。
水上艦が嵐で揺れて空き缶が転がると、それをサブのパッシブソナーで聴ける。
55ガロンのドラム缶が海底にあれば、艦首ソナーで300m先から探知できる。
副長の仕事として乗組員の士気の鼓舞も。
アゾレス諸島で水深900mから鉄塔を建てて、サブ用の航法電波塔にした。送信塔1、受信塔2で1986まで稼動。AFARという。基部からはケーブル。※衛星通信以前の何かか。
リッコーバはチビなのでアメフトその他スポーツが嫌い。海軍兵学校卒も嫌っていた。なぜならアメフトをするところだから。
旧ドイツの機雷を漁船が網でひきあげると爆発することがよくあった。
米海軍は、ソ連の全艦艇の位置を4時間ごとに確認した。これがSLBM対策として必要なのである。
シシリー海峡とメッシナ海峡にはなんとソ連がSOSUSもどきを仕掛けていた。
NATO海軍基地はサルディニア北岸にも。
ソナーにも合成開口式があり、映像が得られる。サイド・ルッキング。
海底ケーブルの破断箇所は、ケーブルのどこかをつまみあげてずっと辿っていく。そして箇所がわかったら水上で待っている修理艦まで持ちあげていってやる。これができたのがNR-1。
現在のケーブル敷設艦は、ジェッターによって溝を掘りながら埋めていく。
ソ連海軍のオホーツクの通信ケーブルを1971に海底で盗聴したのは『ハリバット』。
水銀はガスが有毒なのでサブのような密閉空間では使用禁止。
フェニックスには核弾頭も装着可能であった。
公海に沈んだモノは、海洋法の定めるところにより、誰でも引き揚げて所有できる。
空母機は前脚が射出用に特に頑丈なので、ここにワイヤーをかけて引き揚げる。
ある海底ではほぼ10時間おきに、5度も水温の低い水の塊が高速で通過する。突風の如し。
1976-11にNR-1の情報が部分公開され、乗員は5人と説明された。ロシアが漁網で回収を試みるしかなかったモノを拾ってみせた。※ここから例のキャタピラ付きミニサブが意地で開発されたのか?
原子炉の最初の加圧は外部電力(電池)とモーターによる。この電池が切れると原子炉はかからない。※不思議なことにアイソトープ電池を搭載する発想はなかったらしい。
水酸化リチウムを撒いてCO2を除く。
レーガンはもと戦闘機乗りのレーマンを海軍長官にしたのでリッコーバが反発した。馘になるときに、とんでもない暴言を吐いた。
トム・クランシーの『レッドオクトーバ』は84年。ここにNR-1も少し出る。サブからトマホークうてるようになったのは88年。
科学者ロバート・バラードが海軍の可潜ロボット『アーゴ』を使って次々と成果をあげる。スレッシャー、タイタニック、ビスマルク。※加賀も?
95にNYタイムズの記者がNR-1の全貌を公式リポート。
NR-1はイスラエルの沈没潜水艦『ダカール』も発見した。
理論上の航続力は330人日。水中最大3.5ノット。