バラけてよろしきものと、よろしからざるもの

 90年代に自民党が政権を一回、明け渡さざるを得なくなったのは、テレ朝とTBSの夜の報道番組が原因だと言われました。
 昼のワイドショーや、女性週刊誌や、タブロイド版夕刊紙を、これに加える人もいます。しかし庶民に対する「洗脳力」では、夜のプライムタイムの地上波TV放送に勝るものはなかったんでしょう。わたくしは、NHKの総合と教育も、かなり悪さをしたと思っていますが…。(「グラムシ戦術」につきましては04年の「武道通信かわら版」バックナンバーに縷述しましたので、未読の方はググってください。)
 ところが、その、敵に自分の首を絞めてもらうための「縄」を渡していたのは、他ならぬ自民党の郵政族(旧田中派)だったのでした。
 アメリカの半分の人口と経済規模がある国で、どうして首都圏の民放地上波TVチャンネルがたったの5局しかないんですか? 人気スポーツイベントでもない番組が10%以上の視聴率を取るなんてことが、そもそも日本が「メディア先進国」とは程遠い環境にある証拠なんです。
 つまり、自民党田中派が角栄いらい電波をメシの種の利権にしようとして、自由に参入が許されるべき民放局の数を極端に制限してきた。放送局と広告業界と電波行政と族議員と国会クラブの政治部記者どもは癒着結託をしてきた。
 その因果の小車がついにめぐりまして、たった一人の久米宏氏に、愚かな庶民の投票行動を左右させてしまっていたのです。庶民が愚かであり続けるのは、放送行政が近代的でないからです。日本国を実質指揮している5%の非庶民は日夜忙しくてTVなど視ていません。その反面で、95%の庶民はTVしか視ません。その庶民が国会議員の当落を左右するのが民主主義ですが、その庶民の投票行動をごく少数のTVスタッフが左右するのは、成熟した民主主義ではありません。
 いま、デジタル地上波TVの放送タワーを2007年、あるいは2011年までに首都圏のどこに建てるかという実に馬鹿な論議が進行中です。これは、日本国をどうやってメディア環境の上でも良き国にするか──とは何の関係もありません。日本国民をどうやってメディアが幸せにしていくか──とも何の関係もない、只の利権ビジネスなのです。
 TV受像機切り替えの泡沫需要を狙いたい家電業界と経産省、1つの番組に今まで通り10%以上の視聴率を維持させて広告収入を高く請求したい電博と番組制作プロダクション、観光客を集めたい巨大タワーの膝元商店街、500億円の受注をとりたい土建業界、そのキックバックを当てにする関連議員らが、己れらの全く一時的な金儲けのためだけに運動しているのに過ぎません。
 これは経済的にはミクロなバブルにしかなりません。然るにその結果、第二、第三の久米宏氏や「グラムシ戦士」たちが今後何十年もまた政局を壟断することになります。95%の庶民はますます愚かになり、日本は完全な知的階級制社会になります。これは正味では日本国民の損失でしょう。
 「新東京タワー」構想が国策上、間違っている理由として、それが近未来の核戦争をまったく想定していないこと、があります。(これを指摘する人がいないのも情け無い限りと言うしかありません。)
 ビンラディンがNYの貿易センタービルをターゲットに選んだのは、あのビルにあった通信設備が破壊されれば、米国の銀行決裁が全部止まる、……すなわち、ドルの世界支配を大混乱させてやれるだろうと考えたからです。しかしそうはならなかった。じっさいの通信は、核戦争を考えて分散されていたからです。あのアンテナは広告的象徴でしかなかったんです。
 通信や放送は、これからは分散的であるほど国民の福祉には適う筈です。ニューヨークやシカゴのように、摩天楼にデジタル地上波の送信設備を各局個別に設置するのが合理的でしょう。
 そして、大都市圏とそうでない地方とのデジタル・デバイドを解消する準天頂衛星は、前倒しで実用化すべきです。(そのための新ロケット射場の確保を含めた宇宙事業の見直しについては04年の『納税通信』紙上で提言しました。)
 政府は政府専用のチャンネルを短波ラジオとインターネットと衛星で複数確保し、NHKは分割してできるだけ多数の新民放の事業体に売却すべきです。
 バラける方がよりマシになるものとしては、放送の他に、金融機関があるでしょう。
 民主党西村議員が大蔵省に反発するのは分かるもののその余勢で「減税」政策まで唱えるのは軽忽です。日本経済の需要の不足は、日本経済が自由経済に未だなっていないことと、国がハイテク軍需を主導せず、単年度会計の土木建築や補助金バラ撒きで税金を文字通りドブ(=最下流)需要にただ流し捨ててしまっているのが主因です。
 不自由経済の元凶の西の横綱は「金融商品の不自由」です。もう米国のITバブル、「ニュー・エコノミー」の90年代から知られていたことです。残念ながらわたくしと同年齢の元エリートバンカー木村剛氏すら、いまだに「銀行は分割して小さくするほど自由経済に貢献できる」ことを認めることができないようです。
 『あたらしい武士道』にも論及したように、人間の最大の戦闘器官は頭の中にあります。その一点で日本の選ばれた人材が北鮮やシナや米国のカウンターパートに劣れば、軍事でも政治でも経済でも、日本はとめどなく後落していくしかないですね。