ゴロリンピック

 総合格闘技で「小手返し」をきめた例はない、と昨年の小著『あたらしい武士道』に書いてしまったんですけど、04年末のPRIDEで、曙が「リストロック」をされてタップ負けしたらしいですね。わたくしはこれをウェブのニュースで読みました。
 どうやら、これまで「手首の関節攻め」は、お仲間である相手選手の身体破壊につながる危険行為であるために、総合格闘技のショーでは自粛されていたのだろうなと、推測ができるかと思います。ホイス選手としては、曙との体格差がありすぎるために、ふだんならば遠慮をする手首の破壊ワザを、敢えて仕掛けるしかなかったんでしょう。
 もちろん曙選手がたわいもなくこれにやられてしまったのは、単純にこのワザに無知だったからだろうと信じられます。柔術家だと分かっている敵が両手でわが手首や前腕を掴んできたなら、すぐ反応しなければ致命的でしょう。
 わたくしも4級で柔術をやめてしまったので偉そうな指導は誰にもできるわけもないのですが、道場で「あ、これは危険だ(そして実戦向きだ)」と思った手首と肘のキメ方があるので、ご紹介しておこうと思います。こういうのに無知だと本当にシャレでは済まないでしょう。
 まずとにかく、手首の骨の太そうなご友人に頼んで、仰向けに寝てもらってください。
 その、寝かせた敵の右脇に、じぶんは腰をかがめて立ちます。
 そして、敵の右前腕を上に伸ばしてもらいます。手先はグーにしてもらいます。
 それをわが両手で掴むのですが、このとき、わが右掌は敵の拳を真上から包み込むように掴みます。わが左手は敵の手首を素直に握ります。
 そのまま、敵の右手首を敵の右肩に押し付けていきます。わが右掌の包み込みと押し付けの力が十分にあれば、敵は手首が屈曲してしまうために存分の抵抗ができません。最後は、敵の右拳が敵の右肩を自分で殴るような感じで、くっつきます。
 この押し付けの動作と同時に、わが右足の爪先を、敵の首の右側面から首の下へこじ入れ、敵の首を、われから遠い方に脛で押しやるようにします。すなわちこれにより、敵はじぶんの首をじぶんの左肩の側へ曲げさせられます。(この所作に何の意味があるのかというと、次のキメの痛みがぜんぜん違ってくるんです。首が自由であれば、敵はあるていど我慢し続けてしまいます。なお実戦では、事情によっては、わが右足刀で敵の気管を圧する場合があり得ましょう。)
 次に、わが両手に力をこめて敵の右手首をわずかに握り直し、われから見て、徐々に9時の方向へ動かします。このとき、敵の右手首は敵の右肩からすこしづつ離れていく。と同時に、敵の手首の地面からの距離も、すこしづつ増すようにします。とうぜん、われによる「捻り」の力も全力で加えつつ、おこなうのです。
 すなわち、われの両手は、ゴルフクラブのスウィングをするように9時方向に動くのですが、そこに、自然な回転方向の捻りの力も全力で加える。
 動かし始めて1秒で、敵は「ギブ・アップ」の意思表示をするはずです。肘が伸びきるより、ずっと前にです。
 わたくしは無知ですが、おそらくそこから手加減せずに2秒進行させると、肘が伸びきり、敵の肘および手首は壊れてしまうのではないでしょうか。
 柔術では、仰向けに倒して伸ばしきった敵の右肘をわが左膝に押し当てて折るという荒ワザがあるんですが、それよりもこのキメ方の方が力もいらず、時間も短くて決着するに違いないと、素人なりに思いました。つまり、これは「一対多」にも向く瞬殺ワザです。
 ただしこのキメは総合格闘技の「ショー」にはまったく向かないでしょう。ギャラリーには、何でタップするのか分からないはずです。あまりに早く決着するので。そしてもし「勢い」がついたり、ショーのために「見得」の静止時間を設けてしまいますと、手加減が失敗し、相手選手の骨を壊してしまいかねないでしょう。
 リストロックもそうですが、相手が曙選手のような頑丈な大男であり、かける側がホイス・グレーシー選手のような熟達者であるからこそ、「ショー」としてハッキリ見ばえがして、しかも相手に永久負傷をさせずに済ますというコントロールが可能になるのだと、想像をしております。